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2010年10月に作成された投稿

2010/10/31

中国が、とちくるっちゃってる

一昨日ハノイで予定されていた日中首脳会談は、中国側が 「日本側が雰囲気をこわした」 とごねてドタキャンし、実現しなかった。いやはや、中国って国家主席の交代が迫る時期になると決まって、こんなようなとちくるったパフォーマンスをしたがる。

共産党や軍の内部を抑えるために、外部の敵に対してことさらな強硬姿勢を取って 「俺って、中国ラブだぜ」 という姿勢を見せないといけないんだろうが、それを示すための格好の敵役が日本ということなもんだから、まあ、こちらとしてはいい迷惑ってなもんだ。

それに、もう少し視野を広げてみて、内部的にアピールすればするほど、「中国って、やっぱり 『ならず者国家』 なのね」 というイメージを、世界中に振りまいてしまっているということに、そろそろ気付かないといけないんじゃなかろうか。

とくに日本においては、中国に対する反感がこれまでになく高まって、ずっと中国に好意的だった層までが、親中的な言辞をはきにくい状況になっている。いくら朝日や毎日でも、露骨に中国の肩を持った記事はもう書けない。今どき中国様々なのは、与党である民主党の官房長官の仙谷さんぐらいのものである。

日本の現内閣は、これまでで最も露骨に親中的なのである。何を言われても事を荒立てず、どう見ても日本の領土である尖閣諸島の近海で巡視船に体当たりを喰らわせてきた漁船 (?) の船長をあっという間に釈放し、動かぬ証拠のビデオも、世論の高まりをおそれて一般公開したがらない。これほどまでに親中的な内閣が、これまであっただろうか。

こんなにまで親中的な内閣の総理大臣との会談を、「雰囲気こわした」 なんていう子供じみた理由でドタキャンしてしまったのは、いくらパフォーマンスとはいえ、自分自身が雰囲気こわしすぎだ。日本国内に、親中派が動きにくい空気をどんどん送り込んでしまっている。

中国ってのは昔からそうだけど、相手が下手に出ると、かさにかかって理不尽なことを言い出す。つまり、こちらが気を使えば使うほど、付合いにくい国になるのだ。今回の騒動では、中国のそうしただだっ子じみた態度がことさら鮮明になり、世界中に嫌中的な雰囲気を醸造してしまっている。

こんなにまで、外交的には 「ドジ」 としか思われない愚策を弄しているのは、普通にみれば、国内がよほどしんどい状況になっているからとしか思われない。まあ、他人事だからどうでもいいけど、内部的な軋轢を隣国に転嫁して無茶苦茶いうのだけは、そろそろ止めてもらいたいものなのである。

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2010/10/30

「体力温存」 という技を覚えた

午前中にちょっと時間の余裕があって、久しぶりに TBS ラジオの 「土曜ワイド 六輔その新世界」 を聞いている。なんと、永六輔さんが何を言っているか、想像力を駆使しなくてもわかるようになっている。

今年の 3月 8日の記事で、永さんのしゃべり方の呂律が回らなくなったというか、呼吸が弱々しくなったというか、めっきり年寄りじみてきたのを心配しているのだが、半年ほどで不死鳥の如く甦られたようだ。笑い声も腹から出ている声である。

近頃は旅から旅という暮らしでもないようだから、体力が回復してきて腹から声が出せるようになったのだろう。喜ばしいことである。

体力といえば、この季節の変わり目は、健康な人でも疲れが出やすい。とくに近頃は、一昨日の記事でも書いたように天候の変化が極端だから、短期間に暑さに順応したり寒さに順応したりするのを繰り返さなければならないので、体の負担が大きい。私なんかも、「もしかして風邪を引きかけてるのかな?」 という状態が 1週間も続いている。

私の場合は、風邪を引きかけても大事に至らず、いつの間にか治ってしまうことが多くて、だからこそ "Today's Crack" も 7年近く毎日更新を続けられていられるのだが、それでもやっぱり 「気を付けるにこしたことはない」 と思うようになってきた。

若い頃はどんなに無理しても、一晩眠れば大丈夫だったが、最近は本当に疲れたときなどは、体力回復に 3日かかる。昔よりも簡単に疲れてしまうような気がするので、何かあるたびに 3日がかりで回復しなければならない。まあ、3日かければぴんぴんするのだからいいのだが。

実は今年の夏に 「体力温存」 という技を覚えた。これまでは体力的には自信があったのでその必要がなかったのだが、さすがに今年の夏は 「無理はできんぞ」 と思ったのである。8月に入ってとんでもない暑さになり、その暑さが 9月中旬過ぎまで続くという予報が出てからというもの、ひたすら 「体力温存、体力温存」 と唱え続けてきた。

そのおかげで無事に夏を乗り切って、ようやく秋のいい季節になったと思ったら、半月ほどで今度は冬の様相である。しかも、この冬の様相の中で台風が近づいているというのだから、一体どうなってるんだ。

いずれにしても、これからは 「体力温存」 を意識していかなければならない。まあ、温存する体力があるというのは、ありがたいことである。

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2010/10/29

酒田大火の思い出

今日 10月29日は、酒田大火のあった日である。昭和 51年のこの日、私の生まれ育った酒田市の中心部にあった、かの有名なグリーンハウスという映画館から出火し、折からの強風にあおられて見る間に 1,767棟が焼失し、被害総額は約 405億円、死者 1名、被災者は 3,300名以上にのぼった。

あれからもう、34年も経ったのである。早いものだ。私は昭和 46年に酒田東高校を卒業して東京に出てきていたから、酒田大火は直接には体験していない。それでも、夜通しテレビの画面を眺めて、ハラハラしていた。

34年前のこの日の夜、同郷の友人、勘ちゃんから電話が入った。「酒田で大火になっているのを知っているか?」 という。知らないというと、「ちょっとテレビをつけてみろ」 というので、友人からもらったお古の白黒テレビのスイッチを入れると、もうもうとした炎の中で、仲町商店街のト一屋という地元スーパーの店舗がどっと焼け落ちるところだった。

勘ちゃんは当時、テレビを持っていなかったが、姉が火元の近くに嫁いでいるので、どんな具合か、テレビでみて教えてくれという。いくら電話しても不通で、心配でしょうがないというのである。

「うわぁ、こりゃあ、どんな具合も何もないよ。一面火の海だわ。気の毒だけど、火元の風下にある家は、間違いなくみんな燃えちゃってるね」
「そうか、それじゃあ、どうしようもないね。避難はしてるだろうから、命の心配はないと思うけど」
「そうだね。ありゃりゃ、それどころじゃないわ。風に煽られた火が、うちの実家に向かってるみたいだ! これじゃあ、市街地を焼き尽くすまで止まりそうにないね。えらいことだ。知らせてくれてありがとう」

確かに、火元の映画館から私の実家までは、この夜の風速 12メートル以上の季節風が、まともに吹き付けているというではないか。テレビのニュース画面が伝える延焼範囲は見る間に長く伸びていき、そのまっすぐ先に、我が家がある。冷や汗が流れた。

電話してみるが、案の定、全然通じない。電話というのはどうでもいい時にはすぐにつながるが、災害時など、本当に必要な時には全然つながらなくなる。こういう場合は、遠い親戚とか、ちょっとした知り合いとかいう人は、わざわざ電話なんかしないでもらいたいものなのである。混雑しちゃうから。

火元と我が家の間には、新井田川 (にいだがわ) という川が流れているのだが、この火の勢いでは、あの川ごときで食い止められるかどうか、疑問だ。それどころか、強風に乗って大きな火の粉がどんどん飛んでいるらしいから、川ぐらいあっというまに飛び越えてしまうかもしれない。

薄情なもので、テレビニュースも夜中を過ぎるとあまりまともなレポートはしてくれなくなる。ああ、田舎の父と母は家を後にして避難所で毛布にくるまり、震えているに違いない。まんじりともしない一夜を明かす。

夜が明けた 6時過ぎに電話がなった。父からである。どこにいるのかと聞くと、「家にいる」 という。実家は焼けずに済んだらしい。どっと緊張感がとける。

我が家の近所では、夜中に総出で屋根にのぼり、ホースで水をまいていたそうだ。そうでもしないと、拳骨より大きな火の粉がどんどん飛んできて、延焼しかねなかったという。そして、屋根で水をまいていた人は全員、押し寄せる熱気のために顔が低温火傷で真っ赤になっているらしい。

その年の冬に帰省すると、高校の頃までお馴染みだった仲町商店街がすっかり焼け野原で、雪に覆われている。何人かの同級生や友人の家も焼けてしまった。変わり果てた故郷の姿に、私は愕然としてしまった。

しかし、酒田の人は基本的にオプティミストである。失ったものにはこだわらない。要するに諦めが早いから、落ち込まないのである。酒田の街は驚くほどの早さで復興を遂げた。仲町商店街も見違えるようなモダンな街並みになり、あまり見違えすぎて、私なんか地元で道に迷うほどである。

焼けてしまった同級生の実家も、1年ほどで新築なった。火災保険で焼け太りしたなんて話も聞いた。しかし家が新しくなったので、しばらくはたまに帰省して夜中にトイレに行こうとしても、電灯のスイッチの場所がわからなくて往生していたそうだ。なるほどね。

※ ここに出てくる 「勘ちゃん」 というのは、知る人ぞ知るギタリスト、古田勘一氏である。

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2010/10/28

近頃天気が極端なのは

今日はちょっとした冷え込みだった。仕事で水戸まで行ったのだが、茨城県でもさすがに中央部を流れる那珂川を越えてしまうと寒い。東京でも寒かったんだから、水戸まで行ったらさらに寒いのである。多分、一日中 10度を超えなかったんじゃあるまいか。

ちょっと前まで大汗かきながら、「秋はまだか」 なんて言ってたのだが、その秋はほんの申し訳程度で、もう冬になってしまったみたいなのである。本当にこの頃は天気が極端で、いい季節が短くなった。

このように天気が極端から極端に振れるのは、生物多様性が損なわれているからだという説は、昨年の夏に紹介した。こちら をご覧いただきたい。

かいつまんで言うと、自然界というのは本来ならば生物多様性が豊富で、天候のちょっとした変動要因なら生物多様性の中に吸収されていた。豊富な自然が、天候急変を和らげるバッファとして機能していた。

ところが最近、生物多様性が貧弱になってきたので、変動要因を吸収してくれるバッファも少なくなった。それで、ちょっとした変動要因がストレートに顕在化してしまいがちだというのである。

生物多様性が豊富な赤道直下の熱帯雨林は、天候的には驚くほど安定しているんだそうだ。その反対が砂漠で、天候の変動が極端だ。一日の気温差だけでも大変なことになる。もしかしたら、日本列島も砂漠に近づいているのかしらん。くわばらくわばら。

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2010/10/27

「左右学」 という学問があるんだって

昨日の夕方、NHK BS をちらっと見ていたら、爆笑問題がホストをつとめる番組で、「左右学」 というのをやっていた。これは埼玉大学名誉教授の西山賢一さんという方が始められた学問で、「分子の構造や地球の自転、女性の肖像画の向き、日本文化の特殊性まで、左右が示唆する奥深い世界」 を取り扱うものなんだそうだ。

残念ながら時間が足りなくて、この番組を全部みることはできなかったのだが、なかなかおもしろい内容という気がした。

例えば納豆をかき混ぜるとき、人間は右利きだろうと左利きだろうと、右回り (時計回り) でかき混ぜる人が多いんだそうだ。そのくせ自分が走るときは、陸上競技のトラックをみてもわかるように、左回り (逆時計回り) に走るのが自然だというのだね。

劇場などでも、なぜか左側 (下手側) の座席から先に埋まっていくというから、これは人間の本能的なものなのかもしれない。本が出ていないかと調べたら、西山先生ご本人の著書で 『左右学への招待』 (知恵の森文庫) というのが見つかったが、Amazon では中古出品しかなかった。

私はこの番組の最初の方しかみることができなかったので、もうちょっと知りたいと思ってググってみたら、「井出塾」 というブログで紹介されていた (参照)。私が見たのは、どうやら 10月 21日に NHK 総合で放映された番組の再放送だったらしい。このブログに興味深い記述がある。

今から200~250万年前の原人類は、59%が右利き。5000年前の人類は90%が右利き。壁画や土器の形から分かるそうです。
道具の発達と脳の発達が、左脳を刺激・強化し、右利きを増やすこととなったと西山教授は見る。

へえ、人類は左脳の方をどんどん発達させるにともなって、右利きも一緒にどんどん増えてきたものとみることができるわけだ。壁画や土器の形から推定してわかる時代において、59%が右利きってことは、もっと遡ればほぼ半々に近かったんじゃないかなんて想像できたりする。

話はちょっと変わるが、プロ野球の長嶋さんは今、いつも右手をポケットにしまっておられる。ということは、左脳の方にダメージが残っておいでなのだろう。それに関して平成 17年 7月 10日の記事に、私は次のように書いている。(参照

長嶋さんの脳のダメージが、左脳でなくて右脳だったとしたら、大変だった。直観を司る右脳にダメージが残ったら、長嶋さんが長嶋さんでなくなるところだった。

まさにその通りのようなのである。長嶋さんの脳梗塞がもし右脳を襲っていたら、長嶋さんの、あの直観に満ちた 「動物的カン」 とまで言われたキャラクターが失われてしまうところだった。それは国民的損失と言わなければならなかっただろう。本当に不幸中の幸いだったのである。

いずれにしても、「左右学」 というのはなかなかおもしろい分野のようで、私としては西山先生の新刊が出るのを楽しみに待ちたいと思う。

それから、どうでもいいような話なのだが、西山先生が番組中で 「左右学」 と板書されたとき、「右」 という字の筆順が間違っていた。先に横線を引いていらしたのである。それを見て、私はかえって先生に親しみを感じてしまったりしたのだった。

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2010/10/26

最近のコンビニ・レジの、奇妙な習慣

最近、コンビニやスーパーのレジで、奇妙な習慣が広まりつつあるのにお気づきだろうか。どういうことかというと、釣り銭の小銭をレシートの上に載せ、つまりレシートをあたかも釣り銭を載せるトレー代わりのようにし、両手でそのレシートの両端をもって、こちらの差し出した掌の上に置くのである。

こんな習慣が一体いつ頃から発生したのか、私の記憶では定かではない。ふと気付いたら、レシートと釣り銭を渡すときにこんな渡し方をする店員が増えていたのだ。私としては、「これって、一体どういうことなんだ?」 と、理解不能である。

私がこの奇妙なやり方に気付いたのは、近頃、釣り銭の小銭を受け取り損なうことが増えたからだ。

スーパーやコンビニのレジからアウトプットされるレシートは、元々はロールペーパーである。ロールペーパーであるからして、湾曲した 「クセ」 がついている。その湾曲したレシートの上に、1円玉 2枚~3枚とかの釣り銭を載せて、両端を引っ張り気味に持ち、こちらの掌の上に置こうとするから困るのである。

掌の上に置いたとたんに、それまでレジ係の両手で引っ張られて平らになっていたレシートが、一瞬にして緊張から解放されて元の湾曲を取り戻し、その勢いで軽い 1円玉が吹っ飛んでしまうことがあるのだ。

私としては、「どうしてまた、こんなに受け取りにくい手渡し方をするんだ?」 と、ちょっとだけムッときたものの、初めのうちは、そんな渡し方は、そのレジ店員の個人的なクセのようなものだと思っていた。ところが、どうやら個人的なクセじゃない。その同じ渡し方が今、俄然勢いを増して広まりつつあるようなのである。

どうしてそんな渡し方をするのか、その理由かもしれないと思われることが 3つほど思いついた。以下に挙げてみよう。

  1. 客がレシートに載った釣り銭を、そのまま小銭入れに入れられるように配慮した。客が直接小銭に触れなくて済むので、衛生的と思っている。つまり、客へのサービスのつもり。
     
  2. レジ係の女の子が、自分の指が客のオッサンの手に触れてしまうことがあるのを毛嫌いするあまり、そうしたやり方が考案され、それが広まりつつある。こっちは、従業員側の衛生を考えてのこと。
     
  3. レシートを別に渡されると怒り出すというエキセントリック客がいるので、自然に受け取らざるを得ないように、そうしたやり方が考案された。要するに、無用のトラブル回避のための、窮余の一策。

1番が理由だとしたら、前述の如く、釣り銭が 1円玉が 2~3枚とかの場合だと、レシートの湾曲が戻る際の勢いで吹っ飛んでしまうことが度々で、かえってやりにくい。床に落ちた小銭を拾わなければならないとしたら、かえって非衛生的だろうし。

実際、私は今月にはいってから、こうした釣り銭の渡し方をされたおかげで、3度ほど 1面玉が吹っ飛んで床に落ちてしまい、自分で拾うという経験をしている。さすがに、近頃は経験から学んで、慎重に受け取るようになったが、このメソッドは、客に余計な神経を使わせるという結果になっていると思う。

2番目だとしたら、お笑い草である。客の手に触れなくても、レジから小銭を取り出す段階で、もしかしたら雑菌だらけかもしれないところに指を突っ込んでるんだから。

3番目だとしたら、これまた面倒な話である。昨年の秋、神奈川のセブンイレブンで、レシートを渡されたという理由で激怒したというエキセントリックな客がいて、ネット上でも結構な話題になったことがある (参照)。

こうした馬鹿馬鹿しい事態を避けるために、コンビニ側では一時、レシートを渡すのに妙に慎重になったことがある。レシートを手渡す直前に、こちらの顔色を見ながら一呼吸おいて、渡していいのか悪いのか一瞬で判断しようとするのだ。あれもまた、妙な空気が流れるものである。

あんまり空気が妙になってしまうから、嫌でも自然に受け取らざるを得ないように、レシートを釣り銭のトレー代わりにして渡してしまうという、妙ちくりんな技を考えたヤツがいたのかもしれない。エキセントリックなヤツが一人いると、全体の流れがおかしくなってしまうということよくあるが、これもそんなものなのかもしれない。

いずれにしても、妙で面倒でうっとうしい習慣が広まりつつあるものである。コンビニというのは、「いらっしゃいませこんにちはぁ」 という妙な挨拶といい、変な習慣の宝庫である。

【10月 27日 追記】

夜の指揮者さんからのコメントのおかげで、正解は上記の 3番であると判明した。

釣り銭をレシートに乗せて渡すのは、「失礼である」 として当初は禁止されていいたが、無用のトラブル回避のために、黙認されるようになったものらしい。

本文でも触れたが、「エキセントリックなヤツが一人いると、全体の流れがおかしくなってしまう」 という顕著な例といえるだろう。

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2010/10/25

民主党、早くもボロボロ状態?

日本中の情報を集めたわけじゃないので、国ベースでの重要な傾向なのかどうかはわからないが、私の知る限りでは、地方レベルでの民主党のタガがかなりゆるんできている。

所属議員の離党、あるいは離党準備が、ちらほら見えてきた。「こんなんじゃ、民主党員やってられん!」 ということらしい。そろそろ党内での造反も出始めるんじゃあるまいか。「除名できるもんなら、してみろ」 ってことで。

告白してしまうが (あるいはわざわざ告白しなくても、過去記事から感づいてらっしゃる方も多いと思うが)、私は前の総選挙で、「この国は一度、まともな政権交代を経験しておかないと、どうしようもないことになる」 と思って、民主党に投票した。

このこと自体は、まあ、まともかどうかはわからないけれど、政権交代は実現したので、後悔はしていない。後悔はしていないけれど、もういい。「政権交代」 という目的は既に達成したので、あとはどんな理由でもいいから、さっさと衆院解散して、もう一度総選挙をしてもらいたいと思う。次は民主党なんかに投票しないから。

しかし今の状態で選挙しても、民主党はまず勝てないから、解散なんてしないだろうなあ。世の中、なかなかうまくはいかない。

民主党を離党した人、あるいはしようとしている人というのは、本来なら自民党にいてもおかしくないような中道右派と、社民党公認ではどうしようもないので民主党にしてみたという左派に多いような感触だ。

中道右派は、尖閣諸島問題での弱腰外交姿勢、外国人参政権問題などで、「こんな売国政党に所属したのは、末代までの恥じゃ!」 とばかりに憤っているらしいし、左派は左派で、自分の理念とのズレを感じて、「どうせ死ぬなら、社会主義者として死にたい」 とばかりに、自分のルーツに立ち返ろうとしているような感がある。

そもそも、今の状態の民主党に所属していたところで、選挙に勝てそうな雰囲気はないので、あまり大きなメリットにならないし。

私としては二大政党制らしき状況が現出されたので、「しかるべし、しかるべし」 と思っていたのだが、二大政党ならなんでもいいってわけじゃないと言いたくなってきた。もしかしたら、日本では二大政党制は根付きにくいのかもしれない。

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2010/10/24

相国寺ってすごい

今、京都駅前、京都タワーの下のスタバにいて、このブログを更新している。6時半頃の新幹線で帰宅予定だが、一日中歩き回って疲れてしまったので、家に着いたらもうばったり寝そうだ。今のうちに更新しておかないと、毎日更新が途切れてしまいかねない。

さすがに観光シーズンの週末、昨夜は京都のビジネス・ホテルに空きが見つからなかったので、心ならずも新大阪まで足を伸ばして宿を取った。近頃どうも寝不足気味のようで、今朝はかなり寝坊して、8時半頃にホテルを出て、新大阪から新快速で京都に戻った。

まず行ったのは相国寺。「しょうこくじ」 と読む。超有名という寺ではないが、あの金閣寺、銀閣寺が相国寺の分家みたいなもので、臨済宗相国寺派の大本山である。開基 (創立者) が足利義満、開山 (初代住職 )が夢窓疎石というぐらいだから、社格としてはかなり高い。

なんでこんなにすごいお寺に今まで一度も行ってなかったのかと、自分でも不思議に思うほどだが、正真正銘、今回が初めての参拝だ。4月中旬に、東福寺、三十三間堂、知恩院、京都御所を廻っているのに、どういうわけかすぐ近くの相国寺に寄るのを忘れていた。そこで、今回はリベンジマッチみたいなものである。

行ってみて初めて分かったが、ここはすごいお寺である。まず山門をくぐって、まずその境内の建物の直線的ですっきりした配置にまいった。さらに、鳴き龍、庭園でぐっときて、最後のダメ押し的に、承天閣美術館で鳥肌が立った。国宝、重文の宝庫である。

私が昨年の年賀状のネタに使った 「十牛図」 のオリジナルが相国寺にあったとは知らなかった。さらに円山応挙の 『七難七福絵巻』 の特別展示がされていて、間近からのぞき込むように見てしまった。これに関しては、こちらのブログ に詳しいのでご覧いただきたい。

いやはや、円山応挙を間近でしげしげと見るなんて初めてだったが、ものすごくモダンなのだよ、これが。さらに、絵巻の最初の 「序」 みたいな文章が、古文書にしてはチョー読みやすくて、ありがたかった。私は今更ながら応挙のファンになってしまった。

それにしても、京都は何度も来ているつもりだが、まだまだ見落としているところが山ほどある。これからも何度も来てみたいところである。

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2010/10/23

公共の場所での、必要以上の大声会話

すべての演劇の俳優養成メソッドにあるのかどうかは知らないが、私の知る劇団では役者の身体訓練の一環で、「相手にきちんと声を届かせる」 という感覚を鍛えたりする。

例えば、普段の声が小さ過ぎる人や大き過ぎる人がいる。彼らの多くは、自分の声が小さ過ぎたり大き過ぎたりしているのに気付いていない。直接的な身体感覚としてわかっていないのである。

例えば、テーブルの向こう側にいる相手にさえ届かない声では、まともな会話が成立しないので、きちんと届かせる感覚を磨く必要がある。 この訓練をしていると、自分の声があたかもキャッチボールの球のように、弧を描いて相手の胸に 「すとん」 と落ちるのがわかるようになり、その過程で自然に発声器官が鍛えられ、腹式呼吸もできるようになる。

逆に普段の声が大きすぎる人もいる。しかし、目の前の相手に話すのに、3メートルも離れた相手に話すような声を出す必要はない。いや、「必要ない」 どころか、かえって聞く方が違和感を覚えて疲れてしまったりする。こうした人も、自分の声が相手の胸にちょうど 「すとん」 と落ちる訓練をする必要がある。

世の中には、例えば電車内やレストランなどで、連れの 2~3人に聞こえればいいだけなのに、あたかも周囲 15メートルぐらいにくまなく聞かせたいみたいな声で話す人がいる。今、新幹線に乗っているのだが、後ろの席のオバサン 2人、オジサン 1人の連れの、オジサンの方がそうしたタイプである。

とにかく、乗ってきてからずっと、周囲に朗々と響く声でしゃべり続けている。よくまあ疲れないものだと思う。

ざっとみたところ、大きな声の人には 2種類ある。まず、単純素朴に声が大きな人。年取って耳が悪くなると、自然に声が大きくなるなんてこともあるが、そんな感じである。

それからよくみかけるのは、当意即妙の会話が得意で、それを連れだけでなくもっと多くの人に聞かせたいという無意識の欲求が現れているようなタイプである。

「ねえ、聞いて聞いて、私たちって、こんなにオシャレな会話しちゃってるの」 「俺の当意即妙の会話センスってすごいでしょ。みんなにも聞かせてあげる」 「私って、物知りでしょ。あふれ出る知性を披露しちゃおうかな」 とでも言いたげな人が、周囲の迷惑も知らずに結構な声で話をしたがる。

とくに、若い女の子 2人連れで、互いに当意即妙な (とはいえ、内容はうんざりするほど薄っぺらなんだが) 会話センスを競ってでもいるようにマシンガントークを繰り広げながら異常な盛り上がりを現出しているのがいる。そうなるとまさに公害だ。「やかましい!」 と一喝してあげないと、彼女らはそれに気付かない。

今、後ろで大声会話を繰り広げているオジサンは、どうも見たところ、耳が遠くなりかけていて、しかも 「当意即妙の会話センス誇示」 の要素も相当に加わっているという、困った合わせ技みたいなのだ。まあ、耐えきれないほどではないので、今日のところは放っておいてる。

なお、かの有名な中国人の大声会話は別の興味深い要素があるようなのだ。それについては、前に書いているので、こちら を参照されたい。

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2010/10/22

「パチンコ離れ」 を巡る冒険

パチンコ人口が減少しているんだそうだ。「痛いニュース」 に次のようにレポートされている。(参照

10月19日、東京国際フォーラムで開催された「パチンコホールイノベーションフォーラム2010」で日遊協の深谷友尋会長が、パチンコ産業の未来創造をテーマに基調講演を行った。その中で、パチンコ業界の現状分析では、パチンコ人口が減少する一つの理由に、若者のパチンコ乖離を挙げた。

つぶれてしまった繁華街の店がいつのまにかパチンコ屋になっていたり、テレビやラジオでパチンコ屋の CM が増えたりしているので、パチンコ業界ってまだ元気なのかと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。その不振の原因が 「若者のパチンコ離れ」 なのだという。

前述の記事の中でも触れられているが、「若者のクルマ離れ」 とともに、結構目立った現象らしいのだ。どうやら近頃、若者はクルマからも、パチンコからも、さらに酒からも、麻雀からも、野球からも離れてしまいつつあるらしいのだ。

私はどうみても若者じゃないが、ここで挙げたクルマ、パチンコ、酒、麻雀、野球のうち、クルマ以外からはずいぶん離れている。そしてクルマだって、別にクルマ好きというわけじゃなくて、つくばの田園地帯に造成された住宅地なんかに住んでいるので、日常生活の必需品となっているだけのことだし。

実は喫煙者だった学生時代、100円で煙草を 3~4箱稼ぐために、パチンコをl時々やっていた。当時住んでいたアパートの近くにあったパチンコ屋で、たまたま釘の甘い台を発見し、その台専門で稼いでいたのである。

ただ、いくら出やすい台といっても煙草 3~4箱分以上稼ぐ気にはならなかった。元々パチンコ好きというわけじゃなくて、煙草代を浮かせたいだけという理由なので、ある程度玉が出てしまうと、それ以上根気が続かないのである。そしてその台も 1年ぐらいして釘が打ち直され、玉が入りにくくなったので、自然に止めてしまった。

酒は 3日前に書いた通り、2ヶ月以上飲んでいない。禁酒したというわけじゃないので、絶対に飲まないわけじゃないのだが、なんだかずっと飲む気がしないままでいる。ただ、何か機会があれば飲もうとは思っている。

麻雀は私の年代にはめずらしく、一度もやったことがないのでルールすら知らない、ずっと座りっぱなしでグダグダやって、そんなもので金のやりとりをするなんていうのが、どうにも性に合わない。

野球も嫌いってわけじゃないが、好んで見ようという気にはならない。ゆったりしすぎていて退屈してしまう。その点では、サッカーの方がずっとエキサイトする。今年のプロ野球のポスト・シーズンは、日本シリーズまではテレビ中継されないみたいだが、それでも全然不満がない。

というわけで、私が興味を失っているものの多くが、「若者の○○離れ」 と言われて衰退しつつあるものに含まれているようなのだ。私ってば、時代を先取りしていたのかしらん。

最初に戻って、パチンコに関して言えば、この業界はバブル期の状況に最適化しすぎた過ちが尾を引いてるんじゃなかろうか。「2万 5千円使わないと大当りにならない」 なんていうのは、この不況期には別世界のお話である。今どき、一体誰がそんな金のかかる遊びをするというのだ。

金に余裕のある層なら、パチンコじゃなくてもっと別の遊びをするだろう。ということはつまり、今のパチンコ業界はとてもニッチなマーケットを相手にするしかない状況に、自らを追い込んでしまっているのだ。実際、休日はパチンコ屋に通うなんていう人は、今の私の廻りには一人もいない。

昔みたいにワンコインで時間をつぶせるというようなシステムに戻せば、少しは盛り返せるのかもしれないが、今の業態ではそんな小商いでは利益が出ないだろう。やっぱり、バブル期に最適化しすぎたのがいけないのだ。

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2010/10/21

タッチタイピングとリストレスト

最近の人は PC のキーボードを打つときに、リストレストを使わないんだろうか。先日、近所の家電量販店にリストレストを買いに行ったところ、マウス操作用の片手を置くタイプ、あるいはマウスパッドとの一体型しか置いていないと言われて、びっくりしてしまった。

ノート PC はほとんどがタッチパッドが手前に付いていて、その両側に手首をおいて作業ができるので、まずリストレストなんていらないが、デスクトップ用のキーボードは手首を置くスペースが付いていないものが多い。こんなんで手首を浮かせたままで長文を打ったら、肩が凝ってしょうがないだろうに、一体どうなってるんだろう。

さすがにアキバのヨドバシカメラでは何種類か置いてあったが、やはりマウスパッド操作用のものに比べると、キーボード用は種類が少ない。本当に一体どうなってるんだろう。そういえば、ウチの娘たちもリストレストは使っていないようだ。まあ、彼女らはあまり長文を打つなんてことはしないみたいだから、いらないといえばいらないんだろうが。

そこで、いろいろなキーワードを駆使してあちこち検索してみてわかったのだが、どうやらリストレストは、タッチタイピング (いちいちキーボードを見ない入力) をする人にとっては必需品だが、そうでない人にはかえって邪魔と思われていることが多いようなのだ。

10本指を駆使してタッチタイピングをする場合には、手首を固定しておかないとやりにくくて仕方がない (キーボードなんか見てないから、手首の位置がずれたら他のキーを打っちゃう) が、左右の人差し指だけで打つとか、各キーを打つ指が一定していない人だと、手首は常に浮かせておく方がいい。

なるほど、手首を宙に浮かせてタイピングする人にとっては、リストレストなんて無用の長物で、邪魔にしかならない。逆に 「一体、何のためにあるの?」 なんて言いたくもなるだろう。

で、今の世の中は PC が広範に普及しちゃったので、PC 使いの多くがフツーにタッチタイピングできるというわけではないみたいなのである。逆に、長文をタイプするなんていう人はそれほど多くなくて、どうみてもインターネットを見たり、短いメールを書いたりするぐらいの用途が多いから、苦労してタッチタイピングを習得する必要がない。

ビジネス現場でも、意識して見渡してみると、タッチタイピングをしている人は意外に少ない。左右の人差し指使いの人が案外多いのだ。彼らの中にも信じられないほどの快速タイピングができる人もいるが、やはりほとんどは遅い。私が 5分で打ち終わるようなドキュメントに、30分以上かかるみたいな人もいる。

左右の人差し指でタイピングをしたら、さぞ疲れるだろうと思うのだが、そういう人を見ていると、それほど PC の入力作業にかかりっきりというわけじゃない。せいぜい最後のドキュメント清書程度にしか使っていないようだ。タイピングをする絶対時間が短いのだから、肩凝りにもならないのだろう。

今の時代になっても、PC が 「インターネットもできる清書マシン」 でしかないという環境が存在することに驚いてしまうが、まあ、現実は現実だ。

なるほど。だから、リストレストを使っている人ほど肩凝りに悩まされるという、妙なパラドックスが生じるのだな。そういう人はつまり、快速でタイピングする作業時間が圧倒的に長いのだ。

そして最後に残った疑問は、マウス用のリストレストなんて、何のために必要なのだろうということだ。私としては、マウスを使う時はデスクに直接手首をおく方が、ずっと楽だがなあ。今はほとんどが光学式だから、マウスパッドだっていらないし。

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2010/10/20

中国のデビットカード

中国ではクレジットカードが普及していなくて、その代わり、デビットカードがやたらに多いという話を聞いた。中国で普通に 「カードで買い物」 と言ったら、それはクレジットカードではなく、デビットカードでの買い物を指すという。

「中国銀聯」 (ちゅうごくぎんれん) というオンライン決済業務を行う会社が発行する 「銀聯カード」 (カードの漢字は、「上」 の下に 「ト」 と書く) といわれるものだ。元々は、多くの銀行で共通して使えるキャッシュカードとして発行されたものらしいが、それがデビットカードとしての役割を果たすという。

中国でのカード発行は一昨年の段階で既に 15億枚を越えて、さらに増え続けていると言われるが、その 90%以上はいわゆるクレジットカードではなく、この 「銀聯カード」 であるらしい。

この辺りの事情は、Wikipedia には、「収入の格差が高く、個人の信用度が低いため個人の与信が困難であり、大多数の中国人はクレジットカードを持てない。それゆえ必然的にキャッシュカードを利用することとなる」 と書かれている。(参照

ここでは 「個人の与信が困難」 と、穏やかに表現されているが、多くの中国人が自嘲気味に、「中国人がクレジットカードなんか持ったら、後先を考えずに無茶苦茶に買いまくって大変なことになるに決まってる」 というように、「危なくて持たせられない」 というのが実情のようだ。

中国からの観光客が急増している日本でも、 「銀聯カード」 の取扱店は増えていて、アキバのヨドバシでも、レジのところにその旨の表示がされている。レジを打つごとにきちんと銀行口座からの決済がなされるので、まずは安心というところだ。

それにしても、中国からの旅行費用を支払い、ヨドバシカメラで炊飯器や PC を買いまくり、それでもちゃんと銀行口座からの引き落としがその場で出来るというのだから、中国人も豊かになったものである。世界中から 「有望市場」 として期待されているだけのことはある。

しかし日本の流通企業が中国に進出しても、「銀聯カード」 取扱店になる認可がなかなか下りないという意地悪があったりするらしい。つまり、クレジットカードが何も使えないお店のようなものになってしまうわけで、それじゃ、お話にならない。このほど伊勢丹が中国出店を中止したのも、そうした事情と関係があるかもしれない。

その辺は、最近の日本向け輸出の税関検査がやたら徹底的に厳しくて、なかなか荷を出せなかったりするのと同じようなもので、まあ、いつまで経っても、やっかいな国ではあるようなのである。

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2010/10/19

オジサンも酒離れしてる

「若者の酒離れ」 が言われて久しいが、若者ばかりではない。オジサンも酒離れしている。

実はここ 2ヶ月以上、酒類を一滴も飲んでいない。いや、一滴も飲んでいないというのは正確ではない。「コーレーグース」 (沖縄の 「島とうがらし」) は料理に愛用しているので、これに使っている泡盛は、日常的に ほんの少々(1~2cc ぐらいか?) 口に入っている。しかし、この程度では、アルコールが熱で飛んでしまうし、酒を飲んでいるような気はまったくしない。

最後に飲んだ酒は、8月の盆前に酒田に帰郷した時に飲んだ 「上喜元」 (「じょうきげん」 とよむ) の純米吟醸である。大変おいしく、満足してほろ酔い機嫌になった。しかしそれ以後、酒を飲むという習慣が絶えてしまった。

もう時効だから言うが、17歳頃からまともに酒を飲み始めて以来、2ヶ月も酒から遠離ったなんてことは一度もない。多分、最長でも体調が悪くなったときの 1~2週間ぐらいだろう。2年ぐらい前まではほとんど毎日お酒を口にして、週に一度の 「休肝日」 を取ることさえままならなかった。

しかし、毎日酒を飲んでいたといっても、私は駅までは車で通う身の上なので、外で酒を飲むことがほとんどできない。だから、帰宅して寝る前にほんの少しだけ酒を飲むという程度の習慣が、20年以上続いていた。外で本格的に飲むのは泊まり込みが前提になるので、月に 1~2度、多くても 3度ぐらいのものだった。

ところが近頃は、出張でビジネスホテルに泊まるときでも、酒を飲まなくなった。まず、不況のせいだかなんだか知らないが、仕事が終わってから飲みに誘われるということがなくなった。「お疲れさまでした~」 で終わりである。

つい最近まではそんな時でも、ホテルのチェックイン前につい惰性で、コンビニで缶ビールやコップ酒を仕入れていた。しかしいくら仕入れても、部屋の冷蔵庫に入れたまま、PC に向かって仕事をしたり、ブログを更新したりしているうちに眠くなり、飲み忘れて爆睡してしまう。

朝になって気付いても、その日の仕事前に飲むわけにいかないから、もったいないが捨ててしまう (持ち運ぶと重いし)。そして、ビジネスホテルでバスルームの流しに缶ビールを捨てるときというのは、なんだかすえたような、ものすごく嫌な臭いがするのである。「俺って、こんなもの飲んでたのか」 と思う。

こんな思いをしているうちに、まず、ビールを飲む気がしなくなった。ビール (ビールもどきを含む) に関していえば、4ヶ月以上飲んでいない。この夏もまったく飲まなかった。多分、今後も 「お付き合い」 の時の最初の 1杯を別にすれば、好んで飲むということはないだろう。

ただし、たばこは完全に止めていて、止めてからというもの大嫌いになってしまったから、一生吸うことはないが、酒は止めたわけではない。純米吟醸系の日本酒や、泡盛の古酒、ウィスキー、そしてジン・ベースのカクテルなんていうのは大好きだから、今後もたまには飲むつもりである。

ただ、「さあ、飲むぞ!」 という気になることが少なくなってきたのである。「酒飲みに飲む理由はいらない」 というが、私はよほどの理由でもないと飲めない体質になってしまったようだ。ということは、元々本当の酒飲みではなかったのだろう。

父はお猪口 2杯飲むと、心臓バクバクで死にそうになるという体質だから、少しは引き継いでいるのかもしれない。

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2010/10/18

「反日様のデモ」 は 「お伊勢様のお札」

「酒飲みが酒を飲むのに理由はいらない」 というのと同様に、鬱積した不満のはけ口を求めるものにとっては、暴れるための名目が何だろうと知ったことじゃない。ちょっとしたきっかけがありさえすれば、あっという間に火がついてしまう。

今回の中国の 「反日デモ」 も、初めのうちは 5年前の投石、ペンキ投げと同様に、ほとんど 「官製デモ」 なのだとばかり思っていた。多少羽目を外して暴れて見せても、覆面も何もしていないのに、デモ隊からは逮捕者なんか出ない。それは、当局が 「指導」 まではしていないとしても、「限りなく推奨に近い黙認」 をしているからに違いないと考えていたのである。

ところが、なんだか状況が違ってきているようなのである。当初は 「本来なら政府に向けられるべき不満を 『反日』 に向けてガス抜きをする」 という、いつものやり口かと思っていたが、それが当局の思惑通りには収束しない傾向が見え始めた。

四川省の成都や綿陽に飛び火した 「反日デモ」 はかなりアナーキーになってしまい、公安車両を転覆させたりという、もはや 「反日」 ではすまない様相を呈している。政府のコントロールの効きにくい地方から、こうした動きが今後も顕在化するだろう。

江戸末期に 「空からお伊勢様のお札が降ってきた」 というのをきっかけに、「ええじゃないか」 の狂乱状態が現出したように、「反日様のデモが通りかかった」 というのがきっかけになって、そのデモの最後尾ではアナーキーな騒乱にすぎない状況が現出されやるという、ハイリスクの状況になった。

今後は中国政府としても、これまでのような安易なガス抜きはやりにくくなっただろう。ということは、これまで以上に危険なガスが溜まるというアンビバレンツェが生じる。興味深くウォッチしていこう。

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2010/10/17

たらればラーメン?

昨日、つくば市にある某ラーメン屋で岩のりラーメンを食べていたときのこと。隣の席に座った学生風が、「たらればラーメン」 なるものを注文した。

「ん? たらればラーメン? そりゃ、一体何じゃ? ニラレバラーメンのシャレか?」 と、疑問に思ったが、店内に張り出されたメニューを見渡してもそんなのは見つからない。一体何の聞き違いだろう。気になってならない。

程なくして店員が注文の品をもってきた。「は~い、ハバネロ・ラーメンです」

なんだ、「ハバネロ・ラーメン」 を 「たらればラーメン」 と聞き違えていたのか。それにしても、何となくありそうでなさそうな絶妙の聞き違いを、我ながらしたものだと、自分の聞き違えセンスをほめてやりたい気持ちにさえなった。

となりの学生風はおもむろに、その 「ハバネラ・ラーメン」 を食べ始めたが、すぐに顔色が変わった。かなりの激辛のようで、明らかに苦戦している。人目もはばからず、「ハアハア、フウフウ」 と荒い息をつき始めた。

荒い息だけではない。たちどころに、たらたらと汗をかき始めた。さらに、鼻水まみれにまでなり始めていて、見ていられない。何も、そんな辛いものを無理して食う必要もないのに。気の毒なことである。

で、私の方はと言えば、そのうちどこかの中華料理店で 「たられば炒め定食」 というのを注文してみようかなどと、漠然と考えていた。何も言わずに 「ニラレバ炒め定食」 が出てくれば、大したものだ。

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2010/10/16

庄内弁による言文一致体テキストの模索

一昨日の 「ちょっとばかり、庄内弁で語ってみる」 という記事が、庄内の読者を中心にちょっとした反響を呼んで、予想以上のコメントをいただいた。その中で、「庄内弁どご活字さすんなだは、ほん―とでよいでね―ですよの」 (庄内弁を活字にするのは、本当に容易じゃないですね) と、shun さんがおっしゃっている。

この場合の 「活字にする」 というのは、「文章にする」 という意味と捉えていただきたい。確かに、庄内弁に限らず、方言をテキスト化するのはそれほどやさしいことではない。

なにしろ、「疑似方言」 というのがあるほどだ。小説 (とくに翻訳小説) や新劇などで、登場人物が田舎者であることを示すために、想像上の方言で語らせるのである。「そうでごぜえますだ」 「あんれまあ、なんてこった!」 など、北関東と南東北の訛りをごっちゃにしたようなしゃべり方をさせれば、便宜的に田舎者ということになる。

しかしそれは、あくまで 「疑似方言」 であり、そんなような言葉を話す地方なんて、ありそうで、実はなかったりする。ただ、文字で表しやすいのでそのような言葉を作り上げたわけだ。しかし本当の方言というのは、文字では表しがたいのである。

ここで、「標準語のなかった昔は、どうしていたんだろう」 という疑問が上がったりするが、答えは簡単だ。昔は文章を書くのはそれなりのインテリの仕事であり、文章専用の文体 (文語) で書かれていた。口語として存在する方言を口語のまま文章化するなんてのは途方もないことで、普通はそんな発想すらなかったのである。

それは方言に限らず、いわゆる 「標準語」 と言われる言葉においてすら、容易には文章にならなかった。江戸時代は、「○○にて候」 という文語でなければ、手紙すら書けなかったのである。

江戸時代に深川言葉をそのまま文字にした式亭三馬などの戯作は、ある意味革新的なことだったろうが、それでも会話の部分だけで、地の文にはほとんど使われなかった。

今では当たり前と思われている 「言文一致」 というのは、先人が苦労して作り上げたスタイルなのだ。その記念すべきモニュメントと言われる二葉亭四迷の 『浮雲』 は、明治の御一新以後 20年経って、ようやく世に出たのである。当時、坪内逍遙を中心とした文士たちが模索を繰り返していたのだ。(参照:二葉亭四迷「余が言文一致の由来」

明治期の原文一致体の確立に貢献したのは、初代三遊亭圓朝の落語の口演筆記だったということが、上記の二葉亭の文章にも記されている。落語の口演をそのまま筆記するのだから、さすがに、そこには文語の入り込むことはない。

ただ、その口演筆記を書き、そしてそれを読むのは、当時の人たちには、なかなか非日常的な作業だったのではなかったかと思われる。当時の感覚では、「文章の読み書き」 というよりは、口語で発せられた言葉に記号としての文字を当てはめて記述し、そしてそれを判読するというような作業に近かったのではないかと想像する。

そしてそれは、今私が盛んにトライしている 「庄内弁のテキスト化」 と同じ感慨だったと思うのだ。

私が 「庄内弁のテキスト化」 に初めて本格的に取り組んだのは、今から約 6年前、「庄内力養成委員会」 というサブサイトを作ったときである。このサブサイトの中に "「庄内力」 チェック" というコーナーがあり、このチェックをするための質問項目はすべて庄内弁で書かれていて、解読できない人は回答すらできないことになっている。

この質問項目を庄内弁で作り上げるのには、確かにちょっとした苦労があった。なにしろ、庄内弁のテキスト化というのは、確立されたメソッドがあるわけではないからである。私は shun さんのコメントに応え、次のように書いている。

「言文一致の庄内弁文体」 は、おらがだの代で開発していがねばねもんだよです。
(若っげ人がだだば、しぇねんでろもの)

【翻訳】
「言文一致の庄内弁文体」 は、私たちの代で開発していかなければならないもののようです。
(若い人たちでは、できないだろう)
[※ 訳注: 若い人たちの多くは、既に庄内弁が話せなくなりつつあるので]

とはいえ、私が庄内弁のテキスト化に取り組んだ時には、ありがたい先例があったので、私自身はそれほどのパイオニア的苦労はせずに済んだ。それは、佐藤公太郎氏による 『庄内むかしばなし 唐の大王鳥』 (みちのく豆本の会・出版) という本である。

この本は、著者である佐藤氏が自身の語り継いだ昔話を、庄内弁の語り口のまま、ほぼ忠実にテキスト化したものだ。この本を読んで私は、「んだんだ、こげだ話、子供の頃、聞いだもんだのう」 (そうそう、こんな話、子供の頃に聞いたものだなあ) と、とても懐かしく思ったものだ。

ちなみに、子供の頃に聞いた昔話というのは大変なもので、私は一度聞いただけの昔話を、今でもかなり忠実に再現できる。だから、古事記を暗誦した稗田阿礼の業績というのも、素直に信じられる。

そしてこの本が、私が 「庄内力チェック」 を庄内弁で作成するときの 「圓朝落語の口演筆記」 のような役割を果たしてくれた。私の庄内弁テキスト化のメソッドの多くは、この本の表記によっている。もちろんそればかりでなく、私独自の改良もあるが。

最近では昔話のテキスト化はかなり盛んに行われているようで、鶴岡市議会議員の田中宏氏が、Twitter 上で山形新聞の 「音読・山形の民話」 という業績を紹介してくださった。この中に、庄内の昔話もたくさん載せられている。喜ばしいことである。

方言の衰退が問題になっている今、できるだけ多くの材料を、録音のみでなく 「方言テキスト」 として残しておくことは、とても重要な文化的作業に違いないので、私としては意識してトライしているわけだ。それは前述の通り、「若っげ人がだだば、しぇねんでろもの」 (若い人たちでは、できないだろう) ということだからである。

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2010/10/15

「楊貴妃のように中国を腑抜けにする柳腰外交」 ではダメ?

仙石官房長官の 「柳腰外交」 発言が、ものすごくくだらない展開を見せていて、なんだかブラックなお笑いじみてきている。

一応おさらいすると、発端は今月 12日の衆院予算委員会で、尖閣諸島問題に関する一連の政府対応を、自民党の石原幹事長が 「弱腰外交」 と批判したのに答え、仙谷さんが 「弱腰とは思っていない。『柳腰』 というしたたかで強い腰の入れ方もある」 と反論したことと報道されている。

これに対して 14日の予算委員会で、自民党の山本一太議員が、「(「柳腰」 という言葉は) 中国語では女性を表現するときにしか使わない。外交には不適切だ」 と、発言撤回を申し入れた。しかし、仙谷長官は 「日本のしなやかな 『柳腰外交』 が (国際社会から) 評価されている」 と譲らない展開が続いている。この辺で、もう十分にあほらしい。

そもそもの話からすれば、「柳腰というしたたかで強い腰の入れ方」 という仙石発言は、どうみても 「なんじゃ、そりゃ?」 というレベルのもので、お笑いぐさなのだが、まあ、「したたかで強い」 かどうかは別として、「柳に風と受け流す柔軟な姿勢」 という、彼一流の新解釈と受け取れば、それほど執拗に噛みつくようなお話じゃない。

あんまり上等の部類じゃないが、洒落ですましてあげてもいいような気がする。それどころか言葉の表面だけ捉えれば、「女性を表現する言葉だから、外交には不適切」 というツッコミの方が、「女性蔑視じゃねえの?」 と言われかねない。

まあ、山本議員の真意は、「柳腰」 とは元々、あの楊貴妃の腰つきを表した言葉なので、中国人からは 「日本政府は楊貴妃がなよなよと玄宗皇帝に寄り添った如く、中国と付き合う」 と誤解されかねないから、撤回しろということにあるらしい。一見もっともに聞こえる。

しかしよく考えれば、楊貴妃というのは、そのあまりの魅力故に玄宗皇帝を腑抜けにして唐の国を危機に陥れたぐらいのもので、「城を傾け、国を滅ぼす」 ってな意味で 「傾城」 という言葉の元祖にもなった。ということは、中国人にとってはむしろヤバイ存在である。

仙石さん、いっそのこと 「柳腰外交とは、楊貴妃が玄宗皇帝を腑抜けにしたように、中国をガタガタにしてしまう高等戦術」 とでも言っておけばよかったのに。(そんなわけないか)

そうかと思うと、自民党の伊吹文明元幹事長が 14日の伊吹派会合で、「柳腰は女性に対する表現だ。井原西鶴を読んだり、酒井抱一の絵を見ていれば、あの表現は出ない。政治家は経済や法律の知識以上に、教養がにじみ出るような度量を持っていないといけない」 と言ったというので、ますますドタバタである。

「柳腰」 が女性に対する表現であることを言うのに、よりによってわざわざ井原西鶴や酒井抱一 (同じ絵師でも春信とか歌麿とかじゃないところが、気障でしょ) なんかを持ち出すあたり、さすが伊吹さんである。「あなたと違うんです」 発言の福田元首相や、町村信孝氏とともに自民党の 「イヤミ三兄弟」 と言われるだけのことはある。

さらに、「政治家は経済や法律の知識以上に、教養がにじみ出るような度量を持っていないといけない」 というにあたっては、とんでもなくリスクの高い諸刃の剣的発言である。身内の自民党内から 「ああ、教養がなくて悪かったな!」 と反発されるんじゃないかと、私なんかハラハラしてしまうがなあ。

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2010/10/14

ちょっとばかり、庄内弁で語ってみる

ブログネタ: 方言で日常を綴ってください!参加数拍手

【下に翻訳があるので、ちんぷんかんぷんな人は、そっちを読んでください】

ココログのブログネタで、こげだよだなあたもんださげ、へば、ちんとばしその話さのてみっがどもて、書いでみでんなだもの。

おら、とろぺづ Twitter で庄内弁の tweet してっさげ、フォローしてくっでる人がだだば、わがてっごどだどもうんども、おらちゃ 「方言で日常どご綴れ」 でらってそいたら、ちょとばしよいでねごどなてしまうぞ。ほのあだり、わがてしゃべてんなだもんだんでろが。

方言でらって、ひとごどでそいても、ほんだもの、ちょとばし訛りある程度だば、誰でもわがんでろんども、おらほの庄内弁だの、訛りぐれでだの済まねなだぞ。まず、単語がらしてべっづだなださげの。並たいでの覚悟でだの、おつがんねぞ。

まず、庄内弁でらって、標準語訛てでぎでんなでだのねなださげの。どっちがでば古語訛てんなだ。んださげ、そんじょそごらのやろがだだの、おらがだネイティブでしゃべたら、わがるわげねなだもんだでば。

つらあらて出直してこい。わがたが?

【上記の翻訳】

ココログのブログネタで、こんなようなのがあったもので、それなら、少しその話に乗ってみようかと思い、書いてみてるんだよね。

私は Twitter でしょっちゅう庄内弁の tweet してるから、フォローしてくれている人たちにはわかってることだと思うんだけど、私に 「方言で日常を綴れ」 なんて言ったら、少しばかりむずかしいことになってしまうよ。そのあたり、わかって言ってるんだろうか。

方言とか、一言で言っても、そんなものは、ちょっとばかり訛っている程度なら、誰にでもわかるんだろうけど、ウチの庄内弁なんて、訛りぐらいでなんか済まないのだよ。まず、単語からして違うんだからね。並大抵の覚悟ではフォローできないよ。

まず、庄内弁なんて、標準語が訛ってできてるものなんかじゃないんだからね。どっちかというと古語が訛ってるのだ。だから、そんじょそこらのやつらなんか、私たちがネイティブでしゃべったら、わかるわけがないのだってば。

顔を洗って出直して来なさい。わかった?

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2010/10/13

「いじめ」 と プライド

"ホームレスに熱湯、中3逮捕「やりすぎた」" という記事 (日テレ ニュース記事) を読んで複雑な気分になった。

わざわざコンビニで仕入れた熱湯をホームレスにかけて大やけどを負わせ、逮捕された少年は、「やりすぎた。石を投げるぐらいにしておけば良かった。大きなリアクションをするので面白かった」 などと話しているという。

取り調べの警察官を前にして 「石を投げるぐらいにしておけばよかった」 なんてうそぶくというのも、かなり困った性格だなあと思わせるが、そういえば、ホームレスに石を投げるというのは、ずいぶん昔からあったのだと思い出した。

私が生まれ育った山形県の酒田市にも、昭和 30年代前半、「ホームレス」 とは言わなかったが、そのような人が存在した。共通語では 「乞食」 というのだろうが、酒田では 「やっこ」 と言った。漢字で書けば 「奴」 なのだろう。ボロボロの布地をつぎはぎしたようなものを身にまとい、街中を流して物乞いをしていた。

私が記憶している 「やっこ」 は二人いて、一人は空き缶を叩き鳴らしながら物乞いをするので 「缶カラやっこ」、もう一人は赤や緑の原色のぼろ切れを身にまとっているので 「天然色やっこ」 と呼ばれていた。

二人は、地味で日常的な 「いかにもやっこらしいやっこ」 と、派手で非日常的な 「異界の雰囲気をもつやっこ」 という役割で、棲み分けていたような気がする。お互いに相手のイメージ領域を侵さないように。

当時、同じ年頃の男の子は、街で彼らを見かけると、「やっこだ!」 と妙に興奮して、石を投げるのだった。私自身はそんなことは決してしない子だったが、石を投げる仲間を止めることもできず、おろおろしながら見つめるばかりだった。

小学校低学年の頃だったと思う。いつもは弱々しく逃げ回るだけの 「缶カラやっこ」 が、急に 「このやろ!」 と叫んで逆襲に転じ、血相変えて追いかけてきた。石を投げていた子たちは、あわてて蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

私は逃げなかった。石なんか投げていないから、逃げる必要がない。しかし、恐ろしい形相で子供らを追い散らした缶カラやっこが私を振り返ったとき、私は 「しまった、逃げればよかった」 と思った。私まで石を投げていたと勘違いされて、ひどい目に遭わされると思ったのである。

しかし、私と目の合った缶カラやっこはすぐに穏やかな表情に戻り、少しうなづいたような仕草を見せて立ち去った。彼は、私が石を投げる子ではないと知っていたようだ。私は缶カラやっこと、少しだけ心が通じたような気がした。

「缶カラやっこが神社の縁の下で死んでいるのが見つかった」 という噂を聞いたのは、それから程なくである。縁の下の遺体のそばには、小銭がずいぶん貯め込まれていたそうだ。年寄りたちは、「あのやっこは、昔はちゃんとしたまじめな人だった」 と話していた。本当かどうかはしらないが。

私の誇りの一つは、「決して弱い者いじめをしなかった」 ということである。というか、「誇り」 さえあれば、弱い者いじめはできないのだと思う。必要なのはプライドなのだ。

プライドが、他の連中の尻馬に乗ってしまいがちな心にブレーキをかける。「弱い者」 と見える者にもプライドがあり、それを蹂躙してはならないと知らせる。弱い者いじめをする者は、自分の心にプライドがないから、相手のプライドもわからないのだ。

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2010/10/12

民主党の前原誠司と松たか子が似ている件

最近、まともに気張ってブログを書いてしまったので、ちょっと疲れ気味である。そこで、今日はあっさりとジョーク気味に決めて、少し楽をする。

民主党の前原誠司と松たか子がビミョーに似ている件である。

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自民党の麻生太郎さんが首相をしていた頃、漢字を読めないとか、口が曲がってるだとか、さんざんな言われ方をしていた。その頃、私は大きな声では言わなかったが、「てやんでえ、口ぐらい、松たか子だって曲がってらあ」 と思っていた。

そして最近、その件に関しては前原さんの方にずっとそっくりだと思うようになってきた。口の曲がり方の角度は逆だが、麻生さんよりはずっと似ている。

だからって、どうということもないのだが、今日はもう眠いのでよろしく

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2010/10/11

賊軍の子孫は DDT をふりかけられたという仮説

昨日、カレーの話の勢いで、私の育った庄内地方では昭和 30年代後半まで、定期的に小学生に DDT を振りかけていたということを書いたら、alex さんが 「DDTの話は、以前にもここで読んで、びっくらしました(笑)」 とコメントしてくれた。そういえば、この話は前にも書いたんだった。

自分のブログ内検索をかけてみたら、それは一昨年の 11月 10日から 11日にかけてのこと。10日にちらっと DDT を浴びせかけられていたということを書いたら、alex さんが 「 びっくり」 というコメントを残してくださった。そこで、翌 11日に 「DDT を巡る冒険」 という記事を書いて、もう少し深くつっこんでみたのだった。

DDT そのものと、それを振りかけられていたということに関しては、あまり繰り返すこともないと思うが、その記事についたコメントから、小学校の生徒に定期的に DDT を振りかけるという乱暴な風習に関しては、かなり地域差があるということがわかったのである。

まず、東京と alex さんが育った大阪では、小学生に DDT を振りかけるなんていう野蛮なことは行われなかったようだ。これはまあ、大都市なので終戦後のかなり早い段階で衛生面のインフラが整えられ、DDT なんて必要なかったのだということにしておこう。

ところが、同じ大都市でも東海ベースの 乙痴庵さんが、「名古屋はあったみたいですよ。親父が昔、そんなことをのたまわっていたような…」 とのコメントを残してくれている。同じ大都市でも、ずいぶん扱いが違う。

東京や大阪からの距離が重要ポイントなのかも知れないと思ったが、そうとも言い切れない。会津の雪山男さんが 「うちの母に聞いてきましたが、DDT やられたそうです」 とコメントする一方で、土佐生まれの mikio さんが、「私は四国の山奥の生まれ育ち (昭和26年生) ですが、学校では DDT はなかったように記憶しています」 とコメントしてくれている。

ここで、当時の私に素っ頓狂な仮説が浮かび上がってきた。東京と大阪を別とすれば、明治維新の時の賊軍の子孫は DDT を浴びせられ、官軍の子孫はそれを免れたのではないかという推論だ。

会津も庄内も賊軍である。名古屋だって徳川家のお膝元だから賊軍だ。土佐は中央からものすごく離れているのに、官軍だったから DDT なんか振られずに済んだ。

何しろデータが少なすぎるので、この仮説を大声で言うのははばかられるが、「あなたは (あるいは、あなたの親は) 、昭和 30年代に学校で DDT を振りかけられましたか?」 という調査をすると、もしかしたら、この仮説が実証されちゃうかもしれない。

もちろん、こんな馬鹿馬鹿しい仮説は実証されない方を望むが、よかったら、ご自分または親の世代の経験と地域を、コメント欄に書き込んでいただければ幸いだ。

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2010/10/10

カレーと日本の変わり目

とくに理由はないが、今日はカレーの話である。

カレーといえば、日本においてはラーメンと並ぶ国民食である。そして、ラーメンがどちらかといえば 「外メシ」 であるのに対し、カレーは 「内メシ」 である。家で食うラーメンといえば圧倒的にインスタントかカップラーメンで、外で食うカレーは 「ココイチ」 以外にメジャーなチェーンを挙げにくいということをとっても、この傾向は明確だ。

ところで、私の育った庄内では、昭和 30年代半ばまで、カレーは贅沢な食べ物だった。子供はカレーが大好きだったが、それは誕生日のご馳走としてでもなければ食べられないものだったのである。友達の誕生会に行けば決まってカレーを食べさせてもらえたし、自分の誕生会のご馳走も、お約束のごとくカレーだった。

子どもたちは、「ハレの料理」 としてのカレーを、2杯はおかわりしながら、大喜びで堪能していたのである。

ところが、東京オリンピックの直前あたり、つまり昭和 37~38年頃から、なんだか様相が変わってきた。それまでは、カレー・パウダーを使って煮込んでいたのだが、この頃から、チョコレートの分厚いのみたいな、いわゆる 「カレー・ルウ」 なるものが登場し、簡単に作れるようになった。

そして、あんなに特別のご馳走だったものが、1週間に 1度ぐらいのペースで食卓に登場するようになると、私の年代の子どもたちは、なんだか気が抜けたような思いにとらわれた。病気にでもならなければ食べられなかった高級果物のバナナが、急に一番安物の果物に成り下がったのと同じ感覚が、カレーライスにはつきまとっているのである。

ちなみに、高校を卒業して上京すると、首都圏で育った同年代の連中は、かなり幼い頃からカレーが日常食だったと言うのである。ああ、やっぱり庄内は陸の孤島だったのだ。陸の孤島であったおかげで、今なおおいしい食材が生き残っていて、食の王国と化している。何が幸いするか分からない。

思えば、昭和 30年代後半というのは、日本が高度成長期にさしかかる頃で、生活全般が劇的に変わる時代だった。馬車がオート三輪を経て車に代わり、ラジオがテレビに代わった。

学校では 月に 2度ぐらい、保健所の職員が来て全校生徒に DDT を振りかけていたのだが、いつの間にか 「DDT は有害」 ということになってぱったりと止んだ。

これもまた、首都圏育ちの同年代の人間に聞いても、「DDT なんて乱暴なものを振りかけられたことなんて、一度もない」 という。同年代どころか、4~5年歳上に聞いても 「生身の人間に DDT を振りかけるなんて、終戦直後じゃあるまいし」 と呆れられる。

ああ、私が還暦前のくせに、時々妙に年寄りじみたことを言い出してびっくりされるのは、無理もないのだ。都会と庄内のタイムラグは、感覚的には 5年以上あるみたいなのである。だから、私が還暦過ぎのじじいみたいなことを言い出しても、全然不思議じゃないのだよ。

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2010/10/09

小沢さんが中国と仲がいいわけ

Asahhi.com によると、劉暁波氏のノーベル平和賞の受賞について、中国外務省の馬朝旭報道局長は 「劉暁波は中国の法律を犯し、中国の司法機関が懲役刑を科した罪人である。このような人物に同賞を与えることは、賞の目的に背き、これを汚すものだ」 と強く反発する談話を発表した。

うぅむ、"「中国の司法機関が懲役刑を科した罪人」 であるから、劉暁波氏は悪人であり、ノーベル平和賞に値しない" というのは、一方的で危険なロジックだ。逆から見れば、ノーベル平和賞が与えられるような人物を、中国当局は 「罪人」 として取り扱っているという驚くべき事実を、世界は知ってしまったのである。

また、「司法機関によって懲役刑が科された罪人」 だから悪人という一方的な前提は、ひっくり返すと 「司法機関によって無罪とされたら善人」 ということになる。これは、私の今月 5日の記事、「推定無罪」 と 「本当に潔白」 とのビミョーな差 というのに関連する。

小沢さんは、裁判で無罪判決を勝ち取れると確信していらっしゃるようで、そして、無罪にさえなれば、ゴチャゴチャした問題はすべてチャラになると思っておいでのようだ。彼は、そういう理屈がお好きのようなのだ。

それに関しては、私だって無罪になると思っている。だが、裁判で無罪になったからといって、天に恥ずべきことが何もないというわけじゃない。それは、懲役刑をくらっているからといって、その量刑に値するような悪人じゃない人が存在するのと同じ理屈である。同じ理屈の裏表なのだ。

小沢さんは 「裁判の場で無実であることが必ず明らかになると確信している」 との談話を発表していて、細かいことかもしれないが、"いや、「無罪」 と 「無実」 はビミョーに違うから" と、私はツッコミを入れたくなった。

そして、なるほど、小沢さんは中国と仲がいいわけだと、ふと思ってしまったのであった。
 

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2010/10/08

「文系/理系」 と 「論理的/感覚的」

昨日論じた 「文系と理系」 の続きである。

私は高校時代、とくに 2年生の後半からは極端な文系の子だった。試験の結果は、文系 3科目 (英語・国語・社会科) の合計点数と、理数を加えた 5科目の合計点数が、ほとんど変わらないという、いわばハンディキャップ・マッチを勝手に演じていた。

なにしろ勉強というものをしない子だったのである。ただ、英語の歌はくさるほど聞いていたし、本は読むし、哲学的なことや歴史的なことに興味はあったしで、文系 3科目は、学校で教わるレベル以上のことに、日常的に勝手に親しんでいた。自分ではそれを 「遊び」 と思っていたが、客観的にみればかなりハイレベルな 「勉強」 をしていたんだろう。

しかし、理数系だけは、七面倒くさい数式や亀の甲みたいなものを覚えるのがうっとうしくて、ほったらかしだった。そうしたものは、覚えさえすればそこから先の論理展開はできる。ところが、「ああ、この問題はあの公式を使えば解けるんだがなあ」 と思いながら、その公式がうろ覚えだから、解答ががごちゃごちゃになる。だから、理数系は点数にならない。

とまあ、そんなことで、私は周囲からも 「チョー文系」 と思われて生きてきたわけである。

ただ、理系の話が全然わからないかといえば、そうでもない。七面倒くさい計算なんか端折って、ダイナミックに論理の展開を追えば何となくおもしろいというようなことだと、ものすごく興味が湧く。多分、その辺のレベルの低い 「自称理系人間」 よりは、相対性理論や量子力学の本は読んでいると思う。

昨日の記事に、alex さんが次のようなコメントを付けてくれた。

どうしようもなく文系だとか、どうしようもなく理系だとかの人達は確かにいます
別の言い方をすれば、理系の才能はあるが文系の部分がほぼ全くない、またはその逆のケースは確かにいますね

それに対して私は、

複雑な数式や亀の甲は得意だけれど、それを日本語で (英語でもいいですが) 説明できない人っていますね。

自分はわかっているようなんだけど、他人にわからせることが全然できない。

自分でわかっていることを、論理的なストーリーとして、言葉で再現できない。

(中略)

逆に、感性的な文芸などは得意だけど、日常的な論理の展開にすら付いてこれない人もいます。

ただ表面的には、前者は理系、後者は文系と思われますが、煎じ詰めれば、どちらも 「感覚派」 なんじゃないかと思います。

ものごとが論理ではなく画像のようにそのままパシッと印象付けられて、それをそのまま受け入れているだけなので、改めて論理の展開として説明するのは苦手。

というレスを書いた。

ものごとを感覚的に、つまり論理の介在が希薄なまま、脳に焼き付けられるタイプの人は、確かにいる。その人の興味がたまたま、理系の複雑な数式や亀の甲に向いたりすると、彼または彼女は 「理系人間」 としての道を歩むことになったりする。

彼または彼女は、現場の技術者としてはある程度優秀である。しかし、自分の仕事を他人に論理的に説明するのが苦手だ。非常に専門的なことを、自分では理解しているようなのだが、それを言葉にして他人にわかりやすい論理展開として再現することができない。

私はそうしたタイプの人を何人か知っている。専門技術に関することを彼に聞くと、それは彼にとってはお馴染みのことで、よくわかっているはずなのだが、いざ人に説明しようとすると、なかなかうまくできない。自分でもかなりまどろっこしそうである。

こちらは、途中からなんとなく結論への筋道が想像されてしまうから、「要するに、これこれこういうことなのか?」 と、単純にイエスかノーかで答えやすい質問をする。答えがノーだったら、どの部分がノーなのかを慎重に確認しながら、だんだん範囲を狭めていって、最終的に解答に到達する。そうでもしないと、彼は要領よく説明することができないのだ。

しかし、こんなアプローチの仕方だと、どちらが理系人間なんだかわからなくなる。「俺、根が文系でわからないから、理系のあんたに聞きたいんだけどさあ」 なんて言いながら質問してるのに、解答に至るまでの筋道は、こちらの方がずっと論理的に主導しちゃってる。

なにしろ向こうは、単純にイエスかノーかで答えることさえ、かなり戸惑う。非常に論理的な質問を論理的に理解して、その論理上で考えて解答するということが苦手なようなのだ。

文系か理系かという分類は、根本的にはあまり意味はないが、表面的にはかなり便利なジャンルわけである。しかしもっと煎じ詰めると、見かけ上の 「文系/理系」 にとらわれず、「論理的/感覚的」 で区別する方がしっくり来る場合があるということだ。

そして技術的な現場では、論理よりも感覚でこなしていく方が、ずっと便利なこともあるようなのだ。これって、「理系」 というより 「職人肌」 なんだろうなあ。だから昔から職人は、「技は盗んで覚えろ」 と言って、教えたりはしなかった。というか、論理的に教えるノウハウをもたなかったんだろう。

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2010/10/07

Word 使いと Excel 使い

ノーベル化学賞を、2人の日本人化学者が受賞するという。おめでたいことである。根岸英一・米パデュー大特別教授と鈴木章・北海道大名誉教授の 2人にリチャード・ヘック・米デラウェア大名誉教授を加えた 3人は、金属のパラジウムを触媒として、炭素同士を効率よくつなげる画期的な合成法を編み出したのだそうだ。

で、その功績は、「クロスカップリング反応」 と呼ばれて、世界中の化成品メーカーがその恩恵を受けているということまでは、ごくごく上っ面の部分でチョー文系の私も理解できた。あくまでもごくごく上っ面の部分だが。

チョー文系の私だが、友人には案外理系が多い。茨城県在住だと、つくば市という理系の牙城みたいな学園都市や日立製作所という大企業があり、そんなこんなで、理系の人との付き合いも自然に増えるのである。

ありがたいことに、本当に優秀な理系の人というのは、チョー文系の私のようなものにも、かなりわかりやすく最先端の話を説明してくれる。チョー文系といえども、複雑な数式や亀の甲みたいな詳細部分を適当に端折って、「論理の展開」 ということで説明してもらえば、結構よく理解できたりする。

「説明」 というのは 「論理」 の産物であり、そして 「論理」 というのは 「言葉」 (広義の 「言語」 も含む) を通じて語られるものだから、優秀な理系は必然的に文系の能力も併せ持っている。言葉による説明の下手な理系は、はっきり言ってあまりものにならない。

底の浅い理系は 「理系は、誰がやっても答えが一つだからいいのだ」 なんて言うので、私なんかから 「誰がやっても同じことなんかやって、それでつまんなくないの?」 なんて茶化されても、有効な反撃ができない。理系でも本当に優秀な人は、そんな陳腐なことは言わないのである。

論理や科学的知見の最先端は、未だ多くの 「曖昧性」 を残している。優秀な科学者は、その 「未だ残る曖昧性」 をきちんと認識しているから、何でもかんでも単純に割り切れるなんて、幼稚なことは思っていない。究極的には割り切れるようになると期待してはいるだろうが、その割り切り方が発見されるまでの道のりはまだ遠いということもわかっている。

そんなようなことなので、根本的なことを言えば、文系も理系もまるっきり違うということではないと思うのだが、それでもやはり、日常的な現れとしてはずいぶん差がある。

その差は、仕事上のドキュメントを作るのに、Word を使うか Excel を使うかというようなところに現れたりする。文系はデフォルトで Word を立ち上げるが、理系がまず立ち上げるのは、Excel である。

何しろ理系には、表形式でない普通のレポートなどでも Excel で書く人が多い。「Word は、余計なお世話が多くて使いにくい」 というのである。逆に文系になると、スプレッドシートも Word で作るなんて人が案外多い。中年過ぎの文系は、Word で表を作り、縦横の合計を電卓使って入れたりしている。これなんか、驚くというより、呆れる。

何百ページからなる 「プロジェクト報告書」 みたいなものは、普通は Word で作るが、内容がものすごく科学的なものだと、最終的にまとめるアンカー的責任者は、いわゆる 「バリバリの理系」 だったりする。こんな場合、問題が多いのだ。

彼は報告書の内容を細かくチェックするための専門知識はあるが、それをドキュメントとして構成するテクニックがなかったりするのだ。とくに、普段 Excel ばかり使っていたりすると、Word を使って 何百ページものドキュメントを要領よくまとめることができないみたいなのだ。

数年前、ある (理系的な) プロジェクトの報告書の前段となる文系的な部分の作成を担当し、章立ての番号振りを自動で入力してアンカーに渡したところ、彼は Word でのアウトライン・プロセッシングが理解できなくて手に余ってしまい、結局自動で振った章番号を全部取り払って再納品させられたことがある。

そして最終的には、彼は数人から寄せられた原稿を一冊の報告書にまとめきれなくなってしまった。彼のやり方だと、内容をちょっと手直しすると、目次まで手作業で変えなければならないので、途中で全体がみえなくなってしまったようなのだ。

こういう作業は、報告書の中身がどんなに理系的だろうと、Word のプロの私がやる方がずっと早い。こちらは、専門的な中身はよくわからないが、集まった原稿を体裁よく編集するのは、何百ページあろうと、いつものテクニックを使えば同じことなのだ。

逆に、理系のスタッフが Excel で作り上げたとてもよくできた業務テンプレートを、文系のオッサンがあっという間に壊してしまうというのも、日常茶飯事だ。計算式の入ったセルに勝手な数字を入力してしまい、「こんなの手間がかかるばかりで、ちっとも便利じゃないじゃないか」 なんて言うのである。

日常的には要するに、「基本的な論理の筋道がわかっている」 ということが必要なのだ。それがわかっていないと、実際には文系とか理系とかいう以前の、実にかわいそうなお話になってしまうのである。

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2010/10/06

「推定無罪」 と 「本当に潔白」 とのビミョーな差

「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」 というのは、近代法の基本であり、これを 「推定無罪」 の原則という。刑事裁判では、「被告人の有罪が証明されない限り、被告人には無罪判決が下される」 ということになる。

つまり、被告人は 「無罪」 の判決を勝ち取るために、必ずしも積極的に自らの無実を証明しなければならないわけではない。有罪が立証されさえしなければ OK で、それで十分 「無罪」 になる。「冤罪」 を防止するために、被告人有利の原則となっている。

今回の小沢さんの強制起訴確定で、Twitter 上にはこの 「推定無罪」 の四文字が駆けめぐっている。私としても、この裁判は多分無罪になると思っている。何しろ検察審査会の議決のポイントが、「裁判の場で説明責任は果たしてもらう」 みたいな、やや消極的な姿勢なのだから、多分有罪には持ち込めないだろう。

ただ、例の 4億円のお金の出所に関する小沢氏の釈明は、素人目にもものすごく怪しくて、政治の世界じゃよくあることなのかもしれないが、フツーの人間なら 「なんか、からくりがないはずないじゃん」 なんて思ってしまうのはとても自然だ。それだけに、検察審議会も一応 「不自然で到底信用できない」 なんて言っているわけだ。

いや、それでも私は 「推定無罪」 の原則は尊重したい。小沢さん、無罪になるべきだと、繰り返し言っておく。いくら 「信用できない」 としてもそれは印象にすぎないのだから、「ウソ」 と証明できない限り、無罪だ。もし有罪になったら、即刻上告すべきだとまで言っておきたい。

ただ、それでも裁判判決と人々の心証というのは、また別の問題だとも言わざるを得ない。例えば、例の和歌山カレー事件でも、客観的にみれば物証に乏しすぎるのだから、いくら真っ黒けに怪しくても、林眞須美被告は 「無罪」 になるべきだと私は思っている。(参照

ただ、この裁判が無罪判決で終わるべきだということと、林眞須美被告が 「本当に潔白」 であるかどうかというのは、また別の問題だ。「推定無罪」 と 「本当に潔白」 との間には、ちょっとしたグレーゾーンがある。

彼女は  「自分の無罪 (潔白) を証明しなくても、無罪になる権利がある」 ので、有罪に持ち込むまでの決定的証拠に乏しいなら、判決としては無罪にすべきだと私は思っているのだが、正直なところ、そこにはやや複雑な心情が紛れ込む。

個人的心証としては、確実に 「あいつ、とんでもない女だなあ!」 と思ってるので、もし有罪になったとしても、あまり同情心は湧かないだろうし、ましてや彼女を救う運動なんてしないと思う。死刑判決だったら、話は別かもしれないが。

そしてこれはデリケートな問題なので、完全に理屈としての一般論でいうが、「推定無罪」 の原則で無罪判決になったからといって 「本当に潔白」 なのかどうかは神のみぞ知るというようなケースも、現実にいくらでもある。

だから小沢さんの場合も多分 「推定無罪」 にはなるだろうが、それを聞いたフツーの人たちが、「でも、本当はなんかやましいことを、上手にやっちゃってるんじゃないの?」 と心の底で思ったとしても、「無罪になった人に関してそんなことを思うのは、著しく反社会的!」 なんて言って非難するわけにもいかない。

「絶対にやましいことがあるはずだ」 なんて、マスメディアでも使ってことさらに言ったら、名誉毀損になるかもしれないが、個人的に心の底で思ったり、仲間内でひそひそ話をするぐらいなら、そりゃ、自由ってもんだ。

そこで、国民の政治に対する信頼を取り戻すためには、そんなことを思わせないような演出や戦略が必要なんだけど、そこまではまともに考えていないようなのだね、あの人は。彼はただひたすら、「裁判で無罪になりさえすれば、潔白だとわかってもらえる」 という単純ストーリーで突き進みたいみたいなのだ。

一応念のためにお断りしておくが、ここからは、小沢さんが明らかに巷で話題のいわゆる 「推定無罪」 の原則で、つまり 「有罪立証困難」 という、どちらかといえば消極的な理由で 「無罪判決」 を勝ち取るものと仮定して、話を進める。

こうした場合、「裁判で無罪になったんだから、俺は潔白」 と大いばりで言い張るのは、理屈から言っても、実はおかしい。だって、「無罪判決」 には 「無実 (潔白) の証明」 が必要ないんだから。この二つって、実はビミョーに別のことなんでしょ。「推定無罪」 って、そもそもそういうことなんでしょ。

それは単に、「有罪が立証されなければ、とりあえず無罪ってことにしとこう」 という約束事にすぎないんでしょ。そしてその結果については、後でごちゃごちゃ言わないでおこうってだけのことでしょ。

相手が一般人だったら、たとえ多少割り切れない思いがあっても、「せっかく無罪になったんだから、そっとしとこう」 と思うだろう。しかし、政治家が、しかも最も影響力のある立場のオッサンが、「裁判で無罪になったんだから、俺は潔白!」 なんていう論理で迫ってくるとしたら、そりゃちょっと厚かましすぎると感じる人がいてもおかしくないってことだ。

状況は、裁判で有罪にもちこむにも、はたまた 「潔白なんだから、俺を信じろ」 と言い張るにも、両面で弱すぎるということなのだよ。要するに。

どうしても 「潔白な俺の言うことを信じろ」 と言いたいのなら、「有罪が立証されなかった」 というレベルでは不十分で、もっと積極的に、大方が納得できるような 「潔白の証明」 が伴う方がいい。そりゃあ、その方がずっといいに決まっている。

具体的な言い方をすれば、裁判の過程で、「被告の言い分はあまりすっきりしないけど、それがウソだと証明することはできないしなあ」 というようなレベルを越えて、多少手間はかかっても 「なぁんだ、そうだったのか、よくわかった!」 と納得できるぐらいの明瞭な説明がされればいい。そうなったら、私だって彼を信じる。積極的に信じる。

政治家としての 「説明責任」 というのはそれぐらいのものであるべきと期待しても、罰はあたらないだろう。そして、そのあたりのギャップを埋めきれないところが、あの人の限界なのだと、恐縮ながら、私なんか思ってしまうのだよね。まあ、政治の世界というのは、よくよく因果なもので、気の毒な限りである。

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2010/10/05

ユニクロのパラドックス

昨日は "「ユニクロ嫌い」 を巡る冒険" というタイトルで、私にしては珍しく長文の記事を書いてしまった。まあ、長文のうちのかなりの部分は、私の過去記事に寄せられたコメントの引用なので、仕方がないのだが。

で、あんなにムキになって (?) まで、ユニクロ擁護とも取られかねない記事を書いたのは、別に私がユニクロが大好きだからとかいうわけではない。それよりも、ユニクロの悪口さえ言っていれば自分のスタンスが保たれるという、安易な錯覚の方が問題だと思うからだ。

昨日の記事の末尾で、ユニクロ嫌いには、「ユニクロはあなたのような人を満足させるためのマーチャンダイジングをしているわけじゃないから、妙に意識しないで、安心して遠離っていてください」 と言えばいいと書いた。でもユニクロ嫌いとしては、どうしても 「妙に意識しちゃう」 んだろうなあ。気になっちゃうんだろうなあ。うふふ。

世の中には 「ユニクロ・コンプレックス」 とでもいうべき心理があって、フツーのユニクロ・ユーザーにとっては 「親しみやすくて買いやすいフツーの服」 に過ぎないものが、ユニクロ嫌いの心の中では、なぜか 「特別な服」 に化けてしまう。これはとてもおもしろいパラドックスだ。

「単なるフツーの服」 に 「特別な服」 という幻想を与えて、あることないこと、やいのやいのと言ってくれる 「ユニクロ嫌い」 という人たちの存在が、実はユニクロの 「強み」 になっているということに、私はようやく気付いたのである。

昨年の今頃のファッション業界で 「ユニクロ一人勝ち」 なんて言われたように、ユニクロは間違いなく 「勝ち組」 であり、「強者」 である。しかし、あの頃からユニクロ・バッシングのようなものがそれまで以上に強まったように思う。ユニクロが本質的にもつ 「ヴァルネラビリティ」 が目立ってきた。

「ヴァルネラビリティ」 とは、一般的には 「脆弱性」 と訳される。IT業界では、情報システムにおいて他から攻撃される可能性のある、システム上の欠陥や問題点を意味する。また軍事的には、防衛上の弱点を指す。

しかし、この言葉には 「欠陥」 とか 「弱点」 とかいう意味合いと並び、「攻撃誘発性」 という意味合いもある。他者からの攻撃を誘発して、受けてしまいやすい傾向のことだ。これについては大江健三郎氏が一時、ずいぶん語っておられた。

ユニクロは、軽い気持ちで悪口も言われやすい体質の企業なのである。こうしてみると、「ヴァルネラビリティ」 はむしろ 「いじめられやすさ」 または 「いじられやすさ」 とでも訳す方が適切かもしれない。

現実に、「安物」 「画一的でつまらない」 「あんなのはファッションとは言えない」 「デフレ・スパイラルの元凶」 「国内製造業空洞化の元凶」 など、いろいろな 「いじり方」 をされている。それらの 「いじり」 は、いかにももっともらしく聞こえて、誰でも尻馬に乗りやすいのである。

「ユニクロは安物」 「画一的でファッション性に欠ける」 「本物の良さを知らない人が買うのだ」 という言うのはまだしも、「ユニクロで上から下まで買いそろえるようになったら、人間としておしまい」 とまで攻撃する人もいる。

そうなると、フツーのユニクロ・ユーザーは別に理論武装して購入しているわけじゃないから、ユニクロを着ることが 「恥ずかしいこと」 のように思えてしまう。

実際に、私のユニクロについて論じた記事に、思いっきり偏見に満ちたコメントをされた miyakowasure さんは、昨日の記事でも紹介したが、次のように書かれている。

自分があんな洋服を買うのはとても惨めです。
買っている自分を友達に見られたくない。

この方は、自分はユニクロ商品を 「1着も買ったことがない」 と言ってるのだから、本来はこんなことを言う必要が全くない。にもかかわらずことさらにこう言うのは、潜在意識的には実は自分もユニクロ商品が気になって仕方がないか、あるいは、「ユニクロを買っている姿を友人に見られたら、あなたも惨めでしょ」 と言いたいかのどちらかである。

後者だとしたら、まったく 「余計なお世話」 なのだが、こんな余計なことを言う人が結構多いので、世の中には自分の着用している服がユニクロ商品であることを隠す 「ユニクロ隠し」 という言葉があるぐらいだ。ほっといてくれれば、そんなことは気にしないで済むのに。

ユニクロもその辺のことはかなり察知しているようで、その批判をことさらな 「過剰品質」 でかわそうとしている。ユニクロの品質が悪いなんていうのは、このあたりをよくわかっていない人の言うことで、むしろ、ユニクロ商品の 「スペックとしての品質」 は、平均的にはあの値段としては慇懃無礼なほどに高いのである。

だから大抵のユニクロ商品は、品質的には安心して買えるレベルにある。ユニクロのヴァルネラビリティは、見事に 「アドバンテージ」 に昇華されてしまっている。ヴァルネラビリティをアドバンテージに変えるというのは、ユニクロのずっと取り続けてきた企業姿勢のようにさえ見える。

しかし、ユニクロ商品の 「高品質」 はあくまでも 「スペックとしての品質」 つまり、単純に数値として表せる部分の話であって、即ち 「本物としての良さ」 というわけではない。だから、「本物志向」 を自称する人は、ユニクロなんてものは軽く無視してしまえるような圧倒的な存在感を発してしまえばいい。それでこそ、「本当の本物」 だろう。

いじりやすい対象をことさらに取り上げて悪口を言いまくるようなレベルでは、まだまだ修行が足りない。くだらないこだわりを超越し、ときにはユニクロ商品を見事に取り入れたコーディネーションを自然にしてみせるぐらいになれば、それこそ 「本当の本物」 といえるだろう。

音楽で喩えれば、モーツァルトが今生きていたら、『猫踏んじゃった』 の悪口なんか言わないだろうし、それどころか、時には意表を突いたアレンジで、自ら弾いてみせたりすらするかもしれないというようなことだ。

ファッション面での安易な批判と並び、経済的視点では 「ユニクロ亡国論」 というのがある。日本経済のデフレ・スパイラルの象徴としてユニクロをやり玉にあげているのだが、これなども 「手近にあって言いやすいから言った」 ということでは、ファッション的な悪口と大差ない。

ユニクロの中国生産比率の大きいことが批判の要因だが、これはユニクロばかりがそうなのではない。今や、日本のアパレル製品のおよそ 9割は中国製なのである。そして、同じ中国製品を販売している企業の中では、ユニクロは製造小売業として、圧倒的な規模で国内にも利潤を落としている。

総体的な縫製市場に関しては、ユニクロが結果として国内縫製業界のもっていたシェアを奪ったということもできるが、アパレル市場全体からみれば、ユニクロ 1社の占めるシェアなんてそれほど大きなものではない。ユニクロがいなくても、日本の業界全体がその方向に向かわざるを得なかったのは、歴史の必然である。

日本のアパレル業界は、元々は国内縫製でまかなっていた生産の大部分を、現在は中国縫製に回してしまっている。言い換えれば、元々は国内縫製工場に落としていた工賃を、今はみんなして中国にばらまいているという構図だ。

しかしユニクロに関して言えば、ほとんど初めから中国縫製でやってきたのである。最近まで国内に落としていた工賃の行き先を、急に中国に切り替えてしまったのではない。少なくとも個別企業としては、国内縫製工場を二階に上げて、いきなりはしごを外してしまうという荒技に直接的に関わったわけじゃない。それを直接的にやったのは、他の企業である。

むしろ、後から尻馬に乗って中国縫製に群がっている企業の方が、適正利益を無視したやり方で、自分の市場を疲弊させているということもできる。「ユニクロは完全無罪」 と、ことさらに擁護するわけではないが、「亡国の象徴」 とまで言ってしまうのは、かなり気の毒なところがある。

ユニクロを悪し様にいうのは実に簡単なことだが、そうすることで自分の高いファッションセンスを確認できたり、正義の味方のスタンスを確保できたりするというのは、安易な錯覚でしかない。

本当にヴァルネラブルなのは自分自身なのではないかと、そろそろ気付いてもいいだろう。他をことさらに批判することで自分のスタンスを守ろうというのは、基本的には 「自分が脆弱だから」 である。

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2010/10/04

「ユニクロ嫌い」 を巡る冒険

「知のヴァーリトゥード」 という本宅サイトを始めて間もない頃、もう 8年半以上前になるが、、"「隆 (りゅう) とした」  身なりはお好き?" という短いコラムを書いた。要するに、高級そうできちっと決まった服を、私はできることなら着たくないというお話である。自分の文章からちょっと引用してみる。

元々、「隆とした身なり」 はあまり好きではないのだ。高級ウーステッドのスーツに、襟に硬い芯が入ってびっしりとプレスされたドレスシャツ、ブランド物のタイ、ピカピカに磨き上げられた靴 …… 。それに大体セットになっている高級腕時計に、高級皮革のクラッチバッグ …… 考えただけでも肩が凝る。勘弁してもらいたい。

いくら金があっても着たくない。現実に、お仕立券付きシャツ地をもらって、某百貨店で作らせたはいいが、その襟の硬さに恐れをなして、一度も袖を通さずに捨ててしまったこともある。

私のファッション感覚はかなり徹底した 「アンチ・エスタブリッシュメント」 なのである。まあ、簡単に言えば、要するに 「カジュアル志向」 ということなのだが。

なんでこんなことを書いているのかというと、このブログで昨年の今頃に書いた "ユニクロの 「過剰品質」 " という記事に、昨日になってから思い出したように、miyakowasure さんという方から否定的なコメントが寄せられたのがきっかけである。否定的コメントは、昨日ばかりでなく、ご覧いただけばわかるが、それ以前にも 2件付いている。

これら計 3件の否定的コメントのうち、 infor さんのものを除く 2件は、私には少々偏見がすぎるんじゃないかと思えるのである。

ユニクロは駄目さんは、次のように書かれている。

ユニクロの通販で防寒用パンツを買った
なんじゃ?これ? 寒冷地じゃ使い物にならない。
比較的温暖な西日本でも駄目だ。
股下が余りにも、余りにも浅くて、座ると尻が出る
尻が出るのですよ。
そのくせモモのあたりはダブダブ、内側のフリースはオブラートのようにペラペラ。
防寒パンツをはいてラップダンスか?ヒップホップか?

ここで 「股下が余りにも、余りにも浅くて」 というのは 「股下」 ではなく 「股上」 の誤りだろうが、多分、これは 「ローライズ」 を意識したデザインなのだろうと思われる。元々意識して股上を浅く作ってあるのだろう。

「防寒パンツをはいてラップダンスか?ヒップホップか?」 と書かれておいでだが、企画サイドのイメージとしては、まさにそんなところだったのではないかと想像する。冬季五輪のスノーボードなんかでも、あの通りの 「腰パン」 なのだから、あり得ないデザインというわけではなく、むしろ十分に 「あり」 だと思う。

デザイン、好み、テイストといった、多様な価値観が存在して当然の分野に属するファクターを、高いか低いかという単純な価値観しか存在しない 「品質」 という視点とごっちゃにして語るのは、いささか乱暴すぎる。

しかもユニクロ商品の 「品質」 に関しては、「大変いい」 とは言わないが、「決して悪くない」 というのは、アパレル業界で品質管理に携わる人たちにとって、ほぼ常識となっている。むしろ、「よくまあ、あの値段であの品質を実現しているものだ」 と、感心している人もいるほどだ。

昨日コメントしてくださった miyakowasure さんは、次のように書かれている。

私はいまだに一枚も買ったことのない者です。
何度か足を運びましたがどの商品も質が悪いのがすぐにわかりました。
手のひらですーっと撫でるとわかるんです。
ゴワゴワ、ペラペラです。

アパレル業界でメシを食う者として、はっきり言わせて頂くと、「手のひらですーっと撫でる」 だけで衣料品の品質がわかるというのは、荒唐無稽である。超能力者というなら別だが、そんな単純なものなら、誰も目が飛び出るほど高額な検査測定機器を買ったりはしない。

そしてこの 「ゴワゴワ、ペラペラ」 という風合いだが、それをとってすなわち品質が悪いと断じるのは、上記の理屈で、いかがなものかという気がする。品質の視点よりは、「好み」 の視点で論じられるべきファクターなので。

確かに、高品質の衣料品には 「ゴワゴワ、ペラペラ」 の風合いのものがほとんどない。しかし、だからといって、「ゴワゴワ、ペラペラ」 イコール低品質というのは乱暴過ぎる。

公平にみれば、いわゆる 「高品質」 の服を好むリッチな消費者層は、ファッション的にはやや保守的で、「ゴワゴワ、ペラペラ」 を好まない傾向にあるので、ハイエンドのゾーンには滑らかで、しかもしっかりとした風合いの服が多く、これまでの素材開発や品質向上努力のほとんども、その方向で行われてきたというだけのことである。

ところが今や、ファッションは昔よりは多様化していて、技術の粋を尽くして 「ゴワゴワ、ペラペラ」 の風合いを追求するなんてことも生じている。実際、私自身も 「ゴワゴワ、ペラペラ」 の風合いは嫌いじゃない。冒頭で触れたように、「りゅうとした身なり」 よりはむしろ、「ゴワゴワ、ペラペラ」 でいきたいと思う。

フォーマルな場に出席するときは、仕方なくそれなりの格好をするが、用が済んだらさっさと堅苦しい服を脱いで、自分自身に返りたいという欲求で一杯になる。

miyakowasure さんは、さらに続ける。

ケチケチ、キチキチに仕立てるから着心地も悪いです。
それに染色も悪くて色がくすんでます。
お店全体をざーっと見回してご覧なさい。
煮しめたような服が陳列してあるでしょう。あれをみただけで気が滅入ってしまいます。

「ケチケチ、キチキチ」 の仕立ても、「タイトフィット」 と言ってしまうと、それはデザインの話になる。私自身はタイトフィットは好きではないが、それが客観的にいいとか悪いとかいう不毛な議論はしたくない。

染色が悪くて色がくすんでいるという問題に関しても、染色がよければ色はくすまないのかというと、決してそうではない。染色技術の粋をこらして 「くすんだ色合い」 を追求している人もいるのだと言えば、それで十分だと思う。

「煮しめたような服が陳列してある」 というのも、あれもウォッシング処理で、わざわざああいう風合いを出している。「煮しめたような」 見かけは、企画サイドの狙い通りと言っていいのだ。なんでわざわざそんな見かけにするのかと、信じられない思いの人もいるだろうが、ファッションとはそんなように 「好きずき」 なのである。

さらに、私がちょっと理解できない気がしたのは、miyakowasure さんのコメントの、次の 2行に関してである。

自分があんな洋服を買うのはとても惨めです。
買っている自分を友達に見られたくない。

申し訳ないが、それまでの文脈からどうしてこの 2行が出てくるのか、わからない。

惨めな思いがするほど嫌いならば、買わなければいいだけのことである。単純な話だ。どうせ買わないのだから、買って惨めになることも、買っているところを友達に見られることもあり得ない。

ところが、つい 「買っている自分を友達に見られたくない」 と書いてしまうというところに、ちょっと複雑な思いが見て取られる。こういうのを心理学では 「コンプレックス」 と称する。大変申し訳ないが、もしかしたら、あなたの潜在意識の中には 「買ってみたい」 という思いもおありなのではないですか? と聞いてみたい気がする。

「そんなことはない。それは単なる言葉のアヤだ」 というのなら、あえてそれ以上追求しようとは思わないが、もしかして 「誰だって、あんなものを買っているのを、友達に見られたくないでしょう」 という意味合いで言っているのであれば、それはちょっと失礼なことになる。

ユニクロの洋服着て楽しいですか?幸せな気分になりますか?
ユニクロがいいとおっしゃる方は着心地や気分などを教えて下さい。

miyakowasure さんのこの最後の問いかけは、こう言ってはなんだが、ほとんど喧嘩を売っていると思われても仕方ないようなところがある。真っ正直なユニクロ・ファンがいて、それに対して丁寧に答えたとしても、多分通じないと思う。だからまともな対応としては、「余計なお世話だ、ほっといてくれ」 というだけのことになるだろう。

あえてもう一言加えるとすれば、「ユニクロはあなたのような人を満足させるためのマーチャンダイジングをしているわけじゃないから、妙に意識しないで、安心して遠離っていてください」 ということになる。スズキやダイハツのディーラーでメルセデスを探す人はいない。

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2010/10/03

地検レベルの検事さんの頭の中身

例の大阪地検の FD データ書き換え事件のニュースを、それほど深く読み込んだわけじゃないんだけど、どうもわからないことがある。

主任検事・前田恒彦容疑者は、まあ、でたらめに決まっているけれど、当初は 「遊んでいるうちに書き換えてしまった」 ということにしていたようで、地検内部での上申書でもそのような説明になっている。

そもそも上申書まで書いたということは、「こりゃ、ヤバイことしちまったな」 という認識は十分あったはずなのだが、この説明はどうやら上司である大坪弘道・佐賀元明両容疑者から 「合理的な説明を用意しろ」 と支持されてでって上げたもののようだ。しかしそうなると、3人ともこの程度のことで 「合理的に聞こえる」 とでも思ったんだろうか。なんだかなあ。

FD にセーブされたファイルの日付データは、専用ソフト (手軽なのは無料でダウンロードできるらしい) を使えば手軽にできることのようで、前田容疑者も、そうしたソフトを使ったらしい。そんな特殊なソフトを起動させていたということ自体が、「遊び」 じゃなくて 「意図的」 だったことを十分に物語る。

私がどうにも不思議に思うのは、「ヤバイ」 と思った時に、再びその日付書き換えソフトを使って、日付を元に戻しておけばよかったのに、どうしてそうしなかったのかということだ。それには次のような可能性が考えられる。

  1. 使用したソフトが、一度変更した日付は二度と変更できない安物仕様だった。
  2. 動転してしまい、日付を元に戻すことにまで思い至らなかった。
  3. そのときは、改竄した日付のままで公判を維持できると、安易に考えた。
  4. 日付を元に戻しても、履歴を辿れば改竄がバレると思い、ある程度観念した。

このうち 1番目に関しては、そんな安っぽい仕様のソフトがあるとは考えにくいが、たとえ安物仕様だったとしても、本当にヤバイと思ったら、機能のより高いソフトを有料で買ってでも元に戻せばよかっただけのことだ。

2番目だったとしたら、あまりにもお粗末すぎる。

3番目だったら、あまりにも安易な考えで、検事さんとしては頭が悪すぎるとしか言いようがない。

4番目だったら殊勝なものだが、その後の経過からして、そう思ったとは考えにくい。少なくとも、元に戻しておけばバレない可能性がずっと高くなっただろうし。

で、「もしかしたら、そういうことなのかな」 と思うのは、当初はでっち上げで公判が有利に運ぶと安易に考えたまま、改竄された FD を厚労省の上村勉被告に返却してしまったのではないかということだ。そして、その後にそれでは通らないと知って、「ヤバ!」 と大あわてしてしまったのだろう。

で、ひたすらバレないことを祈ったが、バレた時に備えて、(多分上司の指示で) ちんけな上申書を書いて、何とか切り抜けようとしたのだ。

しかしこの上申書自体、後であまりにもちんけ過ぎると気付いて、HD から削除したみたいだが、徹底的に消さないと、そのくらいはいくらでも復元できるということまでは思い至らなかったか、あるいは、そこまではされないように祈っていたもののようだ。大阪地検には、パソコン関係に詳しい人がいないのかしらん。

あるいは、詳しい人はいるけれど、そうした人は 「さっさとバレてしまえ」 と、冷静に見守っていたのかしらん。

まあ、いずれにしてもお粗末な話であることに変わりはなく、この程度の検事さんに、見立て違いのすごまれ方なんて、密室でされたくはないなあと思ってしまった。ついぶん殴ってしまいそうだ。

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2010/10/02

驚いて楽しむという江戸的洗練

今朝、仕事地に車で向かいながら TBS ラジオの 「永六輔その新世界」 を聞いていると、北山修氏がゲストで出演していて、おもしろいことをおっしゃっていた。吉本新喜劇で育った彼の中のコテコテのお笑い感覚は時々、永さんの江戸的感性による物言いとのギャップを感じるそうなのである。

とくに、永さんがとてもよく 「驚く」 ということに驚いてしまうのだという。彼の中のコテコテのお笑い感覚は、「なんでまたこんな些細なことに、永さんは驚き、感動し、おもしろがるのだろう」 と、ついて行けないものを感じるのである。

精神分析医である彼はこれについて、「子供の感性では、『驚く』 というのは恐いことであって、成長するにつれて、それを 『楽しむ』 ことができるようになっていく」 と、興味深いことをおっしゃった。

なるほど、子供の頃は 「びっくりする」 ということはすなわち、「恐ろしいこと」 であった。びっくりしたら、とにかく大あわてで逃げるものと決まっていた。逃げることができない赤ん坊は、とりあえず泣き叫ぶ。それは感性的なものというよりはむしろ、直接に生理的反応だったと思う。

ところが、大人になると確かに 「驚くこと」 を 「楽しみ」 と捉えることができるようになる。平凡な予測を裏切る意表を突いた事象や表現に触れて、驚き、感動し、楽しむようになるのだ。「いやあ、こりゃまた、びっくりだね!」 なんて言って、大喜びするのである。

そしてますます感性が研ぎ澄まされると、ほんのちょっと意表をついたことで、十分に驚き、感動するようになる。永六輔さんが、とても微妙なことに注目して 「僕は、あれには本当にビックリしました」 なんて度々おっしゃるのは、まさにそれだ。コテコテでなければおもしろくないと感じる感性は、それを 「なんでそんなことで ……?」 と思ってしまうのである。

そして北山氏は、「ついていけないものを感じつつも、そうか、それが江戸的洗練というものなのか」 と納得するそうだ。京都育ちである北山氏だって、後天的なコテコテ感覚とは別に、第一級に洗練された京都的感性を持っているはずなのだが、どうやら、京都的洗練と江戸的洗練というのは、かなり違うものであるらしい。

思うに、京都は静かにすべてを飲み込んで楽しむが、江戸は些細なことにびっくりして楽しむ。

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2010/10/01

「短期的な見返り」 と 「長期的な悪影響」

CNN ニュースは、米国エール大学の精神医学者らの研究によって 「禁煙のコツ」 が判明したと伝えている。それは、「短期的思考から長期的思考に切り替えること」 なんだそうだ。この方法は、禁煙だけでなくダイエットにも応用できるとしている (参照)。

研究チームは喫煙者 21人を対象に、たばこを吸うシナリオを  2通り提示し、それぞれ脳スキャンで反応を調べたのだそうだ。2通りのシナリオとは、次のようなものである。

  1. 短期的な見返りとして、「最初の一服」 を吸い込み、煙を吐き出す感覚を思い浮かべさせる。
    (喫煙者には、えもいわれぬ快感だろう)
     
  2. 長期的な結果として、肺気腫や心臓病など、喫煙が引き起こす健康上の問題を想像させる。
    (これはちょっと、ぞっとするお話だ)

この 2つのシナリオを、たばこの代わりに脂っこい食べ物という想定でも実験してみたのだそうだ。つまり、短期的な見返りとしての 「こってりしたおいしさを味わうこと」 と、長期的な結果としての 「肥満や糖尿病など」 を想像することである。

いずれの実験でも、長期的思考を試みることで、脳の前頭前野の活動がより盛んになり、たばこを吸うことや脂っこい食べ物を食べることの欲求を、理性で抑えられることがわかったというのである。

で、研究チームのメンバーらは、「喫煙者は自制心に欠けるのではなく、禁煙のための単純なコツを知らないだけ」 と言っているんだそうで、さらにこの研究を主導したコーバー博士は、「長期的な悪影響に集中することで欲求を抑え、自分の脳の活動を変えることができるのだ」 と強調しているというのである。しかし、う~ん、何だかなあ。

これって、あまりにも当たり前すぎる結論じゃないか。「短期的見返り」 だの 「長期的思考」 だのと、まどろっこしいことを言うよりも、「ちょっと待て、その一口でブタになる」 みたいな、単純なお話なんじゃないか。要するに、「それって、体に悪いってことを思い出せ」 ということを、むずかしく言っただけじゃないかという気がするのである。

この程度のことを、「コツ」 なんていうのは、ちょっと買いかぶりがすぎるんじゃないか。あるいは、米国人ってこの程度のことで目から鱗が落ちる思いがするほど、普段は短期的な見返りしか求めない文化の中で暮らしているのか。

と、ここまで考えて、確かに彼らは 「短期的な見返り」 が大好きみたいだなあと、思い至ったのであった。なるほどなるほど。

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