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2010/01/01

沢庵和尚と虎

恭賀新年。平成 22年、西暦 2010年である。早いもので、西暦も、ついに中程にゼロが 2つ並ばなくてもいい年になった。

今年は寅年。私より 2歳上の、団塊の世代の末尾の人たちが、寅年生まれである。とくにこの年は 「五黄 (ごう) の虎」 だから、この年に生まれた女性は気が強いとされる。

別に生まれた年によって気の強さが左右されるということはないと思うのだが、知り合いを見渡すと、確かに、「私は五黄の虎の生まれだから」 と吹聴する女性は気が強い。亭主を尻に敷く免罪符みたいに、生まれ年を都合よく使っている。ただし同じ年の生まれでも、そんな免罪符が必要ない人だっていくらでもいる。

Nyc10恒例の年賀状だが、今年はこんなのである (クリックで拡大表示される)。元ネタは素手で虎を手なづけてしまったという伝説をもつ沢庵和尚ゆかりの臨済宗大徳寺派の高僧、足立泰道和尚の描かれた掛軸を、不遜ながらアレンジさせてもらった。

禅画にはわけのわからんのがいっぱいあって、とくに目立つのが、単に ○ が描いてあるだけというものだ。単なる ○ に、禅の極意が表現されているらしい。その ○ を虎の尻尾に見立てさせていただいたわけである。

沢庵和尚が虎を手なづけたというのは、実話かどうか怪しいものなのだが、講談などの世界ではまことしやかに語り伝えられている。

ある日、将軍徳川家光に朝鮮から珍しい大きなトラが献上されたが、家光は将軍家武芸指南番で、天下無双の剣の達人、柳生但馬守宗矩を虎の檻に入れてみろと、超酔狂なことを言いだした。

ところが柳生宗矩も大したもので、「承知仕りました」 と、虎の檻の中に入り、刀を構えて虎に迫った。しばらくにらみ合いが続いたが、ついに、虎は宗矩の威厳に屈して視線をそらす。宗矩は静かに後退し、すばやく檻の外に出た。出たときの宗矩は、さすがに冷や汗びっしょりだったという。

ところが家光の酔狂には限度というものがない。今度は同席していた沢庵和尚に向かい、「どうじゃ、和尚もやってみないか」 と言う。和尚はこともあろうに、「お望みとあらば」 と、素手で虎の檻に入ったところ、虎は猫のように目を細め、喉を鳴らして甘えたというのである。

禅の世界では、柳生宗矩の姿勢は 「主客対立」 で、沢庵和尚の姿勢は 「主客融合」 であると称している。で、まあ、我々も対立よりは融合の方がおめでたいだろうということでいきたいものなのである。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント

takさん

まずは新年おめでとうございます。
また、今年も連投記録『無理せず』日々更新応援しております。

※無理せず、という時点で既に無茶振りですが。(苦笑)

さて;

>生まれた年によって

名前とか生まれ年で先天的に人物キャラクタが決まることは科学的見地では無いと断言しても支障は無いかと思いますが、後天的には充分ありですね。
干支についてはtakさん仰せの寅とか、丙午もそうですが、成長過程で周りから吹き込まれて当の本人が意識あるいは無意識に『刷り込まれる』事がありますね。
名前の場合は、例えば『勝』の字の入った方であれば「勝ちゃんは本当に強いよねぇ」なんて言われるうちに本人もその気になって・・・という次第ですか。だから女の子に勇ましい字は使わない方がいいんだよ、ということでしたが、妙に納得した覚えがあります。

>実話かどうか怪しい

真っ当に考えれば荒唐無稽ですが、そう世人に言わせしめるだけの『徳』が沢庵和尚にはあったとあらためて考えるべきなんでしょうね。

>家光の酔狂

そういえば、家光は隆慶一郎の小説ではこと武道(剣技)については(本来の意味ではなく下手の横好き的な意味合いで)『見巧者』と言われていた事も思い出しました。

家光の治世で江戸幕府の基礎が確立したのは史実ですが、それは家光本人の能力ではなく複数の幕臣任せであったという説もありまして。私も、やはり家光は決して名君ではなかったのではと思っている口なのですが。

>対立よりは融合の方が

付和雷同でない、自立を伴った融合に賛成!
takさんみたいな。←少々○○入ってます。(笑)

投稿: 貿易風 | 2010/01/01 02:16

貿易風 さん:

新年の初コメント、ありがとうございます。

>>生まれた年によって

>名前とか生まれ年で先天的に人物キャラクタが決まることは科学的見地では無いと断言しても支障は無いかと思いますが、後天的には充分ありですね。

そうでしょうね。
そうしたキャラクタの芽がある人物だと、そうなりやすいでしょうね。

>>実話かどうか怪しい
>そう世人に言わせしめるだけの『徳』が沢庵和尚にはあったとあらためて考えるべきなんでしょうね。

なにしろ、宮本武蔵を諭したってほどだから……なんて思いますが、実は武蔵と沢庵和尚のからみも、吉川英治の創作のようです。

(油断も隙もあったもんじゃない ^^;)

ただ、吉川英治がそう書きたくなるほどの人物だったんでしょうね。

>>家光の酔狂

「あんまり酔狂が過ぎると、春日局に言いつけちゃうぞ」 と言いたくなるほどですが、講談的解釈では、沢庵の人物を見抜いていて、柳生宗矩に、「上には上があるもの」 と悟らせるためにやったということもできるわけですけど、まあ、そこはそれ、講談ですから ^^;)

>私も、やはり家光は決して名君ではなかったのではと思っている口なのですが。

運がよかったということだけは、確実だと思います。

>付和雷同でない、自立を伴った融合に賛成!

韓国で失敗した 「太陽政策」 みたいなのとは別のことですね。

投稿: tak | 2010/01/01 11:38

あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします。

正月早々に
たのしい記事を読みました
ありがとうございました~~!

この○に、
トラの縞々模様を書き足したアイデアが、
際だっておもしろいですね!!
さすがです!!


投稿: 朱鷺子 | 2010/01/02 10:26

朱鷺子 さん:

おめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

>この○に、
>トラの縞々模様を書き足したアイデアが、
>際だっておもしろいですね!!。

そうそう、それを誰かに褒めていただきかったのですよ (^o^)

自分で言うのもなんですが、なかなかの発想でしょ。

それに、ヘタウマ調の手書きタッチでシマシマを描くのが、それなりに大変だったんだから ^^;)

投稿: tak | 2010/01/02 17:43

うーん、お見事です。一筆書きの丸は某日本酒でときどき目にしますが、禅のシンボルだったんですね。黄色がまさに虎の黄色で、縞模様になるとホントに虎のシッポに見えます。恭賀新年の文字と色を合わせてあるところといい、掛け軸の地や模様の色とのバランスといい、完璧ですね。

国同士の関係は主客対立と主客融合のせめぎ合いかもしれませんね。でも、できることなら虎も和らぐ年になってほしいです。阪神ファンの人はいやがるかもしれませんけど(^^;

遅ればせながら新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

投稿: ぐすたふ | 2010/01/02 20:58

ぐすたふ さん:

あんまり褒めると、私 図に乗りますんで、ご注意ください ^^;)

投稿: tak | 2010/01/03 14:45

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