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2010/11/17

「小さな非常識」 と 「極端な非常識」

いわゆる 「こんにゃくゼリー事故」 で、全国で初めての判決が出た。一昨年に、一歳の子供に半解凍状態のこんにゃくゼリーを食べさせ、窒息死させた祖母がいたが、この遺族が 「安全性に欠けた食品を販売していた」 などとして、製造会社 「マンナンライフ」 を訴えていたものだ。

判決は、「固さや水に溶けにくいことなどは、こんにゃくの特性であり、ゼリーの欠陥ではない」 として、遺族の訴えを退けるものだ。遺族はどうせ控訴するだろうから、判決の確定にはまだ時間がかかるだろうが、私としてはぎりぎり妥当な判決だと思う。

この問題に関しては事故直後に 「非常識の裾野」 というタイトルで記事を書いている。こんにゃくゼリーより餅の方が危ないという人もいるが、食べる人の人数を考慮すればそうとも言い切れないだろう。ただ、こういう食べ物を食べるときは注意しなければならないというのがほぼ常識化してもいるので、むずかしいところだというトーンだ。

この記事の中で私は、こんなものを年端もいかない子どもに食べさせたら、喉につまる危険性が高いのは 「常識」 の範疇だが、世の中には、それを半解凍のままで食べさせるなんていう、極端に非常識な命知らずのおばあちゃんがいることを知らなければならないと書いている。

世の中を見渡すと、ゴミのポイ捨てや歩きながらの喫煙、若者がシルバーシートに座って居眠りしているなど、 「小さな非常識」 であふれている。そして、こうした 「小さな非常識の大きな裾野」 が、「極端な非常識」 の温床となっているのだ。

啓蒙などによってその裾野を小さくすることはできるだろうから、「極端な非常識」 だって減らすことはできるだろう。しかし、いつまでたってもゼロにすることはできない。人間の世の中というのはそういうものである。

「こんにゃくゼリー問題」 というのは、ごく少数の 「極端な非常識人間」 を救うために、「こんにゃくゼリー」 という愛用者も少なくない製品を、世の中からなくしていいのかという問題である。

そして最もむずかしいのは、どこまでが 「小さな非常識」 で、どこからが 「極端な非常識」 なのかを見定めることだ。極端に非常識な人というのは、決して自分が 「極端な非常識人間」 だとは認めたがらないだろうし。

そして、今後 「こんにゃくゼリー」 にどんなような警告表示を付ければ、このような事故が完全に防げるかというような問題になると、それこそ昨日の 「自転車置き場の議論」 になりかねない気がする。

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世間話」カテゴリの記事

コメント

このコンニャクゼリーは、主にダイエット用として変われているのではないでしょうか?
カロリーは、ほぼゼロということで
そ~ゆ~ものを、わずか一歳の幼児に食べさせるという人間がいる
しかも、逆ギレして、告訴する
恥ずかしげも無く
大バカだと自分で証明しているようなものです


以前、米国で、濡れた猫を乾かすために電子レンジに入れて猫を殺してしまって、電子レンジメーカーを告訴
巨額の慰謝料をせしめた女性がいますね

こ~ゆ~人間が、この世の中から消えてくれることを切に望みますね
存在していること自体が、危険です


投稿: alex99 | 2010/11/17 13:44

alex さん:

>そ~ゆ~ものを、わずか一歳の幼児に食べさせるという人間がいる
>しかも、逆ギレして、告訴する

今回のケースでは、食べさせちゃったのはおばあちゃんで、告訴したのは両親のようです。

おばあちゃんを告訴するわけにいかなかったようです。

>以前、米国で、濡れた猫を乾かすために電子レンジに入れて猫を殺してしまって、電子レンジメーカーを告訴
>巨額の慰謝料をせしめた女性がいますね

「電子レンジ猫」はどうやら都市伝説のようですが、幼児を入れて殺したという記録はあるみたいです。

私が一番呆れたのは、ドライブスルーで買ったマクドナルドのコーヒーを股ぐらにはさんで運転して大やけどして、賠償金をせしめた米国のおばさんです。

あれ以後、マックのコーヒーがぬるくて不味くなりました。その前は案外いい線いってたのに。

投稿: tak | 2010/11/17 14:21

 こんにちは、こっそり読ませていただいてます。好きです、このブログ。

 子供が死んだことへの同情の余地を差し引けば話題のモンスタークレーマーですよ。
 うるさくて横暴な子たちとクラス一緒にしないでって親が名前をリストアップして提出したとか、私の友達にもいました…。
 彼らがこれだけ話題になるのだから昔より増えているのでしょうが、どうしてこんなに他責的になっているんでしょうかね。その割には自己責任論が不当に跋扈してるし…。学生なりに考える処があります。

 ちなみに、家族に介護従事者がおりますが、粘り気があって喉につかえないお餅(開発段階)の試食をしたって言ってました!菓子折りが届く日は近いかもしれませんね(笑)

投稿: reimo | 2010/11/17 20:08

reimo さん:

読んでくださり、ありがとうございます。

これもモンスタークレーマーですか。なるほど。

>彼らがこれだけ話題になるのだから昔より増えているのでしょうが、どうしてこんなに他責的になっているんでしょうかね。その割には自己責任論が不当に跋扈してるし…。

彼らは、他人のことだと自己責任論に与し、自分のこととなると他に責任を求めたがるという明確な傾向があるようですね。
そして、それがおかしいとは決して思わない。

粘りけがあって喉につかえないお餅とは、すばらしいですね。
私も試食してみたいものです。

永六輔さんが、餅を細かく切ってチンしたら、全部元通りにくっついちゃったという話は、前に書きましたかね。

投稿: tak | 2010/11/17 22:27

コンニャクゼリーの問題は、
一口サイズで放り込んで
食べることを前提としたパッケージと、
ゼリーというネーミングにより、
従来のミニゼリーと混同しやすいという点です。
従来のミニゼリーなら、凍らせても危険は無いですし、
現に幼児の手軽な氷菓として家庭で与えられています。

”赤ん坊に凍ったこんにゃくゼリーを食べさせる
おばあちゃん”が”命知らずの非常識人間”とは
到底思えません。

数年来与えられてきた全く安全な菓子の中に、
後から死の危険がある種類がまぎらわしく
紛れ込んできたのです。
ミニゼリーの購買層を取り込む戦略ったって
死人が出ればしょうがないというのが常識では?
売るなとはいいません。パッケージを変更して、
できれば商品名も変更するとよろしい。


投稿: えっこちゃん | 2010/11/17 23:53

>一口サイズで放り込んで食べることを前提としたパッケージ

私も、ダイエットのため、この頃、時々食べますが(笑)、大の大人でも、とても一口では食べれませんよ
少なくとも、一口で飲み込むなんて事は出来ない
口中で、歯で二分割、あるいは三分割しないと嚥下できません
それも、大人でも簡単ではない
「一口サイズで放り込んで食べる」大人もいないと思います

第一、子供に与える前に、親が食べてみるのがあたりまえ
そうすれば、一歳の子供に、そのまま、食べさせるなんて恐ろしいことが出来るわけがありません
それに、一歳の子供なら、普通は、栄養のあるペースト状の離乳食
完全に、常識の問題です

老人介護設備でも、食事は、一口ずつ、スプーンで、注意深く、嚥下しやすい形で、少しずつ与えます
ましてや、なにもわからない乳児に

なぜ、コンニャクが原料であるとわかっているものを、幼児に与えるのか?
コンニャクは胃腸の中で消化しない、カロリーゼロの食べ物であることぐらい承知のはず
昔、有名な評論家、大宅壮一氏がコンニャクダイエットをして、死んでしまった
カロリーがないから
過ぎたるは及ばざるがごとし

一歳の子供にダイエット食品・カロリーゼロ食品を与える意図かわからない
一歳の子供に、ゼリーを与えることも、わからない
そ~ゆ~親は、昔は絶対にいなかった

やっぱり、電子レンジ猫と同様の事件です

投稿: alex99 | 2010/11/18 02:23

>えっこちゃん

>従来のミニゼリーなら、凍らせても危険は無いですし、
あなたの「危険は無い」の定義を知りたい。
ご飯、パンですら窒息事故が起きます。あめ玉の事故もよく聞く話。
凍ったミニゼリーは、あめ玉より大きく、噛み砕けない。
相当危険ですよ。

>現に幼児の手軽な氷菓として家庭で与えられています。
うわ・・非常識。
凍らせて食べさせるものでは無いですよ。
凍ったら蒟蒻だろうとゼリーだろうと、同じじゃないですか。

>”赤ん坊に凍ったこんにゃくゼリーを食べさせる
>おばあちゃん”が”命知らずの非常識人間”とは
>到底思えません。
alex99さんも記載されていますが、
蒟蒻畑はミニゼリーより二回りくらい大きく、
大人でもかくやという大きさ。
まして、それを凍らせて1歳の子供の口に入れたらどうなるか、
想像できないのでしょうか?

大人でいうと
Lサイズの冷凍ミカンを一個丸ごと口に入れるような物ですよ。
同様の事を1歳の子供にやらせる。非常識というより虐待でしょ。


蒟蒻畑の危険性に対するリスクの甘さは会社にあったと思います。
それでも、喉に詰まった際に変形して気道を確保できる様に研究し、
その結果「歪んだハート形」とした。
しかし、凍らすと変形できずにこの事故に至った。
それ故にカップタイプから撤退した。

ただ、それと、この1歳の事故での婆さんの非常識とは別な話です。

あと、おでんに入っている蒟蒻は危険な食品なの?

投稿: リュウT | 2010/11/18 10:07

えっこちゃん さん:

同じコメントを 2つというのは、ご遠慮くださいね。

あっちの方は、近く削除させてもらいます。

内容については、私の考えは、alex さんとリュウT さんが書いてくださったのとそれほど変わりません。

というわけで、長々と書くことは省略します。

投稿: tak | 2010/11/18 22:41

間違って飲むということなら煙草の吸殻の方が死んでいるし、
食べものでも飴玉やおもちで何倍も死んでいる。
与え方を間違えたら水だって子供を殺しますよ。
大人でも死にますが。


「子供が丸飲みにしないように」大きくして、
「気道確保しやすいように」形をいびつにし、
「他のメーカーが真似しやすいように」その形を商標登録せず、
「事故が起きないように」パッケージに注意書きしてあるものを、

「大人が凍らせ」噛み砕きにくくし、
「大人が与えて」子供が亡くなった。

これを事故と言っていいのかなあ。

投稿: キセ | 2010/11/20 09:57

菓子コーナーにポテチやウエハースと並んで
山積みになっている商品の中に
乳幼児や高齢者が注意しなくてはいけないものが
まぎれているのが、皆さんは異常だとは思われない
ということですね。とても不思議です。
箱入りにして機能性食品の棚に置けば良い。
飴についてもお年寄りはよく子供に下さいますよ。
私は危険を説明してお断りしますが、
やっぱり、相手が非常識だとは思われません。
一昔前は普通に小さい子供にも食べられていましたよ。
今は違うからといってこちらの意見を
押し付けられる範囲だとは
わたしは思えない、ということです。

一口で頬張る設計にも、
危険はないとおっしゃるのですか?
一飲みにできないことは当たり前です。
そのため事故になってるんですから・・・。
え、まさか、容器からちょっとずつはみ出させて
ちょこちょこ齧って食べるんですか?
そうだったらすみません。
それからミニゼリーを凍らすと
どういうことになるかというと、
まあご想像通りですが・・・。
それも大変危険となると、
レストランの出したお冷の氷が
1歳時の窒息の原因となるようなことが
ままあって、モチロンその場合、
レストランに責任がいくようなかんじですよね・・・。
まあ~とにかく、ミニゼリーは従来最も安全かつ
与えやすい菓子の一つであり、もともと
そのイメージにのっかって販売を行ったのですよね。
(これすら却下?)
その上で事故が起こったのだから、
もうその路線は諦めて、もっとミニゼリーっぽく
なくしたらいいのに、と思うわけ。
そんなにへんかな?
ちなみに心配されるといけないので、
私自身は母としては絶対、コンニャクゼリーは
ありえないっす。

投稿: えっこにゃん。 | 2010/11/21 22:36

>えっこちゃん

>あなたの「危険は無い」の定義を知りたい。

パンを多く与えた場合は危険と考え、
あまり頬張り過ぎないように見張る。
飴はOK。コンニャクゼリーと餅は、
厳重な監視の元で無いと与えない。

>うわ・・非常識。

・・・。普通、冷たいから子供は少しずつ齧って
食べますし。凍ったら同じでも体温で解けるので
コンニャクゼリーと普通のでは違いますよ。

おばあちゃん、無理やり口まるごと放り込んだわけでは
無いみたいですよ。

>あと、おでんに入っている蒟蒻は危険な食品なの?

危険ですね。ちっちゃく切らないとね。

>第一、子供に与える前に、親が食べてみるのがあたりまえ。そうすれば、一歳の子供に、そのまま、食べさせるなんて恐ろしいことが出来るわけがありません
それに、一歳の子供なら、普通は、栄養のあるペースト状の離乳食完全に、常識の問題です

ペースト状のやつも食べてみてるんですか?偉いですね・・・。それに、育児書にもありますが
1歳の子供がペースト状の食物しか与えられないと
いうのはあまりに明らかな誤りです。
かつ、ミニゼリーというものは本来、
ほとんどペースト状といって差し使えないほど
やわらかいものです。

投稿: えっこにゃん | 2010/11/21 23:06

すみません、認識不足でした。
皆さんは、小さな非常識の裾野の広がりが
大きな非常識を生むという立場なのですね。
モチロンご自身たちはその裾野に属さない・・・。
ゆえに、無知蒙昧を糾弾する責を負われるわけですか。
わたしは、人類の行くべき道は
むしろプラスマイナス零のあたりで
擂りあわせながらこれまでのすべての叡智を凝らして
見出されていくべきものだと思う。
そじゃないと殺人はとめられても
戦争は止められないのではないかなあ。
(とめたい場合ね。)

あとね、常識あると思われてる人は案外
他人に対して「非常識だ」って言わないですよ。
気配り上手な人も他人のことKYとか言わないよね。
うるさくってごめんなさい。
ググッて飛んできてこのサイトの幾つかの文章に
感銘を受けました。ありがとうございました。
レスつかなければ、このまま消えます。ごめんね。

投稿: えっこにゃん | 2010/11/22 00:20

えっこにゃん さん:

この問題、細かいことを言えば際限ないなあと思います。

「自転車置き場の議論」(ちょっと違うかな?)にしないためにも、この辺で細かいこと (「ああ言えばこう言う」的な応酬) は止めたいと思います。

ただ、ちょっと一言。

>箱入りにして機能性食品の棚に置けば良い。

これは、店では機能性食品の棚に箱入りにしておいてあっても、購入されてばらして冷凍庫に入れてしまったら、同じですね。

これを子供に食べさせるおばあちゃんは、

「これは、何売り場にあったの?」 なんてことは気にしないと思います。
食べさせたいと思ったら、いずれにしても食べさせちゃうでしょう。

そういう意味で、「極端な非常識」 と書きましたが、結果論として命の問題になったので、そう表現しました。

「知って犯す罪より知らずに犯す罪の方が重い」 という立場からそう書いたなんていうと、ちょっと手前みそですが、そんなような意味合いは確かに込めています。

http://tak-shonai.cocolog-nifty.com/crack/2004/11/___1.html

投稿: tak | 2010/11/22 22:40

記事読ませて頂いています。はじめて書き込みます。
>えっこにゃんさん
白黒2分しないといけないという考え方での議論は不毛です。
「人」と「モノ」は、それぞれ補いあって使われるべきものです。
エントリにある「非常識」というか「モノの短所を人がカバーしない使い方」をされれば、様々な「製品」(世の中に一応受け入れられているもの)でも事故は起きます
蒟蒻ゼリーは「人」によってカバーされるべき危険性を持っているのは間違いないです。(他の食品や物も程度の差こそあれ当然そういう危険性を持っています)
蒟蒻ゼリーは【欠陥品】(極端に言えば、このままではダメ)と判断されるかどうかですが、判決の結果は、「【安全性に欠けた食品】を販売していた」とまでは言えないというだけです。

えっこにゃんさんのお書きになった対策をとればよりいいでしょうし、他の方もいわば「人によってカバーされるべき」と書いているのですから。

>山積みになっている商品の中に
乳幼児や高齢者が注意しなくてはいけないものが
まぎれているのが、皆さんは異常だとは思われない
ということですね。とても不思議です。

逆に、上が私には不思議です。
異常ではなく様々な商品売り場で様々な危険性を有したモノが混在しています。例えば、化粧品売り場でも薬局でも乳幼児が窒息しそうな大きさのモノ(家族にいれば注意して取り扱われるべきもの)が混在しています。
そうしたモノを注意して取り扱うのは「人がカバーすべき領域」です。
もっともだからこそ、事故が減るための対策をとるのは必要になるのですが。

投稿: 北風Mk-2 | 2010/11/23 20:59

マジレス>ALL
よろしくです。o(_ _)o

気の毒な人に対してのバカ呼ばわりに腹を立て、かつ
takさんがalex さんとリュウTさんを支持されるとのことで、、拗ねて暴れてみました。
すみません。
気がおさまると、上記の事はとにかくとして
新たに広い裾野から生まれてくる大きな非常識について
この場合どの様に当てはまるのか疑問を感じ、
質問してみたいと思ったものの、こんな風に
丁寧なレスをいただけるとは思いませんでした。
ありがとうございます。

つまり、takさんのおっしゃる非常識とは、
社会的に無知であるというように解釈できますか?
ただ、この場合、非常識の責は程度の差こそあれ、
一方に課せられないのが普通ではないでしょうか。
むしろ、知識階級としては(知っている身としては)
いかに知らしめるべきかという問題の建て方が
一般的なように思われるのです。

それから、非常識イコール無知とした場合、
小さな無知の蔓延が、大きな事故を生むという論理は
成りたちにくくないですか。
無知を生物的なものとしてとらえても同様に思えます。

投稿: えっこにゃん | 2010/11/23 21:03

>つまり、takさんのおっしゃる非常識とは、
社会的に無知であるというように解釈できますか?

このあたりは私も興味があるので、横レスですが感じたことを。

まず、「世の中は「安全」ではなくて、多くの「危険」が潜在的に存在している状態だ」という認識というか感覚を持つということがまずありきなのかな、と。
で、その普通であれば「【潜在的】に存在している危険」をわざわざ引き出してしまう行為というのがあって、「非常識」と呼んでいるように感じます。

>ただ、この場合、非常識の責は程度の差こそあれ、
一方に課せられないのが普通ではないでしょうか。

別コメに書きましたが「人」「モノ」とあって、一方には課せられないのが普通だと私も思います。だから、判決のように「モノの責とは言い切れない」となるのだと。

>むしろ、知識階級としては(知っている身としては)
いかに知らしめるべきかという問題の建て方が
一般的なように思われるのです

えっこにゃんさんの身の回りの「モノ」の危険性について、有用な情報・知見は「知らしむべし」という形で与えれたものが多いでしょうか、それともなんらかの形で学んだり調べたりしたものが多いでしょうか?
私は、仕事などでも結局は、下に書く使う側からの動きによるものが有効なように感じます。

先に書いた「潜在的に危険があってそれにさらされないためには」という意識があって、「人」の側から、どう使うべきかを教わる・調べる・考える、つまるところ使う側からの動きの効果が大きく一般的であるのではないかと思います。(製品としての「モノ」への対策はあった上でですけども)
もっとも、この場合、情報が手に入りやすい環境を整える、という点が必要です。

「小さな非常識」と大きな事故は対象のモノ・事象で変わるでしょうが、ハインリヒの法則 の、重大事故の陰には多くのヒヤリがある、に近く、成り立つケースが多いと思います。

投稿: 北風Mk-2 | 2010/11/23 23:13

北風Mk-2 さん:

二つのコメントにまとめてレスさせていただきます。

後の方のコメントは、私の見解とほとんど共通していますので、代わって答えて頂いたようなもので、ありがたく思っています。

今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: tak | 2010/11/24 11:38

えっこにゃん さん:

北風Mk-2 さんが私に代わって答えてくださっているので、それ以上に付け足すことはないようなものですが、それでは無責任かもしれないので、もう少しだらだらと書かせて頂きます。

このような問題に関しては、私はどれほど理性的な対策をとっても、不幸な出来事は決してなくならないと思っています。

それについて、今年 9月に「理性に期待しすぎちゃいけないのだ」という記事を書いています。

http://tak-shonai.cocolog-nifty.com/crack/2010/09/post-a8aa.html

あれだけ 「振り込め詐欺」に注意するように呼びかけられ、キャッシュディスペンサーにも注意書きのステッカーまで貼られているのに、やっぱりだまされる人はだまされます。

私の 82歳になる父は、機械物が苦手で、自分でキャッシュディスペンサーの操作ができません (他の面ではかなり冴えているので、単にやる気がないだけとも言えますが) が、自分で振り込みの操作ができる、つまり、まんざらボケたわけでもない人がだまされるのです。

先日は、「きっと振り込め詐欺だから、止めときなさい」 と、銀行員総出で説得したのに、それを振り切って振り込んでしまい、結局だまされていたことがわかったというニュースまでありましたね。

このように、「非常識の裾野」が広いと、「極端な非常識」も必ず現れます。

普段は常識的な人でも、ある特定の分野で極端な非常識になってしまうという人もいますから、安心できません。非常識の裾野は、思いの外広いのです。

誰もが理性的な行動を取るなんてはずはなく、非理性的な、非常識な行動というのは、その辺でいくらでもみられるのです。

むしろ、人間は多かれ少なかれ非常識なんです。

それだけに、メーカー側がいくら注意しても、極端な非常識には通じないのです。注意して改善したつもりでも、そのせいで思いもかけない使い方をされて、かえって危なくなったということもあり、いたちごっこです。

こんにゃくゼリーでも、小さくすればいいかといえば、それだと小さな子が一口で飲み込んでしまいやすいから、かえって危ないという見方もあります。

それもあって、多少大きめにして簡単には飲み込めないようにし、さらに気道を塞がないように形に変化を付けても、つっかえるときはつっかえる。

結局、消費者側で注意するしかないわけです。その前提として、パッケージには大きく注意表示があるわけですが、それでも振り込め詐欺にだまされる人が後を絶たないように、時々事故が起こります。

餅で死ぬ人もいれば、パンで死ぬ人もいます。水を飲み損なって死ぬ人だっています。これは悲しいけれど、避けられないことです。危険というのは、ありとあらゆるところに潜んでいるのです。

「これは安全、これは危険」という線引きは不可能なのです。「安全」と言いきってしまったものでも、使い方を誤れば (非常識な使い方をすれば) 十分危険です。

言ってみれば、すべての物は危険要素をはらんでいるのです。

その危険をできるだけ減らす努力をしなければならないのは当然です。ただ、それによって事故を減らすことはできても、完全になくすることは不可能です。

それだけに、ユーザーの方でも自分と自分の廻りの人の安全は自分で守るという意識を持たなければなりません。

昔は、年寄りが 「○○には気を付けろ」と教えてくれたものです。

その年寄りが、年端もいかない幼児に半解凍のこんにゃくゼリーを食べさせたというのは、やはり悲しい 「非常識」 だと思うのです。

ただ、私はそれを責めようとは決して思いません。今の世の中では、昔の知識が応用できない新しい要素が多すぎますしね。

常にある一定の割合で現れる 「極端な非常識による犠牲」 の役割を引き受けてくれたのだとさえ思います。

身内の命を犠牲にしてまで、社会的な警鐘を強める役割をになってくれたのだと。

投稿: tak | 2010/11/24 11:51

北風Mk-2 さん、takさん、
解りやすく教えていただいてありがとうございました。

おばあちゃんの非常識は、
世の中は多くの「危険」が潜在的に存在している状態だ」という認識が足りず、
その認識を持った上で理性的に考えたならば
引き起こされなかったであろう危険を引き出してしまったこと。
言い換えて、生物としての安全認識の無さと
社会的な無知に基づく無思考。

takさんのいう裾野の広がる非常識とは
”インモラルな行動”&、
”普通の頭で考えたら(理性的に考えたら)
変(間違ってる・危険)だと気づくはずの行動”
と、いうことでだいたい合ってますか?

ハインリヒの法則のはなしも解りやすかったです。
疑問をよく汲み取っていただきありがとうございます。

自分の考え方の癖として、危険を潜在的には
とらえていないことも解りました。
交通事故が起これば交差点の不備や安全教育より、
”車”そのもの、高速移動する鉄塊に目が行きますし、
振り込み詐欺の減らぬのを聞けば、
簡単に操作されてしまう人の認知の脆弱さに思い至る
わたしには、ミニゼリーは煙草とシガーチョコとが
並んで販売されているように見えるのです。
そして「うちの子好きなのよ」という人がいるだけで、
細かくちぎってあげなくちゃね、といちいち確認せずにおれないお節介。
皆さんより、わたしにとって危険は身近なのかもしれません。
おそらく私が母であることと、自分の思考・行動に自信が持てず、
日々の不安が大きいせいなのでしょう。
”大きな非常識”を引き起こさずにすんでいるのは
私の成果ではなく、ただ偶然にそうなっているような気がします。
だから過剰に反応したのだと思います。

親切に教えてくださり、ありがとうございました。

投稿: えっこにゃん | 2010/11/25 01:52

えっこにゃん さん:

丁寧に読んでくださり、ありがとうございます。

このくらいきっちりと対応していただければ、非常識の裾野も少しはせばまるのにと思いました。

投稿: tak | 2010/11/25 13:40

本当にすみません。weep
しつこいのですが、
>非常識の裾野も少しはせばまる
↑にやられてしまいましたcrying

takさんは、非常識の裾野を
社会問題あるいは文化的な相違を見る立場ではなく、
現象として俯瞰されているのですか?

>常にある一定の割合で現れる 「極端な非常識による犠牲」

啓蒙、対話によって非常識の裾野を
狭めることは可能だが、確率の部分では
いつの世も変わらない(?)

これはわたしには・・・、
世の中の変化につれ、常識は相対的に変化していくものだから
現れる非常識な事柄も確率的には変わらない、
という意味にしか取れません。

分煙の概念は以前には存在しなかったのですが
禁煙席が設けられた時に新たな非常識が生まれてくる。
takさんの考える非常識の裾野とは
実際ほとんどはこのように広がっているということはないですか?

takさんのおっしゃる非常識が何かということが
わたしの疑問であるということはいいました。

>takさんのいう裾野の広がる非常識とは
>”インモラルな行動”&、
>”普通の頭で考えたら(理性的に考えたら)
>変(間違ってる・危険)だと気づくはずの行動”
>と、いうことでだいたい合ってますか?

上にもし同意いただけるのなら、インモラルな行動も
理性的に考えられない知性も
理性的ではない振る舞いも行政や教育などによって正されるというのが
一般的な見方ですよね。

識字率は100%、公衆衛生も行き届き、
情報は易く与えられる今、
上記の「非常識」は加速度的に是正されて
いませんか?

わたしの疑問は、takさんのいうところの非常識の中身、
裾野の広がりが極端な非常識を生むとおっしゃるところの内容です。

コレについてわたしのイメージは、
(間違ってるんだろうけれど
 そう考えざるを得ないイメージ)
takさんは非常識というのを
「常識」の対義語として表現されていない。
普通、非常識とは常識から逸脱していることを
さすよう思えるが、
その場合、常識を中心として非常識は全方位的であり、
一緒くたに山にして論じてしまうのは無理があるように思える。
だから、そもそもtakさんはまず非常識ありき、
「バカな奴、バカな行動」
と言う意味で使っているのではないか。

そしてtakさんは
「バカな奴が多いからバカな事がおこる」
という印象を持った。
嘘つきは泥棒の始まり、に似ていて
真実をついているのかもとは思うが
論理的なバックボーンには欠ける。

それから、takさんの非常識がそのように
散見できるのだとしたら(個々人の中にも)
確かに一見常識的な人々の乱行も
そこに加えることができるが、
その非常識はもはや山とは言えず、
裾野という表現は間違い。

・・・一生懸命考えてるんですが、
すみません。
おばあちゃんのことは、上でも書きましたが、
もういいんです。

もしレスいただけたらうれしいです。

投稿: えっこにゃん。 | 2010/11/26 00:59

えっこにゃん。さん:

おっしゃるとおり、私は「非常識」ということばを論理的に使っていません。

ものすごく曖昧に広い意味で使っています。どうとでもとれますね。

あるいは 「突飛な行動」 と言い換えてもいいです。そんなようなものです。読む人のイメージで解釈して頂いてかまいません。

なんていうと大変無責任ですが、あまり論理的に限定して論じると、なかなか捉えきれない (なにしろ 「非常識」 ですので) ので、あえてバックリと丼勘定的に使っています。

「ちょっとした突飛な行動/本当に無茶苦茶な行動」と「ひやりはっと体験/実際の事故」 とは相似形なんでしょうね。

「ひやりはっと」を減らせば、事故も減りますが、ゼロにすることは不可能」というような見方をしています。

投稿: tak | 2010/11/26 13:30

お手数を取っていただいて
ありがとうございました。

今度こそ合点がいきました。

以降はコッソリ
拝見させていただきますm(_ _)m

どうもありがとうございました!

投稿: えっこにゃん | 2010/11/28 02:35

えっこにゃん さん:

コメントありがとうございます。

今後もコッソリでなくていいですから、よろしくお願いいたします。

投稿: tak | 2010/11/28 11:21

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