« 感情と論理の狭間で | トップページ | 『唯一郎句集』 レビュー #49 »

2009/08/08

『唯一郎句集』 レビュー #48

世の中は総選挙目前の慌ただしさと、芸能界の麻薬騒ぎでかなり浮き足立っているが、こうした時こそ浮世離れして、昭和初期の自由律俳句に浸ってみよう。

「海紅」 に載せられた初期の句は、唯一郎の、多分二十歳前の作だ。このレビュー初期の瑞々しい感性に、再び触れることになる。

とりあえず、レビューを開始しよう。

工夫ら空を見ながら時鳥を聞いているのか

俳句とは無関係の話だが 「工夫 (こうふ)」 は ATOK では変換されない。MS-IME では変換されたが、ATOK はこの言葉を 「差別表現」 と思っているようだ。いちいち単語登録するのも面倒なので、「くふう」 と入力して変換した。ちなみに、放送禁止表現にもなっているようだ。

そのような堅苦しい自主規制のない時代の句である。唯一郎にことさらな差別意識があったとも思われない。「工夫」 という単語を素直に受け取っておこう。

線路工事だろうか、道路工事だろうか。それとも川の護岸工事だろうか。あるいはホトトギスの声が聞こえるぐらいだから、林道の工事といったところだろうか。

工夫らが誰ともなく一斉に手を止めて、空を見上げる。「キョ、キョ、キョ…」 という鳴き声が聞こえる。

ホトトギスの表記は 「時鳥」 意外にもいろいろあって、文芸関係者ならば、「子規」 「不如帰」 の方が馴染みがあるだろう。敢えて 「時鳥」 と書いたのは、工夫らが辛い作業の終わりを待つ気持ちが通じたのだろうか。

姉の部屋まで百合をもたされ去りがたきまま

唯一郎には姉がいたようだが、彼の句の中にはあまり登場しない。父と母はしょっちゅう出てきて、とくに母親にはとても孝行を尽くしているが、姉にはどんな想いを抱いていたのだろうか。

姉の部屋に百合を持たされて、そのまま去りがたいというのである。多分白百合だろう。その白百合の花がよほど部屋の雰囲気に似合ったのだろう。姉のいない姉の部屋が、異次元のように感じられる。

姉とはいえあまり親しげに接することのできない、昭和初期の青春期の想いが現れている。

握れるだけの麻を引き抜きさりげなしや

私は見たことがないが、昔は酒田にも麻畑があったようだ。麻袋などというものがあるように、当時は今よりもすっとありふれた繊維原料だったのだろう。今のように煙を吸うなどということは、少なくとも酒田あたりではあまりなかったようだ。

麻の生育は早い。あっという間に背丈以上に伸びる。その麻を握れるだけ握って引くと、生育が早いだけに根もそれほど頑強ではなく、案外するりと抜けるのだろう。それが 「さりげなしや」 と表現されている。

シティボーイである唯一郎の受けた、思いがけなく新鮮な感触。

本日はここまで。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

|

« 感情と論理の狭間で | トップページ | 『唯一郎句集』 レビュー #49 »

唯一郎句集 レビュー」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/42004/45866128

この記事へのトラックバック一覧です: 『唯一郎句集』 レビュー #48:

« 感情と論理の狭間で | トップページ | 『唯一郎句集』 レビュー #49 »