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2009/09/18

「脱官僚国家」 ということ

民主党政権は官僚の記者会見禁止の方針を打ち出すなど、「脱官僚国家」 のビジョンを強調している。官僚は近頃、すっかり悪役になってしまっているようだ。

別にかばい立てする義理はないが、官僚が根本的に悪いわけではないと、私は思っている。ただ 「制度疲労」 を起こしていたのだ。

近頃の日本は、確かに 「官僚主導」 と思われてもしかたのないことが多かった。要するに 「官僚国家」 の様相を呈していたのだと思う。大抵の施策は官僚がお膳立てし、しかもそのお膳立てが微に入り細に入り、役人のさじ加減で決められているという場合が多かった。

中には、「そんな施策、何の意味があるの?」 というような、はっきり言って無駄としか思われないことでも、勘ぐれば (というか、別に勘ぐらなくても)、官僚の点数稼ぎ (内容はともかく、形式的な実績作り) のために進められているというようなことも、いくつもあったし、今でもある。

そしてそんな馬鹿馬鹿しいことに、税金は容赦なく注ぎ込まれてきたし、現に今も注ぎ込まれているのである。靴の上から足を掻くような書き方をしてしまっているが、あまりはっきりと書けないようなことを、ちょっとだけだけど知ってしまっているわけなのだ。まあ、いろいろな業界で長くやっている人なら、少なからずそうしたしがらみはあるだろうと思う。

こうした無駄遣いは、やはり 「官僚主導」 だからできるのだと思う。政治家と官僚が持ちつ持たれつの関係を続けているうちに、「ツーカー」 になりすぎて、官僚が自分たちの判断で適当に進めたり根回ししたり、いろいろなことをやってしまえる土壌ができているのだ。

大きな案件 (と、小さくても利権がらみのこと) は、さすがに政治家が最終的判断をするのだろうが、小さな案件は、ほとんど官僚が主導している。そして、世の中のほとんどのことは、多くの 「小さなこと」 の積み重ねなのだ。さらに、「ちょっと大きなこと」 でも、官僚が都合のいい情報ばかり政治家に上げてしまえば、大抵何とかなってしまったりする。

で、官僚の情報なんて、こう言っちゃ何だが、案外現実離れした机上の空論ということが多いので、世の中では 「ひとつの業界で成功するには、国の方針と逆のことをすればいい」 なんて言われたりする。少なくとも、お国の方針に忠実に従っていては、まず浮かばれない。

こうした 「政官癒着」 による芳しからざる状況は、適当に政権交代のある世の中でないと打開できないと思う。事実、これまではずっと進む一方だったのだから。やはり時々 「ガラガラぽん」 することが必要なのだ。それでこそ、政治家にも官僚にも適度な緊張感がでようというものだ。

私は決して民主党支持というわけじゃないのだけれど、そんなわけで、この度は政権交代が実現してうれしいと思っている。そして、自民党にはきちんと二大政党の片っぽでいてもらいたいと思う。このまま万年野党におちぶれることのないように。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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