« 「お返し」 という風習 | トップページ | 裁判員裁判レポートの印象 »

2009/08/05

錯覚と歴史の物語化

近頃、週末には 『唯一郎句集』 レビューをやっている。私のブログは休日には極端にアクセスが落ちるので、それならそれで、一般受けしないテーマで行こうということもある。

これは、大正末から昭和初期まで自由律俳句を作っていた私の祖父の句集に載った句を、すべてレビューしてしまおうというものだ。

このレビュー・シリーズは今年の 1月から初めて、このほど 50回目を越したのだが、やっていると、なにやらタイムマシンで時間を遡っているような錯覚にとらわれることもある。昭和初期の風景というのは、今の日本の風景とはかなり違っているようなのだ。

なにしろ、一日の時間感覚が違う。昔は夜が早かったみたいだ。大正末期には日本中の都市部では電灯が普及していたが、それでも今のようなライフスタイルではない。句集を初めから読んでいると、夜の家の中は、いまほど明るいものではなかったようだ。多分、一部屋に大して明るくもない一個の電球がぶら下がっていただけなのだろう。

ましてや、卓上スタンドとか電気スタンドなんていう単語はまったく出てこない。だから、夜中まで机に向かうなんていうことは、ほとんどなかったのではなかろうか。電灯がそんな状態だから、ラジオなどという単語も登場しない。

たかだか 2代前の先祖の若かりし頃、テレビ、ラジオはおろか、卓上スタンドがなかったなんてことはあまり実感として湧いてこない。私は若い頃、夜中になるまで座机に向かい、古めかしいデザインの卓上スタンドの明かりで読書をする唯一郎を想像していたが、それは多分あり得なかったのだろう。

当時は私の田舎でも独自の政治誌が発行されており、その中に文芸ページもあって、唯一郎はそこに盛んに俳句を発表していたらしい。あんな田舎町で、よくもまあそんなことができたと思うが、考えてみればテレビもラジオもない時代だから、地方独自の印刷メディアがあっても、それほど不思議ではない。むしろ当たり前だったろう。

昨年秋の 「特攻機のボイスレコーダーの教訓」 という記事は、あるブログの特攻機に積んであったボイスレコーダーに、敵艦に突っ込む瞬間の特攻隊員の 「お母さん」 と言う声が録音されていたという記事について考察したものだ。考えてみれば、昭和20年にボイスレコーダーなんてあったわけがない。

とくに近頃は 「ドッグイヤー」 と言われるほどに科学技術の進展と、その成果の市場への適用が速い。今では当たり前のことが、つい 4~5年前には実現しておらず、「こうなったらいいのになあ」 という世界の話だったりする。

件のボイスレコーダーに関する記事の中で、私は次のように書いている。

まず、今のハイテク時代の常識は特殊なもので、いくら最近の歴史でも、そのまま適用してはとんでもない勘違いをしてしまうということだ。いくら近い過去にあたる歴史でも、ハイテク時代の常識で作り話をすると、すぐに破綻するのである。

もう一つの、そして最も大切な教訓は、まこりんさんのコメントの言葉を借りれば、「歴史はこのようにして物語化される」 ということだ。そして、いわゆる 「歴史」 の中にも、多くの 「物語」 が混入していないはずがないのである。我々は歴史を読むときには、せいぜい行間を読み取らなければならない。

歴史の物語化は、錯覚や無知にによって生じることがある。適度の物語化は面白い趣向になることもあるだろうが、行きすぎるとリアリティから乖離しすぎる。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

|

« 「お返し」 という風習 | トップページ | 裁判員裁判レポートの印象 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/42004/45831066

この記事へのトラックバック一覧です: 錯覚と歴史の物語化:

« 「お返し」 という風習 | トップページ | 裁判員裁判レポートの印象 »