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2009年12月に作成された投稿

2009/12/31

昭和 50年の大晦日

今どき、普通の勤め人の仕事納めは、大体 12月 28日頃と相場が決まっているが、昔は大晦日まで働いたものである。

私も大晦日まで働いた経験があるが、それは学生時代のアルバイトで、昔ながらの燃料店で灯油配達の仕事をしていた、昭和 40年代末から 50年代初頭ぐらいのことである。

今は灯油は大抵、生協やガソリンスタンドの宅配とか、ホームセンターとかで買うが、昔は個人経営の炭屋に毛が生えたような燃料店で配達してもらうことが多かった。私はそうした燃料店で、4年間ほど、冬が来るたびに灯油配達のアルバイトをしていた。

その燃料店は今はなき安倍球場の近くにあって、早稲田一帯から落合のはずれに到るまで、かなり広範囲の家々に灯油を配達していた。そして、店主は昔気質の商売人だけに、大晦日の夜まで商売していたのである。

いくらなんでも、昭和 50年を越す頃にはコンペチターのガソリンスタンドの宅配などは、暮れの配達は 29日までということにしていたようだが、その店は頑固に大晦日の夕方まで注文を受け付ける。配達が終了するのは、日が暮れて 7時頃になっていた。

昭和 50年代の冬は、今よりずっと寒かったという印象がある。身を切るような木枯らしの中、軽トラで配達しまくるのである。今とは違い、昔は店で 18リットルずつポリタンクに入れ、得意先に行くと、そのポリタンクからお客の容器 (まだブリキの一斗缶が主流だった) に移し替えるのである。

両手に 18リットル入りのポリ容器をぶら下げて、得意先の裏庭に廻り、そこに置いてあるブリキ缶にジョボジョボっと灯油を注ぎ込む。これがエレベーターのない団地の 4階だったりすると、なかなかの苦行になる。まあ、当時はやたらと体力があったから結構平気でやっていたが。

こうして大晦日の夜に仕事を終え、バイト代をもらって家に帰る。当時は武蔵境に住んでいたので、中央線を降り、駅の北口から自宅に向うと、まともに向かい風が吹き付ける。周囲の家々から、紅白歌合戦を見ながら盛り上がる声が聞こえる。

そして一晩寝て、元旦の朝、上野駅から酒田の実家に向う。今のように上越新幹線から羽越線特急なんていうルートではない。貧乏学生だから、急行列車で 9時間かけて行くのである。元日の急行列車は、混雑のピークは過ぎてはいるものの、スキー客が多いため、越後湯沢を過ぎてようやく座れる。

こうして昔を思い出してみると、日本もずいぶん様変わりしたのだなあと思う。今どき大晦日の夕方に灯油が切れたからといって、その時間に注文を受け付けてくれるところなんて滅多になかろう。ホームセンターまで行って買ってこなければならない。

というか、ほとんどの家庭では 28日までにちゃんとたっぷり注文して、正月を乗り切る備蓄をしておく。大晦日に灯油切れに気付くなんていうのは、よほどのうっかり者だ。しかし昔は、そうしたうっかり者でも救われていたのである。

帰郷するにも、9時間がかりの急行なんて、とっくに廃止されてしまった。今は新幹線と特急の乗り継ぎか、そうでなければ、各駅停車を延々と乗り継がなければならない。

毎年大晦日になると私は、あの周囲の家から紅白歌合戦の中継の音が聞こえる寒い夜道を、背を丸めながら帰っていた頃を思い出すのである。

ちなみに、昭和 50年といえば日本赤軍がマレーシア、クアラルンプールの米国大使館を占拠するという事件が起きた年である。ずいぶん昔のことのような気がするが、一方ではマイクロソフト社が設立された年でもあって、それほどかけ離れた年というわけでもない。

今年の更新はこれで終了。平成 16年から、6年まるまる毎日更新達成。

それでは皆さん、よいお年を。

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2009/12/30

久し振りの寝坊

ふう、5日前に、6年連続更新ができるのも健康のおかげと書いたその直後に風邪気味になって、昨日と一昨日は頭痛と咳で往生していたが、ようやく回復したみたいだ。

いっそのこと、もっと重症なら一日中寝込んでいるのだが、中途半端なものだから、つい起き出して仕事をしてしまう。

年賀状書きだの、年末の買い出しだの、大掃除だの、やればできてしまうものだから、どんどんやってしまう。そして、ふと気付くと頭がガンガンして咳き込む。「こりゃ、ヤバイ」 と少し休むと、また、なんとなく平気な気がしてしまうので、また動き出す。そしてまたまた、ふと気付いた時にはゼイゼイ言っている。

体が丈夫だと、病気でも中途半端な病気にしかならない。中途半端が嫌なら、思いっきり寝込んでしまうような病気になればいいという人もいるが、それだけは勘弁してもらいたい。病気しても中途半端というのは、多分喜んでいいことなんだろうが、それでもすっかり回復するまではうっとうしい。

それで、今日は思い切って 11時近くまで寝坊をしてみた。人間、寝坊をしてみようと決めてみると、案外いつまでも寝ていられるものである。

いつものように 6時頃に目が覚めたが、「今日ばかりは絶対に起きまい」 と思っているうちに、あっけなくまた爆睡して、次に気付いたのは 8時半頃だった。ここで起きようかとも思ったが、「いやいや、まだまだ」 とばかりにぐずぐすしていたら、またしても寝入ってしまい、次に目が覚めたのが 11時近くだった。

実はその頃、夕方頃までぐだぐだ寝ている夢を見て、「ああ、せっかくの休みを無駄にしてしまう!」 とうなされていたのだが、ふと目が覚めて時計を見ると、まだ午前中の 10時 50分ではないか。「やれ、うれしや」 と飛び起きると、頭痛はすっかり治っていた。やっぱり、風邪にはゆっくり寝るのが一番のようだ。

それにしても、たまにちょっと寝坊をしてみるだけで、寝過ぎる夢でうなされてしまうというのも、自分の貧乏性が反映しているようで、少し笑ってしまった。

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2009/12/29

水戸黄門でやってみたい役

ココログには、「コネタマ」 なんていうブログネタ提供サービスがある。で、この 「コネタマ」、いつもはほとほとくっだらないネタばっかりで、到底使う気になんかなれないのである。

ところが、今回は 「水戸黄門にキャスティングされるなら、どの役がやりたいですか?」 というネタで書いてみる気になってしまった。

なにしろ、このネタは TBS ラジオ、「小島慶子キラ☆キラ」 から提供されたネタなのだという。私は昔っから、小島慶子さんというアナウンサーを大層贔屓にしている。彼女の番組からの提供ネタなら、ついふらふらっと書いてしまっても後悔することもないだろう。

「水戸黄門」 に登場する人物の中で、是非やってみたいと思う役がある。それは主役のご老公と風車の弥七である。いくら様式美の世界とはいえ、助さん各さんみたいな、誰がやっても同じになっちまうようなつまらん役はやりたくない。

そこに行くと、ご老公はああみえて、いろいろやり方がある。ああ、底抜けにボケまくりのご老公を演じてみたい。由美かおるに 「一緒に風呂に入らぬか」 なんて、こないだ死んだ森繁久弥風のボケかまして、「カッカッカ」 と笑ってみたい。

ちなみに私は、笑いに関しては、初代ご老公の東野英治郎さんの 「カッカッカ」 が一番ご老公らしいと思っている。だから私の笑いはこれに準じつつも、もう少しだけボケ味の入ったものにアレンジされるだろう。

だがよく考えると、いかんせん、私は身長が 180センチ近くある。この大柄な私がご老公を演じてしまったら、助さん各さんが小さく見えてしまう。それではどうにも不都合だろう。というわけで、主役は泣く泣くあきらめる。

というわけで、第二希望の風車の弥七である。弥七なら、6尺近い体でも、それほど違和感なく演じることができるだろう。それに基本的に一匹狼的な登場の仕方をするので、周囲に気を遣う必要もなく、自由に演技できる。ちょっとクールな弥七を演じてみたい気もするのである。

ああ、そうそう、悪役の越後屋もやってみたい。越後屋をやるなら、とにかくステロタイプで誰が見ても越後屋という、定番中の定番の越後屋をやってみたい。山吹のまんじゅうをお代官に送り、「越後屋、そちもワルよのう」 と言われたら、ものすごく人相の悪い笑いを浮かべて、「ふっふっふ、お代官様こそ」 と受ける。

ああ、やってみたい。このシーン、たまらなくやってみたい。歴史に残る黄金のマンネリズムに加わってみたい。

というわけで、最後に残ったやってみたい役は、「越後屋」 なのであった。

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2009/12/28

年賀状の手書きの一言 再考

私のブログ 「今日の一撃」 (Today's Crack) は、休日になると極端にアクセスが落ちるという特徴があるのだけれど、この週末はそれほど極端な落ち込みがなかった。

不思議に思って調べると、「年賀状に書き添える手書きの一言」 という記事にやたらとアクセスが集中しているのである。

私のブログは右下にある 「検索フレーズランキング」 というのを見ると、どんなキーワードで検索されたのかのベスト 10がわかるようになっているのだが、今日の表示は以下の通り、10のうち 9つが 「年賀状の一言」 関係で占められている。ものすごい極端な現象だ。

1位: 年賀状 一言
2位: 年賀状 一言 手書き
3位: 年賀状 コメント
4位: 年賀状 一言 親戚
5位: 年賀状 気の利いた一言
6位: 年賀状の一言 親戚
7位: 年賀状一言
8位: 年賀状 親戚 一言
9位: 的を得る
10位: 年賀状の一言 友人

9位の 「的を得る」 は、もう、知る人ぞ知るという有名記事になってしまっていて、いつもは悪くても 3位ぐらいには入るのだが、今回は 9位に低迷している。そして 「年賀状の一言」 関係でググって見ると、なんとまあ、私の記事が 2番目か 3番目にランクされているというケースが多くて、びっくりした。

まあ、それほどに今の時期、年賀状に添える手書きの一言コメントに苦労する人が多いのだろう。何かいいヒントがないかとググってみて、つい私の記事にアクセスしてしまうのだろうが、残念ながら、いいヒントなんてひとつも書かれてない。おあいにく様なのである。

改めてググってみて、「アメーバニュース」 というサイトに、「手書きメッセージのない年賀状、約 5割が嬉しくないと回答」 という記事が見つかった。もらって嬉しくない年賀状についての質問に、「45.1%の人が 『手書きのメッセージが一言もない年賀状』 と答えたというのである。

その気持ちはよくわかる。私も件の記事の中で次のように述べている。

考えてもみるがいい。業者からの営業年賀状ですら、気の利いたのは何か一言書いてあったりする。それなのに、親戚とか友人からのものが、いかにもコンビニで買ってきたありきたりのデザインで、手書きの一言が何も書いていなかったりすると、「フン! お前って、そういうやつか」 みたいな気がしてしまう。

まったくもって、手書きのメッセージというのがあるとないとでは、印象がかなり違うのである。しかし、手書きで何か書いてありさえすればいいというものでもない。同じ記事で、ある女性の次のような感慨を紹介している。

「手書きの一言が全然ない年賀状って、もらってもあまりうれしくないですよね。でも、その一言が 『お元気ですか?』 だけっていうのも、ちょっと悲しいものがありますよ」 と、仕事関係の女の子が嘆いていた。

「あぁ、私宛のって、きっと最後の方の、力尽きた時に書いたんだなあっていうのは、わかるような気もするんですけどね」

うぅん、本当にその通りなのだ。「お元気ですか?」 なんておざなりの一言が書いてあっても、「元気だよ! それがどうした」 なんて呟きたくなってしまう。まさに、「最後の方の力尽きたときに書いたんだろう」 と思うばかりである。あるいは、全員に 「お元気ですか?」 しか書かないようなやつだったら、もう付き合いたくなくなってしまう。

私の記事に、手書きの一言をどうするかというヒント、あるいは 「魔法の一言」 みたいなものを期待してアクセスした人には、「たった一言なんだから、出す相手に応じて、自分で考えな」 というほかない。それが 「心を込める」 ってことなんだからね。

ただ、心を込めるってのも、なかなか大変な作業というのも、確かなのである。私は 12月は目が回るほど忙しかったから、これから年賀状を作らなければならない。一仕事である。

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2009/12/27

『唯一郎句集』 レビュー #91

さて、今年最後の 『唯一郎句集』 レビューである。始めた頃は、今頃は終わっているかと思ったが、とんでもない。1年以上かかる息の長い企画になってしまった。

今日は 3句。時系列からみても、多分昨日の 2句と連続して作られたものだと思う。共通した感興が漂っていると思う。

季節は秋。庄内の秋は、急速に涼しくなる。一年の盛りをとっくの間に過ぎたような気がしてくる季節である。唯一郎の普段の心もように合いそうな季節だ。

さっそくレビューである。

些かのゆとりをもち野をゆけば芒ならべり

「いささかのゆとり」 という表現が、ちょっとおもしろいところである。そんなような 「ゆとり」 と、野に並んで生えているすすきが、不思議な対称をなしている。どのような対称かと言われても説明しにくいところで、そこがまたおもしろい。

小さな入江の軒近く秋潮よせてくるなり

庄内砂丘はずっとまっすぐな砂浜なので、小さな入江というのは、吹浦のあたりだろうか。

いくらなんでも入江に沿って立つ民家の軒近くまで潮が満ちてくることなどない。しかし、そのように見えるのは、決して大袈裟な描写というわけでもない。あり得ないことでも、実感は実感だ。

秋潮がひたひたと寄せてくる、呑気ではあるが、ちょっと心細い感興。

秋草を抱へしに逢いこころよく逢へり

秋草をどっさりと抱えた人に会う。向こうも作業の途中で忙しそうなので、余計な世間話にはなりそうにない。

ご苦労様とねぎらい、ちょっと挨拶をして通り過ぎるだけというのが、唯一郎にとって、こころよい人と人との関係。

本日はこれぎり。残りは年明けに。

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2009/12/26

『唯一郎句集』 レビュー #90

ずっと週末に続けてきた 『唯一郎句集』 のレビューだが、今年は今日と明日だけになった。残りは来年に持ち越し。

今年の 12月はやたらと忙しくて、もうクリスマスが過ぎてしまったような気がしない。それでも、今日を入れてあと 6日間しかないのである。せわしないことである。

今日のレビューは 2句。前回が初夏の句だったが、今回はもう秋の近付く頃の句だ。句集の進行もかなり忙しい。

ともかくレビューである。

秋近き夜の金箔をとばし佛師かなしめり

不思議な句である。内容はフィクションなのだろうが、何かの暗喩としても読める。秋の近付く頃、風に金箔を飛ばされた仏師の哀しむ姿というのは、一体何の暗喩なのだろう。

人たれか日没の茄子畑に立ちとまらざる

日没の茄子畑。茄子の蔓と実がシルエットになって黒く浮かび上がる時分に、その畑に立ち止まる人を待つ。これも不思議な暗喩である。

今日の 2句は、とてもシュールな味わい。唯一郎がよほど感興にのって作ったのだろう。

本日はこれぎり。

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2009/12/25

6年連続毎日更新で思うこと

この 「今日の一撃」 (Today's Crack) というコラムは、平成 15年 12月 26日から 6年間欠かさず毎日更新してきた。

まあ、平成 16年から毎年、毎日更新記録は達成していて、今年も大晦日まで更新し続ければ、6年連続毎日更新ということになるが、正味で言えば、今日で 6年連続を達成だ。

おめでとう、自分! それにしても、よくまあネタが続くものだ。世の中は広い。

正味の毎日更新ではなく、「ほぼ毎日更新」 ということでいいなら、平成 14年の 3月中頃から続けているので、もう 7年 9ヶ月になる。平成 16年の正月に 「今年は正真正銘の毎日更新というのをやってみよう」 と思い立ってあっさり達成して以来、毎日更新するカラダになってしまって、今日まで続いているわけだ。

毎日更新記録の区切りとしては、大晦日の方がわかりやすいのだけれど、実際にスタートしたのはその 5日前からなので、毎年クリスマスになると、「今年も、ほぼやっちまったなあ」 という気がしてくるのである。

これだけ毎日更新できるというのは、とりあえず健康だからだ。この 7年以上、一日中寝込んでしまうような病気になったことがない。多少調子が悪くても、起きられないほど辛いということがないので、更新できないという事態には一度も至らなかった。

しかも私の場合は、これとは別に 「和歌ログ」 という酔狂な文芸サイトももっていて、ここでも毎日和歌を詠み続けて、既に 6年を越えている。今年の 5月 28日に 2,000首を越えて、昨日は 2,215首目を読んだ。

この和歌ログというのは、初めて 3ヶ月目の平成 16年 2月頃から、毎日写真まで添えることにしていて、そのほとんどは屋外か外出先での写真で、しかも原則としてその日に撮影したものと決めているから、毎日元気で外に出られる状態が 6年間続いているということだ。

まことにもって、健康とはありがたいことなのである。多少トロかろうが鈍かろうが、健康を維持して努力し続ければ、何とかなる。逆に、相当にデキるやつでも健康を害してしまったら仕事にならない。

ただ、努力の方向が完全にアサッテの方向を向いてしまっていたら、当人がいくらがんばってるつもりでも、結局ものにならない。だから、照準を定める最低限の能力は必要条件である。

その最低限の能力と健康さえあれば、人生はどうにでもなるものだ。

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2009/12/24

「偽カシミア」 を巡る冒険

繊維業界では、岩手県立大研究チームが開発したという 「特殊な光を当ててカシミアの純度を測定する技術」 というのが話題になっている。(参照

テラヘルツ波という電磁波を当てて分子レベルの振動を起こし、その振動数の違いで 「偽カシミア」 を見分けるのだそうだ。

実は 「偽カシミア」 というのは、珍しいものでも何でもない。その辺で売られている 「カシミア 100%」 と表示された品物を買ってきてきちんと鑑定検査すれば、ウールなどの他繊維を混入したものが、かなりの比率で見つかると思う。

「他繊維混入」 どころか、甚だしくは、検査してみると 「カシミア比率 0%」 (つまり、「カシミア 100%」 と表示された品物に、カシミアが全然入っていない)  というのだってある。昨年は複数の大手メーカーの 「偽カシミア」 商品が見つかって、業界は大騒ぎになった。

ただ、これは日本のメーカーが意識的に偽カシミア商品を作って市場に投入したわけではない。彼らもだまされたのである。というのは、今どきのカシミア製品のほとんどは中国で生産されていて、中国で下請生産をしている工場か、あるいはその前の段階の紡績メーカーが偽物を作って、いけしゃあしゃあと納品してくるのだ。

まあ、基本的に悪いのは偽物を供給するサプライヤーだが、日本側のバイヤーの質も落ちていて、「こりゃ、怪しいぞ」 と気付くことができなくなっているというのも、問題といえば問題だ。昔から 「カシミアはプロの商品」 と言われていて、素人が手を出すと痛い目に遭う。今に始まったことじゃないのだ。

あるいは、「こんな安い値段で 『カシミア 100%』 ができるわけない」 と、薄々勘づきながらも、「売ってしまえばこっちのもの」 とばかりに、ろくな検査もしないで市場に投入するというケースもあるのかもしれない。そうなると、日本のバイヤーも中国とほぼ同罪ということになる。

カシミア糸というのは、カシミア山羊のうぶ毛で作られる糸で、これは 1頭から年間 200グラムぐらいしか取れないといわれる。それだけに希少価値があるのだが、一説には、ざっとみて原毛の供給量の 4倍に相当するカシミア製品が市場に流通しているらしい。

中国におけるカシミア原毛から衣料品にいたるまでの生産プロセスの各段階で、「やった者勝ち」 的にどんどん偽物が混じり、完成段階では、偽物が相当多くなっているというわけだ。

混率の偽装表示なんてのも日常茶飯事で、「カシミア 50%」 と書いてあっても、実際は 10% 程度 (それじゃ、ほとんど意味がないのだが) だったりすることもある。だから、とくに妙に安い値段のカシミア製品を買う場合は、眉に唾をつけて買う方がいい。

どうしてそんなに偽物が出回るのかというと、鑑定が難しくて費用もかかるからだ。熟練した鑑定士が顕微鏡を覗き、製品から抜き取った毛の一本一本をためつすがめつ見定める。羊毛が混入されていても、羊毛特有のスケール (うろこ) がオフスケール加工で取り去られていると、カシミアの毛そっくりになり、見分けるのが難しい。

さらに、中国の供給側もさるもので、検査用サンプルだけをきちんと正直につくって、それ以外は偽カシミアをどっさり送りつけてくるなんていうのは、常套手段になっている。こうなるとランダムに抜き取って検査する必要があるのだが、費用と時間がかかるので、なかなか徹底できないのが現状だ。

それで、一瞬の間に判定がつく電磁波検査というのが注目されるのだが、装置を作るのが大変で、かなりの高額にもなるだろうというわけで、急に広まるとは考えにくい。だから、偽カシミアはまだまだ横行するはずだ。

ここまで来ると、偽装表示を擁護するわけでは決してないのだが、消費者としてはこうした状況を認識し、毒餃子みたいに体に害になるわけじゃないと割り切って、細かいことはことさら気にしないでいる方が、精神衛生にはいいだろうと思う。ラベルに書かれた数字を買うのではなく、「品物」 を買うのだと思うことだ。かなり嘆かわしいことではあるが。

ある意味、消費者が 「カシミア 100%」 というラベルが付いている商品を過剰に (あるいは無駄に) 欲しがるから、つけ込まれるということもある。正真正銘の 「カシミア 100%」 が欲しかったら、それなりの金を払って高級ブランドを買えばいい。

ただ、私なんかごく普通のウールのマフラーが欲しいと思っても、店によっては、大した値段でもないのに 「カシミア 100%」 しか置いてなくて、しらけてしまうことがある。本物だか偽物だかわらかないものを、自動的に売りつけられるという状況になっている。選択の余地がないのだもの。

さらにまた、高級ブランド品でも偽装表示されていないという保証はない。イタリアの高級生地なんかも組成表示に関しては案外ルーズなところがあるのだが、それを言い出したらキリがないから、ここではこれ以上触れないでおこう。

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2009/12/23

死刑制度に懐疑的になりつつある私

私は過去に何度か死刑について論じたことがあって、その中で、死刑制度に関して賛成でも反対でもなく、旗幟鮮明でないということを告白している。(参照

しかし最近になって、自分が死刑制度は廃止した方がいいんじゃないかという方向に傾きかけていることを感じている。

上記のリンクからたどれる最近の記事の中で、私は池田小殺人事件の宅間某のケースについて触れている。宅間という男は、「おぉ、俺は死にたいんじゃ、さっさと死刑にしてくれ」 とうそぶき、その望み通り、異例の早さでさっさと死刑を執行してもらえたようなのだ。なんというアフターケアのよさだろうか。

人生に絶望して死にたいのだけれど、自殺する踏ん切りもつかず、だったら思い切り無差別大量殺人をし、今まで自分をないがしろにしてきた世間を見返し、思う存分に騒がせて自分に注目を集め、その上でさっさと望み通りに国家の手によって殺してもらうという虫のいい犯罪が、最近いくつかみられるのである。

そして、こうした虫のいい犯罪を犯したものほど、死刑判決の後に 「異例の早さで」 死刑執行してもらえるようなのだ。これでは、こうした無茶苦茶な犯罪を犯すインセンティブを与えているようなものではないか。

死にたいけれど、自殺はいやだから、死刑の名によってあっさりと殺してもらいたいという者にとっては、死刑制度は格好の 「救済制度」 になってしまう。しかも、確実に死刑になるためには、できるだけ理不尽で残酷な無差別殺人を犯すに限る。これでは、犯罪抑止力として制定されたはずの死刑制度が、逆に犯罪促進力になりかねない。

というわけで、私は最近、死刑制度存続に甚だ懐疑的なのである。死刑制度の廃止に結構な手間が掛かるなら、少なくとも、死刑判決は下ったものの、なかなか執行されず、結果的には終身刑と同じことになってしまうというような慣習を作ればいいと思う。

法的には死刑判決の 6ヶ月以内の執行が決められているようなのだが、そんなの無視して、自然に死ぬまで刑務所に入れておけばいい。そいつらのメシ代ぐらいは、凶悪犯罪抑止のためなら、負担しようじゃないか。

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2009/12/22

中国の 「暴力抗法」 について

「暴力抗法」 という言葉をご存じだろうか。私は 12月 17日付の産経ニュースで初めて知った。"【石平のChina Watch】 「暴力抗法」が予兆するもの" という記事である。

まだ十分に日本語化されていない中国語のようなので、ググってみても、今のところは中国のサイトがやたら多く検索される (参照)。

石平氏の名前は、「せき・へい」 と読み、1962年に中国で生まれで、88年に日本に留学し、一昨年に日本国籍を取得された評論家である。『謀略家たちの中国』 という著書を書店で目にしたことはあるが、私はまだそれを読んだことはない。

石平氏によると、暴力抗法とは 「公安局・工商管理局・都市管理局などの司法・政府機関が法律違反や条例違反に対する取り締まりを行うとき、当の違反者が暴力をもって抵抗を試み、執行者に人身的危害を与えるようなケース」 と説明されている。要するに、読んで字の如く、「暴力をもって法に抵抗する」 という行為を指すようだ。

いろいろと漏れ伝えられているところによると、中国ではこうしたケースが頻発しているらしい。当局が違法者の取り締まりに当たろうとすると、違法者の方がぶち切れて、やたらと人を集めて抵抗し、当局の人間に暴行を加えたりするということが多いらしい。どんな事件があったかは、上記の元記事をご覧いただけばわかる。

石平氏は暴力抗法事件の多発について、次のように述べておられる。

「暴力抗法」に及んだ人々の多くは、別に筋金入りのヤクザものでもなく、むしろ民間経営者や自営業者などの一般市民である。普通の市民までが暴力をもって法の執行に立ち向かったところに、問題の深刻さがあるのだ。

その根底にあるのは、現在の中国人民の法秩序に対する根強い不信と、法秩序の維持者である国家の権威に対する民衆の反発心理であるが、そのことの持つ意味は非常に大きい。

中国は 「法治国家」 ではなく 「人治国家」 であるとは、よく言われることである。法律よりも属人的な裁量がものを言うのである。それだけに、民衆の 「法」 に対する不信感が増幅されるというのもわかる。

石平氏は、次のようにも書いている。

ホッブスの国家論によると、各人が暴力をもって自分自身を守ろうとする 「自然権」 を人々から取り上げて、「万人の万人に対する戦い」 を終結させたところに国家と法秩序成立の意義があるというが、今の中国で、人々はふたたび国家から 「自然権」 を取り戻して 「万人の法秩序に対する戦い」 を始めたようだ。

これをして、石平氏は 「現在進行形の国家の権威失墜と統治失効の証拠」 とし、さらに、「中国の歴史上、各王朝の末期になると、まさに国家の権威失墜に伴って 『暴力抗法』 が一種の社会現象として急速に広がるようなケースがよくあった」 と指摘して、「王朝崩壊を予兆する末期現象」 とまで言っている。

私は中国の専門家でもないし、香港には何度も行ったことがあっても、いわゆるメインランド・チャイナには一歩も足を踏み入れたことがないので、詳しいことはわからないが、どうも中国は 「一歩間違えばアナーキー」 というような状況が潜在していて、実際にあちこちで暴動事件も頻発しているようなのだ。

で、もうちょっと様子をみてみたくなって、動画サイトを検索してみたところ、中国の動画サイトでニュースになったものが見つかった。だが、こんなの とか こんなの とか程度で、要するに、ギャアギャアわめいたり、バタバタして抵抗している程度の画像である。

中国語がわからないので想像だが、前者は風俗営業の取り締まりみたいな感じで、肌も露わなオバサンは思う存分わめき散らしているが、当局側はほとんど手出ししていない。見ようによってはのんびりしたもので、「こんなんで、『暴力抗法』 なのか?」 と思いたくもなるが、多分、相当テレビカメラを意識しているみたいなのである。

他の集団的抵抗と見えるような動画は、かなり編集してあるようで、刺激的な場面はあまり見られない。そりゃそうだろう。中国国内のニュースなんだろうから、その辺は注意深くカットしてあるはずだ。

この程度のわめいたり暴れたりするというのは日常茶飯事で、あちこちで見られることなので、ニュースで流しても問題なかろうと判断されたんだろうと想像される。ということは、それ以上にワイルドな正真正銘の 「暴力抗法」 も、少なくはないのだろう。

問題は、これが歴代王朝崩壊時のケースと同様に、今の共産党政権の末期症状と捉えてもいいのか、あるいは、中国でもようやく 「自然権」 の行使がニュースに取り上げられて非難されるまでに、国家体制が整えられてきたと捉えるべきなのかということで、私には判断がつかない。

ここでは、あの国はけっこうワイルドなところがあるなあと言うにとどめておこう。

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2009/12/21

tslサンタクロースは本当にいる

ウチの常連さんの多くは既にご存じのことなのだが、私の本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 には、毎年この季節になるとアクセスが急増するページがある。

サンタクロースは本当にいる!」 というページである。自分でも信じられないほど美しい言葉で書かれたページだ。

「サンタクロース/本当にいるの」 というキーワードでググると、今日の午前10時現在、第 2位にランクされている。1位にランクされているのは、なぜか超音波美顔器の宣伝ページで、サンタクロースにはあまり関係ない。だから、実質的には私のページがトップなのだと思っている。

それどころではない。驚くことに 「サンタクロース」 という 1語だけでググっても、第 2位なのだ。トップは 「サンタクロース の画像検索結果」 ということなので、ここでも、実質的には私のページがトップと思っても、罰は当たらないだろうと思う。

サンタクロースは本当にいるんだということを、私はこのページで言っているわけなのだが、クリスマスのプレゼントは直接的にはお父さんやお母さん、あるいはその代わりとなる人がくれるという事実を、私は否定していない。だから、明らかなウソはついていない。

ただ、それはあくまでもサンタさんに代わってプレゼントをあげるんだということだ。つまり、「サンタさんの名代」 である。直接プレゼントをくれる人の心をずっと遡れば、世界を覆うサンタクロースの愛があるということを、私は言いたかったのだ。

サンタクロースの実在性についての夢溢れる回答では、1897年 9月 21日にニューヨーク・サンの社説として掲載されたもの (参照) が最も有名で、これが国際スタンダードみたいになっているようなのだ。でも、何しろ 112年前の回答だし、個人的にはファンタジックすぎる気がしないでもないんだよなあ。

まあ、私の回答は理に落ち過ぎと思う人もいるだろうから、その辺は好みに応じて選択してくれればいいので、押しつけるつもりは毛頭ないのだということは、念のために言っておこう。

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2009/12/20

『唯一郎句集』 レビュー #89

ずっと週末に続けてきた 『唯一郎句集』 のレビューだが、当初は年内か年明け早々ぐらいには終わるだろうと思っていた。

ところが、今年の土日は今日を含めて 3回しか残っていない。そして句は 30回分以上残っている。これじゃあ、桜が咲く頃までに終わるかどうかだ。

今日の句は、五月の頃。春から初夏にかけての句だ。昨日の句は吹浦に旅した秋の句だったから、冬を抜かしてしまっている。この辺りの所載の順序は、あまり当てにならないものと、諦めた方がよさそうだ。

さて、レビューである。

合歓の葉ゆれ五月の魚並べられる

ここに登場する食事は、やはり夕食なのだろう。日が延びて、夕食の時分にようやく日が沈んで暗くなり始める。そうすると、ネムノキは葉を閉じ始める。その時に吹く風とともに、さわさわと葉擦れの音がする。

五月の魚といえば、カツオが思い浮かぶかもしれないが、庄内人としては、アジなのではないかと思う。カツオでは並べきれないし。

さわやかな夕暮れの風景である。

松の高きに風鳴るを歩きつつ背に

酒田の街には松の木が多い。庄内砂丘の防砂林に使われていて、砂丘でなくてもあちこちに植えられている。

初夏の風で松の葉が鳴るのを聞きながら歩く唯一郎。ことさらに見上げることもなく、音を背に受けて通り過ぎる。

土を掘り土を覆ふ種隠れたる

私が中学生の頃、この句集を読んで一番気に入った句である。「土を」 というのをあえて二度繰り返しているが、唯一郎が時々使う手法だ。

淡々とした写生の中に、目に見えないいのち、それは可能性と言ってもいいかもしれないが、そうしたものに対する思いが感じられる。重要なのは 「隠れたる」 と連体形で止められて余韻を残しているところだ。

この母子に虎杖の葉の目にあまる

「虎杖」 は 「イタドリ」 と読む。別名 「スカンポ」。山菜として食べたりする。この句に登場するのは、大きな葉のイタドリのようなので、オオイタドリという亜種 (?) かもしれない。

「この母子」 とは、妻と子どもたちのことなのだろう。子どもたちには大きすぎて、折ってかじることもできないというような情景が目に浮かぶ。

本日はこれぎり。

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2009/12/19

『唯一郎句集』 レビュー #88

今日は 「吹浦十六羅漢岩」 と題された 1句を含む 3句のレビューである。秋に吹浦を訪れたときの句のようだ。

吹浦というのは、酒田の北、約 20キロほどのところにある海岸の街。鳥海山の西の麓が日本海に没するところにある。今では海水浴場としても賑わっている。

庄内砂丘の北のはずれで、吹浦をちょっと越した辺りから海岸が急に隆起し、海までは断崖絶壁になってしまう。鳥海山の西の裾野が急に日本海に没するためで、そのあたりが秋田県との県境だ。

芭蕉の句に 「あつみ山や吹浦かけて夕涼み」 というのがある。「あつみ山」 とは、庄内砂丘の南のはずれにある温海という温泉町にある 「温海山」。ここから庄内砂丘の北のはずれにある吹浦を望みながら夕涼みするという、まことに雄大な句である。

その吹浦の北に、十六羅漢岩というのがある。海の中にある岩に、羅漢さんが 16体刻まれている。ここで詳しく説明する余裕はないので、詳しくは こちら をご覧いただきたい。

さて、さっそくレビューである。

  吹浦十六羅漢岩

阿羅漢の顔ならび巌ならび秋海の底見え

十六羅漢を見ようと、断崖を波打ち際まで下ってきたところだろう。「顔ならび巌ならび」 という表現は、まさにそのままの写生。浄土真宗を熱心に信仰する唯一郎にしては、むしろあっさりすぎるほどの表現だ。

まあ、地元ではあまりにも有名な景勝地なので、それについてくどくどと言うのは、月並みな観光俳句になってしまうという気がしたのかもしれない。

それよりも、「秋海の底見え」 が、羅漢さんの世界の透明で秀麗な感覚のメタファーとなっている。

秋潟を掘る人々よ沖の岩白浪

これもまた、率直すぎるほどの写生。潮の引いた海岸を掘り、貝を採っている人たちの姿。その向こう、海の中に岩が見え、さらに白浪が見える。ただそれだけだ。

のどかな風景。唯一郎は旅先では、いつものほろ苦いペシミズムから解放されるようだ。旅好きだったのかもしれない。

日がな一日の潮騒をきくこの部屋の糸瓜の下り

宿の窓を開け放ち、一日中潮騒を聞いている。何も余計なことを思わず、ただ旅情に身を浸す。

窓の外に、糸瓜のぶら下がっているのが見える。それもただ風景である。とくに意味をもたないし、あえてそこに付加もしない。

非日常に行けば行くほど、日常の穏やかさの中に入るという、唯一郎の不思議な心情である。

むしろ日常生活の方に、いつも小さな違和感を覚えている故のことと、私は思ってしまう。

本日はこれにて。

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2009/12/18

小沢一郎を首相に

今日、車で取手駅近くに借りた駐車場まで向かう間、ラジオを聞いていたら、「鳩山さんと小沢さん、首相にふさわしいのは、どっち?」 という聴取者アンケートがあった。

最近、小沢さんのゴーマンさと、鳩山さんのフラフラぶりがあまりにも対照的に目立つことから、こんな企画になったのだろう。

で、その結果は、詳しい数字は覚えていないが、鳩山さんがふさわしいという答えが、40数パーセント、小沢さんを押すのは、30%そこそこで、鳩山さんの勝ちだった。ただ、勝った鳩山さんでも、半数に達していないというのが気になるところではあるが。

寄せられたコメントで目立ったのは、「小沢さんは裏でいろいろやるタイプだから、首相にはふさわしくない」 「小沢さんは、あの顔が不愉快」 という、鳩山支持というよりは小沢不支持 (というか、小沢嫌いか?) のコメントだった。

なるほど、確かによくわかる。実感である。「裏でいろいろやる」 のが得意な小沢さんは今、民主党幹事長という、首相よりはずっとふさわしい適職に就いているので、ずいぶん大活躍 (?) をされているわけだ。私なんか、ちょっと不愉快に思うけど。

で、この不愉快さはどうすれば払拭されるだろうといろいろ考えた結果、「小沢一郎を首相にする」 というのが最良の結論だと思うようになったのだ。

小沢さんがあんなにも水を得た魚のように大活躍するようになったのは、あまりにもぴったりの地位に就きすぎているからである。党幹事長という役職にあんなにも向いた政治家というのは、他にないだろう。

だったら、その適職から外せばいいのである。そして、ふさわしくないと思われる首相にしてしまえばいいのだ。小沢さん、民主党代表だった頃は、以前とは人が変わったようなソフトさを前面に出して、ずいぶん低姿勢だったじゃないか。

首相にしてしまったら、きっと今のようなゴーマンさは抑えに抑えて、また低姿勢に戻るだろう。首相の地位であんな態度だったら、いくら何でも世間と世界が黙っていないから、いやでもソフト路線に戻らざるを得ない。

小沢さん、そんな本来の自分でない路線を強いられたら、多分ストレスがたまってしょうがないだろう。ただでさえ持病をかかえてしょっちゅう病院の世話になっているのだから、あのエネルギーはかなりそがれてしまうだろう。

その程度で、ソフトに大人しくしてくれている方が、せっかく 「政策本意」 を旨とする民主党なのだから、他の議員たちだって動きやすいに違いない。現状は 「政策本意」 というより 「選挙本意」 のシバリがきつすぎるように思えるもの。先の総選挙で民主党に投票した有権者の多くは、あんな風な体育会系の雰囲気を期待したわけじゃないだろう。

というわけで、私も小沢さんは首相にはふさわしくないと思うが、だからこそ、そのふさわしくない地位につけて、ストレスまみれの籠の鳥にしてしまうか、暴走を誘って失脚してもらうのが得策だ。

ここは、鳩山さんに早めに退陣してもらい、あとは代表戦に誰も立候補しないで、「ここはもう、小沢先生しかいない」 と、口々にはやし立て、究極の褒め殺しをしてもらいたいものなのである。

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2009/12/17

経済と心

「衣食足りて礼節を知る」 という格言があるように、経済が豊かになれば、少なくとも人の心は安定して、モラルも向上するものと、私は単純に思っていた。

私の知る限り、世界中どこの街に行っても、景気がいいと安全だし、経済がガタガタだと、外を歩くのも危険になる。

1980年代、日本が日の出の勢いだった頃、米国経済は低迷していた。あの頃、ニューヨークの街はかなり危険で、ちょっとした暗がりなんかを歩くには、常にリスク回避の緊張感をもっていなければならなかった。何が起きても不思議じゃないという雰囲気があった。

ところが、リーマンショックが起きるまでかなり長期間の経済成長が続いた今世紀初頭には、あのニューヨークが信じられないほど安全な街になっていた。夜でものほほんと歩くことができるのである。確かに窃盗犯罪の発生件数は、景気にかなり左右されるらしい。景気が悪いと、セコいひったくりや強盗が増える。

そんなわけで私は、経済状況が悪いと、社会的モラルも低下しやすく、逆に景気がいいと、モラルは向上すると単純に信じていたのである。

だが、この私の単純素朴な信念も、近頃は結構揺らいでいる。「金持ち喧嘩せず」 という格言も、怪しいものなのである。このテーゼは、そもそもの前提から考え直さなければならないのだと思うようになった。

日本でもここまで景気が落ち込んでしまうと、コンビニやタクシーで強盗をはたらき、せいぜい数万円取って逃げるというセコい犯罪が目立つようになった。そんなわけで近頃、セキュリティが重要視されていて、セコムなんてかなり儲かっているらしい。

じゃあ、景気が拡大すればセコい犯罪は減るのか。その答えは、減ると言えば減るのだろうということだ。しかし、単に景気がいいから安全になったという環境は、景気が落ち込めばまたぞろ危険になる。しかし、ずっと素朴で清貧に近い暮らしをしているような地域では、貧しくても犯罪は起きにくい。

問題は 「格差」 なんだろうと思う。貧しいものが手を伸ばせば、他人の金がそこにあるという状況では、犯罪は生じやすいだろう。しかしいくら貧しくても、みんな似たり寄ったりの江戸の長屋みたいな状況だったら、ものを盗もうという気にはあまりならない。

そしてこの 「格差」 というものは、名目的には経済拡大が続いていた小泉政権時代に、決定的に目立つようになったというのが、今の論調である。「小さな政府」 で、よけいな規制を取り払い、自由な経済活動に任せるようにしたところ、全体の経済は成長したが、格差も拡大したというストーリーだ。

そして今、「友愛」 を旗印にした民主党政権である。税金の無駄遣いを抑えるために、「事業仕分け」 とやらをやる一方で、福祉を充実させるというかけ声で、ばらまきを行おうとしている。小さな政府で、大きな福祉をしようとしているように見える。見ようによって、矛盾にも正論にも見えるので、今のところは何とも言いようがない。

だが、今、決定的に言えるのは、自由な経済活動を推奨していた小泉政権のあの時代に、経済人に、いや、人間にもうちょっとモラルがあったら、今のような惨状にはならなかっただろうということだ。モラルがなかったから、バブルは日本でも米国でも発生し、崩壊したのではなかったか。

根本的なモラルは、経済が最高潮の時でもあまりまともには機能しなかったのである。経済がよくても機能しない程度のモラルでは、経済が悪くなったら悲惨なことになるというのは当然だ。だから本当の問題は、経済をどうするかではなく、心をどうするかなのだと、私は思っている。

人間には経済に規定されない自由な心というのもあるはずだというような青臭いことを、私はいい年した今でも信じている。

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2009/12/16

茨城空港が予定通り開港するらしい

去年の 9月に散々くさして書いた (参照) 茨城空港が、当初の予定通り、いよいよ来年 3月に開港するんだそうだ。(参照

ただし、国内線の定期便就航はゼロ。韓国アシアナ航空の仁川 ( インチョン ) 便が、1日 1往復するのみだそうだ。仁川経由でどっか他に行くという需要しか見込めないだろう。

なにしろ、全日空も日航も全然乗り気じゃないという。そりゃそうだろう。好んで赤字路線を 1本増やす航空会社なんて、今どきどこにもない。昔なら、「政治判断」 だかなんだかしらないが、日航が無理矢理就航させられたところが、そんなことばっかりしていたから、あんなことになっちゃったんだし。

私は去年の記事で 「どこに行くにも、1日にせいぜい 2~3便しかないとなったら、考え物だ。空港までは近くて便利だが、都合のいい時間帯に目的地に到着する便がなければ、行った先で中途半端な時間つぶしをすることになる」 と書いた。ところが、「せいぜい 2~3便しかない」 どころじゃなかったのである。

ハブ空港としての機能充実の仁川行きの便なら、そこでトランジットして他に行く方が、成田から発つより安いということなので、多分一定の需要があるだろう。しかし、1日 1便では、あまり期待できない。

仁川便以外は、台湾などへのチャーター便や、開港数か月後にアシアナの釜山便開設が決まっているだけなのだそうだ。しかし、釜山に行くのにわざわざ茨城の陸の孤島まで来る人は、そんなに多くない。

国営空港なので維持管理費は国の負担だが、空港ターミナルビルは第三セクター方式で、1日1往復では年間で最大1億円の赤字になるとされる。そのターミナルビルは、テナントがまだ 1軒も決まっていないという (参照)。これじゃ、佐賀空港みたいに近所の人がメシを食いにくるという需要も見込めない。まあ、元々ご近所の人口は少ないのだが。

県は利用者から空港使用料を徴収することも検討しているというが、そんなんでは、ますます利用者離れをおこすだろう。何しろ、茨城県民の多くが 「そんなもの、要らない」 と言っているぐらいだから、さっさと仕分けを行って、早めに閉鎖する方が怪我が軽くて済むと思うがなあ。

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2009/12/15

小沢さんの性格は直ってなかった

出張先の大阪のビジネスホテルで、朝出がけに、民主党小沢幹事長の記者会見の様子を見た。

例の宮内庁羽毛田宮内庁長官の 「一ヶ月ルール」 発言に対し、猛烈に怒りまくっている会見である。いやはや、確かにえらい剣幕で怒りまくっている。

ただ、会見の様子をみた率直な感想を言わせてもらうとすれば、「小沢さん、ずいぶんエラソー過ぎるんじゃないの?」 というところだ。もっと言わせてもらえば、「時々こんなになっちゃうから、この人からは人が離れて行ってしまうんだろうなあ」 ということだ。

小沢さん、「1ヶ月ルールって、誰が決めたの?」 なんて言っていたが、まるで小学生のような発言だと、私は思った。「そんなの、いつから決まってるの? 昭和何年、何月何日、何時何分何十秒?」 と付け加えると、ものすごく感じが出たかもしれない。

すべての慣習というのは、誰が決めたともなく決まっているのである。誰がいつ決めたかわからない慣習なんて遠慮なく破ってもいいんだということなら、世の中の秩序は保てない。何でもかんでも成文法にしなければならないとなったら、堅苦しくてしょうがない。

それから、小沢さんは天皇の憲法第七条の、天皇の国事行為についてエラソーなことを言っている。「国事行為は内閣の助言と承認で行われる」 と言っているわけなのだが、ちゃんとよく読むと、但し書き付きなのであって、その国事行為とは、「左の国事に関する行為」 と、10項目に規定されている。面倒だが、挙げておく。

一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。

つまり、以上の 10項目は、天皇陛下は内閣の助言と承認で行うのであって、それ以外の行為もすべてそうだとは書かれていない。中国から来た 「次期国家主席」 との会談まで、内閣の助言と承認でごり押しされてもいいとは、書かれていないのである。

というわけで、私は小沢さんというのは、ずいぶん子どもっぽい人だなあと、改めて認識してしまったのである。性格というのは、なかなか直らないものだ。

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2009/12/14

無抵抗で殴られることの陶酔感

大分前のことだが、西武池袋線の電車内で喧嘩を目撃した。いや、喧嘩というのは当たらないかもしれない。なにしろ、片方が一方的に殴り、殴られる方はただ耐えている。

こりゃまずいと思い、助けに入ろうとして近づいていったところ、どうも様子がおかしいことに気が付いた。

一方的に殴られたり頭突きをくらったりしている方の顔は血にまみれている。額が切れてしまっているようだ。しかし、どうみてもおかしい。何がおかしいかというと、一方的に殴り続けている方が弱そうで、ただ耐えている方がずっと強そうだ。

こんな状態で助けに入ったら、実は強いのであろう殴られている方に失礼な気がして、ちょっと躊躇してしまった。なんだか、余計なことをしてしまうことになるんじゃあるまいかという気がしてしまったのだ。

ただ、黙ってみているわけにも行かないので、「おい、いい加減にしとけよ!」 と声をかけると、殴り続けていたやつは体力と緊張感の限界を超えてしまったようで、駅に止まったのを幸いに、逃げるように降りていってしまった。

血だらけのままで立っている兄さんに、私は声をかけた

「一体どうしちゃったの?」
「はぁ、変な因縁を付けられたんですが、自分は空手の有段者なんで、手出しできないんです。手を出したらただじゃ済まなくなりますから」
「手を出せないのはわかるけどさぁ、防御ぐらいはしたらどうなの?」
「いやぁ、あんなのは、防御するまでもないっす。ちっとも痛くないですから」

いやはや、それはそうかも知れないけれど、電車の中で顔面血まみれで立っていられたら、周りが穏やかじゃいられない。そこまで考えてもらいたかったところだ。当人としては、痛くもないし、多少の流血も全然平気なのかもしれないが。

こんなことを急に思い出してしまったのは、例のテレンス・リー氏の 「ヨッパライにボコられた」 事件の記事を読んでしまったからだ (参照)。テレンス・リー氏も 「「私が手を出せば、相手が危険なことになっていた」 なんてことを言っているようなのである。

巷では、「テレンス、本当は弱いんじゃないの?」 なんて疑念が出ているようなのだが、それは多分、間違いだ。テレンス氏の肩を持つわけじゃないが、彼は本当に強いのである。弱かったら、逃げ出してしまうところなのである。逃げ出さずに、ただ殴られ続けたというところが、強い証拠なのだ。

ただ、空手をやって強い人って、妙に殴られることを耐えることに関して、自己陶酔してしまうところがあるんじゃないかと、私は疑っている。多分、本当にそれほど痛いとも思っていないんだろうけど、だからといって、それに耐え続けても、周りからの理解は得られないだろうし、異様なことに思われてしまうんじゃないかと、私は思ってしまうのだよね。

最後に断っておくが、フツーのよい子は、殴られっぱなしになんかならないように。頭と首がいかれてしまうから。

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2009/12/13

『唯一郎句集』 レビュー #87

尊敬する I さんに 「最上川舟歌の四季」 という CD をいただいた。正調最上川舟歌の後に、フラメンコ・ギターと尺八のデュエットで、春夏秋冬バージョンの変奏曲が続く。

I さんは、先月末にアルケッチャーノで食事をした (参照) のがきっかけで、すっかり庄内びいきになられたようだ。

この CD を iPhone に入れて聞きながら、唯一郎句集のレビューである。今回のレビューは 4句。見開きの右側のページに 3句、左側に 1句という所載なので、まとめて 4句のレビューである。

朝乏しい甘藷をはかるおそい南瓜の花

「甘藷」 はサツマイモのこと。朝、あまり量の多くないサツマイモの目方を量っていると、遅成りの南瓜の花が目についたということだろうか。

カボチャの花は鮮やかな黄色。晩秋だけに、これから成る実はそれほど大きくはならないかもしれない。

あが身よけて聞く秋風のぬけてゆく樹々

ずいぶんシュールな句である。はや吹き始めた秋風の樹々の間を抜けて行く音を聞いている。「あが身よけて」 というのは、風が自分の身をよけて吹いていくのか、あるいは別のシュールなイメージを醸し出すためのレトリックなのか。

児ら貯金箱をつくりその屋根を赤くぬりさまざまな虫なく夜

こちらはわかりやすい。子供らが工作で貯金箱をつくり、その屋根を赤く塗っているというのである。夏休みの工作の宿題でもあったのだろうか。その工作をしていると、庭から様々な虫の鳴き声が聞こえる。

晩秋から秋にかけて、夜が長くなりつつある頃の独特の色合い。

ことに朴の葉は秋の日だまりの中にゆれずも

朴 (ホオ) の木の葉は大きい。40センチ近いものもあるという。秋の日だまり、風がほとんどないので、木の葉は揺れない。ことにホオの木の葉は大きいので、揺れずに垂れ下がっている。

夏から秋に向う変化の中で、動かないものがある。それをホオの木の葉の中に見出している。

本日はこれにて。

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2009/12/12

『唯一郎句集』 レビュー #86

さて、今日で 12月の第2週も終わる。早いものである。年賀状を作らなければならないし、年末進行の原稿も書かなければならない。

あちこちから喪中葉書が相次いで届く。私の年頃だと、親が 80歳を越してしまう時期なので、毎年誰かの親が亡くなる。唯一郎が死んだのは 40代だったが。

さて、さっそくレビューである。改めて確認しておくが、ここに挙げられているのは、唯一郎がまだ 20代の頃の作品である。唯一郎は家業を継いでからはどんどん寡作になっていったので、盛んに句を作っていた頃の最終段階ともいえる時期である。

月の出風が吹いて花畠花屋の娘

このページの 3句は秋の頃の句なので、花畠に咲いているのも秋の花だろう。昔のことだから、菊とか桔梗とかだったのではなかろうかと思う。

その花畠の夕暮れ。東の空に満月が出て、秋風が吹く。花の色が宵闇に褪せていく。そんな中で、花屋の娘が花の吟味をしている。ほっそりとしたシルエットが美しく見える。

風がことしの稲穂をならしている百姓の婆さん

「ことしの稲穂」 というのが、いかにも米どころに住む人間の感性である。ことしの稲穂が風に揺れ、さわさわと鳴る。

百姓の婆さんが畦道に腰掛けて休んでいる。すぐに稲刈りが始まる。昔のことだから、稲刈りは家族総出の作業である。婆さんもまだまだ働くつもりで、頼もしい顔つきである。

海女の子よ藪から顔を出して秋の海原

庄内砂丘を昇っていくと、松の防砂林を抜け、海が目前になったあたりは小さな藪になっている。

その藪から小さな子が顔を出してこちらを見ている。夏の間、海で泳ぎっぱなしだったらしく、真っ黒に日焼けした顔だ。波打ち際では海女が海草獲りの仕事をしている。

日本海の秋の海原は、冬とは違い、まだまだ静かである。

本日はこれぎり

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2009/12/11

電車の 「人身事故」

近頃、毎朝のように電車の遅れや運転見合わせがある。今日も地下鉄東西線の早稲田駅での人身事故で、遅れが出ているとのニュースが流れていた。

先ほどニュースで検索してみると、はねられた男性は腕などに怪我を負って意識不明。自殺を図った可能性もあるとみられている。

ダイヤの乱れは、信号故障、車両点検という原因が多いが、最近は 「人身事故」 というのが急増していて、鉄道の駅構内で起きる人身事故の多くは、自殺によるものだと聞いたことがある。多分、本当なのだろう。そして、その自殺による人身事故というのは、なぜかラッシュ・アワーに発生することが多い。

鉄道の利用客は、「自殺するならするで、もっと暇な時間帯を選んで飛び込んでくれればいいのに」 などと、はなはだ不人情なことを言ったりするが、その気持ちは理解できないことはない。鉄道自殺だけではない。高層建築からの投身自殺などではもっと悲惨なことに、下にいた人が巻き添えになってしまうこともある。

「飛び込むなら、下に人がいないのを確認してからにしろよ」 と言いたくもなろうというものである。しかし多くの場合、それは無理というものなのだ。

私は極度のノイローゼから立ち直った人の話を聞いたことがある。その人は職場の人間関係が原因で精神状態がおかしくなり、会社に行くのが辛くてたまらなくなった。毎朝家を出るのだが、駅のプラットホームのベンチに座ったまま、しばらく動けなかったという。

次々に到着する電車に乗ることもできず、かなりの時間、茫然としたまま過ごし、いつも大幅に遅刻して出社していた。もちろん、出社してもしばらくは仕事が手に付かず、ただ茫然としたままなので、周囲の人間からは腫れ物に触るような扱いをされた。

それだけならまだいいが、駅のホームのベンチに座っていると頭の中が空っぽになり、いつの間にかホームに入ってくる電車に向かってふらふらと歩いているのに気付き、ハッとして思いとどまったことも一度や二度ではないという。

電車に飛び込んでしまう人の精神状態というのは、そのようにまともな状態ではないので、迷惑にならないようにラッシュ・アワーを避けようなんて思う余裕は全然ないのである。屋上から身を投げる人だって、下の安全を確かめる余裕なんてない。それだけの余裕があれば、身投げなんてしなくて済む。

よく 「発作的に」 なんてことを言うことがあるが、その言い方も正確なニュアンスを伝えていないと思う。「発作的」 というよりは、「何がなんだかわからないうちに」 という精神状態なのだろう。

彼の問題はすっかり解決し、今では精神の健康もすっかり取り戻しているが、電車の直前でハッと思いとどまった時のぞっとするような感覚は、今でも覚えているという。

彼の場合は危うく自殺せずに済んだわけだが、世の中にはハッと気付いて立ち止まることもなく、そのまま電車に飛び込んでしまった人も少なくないわけだ。昨年秋のリーマン・ショック以来、こうしたことが増えているような気がする。

自殺が増える増えないは、単純に経済状態が持ち直すか否かとう要素に左右されることが大きい。金の問題が原因で、自分の命を自分で絶つなんていうのは悲しいことである。それを悲しいと思うことができれば、自殺もせずに済むのかもしれないが。

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2009/12/10

「大黒様の歳夜」 をさらに突っついてみる

3日続けての 「大黒様の歳夜」 ネタで恐縮だが、ちょっと気になるブログ記事を見つけたので、それについて書かせていただく。

「関西おばちゃんの独り言」 というブログの昨日付の記事で、「大黒様のお歳夜」 についてふれられている (参照)。「関西おばちゃん」 とはいえ、北海道在住の方である。この方の現在住んでおられる地域では、「大黒様のお歳夜」 がずいぶん盛んらしいのだ。

「今日は大黒様のお歳夜」 「数日前からスーパーの広告に出ている」 「どこのスーパーの広告も大黒様花盛り」 と書かれている。もっともこの方ご自身は関西出身らしく、「初めて聞く言葉だ」 「我が家にはちょっと馴染めない料理ばかりだよ」 とおっしゃっている。

もしこの方が関西でも都市部の出身だったら、はたはたの田楽とか、まっか大根なんて、そりゃ馴染みがないだろう。「一体どんなもんや?」 という感じなのではないかと、思いやられる。

ともあれ、北海道と一口に言っても広いので、この方が北海道のどの辺りにお住まいなのかはわからないが、北海道に 「大黒様のお歳夜」 がやたらと盛んな土地があるというのは、初めて知った。北海道は内地、とくに東北からの移住者が多いので、出身地でやっていた行事が持ち込まれているのだろう。

あるいは、私が田舎に帰ると 「お前みたいな古い庄内弁を使うやつは、今どき珍しい」 と言われるみたいなもので、出身地で廃れてしまった行事が、移住した先で脈々と続いていたり、あちこちのバリエーションが組み合わせられて、相乗効果的により強力な行事と化してしまっていたりするということも考えられる。

もしかしたら、消費不振にあえぐスーパー業界が各地で 「大黒様のお歳夜メニュー特別大奉仕」 なんていうことで販促をしたら、少しははたはたの田楽とか、まっか大根とか、鱠とかが売れたりするかもしれないなんてことを、頭の中でちらりと考えてしまった。

あの節分の 「恵方巻」 みたいなもので、「一体、それ何?」 なんて言っているうちに、珍し物好きの消費者が買っちゃったりしたら、大成功というものだろう。

しかし、それはあまり期待できないだろうと思う。恵方巻がヒットしたのは、私が 5年近く前に指摘しておいた (参照) ように、お手軽なのにもっともらしいという理由からである。とくに 「お手軽さ」 というのは重要なポイントだ。

ところが大黒様の歳夜のメニューは、なにしろ筋金入りの伝統行事だから、ちっともお手軽じゃないのである。調理済みのお総菜として買おうにも、汁気の多いものが多くて、持ち帰りが大変だ。さらに、「まっか大根」 なんてのはなかなか供給が難しかろう。今どきはせっかくまっすぐに育てているのに、二股を作るなんてリスクありすぎだ。

となると、大黒様の歳夜のごちそうというのは、本筋から言えば大黒様に捧げて、残り物を人間がご相伴にあずかるということなのだが、スローフードとしてもなかなか意味があると思われる。どれをみても健康に良さそうな献立だし。

この日ばかりは、出来合いのお総菜とかサラダみたいなのじゃなく、日本古来の伝統料理をしっかりと味わう日ということにしてもいいんじゃないかという気がする。その意味では、時間が掛かるだろうけれど、日本全国に復活させてもいい行事だと思う。

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2009/12/09

でっごぐさんのとしや (大黒様の歳夜) #2

昨日は私の郷里の庄内で本日 12月 9日に行われる 「でっごぐさんのとしや (大黒様の歳夜)」 という行事を紹介した。

しかし、大黒様の歳夜 (年越しの夜) がどうして 12月 9日なのかということが、さっぱりわからないし、文献を調べてもそれらしき記述に行き当たらない。

というわけで、あまり気になるのでインターネットで検索の限りを尽くしたところ、少しは関係があるのかなというようなところが見えてきたので、今日はそれについて書いてみたい。

まず、ちょうど今頃が、一年のうちで日没の一番早い時期だからという説がある。こちら のブログはなんと、土佐の高知の方の書かれたものだが、やはり大黒様の年越しを祝うという。そして、それはこの頃が一番日没が早く、農耕民にとっての分岐点になるからではないかというような推論が書かれている。

確かに、山形県でもこの頃が一番日没が早いのである (参照)。12月の 4日から 10日までは、午後 4時 18分には日没になってしまい、11日を過ぎると、日没時刻はほんのわずかずつ先に伸びていく。ただ 1月 半ばまでは日の出がさらに遅くなり、日の短さということに関しては、冬至が分岐点になる。

外で仕事をする農耕民にとって、歳の変わり目という体感的実感があるのは、日没の一番早いこの頃なのかもしれない。そりゃ、早く日が暮れれば、日が短いと思ってしまう。

それから思い当たるのは、12月 9日というのは、旧暦に換算すると、年によって違うが大体 10月の中旬から 11月中旬にあたるということである。旧暦 10月といえば、神無月と呼ばれ、日本中の神様が大黒様 (大国主命) の本拠地である出雲に集まるので、その他の地域から神様がいなくなるという月だ。

もっとも 「神無月」 は当て字で、日本中の神様が出雲に集まるというのは、中世以後に広まった俗説だが、この時代に民俗行事の多くが発生しているのだから、関係ないとは言い切れ ない。その神無月の末日が、新暦の 12月 9日に近く、しかも日没が一番早い時期というのが、勘所のように思われる。

ところで、この土佐の高知の方の記述で興味深いのは、次の記述である。

師走のある夜、父が「大黒大黒、まっかん大根、耳開けて」と神棚の大黒様に向かって大きな声で呼び掛けていた。

私にはこの 「耳開けて」 という件に関する記憶はないが、こちらのページには、「山形では、12月 9日の夕方は、耳あけをやります」 という記述がある。

二股の大根を神棚に上げ、豆の入った一升マスを上下に振りながら、

「お大黒様、お大黒さま、耳をあけて聞いておりますから、いい事を聞かせて下さい」(実際は、山形弁で)
と、これを3回繰り返します。我が家では、子供がこれをやることになってました。

ふうむ、大黒様と 「耳開け」 というのは、何か強い繋がりがあるようなのだ。さらに こちらのページ には、以下のような興味深い記述がある。

 東北地方では、十二月九日を「妻迎え」、「嫁取り」、「お方迎え」などと呼び大黒様が嫁を迎える日としてきました。この日は、ワラで編んだ皿に小豆飯を盛り、二股大根を供えます。この二股大根を「大黒さんのかかさん」「嫁大根」と呼んでいます。
 また、山形県米沢市には、八日に「大黒様の耳明け」という行事があります。二股大根の嫁に柏の葉の着物を着せたものと大豆飯を供えます。そして、炒り大豆を桝に入れてがらがら振りながら、「大黒様、大黒様、耳をあけておりますから、いいこと聞かせてください」と唱え、神棚に祭った大黒に大豆を投げるので す。家によっては、「ぜにかね、ざっくもっく(たくさん)入るようにしてください」とも唱えます。宮城県では、十日の夕方に、おなじようにして、「大黒大黒耳をあけ、よいこと聞いて悪いことを聞きたもうな」と唱えます。大黒は耳の悪い神なので、願いを聞き届けてもらえるよう、大きな音をたて、大きな声で言うのです。

どうやら、子孫繁栄と豊作 (はたまた商売繁盛まで) を重ねて祈願する意味合いが感じられる。まっか大根 (二股大根) を大黒様の嫁に見立てるのは、前述の如くその形状によるもので、子孫繁栄を連想させるからである。さらに、神棚に大豆を投げるというのは、節分の豆まきとの関連もありそうだ。

それから、大黒様は耳が悪いとか遠いとかいう俗信も興味深い。耳が遠いのは大黒様だけでなく、恵比寿様もそうだという俗信がある。古来、恵比寿・大黒でワンセットになっていて、両方とも繁栄とか長生きの神様でもあるので、長生きして年を取ると耳が遠くなるという発想だろうか。

それにしても、この行事は庄内特有のものだと思っていたが、よく調べると、他の土地でも祝っているようなのだ。南三陸町でも大黒様にまっか大根を供えるようで、その由来が こちらのページ に書かれている。先に紹介した由来と共通する。

こうしてみると、元々は日本各地にあった子孫繁栄と豊作を祈る民俗行事なのだが、東北地方、なかんずく庄内地方で、大黒様の年越しという感覚的な意味合いも重ね、最も脈々と受け継がれているというようなことではなかろうかという気がする。

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2009/12/08

でっごぐさんのとしや (大黒様の歳夜) #1

庄内には 「でっごぐさんのとしや」 (大黒さんの歳夜) という行事がある。鶴岡あたりでは上品に 「大黒様のお歳夜」 なんて言うらしいが、酒田の我が家ではワイルドに 「でっごぐさんのとしや」 と言っていた。

それとも、奈良時代の発音をしていた私の祖母 (参照) が特別訛っていたのかなあ。

「でっごぐさんのとしや」  は明日、12月 9日の夜の行事である。もっとも、特別な神事を執り行うわけではなく、ましてや大黒舞を舞ったりするというわけでもない。この日の夜が大黒様の年越し (大晦日) であるとして、特別のごちそうを大黒様に供える。それだけの行事である。

特別のごちそうとは、ハタハタの田楽とまっか大根。これだけは必須条件で、あとは納豆汁とか膾 (なます) とかを適当に加えるようだ。そもそも家庭内の行事だから、必須条件さえ満たせば、あとは案外自由度が高い。

ハタハタは冬の日本海で捕れる魚で、小さくて食べる身の部分も少ないのだが、とろっとした食感がよくて、なかなかいける。これに田楽みそを添える。何でハタハタなのか知らないが、何しろ、漢字では 「さかなへんに神 = 鰰」 と書くぐらいだから、特別な意味があるのだろう。

まっか大根とは、別に赤蕪みたいに赤い色をしているわけではない。先が分かれて二股になっている大根である。このまっか大根は、調理しないで、生のそのままの形で供えるということからも、その形状に意味があるというのは明らかだ。そこに子孫繁栄などの意味を見いだしているのだろう (わかるよね?)。

まっか大根がつきものという根拠には、おもしろい伝説もある。ざっといえば、大国主命がまっか大根のおかげで胸やけから逃れたという言い伝えなのだが、詳細はここで書くと長くなるので、こちら を参照ねがいたい。この行事の詳しい知識も仕入れられる。

ただ、この伝説は理に落ちすぎて、後代の作という感じがする。やはり子孫繁栄の方が根元的な意義だろう。私個人としては 「でっごぐさんのとしや」 といえば、ハタハタを食う印象の方が強いのだが、本来の意味合いでは、まっか大根の方が重要のようだ。ハタハタは、冬の日本海側のローカル・ルールかもしれない。

ちなみに、「まっか大根」 は 「まっかん大根」 とも言われる。あの 「最上川舟歌」 に出てくる 「まっかんだいごの塩汁煮」 というのはこれのことである。

さて、前段の部分でかなり長くなってしまったが、私が一番の問題としたいのは、どうして 「でっごぐさんのとしや」 が 12月 9日なのかということである。これがどうしてもわからない。これに関する確固たる文献も見たことがない。

どうでもいいことかも知れないが、私はこうした些細なことが気になってしまう性分なのである。気になって眠れなくなるというわけじゃないが、常に心の片隅に引っかかっている。で、この際だから徹底的に調べてみようと、インターネットを検索しまくってみて、ある程度の見当がつくところまでは調べがついた。

ただ、長くなってしまうので、気を持たせるようで恐縮だが、続きは明日ということに。行事の本番も明日だし。

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2009/12/07

「懐かしい」 とポストモダニズム

昨年 4月に "英語には 「懐かしい」 とう言葉にぴったりと対応する単語がない" と書いた。英語だけでなく、欧米語にはないのだそうだ。

これは、日本人と欧米人のメンタリティの違いによるのではないかという推論を書いた。要するに、「懐かしい」 というのは、欧米人にとってはとりとめがなさすぎる感慨なのだろう。

それから、「懐かしい」 が欧米語になりにくいのは、主語をどうするかという問題もある。日本語では 「故郷の山が懐かしい」 などという言い方をするのだが、この場合、主語が自分ではなく、対象物である 「故郷の山」 になっているように見える。文の構成として、「懐かしい」 という情感が 「故郷の山」 の属性ということになる。

論理的に考えるとちょっとおかしい。そこで、この場合は 「私はチョコレートが好き」 というような言い方と同じで、「故郷の山」 というのはあくまでも目的格と考える方が都合がいい。つまり、言葉のはたらきとしては 「チョコレートが好き」 「あなたが好き」 というのと大差ない。

しかし、ここにも問題がある。「好き」 というのは辞書で引くと、名詞、形容動詞とあって、例えば 「あなたが好き」 というのは 「あなたが好きだ」 の省略形なのだ。一方、「懐かしい」 は形容詞である。

形容詞である以上、「故郷の山が懐かしい」 という文の主語は、やはり 「故郷の山」 なのだ。「故郷の山が好きだ」 というテキストとは、情感としては共通しているが、論理的構造としては明らかに違う。

本来なら目的語になってこそしっくりくるはずの対象物が、なぜか主語になってしまう。それが、欧米語のコンセプトに馴染まないのだろう。懐かしさを感じるのはあくまでも 「自分」 なのに、その自分が主語にならないばかりでなく、表現の中のどこにも登場しないのだから、かなりの違和感になってしまうのかもしれない。

辞書によると、「懐かしい」 は 「懐く (なつく)」 という動詞の形容詞化したものだという。とすると、元々の発想は、「私は故郷の山に懐いている」 ということなのだろうが、この言い方では 「懐かしい」 という形容詞に込められた万感の思いが表現されない。「懐く」 が 「懐かしい」 に変化した時点で、言葉のニュアンスがものすごく豊かになってしまったのだ。

例えば、「あなたがいなくなると淋しい」 という場合、英語では "I miss you." と言う。直訳だと 「私はあなたを失う」 という甚だ即物的な言い方だが、英語のニュアンスだと、あなたと離ればなれになることによる喪失感のような、万感の思いが、"miss" という単語に込められる。

で、「懐かしい」 というような思いを表現する場合、"I" (私) を主語にして万感の思いを込めることが可能な、"miss" のような働きをしてくれる単語が、英語にはないのである。それで、英語では 「懐かしい」 と言えないのだと思う。

思えば、日本語というのはかなりミステリアスな言語である。「故郷の山が懐かしい」 なんていう、よく考えてみると摩訶不思議な構造のセンテンスを、なんの疑いもなく受け入れてしまうのだから。

そして言葉の構造がミステリアスだということは、日本人の自我というものの構造もかなりミステリアスなのだということにつながるだろう。これは決して悲しむべきことではなく、ポストモダニズムの飛躍のキーになるほどの重要なことだとまで、私は思っている。

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2009/12/06

『唯一郎句集』 レビュー #85

12月最初の日曜日。今年の日曜日は、あと 3回しかない。「3回もある」 と思うことができれば、余裕たっぷりなのだが。

さて、今回のレビューはたったの 2句である。前回が初秋の句で、今回もそのようだから、時系列的な連続性はあるもようだ。ただ、同じ年の秋という保証はない。

さて、さっそくレビューに突入する。

秋口のくらしよ砂利舟きしみ過ぎる

これは多分、家の中にいて作った句だ。時分は宵。電球がついて、部屋の隅のほの暗さに、秋を感じる。

新井田川を行き来する砂利舟の砂利の重さに耐えかねてきしむ音が聞こえる。その音はゆっくりと通り過ぎる。そして次第に小さくなって消えていく。残るは、部屋の隅のほの暗さのみ。

むら肝冷ゆるに目の前鶏頭立ちて赤し

「むら肝」 は五臓六腑のこと。24回目のレビュー (参照) に

じつとして母の炊事の音聞いている我がむらぎもも病める如し

という句がある。また鶏頭も時々登場する。唯一郎得意のモチーフのようだ。

秋口の冷え冷えとした日、目の前には鶏頭の花が赤く立っている。内蔵を冷やしてしまったようで腹具合がよくない。腹の中に収まっている内蔵が、鶏頭の花の形と重なるような気もする。

今回はこれにて。

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2009/12/05

『唯一郎句集』 レビュー #84

あっという間の師走。このレビューを始めた当初は、年内か、そうでなくても来年の初め頃には完了できそうに思っていたが、とんでもない。来年の春まではかかりそうだ。

前回は雪の降る頃の句のレビューだったが、今回はもう晩夏から初秋の句である。この句集、所載の時系列は、はなはだ怪しい。

まあ、そんなことを言っていても仕方がないから、さっそくレビューである。

わづかに灯のとどき秋めくを石のすはり

庭の片隅、家の中の灯りがわずかにそこまで届く薄暗がり。そこに庭石がある。夏の間は座りが悪く感じたが、妙に静まってみえるのは、秋めいてきているからだろうか。

家族の誰も気付かない、心の半分は家の中に収まりきれない唯一郎独特の感性。

母唐きびをやくにそれをじつとまつている

母が唐きび (とうもろこし) 焼いている傍らで、焼き上がるのをじっと待っている唯一郎。

半分は子どものような感覚。もう半分は、老い行く母の後ろ姿を見守りたい大人の感覚。

フアッシヨのともたち青萱原の風吹くに没す

イタリアでファシスト党が結成されたのは 1921年、大正 10年だから、大正末期から昭和初期の日本ではもう、「ファッショ」 という言葉はお馴染みだったのだろう。

「ファッショのともたち」 とは、この全体主義かぶれの友人達のことを指しているのだろうが、唯一郎にはファッショに対する共感があったようには思われない。どうも突き放した見方をしているようだ。

青い萱原が風に揺れる。その中に彼らは消えて行く。そこに唯一郎はそこに何を見ていたのか。

本日はこれにて

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2009/12/04

「辺野古」 を巡る冒険

米軍普天間飛行場移設問題で、「辺野古」 という地名が大いに有名になってしまった。新聞などで活字になっている分にはいいが、ラジオやテレビのニュースだと、ちょっと困る。

女子アナがすました顔で 「へのこ」 なんて言うのを聞くと、私なんか純情だから (?)、ちょっとどぎまぎしてしまうのである。

とくに、昨日のニュースなんかで、「鳩山首相は官邸前で記者団の質問に答え、『ヘノコは生きている』 と語りました」 なんて、女子アナにしらっとした顔で言われると、どうしていいのかわからなくなってしまうのである。

落語の小咄に 「塀の子」 というのがある。商家の娘が庭で行水をしていると、塀の節穴からそれを覗く不心得者がいる。そいつはついにガマンできなくなって、自分のナニをその節穴に突っ込んでしまう。

庭で行水している娘はおぼこなので、急に塀から突き出されたものが何だかわからない。そこで世話をしてくれている女中に、あれは何かと聞く。聞かれた女中はあからさまには答えられないので、苦し紛れに、「お嬢様、あれはキノコでございます」 と言う。

「初めて見るキノコだわ、一体、何というキノコなの?」
「はい、普通は木から生えるので 『キノコ』 と申しますが、あれは塀から生える珍しいものですので、『ヘイノコ』 と申します」

というわけで 「へのこ」 にかけたオチなのであった。

愛知県小牧市の田縣 (たがた) 神社の豊年祭 (参照) は、通称 「ちんこ祭」 と呼ばれ、さらに極めると 「へのこ祭」 とも呼ばれる。まあ、「へのこ」 とはそう言う意味で使われたりすることもある名詞ということで。

ただ、沖縄の辺野古は辺野古で由緒ある地名なのだから、「辺野古」 の文脈では、余計な邪念は捨て去らなければならない。

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2009/12/03

自転車への思い入れ

郊外の街では、住宅街の外れや駅に向かう路地裏などに自転車が置き去りにされていることがある。いわゆる 「放置自転車」 ではなく、文字通り 「置き去り」 なのである。

一時的に自転車を置いてあるというのではない。何日も何週間も、雨ざらしで置き去りにされているのだ。

これらの多くは、持ち主に捨てられたというよりは、盗難にあった自転車のようなのである。何年か前、住宅地の端にある我が家の前の道にも、一台の自転車が何日も置き去りにされていた。まだそれほど古くなっていない自転車である。

どう見ても盗まれたのである。この辺に住む不心得な誰かが、駅前辺りで盗んで乗ってきて、自分の家の前に置くわけにいかないから、住宅地の端の我が家の前まで持ってきて、そのまま置き去りにしたに違いない。それで、警察に電話してみた。

「盗品と思われる自転車が、我が家の前に置き去りにしてあるんですが、引き取って持ち主を捜してもらえませんか?」
「それはできません」
「どうして?」
「盗難自転車じゃなくて、ただ単に、そこに置いてあるだけかも知れないので」
「いや、近所の誰のものでもなくて、そして、何日も置きっぱなしなんですよ」
「それでも、警察が持ち主に無断で持ってくることはできません」

その自転車には防犯ナンバーのプレートが付いているから、それで持ち主を捜してくれと言っても、受け付けてくれないのである。ひどい応対である。きっと面倒がっているのだろう。駅前の放置自転車は時々、有無を言わせず一気に撤去しちゃうくせに。

仕方がないので、私はその自転車を自分で近くの派出所に持ち込んだ。「拾得物」 として届け出れば、文句はあるまいと思ったのだ。案の定、警察は私の主張通り、拾得物として処理してくれた。せっかく持ち込んだものを元の場所に戻せとは、さすがに言いにくかったのだろう。

三日後に、一人の高校生からお礼の電話が入った。高校への通学に使っていた自転車が盗まれて悲嘆に暮れていたのだが、ようやく見つかって嬉しい、感謝するというのである。ほぉら、ちゃんと捜せば、すぐに持ち主が見つかるじゃないか。

高校生ぐらいの年頃の子にとって、自転車は命の次 (いや、さすがに次の次の次ぐらいかな) に大切なものである。私も中学時代に買ってもらった自転車を、高校卒業まで大事に乗った。いや、卒業後も帰郷するたびに乗りまくった。そしてある年の春、自転車を盗まれて途方に暮れていた後輩に譲ってやったので、それからさらに活躍しただろう。

近頃は安物の自転車が消耗品扱いで流通しているようだが、私は今も、自分専用のちゃんとした自転車が 1台あってもいいなと思っている。

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2009/12/02

大河ドラマの演出手法

3年前に、NHK の朝の連ドラを見るのが苦手だと書いた (参照)。あの、いかにも連ドラらしい演出が、異様に感じられてしょうがない。

虚空を見つめて不器用な長ぜりふをしゃべる主人公の背後で、下手な脇役たちが身の置き場に困りながら凍り付いているのが、見ていて不憫に思えて仕方がない。

サザエさんのアニメを見ていると、セリフをしゃべる人物が口を機械的にパクパクさせている間、他の人物は不自然に凍り付いている。余計な動きを描かないというのは、作画上のコスト削減策なのだろう。あれと同じことが朝の連ドラにもある。

アニメの場合は単なる絵だから、凍り付いている登場人物が身の置き場に困ったりすることはない。しかし朝の連ドラの場合は、生身の人間が演出的に凍り付くことを強要されるので、その身の置き所のなさをひしひしと感じてしまうのである。かといって、もっと自然に振る舞ってしまうと民放ドラマっぽくなるから、避けているのかもしれない。

実を言うと、私が NHK ドラマで苦手なのは、朝の連ドラだけではない。NHK には申し訳ないが、大河ドラマの方も苦手なのだ。やっぱり、あのいかにも大河ドラマっぽい演出手法が苦手なのである。

率直に言わせてもらうと、大河ドラマの出演者の演技は、8割が単なる 「ストーリーの説明」 に過ぎない。演技に名を借りた説明である。

同じ説明をするなら、歌舞伎の並び腰元が、渡りぜりふで前段までのストーリーを要領よく説明してくれる方が、ずっと違和感がない。あれなら 「お約束の様式」 と割り切れるから、単に説明として見ていられるのである。ところが大河ドラマの場合は、一応リアリズム的な演技の隠れ蓑をかぶっているから始末が悪い。

リアリズムとお約束が微妙に喧嘩してしまって、どうにも座りが悪いのである。

大河ドラマというのは、長編小説を 1時間一区切りの 1年間 (つまり 50数時間) でやっつけなければならない。見せ場以外の部分は、単なるストーリーの説明として平面的に流さなければならないのだろう。それはわかる。ただ私の感覚だと、その平面的な部分をもっともらしいリアリズムで見せられるのがたまらないのだ。

あれを見ている人の多くは、自分の理解している歴史的ストーリー解釈を、ドラマの中で確認しながら見ているのだろう。それなら、説明部分も 「うんうん」 ってな感じで味わっているのかもしれない。あの部分にユニークさのある演技を求めてはいけないのだろう。

しかし、私は 「並び腰元の渡りぜりふのようなもの」 と割り切ることが、どうしてもできないのである。細部にも 「血の通った人間」 をちらりちらりと見せてくれると、私も大河ドラマを見直してしまうんだろうけどなあ。

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2009/12/01

女性のエネルギーというもの

11月末は、仕事関連ではあるが、5人もの素晴らしい女性のお供をして、庄内の旅をしたのである。何という至福であろうか。

あのアルケッチャーノでのディナーも本当に喜んでいただき、私なんか和歌ログに、「年内はもう、粗末な食事だけで十分というほど食べた」 (参照) なんて書いてしまった。

こう書いてしまってから私は、自分はおいしいものを食べるのが大好きではあるのだが、本当のグルメにはなれないのだなと思った。同行した女性たちは、おいしいものを食べることを心から喜び、感動し、そして 「もう年内は粗末な食事だけで十分」 なんてことは決して思われないみたいなのだ。

大阪人は贅沢をするとよく、「今晩はお茶漬けや」 なんてジョークを言うが、私なんか本気で 「年内はずっとお茶漬けでいい」 なんて思ってしまったのであった。グルメの修行が足りないのである。

これはもしかしたら、血筋なのかもしれない。私の母はおいしいものを食べるのが大好きで、去年の 5月に、豪勢な朝食をしっかりと完食してから (実際には、体が動かないので、市から派遣された介護サービスのおばさんに 1時間がかりで完食させてもらってから)、20分も経たないうちに、至福のうちにあの世に旅立った。

「食事が済まないうちは、あの世に行くに行けなかったんだね」 と、葬式が終わってから家族でしみじみと語り合ったほどである。

一方、父はと言えば、まるで英国人みたいなところがある。味には結構うるさいのだが、食べることそのものにはあまり興味がない。食べなきゃ死ぬから、面倒だが仕方なく食べている。父が味にうるさいのは、味を楽しむというよりは、せっかく我慢して食べるのだから、まずいのはかなわんというような気持ちみたいなのだ。

それで、ちゃんとしたディナーを食べるなんて、特別な日の 「ハレ」 の儀式であり、普段は死なないだけの栄養をさくさくっと摂れれば、それで十分と思っているフシがある。まあ、曹洞宗の坊主の倅だから、それはそれで尊いことなのかのかもしれない。お粥のほかには一汁一菜でさっさと済ますという美学だ。

私は両親から均等に食に対する姿勢を受け継いでしまっているが、なかなか自分の中でうまく混ざり合ってくれない。両極端なのである。おいしいものは大好きだが、時間をかけてしっかり食うなんていうのは、月に一度でいいと思っている。あとはお茶漬けさらさらか、盛りそばツルツルでも全然不足じゃない。

もちろん、お茶漬けも盛りそばも、まずいのは御免被りたくて、ちゃんとしたおいしいのを食べたいということに変わりはないのだが。

ちなみに今回の旅行では、食事だけでなく、往時の繁栄の面影残る割烹や廻船問屋など、酒田の旧跡をしっかりと見てあるき、東北に咲いた京文化に思いを馳せ、とてもハイブロウな観光を楽しんだのである。今回ご一緒した女性たちは、人生を楽しむエネルギーをしっかりとお持ちである。

実は、夕方に特急列車で酒田を発ち、新潟で新幹線に乗り換えるとき、私はもう、全然おなかが空かなくて駅弁を買う気になれなかった。ところが、私より小食のはずの女性たちが、しっかりとおいしそうな駅弁を買い求め、嬉しそうに召し上がるのである。

「負けたなぁ」 と思った。父も、母の最期を目の当たりにして 「負けたぁ!」 と思ったと言う。女性のエネルギーというのは、男を感動させるところがある。さすがに、原初は太陽だっただけのことはある。

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