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2009/08/01

『唯一郎句集』 レビュー #46

今年の夏の天気は、一体どうなっているのだろう。関東は梅雨が明けたと発表されたのだが、実際は完全に戻り梅雨である。この戻り梅雨はいつ明けるのだろう。

はっきりしない週末だが、恒例の 『唯一郎句集』 レビューである。今日は 2句をレビューしてみる。

今回の 2句も、前々回の "「群像」 時代" まで下ってきた年代を、少しだけタイムマシンで遡っているように思われる。『唯一郎句集』 の後半を占める "「海紅」 時代" という章は、唯一郎が 「朝日歌壇」 で認められてからずっと、「海紅」 に載せられた句を拾ったもののようで、その前の章と、時間的にはかなり重なるとみていいだろう。

さっそくレビューである。

山吹莖のシンの白きをわすれず

山吹は背がそんなに高くはならないにしても、一応 「木」 だから、莖 (茎の異体字) と言うのはちょっと意外である。しかも 「芯」 という漢字を使わず、片仮名で 「シン」 と言っているのが暗示的だ。

鮮やかな黄色の花を咲かせる山吹だが、その 「莖のシン」 は白い。

印刷業を継ぐ決意をしたものの、俳句を追及する志は忘れていない自分を表現したとみるのは、深読みすぎるだろうか。

春日町中の出来事の白い鳥籠

"「朝日歌壇」 時代" の章にも 「鳥籠」 が登場する句がある。「朧明りよ 鳥籠今し声したり」 というものだ。それと共通したシュールレアリスティックな感覚の句である。同じ頃に作られたものだろうという気がする。

さて、冒頭の 「春日町中の」 だが、「かすがまち」 といった名称の町は、酒田にはない。これは、「春日」 と 「町中の」 に分けて読まなければならない。「春日」 は 「しゅんじつ」 と読み、俳句の季語である。春ののどかな一日、あるいは春の陽光を意味する。

春のうららかな日に照らされる鳥籠。界隈にはいろいろな出来事があるが、そんなことはこの白い鳥籠には届かない。俗事の中にいながらも、それにはまみれない精神。

本日の 2句のキーワードは、「白」 だ。

本日はこれぎり。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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