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2009/08/02

『唯一郎句集』 レビュー #47

週末恒例の 『唯一郎句集』 レビューは、1月から本格的に初めて、50回目が近くなってきた。ずいぶん続けてきたものである。

4回目のレビューで 「今年の年末に最後まで辿り着けるか、やってみないとわからない」 と書いているが、このペースだと、ぎりぎりか、あるいは年越しになるかというところである。

なかなか本格的な夏空が続くという天候にならないので実感が湧かないが、何しろ、もう 8月 2日である。今週末には立秋になって、「残暑お見舞い申し上げます」 なんて書かなければならない。不思議な夏である。

祖父の句集を、ほぼ 1年かけて最初から最後までレビューしようなどと思い立ったものだから、こんなにも時の流れがわかりにくい年になってしまったのかもしれない。

さて、今日は 3句のレビューである。

籐椅子に並んだ二人の足よ日覆快くふくれ

籐椅子といえば、伯父の家の縁側に年代物があった。多分この句に登場する籐椅子と同じ物だろう。

大正末期か昭和初期、初夏の籐椅子に座る二人は、唯一郎の父と母だろう。まだ父の死んでいない頃の句だ。

「日覆」 は夏の季語で、「ひおい」 (旧かなでは 「ひおひ」) と読みたい。要するに日除けの簾である。その日覆が、快い風に吹かれて少しだけ内側に膨らんでいる。

この日覆は、縁側と座敷の境に吊されていたのだろう。座敷からは縁側の籐椅子に座る父と母の足だけが見える。庭から見えたのだとしたら、「ふくれ」 という感覚ではなくなるだろう。

日覆が 「ふくれ」 るという表現は、見ようによっては単なる即物的な言い方だが、「快く」 が付くことでものすごく斬新になっている。

なかなかハイカラな句である。小津安二郎の映画にでも出てきそうな光景だ。

この夏を淋しがらせじと夜店の薔薇を抱き

「この夏を淋しがらせじと」 が、ぐっとくるほどいい。この夏を、夏の家族を、父と母を淋しがらせまいと、初夏の夜店で薔薇を買う。

薔薇である。この句もハイカラである。その薔薇を胸に抱いて家路を急ぐ唯一郎。

若葉けむり暮るる縁側の柱を叩き

ハイカラな 2句を受けて、最後に夕暮れの縁側の句になる。そこには家族の誰も登場せず、けむる若葉と唯一郎だけだ。

萌える若葉を眺め、取り残されたように、ただ呆然と柱を叩く若き唯一郎。

本日はこれにて。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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