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2010/10/07

Word 使いと Excel 使い

ノーベル化学賞を、2人の日本人化学者が受賞するという。おめでたいことである。根岸英一・米パデュー大特別教授と鈴木章・北海道大名誉教授の 2人にリチャード・ヘック・米デラウェア大名誉教授を加えた 3人は、金属のパラジウムを触媒として、炭素同士を効率よくつなげる画期的な合成法を編み出したのだそうだ。

で、その功績は、「クロスカップリング反応」 と呼ばれて、世界中の化成品メーカーがその恩恵を受けているということまでは、ごくごく上っ面の部分でチョー文系の私も理解できた。あくまでもごくごく上っ面の部分だが。

チョー文系の私だが、友人には案外理系が多い。茨城県在住だと、つくば市という理系の牙城みたいな学園都市や日立製作所という大企業があり、そんなこんなで、理系の人との付き合いも自然に増えるのである。

ありがたいことに、本当に優秀な理系の人というのは、チョー文系の私のようなものにも、かなりわかりやすく最先端の話を説明してくれる。チョー文系といえども、複雑な数式や亀の甲みたいな詳細部分を適当に端折って、「論理の展開」 ということで説明してもらえば、結構よく理解できたりする。

「説明」 というのは 「論理」 の産物であり、そして 「論理」 というのは 「言葉」 (広義の 「言語」 も含む) を通じて語られるものだから、優秀な理系は必然的に文系の能力も併せ持っている。言葉による説明の下手な理系は、はっきり言ってあまりものにならない。

底の浅い理系は 「理系は、誰がやっても答えが一つだからいいのだ」 なんて言うので、私なんかから 「誰がやっても同じことなんかやって、それでつまんなくないの?」 なんて茶化されても、有効な反撃ができない。理系でも本当に優秀な人は、そんな陳腐なことは言わないのである。

論理や科学的知見の最先端は、未だ多くの 「曖昧性」 を残している。優秀な科学者は、その 「未だ残る曖昧性」 をきちんと認識しているから、何でもかんでも単純に割り切れるなんて、幼稚なことは思っていない。究極的には割り切れるようになると期待してはいるだろうが、その割り切り方が発見されるまでの道のりはまだ遠いということもわかっている。

そんなようなことなので、根本的なことを言えば、文系も理系もまるっきり違うということではないと思うのだが、それでもやはり、日常的な現れとしてはずいぶん差がある。

その差は、仕事上のドキュメントを作るのに、Word を使うか Excel を使うかというようなところに現れたりする。文系はデフォルトで Word を立ち上げるが、理系がまず立ち上げるのは、Excel である。

何しろ理系には、表形式でない普通のレポートなどでも Excel で書く人が多い。「Word は、余計なお世話が多くて使いにくい」 というのである。逆に文系になると、スプレッドシートも Word で作るなんて人が案外多い。中年過ぎの文系は、Word で表を作り、縦横の合計を電卓使って入れたりしている。これなんか、驚くというより、呆れる。

何百ページからなる 「プロジェクト報告書」 みたいなものは、普通は Word で作るが、内容がものすごく科学的なものだと、最終的にまとめるアンカー的責任者は、いわゆる 「バリバリの理系」 だったりする。こんな場合、問題が多いのだ。

彼は報告書の内容を細かくチェックするための専門知識はあるが、それをドキュメントとして構成するテクニックがなかったりするのだ。とくに、普段 Excel ばかり使っていたりすると、Word を使って 何百ページものドキュメントを要領よくまとめることができないみたいなのだ。

数年前、ある (理系的な) プロジェクトの報告書の前段となる文系的な部分の作成を担当し、章立ての番号振りを自動で入力してアンカーに渡したところ、彼は Word でのアウトライン・プロセッシングが理解できなくて手に余ってしまい、結局自動で振った章番号を全部取り払って再納品させられたことがある。

そして最終的には、彼は数人から寄せられた原稿を一冊の報告書にまとめきれなくなってしまった。彼のやり方だと、内容をちょっと手直しすると、目次まで手作業で変えなければならないので、途中で全体がみえなくなってしまったようなのだ。

こういう作業は、報告書の中身がどんなに理系的だろうと、Word のプロの私がやる方がずっと早い。こちらは、専門的な中身はよくわからないが、集まった原稿を体裁よく編集するのは、何百ページあろうと、いつものテクニックを使えば同じことなのだ。

逆に、理系のスタッフが Excel で作り上げたとてもよくできた業務テンプレートを、文系のオッサンがあっという間に壊してしまうというのも、日常茶飯事だ。計算式の入ったセルに勝手な数字を入力してしまい、「こんなの手間がかかるばかりで、ちっとも便利じゃないじゃないか」 なんて言うのである。

日常的には要するに、「基本的な論理の筋道がわかっている」 ということが必要なのだ。それがわかっていないと、実際には文系とか理系とかいう以前の、実にかわいそうなお話になってしまうのである。

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コメント

どうしようもなく文系だとか、どうしようもなく理系だとかの人達は確かにいます
別の言い方をすれば、理系の才能はあるが文系の部分がほぼ全くない、またはその逆のケースは確かにいますね
ただ、そうではなくて、論理的なグレーゾーンの人達を、たまたま出身学部だけで自動的に文系・理系と分類することは、実はあまり意味が無いんじゃないでしょうか?
定義のしかたにもよりますが、数学が出来れば理系という分類も、あるいは短絡かも

tak shonaiさんは、非常に論理的ですから、チョー文系だとは、とても思えません

投稿: alex99 | 2010/10/08 00:50

alex さん:

>tak shonaiさんは、非常に論理的ですから、チョー文系だとは、とても思えません

実は私、高校 2年の後半からの試験結果は、文系 3科目の合計点と、理数を加えた 5科目の合計点が、ほとんど変わりませんでした。

文系 3科目はほとんど勉強をしなくても楽にトップクラスでしたが、5科目になると、突然 「中の下」 に落ちるという、ハンディキャップ・マッチをやってました。

なにしろ、全然勉強しない子だったので (^o^)

今となっては手遅れですが、「理数をちゃんと勉強して、東大に入っとけばよかったかな」なんて、ちらっと思うこともあります。

投稿: tak | 2010/10/08 09:46

alex さん:

(追加レスです)

>別の言い方をすれば、理系の才能はあるが文系の部分がほぼ全くない、またはその逆のケースは確かにいますね

複雑な数式や亀の甲は得意だけれど、それを日本語で (英語でもいいですが) 説明できない人っていますね。

自分はわかっているようなんだけど、他人にわからせることが全然できない。

自分でわかっていることを、論理的なストーリーとして、言葉で再現できない。

現場の技術者はそれでもギリギリ OK ですが、マネジメントは任せられませんね。
(実はマネジャー・クラスでもこうした人は珍しくなくて、「あいつ、何言ってんだか、さっぱりわからん」 というようなことになります ^^;)

逆に、感性的な文芸などは得意だけど、日常的な論理の展開にすら付いてこれない人もいます。

ただ表面的には、前者は理系、後者は文系と思われますが、煎じ詰めれば、どちらも 「感覚派」 なんじゃないかと思います。

ものごとが論理ではなく画像のようにそのままパシッと印象付けられて、それをそのまま受け入れているだけなので、改めて論理の展開として説明するのは苦手。

こうした人たちは、狭い専門分野では、職人的な高い評価を得ることができたりします。

投稿: tak | 2010/10/08 10:45

tak shonaiさん

私も、高校時代、どうしても勉強をする気が起きないという病気(笑)にかかって、tak shonaiさんと同様、文系は勉強をしなくてもトップクラスでしたが、理数系は落下(笑)

言い訳はこれぐらいにして(笑)

よく思うのですが、日本のマニュアル=取扱説明書って感覚的で、実用にならないことが多いですね
この頃は、だいぶんよくなりましたが昔はひどかった
取説に専任者など置かず、製造した技術者に取説を書かせていたんでしょうね
そういう技術者は二流で(笑)、現場の職人で、組み立てのフローなどを論理的に、愚直に、ヴィジュアルに、作業を一つ一つ順を追って、何も知らない他人に説明することが出来なかった
しかし、どうも日本人全体に、そういう傾向がありそうですね
日本語という言語的な条件もあるのかな?

投稿: alex99 | 2010/10/08 12:15

alex さん:

>取説に専任者など置かず、製造した技術者に取説を書かせていたんでしょうね
>そういう技術者は二流で(笑)、現場の職人で、組み立てのフローなどを論理的に、愚直に、ヴィジュアルに、作業を一つ一つ順を追って、何も知らない他人に説明することが出来なかった

まさにそうしたことについて、今日付で論じました。

投稿: tak | 2010/10/08 12:58

ワープロソフトや表計算ソフトが多機能化しつつある今、ある種仕方のないことなのかと思います。
やはり文章をまとめるのであればワープロソフトに軍配が上がりますし、数値計算やグラフ機能ならば表計算ソフトが勝ると思います。しかし私の多くの友人たちは
「2つもアプリケーションを使い分けるのは面倒くさい!」
と表計算ソフトに頼りがちです。
ベターなのは、表計算ソフトで作成した表やグラフを、形式を維持したままワープロソフトに挿入する方法だ指導しているのですが、上手くはいかないようです。

話は変わりますが、もしも文章中の「Word」および「Excels」がMicrosoft Office製品を指していらっしゃるのであれば、表計算ソフトの方は「Excel」が正しいスペルかと思います。
揚げ足取りのようですが、言葉に対して非常に厳格なtak shonaiさんのエントリをいつも楽しみにしておりましたので、ご指摘させていただいた次第です。

投稿: Postino | 2010/10/12 15:41

Postino さん:

>ベターなのは、表計算ソフトで作成した表やグラフを、形式を維持したままワープロソフトに挿入する方法だ指導しているのですが、上手くはいかないようです。

私も、Word で長大な報告書なんかを作成する場合は、その手法を使います。

Excel で修正すれば、Word にも反映されるという設定で。

ところで、Excel のスペル、ご指摘ありがとうございます。

何気なしにずっと Excels だと思いこんでいました。左手の薬指が、自動的に最後の s をタイプしてしまうんですね。

多分、拡張子の XLS に引きずられてしまったのだと思いますが、思い込みは恐ろしいものです。

さっそく、過去記事に遡って訂正しました。重ねてありがとうございます。

投稿: tak | 2010/10/12 16:07

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