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2009/12/17

経済と心

「衣食足りて礼節を知る」 という格言があるように、経済が豊かになれば、少なくとも人の心は安定して、モラルも向上するものと、私は単純に思っていた。

私の知る限り、世界中どこの街に行っても、景気がいいと安全だし、経済がガタガタだと、外を歩くのも危険になる。

1980年代、日本が日の出の勢いだった頃、米国経済は低迷していた。あの頃、ニューヨークの街はかなり危険で、ちょっとした暗がりなんかを歩くには、常にリスク回避の緊張感をもっていなければならなかった。何が起きても不思議じゃないという雰囲気があった。

ところが、リーマンショックが起きるまでかなり長期間の経済成長が続いた今世紀初頭には、あのニューヨークが信じられないほど安全な街になっていた。夜でものほほんと歩くことができるのである。確かに窃盗犯罪の発生件数は、景気にかなり左右されるらしい。景気が悪いと、セコいひったくりや強盗が増える。

そんなわけで私は、経済状況が悪いと、社会的モラルも低下しやすく、逆に景気がいいと、モラルは向上すると単純に信じていたのである。

だが、この私の単純素朴な信念も、近頃は結構揺らいでいる。「金持ち喧嘩せず」 という格言も、怪しいものなのである。このテーゼは、そもそもの前提から考え直さなければならないのだと思うようになった。

日本でもここまで景気が落ち込んでしまうと、コンビニやタクシーで強盗をはたらき、せいぜい数万円取って逃げるというセコい犯罪が目立つようになった。そんなわけで近頃、セキュリティが重要視されていて、セコムなんてかなり儲かっているらしい。

じゃあ、景気が拡大すればセコい犯罪は減るのか。その答えは、減ると言えば減るのだろうということだ。しかし、単に景気がいいから安全になったという環境は、景気が落ち込めばまたぞろ危険になる。しかし、ずっと素朴で清貧に近い暮らしをしているような地域では、貧しくても犯罪は起きにくい。

問題は 「格差」 なんだろうと思う。貧しいものが手を伸ばせば、他人の金がそこにあるという状況では、犯罪は生じやすいだろう。しかしいくら貧しくても、みんな似たり寄ったりの江戸の長屋みたいな状況だったら、ものを盗もうという気にはあまりならない。

そしてこの 「格差」 というものは、名目的には経済拡大が続いていた小泉政権時代に、決定的に目立つようになったというのが、今の論調である。「小さな政府」 で、よけいな規制を取り払い、自由な経済活動に任せるようにしたところ、全体の経済は成長したが、格差も拡大したというストーリーだ。

そして今、「友愛」 を旗印にした民主党政権である。税金の無駄遣いを抑えるために、「事業仕分け」 とやらをやる一方で、福祉を充実させるというかけ声で、ばらまきを行おうとしている。小さな政府で、大きな福祉をしようとしているように見える。見ようによって、矛盾にも正論にも見えるので、今のところは何とも言いようがない。

だが、今、決定的に言えるのは、自由な経済活動を推奨していた小泉政権のあの時代に、経済人に、いや、人間にもうちょっとモラルがあったら、今のような惨状にはならなかっただろうということだ。モラルがなかったから、バブルは日本でも米国でも発生し、崩壊したのではなかったか。

根本的なモラルは、経済が最高潮の時でもあまりまともには機能しなかったのである。経済がよくても機能しない程度のモラルでは、経済が悪くなったら悲惨なことになるというのは当然だ。だから本当の問題は、経済をどうするかではなく、心をどうするかなのだと、私は思っている。

人間には経済に規定されない自由な心というのもあるはずだというような青臭いことを、私はいい年した今でも信じている。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント

本論への影響は軽微だと思いますが少しだけ。

格差はじっくりと小泉政権よりかなり前から醸成されていたようです。政権も大切ですが、途上国が先進国になる過程の比較的楽な経済発展を終えてしまったことが、格差の原因として非常に重要です。

あと、バブルはその渦中の人が気づくことはできません。あまりにひどい事例もありますが、モラルがないと言うほどではない平凡でささやかな欲の積み重ねがバブルではないでしょうか?

投稿: fn.line | 2009/12/18 02:02

fn.line さん:

>格差はじっくりと小泉政権よりかなり前から醸成されていたようです。

実は、私もそう思います。
ただ、「小泉政権時代に、決定的に目立つようになったというのが、今の論調である」というのは、そのような論調が目立つということでして、「あれだけ熱狂的に指示したくせに、勝手なものだね」という感慨もあります。

>途上国が先進国になる過程の比較的楽な経済発展を終えてしまったことが、格差の原因として非常に重要です。

ものすごく極端なことを言ってしまうと、日本の低所得者層は、途上国の労働者とハンディキャップ・マッチをしてボコボコにやられてしまっているというカリカチュアとみることもできそうです。

>あと、バブルはその渦中の人が気づくことはできません。

う~ん、それはどうでしょうか。
あの日本のバブル崩壊の時でも、崩壊する前から 「バブル」 だとは言われていたと記憶します。
警鐘は相当に鳴らされていたと思います。

私なんか、政府の経済見通しが 「経済成長はやや鈍化しているが、依然継続中」 と言っていた頃から、「これ以上の投資はしちゃダメ」という報告書を上げて、上からは 「消極的すぎる、まだまだイケイケだ!」 と怒られてました。

それから間もなくバブルが実際に崩壊したので、「ほら見たことか」 と思いました。

>あまりにひどい事例もありますが、モラルがないと言うほどではない平凡でささやかな欲の積み重ねがバブルではないでしょうか?

過剰な欲を控えることが、モラルの第一歩だと、私は思ってます。
どこまでが 「ささやか」 で、どこからが 「過剰」 かは、判断の難しいところでありますが。

ただ、「ささやかな欲」 でも、積み重なると確実に 「過剰」 になります。

投稿: tak | 2009/12/18 16:23

的外れかもしれませんが、少しだけ。

私も格差や心が問題の一因だと思います。
しかし、現状ではこの格差は不可避なもののように考えられます。

素人の考えですが、
もっと問題なのは社会側だと思います。

格差が広がった現状を許容できない社会にも原因があると思うのです。

小さい政府を目指すなら、大きい社会で、競争から溢れたものを救う、セーフティネットや相互扶助が必要だと思います。

しかし、小泉政権下で進んだのは、小さい政府と小さい社会だったように思うのです。

格差程度でつまづくようになった、社会の包摂性の無さが、今のような惨状を生み出したと考えます。

投稿: 山姥 | 2009/12/23 21:50

山姥 さん:

>格差が広がった現状を許容できない社会にも原因があると思うのです。

鋭い指摘。

私自身は、格差が悪いとは決して思っていなくて、悪平等よりは格差社会の方がずっといいと思っています。

問題は、格差がつくという必然をきちんと消化できていない社会のありかたなのでしょうね。

>格差程度でつまづくようになった、社会の包摂性の無さが、今のような惨状を生み出したと考えます。

これもまさに、鋭い指摘です。
日本って、格差に慣れていないというか、取り扱い方を知らないというか、そんなところがあるんでしょうね。

投稿: tak | 2009/12/24 00:01

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