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2009年10月に作成された投稿

2009/10/31

『唯一郎句集』 レビュー #74

そしてまた、あっという間の週末。恒例の 『唯一郎句集』 レビューである。このところ、唯一郎の 30代初めの頃の作とみられる句を味わっている。

十代の頃の作と違い、安定しているが、鋭さはなくなってきている。この後の文人趣味の熟してくるまでの過渡期と言えるかもしれない。

さっそくレビューである。

あさもやの中夏草の莖をいたわりわたす

「莖」 は 「茎」 の異体字。朝靄の立ちこめる野に出て、夏草の細い茎が折れないようにいたわりつつ、誰かに渡す。

誰に渡しているのだろう。10代の頃の作なら、淡い初恋を感じさせるが、既に子どもができた 30代の男の作である。その意味では、ちょっとフィクションぽい感じを醸し出すといってもいい句だ。

俳句の世界で 「夏草」 といえば、芭蕉の 「夏草や兵どもが夢の跡」 という句が思い出される。「夏草」 と聞くだけで、そうした遠い世界に思いを馳せる感覚が想起される。

靄は朝靄はおしなべて夏花莖を細うする

「靄は」 の次に 「朝靄は」 と続け、幻想的な雰囲気を表わしている。

靄の中に浮かび上がる夏草と、その細くしなしなと揺れる茎の先端に小さく咲く花。その頼りないほどの細い茎は、朝靄の中で伸びるからという。

本当に夢幻的な句である。

本日はこれぎり。

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2009/10/30

カラオケの変遷

偶然におもしろいページを見つけた。「カラオケ日本」 というサイトの 「有線・カラオケランキング」 である。

上の方に有線放送で流された曲のランキング、その下に、カラオケで歌われた曲のランキングがある。そのさらに下には、演歌に特化したランキングまである。

上の 2つのランキングを比較してみるとおもしろい。有線で流された曲には、少なからぬ演歌がランク・インしている。10月 10日~16日の集計では、なにしろ氷川きよしの 「ときめきのルンバ」 (私はどんな曲だか知らないが) というのがトップになっている。

さらに、4位に 大月みやこの 「儚な川」 (これも知らない)、10位に山本みゆきの 「もどり雨」 (申し訳ないが、これも知らない) がある。トップ 10 に 3曲入っているのだから、演歌もなかなかどうして立派なものである。

上記の 3曲を、私は全然知らないのだが、演歌に特別うといというわけじゃない。ベスト 10 の中の残り 7曲も、実は知らないのである。実際に聞けば 「あぁ、聞いたことある」 ぐらいには思うかもしれないが、タイトルを見ただけでは曲が全然思い浮かばない。要するに私は、最近の曲にうとくなってしまったのである。

次にカラオケのベスト 30 に目を移すと、これはもう、見事に 「最近の曲」 ばかりである。演歌は 「人恋酒場」 (知らない)、「天城越え」 (これはさすがに知ってる)、「儚な川」 (上述の如く知らない) の 3曲だけで、たったの 1割である。カラオケというのが、今では完全に若い人たちの文化になってしまっているのがわかる。

私が社会に出た昭和の終わり頃は、様相がまったく違っていた。カラオケというのは、夜のスナックでオッサンたちの歌うもの、あるいは、宴会でオッサンがむりやり若い女の子を引っ張り出して 「銀恋」 なんかをデュエットするものだったのである。

だから当時は、飲み会なんかに行って 「お前も何か歌え」 なんて言われても、私の歌う歌なんてほとんどなかったのだ。分厚い曲リストに目を通しても、「夜霧よ今夜もありがとう」 とか 「よこはま・たそがれ」 とか 「青春時代」 みたいなのしかないし、そんなの歌っちゃったら、自分のアイデンティティが壊れちゃうみたいな気がするし。

カラオケでオッサンの曲以外のジャンルが飛躍的に充実し始めたのは、多分、平成になってからである。そして、あっという間に平成以後の歌がカラオケの主流になってしまった。私の世代では、同窓会の二次会などでカラオケに繰り出して 「今日のシバリは、平成の歌!」 なんて言っても、誰も歌えないんだけど。

これだけカラオケのジャンルが豊富になり、大抵の曲はカラオケで歌えるようになったとはいうものの、私の不満は、端唄、小唄の類が貧弱なことである。「梅は咲いたか」 とか 「木遣りくづし」 とか 「かっぽれ」 とかを歌いたくても、カラオケにはない。

端唄・小唄を唄える年齢層というのは、カラオケに繰り出す体力がなくなってしまったので、圧倒的に需要がないんだろうなあ。

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2009/10/29

ブラウザのシェア

Net Applications によると、今年 8月の世界のブラウザ・シェアは、インターネット・エクスプローラ (以下 IE) が 66.97%、Firefox が 22.98%だったという。

一方、サムライファクトリーの調べでは、国内では相変わらず IE が7割以上を占め、Firefox はわずか 10%でしかないようだ。

国内では、やはり 「あてがいぶち」 をそのまま使うという傾向が強いみたいなのである。私個人は、IE、Firefox、Safari、Google Chrome の 4種類を入れているが、それは自分の制作するウェブページの見え方を、各ブラウザでチェックするためで、メインとして使っているのは Firefox 3.5 だ。

IE は 8.0 を使っているが、起動がめちゃくちゃとろいのにうんざりする。ローカルルールが強すぎて、IE でしかまともに見えないページを見ざるを得ないときに、しかたなく立ち上げるだけだ。

まあ、「あてがいぶち」 のブラウザが強いのは世界共通なのだろうが、それでも、他のブラウザだって無料で簡単にインストールできるのだから、せめて Firefox ぐらい使ってみようと思わないというのは、私から見ると、あまりにも 「好奇心なさすぎ」 に見えてしまう。

ちなみに、私のサイトに来られる方のブラウザは、アクセス解析によると、IE が 63.1%で全世界の数字よりさらに低いが、Firefox は 13.0%と、それほど高いわけでもない。その代わり、Safari が 9.9%と大健闘していて、Chrome も 5.1%に達している。私のところのお客さんは、アップル文化浸透率が相対的に高いのかなあ。

ちなみに、Windows7 ではメールソフトが付いていないらしい。Outlook Express がないのだが、その代わり、Windows Live Mail というのをダウンロードして使うことになるということのようだ。私としては、そんなの使うより Thunderbird の方がずっといいと思うがなあ。

【30日追記】

昨日書きそびれてしまったが、私のサイトのアクセス解析で一番多いブラウザは、IE 6.0 で、25.1%である。う~ん、まだタブ・ブラウザの便利さを知らずにウェブを見ている人が、4人に 1人もいる。

Firefox を (IE 7.0 とか 8.0 でも、別にいいけど) をインストールしてご覧になることをおすすめしたい。無理にとはいわないけど。

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2009/10/28

あいさつのできないやつは……

ビートたけし、若手芸人を怒った島田紳助に苦言「オレんとこは、紳助の逆に“あいさつ禁止”にしようかな」 いう痛いニュースの記事が目を引いた。

紳助がなまじ怒ってしまったために、昼寝してる楽屋まで来られて、若手にやたらと挨拶されるのが、うざくてしょうがないのだという。

まあこれは、たけし一流のひねった言い方なのだろうが、ちょっと真面目に考えてみると、「あいさつ」 というのは確かになかなか大変な問題だ。「たかがあいさつ、されどあいさつ」 である。

別に芸能界とか水商売に限らず、多少なりとも共同作業の必要な仕事の現場では、あいさつのちゃんとできないやつは、ほとんど使い物にならないやつである。これは確かに言える。永六輔さんの番組で聞いたことだが、職人の世界では 「風を読む」 ことが大切なのだそうだ (「空気を読む」 じゃない)。

風を読めるやつは、教えられなくても先回りして自分のやるべき仕事を察し、言われる前にこなしてしまうことができる。こういう職人は、現場でとても重宝がられる。逆に、言われなきゃわからないどころか、言われてもまだぼうっとしているようでは、使い物にならない。

で、経験知から言うのだが、いろいろな仕事の現場でさっさと仕事ができず、浮いてしまうどころか片隅で沈んでしまうのは、大抵 「あいさつのできないやつ」 である。だから、あいさつさえできればいいというわけでは決してないが、あいさつができないというのは、かなり印象悪い。

つまり、仕事の現場での 「あいさつ」 というのは、「自分、積極的にこの現場に関与させていただきますんで、よろしく!」 という意思表明みたいなものだ。それがないと、やはりちょっとやりにくいのは確かである。

で、それは基本の基本、ABC の A として認めた上で、だからといって、あいさつがないからとて、ことさらに怒ったりおどしたりするというのも、いささか考え物だ。そんなことで怒っていいなら、あいさつは 「威張りたがり屋」 「親分風吹かせたがり屋」 のおもちゃでしかなくなってしまう。

もし、そいつのためを思うなら、ちょっと物陰にでも呼び出して、さりげなく注意してやればいい。そして、それでも改まらなければ、そいつは遠からず自然に去って行かざるを得ない状況になるだけだ。

あいさつは、強制じゃない。自発的行為である。強制してしまうと、何でも形だけのものになる。形だけのものだったら、たけしのいうように、うざいだけである。

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2009/10/27

みんな、おしゃれがしたいはず?

「おしゃれ」 という言葉のイメージがプラスかマイナスかといえば、相対的には、プラス方向に振れているのは確実だと思う。

ただそれは、おしゃれでありさえすればいいということでないのは当然で、あまり構わなすぎるよりは、少しはおしゃれである方がいいだろうぐらいのレベルだと思う。

そして中には、他人がおしゃれをする分には一向に構わないが、自分がおしゃれをさせられるのはかなわんという人もいる。とくに戦前生まれの男には、こういう意識の人が多い。自分の身に降りかかってしまうと、気恥ずかしさが先に立つのだ。

私の妻が舅 (つまり私の父) のそうした意識を理解するまでには、ちょっとした時間がかかった。妻は自分の父がおしゃれなので、私の父もおしゃれをしたいに違いないと思っていたフシがある。

だから、父の日とか誕生日とかに、「お父さん、これ、おしゃれよ」 とか言って、洋服をプレゼントする。ところが父にしてみれば、贈られた服は、なんというか、ちょっとだけ ("a little bit" 程度なのだが) おしゃれすぎるのである。自分がそれを着るのかと思うと、少し気恥ずかしい。

しかし、嫁がせっかく好意でくれたのだから、いらないとも言えない。それにもらってしまったのだから、着ないわけにもいかない。それが少なからぬプレッシャーになる。

妻も数年経ったらなんとなくそんな空気を察して、あまり着るものは贈らなくなった。実際問題として、父の着るものなんて、3年前に亡くなった母が元気な内にずいぶん買いためていたので、「もう、一生分ある」 ということになっている。物欲皆無の父は、これ以上持ちたくないのだ。

というわけで、今は父へのプレゼントは 「食べればなくなるもの」 に限ることになっている。父としてもそれが一番うれしいようだ。

一般的な老人用の服、とくに介護を意識した服についても、似たようなことが言えると思う。

ユニバーサル・ファッション関連で企画側の陥りやすい罠は、「いくら年を取って体の自由が効かなくなっても、機能一点張りでおしゃれじゃない服なんて、着たくないはず」 という思いこみだ。

それで、妙に 「デザインされた」 老人服が押しつけられたりすることがある。「まあ、おしゃれね!」 と、それをよろこぶおばあさんも多いかもしれないが、こと男性用となると、私の父のように気恥ずかしさが先に立って、居心地悪い思いをするということもある。

しかし、あまりにもじじくさいものばかり着ていても、脳に刺激が与えられないので老化が早まる。だからその頃合いが難しい。

ところで、アパレル業界でメシを食っているくせに、私は 「おしゃれ」 というものをあまりしたくない。私の服装は、かなりアメリカ人である。つまり 「全然構わない」 格好が好きなのだ。下手に 「おしゃれ」 なんてすると、居心地が悪くてしかたがない。

そりゃ、あんまりもっさりした格好もしたくないが、「みんな、おしゃれがしたいはず」 なんて思いこみで妙なものを着せられたりしたら、自分のアイデンティティが損なわれてしまうほどの違和感に襲われるということもあるのだ。

「ちょっといいもの」 を着たいと思って百貨店なんかにいくと、妙にデザインされた、しかもばか高い服が並んでいる。一方、値段の安い服をみれば、いくら何でも 「磯野波平さんの服じゃあるまいし」 というようなものばかりだ。中間がないのである。

ユニクロが一人勝ちしているのは、その 「中間」 を狙ったからだ。気恥ずかしくもなく、かっこ悪くもなく、しかも値段が安く、その上、そうした服は他に行っても案外見つからないというのだから、ユニクロは売れて当たり前である。

「みんなことさらにおしゃれがしたい」 というわけではないということを、ファッション業界は理解するべきである。ことさらにおしゃれじゃないけど、十分にかっこいいフツーの服というのが、とくに今の時代でなくても、売れて当然なんだと思う。

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2009/10/26

今さらながら、加藤和彦の死について

加藤和彦の死から 1週間以上経ち、なんとなく落ち着いてきたので、ちょっと私なりの思いを書いてみたい。

先週 (22日) にまこりんさんが、センチメンタリズムに流れないクールな論評を書かれている (参照) ので、私が敢えて新たに書くべきことは、あまり多くないような気もするのだが。

加藤和彦 (私としては当然にも彼をミュージシャンと思っているので、ミュージシャン一般同様に、敬称略で表記する) がフォークルで世に出たのは、1968年、私が高校 1年の年だった。「フォークブーム」 と言われていた頃で、私も安物のフォークギターを買って、PPM なんかコピーしていた。

で、深夜放送をきっかけに 「帰って来たヨッパライ」 が大ヒットして、フォークルはその年のレコード大賞特別賞なんてのを受賞してしまったのだった。ちなみに、私はこのレコードを買わなかった。当時のガールフレンドは買っていたが。

後世になって、この「帰って来たヨッパライ」 の早廻し手法が 「画期的」 なんて言われたが、このくらいの遊びは当時、誰でもってわけじゃないが、テープレコーダーを持っているやつなら、ごくフツーにやっていた。だから、とくに 「やられちまったなあぁ!」 なんて思いは抱かなかった。

その後、彼はいわゆるフォークソングを初めとして、いろいろなジャンルの音楽に手を染めていくことになるのだが、はっきり言って、「帰って来たヨッパライ」 と同様、「が~~ん!」 とショックを受けるほどの衝撃的なものはなかった。ただ、その 「こなし方」 が絶妙だったんだろうという気はする。

まこりんさんは件の記事で、次のように書かれている。

それは常に時代の半歩先を読み、後の世代に様々な影響を与えた作品ではあったのだけれども、ざっくりいえば、それは時代ごとの洋楽のシーンに即応し日本化したもので、まったく自らの内面から滲み出るものではなかったように思うのだ。

私は先週の段階では、ここまで言い切ってしまうことに踏ん切りが付かなかったので、自分のブログで 「加藤和彦の死」 について語ることを躊躇してしまっていたのだが、まこりんさんのブログにコメントした勢いで、今、こうして書いてしまっているわけだ。

まこりんさんは 「まったく自らの内面から滲み出るものではなかった」 と書かれているが、私の言い方をしてしまえば、「内面からほとばしり出るものを、まったく感じなかった」 ということになる。それは、いわば彼のスタイルではあったわけだが。

で、前述のまこりんさんの記事に、私は次のようなコメントを書かせて頂いた。

彼の器用さの追いつく状況においては、それなりにきちんと立ち回れたのだけれど、今、(ここまで来たら敢えて言うけど) 中途半端な器用さだけでは対応しきれない音楽シーンに、彼は直面してしまっていたのだと思うのです。

内面からにじみ出るものなんてなくても、超々器用だったら、対応できた。しかし器用さが中途半端だったから、それ以上進もうとしたら、なんと、自らの内面の空虚さに気付いてしまった。

(なお、ここでいう 「中途半端」 とは相対的な物言いでありまして、彼の目指す非常に高レベルな音楽を実現するには、中途半端だったという意味です)

つまり、今、状況は 「うまく半歩進んだ形のものを作れば、注目してもらえる」 という時代ではなくなってしまったのだ。これに関して、まこりんさんは、次のようなレスポンスを付けてくれている。

ファッション業界もそうだと思うんですけど、今って、加藤さんの活躍した60~80年代と比べると、「これが今一番、カッコいい or オシャレ or 新しい or 面白い」っていうものが提示しにくくなっていると思うんですよね。
時代の気配をいち早く察知して形にするのに長ける彼のようなアーティストは辛い時期なのだと思います。

これは、まこりんさんの慧眼である。「ファッション業界もそう」 というのもまさにその通りで、例えば、菊池武男のようなデザイナーにとっても辛い時期だろうと思う。

加藤和彦は、「自分がやってきたことが本当に必要なのか疑問を感じる」 というようなことを書き残しているという。彼は 「売れさえすればいい」 というようなタイプのミュージシャンではなく、なまじ音楽に対して誠実なところがあったから、ますますそのような思いにとらわれてしまっただろう。

この辺の心理について、彼のフォークル時代の盟友、北山修氏が、本日付の産経新聞に寄稿して、次のように述べている。

才能豊かな芸術家が陥りやすい不幸なのだが、すべて彼自身の中の批評家がうるさくチェックするので、客はよろこんでも、ずっと加藤自身はなかなか十分な満足の得られない状態だったと思う。

これは、私がまこりんさんの記事につけたコメントの、「彼の目指す非常に高レベルな音楽を実現するには、(彼の器用さは) 中途半端だった」 ということに通じる。彼の批評眼は、自分自身の音楽家としてのレベルをはるかに上回る要求を突きつけていたのだ。

北山氏のこの記事には 「あり得ない役割を両立させる天才」 という見出しが付いているが、最後の最後で彼は、「アーティストと批評家の両立」 ができなくなってしまった。彼の中のとてつもなく目の高い批評家が、「加藤ってやつは、もうちょっとできるやつだと思っていたけど、結局この程度のものだったのか」 と見限ってしまったのかもしれない。

「そうさ、この程度でも楽しけりゃいいじゃん」 と開き直ることが、残念なことに、彼にはできなかったのだろう。

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2009/10/25

『唯一郎句集』 レビュー #73

30歳を過ぎてからの唯一郎は、それほど多作な俳人ではなくなったのかもしれない。前回が 初夏と秋の句だと思ったら、今度はもう春の句である。

ただ、今回は同じ日に作られた句である。病後の息子を連れて、藤棚の下で藤の花を見上げている光景の 3句だ。

さっそくレビューである。

病後の児をつれて來る明るい藤棚の下に

唯一郎の子どものうち、一番下の息子と、その下の娘 (つまり私の母) をのぞくいて、上の 3人の息子は、それほど体が丈夫ではなかったようだ。私の記憶にある伯父 2人 (残る一人は夭折したらしい) はやせ形で、それほど頑丈には見えなかった。

その子どものうちの一人が病気になり、快方に向った春の日、唯一郎は明るい藤棚の下に子どもを連れてくる。ようやく元気になった子どもの様子が、明るい空の下の藤棚に重なり、親の情愛が感じられる。

父子の頭の上藤花ゆれてやまず

同じ日に作られた句だろう。藤棚の花が風に揺れ続けている。それだけの句だが、やはり親の情愛がさりげなく込められていると思う。

藤の垂り花のおともなきに汗ばみてあり

藤棚の下に垂れる花は、風に揺れてはいるが、音はない。その程度の風なので、初夏の日に父子はあせばんでいる。しかしその汗も、健康を取り戻したばかりの息子を見る父の目にはうれしい。

本日はこれにて。

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2009/10/24

『唯一郎句集』 レビュー #72

秋という季節は、一週間経つのが異常に早く感じられる。あっというまに週末で、恒例の 『唯一郎句集』 レビューである。

句集のページが進むに連れて、いつ頃に作られた句なのだかわからなくなっていたのだが、今回取り上げる作品は、唯一郎が 31歳頃のものとわかる証拠付きだ。

函館大火にちなんだ句がある。函館は何度も大火に見舞われているが、一番大きくて全国的にもニュースになったのは昭和 9年 3月のものだ。風速 30メートル以上の強風にあおられ、市街地の 3分の 1が消失、1000人以上が亡くなったという。この時のことだろう。

唯一郎は明治 36年生まれだから、この頃は 31歳。17~18歳の頃に俳句を朝日俳壇に投稿して認められてから、13年以上経っている。この間、結婚し、子どもができている。父を亡くし、稼業の印刷屋を継ぎ、俳句の道を追及して上京することを諦めた。

だから、この頃の作品は、よく言えば余裕ができているが、反面、若かりし頃の研ぎ澄まされたような感覚は薄れている。そしてこの頃から文人趣味が色濃くなりつつある。

前置きはこのくらいにして、レビューに入ろう。

唐辛子の花のほほけ見つくす六月の空

唐辛子の花は決して赤いわけでもなく、ナス科の植物だからと言って紫なわけでもない。意外なほど清楚な白い花を咲かせる。その花が 「ほほけ」 て、つまり、熟れてしぼみかけてしまった 6月の頃である。

唯一郎の「朝日俳壇」 時代の句に、「この春はほけたる蒲公英のみ見たり」 というのがある (参照)。「ほける」 も 「ほほける」 も同じ言葉で、あまり一般的ではないが、庄内では昔通に使われていたようだ。

6月の空と言っても、庄内は梅雨入りがそれほど早くないから、多分初夏のすがすがしい空だろう。空がすがすがしいほど、自分の心のうつろさが感じられたかもしれない。

どよもすも秋潮のほうき草立つ枯畑

初夏から一気に秋になる。

「どよもす」 は 「どよめく」 と共通して、「響き渡る」 という意味。秋の海の波が高くなって、浜に打ち寄せる音も大きくなっている。冬になればさらに海は荒れて、海鳴りがとどろき渡るようになる。

海岸の畑に立つほうき草。ほうき草は、その名の通り、枯れた茎を束ねてほうきにする植物。実は「とんぶり」と呼ばれる珍味である。

刈り取る前の枯れたほうき草の彼方に、荒れる海が見えるという、映画のような荒涼とした光景。

 車中

焼け跡の函館へ行く女の話琵琶湖へ落ちる日

これが昭和 9年と特定する証拠となった句。この年の函館大火は 3月のことで、もしかしたら掲載順がずれていて、大火直後のことかもしれないが、復興にはかなりの時間がかかっただろうから、秋頃だとしでも 「焼け跡の函館」 という表現は別におかしくない。

「車中」 とあるから、自分も北海道に向っているのかと思えば、「琵琶湖に落ちる日」 とあるから、近江を旅している時の句である。多分、大阪か京都を訪ねて酒田に帰る車中だろう。

関西から焼け跡の函館に向う女も同乗していて、さかんに火事の話をする。酒田も火事は多く、昭和 51年の酒田大火では、唯一郎の残した印刷所も焼けたほどだから、身につまされるところはあっただろう。

しかし、元来それほど話し好きではなく、しかも関西弁の会話にも加わりにくく、話を聞くだけで窓の外の光景を見つめる唯一郎。

細かいことだが、「琵琶湖に落ちる日」 ではなく 「琵琶湖へ落ちる日」 なので、日は琵琶湖の水面に達していない。海に沈む夕陽のように、琵琶湖の水平線に日が沈むのかどうか、私は見たことがないので知らない。

本日はこれぎり。

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2009/10/23

iPhone にストラップを付ける

このところ、やたらと忙しい。今日のところは軽く iPhone ネタでお茶を濁させていただきたいのである。

iPhone をとても便利に使っているというのは、先月 29日の記事でも書いたが、たった一つ不満だったのが、iPhone にはストラップホールがないということだったのである。

ところが、この問題もめでたく解決したのでレポートさせていただく。ネットで検索すると、下のドックの両脇にあるビスホールにネジを差し込んでみたいな方法しか見つからなかったので、そんな乱暴な真似はしたくないと、諦めかけていた。ところが、ある日秋葉原のヨドバシカメラで、ストラップホール付きのシリコンケースを見つけたのである。

上の右コーナーに、ストラップ装着可能な穴がついている。なんだ、こんな簡単な解決方法があったんじゃないかと、喜び勇んで購入した。確か 1,980円とかだったかな。しかし、問題はこの穴につけるストラップである。

Cr091023 私はそそっかしいので、ポケットに入れておいたケータイをよく落っことすことがあった。そんな時、コイル式のストラップだと地面に落下寸前に止まってくれるのである。これを是非付けたかった。しかし、iPhone はしょっちゅう使うので、前のケータイに付けていたようなご大層なのだと、邪魔になる。

そこで探し当てたのが、うーん、何て言うんだろう、よく首からぶら下げる着脱式の名札にあるような、かちゃっと取り外しできるようなタイプのものである。写真で言えば、右上の黒い部分をちょっと押すだけで、着脱できる。

しかし、これがそのままの形で売られていたわけじゃない。これだけを購入して、軽いコイル式のストラップは別個に買ったのだ。だから、手が込んでいるのである。

普段はこのストラップのクリップをポケットの縁に留めておけば、落下防止になる。そして、ヘビーに使い込むときは、途中の黒い部分をぐいっと押してやれば、簡単にはずせる。そして使い終わったらまた取り付ける。

これで、私の iPhone はまた完成段階に一歩近づいたのであった。まあ、中には iPhone にカバーを付けるなんて、美学的にあり得ないと思っている人も多いようで、その気持ちもわかるんだけどね。

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2009/10/22

比喩的表現の 「王手」 を英語では?

日米のプロ野球のポストシーズンが進んでいて、スポーツニュースは、「フィリーズがワールド・シリーズ進出に王手をかけた」 などと、ずいぶん盛り上がっている。

で、私としてはちょっと引っかかってしまうのが、「王手をかける」 という比喩的表現を英語でどう言うかである。

チェスでは、王手をかけることを "check" という。勝負が決まったら "checkmate" だ。ところが、英語でチェス以外の分野において、「あと一手で決まり」 という意味の比喩的表現として  "check"という言葉が使われているのを、私は見たことがない。

試しに Goo 辞書で検索しても、将棋やチェスにおける直接的表現のみだけで、比喩的表現は見当たらない。Weblio という辞書サイトに当たると、研究社の和英中辞典に次のようにあるのが見つかった。(参照

【将棋】 check
王手する, 王手をかける check [give check to] 《the opponent's king》; 〈比喩的〉 be just one step [game, etc.] 《from》

なるほど、"I am just one step from winning the game." (勝利まであと一歩だ) なんて言い方をするわけね。

その他の言い方を探していたら、ウェブリブログの英語 Brush Up というサイトに、まさにおあつらえ向きの用例が見つかった。(参照、一昨年の記事なので注意)

ボストン・レッドソックスは、10月22日のゲームで、クリーヴランド・インディアンスを破り、アメリカン・リーグの優勝を決めた。4試合を終えた時点で、1勝3敗と負けていた状態を、日本のメディアでは「王手をかけられた」といい、その後、2勝して、3勝3敗となると「逆王手をかけた」と報じた。

(中略)

上述のような状況を、MLBオフィシャル・サイトの英語では、どのように表現されているかを見る。

Boston completed its dramatic comeback from 3-1 down in this series.
(ボストンは、このシリーズ1勝3敗で王手をかけられていたが、その苦境から劇的な脱出をなしとげた。)

3-1 down なら「1勝3敗て負けている状況」、3-1 up は「3勝1敗で勝っている状況」ということになる。

In all, 66 teams have faced a 3-1 deficit in the postseason and the Red Sox became just the 11th to crawl out of it.
(ポストシーズン史上、全部で66のチームが、3-1で負けている状況(王手をかけられた状況)に直面したが、レッドソックスは、そこから抜け出した11番目のチームになった。)
     (10/22/2007 2:31 AM ET/Bring on the Rockies/By Ian Browne / MLB.com)

英語では、チェス用語の to check, to checkmate などを、この意味で利用することはないようだ。

ということで、英語では "check" という単語を 「王手をかける」 という意味合いで比喩的に用いることはまずないとみていいようなのだ。「切羽詰まった状態」 ということを言いたいのなら、"critical situation" (決定的状況) というそのものズバリの言い方があるし。

それにしても、「王手をかける」 という、こんなにも比喩的にうまく言えている言い方が、英語では使われないのはなぜか。それは、単純なことだと思う。

日本語の 「王手」 というのは、まさに明確な意味を持っていて、比喩的に使いやすい言葉なのだが、英語の "check" というのは、意味が広すぎて使いにくいという、それだけのことなのだろう。

英語で  "check" といえば、調べる、確認する、抑える、小切手を出す …… 等々、いろいろ広い意味があって、日本語でいうところの 「王手」 ほどの明確なイメージを醸し出せない。かといって "checkmate" と言ってしまうと、それは既に勝負がついてしまった状態を言う場合が多いので、ニュアンスが伝わらない。

それにしても、日本語の 「王手」 は便利な言葉である。

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2009/10/21

ブゼンとした表情の西川さん

日本郵政の西川善文社長の辞任会見の模様を、テレビのニュースでちらっと見たが、やたらエラソーなんだけど、そのエラソー加減が妙にお笑いじみていて、お気の毒だった。

狭い世界で威張った経験しかなくて、世間一般ではどう振る舞ったらいいか、あまりよくわかっていない人のように見えた。

当人としてはかなり頭にきていたんだろうが、それをあんなに単純に表に出してしまっては、かえって軽く見られる。怒ってみせさえすれば素直に言うことを聞くのは身内ばかりで、無関係な他人からは、「何、このオッサン」 としか思われないということを、この人は知らないみたいなのだ。バックにどんな面倒くさい連中が付いているんだか知らないが。

まあ、社長としてはそれなりにがんばったという自負はあるのだろうが、あの最後の最後の記者会見で、ずいぶん味噌を付けてしまったと思う。

それはそれとして、この記者会見の模様を伝えた 「夕刊フジ」 の "zakzak" サイトが、"コワモテ西川氏 「もうやめようか」 シャッター音にブチ切れ!" と伝えている。写真もなかなか笑えておもしろいのだが、残念なことに、「口をへの字に結び、終始、ぶ然とした顔つきだった」 なんて書いている (参照)。

「ぶ然 (憮然)」 は要注意単語の一つで、新聞記者たるもの、そのくらいのことは常識として知っていなければならないと、私なんか思っているのだが、この記事を書いた記者さんは、やってしまったようだ。「的を得た○○」 とか 「檄を飛ばす」 とかと同様、これを書くと揚げ足取りされてしまうことがほぼ確実な言葉なのである。

世間では 「むっとした表情」 を表現したくて 「憮然として」 と書いてしまうことが多いが、元々の意味は 「失望してしょんぼりした様子」 なのだ。去年も文化庁から発表された、あの悪名高い 『国語に関する世論調査』 でも触れられていたので、記憶に新しいところだと思っていたんだがなあ。

私なんか、言葉は生きて変化するものだから、これほどまでに誤用が一人歩きしてしまったからには、フツーは 「別にいいじゃん」 で済ませたいクチだが、それでも自分で使おうとは決して思わない。

で、素人なら別にいいのだけれど、新聞記者たるものも、やっぱり使わない方がいいだろうぐらいには思っている。何よりまず、揚げ足取りがうざいから。(この記事も 「揚げ足取り」 の一つかもしれないけどね)

でも、やっぱり語感からして、むっとしている様子を 「ブゼンとして」 なんていうと、妙にしっくりきてしまうから困ってしまうのである。こういう場合にふさわしい決まり文句を指定しておかないと、これからもどんどん誤用が広がって、ますますしっくりきてしまう。かなりヤバイ言葉なのである。

ひとつには、「憮然」 とちゃんと漢字で書くと、うなだれてしまっている感じがしないでもないが、最近の新聞は 「ぶ然」 なんて表記するから、ますます誤用が誤用らしく思われないんだろうなあ。

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2009/10/20

素晴らしい 「直し」 のテクニック

私が密かに注目しているブログに、「くつ・かばん修理事件簿」 というのがある。サブタイトルとして、「日々訪れる、奇怪な修理の悪戦苦闘記録である」 とある。

ここの管理人さんは、靴、かばんの修理職人さんのようなのだが、その修理のテクニックが見事なのだ。

時々、「こんなに壊れちゃったの、どうしたら直せるの?」 なんてい言いたくなるような品物が持ち込まれるのだが、素晴らしい職人芸で見事に復活させてみせる。それが写真入りで紹介されるのだから、なんとなく胸がすくような感じにすらなる。

とくに 10月 7日から、なんと 一週間もかかって復活させたオストリッチのセカンドバッグの件はすごい。持ち込まれた時点では、手垢まみれでものすごいことになっている。汚れ落としも受け付けず、当初は、さすがの管理人さんも 「う~ん、どうしたものか」 と、音を上げかけている。(参照

改めてバッグの裏側をみると、ますますひどい手垢まみれである。さすがに途方に暮れて、6日間ほど放置しておられたようだ。ところがそこに、救いの神が現われる。永健トラスト皮革事業部という会社の方のようだ。その人が、新製品の皮革用ペイントを持ってきたのである。さっそく試してみると、いけそうだ。(参照

そして、圧巻が 10月 15日付である。ここでは修理プロセスの詳細には敢えてふれないが、さすがの職人芸の組み合わせで、見事に復活させてしまったのだ。(参照

私は自分自身が、形のない 「こと作り」 でメシを食ったことしかなく、「もの作り」 に直接関わった経験に乏しいので、とにかく職人芸の真髄をみせられると、鳥肌が立つほど感動してしまったりする。「もの作り」 だけでなく、「もの直し」 にしても同様だ。

使い捨てが当たり前になってしまった世の中で、感動的なまでの 「もの直し」 をしている人がおられるということを、知らない人に知ってもらおうと思い、今日はこの記事を書いてみた。

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2009/10/19

アルケッチャーノ 讃

今、10月 19日の午後 9時半。酒田に帰郷して、さっき戻ってきたばかりなので、遅い更新で恐縮である。

実は昨夜、あのアルケッチャーノでディナーを堪能してきたので、レポートしてみたい。とにかく、「深ウマ」 だった。その旨さは、風呂に入って寝るまで持続していた。

知らない人のために、ちょっとだけ説明しておこう。アルケッチャーノは、我が郷里、庄内は鶴岡市にあるイタリアン・レストランで、素材のほとんどは庄内産のものを使っている。なにしろ、庄内は食の宝庫であるからして、素材からして旨い。その旨い素材の味をしっかり生かした独特のイタリア料理が食える。

私たち夫婦は、田舎の母が寝たきりだった頃にずっと、2月に 1度は介護をする父の応援で帰郷していて、その度に月山街道沿いにあるアルケッチャーノを横目で眺めていた。帰郷は母の介護と父の応援が目的だったので、外でゆっくりと食事をする時間が取れなかったのである。

しかし、今年の 5月に 母の三回忌を済ませ、時間的にも余裕ができたので、今回、父を連れて 3人でディナーを食べたのだ。80歳になる父は、洋食はあまり口に合わない性分 (その代わり、和食はちとうるさい) なのだが、「だまされたと思って食べてみて」 と誘ったところ、「これは旨い!」 とえらく満足していた。

今回のディナーは、5000円のお任せコース。順を追ってレポートしよう。

Cr091019a まず最初は、アジの刺身を載せた冷たいパスタ。皿の端にはカツオの叩きも載っている。いやはや、私は庄内人であるから、アジの刺身ぐらい何度も食べているのだが、一見してアジとは気付かなかった。

そして、口に含んでみて、「アジって、こんなにも膨らみがあったのか」 と感動。「この手があったか!」 ってな感じである。のっけからやられてしまった。

Cr091019b 次は、庄内浜のエビの刺身を載せたリゾット。お米は庄内米の 「ひとめぼれ」。ぷりぷりでいながらしっとりのエビと、ボディのある庄内米の取り合わせは、これまた、「うぅむ、やられたなあ」 という感じ。

後効きする旨さと言っておこう。

Cr091019c お次は、マコモダケというものである。それを (多分) オリーブオイルであえて蒸したのかなあ。何も味が付いていない。それをちょいと添えられたカリカリのベーコンの塩味だけで食べる。

何しろお茶目なことに、山形新聞の新聞紙に油を吸わせて供されるから、一見すると、「こんなもの食えるんか?」 という感じなのだが、いやはや、旨いのである。ワイルドな歯応えで、ちょっとした苦みの背後に 「おぉ、何じゃこりゃ?」 と言いたくなるような、不思議なうま味がある。私ははまってしまったね。

父は子どもの頃、川原に生えているマコモをかじって育ったという。それが、本来の野趣も残しつつこんな洗練された料理になっていることに驚いていた。

Cr091019d次は庄内浜で取れた鯛と (多分) アサリのアクアなんとか。なんとかというのは、説明を聞いたが忘れてしまった。さすが庄内の鯛。身がしっかりしていて、口に含んだときの 「おぉ、タイだ!」 感がうれしい。

さらに出てくるのは、月山の野趣あふれるキノコを添えたパスタ。

パスタが洗練されているのに、そこに一見無造作に添えられたキノコが (多分) 塩味だけなのに、素材自体の苦みのあるワイルドさが効いていて、その対比がいい。で、見るからに旨そうだったので、つい写真を撮るのを忘れてしまった。残念。

Cr091019e段々フィニッシュに近付いてきた。この辺で、案外お腹が一杯になってくる。庄内の食材はしっかりした腹応えがある。だめ押しの一品は、庄内の豚と藤沢カブの組み合わせ。

豚とカブが不思議に合うというのは、知る人ぞ知るところである。しかも、このカブは藤沢というところでしか取れない在来種の洗練されたもので、歯応えがいいのである。味わいもくせがなくていい。

さらに豚がいい。庄内に来ると、「豚ってこんなにおいしかったんだ」 と思うだろう。サクッとしたまるで果物のような歯触りとジューシーなコク。庄内人の私は、牛より豚の方がずっと旨いと思っている。

Cr091019f デザートは、イチジクを載せたチーズケーキとアイスクリーム。エスプレッソでいただく。もう、味も量も大満足。アルケッチャーノで 5000円コースのディナーを食べようと思ったら、お昼過ぎに間食なんかしちゃいけない。食べきれなくなってしまう。しっかりお腹をすかせて行くべきである。

とにかく、アルケッチャーノの料理は、素材の旨さを最大限に引き出すためのあっさりとした塩味が基本。塩しか使ってないと言ってもいいぐらいの、絶妙のシンプルさである。これが、「後効きする旨さ」 「深ウマ」 につながっている。

私は今年 7月 21日の記事で、次のように書いている。

おいしい料理は、一番幸せだった日々の記憶を蘇らせてくれる。いや、実際には 「一番幸せだった日々」 なんてない。蘇るのは、これまでの幸せの記憶を凝縮したエッセンスなのだ。だから本当においしい料理を食べると、至福が訪れるのである。

アルケッチャーノの料理は、そんなような料理である。また 11月に食べる予定。今度はどんな食材のディナーになるか、今から楽しみである。

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2009/10/18

『唯一郎句集』 レビュー #71

今、酒田に帰ってきている。相変わらずの晴れ男で、汗ばむぐらいの上天気だった。これなら、関東よりずっと暖かい。

しかし、明日からは雨模様になり、少し冷え込むらしい。ただ、つくばに帰る明後日は、またいい天気になるというから、ありがたいことである。

昨日は秋の季節の句だったが、次のページの 2句は、もう冬から初春にかけての句である。さっそくレビューしてみよう。

適齢の夜の裸体にて見下ろしたる盆梅

風呂上がりでもあるのだろうか、若々しい裸体で盆栽の梅を見下ろす。唯一郎が時折みせる官能的なイメージの句。

餅花の下に座す母は星が見ゆると言ふ

餅花とは、小正月の頃、木の枝に餅や団子を差して祝う行事。日本各地で今も行われているが、私の子どもの頃の酒田では、もう廃れていたと思う。だが、唯一郎の頃にはまだ行われていたようだ。

その下に座して、年老いた母が 「星が見える」 という。枝に飾った餅を星に見立てて言っているのか、あるいは母の目には本当に星が見えているのか。

短いが、今日はこれにて。

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2009/10/17

『唯一郎句集』 レビュー #70

今日はこれから二泊三日の予定で、妻と二人で帰郷である。休日割引を活用して、最初から最後まで高速道路で行こうと考えている。

朝早めに発てば、午後の 2時頃には到着するだろう。着いたら酒田で墓参りをする。母の眠っている我家の墓の他、時間があれば、親戚関係の墓にも参りたい。

さて、『唯一郎句集』 の 69回目のレビューにはいろう。どういう巡り合わせかわからないが、帰郷する季節に合わせて、ページは秋の句になっている。

馬のいばりする明るう枯れた林

落葉が進んで地面にまで日が注いでいる落葉樹の林の牧歌的風景。馬が小便をしているのが見える。

どこかペシミスティックな感覚を漂わせていた頃の句風から、だんだん吹っ切れたような淡々とした句風になってきている。

しら菊葩の陽色を巻いてゆらぎもせず

さて、「葩」 の字は何と読んだらいいのだろう。辞書的には 「はな」 だが、ここは 「はなびら」 と読みたいところだ。多分、唯一郎もそのつもりだったのではないかという気がする。

白菊の花びらが、傾いた太陽の日射しを浴びて、やや赤味を帯びて見える。風が凪いでいるので、揺らぎもせず、ただじっと赤味をまとっている。クローズアップ画面のような効果を感じる句だ。

落葉を喰ふ鶏におどろけよ吾子よ

地飼いの鶏が、乾いて細かくちぎれた落葉をついばんでいる。それを見ている唯一郎と息子。唯一郎は鶏が落葉をついばんで食うことに驚いている。

そして、それを何気なく眺めている息子 (私の伯父にあたる) にも少し驚いている。「一緒に驚いてみようじゃないか」 と思っているが、息子はただ無邪気に眺めているだけである。

本日はこれぎり。

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2009/10/16

秋の空は、男心か? 女心か?

秋である。今日は全国的にいい天気だが、週末は崩れ、来週は 3~4日周期で変化するようになると、天気予報は言っている。

よく 「女心と秋の空」 などと言われ、「男心と秋の空」 とも言われるが、本来の日本語としては 「男心と秋の空」 だったというのは、知る人ぞ知るという程度のレベルのようだ。

端唄 「さのさ」 にこんな歌詞がある。

あなた そりゃ無理よ
二、三日ならともかくも
十日も二十日もその間
便りもせずに ネェ ゐらりようか
まして 男心と秋の空

「さのさ」 という歌は、明治の中頃から花柳界で広まったと伝えられるが、元歌は江戸末期頃から九州方面の民謡として歌われていたらしい。それが変形して今の端唄 「さのさ」 になった。

この歌が本格的に広まったのは、確実に明治に入ってからと思われる。なにしろ、いわゆる 「ヨナ抜き音階」 とはいえ、最後が西洋音階の主音で終わるのだから、江戸時代の歌でありようがない。そして、この頃は 「男心と秋の空」 という言い方が一般的だったとわかる。

「女心と秋の空」 というのは、後からできた言い方で、Goo 辞書で検索しても次のように出てくる。

(2) 女の変わりやすい心。
  「―と秋の空(元来ハ「男心と秋の空」)

辞書の世界では、「男心と秋の空」 が元々の形というのが常識のようなのだ。確認はしていないが、広辞苑では、第 5版 (1998年刊行) まで 「女心と秋の空」 という項目すらなかったらしい(参照)。まだ公民権を得ていない新語扱いだったのね。

どうして 「女心と秋の空」 という言い方が広まったのかというと、西洋文化の影響というのが定説だ。英語の決まり文句に、"A woman's mind and winter wind change often." (女心と冬の風はよく変わる) というのがあって、それからの影響という説もあるが、私は最も有力なのは 「女心の歌」 だと思う。

オペラ 『リゴレット』 のアリア 「女心の歌」 は、オペラなんて縁のない人でも口ずさめるほど日本でも有名だ。浅草オペラなどの軽演劇を発信源としてもずいぶん流行ったので、日本人の心にあっという間に食い込んだようだ。

♪ 風の中の羽根のように
♪ いつも変わる女心

というやつである。だから、昭和以降は 「女心と秋の空」 がずいぶん一般化してしまったのである。

ただ、「男心」 と 「女心」 が入れ替わっただけとはいえ、その意味合いにはちょっとした違いがある。「男心」 と言った場合は、明らかに「浮気心」 のことであり、「女心」 と言うと、浮気心以外の 「気まぐれ、移り気」 というニュアンスがある。

昔の日本では、女には貞節が求められたが、男の浮気には大変寛大だった。妾を持つのが男の甲斐性だと思われていたぐらいだから、男は金さえあれば (なくても?) 浮気のし放題で、それだから、女の側から見ると 「男心は秋の空のように油断がならない」 と感じられたのだろう。

ところが昭和以後になると、女もずいぶん強くなり (実は昔から強かったという見方もできるが)、「文句ある?」 ってな感じで、気まぐれや移り気を前面に出した生き方が可能になった。そのせいで、男の方が翻弄されるなんてことも珍しくなくなったのである。そこで、「とんでもない、秋の空は女心の方じゃないか」 なんてことになったのだろう。

当時は軍国主義が台頭していて、少なくとも表面上は、男は忠節を誓ってヒラヒラしていてはいけないという空気になりつつあったので、この傾向はなおさらである。

というわけで、いろいろな時代の風潮を経過して、今の日本では 「両方あり」 ということに落ち着いてしまったようなのだ。

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2009/10/15

ウィルスメールがまた増え始めた

このサイトをご覧になっている中にも、「近頃、またウィルスメールが増えたなあ」 と思っている方が多いのではなかろうか。

ウィルスメールは一時かなり減っていて、その代わりスパムメールがやたらと増えていた。ところがうっとうしいことに、最近はウィルスメールが復活しているような気がするのだ。

自分のサイト内を検索してみたら、平成 16年 5月 9日付の記事で、ウィルスメールの多さに音を上げて、次のように書いている。(参照

連休が明けた頃から、またどっとウィルスメールが届くようになった。90%ほどは "Netsky" の P と Q という亜種である。

連休明けに増えたということは、とりもなおさず企業ユーザーの感染がまだまだ減っていないことを示している。企業のセキュリティ対策はまだまだ遅れている。

今思い出してもうんざりするが、当時は本当にメールを 100通受信すればそのうちの 60~70通はウィルスメールというような状態だった。ところが、その約 2年ちょっと後には、こんな記事を書くようになった。(参照

今に始まったことではないが、メールを 1度に100件受信すれば、そのうち 80件以上は迷惑メールで、うんざりする。

しかし、その代わりに、ウィルス・メールはずいぶん少なくなったと思う。最近は、100件に 1件程度で、実感としては、最もひどかった頃の 1割以下に減っていると思う。

つまり、5年前頃はウィルスメールの洪水でうんざりしていたが、3年前頃にはもうウィルスの盛りは過ぎて、その代わり、いわゆるスパムメールが激増していたということがわかる。昨年あたりは、メールを 100通受信してもウィルスメールは 1通もないということが全然珍しくなかった。「ウィルスメールの時代は終わった」 と思っていたほどである。

ところが、私の感覚では先月ぐらいからなのだが、またしてもウィルスメールがちらほら舞い込むようになったのである。とくに 19日から 23日までの 「シルバーウィーク」 とやらが終わってから、目に見えて増え始め、今月の 10~12日の三連休後にまた増えた。企業ユーザーのウィルス対策は進んだと思っていたのに、これはどういうことなのだ。

これはあくまでも想像だが、多くの PC ユーザーがセカンドマシンとして、いわゆるネットブックみたいなものを購入したという事情が大きいのではあるまいか。ネットブックには (多分) 試用版のウィルス対策ソフトが入ってはいるものの、その試用期限が過ぎてしまっているのが多いのだと思う。

なにしろネットブックは E-mobile などのサービスとセットで大安売りされているので、盛んにネット接続しているはずだ。ところが、ウィルス定義がアップデートされないと、新しいウィルスが入り放題になってしまう。そのせいで、近頃またもやウィルスが流行り放題になっているんじゃなかろうかと思うのだ。

以前は企業でも PC が単体ごとにウィルス対策ソフトを入れていたが、最近ではサーバが集中して管理しているということが多い。そうなると、個々のユーザーはウィルス対策ソフトの導入をあまり意識しないでいるのかもしれない。

普通は、ウィルス対策ソフトは、一つ購入すれば、一家の 2台か 3台の PC にインストールできるのだから、自宅のソフトを入れてしまえばいいはずなのだ。ところが、「自宅の PC はもっぱら息子が使っているので、よくわからん」 なんていうお父さんが、安さにつられてネットブックを買っちゃってるということが多いのではあるまいか。

こういう人たちというのは、会社ではけっこうまともに PC を使っているので、自分ではヘビーユーザーだと思っているフシがあるが、システムの管理は情報システム室とかのスタッフにおんぶにだっこということが多いので、細かいところまではわかっていない。

こうした層のユーザーが、ネットにつなぎ放題のプライベート・マシンを持ってしまったのだから、もしかしたら、コンピュータ・ウィルスが再び勢力を増してしまいかねないと、私は心配しているのである。

盛んに送られてくるウィルスで一番多いのは、"Packed Generic 258" というトロイの木馬型のマルウェアで、ネットで調べたところでは 「危険度1:ほとんど影響なし」 (参照) ということなので、あまり実害はないのだろう。だが、危機感が高まらないうちに本当に危険なウィルスが流行ってしまったら、危ない。

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2009/10/14

羽田ハブ化に賛成

羽田空港のハブ化構想で、千葉の森田県知事が怒りまくっているらしいが、首都圏の住民の多くは、羽田のハブ化に賛成なのではなかろうか。

茨城県南部に住んで、直線距離なら成田の方がずっと近い私だって、羽田に行く方がずっと便利だと思っているし。

関東南部の居住者なら、外国に行くのにまず成田まで行かなければ行けないという現状に、ほとほとうんざりしていると思う。羽田から出発できるようになるなら、喝采を叫びたくなるほど嬉しいだろう。

昔、外資系に勤務していた頃、日本に初めて出張してくる外国人を成田まで迎えに行き、ようやく巡り会えていう言葉は、"Now, you should make one more trip." (さて、さらにもう一つ旅行だよ) という決まり文句だった。すると成田の不便さをみっちりと聞かされてきた相手も、うんざりした顔で "Actually." (確かにね) と応じるのである。

ことほど左様に、成田空港の地理的不便さは、外国でも知る人ぞ知るというほどの不名誉なお話なのだ。そんなところに首都の主要国際空港を作ったこと自体が間違いなのであり、30年以上間違いっぱなしで進んできたのである。今回の騒動は、自民党政権の尻ぬぐいという点で、八ッ場ダムと同じだ。

30年も 50年も間違いっぱなしだったのだから、それを修正するとなると地元で相当の混乱が起こるのは当然なのだが、それをうまく収束させないと、今度は 100年も間違いっぱなしになって、にっちもさっちもいかなくなってしまう。

いずれにしても、外国に行くのに羽田から出発できるようになれば、私としてはありがたい。我が家から成田に行くには、取手駅で常磐線に乗り、我孫子駅で成田線に乗り換え、成田駅でエアポート成田というのに乗り換える。最低でも 2時間近くかかる。成田線の電車の本数が少ないので、時間帯によっては 3時間近くになる。

これだと帰りには時差ボケも手伝って、大きな荷物をもった乗り換えだけで疲れ果ててしまう。そこで結局は、車で空港まで行くことになる。車なら 1時間半ぐらいですいすい行けるのだが、空港近くの有料駐車場に預けるので、1週間で 4000円とか 5000円とかの料金が必要になる。

羽田までなら電車の本数も多いので、コンスタントに 2時間弱で行けるし、駐車場を借りる必要もないのでありがたい。直線距離なら成田の方がずっと近い私がそう思っているぐらいなのだから、羽田ハブ化は、細かい問題はいろいろあるにしても、総論的にはどんどん進めてもらっていいと思う。

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2009/10/13

「風薫る」 は英語に訳せない

昨日の記事で、"Pleasant wind and the smell of the South country." という英文の元々の日本語は 「南国の気持ちよい風と匂い (あるいは 「香り」?) だったんだろうと書いた。

匂い (または 香り) を "smell" と訳すのは、あんまりだろうというわけだ (参照)。だが、じゃあ何と訳せばいいのかということになる。

この記事のコメントで、alex さんが aroma, flavor〈古〉, foil (けだものの)〈古〉, fume, nose, odor, perfume, scent, smell と、臭覚関連の英単語をずらりとならべてくださっている。この中で alex さんも当惑しているが、 "flavor" が古語というのは、驚きである。

ただ、上記の単語のどれを選べばいいのかといっても、どれも違和感がある。それも道理で、「南国の気持ちよい風と匂い」 なんて言っても、漠然としすぎていて、「何の匂いなのか」 が特定されていないと、英語にしようがないのだ。「南国そのもの」 には、特定の匂いはない。だから日本語として成立しても、英語にはしにくい。

例えば、「風薫る五月」 という定型句的な言い方がある。しかし、ちょっと考えてみればわかることだが、実際には風に香りなんかない。風は何かの香りを運んでくるだけである。だから、「風薫る」 は厳密に言えば英語には訳せない。強いて訳そうとすれば 「風が○○の芳香を運んでくる」 というような言い回しにしなければならない。

しかし日本人は、五月のさわやかさを称して 「風薫る」 と言い、それで何の疑いも抱かないどころが、具体的には何の香りかさっぱりわからないし、あるいは実際は、特段何の香りがするというわけでもないのかもしれないのに、感覚的には妙にしっくりきてしまうのである。

つまり、さわやかな風という、どちらかといえば皮膚感覚的なものを、「薫る」 と言ってしまって、つまり臭覚的な表現に置き換えてしまって、全然平気なのである。「それって、一体何の香りなんだ」 なんて野暮なことは、誰も聞かないのだ。

これに関して私は 3年ちょっと前に、「脳内感覚コンバーター」 という記事を書いている。テキストを読んで自然にイメージが浮かぶかという問題から、考えをちょっと発展させたものだ。この中で、私は次のように書いている。

梅干しを見ただけでつばが出るとか、明治の落語家、四代目橘家圓喬が真夏に 「鰍沢」 (雪山の噺) を演じたら、客がみな震えたとか、五感 (視覚・聴覚・臭覚・味覚・皮膚感覚) というのは、容易に変換がきくと思ってもいいように思う。

あるいは、五感というのは、それぞれ別物というよりは、元々トータルで統合的な対象を、異なった感覚器官 (目・耳・鼻・舌・皮膚) を通じて認識した際の、分化した感覚とみていいのではなかろうか。

こうしてみると、「風薫る」 という表現は、五感が未分化な状態の非常にプリミティブな感覚を、とてもアーティスティックに昇華させた言い方だということができる。具体的でないところが、かえって抽象的で、神秘的ですらある。

五感の未分化な状態というのは、歌舞伎の演出にとてもよく応用されている。例えば、大太鼓をやわらかく 「ドンドンドン……」 と叩くと、それは雪が降っているということだ。この音を聞くと、雪の舞い散る様子が見え (るような気がして)、寒くもないのに (本当に) ちょっとぞくぞくっとする。聴覚が自然に、視覚と皮膚感覚に変換される。

いや、変換されるというより、ある感覚的刺激をきっかけに、遡ってその本質的なイメージが喚起され、今度は五感全体に還元されてしまうのだ。

だから 「風薫る」 を 「風そのものに薫りなんてない」 と切り捨ててしまうよりも、そこからイメージを限りなく喚起して味わえる方が、人生としては確実に楽しい。ただ、「風薫る」 もあまりにも陳腐なステロタイプになってしまったというのも確かなので、もっと斬新な表現を開発するのも一興かも知れない。

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2009/10/12

"The smell of the South country" って?

先日、電車の席に座ってブログ更新を終え、PC の電源を落として視線を上げると、きれいな絵が目に飛び込んできた。

それは目の前に立った女性の Tシャツのプリントで、トロピカル風の魅力的なイラストである。Tシャツのお値段も、一見してお安くはなさそうに見える。

それを着て目の前に立っていた女性も、つんとした顔に色の濃いサングラスをし、いわゆる 「いい女」 風の魅力を、十分意識的に、あたり一面に思う存分漂わせている。

しかし次の瞬間、私はちょっとがっかりしてしまった。Tシャツのプリントに添えられた英語のテキストが目に入ってしまったからである。それはこんなのだった。

Pleasant wind and the smell
Of the South country.

Surface of the sea
Gentle condition
And the surf beat.

最初の 2行は、元々の日本文がどんなのだったか、すぐに想像がつく (誤訳だけどね)。「南国の気持ちよい風と匂い (あるいは 「香り」?)」 ってなところだろう。だが、その次のフレーズになると原文すらわからない。直訳して日本語に戻すと、「海面、優しい状態、そして寄せる波の鼓動」 ということになる。つながり悪すぎだ。

それにしても、"the smell of the South country" (南の田舎の悪臭) はひどいなあ。もっと言えば、「気持ちよい風」 は、"comfort wind" ぐらいにしておくのが無難だろう。 "Pleasant" と言ってしまうと、なんとなく人格的なニュアンスが邪魔するように思う。

数人の女性に、「電車で目の前に立った女性の魅力的な Tシャツのトロピカル・プリントに、”the smell of the South country"って書いてあったんだよね」 と言ったら、全員、即座に吹き出していた。

Tシャツのメーカーを責めようとは、敢えて思わない。その辺のアパレル・メーカーの企画スタッフに、まともな英語を求めても仕方ないのである。それぐらいのことは、街で見かける Tシャツの胸のロゴをみれば、つくづくわかる。

しかし、いくら見た目が震えつきたくなるような 「いい女」 でも、あの Tシャツを買うときに何の疑問も抱かないようでは、ちょっと困ってしまうのである。一緒にお酒を飲みたいとは決して思わない。多分全然話題が合わなくて、すごく疲れちゃうだろうから。

久々の Engrish ネタで、失礼。

【10月 13日 追記】

変なツッコミをされるかもしれないので、念のため書いておく。

確かに、「香り」 を和英辞書で引くと、

(a) smell; (a) fragrance; an odor; ((the)) aroma ((of coffee)); ((the)) scent ((of lavender)).

と出てくる。(参照

「ほらみろ、香りを "smell" と言っても、間違いじゃないじゃないか」 と言う人があるかもしれないが、念のため、今度は 英和辞書で "smell" を引いてみてもらいたい。次のように出てくる。

━━ vt. (〜ed, 〈英〉smelt) かぐ, かぎつける ((out)).
━━ vi. かぐ, かいでみる ((at)); 鼻がきく; …のにおい[気配]がする ((of)); 悪臭がする.
━━ n. かぐこと; 嗅覚(きゅうかく); におい; 悪臭; 気配 ((of)); 跡.

つまり、"smell" という言葉の基本的イメージは、どちらかといえば、確実に 「悪臭」 なのである。"Good smell" と言って初めて 「いい匂い」 になる。英語で文章を書く場合には、一度和英辞書をあたったら、英和辞書でニュアンスまで確認しないと、本当に危ないということを覚えておく方がいい。

日本語で 「お天気」 というと大体 「晴れ」 のことだが、英国では "weather" とだけいうと、まず想起されるのは、言い訳の材料に使われるような好ましくない天気のようである。よく言われることだが、西洋では本当に 「自然は敵」 のようなのだ。

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2009/10/11

『唯一郎句集』 レビュー #69

「もう 10月か」 と思ったばかりなのに、あっというまに日付が 2桁になってしまった。「秋の日はつるべ落とし」 というが、この年の進み具合もまた、つるべ落としになってきた。

『唯一郎句集』 はページ数にして、まだ 3分の 2 を終えていない。しかし、家庭人となり、成熟しつつある俳人の様子をうかがわせている。

研ぎ澄まされたような鋭さと危うさを併せ持った十代から二十歳前後にかけての作風から、段々とやや超越した感のある作風に変化しつつある。自らの足許を見る視線も、徐々に安定感をもち始めている。

さっそくレビューに入ろう。

じつとして蛙をきいて見よと吾子にいひしが

最近はかなり少なくなったが、昔は春から秋にかけての夜は、蛙の鳴き声が響き渡っていたものだ。しかし、その声は不思議にうるささを感じさせない。あれほど鳴り響いているのに、いつの間にか 「聞こえない音」 になっている。

太古の昔から人間の耳に馴染んでいたため、ある意味、目立たない背景のような音になってしまったのだろうか。

唯一郎は自分の子どもに、じっと静かに蛙の鳴き声を聞いてみるように言ったのだろう。じっと聞けば、その僅かな変化や趣が感じられる。しかし、子どもはすぐに飽きて他のことに気を取られる。

静かさを好む唯一郎には、子どもの移り気と元気さが不思議なものに思えるほどだろう。

チヤルメラふきがゆく常盤木の群らがり

酒田の街には満州出身者を初めとする中国人が住み着いていて、彼らが 「酒田ラーメン」 を広めたという説がある。チャルメラも彼らが持ち込んだものなのだろう。

チャルメラの音が通り過ぎると、見慣れた常緑樹の生け垣などが、別のもののように感じられることがある。

春の夜の川底を泳ぎ來るそのかたちを思ふ

ちょっとシュールで難解な句だ。春の夜というものが、川の底を泳いでくるというのだろうか。言われてみれば、春の夜の迫り方はそんなイメージだと言えないこともない。

ただその泳ぐ形は誰にもわからない。凛とした寒さが去り、暖かくゆるんだ空気でありながら、夜が深まるとともに寒さもぶり返す。その形は計り知れない。

母肩を病む夕すわり吾子もすわり

肩こりに悩む母が、夕暮れの縁側に座る。自分の子どもも並んで座って、夕暮れを眺めている。

三世代の中間である自分は、それを背後から眺めている。親和感と断絶感の不思議な共存。

本日はここまで

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2009/10/10

『唯一郎句集』 レビュー #68

秋だからだろうか。近頃、週末の来るのが本当に早い。ふと気付くと、一年中週末のような気さえする。あるいは、今年の秋が、妙に秋らしいからだろうか。

というわけで、週末恒例の 『唯一郎句集』 レビューである。取り上げる句は、晩春から初夏の季節の 3句。

こうしてみると、唯一郎の句というのは自由律ではあるが、季節感というものをかなり色濃く表現した句が多いということに気付く。庄内の暗く厳しい冬から若葉の芽吹く春への移り変わり、夏から秋にかけての宵の雰囲気など、唯一郎の好む季節感というのがあるような気がする。

さて、そろそろレビューに入ろう。

山の若葉かぜふきて人の住む家建つ

酒田の街から北西に行くと、思いのほか近いところに山の端はある。その辺りは、自然の森が始まるところだ。若葉の季節になると、初夏の爽やかな風に揺られ、緑の影が見ほれてしまうほどのハーモニーを作る。

そんななかに、粗末な家が建っていて、人がちゃんと住んでいる。街場の人間である唯一郎には、それが新鮮な驚きに近い感覚となる。

ふくべら摘みこぼし小川流るる

ふくべらは、別名ニリンソウともいう山菜。白い花が咲いて、毒草のトリカブトと区別が付きにくいことでもしられる。

ふくべらを手に一杯摘み、握る手からこぼれて小川に落ち、水流に乗って流されていく。唯一郎の句には珍しいほど、田園的でのどかな光景である。

欅若葉の朝小さくなりし子供服

庄内には欅の木が案外多い。鎮守の森などに、威風堂々たる欅がそびえている。その高い枝々に緑の若葉が揺れる。

そうした朝、子どもの服が小さくなっていることに気付く。若葉とともに、我子も育っていることに気付く。

青春の影を感じさせるようなペシミスティックな色合いの歌が多かった唯一郎だが、この辺りから大人の余裕のようなものが見えてきている。

本日はこれぎり。

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2009/10/09

インド人は本当に計算に強いのか?

インド人は数学に強くて、計算なんかおそろしく速くて正確というのが、まことしやかに語られていて、今や日本の常識みたいになっているが、果たして本当にそうなんだろうか?

私はこの点に感してものすごく疑問を抱いてしまっている。「彼ら、簡単な計算だってまともにできないじゃん!」 とまで思っているのだ。

「インド人/計算に強い」 という 2語でググってみると、何と 12万件がヒットする。そのトップにランクされているのは、「超インド式桜井計算ドリル 2けたの暗算がインド人より強くなるっ ...」 とかいう、ちょっと私には怪しげにさえ感じられる本だ。

クリックしてみると、"九九を身につけた日本人であれば、2けた同士のかけ算はもちろん、4けた同士のたし算、ひき算も、簡単にできてしまうのが 「超インド式計算法」" という謳い文句である。

一瞬、「そりゃ、すごい!」 なんて思ってしまうが、4けた同士のたし算、ひき算ぐらいなら、私だって暗算でできるぞ。ちょっと時間はかかるけど。2けた同士のかけ算を暗記しているらしいというのは、そりゃちょっとしたものだとは思うけどね。

私が、「インド人計算強い説」 に疑問を抱くのは、最近、よく本場のインド・カレーとやらを食べる機会があるからだ。今年の 1月に 「本格的インドカレーに期待」 なんていう記事を書いたのだが、あの頃から、ちょくちょくインド人 (らしい) の経営するインドレストランで食事をしているのだ。

本場のカレー料理は、確かになかなかおいしい。しかし、食べ終わってレジで支払いをするのが、ちょっとやっかいなのである。インド人 (だと思う) の店員のレジ打ちが、じれったくなるほど遅いのだ。

計算の苦手なはずの私でさえ、合計金額を暗算でちゃちゃっとはじき出して、お釣りが面倒にならないように、端数分の小銭まで用意して待っているのに、インド人 (のように見える) 店員は、たかがちょっとした食事の合計金額を計算するために、不器用な手付きで長々とレジと悪戦苦闘するのである。

「あんたたち、計算が得意らしいから、レジ打っている間に、頭の中では合計金額が出てるんじゃないの?」 なんて言いたくなってしまうが、どうもそういうわけでもないらしい。レジを打ち間違えて滅茶苦茶な計算になっても、こちらが 「それ、違うよ」 と言うまで間違いに気付かなかったりするから。

「インド人が計算に強いなんて、ウソじゃん!」 と言うと、ウチの次女なんかは 「日本でインド料理店をしているのは、パキスタン人が多いらしいよ」 なんて、妙にインド人をかばい立てするのだが、それにしてもおかしい。いくらなんでも計算が下手すぎる。

上記の今年 1月の記事のコメントで触れた 、私が昔付き合いのあったインド人は、向こうの上流階級で超インテリだった。私は彼の家に招かれて何度かインド料理をご馳走になったが、お金を払う必要がなかったから、彼がお釣りの計算が早かったかどうかなんて知らない。でもまあ、あんなインテリだから、多分早かったんだろう。

しかし、私がちょくちょく出入りする複数のインドレストランの店員は、どうみても計算が苦手らしいのだ。パキスタン人なのかもしれないけど、「あんた、本当はパキスタン人でしょ」 なんて聞いたことがないから、わからないし。

で、もう少しググってみたら、いろいろな記事にぶつかった。実際にインドで暮らしておられる Shiho Andheri さんの Hello from Mumbai!! というブログの、今年 5月 9日の記事には、次のように書かれている。(参照

インド人は数字に強いと聞いていたけれど、こちらで生活してみるとあまりそう思わない。食料品や雑貨の値段の計算はうちの妹のほうが早い。たまにリキシャドライバーなんか10ルピーも多くおつりをくれたりする。同僚も計算弱いから、、とよく言っているし。。。。

ふぅむ、やっぱりインド人が計算に強いというのは、幻想だったのかもしれない。さらに、インド駐在員の fallentimbers さんの Real India since 2008  というブログの今年 1月 28日付記事には、以下のような明快な記述が見つかった。(参照

小学校でインド式掛け算と言ったって、そもそも小学校就学率は50%ともそれ以下とも言われてますし、そんな高度な授業を行っているのは一部の私学に限ったことのようですから、インド人の平均像でも何でもないのです。

(中略)

もちろん強い人はいますよ。特に経理の連中は凄いです。
しかし皆がそうかというと、全然そんなことはないのです。決して暗算の得意ではない私でもできるような二、三桁の数字を二つ三つ『足す』だけでもオタオタして、たどたどしく電卓を叩く始末のインド人がザラですから。

ああ、やっぱりそうだったのか。インド人なら誰でも 2桁の九九を駆使して暗算しまくりというわけじゃなかったのだ。フツーの人は、世界中どこに行ったってフツーだし、計算音痴はどこにでもいるのだ。これを知って私は、何だか妙に安心してしまったのである。

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2009/10/08

台風レポート

本当に久し振りの台風直撃で、首都圏の朝の通勤時間帯は滅茶苦茶だったようだ。かくいう私も、JR 常磐線がお昼を過ぎても動かないので、家に戻ってしまった。

空はもうすっかり青空なのに、風だけがものすごくて、外を歩いていると身の危険さえ感じるほどである。

夜寝ている間は、はげしく雨戸に打ち付ける雨の音がうっすらと記憶にあって、「ああ、台風が来ているんだな」 とは思っていた。ところが、朝になって目を覚ますと、雲の切れ間から青空がのぞいているし、風も穏やかだ。それでもう、台風は通り過ぎたものと思い、すっかり安心してしまったのである。

ところが、ラジオのニュースを聞くと、どうもおかしい。台風 18号は午前 5時過ぎに愛知県知多半島付近に上陸なんてことを言っている。知多半島に上陸してから 1時間も経っていないのに、茨城県を通り過ぎるはずがないじゃないかと思っていると、「現在は長野県を北上中」 なんて言うのである。

こりゃ、通り過ぎたどころの話じゃない。今はきっと台風から延びた雲の切れ間に入ったにすぎなくて、これからまた風雨が強まるに違いないとは思ったものの、まだ実感がわかない。交通情報を聞けば、常磐線は間引き運転とはいうものの動いているらしいから、乗ってしまえばなんとかなると思っていた。

ところが、やはり様子がおかしい。時を追うごとに風が強くなる。雨は傘が要らないぐらいの降りでしかないが、風の音がヒューヒュー聞こえ始めた。車で家を出発すると、あちこちから飛んだ木の小枝がフロントガラスを横切る。けっこう危ない光景である。

念のため、iPhone の路線情報を確認すると、さっきまで 「間引運転」 と表示されていた常磐線が、「運転を見合わせています」 なんてことになっている。電車の動いていない駅に行ってもどうしようもないから、いったん家に引き返す。

9時過ぎまで家で待機した後、しびれを切らして再び駅に向う。路線情報はまだ運転再開の知らせを出してくれていないが、動き出したらすぐに乗って都心に向かえるように、とりあえず、駅までは行っておこうというわけだ。

ところが、風は全然弱まらない。駐車場に車を置いて駅まで歩こうとしたが、向かい風が強くて歩を進められないほどだ。それどころか、空は晴れているのに、時々水しぶきのようなものが飛んでくる。あれは多分、すぐ南を流れる利根川の波しぶきが、土手を越えて飛んできたんじゃあるまいか。

とにかく、待てど暮らせど、風は強まるばかりなので、今日は都心に出るのを諦めて、家に戻ってしまった。昼過ぎに動き出した電車に乗っても、どうせ上野駅に着くのは遅れに遅れて、2時過ぎになってしまうだろう。

そんなことでは、仕事をしても 「こんちは、さよなら」 ですぐに終わりになってしまう。だったら、家に帰って落ち着いて仕事をする方がましだ。というわけで、今日は半日、台風に振り回されてしまった。今は台風一過の青空だが、相変わらず風はびゅうびゅうと吹きまくっている。

それにしても、ウェザーニュースの天気予報 (iPhone の無料アプリ) を夕べみたところでは、茨城県南部の今日の午前中の風速は 5~7メートルと表示されていたから、風はそれほど強くならないと思っていたのだが、えらい違いだった。聞けば、我家からそう遠くない竜ヶ崎では、竜巻のような突風で住宅の屋根が飛んだというではないか。

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2009/10/07

鳩山政権の CO2 25% 削減宣言

民主党鳩山政権の 「2020年までの CO2 25%削減」 という宣言が、あちこちで 「どうせ無理」 と揶揄されているが、私は本気でやればできないことじゃないと思う。

しかし、今のところ、まだ政府の 「本気」 というのが見えてこないのだ。これでは国民もなかなか本気にはなれない。

「本気でやればできる」 とは書いたが、もちろん、ものすごく難しい目標だ。正直言って、「よくまあ、こんな数字出したな」 と思う。なんだか、不況で賃上げなんて無理とわかってるのに、「ベア 5%要求」 なんてことを言うだけ言ってみる労組みたいな感覚まで感じてしまう。

しかし、私はこの 「CO2 25%削減」 という目標は、言ってしまった以上、やり遂げるべく本気にならなければならないことなのだと思う。問題は、言い出しっぺの政府の本気度だ。ここまですごい数字を言い出した以上、政府が率先垂範で努力する姿を見せてくれないことには、国民は付いていかない。絶対に 「絵に描いた餅」 で終わる。

政府が率先垂範した上で、さらに 「国民の個人ベースで、省エネに取り組めば結局それがお得になるんですよ」 という明確な施策を講じなければならない。「省エネに取り組むと、ちょっと高コストになっちゃうけど、意識の高い人なら協力してくれるよね」 というのでは、25%削減なんて、到底無理だ。

例えば、太陽光発電パネルを設置したら、短期間で確実に元が取れるシステムを確立するとか、エコキュートとかとの組み合わせで、ものすごくお得になる体系を作るとか、エコ車購入時の税制優遇措置だけでなく、高速道路 (あ、どうせ無料にするんだったけか) や駐車場の料金が割引になるとか。

そして、「そんなことやったら企業の業績が落ち込んで不況になる」 なんて声を封じるためにも、「エコ・ビジネス」 こそが新市場開拓のキーになるという環境を、きちんと作ってくれることが大切だ。

それから、夏になったらちゃんと涼しげな格好をしてみせてくれないと困る。小沢さんなんか、ただでさえ暑苦しい顔立ちなのに、ほとんど 1年中背広にネクタイで登場するが、夏の暑い最中にそんな格好で 「CO2 削減」 なんて言われても空々しいのである。これは実は、とても大きな問題だなのだ。なにしろ 「イメージ」 は大切だから。

この際だから、沖縄のかりゆしウェアを日本中に広めるぐらいの覚悟をしてもらいたいものである。

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2009/10/06

決して不味いってわけじゃないのだが……

既に何度か書いていることだが、私には 「嫌いな食べ物」 というものがない。メロンはアレルギーのせいで口の周りが痒くなるので遠慮するが、味は嫌いというわけじゃない。

一番最近 (ちょっとした気の迷いで) メロンを食ったのは 30年も前のことだが、その時だって、別に不味いとは思わなかった。

本当に私は何でも食べる。食わず嫌いというのはしたことがない。見た目がいかにも気持ち悪そうでも、そういうものこそうまいと思っている。そりゃ、ハツカネズミの躍り食いとかはイヤだけれど、大抵のゲテモノなら挑戦してみる。ハチノコとかイナゴの佃煮なんて、大歓迎だ。

しかしその一方で、「目の前に出されて勧められたら、そりゃ、食わないではないけれど、そして、食ってしまっても別に不快にはならないけれど、自分で金を払ってまで食おうとは決して思わない」 というものもある。「嫌い」 とか 「不味い」 とかいうわけじゃないが、とりたてて 「好き」 というわけでは全然ないというカテゴリーである。

そういうものをざっと挙げてみよう。

  • ブドウの巨峰
    ブドウは好きで、いくらでもたべる。しかし、巨峰はあの皮をむく面倒くささ故に、自分で金を出してまで食おうとは全然思わない。それは妻も同様のようで、我家では巨峰を買ったことが一度もない。
     
  • 霜降肉/トロ系
    「舌の上でとろける食感」 というのが、世の中では大変にありがたがられるようだが、歯応えのあるのが好きな私は、肩透かしをくらったような気がしてしまう。「そんなにとろけるのが好きなら、縁日で綿菓子でも食ってろ」 と言いたくなる。
     
  • 焼き芋
    焼き芋は、食えばおいしいと思う。しかし、食った後に喉がつっかえたような気がして、ちょっと胸焼け気味になる。だから、あまり進んで食いたいとは思わない。食ってしまったら、直後にたっぷりお茶を飲んでおきたい。
     
  • ハンバーグ
    ただでさえあまり肉は食わないので、たまに食うなら、ハンバーグなんてわけのわからないものは避けたいと思う。いったんばらしたものの寄せ集めなんてね。それは妻も同感のようで、我家でハンバーグが食卓に供されたことは、結婚以来一度もない。
     
  • お好み焼き/もんじゃ系統
    こればかりは、食文化の問題のようだ。私の生まれた山形県というのは、秋田県、岩手県、沖縄県などと並んで、全国でもお好み焼き屋の非常に少ない県なのである。作ってもらって目の前に出されれば食べるし、おいしいとも思うが、進んで食べようという発想自体がない。
     
  • 幕の内弁当
    細かく区切られたところに、いかにも合成着色料たっぷりのちまちましたものが入っているのをみると、それだけで疲れる。何かの集まりで 「昼食でぇす」 と言って配られれば、フツーに食べるが、自分で買って食べようとは決して思わない。

こうして挙げてみると、世間では結構好まれているものを、私は遠ざけているような気がしてきた。ウチの読者諸兄はどうなのだろう。コメントが楽しみだ。

最後に、30年前に 「(ちょっとした気の迷いで) メロンを食った」 時のことを書いておこう。

その日はとても暑い日で、私は午後一番に予定されていた某社の新商品発表記者会見に遅刻しそうになり、汗水たらして会場のホテルに飛び込んだ。かなり力を入れた新商品だったために記者会見もはり込んでいて、テーブルの上にはいつものコーヒーだけではなく、メロンまで用意されていたのである。

私はメロンを食べると口の周りが痒くなるアレルギーがあるので、いつもは手を付けないのだが、その日は汗だくで飛び込んだということもあり、喉がカラカラに乾いて、グラスの水とコーヒーだけではその渇きは癒されなかった。そして、目の前にはとても瑞々しいメロンがある。

私の目にはそれがこの上なく魅力的に映った。そして、「最後にメロンを食べたのは 10年以上も前のことだし、この間にタバコだってすっぱりやめてるのだから、体質だって変わってるかもしれない」 と、都合のいいことを思ったのである。

そんなわけで、つい誘惑に負けて食べてしまったのだが、おかげで喉の渇きは癒されたものの、その数分後から口の周りがイガイガと痒くなり、その不快感は夜まで続いた。それ以来、私はメロンを一口も食べていない。食事会で私の隣に座った人は、デザートのメロンを二人前食べることができて喜ぶのである。

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2009/10/05

ジル・サンダーとユニクロとオンワード

先週金曜日の、ユニクロとジル・サンダーの話の関連でもう一本書かせてもらう。ジル・サンダー本人は、今は ブランドとしての 「ジル・サンダー」 を使えない身の上だったのだ。

「ジル・サンダー」 という会社は、日本のオンワード樫山のものになってしまっていたのを、一昨日、記事を書き上げてから思い出した。

Google で検索してみたら、昨年 9月に、オンワードがジル・サンダーを買収した際のリリースが見つかった (参照)。オンワードのホールディング・カンパニーである (株) オンワードホールディングスが、ジル・サンダーの持ち株会社を完全子会社化していたのである。

じゃあ、日本におけるオンワードとユニクロの関係はどうなるのかというと、実は、全然関係ないのだ。というのは、ジル・サンダー自身は今、自分の作った 「ジル・サンダー」 という会社から離れていて、つまり、自分の名前である 「ジル・サンダー」 を、自分の作った商品のブランドとしては使えないという境遇なのだ。不憫な話である。

この間の事情は、ざっと次の通り。

ジル・サンダーは 1973年にデザイナーとしてのキャリアを開始してパリ・コレにデビュー、87年にミラノ・コレクションに舞台を移した。彼女の会社は 99年にプラダに買収され、当初は自身がディレクションを担当したが、方針の相違から自分で創立した会社を去り、2003年に一度は復帰したものの、翌年には再び離れざるを得なかった。

プラダという会社は、よくこういう無茶をする。一人のデザイナーが丹精込めて作り上げたブランドを買収し、そのコンセプトをスポイルしてしまうのだ。まあ、スポイルしたのではなく、ビジネスとして発展させたのだという人もいるわけだが。

ところがプラダは、2006年にジル・サンダーをチェンジ・キャピタルという投資会社に売却し、昨年になって、そこからオンワードが買い取ったというわけだ。同社の商品のデザイン・ディレクションは現在、ラフ・シモンズが担当しており、名前以外は、創業者のジル・サンダーとは無関係になっている。

こうした例は別に珍しいことではなく、ケンゾーやヘルムート・ラングなんかもそうだ。前者は LVMH に、後者はプラダに買収されたためである。70年代に一世を風靡した米国のホルストンは、経営戦略の失敗のために自分で作った会社から追い出されて、自分の名前を冠したブランドを使えなくなり、間もなくエイズで死んだ。

今や、ファッション・ブランドは、金融商品みたいに取引きされるものになってしまった感がある。ジル・サンダー関連でいえば、オンワードは大金を投じて名前とステータスを取り、それに対して、ユニクロは実体に近いところを取ったというわけだ。

この件に関しては、私はユニクロの方が利口だと思う。少なくとも、今のマーケットにずっとマッチした手法だ。それは、一人勝ちと言われるユニクロの好調とオンワードの不振という事実が雄弁に証明している。(参照

今後、ユニクロの "+J" というブランドに関連して、ジル・サンダーというデザイナーの名前はしばしば登場するだろう。ブランドとしてではなく、デザイナーの個人名なのだから、「使うな」 というわけにはいかない。これはパブリシティの強みになる。

で、今のジル・サンダー社が 「ユニクロとは無関係」  (参照) と強調すればするほど、同時に 「本家本元のジル・サンダーとも無関係で、『要するにブランドを名乗ってるだけ』 なのね」 とバレバレになるのだから、ちょっと興醒めなところである。

ちょっと前までだったら、"+J" の取り組みは 「ハイファッションの舞台を失ったデザイナーが、安物のデザイン稼業に落ちぶれた」 と言われかねないケースだが、今や誰もそんなふうには思わない。新たなマーケットの創出という側面の方がずっと大きいだろう。

最後にまったく別件だが、前に書いた記事の関連で 2点。

今年 2月 17日付の 「中川さんの仏頂面」 という記事

いみじくも pfaelzerwein さんがコメントの中で 「あの政治家もおかしな薬を常用しているのでしょう」 と指摘しておられるが、実は私も同じような疑いをもっていたところである。これが見当はずれであってくれればいいと思う。見当はずれでなかったら、親父の二の舞になってしまう心配さえある。

ああ、心配したとおり、親父の二の舞になっちまった。

2007年 3月 7日の 「石原慎太郎は、これで終わりということで」 という記事

北京の後の後に、またしても東アジアでの開催なんて、難しいに決まってるじゃん。そんなことに無駄金使って、どうしようというのだ。

石原慎太郎の 3期目は当選になってしまったが、東京オリンピックはダメだったので、おあいこである。あの近年では最低の北京オリンピックの次の次にまた東アジアに招致するなんて、当の日本人のシンパシーも得られなかったんだから、落選も当然だ。

2016年でなく、2020年だったらまだ可能性があったのに、自分の任期のうちにオリンピック招致を成功させたかったんだろうなあ。これがエゴでなくてなんだというのだろう。

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2009/10/04

『唯一郎句集』 レビュー #67

『唯一郎句集』 レビューも、もう 66回目になってしまった。残りのページ数と比べてみると、まだ 3分の 2 までは来ていないようだ。

この分では、完結までに 100回を越すのが確実だ。1年がかりにはなるだろうと思っていたが、今年 1月末から始めてこんな具合だから、やはり年越しは必至である。

今回も前回に引き続いて春の句である。さっそくレビューを開始しよう。

路次を出る街を出る樫の芽を見んとする

「路次」 と表記する場合は、辞書的には 「道すがら」 の意であり、この場合は 「路地」 (家と家との間の狭い通路) の方が適当のように思えるが、原典に即すことにする。

小さな道を出て、街をも出て、田舎道になる。大きな樫がそこかしこにあり、さかんに芽吹いている。

あたかも分厚い着物を次々と脱ぎ捨てるように 「路次」 と 「街」 から脱出し、田園風景の中に生のいのちを見ようとする唯一郎。

みほとけのくろい額の前でふくれている木の芽

山辺の古い寺で仏像の前に佇む。その仏像の額に迫るように木々の若芽が膨れだしている。

仏像の年代を感じさせる黒い額と、若芽の新緑。地方の旧家らしい保守的な価値観と、それに迫り来る新しい価値観が自分の中にあり、静かに葛藤している。

何のよすがの茅の芽に音たててゆく蟹

川岸にまた生え始めた茅の芽の上を、小さな蟹が音を立てて這っている。茅葺きの屋根というのはあるが、蟹が何のよすがで茅に寄ってくるのだろうか。

カサコソと音を立てて行く蟹に、生きとし生けるものの哀しみをみる。

今日はここまで。

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2009/10/03

『唯一郎句集』 レビュー #66

近頃、時の経つのが本当に早い。週末恒例の 『唯一郎句集』 レビューの 64回目を終えたばかりだと思っていたら、もう土曜日で、65回目になってしまった。

で、戸惑ってしまっているのだが、前回は真夏の頃の句だったのに、今回は晩春から初夏の頃の句なのである。

『唯一郎句集』 を辿っていると、時々、どんな基準で作品が並べてあるのかわからなくなることがある。なにぶん、本人の死後かなり経ってからの編纂なので、時系列が曖昧になってしまっていることもあるのだろうが、それにしても、「ありゃりゃ」 と思うことがしばしばだ。しかし、今となっては句集の順番通りに辿っていくしか方策はないので、仕方がない。

というわけで、早速レビューである。

桐畑を伐って五月盡くる頃の月

昔は桐畑というのがあったようなのだ。箪笥を作る材料になった貴重な木である。その木を伐ってしまったのが、五月の終わり頃。

夏至も近付いていて、日の暮れるのが遅い。ようやく初夏の月が出る。いろいろなことがあって、長かった一日の終わり。空を見上げて一息つく。

この季節の月は、人をただ呆然とさせる。

山ふかく花咲きし櫻一本もあらむ

平地の桜は、八重桜さえももうほとんど散ってしまった。山深く入れば、まだ花の散らない桜の木が一本ぐらいあるだろうか。

街中にはもう風流はない。山奥に入れば、まだ少しは心にしみるものがあるだろうか。

からだかゆき夜の梨の花散りやまず

唯一郎の句は、時々妙に官能的なところがある。「からだかゆき夜」 というのも、まさにその一つだ。

春が終わり、初夏に近付く頃は、布団の中で体がかゆくてたまらなくなることがある。熱っぽい皮膚を通して、赤い血の色が見えそうな感覚。

そんな夜、庭では梨の花が次々に散っている。真っ白い梨の花と血の色の対称。

本日はこれにて。

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2009/10/02

「ジル・サンダース」 って誰?

ユニクロの 9月の売上げは、速報値で前年同月比の 31%増 (既存店ベース) となったそうだ。このご時世にすごいなあ。「一人勝ち」 と言われるのも、無理もない。

しかも、あのジル・サンダーとのコラボによる "+J" というブランド (参照) がやたらと好評で、一つ壁をぶち破ってしまった感もある。

私が感心したのは、ユニクロが選んだコラボ相手が、ジル・サンダーだったということである。この人、ネーム・バリューとしては日本では 「知る人ぞ知る」 というぐらいのレベルで、同じドイツ人でも、カール・ラガーフェルドほどの華々しさはない。しかし、昔からずっと安定した実力を発揮してきた。

デザインの傾向としては、堅実でシンプルで上品で、しかもパターンがしっかりしていて洋服としての出来がいいということになっている。ドイツのデザイナーの多くは、そうした評価を得ていて、車に喩えればメルセデス・ベンツということになるんだろう。

まあ、ジル・サンダーは女性だから、ベンツというと無骨すぎるかもしれないが、少なくともフェラーリというイメージじゃない。そしてなぜか、ドイツのファッション・デザイナーには、ポルシェ的な人があまり見当たらない。強いて言えば、カール・ラガーフェルドなのかなあ。

で、何が言いたいかというと、ユニクロがコラボする相手として、ポルシェ的じゃなくてベンツ (をぐっとフェミニンにした?) 的なデザイナーを選んだというのは、なかなかのヒットだと思うのだ。あくまで喩えだが、ポルシェを安く売るんじゃなくて、ベンツを安く売るというのは、ユニクロだからできることだからだ。

ここからちょっと横道にそれるが、ジル・サンダーというデザイナー、そりゃ前述の如く、カール・ラガーフェルドほどの超ビッグ・ネームじゃないが、それでも、日本では思った以上に知られていなかったのねというのが確認されて、ちょっとびっくりした。

だって、あちこちのサイトで、「ジル・サンダース」 という誤表記が目立つんだもの (参照)。人の名前なんだから、書く前にもう少しきちんと確認してもらいたいものである。念のために書いておくけど、この人の名前は "Jil Sander" であって、Sanders じゃないからね。

間違えた人の頭の中には、多分、あのケンタッキー・フライド・チキンの 「カーネル・サンダース」 が刷り込まれていたのかもしれない。あるいはポケモンかな?

報知新聞まで 「ジル・サンダース」 と書いちゃってる。多分これを書いた記者は、ファッションにうといオジサンだったんだろうけど、それならばなお、きちんと確認してもらいたいという意味をこめて、ちょっと意地悪っぽいけど、スクリーンショットをさらしておく。

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2009/10/01

10月は 3R 推進月間なんだって

今朝、秋葉原の改札口を出たら、高校生ぐらいの子たちが声を張り上げて赤い羽根共同募金への協力を呼びかけていたので、「ああ、もう 10月か」 と、ちょっとあせってしまった。

別にことさらにあせることもないのだが、今年もあと 3ヶ月しかないと思うと、少なくとものんびりした気分にはならない。

ところで、10月というのは共同募金の月でもあるが、「3R 推進月間」 ということにもなっているのだそうだ。環境省のサイトをみると、「第4回 3R 推進全国大会」 なんていうのが載っているから、少なくとも 3年前からやっているものらしい。私は今日になるまで全然知らなかったが。

「3R」 という言葉は、環境保護とかリサイクルとかに関わっている人には既にお馴染みの言葉なのだが、まだ誰でも知っているというわけでもない。それどころか、環境保護に関わっている人でも 「リユース、リサイクル、あれ、もう一つ何だっけ?」 なんてことになることもある。3R の最初に来るべき 「リデュース (reduce)」 が、どうも忘れられがちのようなのだ。

公式的な回答は、上述のサイトにあるように、「廃棄物等の発生抑制 (Reduce)、再使用 (Reuse)、再生利用 (Recycle)」 ということになるのだが、それでも今イチ、ぴんとこなかったりする。要するに、以下のようなことだ。

Reduce: ゴミを減らす。つまり、使い捨ての習慣を改善すること。
Reuse: 使えるものはお下がり、中古品、再生品として繰り返し使う。
Recycle: ゴミを資源として再利用すること。再生紙などがその代表。

で、これを社会的に普及しようとしてプロモーションしても、産業界は結構な抵抗を示すのである。そりゃそうだ。「リデュース」 のかけ声の下にゴミを減らすということは消費を減らすということで、それはつまり、企業の売上の減少につながる。

そしてゴミにならないように、多少高くても長持ちする物を買いましょうなんてことが言われるが、消費者というのはつい安い物を買ってしまいがちだ。まあ、高い物が必ずしも長持ちするというわけではないのだが、安い物はすぐにおシャカになりやすいというのは、一般的傾向である。

とくに最近は商品のリモデルが繰り返され、壊れたら修理して使うよりも買い換えた方が安いなんてことも多いので、ゴミは出やすい。こればかりはしかたがない。なるべく無駄な物は買わないようにしつつも、ゴミはゴミで何とか考えなければならない。

というわけで、その次に 「リユース」 ということになる。つまり中古品でも大事に使いましょうということだ。最近はリサイクルショップやネット・オークション、蚤の市などが盛んになっているので、この分野は拡大しつつあるはずだが、メジャーな市場になっているわけでは決してない。

だから、使われなくなった品物が押し入れや物置で眠っているということが多い。長い間眠っているうちに、使い物にならなくなってしまうのは、もったいないことである。リユースというのは、是非とも盛んにしなければならない。とくに子どもの服の 「お下がり」 なんかは、どんどんやってもらいたいものである。

世の中には、子供服のお下がりをもらうと、なんだか見下されたような気がするらしくて、あまり喜ばないどころか、もらうのをいやがる人もいるらしいが、環境のためである。どんどん喜んでもらってしまえばいいのである。

喜んでくれる人のところには、どんどんお下がりが集まる。最近のお下がりなんて、それほど古着っぽくなっていないことが多いから、「まあ、うれしい!  ありがとう!!」 と言ってもらっておけば、子どもの服なんてほとんど買わずに済む。くれた方だって、タンスの肥やしの厄介払いができてうれしいのだから、お礼なんてほんの少しでいいのである。

三番目の 「リサイクル」 というのが、一番やっかいなところである。ここで言う狭義の "recycle" とは、資源としての再利用のことだから、製品を一度壊して分解して、素材にまで還元しなければならない。これが手間なので、リサイクル品というのは、再生紙に限らず、新品の原料を使うより割高になりがちだ。

それでも環境のために、一定の割合でリサイクル品を購入しようということで、お役所などの公的機関は 「グリーン購入法」 という法律の下に、リサイクル品を買うように義務づけられたりしている。本来なら、家庭でも少しはこうした品物を買うように心がけたいところだ。

で、問題は、リサイクル品の製造で排出される CO2 が、まっさらの原料を使う場合よりも多かったりする場合が少なからずあるということなのだ。だから、「リサイクルなんて気休めのまやかし」 という指摘も、昔からなされている。

この問題について、私はこう考えている。資源というのは、野放図に使い続ければいつかは必ず枯渇してしまうのだから、今のうちからリサイクルの技術と仕組みを確立しておくに越したことはない。技術革新で CO2 排出の少ないリサイクル生産を実現するためには、今のところは未完成な技術かも知れないが、使い続けて改良を重ねるしかない。

ほったらかしたら、改良もできない。資源がなくなってから急にリサイクルしようとしても、その仕組みと技術は急には確立できないのである。というわけで、私は今日も、マイ箸とマイバッグを使って、ささやかながら自分なりに割り箸とレジ袋のリデュースの仕組みを確立したいと思っているわけだ。

それにしても、環境省はこのことについて PR 不足なんじゃないかなあ。

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