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2010/05/12

ある状況に最適化しすぎると

昨日の 「勝間和代 vs ひろゆき」 関係のコメントへのレスに書いたことも関係するのだが、人間、ある状況に最適化しすぎると、その状況が変わってしまった時に大変なことになる。例えば、バブルの頃の経済状況に最適化したビジネスモデルを組んだベンチャー企業の多くは、今は潰れてしまったか、潰れないまでも、見る影もなく落ちぶれている。

これは昔から知られた世の中の法則のようなもので、「諸行無常」 とか 「盛者必衰」 とか、「塞翁が馬」 とか言い習わされている。

勝間さん、「成功哲学がありがたがられる状況」、あるいは、「頑張ってる女性へのシンパシー幻想が生きている状況」 (まわりくどい言い方でゴメン、不毛なツッコミを警戒するあまり、ついこんなになった) には、かなりなレベルで自己最適化することに成功したようにみえる。

しかし、状況への最適化が仇になる時がくる。状況というのは必ず変わってしまうものだからだ。変わらない状況というものがあった例しは、これまで一度もない。変わるからこそ 「状況」 として認識されるのだ。

そして状況変化に対応する方法は二つ。「不断の自己変革」 と、「状況に最適化しすぎないこと」 という、対照的なコンセプトだ。勝間さんは既に最適化してしまったように見えるから、生き残るには、それまでの自分を裏切ったように見えるまでの 「ドラスティックな自己変革」 が必要になるだろう。

フツーの人間は、「不断の自己変革」 なんていう疲れることはしたくない。そういう疲れることをしたくない人は、「状況への自己最適化」 なんてことも、当然したくない。だから、「状況に最適化しすぎないこと」 を選ぶ。なぜなら、その方が楽だからだ。そして、このほとんど無意識的な選択が、図らずも状況変化後にもサバイバルできる可能性を保証する。

勝間さんに好意的でない人間の多くは、この 「状況への過度の最適化志向」 に、本能的なまでのリスク (それを 「生理的嫌悪感」 と呼んでも、それほど間違いじゃない) を感じるからだと、私は思っている。

「もうちょっと、楽な生き方しようよ。その方が、生き残れるよ」 と言いたいのだが、それは人生の努力をサボっているようで、甚だ聞こえが悪いから、大きな声で言わないだけなのである。

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コメント

おっしゃるように、ある状況に対して最適化し尽くしてしまうと、突然の状況の変化に対応できません
そのためにも、幅というか、多様性は重要らしくて,例えば、ある伝染病などが流行した状況下でも、多様なタイプが存在すれば,その内の耐性のあるタイプが生き残れる
これが、常に生物の進化・変化の歴史だったように思います
ムダにも価値があると・・・(笑)

進化の源泉であるところの DNA の突然変異(遺伝情報の誤コピー)も,どうも、この目的のためにも発生するのではないかと,邪推?するほどです

ただ、単に「楽な生き方」がいいとも思いません
余裕のある,客観性や価値の多様性を包括した生き方ならいいけれど、楽な方にだけ向かい,それが格好いい、現代風だと思っているダラダラ系脱力人間とは、私は肌が合いません
そ~ゆ~割には,私の私生活は,甚だしくダラダラ系ですが(笑)

まあ、せっかく生を受けたからには、基本的に「少しは」がんばって生きてみたいと思います
その点、勝間氏の「ひたむきさ」(笑)、ポジティブ志向は、一概に否定できません
あ,しかし、私の場合,がんばっても、もう遅いですかね?
せっかく受けた生が,残り少ないもので(笑)


投稿: alex99 | 2010/05/12 23:00

alex さん:

>ただ、単に「楽な生き方」がいいとも思いません

うぅむ、「楽な方がいい」 と言っちゃうと、やっぱり、努力を放棄した自堕落というイメージになっちゃいますかね。

それでも私は、「楽」は最高だと思ってます。
「仏の楽土」という意味で。

それは、あまり我を突っ張らない生き方というような方向であります。

投稿: tak | 2010/05/12 23:32

>あまり我を突っ張らない生き方というような方向であります。
ーーーー

それ、よほどの説明がないと,衆愚には容易に理解されないのでは?
単に、仏教的な生き方というものでも無さそうですし
道元の世界でも無さそうだし

「突っ張らないと,生きている実感が感じられない」という人間もいそうです
私もその一人か?(笑)


投稿: alex99 | 2010/05/13 03:34

alex さん:

>単に、仏教的な生き方というものでも無さそうですし

いえいえ、「単に仏教的な生き方」そのものですよ。
「仏国楽土」です。「常楽」の世界です。

「楽」というコンセプトのパラダイムシフトです。

投稿: tak | 2010/05/13 08:24

そういえば、『強い者は生き残れない』という本があるようで、興味を惹かれています。

投稿: 山辺響 | 2010/05/13 18:01

山辺響 さん:

情報、ありがとうございます。
なんとなく惹かれちゃうタイトルですね。

当方、とりあえず 「共感の時代へ」を読み終わりたいのですが、時間がなくて難儀しています。

投稿: tak | 2010/05/13 20:07

勝間さんですか、あの人は上っ面だけを撫ぜる人ですからね。
昔一冊だけ読んだことがありますが、標準化とか共通化した結果だけを集めて紹介していました。この手のものは、最終結果だけでなくそこに至った過程での思考が重要で、それがないと変化への対応ができないものです。変わる度に次々と新しい結果のみ紹介していたので、そういう商売なのかと。

ただこの人見てると私は思わず笑ってしまうのです。
状況を見て、自分の中に対応できる型があればそれで対応し、もしなければ新しい型を探すか、それは悪いと切って捨てるか、瞬時に判断する。突っ込まれると言葉で暴れる。

ソフト屋から見ると出来の良いAI応答を見てるようで。テレビで見たとき、思わず「おおロボが出てる」と言ってしまいます。

投稿: vagari | 2010/05/14 00:07

vagari さん:

>状況を見て、自分の中に対応できる型があればそれで対応し、もしなければ新しい型を探すか、それは悪いと切って捨てるか、瞬時に判断する。突っ込まれると言葉で暴れる。

なるほど (^o^)

投稿: tak | 2010/05/15 16:01

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