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2010年4月に作成された投稿

2010/04/30

親鸞上人と 『マンマ・ミーア!』

北海道での 3日目の仕事が段取り度外視で思いの外にすいすいと運び過ぎ、夜までかかると思っていたのが午後 2時過ぎには片づいてしまった。それで、札幌の北海道立近代美術館で開かれている本願寺展に行くことができた。

今日は雨が降って寒いので、美術館は混雑しなくて済んだ。人の頭ばかり眺める必要もなく、ゆったりとお宝を眺めることができた。やっぱり、天気の悪い日は美術館日和である。今月 16日に京都の国立近代博物館で長谷川等伯展を見たときもそうだった。普通は入場までに 1時間待ちしなければならない美術展を、すいすい見ることができた。

こういう時のために雨は降るのである。ハイホー!

で、本願寺展は、基本的にお西さん関連のお宝展だった。うちの宗旨はお東さんだが、同じ浄土真宗である。やはり結構感動的なものがあった。とくに、親鸞上人の真筆の 「観無量寿経註」 「阿弥陀経註」 (両方とも国宝) は、どえらく知的な達筆だ。親鸞は比叡山の優等生だったのだから、このくらい達筆で当たり前だが、それにしてもしびれた。

本願寺展を見終えてからホテルに帰り、今回の出張のまとめをしちゃおうと思ったのだが、ホテルのフロントが、「今日は有料ビデオが無料で見放題サービス」 だという。どんなプログラムがあるのかと思ってパンフレットをみたら、あまたのアダルト・ビデオのほかに、『マンマ・ミーア!』 がある。ブラボー! これ、見逃していたのだ。

で、『マンマ・ミーア!』 で仕事どころではなくなってしまったのである。メリル・ストリープはさすが、歌って踊って芝居のできる名女優だが、他のキャストはみんな歌、下手。だけども、そんなことどうでもいい。ABBA のヒット曲に乗って乗って乗りまくれば、どうでもいいのだ。だから、歌の場面でも吹き替えなしで恥ずかしげもなく、ガンガンいけるのだ。

これ、最高じゃないか。ものすごくハッピーになるミュージカルだ。詳しくは書かない。実際に見ることをおすすめしておく。

というわけで、これからちょっと仕事である。やれやれ。

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2010/04/29

"Empathy" の時代

近頃注目したいキーワードだと思っているのが "empathy" という言葉。英和辞書を引くと 「感情移入、人などへの共感」 と出てくる。似た言葉に "sympathy" があるが、これだと 「同情」 とか 「支援」 とかいうニュアンスが大きい。もっと言ってしまえば、同情や支援する自分という主体がある。

一方、"empathy" は、自分という主体をベースにするというより、「相手の身になる」 ということだ。自我にこだわらずに、相手の視点でものを見つつ、相手の立場に立って行動を起こすというニュアンスが大きいと思う。

「利己的な遺伝子」 という、実はあやふやな進化学上のテーゼが、これまでは一般社会で信じられてきた。通俗的な理解では、生物は各々が利己的であることによって生き残ってきたというのである。そして、競争原理は結局は人類の幸福に寄与するのだと思われてきた。

しかし、それは人間が長い間とらわれてきた迷妄ではなかったか。競争によって強くなるというのは、都市伝説のようなものではないか。実は、協調によってある程度強くなったからこそ、競争が可能になったのであり、競争によって発展するというのは、進歩の一段階に過ぎないのではないか。人類はそろそろ、次のステージに進むべきなのではないか。

"Empathy" の思想は、人類の次に進むべきステージのテーマを暗示する。人類は、本当はお互いに思いやりの行動を取ることによって、現代の危機的状況を脱することができるのではないか。

そして、思いやりの心というのは、人間だけでなく、生物が本来もっているものなので、無理に身に付けなくても、それを発揮することができるはずなのではないか。本当は相手の身になって思いやり的行動をすることが、本能的にも 「いい気持ち」 になれるのではないか。

それが偽善であるかのように思いこまれているのは、人間の行動様式があまりにも複雑化しすぎたために、empathy の発揮の仕方が錯綜してしまっているからではないか。

私は、日本人はグローバリズムというコンセプトのもとに展開される競争原理には、不向きなのではないかと思っている。日本人は、もっと別のコンセプトによるステージでこそ、その真価を発揮できるのではないか。そして、そのことによって人類に貢献することができそうな気がしている。

言論プラットフォーム 「アゴラ」 に、「神の見えざる両手 - 書評 - 共感の時代へ」 という記事がある。「共感の時代へ  動物行動学が教えてくれること」 というのは、Francs de Waal 著の "The Age of Empathy" の翻訳 (紀伊國屋書店・刊)。

私もまだ読んでいないので、さっき早速、Amazon で注文したばかり。

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2010/04/28

しながわ水族館というものがあるらしい

仕事で札幌に来ている。昼頃の ANA で羽田を発ち、2時前に新千歳空港に着いた。JR の快速電車で札幌に着いたのが 3時半頃。速いものである。うちの田舎に行くよりずっと便利だ。

ANA の機内誌で 『翼の王国』 というのがある。ずいぶん大げさな誌名で、ちょっとひるんでしまうのだが、内容はなかなかおもしろくて、私は ANA に乗るたびに楽しみに読んでいる。金を出して購読しようとまでは思わないが。

で、今月号には しながわ水族館 が特集されている。「へぇ、品川に水族館があったのか」 と驚いたが、実際は京浜急行線の大森海岸駅が最寄り駅だと言うから、大田区にある。東京ディズニーランドが千葉県にあるようなものだ。

それでも、周辺の景観も、なんとなくお江戸の時代の品川宿を出て東海道を歩くと、こんな感じだったのではないかと思わせるようないい雰囲気なのだそうだ。一度行ってみたいものである。

で、今回は時間もないので、しながわ水族館の宣伝をしようというのではない。『翼の王国』 に載った記事の見出しに、ちょっと吹いてしまったので、それを紹介したいと思っただけだ。

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「鮫が板に付いちゃったら、かまぼこじゃん」 と思ってしまっただけのことである。出張先で時間に追われているため、今日はこれにて失礼。

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2010/04/27

湯田川を巡る冒険

理太夫さんという方がいらして、その方が、Twitter で "子供の頃に憧れたもの。「入浴剤」" と tweet しておられる (参照)。どうしてそんなものにあこがれたのかというと、次の tweet で種明かしされる。

かけ流しの温泉で育ったから経験ないんですよ。なので、色付の入浴剤を入れてみたかったの(ノ∀`) (参照

というわけなのである。理太夫さんは、山形県は庄内の湯田川温泉の老舗、理太夫旅館の若女将。かけ流しの温泉が当たり前なので、入浴剤なんて使ったことないらしい。しかし、なんという 「ささやかな贅沢」 だろうか。いや、「ささやかな贅沢」 にもほどがあると、つい言いたくなってしまうではないか。

理太夫さんは、「生まれも育ちも庄内弁」 というブログももっておいでで、いつもなかなか味わい深いことを書いてくださっている。

ところでもうすぐ 5月だが、5月の湯田川といえば、湯田川孟宗である。これは孟宗竹の竹の子なのだが、とにかくぶっとい。ぶっといけど、さくっと食べることができて、その独特の歯触りが絶品なのだ。粕汁に入れて食べると、幸せが感じられるほどうまい。誰に聞いても日本で一番おいしい竹の子だという。

私は 5月中旬に酒田に帰る予定があるから、この湯田川孟宗の粕汁を思いっきり食すつもりである。ふふふ。理太夫旅館で日帰り入浴なんてしてみたいけど、時間があるかなあ。

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2010/04/26

「思惑」 を巡る冒険

Twitter で kunishiro さんが "思惑という字を見ると、つい 「しわく」 と読んでしまう。正しくは 「おもわく」? 広辞苑には 「しわく」 という読みも載っているけど、これは仏教用語でしょうか" と tweet しておられる (参照) のに、つい反応してしまった。

「思惑」 を 「しわく」 と読みたくなる気持ちはよくわかる。私だってついそう読みたくなってしまう。ただし、フツーは 「おもわく」 である。そしてややこしいことに、辞書を引くと大抵、「しわく」 と読む 「思惑」 も載っている。一体どうなってるんだと思うところである。

かなり昔の学生時代、同じ 「思惑」 でも、「おもわく」 と読むのと 「しわく」 と読むのとでは、言葉の成り立ちが違うのだと教わった。「おもわく」 は漢字の熟語じゃなく大和言葉起源で、「しわく」 の方は仏教用語だというのである。「ふぅん」 と思っただけで、それっきりになっていたのだが、今回改めて確認してみた。

Goo 辞書をみると、確かに "「おもう」 のク語法から。「惑」 は当て字" とある (参照)。元々は 「思はく」 と表記して、「思うことには」 とか 「思うに」 とかいう意味から来ている。論語の 「子曰はく (しのたまはく)」 と同じようなものと思えばいい。確かに漢語ではなく大和言葉である。

いつの間にか 「思はく」 に音の同じ 「惑」 という字が当てられて、「思惑」 という熟語みたいな言葉ができてしまった。ところがこれでは重箱読みなので、つい 「しわく」 と読みたくなってしまう。しかし、「しわく」 と読んでしまうと意味が違うというのである。なんともややこしいことである。

じゃあ 「しわく」 と読む仏教用語の方の 「思惑」 は一体何なんだといえば、読んで字の如く 「思い惑う」 ことで、つまり 「煩悩」 と同じことだというのだ。うぅむ、こっちの方がわかりやすいといえばわかりやすいではないか。

で、改めて 「しわく」 と読む 「思惑」 を引いてみると、ずいぶん素っ気なく

〔仏〕 「修惑 (しゆわく)」 に同じ。

という説明しかない (参照)。おぉ、実は 「修惑」 というよりエライ言い方があったのか、知らなかった。それならばと 「修惑」 を引くと、次のようにある (参照)。

〔仏〕 修行によって打ち消すべき煩悩。また、人が生まれながらにもっている煩悩。思惑 (しわく)

なるほど、「修行によって打ち消すべき」 という意味合いがあるので、頭が 「修」 の字になるわけね。そんなの、説明されないとわからないけど。まあ、「しわく」 だろうが 「しゅわく」 だろうが、江戸っ子が言ったら同じに聞こえるだろうから、こだわらないでおこう。

というところまで来て、ふと思わく、人間の 「おもわく」 なんて大抵は 「煩悩」 にすぎないんだから、「おもわく」 だろうが 「しわく」 だろうが、突き詰めてしまえば大した違いはないんじゃかろうかという気がしてきた。

株なんかの 「思惑買い」 も、きっと 「煩悩買い」 に違いないのである。

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2010/04/25

『唯一郎句集』 レビュー まとめ

『唯一郎句集』 のレビューを本格的に始めたのは昨年の 1月 31日だったから、ほぼ 週 2回のペースで、15ヶ月近くかかって、歌集に載った全ての句の鑑賞をした。長いような短いような、不思議な期間だった。

唯一郎が亡くなったのは終戦直後の 昭和 20年、私の生まれる 7年も前のことである。だから私は唯一郎という俳人についてはほとんど何も知らない。ただ、小学校 3年のときに、1冊の自家発行の句集が我が家に届き、後に、その唯一郎という人は、私の実の祖父だと聞かされただけのことである。

小学校 3年の時にぱらぱらとページをめくった時には、ほとんど何も理解できなかったが、それでも、何か惹かれるものをずっと感じていた。その思いが、今頃になってようやくまとまった形になったわけだ。

この句集は多分、13回忌か何かの折りに、追悼句集を出そうという話が遺族の間でまとまり、3年ぐらいの期間をかけて、あちこちに散逸した作品をかき集めたのだろう。なにしろ唯一郎は句帳をもたない人で、全ての作品は 「作り捨て」 という主義の人だったから、集めるにも苦労したと思う。

だから、句集の中身も一応、年代に沿ってはいるようにみえるが、よく見ると飛び飛びになったり順番が前後したりしているとしか思えないところが多々ある。それにしても、もう少し解説的な部分があってもいいような気もするが、「唯一郎研究」 なんてしている人は一人もいなかったから、誰もそんなものは書けなかっただろう。

唯一郎の俳句は作り捨てだったが、この句集も、発行されたはされたが、だからといってそれをよく吟味して読んだ人なんて、ほとんどいなかったのではないかと思う。だが、句集まで作り捨てになるのでは、いかにも惜しい。

というわけで、多分、私のブログが唯一の 「唯一郎研究」 みたいなものだ。それにしても、死後 60年以上経ってからのことで、当時を知る人もいなくなってしまったから、「研究」 というレベルまでは行かず、ただ作品のレビューになっただけのことである。それでも、少しは供養になったかもしれない。

唯一郎という俳人は、山頭火のように放浪するでもなく、専門的に文芸の道を進んだわけでもなく、晩年に到るまで平凡な家庭人としての人生を歩んだ。それは父が早死にしたので、家業の印刷屋を継がなければならなかったからでもある。

元々俳句を男子一生の仕事にするつもりはなかったといわれているが、父が早死にしなかったら、もしかしたら東京に出て、文芸人としての道を歩んだかもしれない。そのあたりの心境は誰にもわからない。

ただ、残された俳句をレビューすると、心の奥底に 「今の自分の人生は、本来あるべきかたちとは違っているのではないか」 という思いがあったと思わせるような句がある。もっとも平凡な家庭人としての道を選んだのは唯一郎自身ではあったのだが。

というわけで、唯一郎の俳句は普通の市井人の日常を読み込んだものがほとんどである。その日常の中に、ぞくりとするような非日常的な要素を僅かに滑り込ませるのが、彼の手法だ。ただ最後にはあくまでも日常に帰る。

青年時代の研ぎ澄まされたような瑞々しい感性が、年を経るに従って段々と文人趣味に近いものに変わっていく。それは市井人としての道を選択した自身にとっての必然だったかもしれないが、その中にも最後まで日常と非日常との間に分裂した思いというのが垣間見られるように思う。

『唯一郎句集』 のレビューとそのまとめは、ひとまずこれでおしまい。

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2010/04/24

『唯一郎句集』 レビュー #123

おまけ第三弾で、ようやくすべての句のレビュー終了だ。というわけで、さっそくレビュー。

鶏肉屋の青い娘が鶏をくゝつて媚を投げる霙の中俺も淋しい男だ

このレビューの 59回目で 「鶏肉屋の青い娘が鶏を縊ってはみぞれの中で俺も淋しい」 という句をレビューしている。その推敲前の作がこれだろう。

ただ、これがどうして 「肉親への情愛」 の句なのか、わからないのが悲しい。

潜々泣けばひもじくなつて深夜の餅が俺の前でふくれてくれる

「潜々」 は 「ひそひそ」 と読むのか、それではおかしいから、あるいは 「さめざめ」 とでも読ませるのか。

「深夜の餅」 とは、あるいは妻のことか。

遠足の児等の一人が泣出す春の山々の光りしづもり

このレビューの 16回目に 「遠足の児等の一人が泣き出す春の山々の光しづもり」 という句がある。今回紹介する句とほとんど同じだ。

もしかしたら、この 「児等の一人」 とは、自分の息子のことを言ったのだろうか。

大将の死が経つて長男の足袋が色々の光り放つ

「大将」 とは父のことで、「長男」 はとりもなおさず自分自身のことだろう。父の死後、しばらくしてふと足許をみると、足袋生地が光を反射しているという。生地がすり減るほど、動き回っていたことに気が付くまでに、ある程度の時間が必要だった。

父への情愛を、こんな遠回しに表現する唯一郎。

とりあえず、これで 『唯一郎句集』 に載ったすべての句のレビュー、完了。1年以上にわたる長いお付き合い、感謝。

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2010/04/23

世の中のふとしたおもしろいモノ

近頃、iPhone の写真機能を結構重宝に利用している。私のもう一つのサイト 「和歌ログ」 の方は、一応和歌と写真をウリにしているので、解像度の高いコンデジを使うようにしているが、それでも、カメラを忘れて外出したときなどは、iPhone で写してしまうことがある。

和歌ログとか重要な写真以外の、例えば駅の時刻表とか、手書きメモの写しとか、紙ベースで配布された案内書や資料など、つまり 「メモ的にわかりさえすりゃいい」 というようなものは、どんどん iPhone で撮る。その方が、いつも持ち歩くデータに変換しやすいので助かる。

こんな習慣がついたので、最近はメモ以外でも、街を歩いていて 「へぇ」 と思うモノはパシャパシャ撮ってしまうようになった。今日はその中から 4点紹介しよう。

アキバのヨドバシカメラの怪しき親子連れ

私は仕事先が秋葉原にあるので、ヨドバシカメラでよく買い物する。最近、1階のケータイ売場に、柳の下がよく似合いそうな親子連れが登場した。母親の方の、のっぺらぼうながら鬼気迫る表情と、娘のスカートの異様な長さに注目。

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あまりにも薄気味悪いので、すぐに撤去されると踏んでいたが、なかなかしぶとく、いつまでも立ち続けている。このセンスでは、au が低迷するのも無理ないかななんて思ったりする。

「キラピカ通り」 ってのがあるらしい

これは東京駅八重洲南口の工事中通路にあった案内板。それにしても、「キラピカ通り」 って、すごいネーミングセンスだなあ。

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「スムース・ベン・デール」 に脱帽

ネーミングセンスで言えば、こちらには脱帽だ。小林製薬の上を行くかも知れない。

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茨城空港のおみやげが、「桜田門外の変」

妻の友人が何かのついでに、話のタネにと、かの有名な (?) 茨城空港に寄ってみたらしい。たまたま、1日 1便の韓国行きが離陸したばかりのタイミングで、そのたった 1機の飛行機を、大勢の茨城人が見送っていたという。飛行機の中は茨城弁オンリーかと思うと、なかなかの風情だ。

写真は、茨城空港土産の 「桜田門外の変」 というお菓子。亀印製菓の商品。なんでパッケージが萌え絵なのかというと、亀印製菓はコミケとコラボして商品開発しているらしい (参照)。

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(4枚目は自宅で撮ったので、コンデジを使っている。それで他の 3枚より画質がいい)

とまあ、世の中には 「ふとしたおもしろいモノ」 が結構あるということだ。

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2010/04/22

参院選が来るらしいけど

何月何日になるのかは知らないが、今夏に行われることだけははっきりしている参院選挙。民主党の小沢幹事長は、2人区には複数候補を立てるなどとやたら強気だが、こんな状況では単独過半数を確保するなんて、無理なんじゃなかろうか。

連立政権の内部はおろか、民主党の中もかなりバラバラで、「おいおい、大丈夫かよ」 と言いたくなる。

最近発表された高速道路の新料金体系にしても、小沢さんが 「これじゃダメだ!」 と言った途端に、小沢さんの言うことならなんでも聞いちゃう鳩山首相が、さっさく 「見直しを行う」 と言い出した。ところが当事者の前原国交相は、「現段階では見直しは行わない」 と延べたという (参照)。

前原さんとしては、そりゃあ、仲の悪い小沢さんに一言イチャモンをつけられたぐらいのことで、「済みません、見直します」 というわけにはいかない。その気持ちはよくわかる。ただ、こんなことやってたんでは 「民主党、ダメじゃん!」 と言わざるを得ないではないか。時間が経つにつれて、どんどんボロが出始めた。

ところが、一方の自民党は自民党で内部崩壊状態である。これまでまとまっていたのは、「政権党のうまみ」 という要素に群がっていただけというのが、バレバレになってしまった。それを失った途端に、求心力がこんなにもなくなるなんて、現金なものである。

新党がボロボロ誕生して、小選挙区制による二大政党システムなんてのは、どこの国の話だかわからなくなってしまった。アングロサクソン的に白黒はっきり付ける二大政党制というのは、やっぱり日本には向かないんだろうか。

それにしても、この小選挙区制のもとで小さな新党がいくらがんばったところで、まともな勢力を確保できるわけがない。小さな組の親分ばっかり増えて、いろいろ好き勝手なことをいうようになる。今の連立政権だけでもそうした傾向があるのに、考えるだにうっとうしいことになりそうだ。

というわけで、日本の政治は今後しばらく混乱状態のまま推移する。とことん混乱した挙げ句、「これじゃ、ダメだ」 と気付いてまとまってくるのは、一体何年先になるんだろう。なにしろ、政界というのはいろいろな要素が錯綜してとぐろを巻いているので、サクサク動くことのできない世界である。すぐには無理に決まっている。

下手に期待せずに、こちらはこちらで淡々とやっていくしかない。あとは、政府が日本にとって致命的なドジを踏みさえしなければいい。とはいえ、今はその寸前みたいな段階で、アブナくてしょうがないので、取り敢えず、参院選では民主党にボロ負けしてもらい、鳩山さんが引責辞任ということになってくれるのを待とう。

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2010/04/21

「いいモノがわかる」 ということ

自動車関係の仕事をしておられる hirose 525 さんという方が、Twitter で 「なんかの本に書いてありました。いい車の良さは乗ったことのある人じゃないと分からない。その通りだと思います。スポーツカーの良さはスポーツカーに乗ったこと無いと...」 と tweet されている。(参照

この tweet を知ったのは、私がフォローしている人が同感の意を込めて retweet されているからで、なるほど、確かにおっしゃられる意味はよくわかる。私も同感したい。しかしへそ曲がりな私は、"だが、わからない人はわからないと思う。「それがどうした感覚」ってあるから" なんて、余計な返信をしてしまった。

で、その後にさらに、"わかろうとして、乗ろうと思った時点で、実はもう半分以上わかってるんじゃないかと思ったりして" と tweet した時点で、「いいモノがわかる」 って、どういうことだろうと、いろいろ思いを巡らせてしまった。

「いいモノを知るには、ちゃんとそれに接していなければならない」 というのは、経験則から言って本当である。いい絵をわかるには、普段からいい絵に接しなければならない。おいしいモノがわかるには、おいしいモノを食べなければならない。いい音楽がわかるには、いい音楽を聴かなければならない。

しかし、いい絵を見れば、おいしいモノを食べれば、いい音楽を聴けば、全員がいい絵がわかり、おいしいモノがわかり、いい音楽がわかるかといえば、そういうわけではない。多くの人は、「それがどうした」 で済んでしまったりする。だから、いい車に乗りさえすれば車の良さがわかるというわけでもない。

私の余計な tweet に対して、hirohashy さんは、「理解したいなという前提は必要ですね」 と返信してくれた。さらにご本人の hirose 525 さんが、「価値観の違いはあるけど努力すれば好きになることもあるかも」 と返信してくれている。まあ、私としては 「好きなことなら努力するけど、好きになるために努力するのはちょっとなあ」 という気もするが。

いいモノがわかるためには、いいモノをわかろうとしなければならない。心の準備が大切だ。その心の準備は、やっぱり 「好きずき」 という要素にかなり左右されるだろう。そして、いいモノをわかろうとしてきちんと接しようとした時点で、そのよさの半分以上はわかってしまっているというのは、言えている気がする。あとは、確認作業が残るだけだ。

そもそも、いいモノがわかるには、ある意味、元々わかっていなければならないのである。例えば審美眼というのは、自分の中にある 「美のイメージの投影」 だ。美のイメージの貧困な人は審美眼も貧しいのである。

だから、「スポーツカーのよさ」 というものにシンパシーのない人は、いくらスポーツカーを乗り回しても、単に 「運転しにくい車」 で終わってしまいかねない。

変な喩えだが、イタリア製の最高級のウール地を使った、最高級の仕立てのスーツを着るとする。確かに体に自然に沿って、体を動かしても心地よい。なるほど、「いいモノはいい」 と思われる瞬間である。

しかし、私なんかそれでも、「ああ、こんな服を着てたら、汚したり、何かにひっかけて鉤裂きにしたりしないように、気が休まらないなあ」 なんて思ってしまうのである。それなら、ゴワゴワのチノパンに、どうでもいいカジュアルなジャケットを着ている方がずっと気が楽だ。

これが、私のいう 「それがどうした感覚」 である。「確かにいいモノなんだろうけど、別に ……」 という思いだ。同じ経験をしても、シンパシーがないと感動しないのだ。シンパシーを醸造するには、それなりのプロセスが必要なのだろう。

だが時には、何の心の準備もなしに、たまたま触れたモノに、まるで天啓のように 「がぁん!」 と感動してしまうこともある。そして、その後の人生が決定づけられたりしてしまうなんていうこともある。

そういうことがあるから、人生はおもしろいのである。

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2010/04/20

上海万博 PR ソング騒動から透けて見えること

上海万博の PR ソングが、日本の岡本真夜の曲のパクリじゃないかと大騒ぎになっているというので、昨日、遅ればせながら YouTube で聞き比べてみたら、こりゃ、いくらなんでもパクリじゃないと言い張るのは不可能というレベルのものだとわかった。おなじパクるのでも、もう少し上手なやり方があっただろうに。

で、こりゃ、中国人の作曲者 (名前忘れたが、調べるほどの価値もないので調べない) は、大変なことになるなと思っていたら、現実はそれを遙かに上回り、なんと岡本真夜の原曲を、中国側が PR ソングとして使いたいと申し出て、彼女はそれを快く承諾したというニュースが流れた。

なんともはや、エイプリル・フールのずっと上を行く展開となったわけだ。

ただ、このニュースだけではしかとはわからないのが、中国としては、原曲とされる 「そのままの君でいて」 を、まさにそのままの形で使うのか、それとも、これまで散々流されてきた PR ソングの作曲者のクレジットを岡本真夜に差し替えることで済ませるのかということだ。

原曲をそのまま使ったのでは、ほとんど意味がないので、多分、作曲者のクレジットを差し替えるということで、要するに 「あなたの曲を使わせていただいてますので、よろしく」 という、はなはだ勝手な事後承諾ということになるのだろうと思う。

そうなると、岡本真夜としては、「確かに私の曲なんだけど、部分的にはかなり変てこにアレンジされちゃってるわねえ。でも、ま、いっか」 てなことで、あとは大きな問題にはしないということになるのだろう。まあ、大人の対応というものだ。

問題は、楽曲使用料をいくらもらうのかということだ。私としては、結構ふっかけてもいいと思うが、まあ、莫大な宣伝効果もあるから、あまりアコギなことは言わない方がいいだろう。後々のためにも、貸しを作っておく方がいい。

で、私としては、こんなことよりももっと重大なポイントだと指摘したいのは、今回のパクリ問題が、中国内のネット上の指摘から発覚したということだ。

岡本真夜の曲が、ある程度のヒット曲だったとはいえ、申し訳ないけど、私はそんな歌、知らなかった。ところが、知る人ぞ知るというレベルの日本の曲を聞いて、一発でわかるほどの層が、中国のネット・ユーザーの中には存在するのだね。これって、ちょっとすごいな。

中国という国はオフィシャルには反日的なそぶりを見せてはいるものの、実は日本の曲がずいぶんポピュラーみたいで、本音を言えば 「日本大好き」 みたいな底流があるようなのだ。日本の団塊の世代が、「打倒米帝!」 なんて、反米を叫びながら、実はロックンロール大好きだったようなものかもしれない。

それからもう一つ、このパクリ作曲家は、中国では著名な人らしいが、改めて検証してみれば、この人の過去の作曲もパクリだらけだったということになる可能性が大きいと、私はみている。多分、昨日や今日に始まったことじゃない。ゴキブリが 1匹いたら、100匹いるのだ。

【4月 21日 追記】

ほうら、やっぱりね。(4/21 FNN ニュース: 「上海万博 開幕に向け最終的な準備 PR曲作曲家の過去の作品にも盗作疑惑浮上」)

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2010/04/19

"winmail.dat" で戸惑う人が増えているみたいなのだ

近頃、私のブログに 「winmail.dat 開き方」 というキーワードで検索して飛んでくるアクセスがやたらと多い。試しにこのキーワードでググって見たら、私が 1年半前に書いた 「"winmail.dat" の一番簡単な開き方」 という記事がトップにランクされているのだった (参照) 。びっくりである。

「花散らし」 というキーワードでも私の記事がトップだった (参照) のに驚いたが、近頃の "Today's Crack"、まんざら捨てたもんでもないようだ。

前置きはこのくらいにして、本題に入るが、"winmail.dat" という添付ファイルのくっついたメールに悩まされる人が、近頃ますます増えていると思われるのである。

これは件の記事で書いたとおり、Outlook 2003 または 2007 をメーラーとして使っている相手からもらった添付ファイル付きメールに発生する問題である。最近は Office 2003 と 2007 を使う人が増えて、そのせいで、メーラーにこのバージョンの Outlook を使う人も増えてしまっているようなのだ。

Windows XP までは、"Outlook Express" という簡易メーラー (性能は、「簡易」 そのものだった) が、Internet Explorer に附属する形で提供されていて、それをメーラーとして使う人が多かった。ところが、Vista 以後はそれがなくなり、代わりに "Windows Mail" というメーラーがデフォルトでくっついてくるようになった。

とはいえ、Windows Mail は、Outlook Express ほどには表に現れない。探さないと見つからないのである。だから、それまで Outlook Express に馴染んでいた人の多くは、なんだかよくわからないうちに "Outlook" の方を使うことになってしまっているようなのである。

で、この "Outlook" で添付ファイルを送信すると、相手が他のメーラーを使っている場合には、"winmail.dat" というわけのわからないファイルとして受け取られてしまい、開きようがないという状況に陥ってしまうのだ。まったくもう、Microsoft は罪深いなあ。わざわざ方言をデフォルトにしてしまっている。

この "winmail.dat" を開くために、私としては、予め作っておいた Google Mail の自分のアカウントに転送するという方法をおすすめしているわけなのだ。こうすると、なぜだか知らないが、あんなに手こずっていたわけのわからない添付ファイルが、呆気なく開かれてしまうのである。

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2010/04/18

『唯一郎句集』 レビュー #122

おまけの第二弾である。伊藤後槻氏が 「唯一郎が肉親に注いだ真実の情を表わす句」 として紹介している 11句のうちの 3句なのだが、これがどうして 「肉j親に注いだ真実の情」 を表すのか、甚だわかりにくい。判じ物みたいである。

藤棚葵となつておろかしく或る夜の俺をつゝいたりして

これはなんとなく想像がつく。藤棚というのは妻を表していて、「葵となつて」 は、源氏物語の葵の上に喩えて、夫の情愛を求めたのだということだろう。

光源氏は葵の上にはなかなかつれない態度をとっていたのだが、唯一郎もそんな感じだったのだろうか。

神馬を叱つた若者の驕りが何やら淋しいものを見つけたのか

「神馬を叱った」 というのが、何のメタファーだからわからない。飛騨の伝説に、左甚五郎の彫った神馬が、畑の作物を食い荒らすので、甚五郎がその馬の目をくりぬいたというのがあるが、それと関係があるのだろうか。

「若者の驕り」 の 「若者」 が誰を指すのかもわからない。これは、降参だ。

一ツ一ツ虚偽が割れるので皿の雷魚に拍手する

昔、私も雷魚を食った覚えがある。案外おいしい。しかし、皿に載った雷魚に拍手するのと、虚偽が割れるということの関係がわからない。

これも降参。

こんな難解なのが、本文になくてよかった。

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2010/04/17

『唯一郎句集』 レビュー #121

18日をもって、『唯一郎句集』 所載の全ての句をレビューし終わったのだが、実は、まだおまけがあった。「唯一郎を憶ふ」 というタイトルの後書きを寄稿してくれている伊藤後槻氏が、唯一郎が肉親に注いだ真実の情を表わす句として、11句を紹介してくれているのである。

その 11句は、既にレビューし終えたものと同じ句もあるが、本文に所載されていないものもある。だから、それらをレビューし終えない限りは、完全にレビューしたとは言えないようなのだ。

何度も書いたが、なにしろ唯一郎は句帳をもたない人だったので、句は作り捨てである。だからこの 『唯一郎句集』 の編纂にあたっては、あちこちに散らばった句をかき集めるのに、かなり苦労した後が偲ばれる。ようやく編纂し終えたと思ったら、ひょんなところからこうして新しい句が現われる。

後槻氏の寄稿が届いた頃には、本文の編纂は終わっていただろうから、付け加えるわけにいかなかったようだ。ちょっとしたドタバタがうかがわれる。

というわけで、おまけの初回は、初期の 4句をレビューする。

父よけふも怒る声せり夜の蔦赤ければ何故頭を垂れ給ふや

唯一郎の父 (つまり、私の曾祖父) は、なかなかに豪放な人だったらしい。その息子が文学青年というのもおもしろいが。

父の怒る声のする夜、蔦の葉が赤く染まっている。父のいる部屋をのぞくと、父はなぜか頭を垂れている。映画のような情景。

母を泣かせじとこの春の鯉幟かつぎあげたり

このレビューの #17 で、「母を泣かせじとこの春は身丈の鯉幟をかつぎあげ」 という句を紹介した。ほとんど同じだが、多分、句集に載った句の方が推敲の結果なのだと思う。

「この春の」 の方が趣がある。

弟重患の暁のランプよどの梅の実もしとど濡れたり

同じく #17 で紹介した句とほとんど同じ。句集に載ったのは、「梅の実も」 の 「も」 が省かれている。なるほど、「も」 はない方が切れ味がいい。

「句は作り捨て」 と言いつつも、しっかりと推敲もしているところがおもしろい。

猿廻し妻と並んで見下ろしてる残照が尊く引締まつて行く

レビューの #34 に 「老骨の猿曳きがこの國の冬山へ唄ひかけてゆく」 というのがあるが、この時はまだ唯一郎は独身だったので、この句は後の作だろう。

それでも、やはり残照が山を照らす光景で、前の句と共通点がある。酒田では夕日は日本海に沈むから、山が西から照らされる。その光景と猿回しの対照がおもしろい。

妻に対する情感をこのようにそこはかとなくつづった句は、唯一郎にしては珍しい。

これまでのレビューでも、唯一郎の家族思いには何度か触れたが、あまりあからさまな情愛は示さないまでも、心の奥は家庭的な人だったようだ。

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2010/04/16

長谷川等伯展を見る

今日はインテックス大阪で開かれている 「バリアフリー展」 を視察するために、早朝に東京を発ち、昼前に大阪に着いた。朝の東京も寒かったが、大阪も冷たい雨。晴れ男の私が出張先で雨に降られるのは、本当に珍しい。

4時前頃まで会場にいてたっぷりと情報を仕込み、6時前に京都のホテルにチェックインした。京都に着いたときに、Twitter で 「そうだ、京都なう」 と、一言 tweet したら、大阪の Jizi_t さんから貴重な返信があった。"国立博物館の「長谷川等伯展」8時まで時間延長してますよ。今日は寒いし、昼間もいつもより人少なかったようです" とある (参照)。

むむ、これはすごい。長谷川等伯展をやっているのは知っていたが、どうせ明日は土曜日でめちゃくちゃに混雑して、行っても人の頭しか見られないだろうと、諦めていたのである。それなのになんと、今日の 8時までやっているというのだ。さらにありがたいことに、雨と寒さのおかげで空いているというのである。これは行かない手はないではないか。

ホテルに荷物を置いて、さっそくタクシーを拾う。運転手さんは 「お客さん、国立博物館は、6時まででっせ」 と言うが、「いやいや、8時までやってるって情報が入ったから、頼んます」 と急いでもらい、会場に着いたのが 6時半。うれしや、まだ 1時間半ある。

こんなに息せき切って飛び込んだ割には、実は私は長谷川等伯という画家をしっかりとは理解していなかったのである。私はどちらかといえば (いわなくても)、音楽と文芸と演劇の人で、美術はちょっとうといのだ。だから長谷川等伯といえば、「金屏風だったり、墨絵だったり、イメージの定まらん人だなあ」 なんて思っていたのである。

ところが、今日、まとまったコレクションを見てわかった。私如きにとってイメージが定まらないのも道理なのである。狭いイメージに固定するには、長谷川等伯という人は、巨人過ぎるのだ。間口が広大なのである。

それはそれは、とんでもない人だったのだ。能登の田舎に生まれて仏絵師として出発し、京に上ってからは狩野派にも学んで画風を広げ、千利休など、当時の著名人との広範な交流を通じて地歩を確立していく。それで、あんなにも画風が広いのだ。その変遷は、まるでピカソみたいなところがある。

すごいものを一度に見せてもらったという気がする。これだけでも、京都に来た甲斐があったというものだ。晴れ男の私が、珍しく出張先で雨に降られたのは、長谷川等伯展をゆったりと見るための天の計らいだったのか。それを思うと、ありがたい、ありがたい。

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2010/04/15

「肉」 と 「天気」 と 「結果」

大阪人にとって、「肉」 と言ったらそれはとりもなおさず 「牛肉」 のことを言うのだと聞いた。ふぅん、私の生まれた庄内では、どっちかというと、「肉」 と言ったら 「豚肉」 のイメージなんだけどなあ。

大阪は神戸とか松坂とか、ブランド牛肉の産地に近いから、そうなってしまったんだろうか。一方、庄内にはかの有名なブランド豚肉の平田牧場があるから、豚肉がうまい。芋煮会でも、山形県の内陸では牛肉を使うらしい (米沢牛とかがあるからなあ) が、庄内では豚肉である。

関東では、豚肉の入ったまんじゅうのことを 「肉まん」 というが、関西ではこれを 「ぶたまん」 というらしい。関東と同じように 「肉まん」 と言ってしまったら、中に牛肉が入っていると誤解してしまうので、区別のためにあえてそう言うと聞いた。私は関西人のいう 「ぶたまん」 を何のことだろうと思っていたが、なんだ、単なる肉まんだったのか。

まあ、本来多様な意味のある単語をフツーに使った時には、ニュアンス的にある一定の意味を表すというのは、よくあることである。

日本語では、「天気」 と言ったら、フツーは 「いい天気」 のことを指す。「天気雨」 というのは、晴れているのに雨が降っている状態だ。「今日はお天気だねえ」 と言えば、「いいお天気だね」 ということである。日本人は、天気に関してはかなりオプティミスティックだ。

ところが、英国では "weather" と言えば、「悪天候」 のことを言うらしい。"Because of the weather" (天気のせいで) と言うだけで、待ち合わせに遅れたことの言い訳になるという。英国人は天気ではペシミスティックのようである。

「結果を出す」 という言い方がある。中高年の中には、「結果には、いい結果も悪い結果もあるのだから、その言い方はおかしい」 と難癖をつける人もいるが、この場合の 「結果」 は、「いい結果」 を指す。

「お天気だねえ」 と言うくせに、「結果を出す」 に難癖を付けるのは、勝手な気むずかしさということかもしれない。

どこで読んだのか、出典を忘れてしまったのが痛恨なのだが、日本で最初に 「結果を出す」 という言い方をしたのは、サッカーの三浦知良選手だと指摘している記事を、最近読んだ。(出典を知っている方は教えてください)

ポルトガル語で 「結果」 という単語は、「良い結果」 というニュアンスを含んでいるのだそうだ。ブラジルで選手生活を経験したカズは、それを日本語にもそのまま応用して 「結果を出す」 という言い方をし、それが瞬く間にスポーツ選手の間に広まったのだそうである。

ふぅむ、なるほどね。「結果」 がフツーは 「いい結果」 というのは、ラテン系のオプティミズムなんだろうなあ。

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2010/04/14

春から初夏にかけても、油断がならない

いつまでも桜が散らないと、ちっとも桜らしくなくて、ありがたみが薄れてしまう。東京の桜も、葉桜になりかけたまま、なかなか散りきってしまわないので、往年の美人女優がシワだらけの顔で久しぶりに登場したのを見るような、ちょっとわびしい気がしてしまう。

やはり、桜はぱっと咲いてぱっと散るのでないといけない。

それにしても、「三寒四温」 とはよく言うけれど、「一寒一温」 みたいなサイクルで、5度以上も気温が上がったり下がったり、忙しい春である。この傾向は冬の間から顕著だったが、いつまでも安定しない。

この冬は暖冬だったということだが、印象的には典型的な暖冬だったと思っている人は少ない。ぐっと寒くなったかと思うと急に春のような陽気になるという繰り返しで、わけがわからない冬だった。この冬の気温のように上下の差がありすぎる場合は、単純な平均値を出してみてもあまり意味がない。

だから、「平均気温が平年より高かったから、暖冬」 と言われても、確かにそうではあるんだろうけれど、「はい、そうですね」 とはなかなか言いにくい。いろいろと理屈をくっつけてみて、初めて 「まあ、それなら暖冬ということでもいいや」 と納得することになる。

このギャップの激しい天候の要因のキーワードは、「北極振動」 と 「エルニーニョ」 なんだそうだ。北極振動というのは、話せば長くなるので、Wikipedia を見て納得していただきたい。

この冬の天気のわけのわからなさは、2月 15日の記事で書いたように、

時々、北極からの寒気が連打を繰り出して攻め込んで来るが、それがちょっと打ち疲れを見せるとすぐに、エルニーニョが下からタックルを繰り出して押し戻 す。日本付近でそんな状況が続いているらしい。

ということだったようなのだ。北極からの寒波というのが、北極振動によるものである。厳冬要因の北極振動と暖冬要因のエルニーニョの異種格闘技戦が、この冬の天候のわけのわからなさの源だったのだ。

で、問題は、エルニーニョがそろそろ終わりになりそうだということなのだ。エルニーニョが終わってしまったら、北極振動はやりたい放題になる。連休を過ぎても、どんどん寒気を押し出してくるようになる。

そうなると、上空に寒気が入ってしまい、雷やら雹やら竜巻やらの、あまりありがたくない災害要因が増える。遅霜だの霧だのも油断がならない。今年の春から初夏にかけては、覚悟を決めておく方がいいようなのだ。

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2010/04/13

「四苦八苦」 ということ

「四苦八苦」 という言葉があるが、これは仏教から来ている。人間が娑婆に生きていく中で経験する 4つの基本的苦しみを 「四苦」 といい、それにさらに 4つの苦しみを加えて、「八苦」 という。合わせて 「四苦八苦」 というわけだ。

基本的な 「四苦」 は、かなり有名で 「生老病死」 という。ちなみに 「四苦八苦」 は Atok (Ver. 16) であっさりと変換できたが、「四苦」 と 「八苦」 に分解すると、もうだめだ。たった今、この 2つを単語登録したばかりである。さらに 「生老病死」 も 「しょうろうびょうし」 で変換できないので、これも単語登録した。

Atok はかなり難しい言葉でも変換できるものと信頼していたが、この程度のことも知らないようで、ちょっとがっかりである。それとも、普通はこんな単語に用がないほど、世の中は不信心になってきたのだろうか。

いやいや、話は Atok がテーマなのではない。「四苦八苦」 そのものを考察してみたいのだ。

ベーシックな 「四苦」 は、覚えやすい。「生老病死」、つまり、生まれて生きる苦しみ、老いる苦しみ、病を得る苦しみ、そして死ぬ苦しみの 4つである。字にしてもたったの 4文字だ。ところが、残る 4つはなかなか取っつきにくい。こんなのである。

  • 「愛別離苦 (あいべつりく)」 : 愛するものと別れる苦しみ
  • 「怨憎会苦 (おんぞうえく)」 : 怨み、憎むものと会う苦しみ
  • 「求不得苦 (ぐふとくく)」 : 求めるものが得られない苦しみ
  • 「五陰盛苦 (ごおんじょうく)」 : 五蘊(ごうん)に執着することから生じる苦しみ。

「五蘊」 というのは、諸存在を構成する物質的・精神的五つの要素、「色・受・想・行・識」 のことで、『般若心経』 では、これはみな 「空 (くう)」 であるという(さらに、それがまた 「色」 であるともいうのだが)。つまり 「五陰盛苦」 とは、娑婆のもろもろのことへの執着による苦しみで、まあ、これこそ 「四苦八苦」 の根源みたいなものである。

ちょっと注目してみたいのは、「怨憎会苦」 である。漢字で書くとなにやら難しすぎてピンと来ないが、実は今の世の中でもよくあることで、大きなストレスの元になっている。平たく言えば、「嫌いな奴としょっちゅう顔を突き合わせていなければならない苦しみ」 だ。人間のストレスの最大の要因は 「人間関係」 というぐらいだから、これは大変なことなのである。

どこに行ってもいい人にばかり巡り会えて、人に恵まれているというのは、よほど幸運な人である。現実にはそんな人は滅多にいない。大抵は、環境が変わるたびに、嫌でたまらない奴が必ず一人は出現する。その嫌な奴が、職場の直属の上司だったり、一つ屋根の下で暮らす姑だったりしたら、それはもう 「怨憎会苦」 の最たるものだ。

中には、せっかく好いて一緒になった結婚相手が、半年も経たないうちに 「怨憎会苦」 の根源になってしまったりする人もいる。よほどの因果である。

「怨憎会苦」 を含む四苦八苦から抜け出すために、仏教では 「四諦」 ということを説く。「苦諦」 「集諦」 「滅諦」 「道諦」 の 4つだ。

「苦諦」 というのは、娑婆というのはもとより 「四苦八苦」 に満ちているものだと知ることである。まさに 「諦める」 ことそのもののように思われる。仏教というのがこんな 「諦め」 を強いるものだったとしたら、全然 「救い」 にならないじゃないかと言いたくなるようなものだ。

しかし、大切なのはここから先なのである。「苦諦」 で、ちょっとした諦めの境地に達したら、そこから 「集諦」 に進む。これは結局、煩悩に執着すること、つまり迷妄が 「苦」 の原因だと知ることだ。つまり、煩悩に執着しなければ苦しまなくてもいいと気付くのである。

ここから先は、よくよく知ったところでなかなかそんな境地に達せられるものじゃないから、あっさりと触れる。「集諦」 の次にくる 「滅諦」 で、仏道を修行することにより、たとえ煩悩が多少残っていても苦を滅することができ、さらに 「道諦」 に至って、最高の悟りの境地である涅槃に住することができる。

まあ、最後の 2つはなかなか大変だから、置いとくとして、要するに、あまりいろんなことにこだわらない生き方をすれば、「四苦八苦」 の苦しみにそれほど追われることはないということのようなのだ。

こだわって苦しむより、のほほんとして苦しまない方がずっといいに決まっているのだが、なかなかそうもいかないというところが、「五陰盛苦」 なのである。

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2010/04/12

新党の行く末を暗示する画像

新党 「たちあがれ日本」 が、あちこちであまりにも散々な言われ方なので、少しは好意的な記事を書いてみたくなった。元々私は、平沼赳夫さんは嫌いじゃないのだ。与謝野馨さんは嫌いだけど。まあ、それで今回の新党に関しては、積極的に待望論的な書き方ができないでいることがストレスである。

さらにまた、石原慎太郎さんも、何度もブログで書いているように好きじゃないのである。私は近頃、政治家を単純に 「好き嫌い」 で区別するクセがついているようなのだ。他の分野では 「好き嫌い」 にプライオリティをもたせて表に出すのは愚かしいことだと思っているのだけれど、なぜか政治家だけは 「好き嫌い」 でものを言ってしまうのだよね。

それに、世の中はまさに複雑系の産物というわけで、私が嫌いでない平沼さんは、私が大っ嫌いな石原さんと仲がいいみたいだし、かなり一筋縄ではいかないようなひっからまり方をしているようなのである。

ここまでは全然好意的な記事になっていないので、ここからは無理に世の中の大勢に反発してみる。「立ち枯れ日本」 だの 「老人党」 だのと、単に参加者の平均年齢が高いというだけで揶揄されているのだが、70歳を少し越したばかりなんていうのは、まだまだそんなにじいさん扱いするような年ではない。

そのうち、日本の人口ピラミッドは、80歳代の人間の方が 20歳代の人間より多くなるのである。つまり、はっきりと 「じいさんばあさんの国」 になるのだ。いや、地方に行ったら既にじいさんばあさんばっかりである。ほとんどじいさんばあさんの国の国会議員なんだから、70歳を過ぎているというだけで、あんまり失礼な言い方をしない方がいい。

そのうち、言ってる自分たちだってじいさんばあさんになるんだから、もう少し年寄りに優しくなってもいいのである。これは、半分は本気である。若けりゃいいってもんじゃないのだ。

若けりゃいいってもんじゃないのに、石原さんは、「若い候補者を立てて参院選を戦う」 なんて言っている。あんたみたいなうっとうしいじいさんのところに、有望な若手が集まるものかと言いたくなってしまうのを、ぐっと抑える。(もう言ってしまったが)

それから、平沼さんと与謝野さんの政策理念が一致しないから新党は成り立たないなんていう批判があるが、この二人は、元々は自民党で一緒にやっていたのだ。自民党ならいろいろな人がいてもいいが、新党はダメというのは、単なる批判のための批判である。そんなことを言ったら、現政権なんて、民主党の内部だけでもバラバラだ。

政党なんていうのは、基本理念の多少の相違ぐらいは、立ち位置によっていくらでも吸収されてしまうのである。「たちあがれ日本」 は、今まさにそういう立ち位置にいるのだから、別にいいのだ。後になって調整するなり別れるなりすればいい。

とはいえ、この新党が本当に期待できるのかというと、なかなかそんな感じもしないというのが本音なのである。石原さんの寝言だけでも、どうか奥の方にしまっておいてもらえないものだろうか。

Cr100411

Twitter でも画像入りで tweet した (参照) が、この写真をみると、向って右側の二人、このポーズの意味を理解してない。とくに二人目の園田さんが、その場の演出意図を全然理解できてないので、目立ちたがりの石原さんの強引な手の差し出し方を誘引している。

新党の行く末を暗示するような、象徴的な写真である。「わがままなじいさんととぼけたじいさんの寄り集まりになっちゃったら、どうしようもないなあ」 と思ってしまう自分がいて、結局はちっとも好意的な記事にならないというのが、とても悲しい。

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2010/04/11

『唯一郎句集』 レビュー #120

今回が最終ページとなった。つまり、これで 『唯一郎句集』 のレビューは完了ということである。

「草薙吟行」 とあるが、「草薙」 は、最上峡にある温泉町。最上川舟下りの発着所にもなっている観光地である。

   草薙吟行三句

うつし身に瀧のひびきつつ人の声鳥の啼く

「瀧のひびきつつ」 とある 「瀧」 とは、白糸の滝のことだろう。街道から望むと最上川の対岸に、白糸のように落ちる滝が見える。

観光シーズンなのだろう。人の声と鳥の声が混じり合う。それでもやはり、滝の落ちるさらさらという音の方が響き勝っている。「うつし身」 というのが実感となる。

おほどかはなびらをくみ合わしたるからつゆ牡丹

春牡丹は 4~5月頃に花の時期となるが、草薙のあたりは寒いので梅雨頃に咲くのだろう。しかし、この年は空梅雨だったようだ。

大どかな花びらが組み合わせたように咲いている牡丹を、「からつゆ牡丹」 と言っているのが、ちょっとおちゃめだ。「唐獅子牡丹」 の洒落だろうか。

雲霧に立つこの山嶺の樹々一列にて

最上峡の辺りは、からりと晴れ上がることが少ない。山並みの上の方を覆うのは、雲なのか霧なのか、微妙な光景だ。

その雲霧に向って、木々が列をなしてのびている。

最終ページのレビュー、これまで。

本来なら最後にふさわしい言葉を添えるべきなのだが、ちょっとした事情があって、それは次回以後にさせていただく。

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2010/04/10

『唯一郎句集』 レビュー #119

さて、句集はあと 2ページである。さくさくとレビューしてみよう。今日のページは、「小砂川海濱にて三句」 とある。小砂川 (こさがわ) というのは、庄内浜をずっと北に行き、庄内砂丘のはずれ、つまり鳥海山の西の裾野が日本海に没するあたりで秋田県との県境を越えたところにある海辺の町である。

これといって何もないところだが、私は中学校時代、この小砂川の浜辺までテントを積んで自転車で出かけ、キャンプをしたことがある。

    小砂川海濱にて三句

山裾海に入りて岩となる秋の浪かおり

「山裾海に入りて岩となる」 というのは、この辺りの光景を知る人なら 「うん、まさにその通り」 と言いたくなるような表現だ。とはいえ、唯一郎の言葉としてはあまりによくある絵葉書的な気もする。

しかし 「秋の浪かおり」 で、唯一郎らしさが取り戻されている。視覚から嗅覚への急転換。「なるほど、そうした仕掛けだったか」 と思わせる。

秋なずむ潮騒よ岩鼻の道曲り

真夏の日本海というのは、南からの夏風が日本列島で食い止められるので、浪も穏やかでとても静かな海である。日の当たる縁側に置かれた巨大な洗面器のようなもので、冬の姿とは大違いだ。

ところが季節が進んで、秋になれば少しは高い波も打ち寄せるようになる。「秋なずむ潮騒よ」 というのはそんな感覚だ。

「岩鼻の道曲り」 というのも、まさに言い得て妙の表現。海を見下ろす断崖の道が急カーブして、突き出た岩の影に隠れている。「あぁ、あの辺りの景色だな」 と、目に浮かんでくる。ピクチャレスクな句だ。

山萱をつかねてゐる家をもち借金をもち

「つかねる」 は 「束ねる」 と書き、「たばねる」 とほとんど同じ意味。茅葺きの屋根の家という意味だろう。そうした家をもち、借金をもっているというのは、一体誰のことなのだろう。

借金はあれども、呑気。呑気なれども、借金がある。しかし結局最後のところでは呑気な光景。

本日はこれまで。明日はいよいよ、句集の最後のページである。

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2010/04/09

岡本かの子と変体仮名の葉書

今日付の讀賣新聞に、岡本かの子が川端康成に宛てた未公開の書簡 60通が発見されたというニュースが出ている。岡本かの子を知らない人でも、その長男の岡本太郎は知っているだろう。あの 「太陽の塔」 の作者で、「芸術は爆発だ!」 でお馴染みの芸術家だ。かの子はその母親である。

新聞に掲載された葉書の写真をさらに iPhone のカメラで写したものを添えるが、見れば流れるような変体仮名混じりの葉書である。さすがに毛筆ではなくペンで書かれたもののようだが、昔の人はなかなか風流な葉書を書いていたものである。

Cr100409_2

ただちょっと疑問に思ったのは、大正から昭和にかけての人たちが皆、変体仮名を常識として読み書きできたものだったのかということだ。岡本かの子は元々の出発が歌人としてだったから、この程度は朝飯前だったかもしれないが、こうした葉書を受け取った人は、ちゃんと読めたんだろうか。

私の父は昭和 4年の生まれで今年で 81歳になるが、変体仮名はまともには読めない。同じぐらいの年配の人に聞いても、読める人は極々稀だ。学校で習ったことはないという。私が曲がりなりにも少しは読めるのは、学生時代に歌舞伎なんていうへんてこなものを専攻した副産物である。

昔の平仮名は、同じ 「あ」 と発音する文字でも、いろいろあった。今の 「あ」 の字は 「安」 という漢字をくずしてできたものだが、ほかに 「阿」 「亜」 「悪」 「愛」 の字をくずした平仮名もよく使われていた。メジャーなだけで、5種類の 「あ」 と発音される平仮名があったのである。だから 「アジア」 のことを自然に 「亜細亜」 なんて表記したわけだ。

しかも筆文字で各人各様の書き癖があるから、似たような文字はなかなか判別しにくい。昔の人は、よくまあ、あんなぐにゃぐにゃした字を読んでいたものである。今の人は落語の浮世床で徳ちゃんが 『太閤記』 を手にしどろもどろになるのを笑うが、それは身の程知らずというものだ。自分で読もうとしたら、きっと 1行も読めないだろう。

日本ではこのように、50音の平仮名にいろいろな文字が当てられていて、明治になってもそれは変わらなかった。ところが明治 33年の小学校令改正を受けた小学校施行規則において、小学校で教えられる仮名が一字体に統一され、それ以後は、「あ」 と発音される平仮名は 「あ」 の一文字のみとなってしまったのである。

で、岡本かの子の話に戻るが、どうして大正 9年生まれの彼女が 10歳も年下の川端康成に、こんな変体仮名の葉書を送ることができたのかを調べてみたら、意外な事実がわかった。Wikipedia の 「変体仮名」 の項から引用する。

小学校で教えられる仮名の字体が一字体に統一された以降は、一部の書道教育を除いて、一つの音韻に対しては一つの字のみが教えられることとなった。一旦は1908 年(明治41年)に26の異体字が復活したものの、最終的にはすべて1922年(大 正11年)に廃止された。この改正において採用されなかった数多くの平仮名の字体が、以降、変体仮名(異体仮名)と呼ばれるようになった

つまり、いわゆる変体仮名は明治 33年を期して小学校教育から廃止されたが、その 8年後の明治 41年から大正 11年までの 24年間、一時的に 26文字に限って復活していたのである。多分、異体字の平仮名が失われるのを惜しむ声が上がったのだろう。ある種の文芸復興みたいなものかもしれない。

だが、やはり新時代においては 1種類の発音の文字が複数あるというのは、わかりにくいということになったのだろう。大正 11年に廃止されたまま、今日に至っている。ただ、大正 9年生まれの岡本かの子は学校教育で変体仮名を習ったことはないはずだが、その名残の空気を十分に吸って育っただろうことは容易に想像できる。

つまり大正時代においては、変体仮名が普通に使われていたのだ。その名残は今でも、そば屋やしるこ屋の看板に見られる。蕎麦屋の看板は、「そむ」 と書いてあるんじゃないのだ (参照)。

それにしても、岡本かの子が気軽に変体仮名を使ったのは当然としても、10歳も年下の川端康成までが、(多分) 苦もなくそれを読めたというのは、なかなか素敵なことである。現代の我々は、ちょっと大切なものを失いかけているような気がする。

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2010/04/08

ジョンはそんなに正直なのか?

トイレというのはきれいに使いたいもので、それは店舗やビル、駅などのトイレにしても同様である。ところが、なかなかそうはいかないもので、とくに男性用便器の下などは小便で汚れていることが多い。

この汚れを防ぐ方法は、ごく単純なことで、要するに便器にしっかりと接近して用を足しさえすればいい。離れたところで小便するから、外に漏らしてしまうのである。それで、トイレの管理者はあの手この手で便器になるべく接近してもらおうと呼びかける。

大抵は、用を足す時の目の前の壁に、「一歩前進」 とか 「半歩前進」 とか書いてあるが、ちょっと気の利いたようなのは、「いつもきれいに利用してくださり、ありがとうございます」 なんて、初めからお礼の言葉が書かれたりしている。

これなんか、なかなかいい手で、初めから丁重にお礼されてしまっているので、こちらとしても、自然に気を付けて利用することになる。大抵の場合は、相手を最初に持ち上げておく方がいいのである。

最近、ちょっとおもしろいというか、あるいはちょっと変というか、まあ、どう言っていいか困るようなのを見つけて、写真に撮ったので紹介しよう。

Cr100407_3

左は秋葉原のヨドバシカメラのトイレに貼ってあるプレート。「大事なお客様に大切なお知らせ」 なんてあるから、何かと思うと、「一歩前進にご協力願います」 なんて書いてある。はっきり言って、あんまりいいセンスとは思われないなあ。

右側は、某老舗蕎麦屋のトイレにある。なんと額に入れられた色紙である。どんな大層なことが書いてあるかというと、「脇目せず一歩前進急ぐとも外に洩らすな松茸の露」 と、ベタなことが書いてある。その下には英語まで添えてあって、"Please stand closer. Your honest John is not so long as you think." とある。

"Honest John" (正直者のジョン) なんていう言い方は、ずっと昔に何かの話のタネとして聞いたことがあるが、実際に使われているのは初めて見た。まさか、日本の蕎麦屋で初めて見るとは想像もできなかった。

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2010/04/07

政治のストレス

私はつぶれかけた団体に勤務したことが 2度ある (そして実際につぶれた) ので、末期症状を呈した組織というものがどんな状態になるか、よく知っている。自民党は今にもつぶれかけているというわけでもないが、内部がどんな雰囲気なのか、少し想像がつくような気がする。

泥船状態になった組織は大体において統制が効かなくなる。それぞれが勝手に保身に走るから、本来の動きができず、てんでんばらばらになって、組織としての本来の動きができない。

また、あちこちから無責任な推測情報が出てきて、それに尾ひれが付いて乱れ飛ぶことになる。日本語ではこれをデマというが、つぶれかけた組織の中にいると、信用できる情報とデマとの区別がつきにくい。

そうしているうちに、お互いが足を引っ張り合うことになる。自分だけは何とかして生き残ろうとするから、それはそれはみっともない状況になる。私なんか過去の 2度ともさっさと外に出ちゃったからいいが、残った人間は大変なストレスを味わうことになる。

今回の与謝野さんの離党なんだけれど、まあ、いいところで出ちゃったなという気はする。このまま自民党に残ったって、いいことなんかないだろうから、個人的な損得としては外に出てキャスティングボートを握れるかもしれないという立場になる方がずっといいだろう。

だが、反民主陣営全体として考えれば、どういう結果になるのかわからない。「現政権への批判票の受け皿になる」 という意味でなら、確かに、「民主党にはガッカリだけど、今さら自民党に投票するのもねえ」 という層に、少しはアピールできるかもしれない。

しかし実際には、候補者の数が非常に限られるだろうから、所詮、「大きな受け皿」 にはなりようがない。「受け損ない」 ばっかり発生して、拾える票はほんの少しだろう。そして差し引きしてみれば、自民党の受け皿としての大きさを削っただけということになる可能性の方が大きい。

それに、平沼さんと与謝野さんのコンビでは、みるからにしっくりこない。与謝野さんって、何をしゃべらせても当たり障りのないことをごにょごにょ言うばかりで、ちっともアピールしない人だから、どちらかといえばはっきり物を言う平沼さんの方が、ずっと目立つということになるだろう。

そういう意味では、イメージ的には 「与謝野新党」 になるよりは、「平沼新党」 になる方がずっといい。そもそも政策的には方向性の違うお二人だから、与謝野さんとしては他に選択肢がなくなっての合体みたいなイメージになっているのは仕方のないところだ。

この動きがどう出るかは、国民の民主党政権に対する絶望感がどの程度になるかによるだろうと思う。「こんなはずじゃあなかった」 という思いがよくよく大きければ、どっと揺り戻しが起きるだろうが、それほどでもなければ、自民系はますますジリ貧に陥るだけだろう。

現政権に対する 「こんなはずじゃあなかった」 感を最低限に抑えるためには、内閣支持率が極度に下がった時点で鳩山さんが辞めて、岡田さんか菅さんが引き継げばいいのだから、民主党にはまだ少しだけ余裕がある。札を出し尽くしてしまったわけじゃない。

日本国民の多くは今の自民党をみて、「こんな頼りないオッサン連中に、今までよく政権を任せていられたなあ」 と思っているに違いない。そして、頼りなさでは民主党だって決して負けていないのだが、自民党のタソガレぶりがあまりにも目立つので、なかなかびしっとしない状態が続いているというわけだ。

ストレスはまだまだ収まりそうにないが、そもそも政治ってストレスを大量発生させるものだから、そう思って見ているほかないのかもしれない。

それから、たった今入ったニュースだけれど、新党の名前は これ だそうだ。複雑な気分だなあ。

【追記】

ググって見たら、"「立ち上がれ!日本」ネットワーク" という名前の典型的に右っぽいところが、既にあるじゃないか。名前がかぶっちゃうけど、いいのかなあ。

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2010/04/06

盗むほどの名文って?

先週金曜日、カーラジオで TBS ラジオを聞いていると、「あなたがこれまで盗んだ名文を教えてください」 という企画があった。「盗んだ」 という穏やかならぬ動詞が使ってあるのは、この番組に登場する竹内政明氏 (読売新聞のコラム 「編集手帳」 執筆者) が 『名文どろぼう』 というタイトルの本を出されたことを受けている。

この中で、串田孫一氏のエッセイ 「感傷組曲」 にあるという言葉が紹介された。「人は屋上にあがると、ほとんどの人が下を見る。なぜ空をみあげないのだろうか。限りなく広い空が目の前に広がっているのに」 (上記ページからの孫引き) という文である。

私は串田孫一氏の本は好きだが、これにはちょっと違和感を覚えた。「屋上に上がったら、普通、まず下を見るだろ」 と思ったのである。

空は地上から見ようが屋上から見ようが、距離感に違いはない。屋上から見上げたところで、新鮮な視点が得られるわけではない。しかし、屋上から下を見ると、いつもとは違った光景が見える。新鮮なのだ。だったら、普通、下を見るだろ。

まあ、確かに屋上から空を見ると、ビルで切り取られた狭い空ではなく、どこまでも広がった空が見える。しかし、地上でも周りに高い建物のないところで見上げれば同じような空が見える。別に屋上である必要はない。

高いところに昇るのは、いつもとは違った視点から世間を眺めると新鮮だからということがある。せっかく高いところに昇ったんだから、下を見るのが人情というものだろうと思うのである。串田先生には悪いけど。

屋上、とくに高層ビルの屋上から下を見ると、世間がちっぽけに見える。そして人生の大抵のことは些細なことのように思われる。「限りなく広い空」 を見上げた時と同じぐらい豊かな気持ちになれないこともない。

ただ、屋上でゆったりと寝っ転がって空を見上げたら、とてもいい気持ちになれるだろう。そのまま眠ってしまいたいほどだ。だから、「屋上から空を見たい」 という気持ちも、わからないではない。だけど、やっぱり下も見ないと意味ないよね。

ところで、讀賣新聞 「編集手帳」 のキャッチフレーズは、「五百字で世相を斬る」 というんだそうだが、私は文章で何かを 「斬る」 というのはあまり好きじゃない。時々、腹に据えかねて 「斬る」 調の文章を書いてしまうこともあるが、後ですかっとすることはあまりない。

かなり前にあるところで、このブログが 「世の矛盾を爽快に斬りまくるブログ」 なんて紹介されたことがあって、私としては戸惑ってしまった。そんな風に思われているとしたら、私の至らなさ故である。この辺の思いに関しては、3年近く前に "そりゃ、「斬る」 方が楽さ" というタイトルで書いたことがある。

話は元に戻るが、うぅん、文って 「盗む」 ものなんだろうか? 「斬る」 よりも違和感なんだが。

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2010/04/05

「春眠暁を覚えず」 の意味合い

「春眠暁を覚えず」 といって、これは 「春は眠い季節」 ということを表すものと思われているが、本来の意味はちょっと違っていたもののようだ。ちなみに、この言葉の出てくる孟浩然の『春眠』 という漢詩は次のようなものである。

春眠不覺暁   【春眠 暁を覚えず】
處處聞啼鳥   【処処 (しょしょ) 啼鳥 (ていちょう) を聞く】
夜来風雨聲   【夜来 (やらい) 風雨の声】
花落知多少   【花落つること 知るや多少 (いくばく) 】

夜が明けたことも知らずに眠っていた。気が付けば鳥が鳴いている。夕べは風雨が強かったので、花は散ってしまったかも知れない ―― というような意味合いだろう。今のフツーの感覚からすると、「春って季節は眠いから、ついつい寝坊してしまうよ」 ということと思われがちだが、次のような異論がある。

【理系視点からの異論】

ズブズブに理系でいこう!」 というユニークなブログの東大井真知男さんは、次のように書いておられる (参照)。

仮に毎朝同じ時刻、6時に起きるものとしよう。その場合、冬の間は、起きた時にはまだ夜明け前だ。ところが、だんだんと春になってくると、起きた時にはもう夜が明けている。

この句はそういう意味だ。つまり、「春になって日の出時刻が早くなった」という意味だ。決して、春はついつい朝寝坊しがちだ、というような意味ではない。

なかなか理系らしい視点で、理路整然としている。思わず膝を叩いて納得してしまいそうだ。しかし私としては、この指摘に関する限り、賛成しない。

この漢詩の作者である孟浩然は唐代の人で、西暦 689年に生まれ、740年に没している。この時代に現代のような時計があったわけがなく、中国では水時計や香時計などが使われていたが、正確に午前 6時を告げることはできなかっただろうという歴史的限界がある。

当時、一般には夜明けから日没までを日中とし、日が沈んでいる間を夜として、その間の時間をそれほど厳密に刻むことはしていなかった。普通には、太陽の位置を基準に時を知るという時代だった。つまり、「午前 6時」 は太陽の位置に先立たなかったのである。むしろ、太陽が午前 6時の位置に来たときが 「午前 6時」 だったのだ。

というわけで孟浩然の時代には、現代のような意味での季節に関わらない 「午前 6時」 という時刻を人々が認識して、その決まった時刻に起きるというようなことは、あり得なかったろうと思われるのである。

【文系視点からの異論】

まあ、これは 「文系」 というよりは 「考証学」 的な視点という方がいいかもしれないが、基本的に、多くの人々が夜にぐっすり眠れるようになったのは、たかだかこの 200~300年ぐらいのことだという指摘がある。

それ以前は、農業をしていれば、イノシシなどの野獣が畑を荒らすのを防ぐために、眠るともなく聞き耳を立てていなければならなかった。夜というのは、油断のならない時間帯だったのである。また必ずしも用水路が整備されているわけではないから、夜の風雨の心配もしなければならなかった。

用水路だけではない。雨漏りがしたらすぐに応急修理をしなければならない。さらに、夜は敵軍が夜討ちをしかけて来かねない。常に用心怠りなく、何かあればすぐに飛び起きなければならなかったのである。人々が夜にぐっすり眠れるようになったのは、厳しい自然や敵軍を常に相手にしなくても済むようになってからのことだというのだ。

ただでさえぐっすり眠れないのに、ましてや冬の間などは、寒くて熟睡などできない。今のしっかりした住宅でさえ、真冬ではあまりの寒さに目を覚ましてしまうことがある。昔の華北の内陸部では、一番冷え込む夜明け前に、寒くて寝てなんかいられないなんてことになるのは、しょっちゅうだったろう。

ところが、春になって世の中が暖まってくると、夜明け前に寒くて目が覚めるということはあまりなくなる。ふと気が付けば風雨が止んでいて、夜が明けて鳥が鳴いているというようなことに、そこはかとない喜びを感じるようになったりする。

この漢詩は、そうした感慨を歌ったものだと解釈するのが自然だろう。つまり、「春は眠い」 というよりは、「夜明け前に目が覚めなくても済む暖かさになった」 ということなのだ。

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2010/04/04

『唯一郎句集』 レビュー #118

今日は一気に 2ページ分のレビューをする。2ページ分といっても、1ページに 2句ずつしか載っていないので、4句のレビューである。

まず、見開き右側の 2句。十和田湖、岩手県を旅したときの句のようだ。

  十和田湖行

奥入瀬の山毛樹のむらがりて冷たき唾はき

はて、「山毛樹」 というのはどう読んだらいいのだろうと、ちょっと調べてみたら、十和田湖からそう遠くない八幡平に 「山毛森 (ぶなもり)」 という名の山があるとわかった。

そうすると、「山毛樹」 は 「ブナ」 と読むべきなのだろう。ブナの群生する奥入瀬渓谷で、冷たい唾をはいたというのである。凛とした自然の冷たさと、唾を吐く人間の対比。

  好摩駅

ゆふべ草原を目で漕ぎゆく北上は見えず

好摩駅は今は盛岡市内にある駅で、いわて銀河鉄道が走っている。駅から草原を眺めたが、北上川までは見えなかったというのを、「目で漕ぎゆく」 と言っているのがおもしろい。

次に、見開きの左側。

地をぬらし花苗をぬらし玩具の噴水旺ん

子どもたちに玩具の噴水を買ってやったのだろう。子どもたちは大喜びでさかんに水を吹き出す。地面も花の苗も水浸しになる。

その様子を静かに、しかし楽しげに眺める唯一郎。

春の山くろぐろと野火跡の道あり

春の山を麓から見上げると、野焼きの跡が道のように連なって見える。異様なほどに黒々とした跡である。

街育ちの唯一郎には、とても新鮮なもののように見える。

本日はこれまで。あと 2ページで、句集は終わる。

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2010/04/03

『唯一郎句集』 レビュー #117

このページに載せられた 4句は、季節的には春から夏にかけてのもので、作風も共通しているので、同じ年に作られたものだろう。とくに意表をつくところもなく、淡々としたイメージの句である。

さっそくレビューである。

この旅のおはりかかはたるる山櫻水の音

「かはたるる」 は 「彼は誰時 (かはたれどき)」 の 「彼は誰」 を動詞化した言い方だろう。芥川龍之介にも 「かはたるる靴の白さやほととぎす」 という句がある。「黄昏れる」 という動詞が認知されているのだから、「かはたるる」 だって当然あっていい。ただ我々が聞き慣れていないだけだ。

「彼は誰時」 は、近世では 「黄昏 (誰そ彼)」 の反対で、明け方の薄暗い時を指すということになっているが、本来は明け方でも夕方でもどちらもそう言ったらしい。

そうすると、この句はどちらかといえば夕闇の迫る頃という方がイメージに合うような気がする。旅の終わりの山里で、夕闇に溶けていく山桜を眺めながら、谷川の音を聞いている唯一郎。

ことし蚊帳をつり青萱の匂ひして子らと眠り

その夏初めて萱を吊って寝た夜のことだろう。まだ真夏にはなっていない頃、子供らと横になると、汗もかかず、すがすがしい青畳の匂いがする。

唯一郎の家庭人としての側面が表現されている。

姉妹おのおのの職業をもちマーガレット咲き

ここに登場する 「姉妹」 がどこの姉妹かはわからないが、この当時、姉妹が揃ってそれぞれ職業を持つというのは、なかなかハイカラなことだったのだろう。

そのハイカラさは 「マーガレット」 というカナカナ名前の花が咲いているとしたことで、さらに強調されている。

つばくらよ我家軒深く声かける

ツバメが軒深くまで入り込んで巣を作っている。卵がかえれば雛が口を開けて餌を待ち、親鳥は忙しく行き来する。

ツバメは 「まれびと」 のようなもので、異邦から来たるものではあるが、歓迎される。思えば不思議な存在である。

本日はこれにて。

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2010/04/02

「花散らし」 の微妙さ

今日は朝から大変な強風で、通勤時の常磐線は、運行本数を 7割に減らしての運転となった。7割の本数ならそれほどの遅れにはならないのかというと、そうではなく、7割に減った上でそれぞれの電車が、ものすごく慎重な徐行運転をするので、実感的には 2~3割しか走っていないみたいな印象になる。

というわけで、今日は秋葉原に着くのに 1時間以上も余計にかかった。あそこまでゆっくり走る必要があるのかと疑問にも思うが、うちの田舎で起きた羽越線特急脱線事故みたいなことになるのを避けるためには、十分以上の慎重さが必要になるんだろう。

で、お昼にちょいと自分のサイトのアクセス解析を覗いてみたら、「花散らし」 という検索キーワードで、ウチの記事に飛んできている人が結構いるみたいなのだ。なるほど、桜がようやく満開になったとたんにこの風だもの、週末の花見が心配になってしまった人が多いのだろう。

試しに 「花散らし」 でググってみたら、なんと、私が 4年前に書いた "「花散らし」 の艶っぽい元々の意味" という記事がトップにランクされているとわかった (参照)。「へぇ~」 ってなもんである。357万件のなかの一等賞なんだから、我ながらびっくりだ。こりゃ、このキーワードでウチに飛んでくる人が多いわけだ。

「花散らし」 という言葉はかなり不思議な言葉で、これだけ 「花散らしの雨」 とか 「花散らしの風」 とかいう言い方で使われている言葉なのに、私のもっている 『明鏡国語事典』 には載っていない。それどころか、iPhone にインストールしてある、収録語数 26万語を誇る 『大辞林』 にも載っていないのである。

4年前の記事には、

広辞苑には、「3月 3日を花見とし、翌日若い男女が集会して飲食すること」 という語義しか載っていないそうだ。

と書いておいた。これは、広辞苑第五版のお話で、私は前はこの版を持っていたはずなのだが、いつの間にかなくなってしまっていて、自分では確認していない。そして、最新版ではどうなっているかも知らない。

いずれにしても、「花散らし」 というのは、元々は 「花を散らす」 という文字通りのベタな意味もあったんだろうが、これを 1個の複合名詞とする場合は、花見の翌日の宴会のことをいっていたもののようなのだ。

で、これがなぜ 「艶っぽい」 のかは、私の 4年前の記事を読んでいただければわかる。日本語というのは、なかなかに風情があるというか、ニュアンスが豊富すぎるほど豊富というか、コンテクストが詰まりすぎているというか、まあ、なかなかの言語なのである。

何しろ、大辞林で引くと 「花」 には 「若い男女」 という意味もあるということだから (参照)。

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2010/04/01

iPhone の画面を裏返し表示にさせる方法

iPhone を購入してからほぼ 8か月経った。こう考えて、「まだ 1年の 3分の 2しか経ってないのか」 と、我ながら驚く。iPhone は、なんというか、もう私の体の一部になってしまったんじゃないかというような気がする。本当に、このデバイスのなかった頃は、どうやって生きていたんだろうと思うほどだ。

iPhone の便利な機能の一つに、画面を縦にすれば縦長の、横にすれば横長の画面になるというのがある。センサーが角度を感知して、自動で表示を切り替えてくれるのだ。だから、ウェブで横長のページを見るときには、ひょいと横向きに持ち帰れば、横スクロールしなくても読みやすい大きさの字で読むことができる。

Cr100401b このセンサーのおかげで、かの有名な "iBeer" というアプリケーションが生まれた。iPhone の画面の中にドバドバっとビールが注がれて、画面を傾けるとグビグビ飲まれてしまったように減っていくというものだ。他愛もないものだが、人に見せると間違いなく喜ばれる。

Cr100401

ここに乗せた iBeer の画面は、iPhone のスクリーンショットを保存する機能で撮影したものだ。ご覧のように、iPhone を傾けると、グラスの中のビールが飲み干されていくように減っていく。

あまり知られていないが、iPhone でも普通のパソコンと同様、スクリーンショットを残すことができる。Windows マシンでは、PrtSc (Print Screen) キーを押せばいいが、iPhone ではスリープ/スリープ解除ボタン (本体の右上角っこ辺りにあって、電源オン/ オフにも使うやつ) とホームボタン (画面の下の丸いの) を同時に押せばいい。

それから、これはもっと知られていないが、iPhone の画面を裏返しに表示する裏技がある。原理は簡単なことだ。画面の向きを垂直方向に (縦横に) 変えれば表示の向きが変わるのだから、iPhone 自体を駒のように水平方向に回転させれば、画面が裏返る。

ただ、実際に画面を裏返すのは、そう簡単ではない。スピードが必要なのだ。そして、2~3回転ぐらいではセンサーが感知してくれないので、最低でも 10回転ぐらい素早く連続させなければならない。iPhone は、垂直方向の回転には敏感だが、水平方向の回転にはドンくさいみたいなのだ。

そりゃ、こんなことにあまり敏感だとしょっちゅう画面が裏返ってしまい、逆に不便でしょうがないだろうから、この程度の鈍感さで幸いなのである。

で、センサーの感度が本体の回転に追いついて、ようやく感知されると、このように画面が裏返る。(これは先月 4日のウェザーニュース画面)

Cr100401b

裏返ったところで別に便利なわけでもなんでもないが、人に見せると iBeer 以上に喜んでもらえる。ただ、裏返し画面は、5~6秒で元に戻ってしまうので、スクリーンショットを撮るにも人に見せるにも、やはりスピードは欠かせない。

iPhone ユーザーは、お暇があったら試していただきたい。

【追記】

えぇと、これはエイプリルフール・ネタですので、そのようにお取り扱いください。

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