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2010/10/13

「いじめ」 と プライド

"ホームレスに熱湯、中3逮捕「やりすぎた」" という記事 (日テレ ニュース記事) を読んで複雑な気分になった。

わざわざコンビニで仕入れた熱湯をホームレスにかけて大やけどを負わせ、逮捕された少年は、「やりすぎた。石を投げるぐらいにしておけば良かった。大きなリアクションをするので面白かった」 などと話しているという。

取り調べの警察官を前にして 「石を投げるぐらいにしておけばよかった」 なんてうそぶくというのも、かなり困った性格だなあと思わせるが、そういえば、ホームレスに石を投げるというのは、ずいぶん昔からあったのだと思い出した。

私が生まれ育った山形県の酒田市にも、昭和 30年代前半、「ホームレス」 とは言わなかったが、そのような人が存在した。共通語では 「乞食」 というのだろうが、酒田では 「やっこ」 と言った。漢字で書けば 「奴」 なのだろう。ボロボロの布地をつぎはぎしたようなものを身にまとい、街中を流して物乞いをしていた。

私が記憶している 「やっこ」 は二人いて、一人は空き缶を叩き鳴らしながら物乞いをするので 「缶カラやっこ」、もう一人は赤や緑の原色のぼろ切れを身にまとっているので 「天然色やっこ」 と呼ばれていた。

二人は、地味で日常的な 「いかにもやっこらしいやっこ」 と、派手で非日常的な 「異界の雰囲気をもつやっこ」 という役割で、棲み分けていたような気がする。お互いに相手のイメージ領域を侵さないように。

当時、同じ年頃の男の子は、街で彼らを見かけると、「やっこだ!」 と妙に興奮して、石を投げるのだった。私自身はそんなことは決してしない子だったが、石を投げる仲間を止めることもできず、おろおろしながら見つめるばかりだった。

小学校低学年の頃だったと思う。いつもは弱々しく逃げ回るだけの 「缶カラやっこ」 が、急に 「このやろ!」 と叫んで逆襲に転じ、血相変えて追いかけてきた。石を投げていた子たちは、あわてて蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

私は逃げなかった。石なんか投げていないから、逃げる必要がない。しかし、恐ろしい形相で子供らを追い散らした缶カラやっこが私を振り返ったとき、私は 「しまった、逃げればよかった」 と思った。私まで石を投げていたと勘違いされて、ひどい目に遭わされると思ったのである。

しかし、私と目の合った缶カラやっこはすぐに穏やかな表情に戻り、少しうなづいたような仕草を見せて立ち去った。彼は、私が石を投げる子ではないと知っていたようだ。私は缶カラやっこと、少しだけ心が通じたような気がした。

「缶カラやっこが神社の縁の下で死んでいるのが見つかった」 という噂を聞いたのは、それから程なくである。縁の下の遺体のそばには、小銭がずいぶん貯め込まれていたそうだ。年寄りたちは、「あのやっこは、昔はちゃんとしたまじめな人だった」 と話していた。本当かどうかはしらないが。

私の誇りの一つは、「決して弱い者いじめをしなかった」 ということである。というか、「誇り」 さえあれば、弱い者いじめはできないのだと思う。必要なのはプライドなのだ。

プライドが、他の連中の尻馬に乗ってしまいがちな心にブレーキをかける。「弱い者」 と見える者にもプライドがあり、それを蹂躙してはならないと知らせる。弱い者いじめをする者は、自分の心にプライドがないから、相手のプライドもわからないのだ。

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コメント

私も、弱いものいじめはしませんでした
それどころか、いじめを止めたり、いじめる側をしかったりしていました
今から思えば、立派な子供でした(笑)

ただし、絶対にしなかったかというと・・・
クラスの中の、今から思えばセクシーな女の子を意識して、彼女をからかう男子生徒達の輪に入ったり、ちょっと太り気味の親しい女生徒の漫画を書いたりの、いやがらせをしていましたから、これは、女性に対する立派ないじめかと
今は深く反省しております

なお、このちょっと太り気味の女生徒は、高校に進学してから、すっきりやせて、その高校の代表的な美女として有名になったとのこと
これも、深く不明を恥じております

投稿: alex99 | 2010/10/13 16:06

alex さん:

>今から思えば、立派な子供でした(笑)

プライドのなせる業かと、賛嘆申し上げます。

>クラスの中の、今から思えばセクシーな女の子を意識して、彼女をからかう男子生徒達の輪に入ったり、

これは、決して 「弱い者いじめ」 ではありませぬ。

>なお、このちょっと太り気味の女生徒は、高校に進学してから、すっきりやせて、その高校の代表的な美女として有名になったとのこと

alex さんを見返してやりたい一心で、美女になったのだとしたら、それもまた功徳かと (^o^)

投稿: tak | 2010/10/13 16:47

アイツには悪いところがある。
自分はそれを指摘してやっている。
自分の行動は正しい。

色んなイジメに共通している心理じゃないかと思っているんです。そして、自分は主流派にいると感じる。

「石を投げる」そのこと自体はいけないことだとわかっていても、「アイツが悪い」という思いは変わらないのかな。

子供に限らず、むしろ大人にも、そんな人がたくさんいるように感じています。

なんだか意味不明なコメントになっちゃってゴメンなさい。

投稿: coro | 2010/10/13 20:56

いつも読ませていただいて、ありがとうございます。
いじめをする理由として、「自分の心にプライドがないから、相手のプライドもわからないのだ。」ということですが、小生は動機として「~ない」ということより、もっと「前向き」で肯定的な動機を考えています。それは「いじめは楽しいから」というものです。そいてブログ氏のようにプライドからいじめないように自制する人もいるだろうし、そんな後ろ向きの行為は楽しくない、ということでしない人もいる、というのが小生の考えです。たぶんいじめをする人の多数は、プライドという高尚な事柄より、ただそれが楽しいだけなのです。

投稿: touka | 2010/10/14 10:18

tak_shonaiさん
おはようございます~

>自分の心にプライドがないから、
>相手のプライドもわからないのだ。

これです。
最近、私の考えているところは。
反省~~

投稿: 朱鷺子 | 2010/10/14 10:20

coro さん:

>アイツには悪いところがある。
>自分はそれを指摘してやっている。
>自分の行動は正しい。

「いじめられるのは、いじめられやすい弱みのような何かをもっているからだ」という指摘は確かにあります。

一面の真理なのでしょう。

しかし、いじめる側が、「自分はそれを指摘してやっている」 と思っているとしたら、とんでもない思い上がりですね。

「自分は主流派にいる」 と感じているのは確かでしょうね。

だから、私は主流派ってのには属したくないのです (^o^)

投稿: tak | 2010/10/14 19:26

touka さん:

>たぶんいじめをする人の多数は、プライドという高尚な事柄より、ただそれが楽しいだけなのです。

堂々巡りになりますが、そんなことで楽しめるのは、プライドがないからだと、私は思っています。

私がここでいう 「プライド」 とは、個人的というより、「人間としての尊厳」 といったような感覚です。

投稿: tak | 2010/10/14 19:29

朱鷺子 さん:

朱鷺子さんは、立派なプライドをもっていらっしゃると思いますが。

多分、ご両親から引き継がれた尊厳かと。

投稿: tak | 2010/10/14 19:31

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