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2010/09/10

靖国問題を巡る、上杉隆氏の指摘

昨日の TBS ラジオ 「小島慶子のキラキラ」 でジャーナリストの上杉隆氏が、靖国問題でとても興味深い指摘をしていた。靖国神社には A級戦犯が合祀されていると言われるが、それははなはだ根拠に乏しい話で、彼の解釈では、「合祀も分祀もされていない」 というのである。

ことの次第はいささか複雑だが、これについては 『週刊文春』 の 9月 7日号に、上杉氏自身が記事を書いておられるらしい。私はそれを読んでいないが、彼はブログでものすごく手短に、次のように触れている。

靖国神社は、厚生省の送った 「祭神名票」 に基づいて合祀事業を行ってきました。
つまり、戦後、靖国神社に祀られた英霊は、国家 (厚生省)が決めてきたのです。

ところが、なんと、その 「祭神名簿」 を取り消していた 「通知」 を発見しました。
しかも、それは14人のA級戦犯のみに該当する通知。
ということは……。

そうです、靖国神社のA級戦犯合祀問題は、じつは、合祀も、分祀もされていなかったことになるのです。
宗教的には合祀でしょうが、行政的には未合祀になっていたのです。

もう少し詳しく書くと、次のようになると思う。

誰が靖国に祀られるかということは、戦前は国が決定したが、政教分離の新憲法下ではそんなわけにいかなくなった。しかし靖国神社としても、一宗教法人の一存で祀るのではあまりにももっともらしさに欠けるので、国による認定というか、裏付けのようなものが欲しかった。

そこで妥協的方策として、国が、「靖国神社合祀事務協力」 というものを行った。具体的には、恩給法・援護法に伴って調査した戦没者氏名を、靖国神社に 「祭神名票」 として送っていたのである。しかし、それも昭和 46年に厚生省が一方的に打ち切っていた。政教分離に微妙に抵触することを厚生官僚がおそれたのだろう。

その後は 「祭神名票」 という形ではなく、もっとぼやかしたリストを作成し、靖国側はそれを入手して二次利用するという体裁で、戦没者の合祀を進めてきた。

ちなみに、昭和 46年の 「祭神名票」 の打ち切りにおいては、厚生省から靖国側に、「昭和 31年 4月 19日から同 45年 8月 4日まで」 の、靖国神社合祀事務協力に関する 「諸通知」 を廃止すると通告しているらしい。(私自身は裏付けを取っていないが)

A級戦犯の祭神名票が厚生省から靖国側に送られたのは昭和 41年だが、それは 46年の時点で、31年にまで遡って廃止されたのだから、A級戦犯の祭神名票は効力を失っていることになると解釈されるという。そこで上杉氏は、「靖国神社側が主張してきたA級戦犯合祀の行政の支えが失われたことになるまいか」 と問いかけているわけだ。

A級戦犯が靖国に合祀されたのは、それよりずっと遅れて 昭和 53年。当時の松平宮司という人が強力に推し進めた結果らしい。上杉氏は、この合祀を 「国によって取り消されている祭神名票によっているのだから無効」 と解釈しているわけだ。

しかし慎重にみればこのあたり、解釈によってどうにでもなる。「国家が取り消しているのだから、A級戦犯は合祀されたと思われてきただけで、実は幻だったのだ」 と言うこともできるし、「いやいや、靖国は国家に属する機関ではなく、一宗教法人なのだから、当事者が合祀したと言っている限りは、合祀されたのだ」 とも言える。

しかし靖国側は、パンフレットに 「戦争による公務死に該当するか否かは靖国神社当局が勝手に判定しうるところではありませんので ……」 と書いて、国家にその根拠を委ねる姿勢を示しているので、ちょっと始末が悪い。又裂き状態になる。

私は 5年ほど前に、「分祀」 という言葉の使われ方に異議を申し述べていて (参照)、「A級戦犯を祭神から外すことを 『分祀』 というのは、言葉上では正しくない」 というようなことを言っている。そして、靖国側の 「一度祀ってしまったら、分離するわけにはいかない」 という言い分を、一応支持している。こりゃもう、仕方ないじゃないかと。

しかし、実は A級戦犯が合祀されたことなどなかったのだという解釈が可能なら、靖国問題のほとんどは解決する。これは福音と言っていいのではなかろうか。国のために命を捧げた英霊を祀るのは、とやかくいわれるようなことじゃないし、A級戦犯が合祀されたと言われる前は、御皇族も参拝されていたのだから。

ただ、A級戦犯の合祀に当たっては、東京裁判史観など、やたらやっかいな問題がぞろぞろとつきまとっている。簡単に解決されるような話にはならないだろうが、私としては上杉解釈に希望を見いだしている。昭和天皇も、A級戦犯合祀には不快感を示されたと伝え聞くし。(参照

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コメント

サンフランシスコ平和条約に調印した日本は、東京裁判の結果を受け入れたことになるようなので、日本の国家自体が、A級戦犯と言うカテゴライズを追認したことにもなりますね
ただし、東京裁判においても、A級という仕分けに、十分な根拠があったのか?
十分な証拠で、精査されたのか?
大いに疑問です

それに、A級戦犯で死刑判決は、一部だけですね
B級戦犯で死刑になったものは、千名以上いるというのに

戦後の靖国神社のステイタスは、すでに国家神道の神社ではないし、かならずしも戦犯のカテゴリーに斟酌しなければならないものでもないかも知れない
しかし、占領政策の都合上、戦争犯罪人として訴追されなかった大元帥・昭和天皇が、退位もせず、それでいて、A級戦犯の合祀に不快感を示したことは、不愉快ですね
考え方によっては、昭和天皇は、特A戦犯かも知れないのに


投稿: alex99 | 2010/09/11 01:00

alex さん:

私としては、昭和天皇は個人的には最後まで開戦に反対だったと思っています。
そして、終戦の方に決定的な力を発揮したと。

投稿: tak | 2010/09/11 22:01

tak shonaiさん

意見が違いますね
しかし、ここでは書くとご迷惑のようですから、私のブログで書きます


投稿: alex99 | 2010/09/12 02:06

alex さん:

こうした問題では、正解というものを求めるのが困難だと思っています。

歴史観によってしまうんでしょうね。

投稿: tak | 2010/09/12 23:07

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