« 汗が噴出する | トップページ | 「やれやれ感」 が大きい夏は、現実感が薄れる »

2010/08/01

私の中の妙な頑固さ

子供の頃から、妙なところに頑固だった。4歳ぐらいの時、母親と外出する際に、母が 「今日は何も買ってあげられないからね」 (もちろん、オリジナルは庄内弁だが) と言い、私はそれに気軽に同意した。何か買ってもらうよりも、母との外出そのものの方が楽しみだったのだろう。

ところが、街に出た母は、何か私に似合いそうな服地を見つけて、「これ、買ってあげる」 と言い始めた。私はもちろん 「いらない」 と言った。「何も買わないと約束して出てきたのだから、買ってもらいたくない」 と主張したのである。

ところが母は、「今日買わないと、すぐに売り切れてしまいそうだから」 とか言って、是非とも買いたがる。私はあくまで 「いらない」 と主張する。しかし、財布を握っているのは母だから、ついにその服地を買ってしまった。

問題はそれからである。せっかく買ってもらった服地で縫った服を、私は一度も着なかった。無理に着せられようとしても、暴れまくって拒否した。そんな理不尽なことで手に入ってしまった服に袖を通すわけにいかないではないか。母は 「うちの子は妙に頑固で、一度決めてしまった原則は崩さないところがある」 と、そのとき始めて認識したらしい。

それから、今でも明確に覚えているのが、幼稚園での BCG 接種事件である。ツベルクリン接種をして、私の前に検査した子どもたちはみな陽性のようで、そのまま放免になった。ところが私の腕の赤いポッチをごちゃごちゃ計った先生は、「はい、そっちに行って、注射ね」 と言うのである。

幼い私は逆上した。何で他の子は放免されて、私だけが注射されなければならないのだ。私はダッシュで逃げた。逃げて逃げて逃げまくった。断固として注射されるのを拒否したまま帰宅した。

その夕方、幼稚園の先生が我が家に来て、「どうしても BCG 接種を受けてもらいたい」 と言う。私は 「イヤだ」 とはねつけた。「どうして自分だけ注射されなければならないのだ」

そのとき、幼稚園の先生は理由を明確に言わなかったが、別の先生が来て、ツベルクリンの接種の結果は、陽性と陰性があって云々ということを論理的に説明した。それを聞いてあっさり納得した私は、次の日に素直に BCG 接種を受けた。

子供に説明してもわかるものかと、無理矢理に注射しようとしたから、私は断固として拒否したのである。初めからきちんと理を尽くして説明してくれれば、あんなに逃げ回ったりはしなかったのだ。説明もしないでいきなり注射するなんてのは、いくら子供相手でもずいぶん乱暴で失礼な話ではないか。

とまあ、こんなような妙な頑固さが、今でも私の中には残っていると自覚している。おかげでずいぶん損しているというような気もするのだが、こればかりは改めようとは思わない。

|

« 汗が噴出する | トップページ | 「やれやれ感」 が大きい夏は、現実感が薄れる »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

私も小学5年生くらいの時に母が買ってきた、ふわふわのスカート、それはその頃流行りのペチコートが入ったものだったのですが、いやだと言って着もしないし、泣き出さんばかりに嫌がったので、すぐその足で母は近所の、四人姉妹の家にそのスカートを持って行きました。何か、もっと他にもあったような気もしますが、今思い出せません。私もへそ曲がりです。

投稿: keicoco | 2010/08/01 21:45

私は、tak-shonai さんと違って、幼い時は、天使の様にあどけなく、純粋で、素直な子供だったのですが(私ではなく、親がそ~ゆ~のです)(笑)馬齢を重ねるにつれ、どんどん狷介な性格になり、ついに今ではtak-shonai さんの幼年時代の様な頑固者になってしまいました(笑)

とにかく、筋が通った、論理的な話でないと納得しないという、日本で一番嫌われる種類の人間に・・・(笑)

例えばですが、いろんな人が薦めてくれる民間療法の様なものに対しては「そんなに効用が劇的で顕著なら、医者がとっくに治療に使用しているはず そうでないのは、鼻くその様なものだからで、カネの無遣い イワシの頭も信心から」などとズケズケ言うものですから、善良な人々からは、すっかり嫌われ者になっております


投稿: alex99 | 2010/08/02 02:23

keicoco さん:

あはは (^o^)

「理屈の通らないものは何がなんでもイヤ」というのと、「感覚的にしっくりこないのは受け付けない」 というのは、いやがり方が少し違うと思いますが、いずれにしても、ガンコとかへそまがりとかいうことになるんでしょうね。

投稿: tak | 2010/08/02 08:26

alex さん:

>例えばですが、いろんな人が薦めてくれる民間療法の様なものに対しては「そんなに効用が劇的で顕著なら、医者がとっくに治療に使用しているはず そうでないのは、鼻くその様なものだからで、カネの無遣い イワシの頭も信心から」などとズケズケ言うものですから、善良な人々からは、すっかり嫌われ者になっております

医者の世界にも、いろいろなシガラミで使えない療法があるみたいです。

私は療法に関しては「効いて副作用が小さければ OK」 と割り切っています。

プラシーボだろうがなんだろうが、効きさえすればいい。「論より証拠」と思ってます。

ただ、そのままでは済ませられなくて、「なぜ効いたか」 というのを、後付の理屈でいいから知りたいと思います。

投稿: tak | 2010/08/02 08:31

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/42004/49031360

この記事へのトラックバック一覧です: 私の中の妙な頑固さ:

« 汗が噴出する | トップページ | 「やれやれ感」 が大きい夏は、現実感が薄れる »