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2010年12月に作成された投稿

2010/12/31

「きちんと聞くこと」 の効用 ―― アクティブ・リスニング

ついに大晦日である。年を取ると時の経つのが早く感じられるというが、まさにその通りで、近頃ではしょっちゅう大晦日をやっているような気がする。そしてしょっちゅう盆や彼岸や正月をやっていて、その合間の時なんて、まるで一瞬のごとく過ぎ去ってしまう。

おかげさまで、今月の 25日に毎日更新 7周年となったが、年間を通じて更新できたという意味では、今日が 7年目である。7年というと長いようだが、なにしろ最近はしょっちゅう盆や正月や大晦日をやっているので、あっという間でもある。げに人間の時間感覚というのは摩訶不思議なものだ。

ところで、7年以上もこのブログともうひとつ、「和歌ログ」 を更新し続けていると、いかにも情報発信型の人間のように思われるかもしれないが、私は自分でも意外なぐらい 「聞き役」 であったりする。昨日の記事でも 「拝聴芸」 なんてことを書いたが、私は人の話を途中でさえぎることのできない人間である。

ところで世の中には 「アクティブ・リスニング」 というコミュニケーション技術があるそうなのだ。私はこれについてはあまりよく知らないが、日本語にすると 「積極的傾聴」 とでもいうことになるようで、とにかく相手の言うことをきっちりと聞く技術らしい。

Wikipedia をあたってみると、日本語ではまだその項目はないが、英語ではかなり詳しい説明がある (参照)。冒頭のパラグラフをちょっとだけ訳してみよう。

アクティブ・リスニングとは、聞き手に自分の聞いたことの理解、解釈、評価を要求するコミュニケーション技術である。積極的に聞く能力は、軋轢を減らし、協力関係を強化し、理解を促進することによって、人間関係を改善することができる。

アクティブ・リスニングはカウンセリングの技術でもあり、相手の言うことをきっちりと聞くことに成功すれば、相手の信頼を得ることができる。さらにこれは交渉術でもあり、相手をしっかりと理解することができれば、交渉ごとの半分は成功したも同然ということのようなのだ。

上手な聞き手に対して話していると、話している当の本人が自分でもあまりよく認識していなかったことさえも、明確に意識化できるようになる。自分の話していることをきちんと聞いてもらうことによって、自分が一体何を言いたかったのか、初めてわかる。そしてそれをさらにきちんと整理することができる。

「聞く」 ということは受動的なことにみえて、実はとても能動的なことでもあるようなのだ。聞くことによって、世の中の輪郭がはっきり見えてくる。そこまで考えると、私の 「聞く技術」 というのはまだまだレベルが低いかもしれない。来年はもっとしっかりした聞き手になるべく努力してみようと思う。

というわけで、皆さん、よいお年を。

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2010/12/30

「さえぎり芸」 と 「拝聴芸」

「朝まで生テレビ」 (略称: 「朝生」) なんていう番組があって、私もかなり前にどんなもんだか一度だけ見てみたことがあるが、品性卑しすぎて見るに堪えず、10分足らずでスイッチを切ったことがある。出演者が相手の話を聞くこともなく、それぞれてんでに言いたいことだけわめき散らしているのを眺めるのに、耐えきれなかったからである。

私は業界記者としてのキャリアが結構長くて、仕事といえば相手の話をよく聞いて、それを記事にするということだったから、善きにつけ悪しきにつけ、それが習性みたいになり、人の話をまともに聞かないという態度は、暴力的にすら見えてしまう体質になってしまったのだ。

とまあ、そんな風に思ったことすら忘れていた昨日、池田信夫氏が Twitter で "いや、あの田原さんの 「さえぎり」 はすごい芸" と、ある種褒め殺し的な tweet をしていて、それに対して 田原氏本人が、「ありがとうございます。今、娘から怒られてます」 というコメント付きの Retweet をしているのを発見した。(参照

それにしても、人の話をどんどんさえぎることを仕事にしていられるというのは、実にうらやましい限りである。私なんか普段、かなりいろいろな会議に出席して 「こいつの話、今すぐさえぎりたい」 と思うことが度々あるが、それをしちゃおしまいだから、必死に耐えている。

会議というのは、業務報告と検討、そして方針決定という実務的な機能をもっているわけだが、それとともに、「出席者に言いたいことを言わせてガス抜きする」 という重要な機能もある。とくに昔はそれなりの活躍をしたが、実質的な影響力は失って久しいみたいなじいさんにとっては、大いばりで昔話をする重要な晴れ舞台なのだ。

彼らは、「近頃の風潮は嘆かわしい云々……」 みたいな話をして、ちょっとした鬱憤晴らしをしたいのである。だから、存分に鬱憤を晴らしていい気持ちになってもらう必要がある。いい気持ちになって、溜まったガスをしっかり抜いてもらわないと、妙なところで妙な口出しをされて、話がややこしくなってしまう。

だから、内心では 「また始まった」 なんて思っても、そして時間の無駄とは感じつつも、「さえぎる」 なんてもってのほかなのである。感服しながら拝聴しているフリをする必要がある。これは会議に限らず、直接面談するときにも必要で、そんな場合、下手にさえぎるより、大いに感服して見せる方が短時間で済むものである。

ただ、「拝聴芸」 はストレスが溜まる。「さえぎり芸」 を発揮する方が、当人の精神衛生にはずっといい。まあ、こんな 「拝聴芸」 が要求されるということ自体、日本社会の最大の問題点だと感じてしまうこともあるしね。

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2010/12/29

訃報とセンティメンタリズム

年賀状の印刷を 27日に終え、28日に投函したのだが、改めて子細にみてみると、今年は喪中が多くて、印刷枚数がいつもの年よりずいぶん少なくて済んだことに気付いた。届いた喪中欠礼葉書を重ねてみると、1センチ近くになるほど大量だ。

私と同年代の友人たちの親たちが 80代半ばになり、続々とあの世に行ってしまうタイミングになっている。とくに今年の夏は途方もない暑さが続いたから、年寄りの身には応えたのだろう。9月とか 10月とかに亡くなったという知らせが多い。

さらに、親戚の中の長老格もかなり亡くなった。80代後半から 90代という人は、4月とか 5月に亡くなっているケースが多い。昨年の冬はずいぶん寒さがだらだらと長引いたから、その寒さを越えてようやく暖かくなった頃に、ふと緊張が途切れて召されて行ったのだろう。

さらに、親の世代ではなく、同年代の友人が死んでしまうということもあった。私の同級生はまだ還暦前だが、それでもぽつりぽつりと訃報が入ってくる。朝にいつも通りに会社に出かけ、通勤電車の中で倒れてそのまま亡くなってしまった者もいるし、登山で沢に滑落して命を落とした者もいる。

私の葉書作成ソフト 「筆まめ」 の住所録には、既に死んでしまった人が何人も登録されたままになっている。死んだとわかっても、削除するのが忍びないのだ。一度削除してしまったら本当にお別れのような気がする。せめて住所録の中で、もう少しだけ生きていてもらいたいという気がする。

私の住所録から削除されるのは、大抵亡くなってから 5~6年経ってからである。なんとセンティメンタルなことであるかと、我ながら呆れるのだが。

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2010/12/28

新幹線 「のぞみ」、せっかく全面禁煙にしても

近頃、東海道新幹線の 「のぞみ」 の車両は、最新型の N700系が増えて、来年春のダイヤ改正以後は、ほぼ 100%近くが N700系になるらしい。私はこれまでも、できるだけ N700系の車両を選んで乗るようにしてきた。というのは、電源が各列にあって、車内でノート PC を開いて仕事をするにはとても便利だからである。

ところが、いいことばかりではない。N700系車両というのは、時々ものすごいタバコ臭さに悩まされる。N700系は全面禁煙で、喫煙車がない。それなのに、タバコ臭さに悩まされるというのはおかしな話だが、喫煙車のある車両よりもタバコ臭さがひどいのである。

なぜかというと、N700系には喫煙車はないが、喫煙ルームというのがあるらしいのだ。喫煙者は我慢ができなくなると、その喫煙ルームに行って煙草を吸うらしい。そして、吸い終わると、髪の毛だの衣服だのにタバコの臭い (つまり、あの 「ヤニ臭さ」 ね) をたっぷりとしみこませて戻ってくるのである。

私も以前、のぞみに乗っているとき、隣のオッサンがちょっとどこかに消えたかと思うと、ものすごくタバコ臭くなって戻ってきてビックリしたことがある。私はそんな時には遠慮しないから、手元にあった書類でバタバタ扇いでやった。さすがに 15分ぐらいすると耐えきれないようなタバコ臭さは飛んでしまったが、あれにはまいった。

全面禁煙にしても、喫煙ルームを設けるなんていう中途半端なことをすると、こんなようにかえって不愉快なことになる。せっかくの禁煙車に、タバコの臭いをひっきりなしに引きずり込んでくる。臭いだけではなく、粉塵だって運び込んでいるのだろう。こんなことなら、タバコ吸いは喫煙車に隔離しておく方がずっとましだ。

JR には、喫煙ルームなんてものを廃止してもらいたい。どうしても廃止したくないなら、喫煙ルームの手前に 「消臭ルーム」 というのを作って、そこで 全身にファブリーズを浴びせかけられることを義務づけてもらいたいものである。

【12月 30日 追記】

2年前の年末、類似ネタでより過激な表現をしているのを思い出した。「小便臭いプールで、誰が泳ぐものか

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2010/12/27

雪国と楽天主義

私の故郷、酒田は今、大雪に見舞われているようだ。庄内在住の Twitterers の tweet をみると、車で外に出る気になれないだの、会社の駐車場が雪で埋まってしまって入れないだの、圧雪がツルツルに凍ってしまって危なくてしょうがないだの、まあ、大変なことになっているようなのである。

大雪で大変なのは、雪かきである。もっとも 「雪かき」 というのは日本列島の太平洋側の言い方で、日本海側ではいろいろな言い方をする。庄内では 「雪のけ」 というし、上越の超豪雪地帯では 「雪ほり」 なんていうらしい。「雪かき」 というニュアンスでは済まない大変な作業であることが窺われることと思う。

でもまあ、ここではわかりやすくするために 「雪かき」 と言っておこう。

雪国生まれの私は、雪かきのおかげで楽観主義を身につけたと思っている。雪国の人間は暗い性格をしていると思われがちだが、存外楽天的なのだ。それは、どんなに大雪が積もっても、文句を言わず端から順に雪かきしていけば、いつか必ず終わるということを体で知っているからである。

どんなに大変そうな仕事でも余計なことを考えず、とりあえずとりかかるのである。そして黙々とこなしていれば、気付いてみれば雪かきは終わっている。終わらない苦労はない。多少足腰が痛くなっても、死ぬようなこともないし。

幸運だったのは、いくらかいても後から後から雪が降り積もっていつまで経っても終わらないというような、超ヘビー雪国の生まれではないということだ。楽天性を身につけるのにちょうどよいぐらいの雪国生まれなのである。

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2010/12/26

年賀状に添える一言ぐらい、自分で考えようよ

三日前に、「年賀状の手書きの一言で、皆さん苦労してるんだなあ」 という記事を書いた。この時期、私が 3年前に書いた 「年賀状に書き添える手書きの一言」 という記事に、検索サイトからのリンクでやってくる人がやたらと多いもので、そんなことを思ったのだ。

このブログは、普段は平日で平均 1,500~1,700 ぐらいのアクセスがある。どちらかというと平日型のブログで、土日になると、1,000 ちょこっとに落ち込むこともある。ところが、今週に入ってからというもの、ずっと 2,000を越えていて、23日はもう少しで 3,000に達するところだったと思っていたら、昨日は土曜日なのに、その 3,000を軽く越えてしまった。

今日も日曜日なのに、夜の 8時前の段階で既に 2,600 を越えている。日付が変わる前に、またしても 3,000 の大台を超えるかもしれない。(注: 結果としては、4,000 の大台に迫るところまでいってしまった)

最近のアクセスのかなり多く (とくに昨日は半分以上) は、検索サイトで 「年賀状 手書きの一言」 といったキーワードで検索してやってきたものである。よほど手書きの一言に苦労して、適当な文例を求めているものと見える。

そうしたアクセスがあまり多いので、近頃ではうれしいというよりは、だんだんうっとうしいというか、少しは腹立たしいような気分にすらなってきてしまった。そこで件の記事の冒頭に、次のようなコメントを付け加えた。

【お断り】

年賀状に添える手書きの一言の 「文例集」 を期待してやってきた方には、はなはだお生憎様ですが、それを求めてこの記事を読んでも、得るものは何もありません。

このブログは、書店の実用書のコーナーに並ぶような内容とは無縁です。安易に文例を期待するなら、とっとと こちら に飛んでください。ありきたりで差し障りのないのがたっぷり紹介されてます。

文例以外の何物かを期待される方のみ、以下に読み進んでください。

手書きの一言の文例を期待してやってきた人は、どうせ最後までなんか読んでくれないのだろうから、それならさっさとお引き取り願う方がいい。私は、自分の年賀状に添える一言を自分で考えられないタイプの人のために、毎日ブログを更新しているわけじゃないのだ。

それにしても、昨年まではこの時期にこんなにまでアクセスが急増することはなかった。せいぜい 1,800 ぐらいのものだったような気がする。ということは、今年になって急に、手書きの一言をネットに頼る人間が増えたということか。あるいは、そこまでネットが一般化したということか。

上記の 「お断り」 で推薦しておいた文例ページに飛んでみればわかるが、ほとんどが無難だがつまらないものばかりである。こんなんなら手書きにするまでもなく、最初から印刷しておく方がいいじゃないかと思うようなものもかなりある。

というようなわけで、なんだか、ちょっと 「おやおや」 的気分になってしまっている。

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2010/12/25

毎日更新 7周年

この 「今日の一撃」 (Today's Crack) というコラムは、平成 15年 12月 26日から今日までの 7年間、毎日欠かさず更新され続けてきた。ココログのブログを使い始めたのは 平成 16年 7月からだが、その前から本宅サイトで毎日更新を開始していたのである。

この間、米国出張時も時差を超越して更新し続けた (参照)。そして実は、正真正銘の毎日更新ではなく、「ほぼ毎日更新」 ということなら平成 14年 3月から、8年 9ヶ月になる。我ながら、よくまあ続けてきたもんだと思うが、この間、寝込んで PC に向かえなくなるほどの病気を一度もしていないという健康のおかげだろう。

このコラムを始めた頃は、書きたいことがいくらでもあった。次から次へとトピックが湧きだしてきて、ネタに困るなんてことは一度もなかった。ところが、4~5年経つとネタが一巡してしまい、「今日はどんなことを書こうか」 と、困るようになった。

初めの頃は 「同じネタを二度と書かない」 なんてことを誇りにしていたが、こうなると、そうもいかない。初期には 1日のアクセスが 100以下だったが、1,000を軽く越すようになった今、改めて書いてみたくなるような、我ながらいいネタが過去の履歴にある。そうしたネタなら、たまには料理し直して書くのもいいだろうということにしている。

それから、初期の頃は小ネタが多くて、記事の長さも平均すると近頃の半分ぐらいというのが多かった。それがいつの間にかどんどん大上段のネタが増えて、その分、記事も長くなってきている。これが負担といえば負担なのだ。自分の巻いたタネなのだが。

これからはもう少し気軽に構えて、短いながらもぴりりと薬味のきいたような記事を増やしていきたいものだと思っている。あるいは、大ネタは 2~3日に分けてかくとか。そうでもしないと、私も再来年は還暦なので、体力がもたないってわけじゃないが、申し訳ないけど少しは楽したいのである。

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2010/12/24

庄内浜では 「小さなおじさん」 がハタハタ釣りをしている

我が故郷、酒田の海岸には、借り暮らしの 「小さなおじさん」 がいると、一部で大評判になった。庄内日報という地方紙の記事に載った写真にそれがはっきりと映っているのである。遠野には座敷童がいるのだから、庄内浜に 「小さなおじさん」 がいても不思議はないが、地方紙とはいえ、新聞に堂々と登場したのは今回が初めてだろう。

百聞は一見にしかず、こちら を見てもらえればわかる。 一番上は鶴岡の第九コーラスの記事だが、その下に "来た!ハタハタ第一陣 酒田北港 太公望 「さお釣り」 で勝負" という記事があり、その記事に添えられた写真の左下に、岸壁でハタハタ釣りをする 「小さなおじさん」 が、はっきりと映っている。(写真そのものへのリンクはこちら

なにしろ、土地柄が土地柄である。何があってもおかしくない陸の孤島、庄内のお話だ。「小さなおじさん」 が庄内浜に出てハタハタを釣っていても、ちっともおかしくない。ちっともおかしくないどころか、珍しくもなんともないことなので、新聞記事では 「小さなおじさん」 のことについては一言も触れられていない。

犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛んだらニュースになると言われる。いや、最近では犬が人を噛んでもニュースになることがある。庄内浜では、小さなおじさんがハタハタ釣りをするのは、犬が人を噛むよりも、さらに珍しくもなんともない日常風景なのだ。

もっとも、よく見ると、手前の大きく映った人たちは、岸壁と海を隔てる高いコンクリート塀の狭い縁に乗っていて、「小さなおじさん」 は、その塀の下の遠くの方で釣っているように見えないこともない。後ろに停められている自動車の大きさと対比してみると、それがわかるようにも思える。

いや、しかしそれはうがちすぎた見方である。やっぱり、庄内浜には小さなおじさんがいて、ハタハタ釣りをしているのだ。なにしろ庄内のことだから。

【25日 追記】

2ch に  「秋田県で小人が魚釣りをする貴重な写真が発見され」 とか、「秋田県で小人が発見されたらしい」 とかいうスレッドが立っている。スレ主は秋田県と山形県の区別ぐらい確認して欲しかったなあ。

それに、秋田県に行ったら、小さなおじさん程度のものじゃ済まないのが生息しているんだから。

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2010/12/23

年賀状の手書きの一言で、皆さん苦労してるんだなあ

去年もそうだったのだけれど、年末になるとウチのブログへのアクセスが妙に増える。なんでこんなに増えるのかというと、「年賀状/一言」 とか 「年賀状/コメント」 とか 「年賀状/手書きの一言」 とかいうキーワードでググって、3年前に書いた 「年賀状に書き添える手書きの一言」 という記事にやってくる人がやたらと多いからだ。

試しに 「年賀状/一言」 でググルと、私の記事がトップに来るし、 「年賀状/コメント」 「年賀状/手書きの一言」 だと、2番目にランクされている。こんなようなキーワードでググるということは、年賀状を出すのに、手書きの一言を添えたいが、どんな言葉がいいかわからず、ついネットに助けを求めてしまうのだと想像されるのである。

で、私の記事の 「年賀状に書き添える手書きの一言」 というタイトルを見て、何かいい例文が満載された記事なのではないかと期待してやって来るのだと思う。

おあいにく様。申し訳ないが、そんな期待通りの記事じゃないのだよ。私のブログに、書店の実用書のコーナーに並んでいるような内容を期待されても、それは見当はずれというものだ。

件の記事は、手書きの一言として 「お元気ですか」 なんて書くのは、あまりにもおざなりすぎると指摘しただけのものなのである。そんな一言が書いてあると、「ああ、自分宛のは、かなり力尽きた時に書いたんだな」 と思いやられてしまうだけだ。そして翌年の年賀状に 「元気です」 とだけ書いてあったりしても、文句言えないということになる。

どうしても書くことに困ったら、「お元気ですか?」 よりは 「今年も元気でお過ごしください」 ぐらいの方がずっといいだろうということになる。ちなみに、年賀状に添える一言の文例を期待するなら、こちら をご覧になるといい。ちっともおもしろくはないが当たり障りがなくて無難という文例が紹介されている。

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2010/12/22

「~が売ってる」 という表現と、英語の "sell" という単語

昨日 "「~が売ってる」 という表現" という記事を書いた。「コンビニでおでんが売ってる」 という表現は、文法的には 「売られている」 と言うべきだが、まあ、この際むやみに突っ込みたくはないというようなことである。これについて、いつも鋭い指摘をくださる きっしーさんが、次のようにコメントしてくださった。

たまたまだと思うのですが、英語の sell も、もともとは他動詞だから商品が主語なら受動態になるはずなのに、自動詞として使われていますね。
"The rose sells at $10 a dozen." といったふうに。

これは 「我が意を得たり」 というご指摘である。"Sell" という単語の使われ方については、昨日の記事を書く際に私も意識はしていたが、英語の話なので、あえて書かなかった。しかしコメントをいただいて、「こりゃ、改めて書く価値があるな」 と思い直した次第である。

"Sell" は本来 「売る」 という他動詞だが、"The product sells well."  (その製品はよく売れている) なんて言うし、"good seller" も、「いい売り手」 ではなく、「よく売れているもの」 である。「ベストセラー」 は日本語にまでなっている。

"Sell" というのは、何か修飾語を伴った時に自動詞として使われる場合があるようだ。それは日本語でも、きっしーさんが "「あの店ではおでんが一杯500円で売っている」 ならOK" と指摘されているのととてもよく似た構造だと思う。私も、この使い方なら OK だ。

しかし、直接 「おでんが売っている」 という言い方は、私としてはしたくないというより、むしろ生理的に気持ち悪くてできない。ただ、昨日の記事で述べたように、そんな言い方をする人があってもむやみには責めないというぐらいには、寛容になっている。

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2010/12/21

「~が売ってる」 という表現

言葉の問題で最近よく話題になるのが、「コンビニでおでんが売ってる」 というような表現である。「(目的格) が売ってる」 というような言い方は文法的には誤りで、「~が売られている」 と言うべきだというのだ。

しかし 「~が売ってる」 という表現は、今や確実に市民権を得つつある。個人的には絶対に使いたくないが、他人にそう言われても、あるいはそう書いてある文章をみても、むやみにイチャモンをつけようとは思わなくなった。これはもう、仕方がない。「売る」 という単語に 「売られる」 という意味合いが公式に加わるのも時間の問題だろう。

最初に出した例でいえば、文法的に正しいのは、「コンビニでおでんが売られている」 だが、細かいことを言えば、論理的ではあるが受動態表現がうっとうしいことは確かだ。私なら 「コンビニでおでんを売ってる」 と言いたいところである。ただ、「おでん」 を主語として語りたいという場合は、「おでんが売ってる」 と言いたくなる気持ちもわからないではない。

昔だったら、「あの店にはおでんがある」 とか 「おでんをやってる」 とか言ったところだが、最近のようにマスプロ商品の時代になると、あの店のおでんもこの店のおでんも同じようなものである。店ではなく、おでんの方が前面に出る。だから 「おでん」 の方を主語にして語りたくなる素地ができてしまったわけだ。

「~が売ってる」 という言い方は、現代的な流通形態の時代だからこそ出てきた表現なのかもしれない。

【追記】

きっしーさんからのコメント ("sell" という英語との関連) について、翌日の記事に書いたので、よろしければご参照いただきたい。

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2010/12/20

「歌舞伎」 と 「傾き (かぶき)」

ブログや Twitter のあちこちに、歌舞伎の語源は 「傾く (かぶく)」 という言葉であるとして、「歌舞伎役者は本来、常識はずれで乱暴であるのが当然」 と、海老蔵を擁護するような書込みが山ほど見受けられる。

確かに、歌舞伎の語源が 「傾く (かぶく)」 であるという説はかなり流布していて、そのように信じている人が多いが、実は、これは確立した説というわけではなく、そのほかにも複数の説がある。しかしそれらのどれも、語源説としてはちょっと弱いものだから、一番もっともらしい「傾き」 説が有力で、Wikipedia には以下のように説かれている。

歌舞伎という名称の由来は、「傾く」 (かたむく) の古語にあたる「傾く」 (かぶく) の連用形を名詞化した 「かぶき」 だといわれている。戦国時代の終わり頃から江戸時代の初頭にかけて京や江戸で流行した、派手な衣装や一風変った異形を好んだり、常軌を逸脱した行動に走ることを指した語で、特にそうした者たちのことを 「かぶき者」 とも言った。

そうした 「かぶき者」 の斬新な動きや派手な装いを取り入れた独特な 「かぶき踊り」 で、慶長年間 (1596年 - 1615年) に京・江戸で一世を風靡したのが出雲阿国である。その後阿国を模倣したさまざまな踊りが世に出たが、その多くが 「かぶき踊り」 の範疇で受け取られた。これが今日に連なる伝統芸能 「かぶき」 の語源となっている。

というわけで、まあ、こう言っちゃなんだが、一見歌舞伎に馴染みが薄そうな人のうちの一部が、この語源説を笠に着たように、「歌舞伎役者は非常識で当然」 とか、「常識があってつまらない役者より、非常識でもおもしろい役者の方がいい」 とか言って、世を挙げて海老蔵叩きに走っているように見える現状を叩き返している。

しかし、歌舞伎の語源が 「傾く」 であるという説が有力で、初期の 「かぶき踊り」 が、やたらと 「かぶき者」 的なテイストを強調したものであったことは確かだが、だからといって、現代の歌舞伎役者が、常識的であるよりは単純素朴に非常識であるべきだという主張は、時代錯誤というものである。

現代の歌舞伎は、出雲阿国と名古屋山三の頃のものとは 「似て非なる」 ものである。あるいは、「似てさえいないもの」 と言ってもいいぐらいだ。その間の演劇史的考察をここでしている暇はないが、暇があったら こちら を読めば、歌舞伎の歴史を超駆け足で辿ることができる。

つまり、今の歌舞伎は天長の頃の 「かぶき者」 の風俗を前面に出したものではなく、かなり高度に洗練された町人文化を取り入れた古典芸能として、様式的にも完成されたものとなっている。つまり、あまり非常識をするものではないという類の芸能に、既になっているのだ。

なにしろ、歌舞伎という芸能自体が国の重要無形文化財に指定されており、さらに昨年秋には世界無形遺産にも登録されている。あまりにも低次元な無茶をされては困るのである。

もちろん、歌舞伎役者の心根の、そのまた根っこの部分には 「かぶき者」 の DNA が脈々と息づいていていい。むしろ、その方がおもしろい。その意味では、「常識があってつまらない役者より、非常識でもおもしろい役者の方がいい」 という指摘の通りである。

元禄の荒事を創始した初代団十郎は 「菰(こも)の十蔵」 と呼ばれた甲州の侠客の息子で、自身もどんな恨みを買ったものか、生島半六という役者に舞台上で刺し殺された。まあ、そうした DNA は直接の血筋は違っても今の海老蔵にまで続いているのかもしれないが、元禄といえば、歌舞伎が今の形に定着する前の話である。

これは前にも書いたことなのだが、ここで改めて書く。「非常識」 あるいは 「一種の狂気」 というようなものは、普段は奥に秘めつつ、時々ちらちら見せる程度にしておいて、舞台の上でこそ、ぞくぞくするようなパフォーマンスにまで昇華した形で見せてもらいたいものだ。

それのできるのが、本当の役者である。とくに成田屋の家の代表する江戸歌舞伎では、そうしたものが強く求められる。低次元の非常識を、夜中に怪しげな酒場で安売りしまくるのというのは、団十郎を継ぐべき役者としてはチンケすぎるのである。

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2010/12/19

未踏の地、山陰と四国

私は案外あちこちに出張する。それでも日本の全都道府県に行ったわけではなく、まだ行ったことのない県が 5つある。山陰の 2県 (鳥取県と島根県)、そして四国の 3県 (香川県、徳島県、愛媛県) である。

同じ中国地方でも、広島県と岡山県には何度も行ったことがあり、四国でも高知県には 4度行った。ところが、鳥取、島根、そして香川、徳島、愛媛には、ついぞ仕事でいく用事のあったためしがない。そして、仕事でもなければ、なかなか遊びで行こうという機会にも恵まれないのである。申し訳ないけど。

鳥取、島根の両県になかなか用事ができないのは、単純にこの両県の人口が少ないというせいかもしれない。とくに鳥取県の人口は 47都道府県の中でも最小で、58万人余り。島根県は 71万人余りである。両県を足しても、130万人にも達しない。私の故郷、山形県でさえ 117万人ちょっといるのに。

だが、私はこの山陰の両県に行ってみたいという気持ちはある。何しろ、島根県には出雲大社がある。神社仏閣好きの私にとって、欠かせないところである。近いうちに、是非行ってみたい。行ったらついでに鳥取砂丘にも足を伸ばしてみたい。

四国の 3県も、ぜひ行ってみたいところである。一番不便な高知には 4度も行っているのに、残りの 3県が未踏の地というのでは申し訳ない。とくに、道後温泉というところには是非行ってみたいし、金比羅様にもお参りしてみたい。

ところで、JR 四国という会社は、まだ IC カードを導入していないということを最近知った。JR 各社と、首都圏、名古屋圏、関西、九州の主要私鉄は、IC カードの相互利用を行う方針を決め、2013年までに実施する意向らしいが、JR 四国はこのプロジェクトに乗っていない。なにしろ、IC カードがないから。

うぅん、JR 四国が IC カードを採用するのと、私が四国と山陰の 5県に足を踏み入れるのとでは、どちらが先になるだろうか。

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2010/12/18

「参加」 と 「参画」 と、お役所言葉

昨日の政府閣議で、「男女共同参画基本計画(第 3次)」 が決定された (参照)。とりあえず論じてみたいのは、その計画の中身ではなく、「参画」 という言葉についてである。「参加」 とどう違うのか。

これは辞書を引けばすぐにわかる。Goo 辞書 (大辞泉) では次のようになっている。

参加  [名](スル)

  1. ある目的をもつ集まりに一員として加わり、行動をともにすること。「討論に―する」 「―者」
  2. 法律上の関係または訴訟に当事者以外の者が加わること。「訴訟―」

参画 [名](スル)

事業・政策などの計画に加わること。「法律案の作成に―する」

つまり、事業、政策などの計画段階に関与することが 「参画」 なのである。それに対して、「参加」 というのは共同行動一般に加わることだ。

ということを基本的におさえておいて、「男女共同参画基本計画」 という言葉を改めて眺めてみると、どうも引っかかってしまうのである。なにしろ、 「男女共同参画社会」 を目指す計画なんだそうだが、より詳しくいうと、次のようになるらしい。(Wikipedia より

男女共同参画社会とは、「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会」のこと。

ここで使われている 「参画」 という言葉は、本来は 「参加」 と言うべきところををもったいぶって言い換えただけにすぎないというニュアンスである。「参画」 とは 「計画に加わる」 ということなのだから、上記の 「活動に参画する」 という言い方は、本来そぐわない。敢えて杓子定規にいわせてもらえば、言葉の誤用である。国語のテストだったら、「×」 になる。

しかしまあ、ここは最大限好意的に解釈して、「活動の計画段階から主体的に関わっていく」 というような意味なのだということにしてあげよう。本来そうあるべきなのだろうしね。

ただ、「男女共同参画社会基本計画」 といってしまうと、言葉が入れ子になってしまう (文字通りに受け取れば 「計画に加わることの計画」 ということになる) ことで、意味するところがぼやけてしまう。そのようなイレギュラーなレトリックをあえて採用するほどの必然性があったとは、私には思えない。

そもそも、「男女共同参画」 は、英語で公式には "gender equality" と表記するのだそうだ。なんだ、単純なことじゃないか。要するに 「ジェンダーの平等」 ということである。それを 「男女共同参画」 なんてもったいぶって言って、さらに 「基本計画」 なんていうのが加わるから、意味合いがぼんやりしてしまうのだ。

誠にもってお役所言葉というのは、簡単なことをもったいぶって (時には誤用をおかしてまで) わかりにくく言い、「君たち庶民にはわからんだろうから」 と、お役人が大いばりで説明するためのものである。初めから簡単に言っておけば、お役人の数はもっと少なくて済むのである。

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2010/12/17

例の取手駅前バス停の事件

今日は家で年末進行の原稿書きをすることに決めていたので、朝にいつものように JR 常磐線取手駅から電車に乗ることもなく、ラジオのスイッチを入れた。すると取手駅西口で、バスの車内で刃物を振り回した男がいて、10数人が怪我をしたとのニュースが飛び込んできて、びっくりである。

いつもの朝だと、私は事件発生直後に取手駅西口に到着していたはずだ。そしてその尋常ではない雰囲気で事件を知り、しばらくの間、野次馬根性でのぞき込んでいたはずである。ところが今日はたまたま、家にいてラジオのニュースで事件を知ったというわけだ。

事件の起きたバスは、関東鉄道バスの路線バスだが、ほとんど私立江戸川学園取手中学・高校 (通称 「エドトリ」 で、東大にも結構な合格者を出す一流校らしい) のスクールバスみたいな使われ方をしている。朝夕は、緑のブレザーの制服を着た生徒たちで満員状態になっている。

この満員状態の車内で刃物を振り回されたら、そりゃ、怖い。満員だと振りかざすスペースがないから、致命傷にまでは至りにくく、実際に全員が軽傷で済んだらしいが、それでも PTSD などの心理的な影響が残らないか心配だ。

その場で逮捕された犯人は、斉藤勇太というらしいんだけど、これは字は違うが高校時代の親友と同じ名前で、なんだかそれだけでがくっと疲れてしまった。ユウタ、今頃どこで何をしているだろうなあ。だいぶ前から連絡が取れなくなってしまっているのだが。

昼前に取手駅前の銀行に行く用があり、車ででかけると、駅前はいつになくいろいろな車で一杯で、停めるスペースがない。仕方なく自分で借りている駐車場において、銀行まで歩いたのだが、駅に近づくに連れて、ものものしい雰囲気が濃くなる。

ただ、そのものものしい雰囲気の大部分は、テレビ局の車とカメラとスタッフが醸し出しているのだとわかった。私が現場に行ったのは事件発生の 4時間後だから、現場検証などはほとんど終わってしまっている。ところが、テレビ・スタッフは現場に着いて間もないらしく、必至にカメラを回し、目撃者に話を聞いたりなんかしている。

驚いたのは、単なる通行人風のオバチャンが、「助けて! という声が聞こえて、振り返ったら逃げてくる人がいた」 などと、取材に応えていたりすることだ。このオバチャン、インタビューに応えてテレビに映るために、事件発生から 4時間も現場に留まっていたんだろうか。それとも一度は離れたけれど、テレビに映りたくて再び駆けつけたんだろうか。

ペデストリアン・デッキのベンチでは、何人かの記者がノート PC でニュース原稿を書いている。ちらっと見ただけだが、昔の記者みたいにすごいスピードで書きまくるって感じじゃない。指なんかほとんど止まっている。ふぅん、最近はモバイルですぐに送稿できるから、あまり息せき切って書かなくてもいいのかなあ。

それにしても、世の中というのは本当にいろんなことがあるし、いろんな人がいるものだ。それから、こういう事件というのは 「気をつける」 といっても山道の 「落石注意」 と同じで、どうやって気をつけたらいいかわからないしなあ。

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2010/12/16

雀がいなくなってしまった

雀が減少しているのは全国的な傾向らしいが、我が家の周りでは減少なんていうものではない。なんと、雀がさっぱりいなくなってしまったのである。

妻はパンくずやご飯の残りなどを雀にあげるのを、ずっと楽しみにしてきた。毎朝台所の窓から庭に置いた台の上にひょいと投げてやると、雀たちが待ちかまえたように降りてきて、ちゅんちゅんと楽しそうについばむ。

ところが今年の夏を境に、雀たちが姿を消してしまったのだ。本当に一羽もやってこなくなったのである。知り合いたちに聞くと、近頃確かに雀が少なくなったとはいえ、さっぱりいなくなったなんてことはないという。ということは、我が家の近所に限って、雀がいなくなってしまったのだろうか。

どうしてこんなにぱったりと姿を消してしまったのかを考えると、どうみてもあの暑い夏を境にいなくなってしまったのが明白なので、猛暑が直接間接に影響していると思うほかない。

まず、雀は人家の屋根の隙間などに巣を作ることが多いというから、あまりの暑さに巣がやられてしまったのではないかと考えられる。雀の親鳥はなんとかなっても、卵が暑さにやられてかえらなかったのではないか。

それから、雀のえさとなる虫がいなくなったということも考えられる。例えば、今年の夏は蚊が極端に少なかった。暑かった上に雨も少なかったので、幼虫のボウフラのわく水溜まりができなかったのだろう。

さらにこの夏は、野菜が不足して高騰したことからもわかるように、地面が焼けてしまって草花もまともに生えなかったし、木の実などもできが悪かった。熊の餌が少なくて里に下りてくるほどだから、雀の餌も足りなかったのだろう。

とまあ、雀の激減の理由はこのように考えられるが、我が家の周囲だけが極端に減ってしまったということの理由はよくわからない。だがいずれにしても、今年の夏のような異常気象になると、自然界の秩序がかなり乱れてしまうことはよくわかった。

温暖化がこのまま継続したら、人間にとってもかなり生きづらい世界になることは間違いない。

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2010/12/15

「山鹿流陣太鼓」 ってものは、ないんだって

昨日は忠臣蔵討ち入りの日ということで、それにちなんだ記事を書いたが、書いた後でいろいろな疑問が湧いてきたので、ちょっと調べてみた。そうすると、お馴染みの物語としての 「忠臣蔵」 と、史実としての 「赤穂事件」 の相違がますますわかってきたのだった。

一番ずっこけてしまったのは、討ち入り直前に大石内蔵助が打ち鳴らしたとされる 「山鹿流陣太鼓」 というものは、なかったというのである。「山鹿流兵法」 というのは確かにある。開祖を山鹿素行とする兵法で、江戸時代には諸藩に普及していた。

しかし、山鹿流兵法というのはあっても、山鹿流陣太鼓なんてものはなく、これは物語の中のフィクションであるということがわかった (参照)。まあ、討ち入りの直前に陣太鼓なんて打ち鳴らしたら、不意打ちが効かなくなるから、実際にはそんなことはしなかったろうとは思っていたが、山鹿流陣太鼓そのものが想像の産物だったとまでは知らなかった。

三波春夫の 『俵星玄蕃』 では、「一打ち二打ち三流れ、確かにあれは山鹿流儀の陣太鼓」 なんて歌われる。私の好きな芝居 『松浦の太鼓』 でも、討ち入り当夜に陣太鼓が聞こえてくると、勘三郎扮する松浦公が、太鼓の音に合わせてその拍子をもっともらしく指折り数えて確認し、「おお、あれはまさしく山鹿流の陣太鼓!」 なんてなことを言う。

それなのに、何だよぉ~、あれはみんなでたらめだったのか。

ずっこけはしたが、まあ、ここまで物語としてフィックスされてしまうと、それはそれでもう認めざるを得ない。物語の力とは、偉大なものである。

ちなみに、討ち入りの夜に天下無双の槍を構え、外部からの邪魔が入らないように立ちはだかって守ってくれたと外伝にいう俵星玄蕃なる人物も、実在しなかったのだという。おいおい、あの三波春夫の名調子はどうしてくれるのだ。

それから、私がずっと前から疑問に思っていたことは、四十七士以外の家来は、どうなってしまっていたのかということである。5万 3千石クラスの大名の臣下は大体 300名はいたらしい。その約 300名のうち、討ち入りに参加したのは 47名 (46名という節もある) である。

これではたったの一割五分である。結構少ない。残りの八割五分の多くは、我が身大事ということで、討ち入りには加わらずに新しい仕官の道を探していたのだろう。

さらに Wikipedia にあたってみると、当初は討ち入りの計画に加わりながら、途中で脱落したのが 12人もいる (参照)。この中には、酒におぼれたり大阪の女郎と心中したり金品を盗んでトンズラしたりしたのもいるから油断できない。

お家取りつぶしの目に遭って浪士の身となると、初心を貫き通すのは難しかったのだろう。脱落者を追ってみればなかなかの人間ドラマが見られるかもしれない。

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2010/12/14

物語としての 「忠臣蔵」 と、史実としての 「赤穂事件」

12月 14日は忠臣蔵の討ち入りの日である。「時は元禄十五年十二月十四日……」 で始まる三波春夫の名調子が思い起こされる。さらに歌舞伎ファンの私としては、『仮名手本忠臣蔵』 という芝居は何度も見ていて、お馴染みである。

しかし歌舞伎の忠臣蔵は史実としての赤穂事件ではなく、めちゃくちゃ脚色されている。なにしろ、浅野内匠頭と吉良上野介が、歌舞伎では 「塩冶判官 (えんやはんがん)」 と 「高師直 (こうのもろなお)」 という太平記に登場する人物に変換されてしまっている。大石内蔵助にしても同様で、「大星由良助 (おおぼしゆらのすけ)」 になっている。

これは歌舞伎や文楽が大きな庶民娯楽であった江戸時代に、コンテンポラリーな事件をそのまま芝居にすることは御法度だったことによる。だから、元禄の御代にあった赤穂浪士の討ち入り事件を、「いえいえ、これは太平記の時代のお話です」 という建て前で演じたのだ。それで登場人物も、太平記の人物でそれらしき人に当てはめている。

だから、歌舞伎ファンの私が 『仮名手本忠臣蔵』 の芝居でお馴染みの数々のエピソードは、史実からかなりかけ離れている。つまり、私は忠臣蔵についてはずいぶんよく知っているつもりになっているが、史実としてのしての 「赤穂事件」 (歴史家はこう呼ぶらしい) については、ほとんど何も知らないのと同じなのだ。

芝居では、吉良上野介になぞらえられる高師直が、浅野内匠頭になぞらえられる塩冶判官  (ああ、ややこしい) の奥方である顔世御前 (かおよごぜん) に横恋慕したことになっているが、史実としてはそんなはずはない。吉良上野介は浅野内匠頭の奥方とは一面識もないはずである。

これは高師直をいかにも意地悪で助平爺の悪役に仕立て上げるための脚色である。ところが実際の吉良上野介は、むしろ善政をしいた名君であったという説もある。

さらに、お軽と勘平の悲恋や、祇園一力茶屋でのお軽と由良助の一幕など、見所一杯のエピソードはほとんど作り話であるようだ。ところが芝居好きは、そうした作り話をいかにも本当にあったことのようにすら思わせられる至芸によって、うそもまこともなく体の中にしみこませられてしまっている。

これこそがまさに 「物語の力」 というもので、時には史実以上のリアリティをもって我々に迫ってくる。リアリティ (真実) と ファクト (事実) は、同じようでいて同じではない。人間の方がどんな思いで受け取るかにかかっている。

一昨日の日曜日、TBS ラジオの夜の番組 「ミミガク」 で、忠臣蔵が取り上げられていた。ゲストは、東京大学大学院情報学環教授・文学博士の山本博文氏。「忠臣蔵のことが面白いほどわかる本」 (中経出版) の著者である。

山本氏のおっしゃるには、史実としての赤穂浪士たちの手紙などを検証しても、主君への 「忠義」 ということにはほとんど触れていないらしい。それでは何のために吉良邸に討ち入ったのか。それは 「武士としての大義」 に忠実に生きようとしたからだという。

「忠義」 よりも 「武士としての大義」 であり、それはほとんど 「人としての大義」 であったとも指摘される。それだからこそ、形の上では重大犯罪である討ち入り事件が、幕府内部でも暗黙の共感を呼び、打ち首ではなく、武士の大義を重んじる切腹で済まされたというのだ。

詳しくは著書をご覧いただくとして、物語としての忠臣蔵にどっぷりと浸っていた私にとっては、なかなかおもしろい指摘だった。

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2010/12/13

茨城県議選、民主党やっぱり惨敗

昨日行われた茨城県議会議員選挙の結果が、日付の変わった頃にはもう発表されていて、大方の予想通り、民主党の惨敗があきらかになった。定数 65のうち、獲得議席数は、選挙前と同じ 6。

私は昨日の記事で、「民主党は一ケタ台」 と予想していた。フツーは 「一ケタ台」 といったら、「10のちょっと手前」 ぐらいを言うことが多いが、同じ一ケタでも、これでは予想以上の惨敗だ。国政与党が定数の 1割にも満たない議席しかないのでは、お話にならない。

選挙前の議席数は、4年前、民主党がまだ小さな政党だった頃に獲得したもので、世は自民党の小泉内閣が高い支持率を得ていた時代である。その頃と同じ議席数しか獲得できなかったというのは、これは 「選挙にならなかった」 と言ってもいいぐらいのものだ。

周りに聞いても、ほとんどが 「去年の総選挙では、自民党があまりにもだらしなかったので、政権交代による刺激を期待して民主党に投票したが、期待はずれにもほどがある。もう二度と民主党には入れない」 と言っている。民主党は、せっかくの期待感を自らの無能さで徹底的に裏切ってしまったのだ。

現執行部は小沢切りで急場をしのごうとしているようだが、国民の多くは、小沢も嫌いだが、今となっては仙谷はもっと嫌いということになってしまっているので、小手先で何をやっても無駄である。主流派も反主流派も、どちらも支持を失っているのだ。

そこへもってきて、茨城県議選の真っ最中に、小沢一兵卒が 「茨城県議選で惨敗したら地方が火を噴く」 なんてことを言ったものだから、茨城の有権者としては、「おお、それなら盛大に火を噴かしてやるから、さっさと総選挙にしてくれ」 と、妙な期待をしてしまったのだ。現に、みんなそう言っていたからね。

それに、既に秋頃に書いているように、地方では小沢一兵卒に言われる前から、既に火を噴いているのだ (参照)。

小沢一兵卒は自民党の一部と合流したがっているようなところが見え見えで、民主党崩壊を織り込み済みみたいな言動を繰り返している。ところが、自民党の方では小沢アレルギーが強いみたいで、くっつくにしてもよほどおいしい手みやげが必要だろう。しかし、手みやげはおいしいほど危険でもある。

自民党としては、下野を機にせっかく世代交代も進みかけているのに、またややこしいおっさんに割り込まれてかき回されるのは、まっぴらご免というところだろうし。

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2010/12/12

今日は茨城県議会議員選挙

今日は茨城県議会議員選挙。私は今日は朝から晩まで地元にいないので、金曜日のうちに期日前投票を済ませた。あとは結果が出るのを待つだけだが、民主党の惨敗は決定的だろう。

茨城県議会の定数は 65で、現有議席は自民党が45、民主党が 6と、お話にならないほどの自民党の地盤だ。今回の立候補は、自民党が 36人に対して、民主党は 24人。自民党の立候補者が現有議席数以下というのも不思議だが、民主党の 24人も、国政の場の与党としては少なすぎる気もする。

まあ、自民党立候補者が減ったのは、前回の総選挙で民主党に惨敗したことによる右肩下がり傾向によるのかもしれないが、当選してから自民党に入るというケースもあるだろうから、結果的にはそんなには減らないだろう。

一方民主党は現有議席が少ないので、少しでも増やせば 「惨敗」 を認めたがらないだろう。しかし少なくとも半数の 12名以上が当選しなかったら大きな顔はできない。私は民主党の当選は一ケタ台になるんじゃなかろうかと思っていて、これを機に民主党の内部崩壊がさらに進むはずだ。

一方国政の場では、主流派が小沢一郎氏の国会招致を踏み絵にして小沢切りを進め、国民の支持を取り戻したいみたいな姿勢を見せているが、今や国民は、小沢以上に仙谷に対してアレルギー反応を示しているので、小沢切りは無駄な努力である。小沢一派がいなくなったら、ただでさえ弱っている党がますます弱くなる。

かと思うと、またぞろ自民党との大連立が話題に上り始めている。混乱はまだまだ続きそうで、あまり期待せずにウォッチするしかなさそうだ。

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2010/12/11

「角を矯めて牛を殺す」 漫画・アニメ規制

Twitter をのぞいたら、東京都の青少年・治安対策本部参事の浅川英夫という人の都議会でのナンセンスな答弁に、漫画家の島本和彦という人が素晴らしいツッコミをした件が大変な話題になっている (参照)。

例の 「青少年健全育成条例の改正案」 の審議の過程で、浅川参事が 「小説は読む人によって様々な理解がある。その点、漫画やアニメは誰が見ても読んでも同じで一つの理解しかできない」 という信じられない答弁をしたことに対し、島本和彦氏が 「じゃあ 『あしたのジョー』 が最後になんで真っ白になって笑ってるのか解釈を」 と切り返したのだそうだ。

確かにうまいなあ、このツッコミ。

ただ私としては、何に限らず、誰が読んでも見ても同じものなんてこの世にあり得ないという当たり前すぎるほどの知見を持ち合わせない人が、都議会の答弁に立つ地位にあることに、開いた口がふさがらないほど驚いた。

で、結局この条例改正案は、民主、自民、公明の 3会派が 「慎重な運用を求める」 などの付帯決議を付けた上で賛成する方針を固めたのだそうで、15日には成立する見込みらしい。

これって、石原都知事が自分の趣味にもっともらしい理屈をつけて押しつけているという印象で、しかも、都知事は若い頃の自分の小説作品からみると結構な 「転向」 をされている印象でもあるし、ずいぶん馬鹿馬鹿しいことのように思えてしまうのである。

ただ、この馬鹿馬鹿しいことで商売に影響の出る人が結構いるので、反対意見がずいぶん出ている。多くの大手出版社が、東京アニメフェア 2011 への出展をボイコットすると表明しているらしい。このフェアは東京国際アニメフェア実行委員会という組織の主催で、その実行委員長は、石原慎太郎ということになっている。

「不健全な漫画やアニメ」 のみを排除して、「健全な漫画やアニメ」 のみを育成しようなんてことは、虫のよすぎる了見である。そんなことはできるはずがない。「角を矯めて牛を殺す」 と、ことわざに言うとおりである。石原都知事は、自らがプロモートする東京最大の地場産業の活力を、自らが削いでしまおうとしているように見受けられる。

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2010/12/10

ウィキリークスをどう捉えるか

ウィキリークスというものについて、私はこれまで一度も書かなかった。書くほどの材料を持ち合わせていなかったことと、そしてもちろんそのためでもあるのだが、これをどう捉えればいいのか、判断できなかったからである。

で、今ようやくこのブログに 「ウィキリークス」 という言葉が登場したので、判断するだけの材料が調ったのかというと、決してそうではない。やはり、さっぱりわからないのである。ウィキリークスというのは、「どう判断していいかわからないもの」 と認識するのが、今のところは一番妥当なのではなかろうか。

オーストラリア生まれのジュリアン・アサーンジという人の始めたウィキリークスは、「情報公開こそが民主主義の基本」 という理念のもとに運営されているのだという。これに関しては、私も双手をあげて賛成する。秘密主義の民主主義なんてものはあり得ない。

この基本理念に関しては、民主主義を支持するほとんどの人が賛成するだろう。ただ、外交的な機密文書がバンバン漏れまくって公開されると、現実社会ではやはり軋轢が生じる。今回、米国の機密文書が一挙に公開された件に関しては、米政府の首脳は怒りまくっているという。そりゃそうだろうと思う。

問題は、基本理念と現実運用の 「さじ加減」 なのだ。

個人情報などに関しては、もちろん機密情報として公開されないような措置を講じるべきだが、公開されないことによって、社会が不利益を被るような情報、あるいは企業が反社会的なマネジメントをしていて、従業員が不利益を被っているというような情報などは、積極的に公開されるべきだろう。

私はウィキリークスというサイトの存在を初めて知ったとき、「内部告発者が不利益を被らないような配慮がなされた、良心的なシステム」 と、単純に考えていた。

義憤に駆られた内部告発者が、その後に周囲から有形無形の圧力を加えられて、かなりの不利益につながったというケースはよく耳にする。ウィキリークスを使えば、そうした理不尽なことはなくなるので、歓迎すべきじゃないかとさえ思っていた。

先日の 「尖閣ビデオ」 なども、YouTube なんかじゃなく、ウィキリークスを使えばよかったのにとまで思っていたのである。そりゃあ YouTube を使う方が、圧倒的に多くの人の目には触れるだろうが。

ただ、内部告発が行き過ぎると、やはり世の中の動きがスムーズに行かなくなることがある。どうしても 「さじ加減」 が必要なのだ。しかしこの 「さじ加減」 というのは、あらかじめ基準をもうけることが不可能で、ある程度の期間の経験によって、自ずと定まってくるというようなところがある。

今のところはその点で、初期の混乱段階にあるのだろう。とくにこのサイトの創設者が米国に対してかなりの反感を抱いているようで、そのメンタリティが先走った結果が、今回の機密文書の大量流出につながったんだろう。

私なんかは、中国共産党とか北朝鮮の機密文書の流出の方によほど期待するんだけれど、この両国はインターネットがキチキチの規制の元で運営されているから、情報も流出しにくい。

結局、自由な国の機密文書は流出しやすく、不自由な国のそれはいつまでも出てこないなんてことになる。これではアンフェアというものだ。下手すると、これまで自由だった国でさえ規制がかけられるなんてことにつながりかねない。

近頃は、反ウィキリークスを表明した企業のサイトに、ウィキリークス支持者からのハッキング攻撃が相次いでいるらしい。これもまた行き過ぎである。本当に不自由な国の企業は高みの見物をしていられるのに。

しかし私としては楽観的すぎるかもしれないが、そのうちに落ち着くべきところに落ち着くと期待している。新しいシステムというのは、一度エクストリームを経過しないとあるべきところに着地できないのだ。

大量流出した米国機密文書だって、本当に致命的なものというわけではない。大半は、「そうなんだろうな」 と思われていたことが 「やっぱりそうだったんだ」 と確認できるという程度のものだ。

これなら、外交筋が慣れてきたら逆利用だってできそうだ。そんなこんなで、ウィキリークスの情報は眉にたっぷりとつばつけて見なければならないという状況がすぐにくる。そうなると、サイトの信頼性とか重要性とかいうものも、すぐに色褪せる。まだまだ紆余曲折がある。

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2010/12/09

「大黒様の歳夜」 と 「恵比須講」 の不思議な関係

昨年の今頃 「でっごぐさんのとしや (大黒様の歳夜)」 について 3日連続で真面目に考察してみた。大黒様の歳夜というのは、日本のあちこちに伝わる伝統行事で、とりわけ私の故郷である庄内地方にとても色濃く残っている。これについて、きっちりと論じてみたのである。

でっごぐさんのとしや (大黒様の歳夜) #1 »
でっごぐさんのとしや (大黒様の歳夜) #2 »
「大黒様の歳夜」 をさらに突っついてみる »

ところが、今年になってからこの関連で、新しい事実を知ることとなったので付け足してみたい。というのは、「恵比須講」 という儀礼も、大黒様の歳夜に関連しているようだということがわかったのだ。

先日、「12月 9日になると、うちの田舎では 『大黒様の年夜』 ってのを、まっか大根供えて祝うんですよね」 と言ったら、近所のじいさん (茨城県日立市出身) が、「茨城でもそれと似たので、『恵比須講』 ってのをやったもんだよ」 と言い出したのである。それは 12月 8日なんだそうだ。

それを聞いて私は、「そりゃ、おかしいですよ。恵比須講ってのは、10月 20日でしょう」 と言うと、そのじいさんは、「いや、確かに 12月 8日にまっか大根を供えて祝ったもんだ」 と言い張る。決してウソをいうような人ではないので、ありがたくうけたまわって帰り、改めてググってみたら、なるほど、関係ありそうだということがわかった。

恵比須講というのは 10月 20日に祝われるところが多いが、どうやらそうとばかりもいえないようで、Wikipedia には次のように記されている (参照)。

地方や社寺によっては、旧暦の10月20日であったり、秋と春 (1月20日) の2回開催したり、十日えびすとして1月10日や1月15日とその前後などに行うこともある。

恵比須講のスケジューリングは、たいそう自由度が高いようなのだ。また、「Key 雑学辞典」 というサイトには、次のような記述もある (参照)。

地域によって、1月10日や12月8日に行うところがあり、また10月20日を 「商人えびす」、12月8日を 「百姓えびす」 と呼ぶこともある。古くは数多くの各家庭や社寺で行われていた年中行事であった。

「商人えびす」 と 「百姓えびす」 の日付に関しては、この他にも諸説あるようで、これもまた一概には言えないのだが、いずれにしても、「大黒様の歳夜」 の 12月 9日の前日である 12月 8日が 「百姓えびす」 と言われることがあるというのは、私にとってはちょっとした発見だった。

というのは、「大黒様の歳夜」 が 12月 9日であるというのは、ちょうどこの頃が一年で一番日没の早い時期なので (冬至の頃より日没は早い) 、屋外で労働する農耕民には実感的に年越しの夜という感覚があったのではないかと、昨年の考察で結論づけているからだ。

それに、この時期は旧暦で言えば神無月の月末に近く、日本中の神様が出雲に集まるというので、出雲大社の主神であり、農業神の総元締めみたいな神様である大国主命=大黒様の歳夜と、自然に呼び習わされてきたのではないかとも考察している。

そして恵比須講との関連で言えば、日本中の神様が出雲に集まる神無月において、恵比寿様は留守番をあずかる神ということになっているようなのである。それに、恵比寿様も商売繁盛の神としてばかりでなく、地方においては大黒様と同様に農業神、かまど神と考えられている。大黒様と恵比寿様は、こんなように、七福神の中でも案外縁が深い。

あるいは、古代からの農業神の復活という意味合いの儀礼が、七福神が伝わって後、地域によって 「大黒様の歳夜」 になったり 「百姓えびす」 の 「恵比須講」 になったりしたのかもしれない。

そして、「大黒様の歳夜」 でも 「恵比須講」 でも、まっか大根を供えることが大きな意味を持つというのはとてもおもしろい。まっか大根 (又割れ大根) の形状から連想されるところの子孫繁栄、五穀豊穣を願う儀礼というのが、元々の意味合いなのだろう。

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2010/12/08

海老蔵事件報道の温度差

マスコミは海老蔵事件で持ちきりだが、どうも私の見るところ、一般人はそんなにこの事件に興味をもってないように見えるのだ。連日芸能欄のトップに来るようなニュースで、こんなにフツーの人たちの話題に上らない事件は珍しいと思う。

いくら歌舞伎以外のメディアへの登場が多いといっても、海老蔵はやっぱり梨園の人である。フツーの人は梨園内部のことにそんなには興味を示さない。興味を示すのは、歌舞伎好きか、芸能界の隅々にまで興味のある人である。で、マスコミの芸能担当記者は、その後者にあたる。

芸能界の隅々にまで興味のある人、とりわけ芸能記者にとっては、海老蔵事件は、そりゃ大事件である。根掘り葉掘りして報道したくなるのもわかる。しかしその報道を受け取る方は、「ふ~ん、そうなの?」 ってなレベルである。そんなに大事件じゃない。キムタクがボコボコにされたというなら別だが。

こんなに伝える方と受け取る方の温度差がある芸能ニュースも結構珍しいんじゃないかと思う。

それから、結構名の売れた人が 「役者には狂気がある方がいい」 とか言って、海老蔵を擁護しているのを見かける。「常識があってつまらない役者よりは、非常識でも魅力ある役者の方がいい」 なんて言っている。

これって、まあ、素人が言いがちな、底の浅いご意見だと思う。そりゃ、「常識があってつまらない役者よりは、非常識でも魅力ある役者の方がいい」 なんてことは誰だって思う。言うまでもないことだ。

ただ、問題は狂気の質と見せ所なのだ。舞台の上で狂気を感じさせつつゾクゾクするような至芸を見せてくれるのが本当の役者で、怪しげな酒場でチンケな狂気を安売りされても、馬鹿馬鹿しいだけである。

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2010/12/07

iPad 版の 「超」 整理手帳

野口悠紀雄氏が 「超」 整理手帳 の iPad 版を出したというニュースに目を引かれた。「超」 整理手帳といえば、私は 1998年版から 2009年版まで、10年以上も浮気せずに使い続けたお気に入りの手帳である。

その前までは分厚いシステム手帳を 5~6年にわたって使っていたが、結局使いにくいということがしみじみわかって放棄した。リフィルが妙に高いし、分厚くてジャケットの内ポケットに入らない。そして B5 版というサイズは、資料を折りたたんで挟むのに中途半端だ。

その点、「超」 整理手帳は便利である。リフィルは最低限のものを挟んでおけばいいし、A4 四つ折りサイズは、資料を折りたたんで挟んでおくのに最適だ。こんなに便利な手帳を使わなくなったのは、昨年の 8月に iPhone を購入した (参照) のがきっかけである。

iPhone を使い始めてから約 1ヶ月半後の、9月下旬のブログには、もう次のように書いている。(参照)

出張などでも必要な情報をすべて iPhone に放り込んでしまえば、これまでのように行き先やホテルの地図、飛行機や鉄道の乗り継ぎ、先方との打ち合わせの要点などをいちいちプリントアウトして、「超」 整理手帳に折り込んで持って行く必要もない。

10年以上も慣れ親しんできた 「超整理手帳」 だが、このまま行ってしまうと、2010年版は買わないことになってしまうかもしれない。

と、このように書いたとおり、私はこの年の冬になる頃には、スケジュール管理はすっかり iPhone でやるようになってしまい、今年の 「超」 整理手帳 は買わなかった。というわけで、私は 10年余りで 「超」 整理手帳を卒業したのである。

ところが、この 「超」 整理手帳に iPad 版が出たと知って、ちょっと驚いた。紹介サイトに行くと、iPad の画面に表示されているのは、紛れもない、あの懐かしい 「超」 整理手帳のデザインそのままのインターフェイスである。

紙の 「超」 整理手帳がそのままデジタルで使えるという感じで、さらにデジタルならではのリンク機能が付いている。あのインターフェイスはとても直観的で馴染みやすいから、それがそのまま画面に表示されるのは、慣れ親しんだユーザーにとってはありがたい。

ちょっとそそられるが、これは iPad 向けアプリであって、iPhone 用ではないというというのが、私にとってはネックだ。私はまだ iPad は買っていないのである。欲しいことは欲しいが、手軽なモバイルギアとしては、iPhone で足りているというところがあり、さらに、もうちょっと込み入った仕事をするためには、やはりノート PC が必要になってしまうのだ。

「超」 整理手帳をそのままのインターフェイスで持ち歩けたら、それは便利だろうが、それをするには iPhone の画面は小さすぎる。それで iPad 専用アプリということにしたのだろう。しかし、iPad はジャケットの内ポケットには入らないから、いつでもさっと取り出して見るというわけにはいかない。辛いところである。

iPhone 用も開発中というので楽しみだが、インターフェイスは多少変わることになるだろう。発表されてからよく吟味して、紙版で卒業した 「超」 整理手帳に、デジタル版で再入学することになるかもしれない。

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2010/12/06

栄養ドリンクと Energy Drinks

今朝、取手駅までの道でカーラジオを聞いていると、TBS の番組で、米国の "Four Loko" という飲み物の話題が出てきた。これは米国の "energy drink" というものであるらしい。

"Energy drink" というのは、日本でいうところの 「栄養ドリンク」 に近い存在というのだが、栄養ドリンクが疲れたおっさんの体力回復のためにあるというイメージなのに対し、エナジードリンクは若者がパーティなどでブアーっと盛り上がりたい時の景気付けに飲むのが一般的という違いがあるようなのだ。

このあたり、日米のメンタリティの差がありありと感じられておもしろい。日本では仕事疲れのマイナスを補うためにあると思われているようだが、米国では遊ぶために、元気をさらにプラスするためのものというのである。

それだけに、energy drinks の容器も日本のように渋い色のビン入りではなく、かなり遊び心に溢れた元気なデザインの缶が多いようだ (参照)。それから米国らしく、味もものすごく甘ったるいものであるらしい。

さらに "Monseter" という製品の訴求イメージは こんな感じ であるというのが、なんとなく伝わるものがある。要するに、仕事に疲れたうらぶれたオッサンの飲むものではなく、ガガーっといくためのものであるようなのだ。

それで、"Four Loko" である。これは、数ある energy drinks の中でもかなりの人気を博しているもので、驚くべきことにアルコール入り。しかもその濃度はビールの 3倍ぐらいの 12%というのだからおもしろい。

日本酒ぐらいの濃度のアルコール入りだけに、缶を一気にグビグビっと飲み干して、酔っぱらってしまうことが多いらしい。それどころか、ニュージャージー州のラマポ州立大学では新学期開始 (10月) からだけで、23人の学生がこれを飲んだせいでアルコール中毒のために病院へ搬送されたというニュースがある (参照)。

それだけに、複数の大学で 「摂取禁止令」 が出ているほどだ。日本の大学で栄養ドリンクの摂取禁止令なんていうのは聞いたことがないが、日米の文化の違いというのは、思いがけないところに現れるものである。

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2010/12/05

「味噌カレー牛乳ラーメン」 というもの

土日もへったくれもない私は、これから仕事で栃木県に向かう。帰りはだいぶ遅くなりそうなので、今日の更新はさくさくっと軽めにしておくことにする。

今朝、ラジオを聞いていたら、東北新幹線全線開業というニュースにからめて、青森には 「味噌カレー牛乳ラーメン」 なる摩訶不思議な食い物があるということを言っていた。ゲテモノ好きの私でも、名称からして実際にどんなものか想像しにくい。

さっそくググってみようと、検索の入力欄に 「みそかれーぎゅ」 ぐらいまで入力したところで、なんと 「味噌カレー牛乳ラーメン」 という候補がトップに現れた。あに図らんや、知る人ぞ知るという存在であるようだ。

検索結果のトップにあったのが、「青森味噌カレー牛乳ラーメン普及会」 という団体の公式サイトである。さらに Wikipedia にもちゃんとこの項目があって、以下のように説明されている。(参照

札幌ラーメン横丁 でラーメン店を経営していた佐藤清が、東北地方に札幌ラーメンを広めたいと1968年(昭和43年)に青森市に 「味の札幌」 を開く。1970年代、松竹会館の映画館に支店を出した味の札幌において、ラーメンにケチャップやマヨネーズ、コーラなどさまざまなものを入れて食する遊びが中高生の間で流行した。このとき、「味噌ラーメンにカレーとミルクを入れて食べると何故か美味い」といううわさが流れ始め、ご当地ラーメンの模索をしていた店主は、客側の要望によって1978年(昭和53年)、正式なメニューとして「味噌カレー牛乳ラーメン」を発売した。

いやはや、さすが太宰治を生んだ土地柄である。味噌ラーメンにカレーとミルクを入れるなんていう発想は、他の土地ではあまり出てこないことだろう。まさに 「なんでもあり」 というコンセプトである。

実は私は、青森市は通り過ぎたことはあっても、きちんと滞在した経験がない。いつかきちんと一泊以上して、この 「味噌カレー牛乳ラーメン」 というものを食べてみたいと思っている。

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2010/12/04

「サンタクロースは本当にいる」 というページ

私の本宅サイトには、毎年この時期になると、急にアクセスの増えるページがある。私のサイトの古くからの読者ならもうご存じと思うが、「サンタクロースは本当にいる」 というページだ。「サンタクロース/本当にいるの」 という 2語でググルと、本日現在、このページが 169万件のトップにランクされている (参照)。

このページは、私のサイトの中でも最も美しい言葉で書かれていて、口はばったいが、書いた自分が読んでも心が洗われるような気持ちになってしまう。私の中にも、こんなに純真っぽいところがあることに、我ながら驚いてしまったりもする。

毎年 12月の声を聞くと、このページへのアクセスが 1日に軽く 100件とか 200件を越える日が続き、クリスマス直前には 300件以上になったりするのだが、どういうわけか今年はちょっと少ない。今月に入ってからはまだ、90件を越えた日がないのである。これはちょっとした異変だ。

まあ、既に多くの人がこのページを読んでしまったので、今さら読み返す必要がないということも考えられる。なにしろサイトにアップロードしたのが 7年も前で、5年ぐらい前からは 12月になると毎日かなりのアクセスを集めてきたのだ。少なく見積もっても、既に 2万人以上の人に読んでもらっていると思う。

日本列島に 1億人以上の人がいても、わざわざネットで 「サンタクロースは本当にいるの?」 なんて調べ者をする人は、そう多くないだろう。そろそろ飽和状態 (?) に近づいているのかもしれない。

それから、近頃は不況のせいもあって、クリスマスでそんなに盛り上がるという雰囲気でもなくなっている。自然、「サンタクロースは本当にいるの?」 なんて浮世離れした検索をする人も減っているのだろう。

とはいいながら、私としてはこのページを大切に守っていきたいと考えている。個人的な思いとしては、宝物のようなページなのだ。

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2010/12/03

理髪店の業界の規制強化について

ちょっとだけ旧聞じみるが、11月 24日の TBS ラジオ、DIG という番組で、 理髪店の出店規制条例というのがあることを知った (参照)。理美容店にシャンプー台などの洗髪設備の設置を義務づける改正条例案が千葉県議会に提出され、結果は確認していないが、どうやら可決される見込みということだった。

これは、既成の理髪店業界からの 「髪を洗わないのは不衛生」 という請願を受けたもので、既存店は対象外だという。直接的には言及されていないが、「10分 1,000円」 など、短時間と低料金を売りにするカット専門店の新規出展を規制する狙いがあるのは、誰が見ても明白だろう。同様の条例制定は、千葉県だけでなく複数の県で進んでいるらしい。

ところで私は、いわゆるフツーの理髪店というものに、30年以上行ったことがない。最後に行ったのがいつだったか、思い出せないぐらいだ。高校時代から 10年以上はロン毛だったので、あまりにも伸びすぎたら自分で毛先をカットしていたし、フツーの勤め人になってからも、自分でカットするか、妻にちょいちょいっと整えてもらっていた。

最近はそれも面倒になったので、例の 「10分 1,000円」 を売り物にする店に行くようになった。私はヘアスタイルに凝るという気持ちが全然ないので、理髪師に 「どうしますか?」 と聞かれたら 「テキトーにガガーっとカットして、一ヶ月前の状態に戻してください」 と言うだけである。それ以外にどんな言い方があるか、私は知らない。

最近の私はショートヘアにしてるから、側面と後ろをざっと刈り上げて、頭頂部と前髪をちゃかちゃかっと 2~3センチぐらいカットすればいいのだから、10分かからないで終わる。そのくらいで終わってくれないと、こちらが耐えきれない。

私がいわゆるフツーの理髪店が嫌いなのは、長時間じっとして、頭の周りをチャカチャカいじられるのに耐えきれないからである。昔から、じっとしていられない性分なのだ。ただでさえじっとしていられないのに、40分以上いろんなことをされるのに何もせずにじっと我慢の子でいなければならない。想像を絶する苦行である。

大昔に床屋に行っていた頃のことを思い出しても、散髪そのものは最初の 10分ぐらいで終わっていたように思う。それから延々と、どうでもいい細部を偏執狂的に整え始め、さらに顔を剃り、洗髪をして乾かす。「さあ、もう終わったろう」 と思うと、さらにまた思い出したように細部をこちょこちょ仕上げ始める。「ひぇ~、勘弁してくれ」 と言いたくなる。

髪を洗ったりひげを剃ったりするぐらい自分でもできるから、床屋さんは自分ではやりにくいところをちょいちょいっとテキトーにカットしてくれればいいと思うのだが、向こうとしてはそうはいかないようなのだ。あれでは、床屋の職人気質を満足させるために、こちらが金を払って首から上を提供させて頂いているようなものだ。

いくら職人技で洗髪や顔剃りをしてもらって、非日常的なまでの 「さっぱり感」 があったとしても、そんなのは半日もたないのである。逆に、妙にきっちりと整えられすぎた自分の頭が違和感ありありで、それが自然な状態に戻るまでには少なくとも 3日かかる。これじゃ割に合わない。

本当のところを言えば低料金のカット専門店でさえ、約 10分間じっとしていなければならないのは、こちらの我慢の限界に近い。ところが彼らの中にも妙に職人意識をもっているのがいて、下手に空いている時間帯に行くと、念入りに 15分ぐらいかけてくれたりすることがある。

そんな時、私は本当にイライラしてしまうのだよ。心の中で 「10分で済むのが売り物なんでしょ。面倒な注文しているわけじゃないのに、どうして 15分もかかるの?」 とつぶやきながら、もじもじしてしまう。だから、フツーの理髪店で 40分もの時間を無駄に過ごすなんて、考えも及ばないのだ。

というわけで、私としては理髪店の業界の規制強化は 「余計なお世話」 だと思っている。ゆっくりとやってもらいたい人は、いわゆるフツーの床屋に行けばいい。そして、それが生理的に我慢できない私のような人間の行く店も、いじめないでもらいたい。ユーザーの選択肢を奪うようなことは、してもらいたくないのである。

それに、「洗わなきゃ不衛生」 なんて言い草には、私としてはちょっとムッときてしまう。そりゃ、髪の毛しゃぶってもいいほど無菌状態にしてるわけじゃないが、こっちだってほぼ毎日洗髪はしてるんだからね。

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2010/12/02

羽黒山の 「松の勧進」 が始まった

私の生まれた山形県の庄内地方には、羽黒山という修験道で知られる山があり、今でも山伏と呼ばれる人が存在する。希望すれば一般人でも山伏修行をすることができる。

そして、今年も師走に入り、「松の勧進」 と言われる行事が始まった。これは羽黒山で大みそかに執り行われる 「松例祭」 のために、山伏たちが家々を廻って寄付を募るもの。本当に山伏の衣装を付けた山伏たちが法螺貝を吹き鳴らしながらやってくる。(参照

私が高校まで暮らしていた酒田の街でも、山伏たちの勧進は見慣れた風景だった。季節になると法螺貝の音が響き、山伏がやってくる。玄関先で寄付金をご奉納すると、家内安全のお札とか、下の絵のような牛の絵が描いてあるお札などをもらえる。

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この牛のお札は、逆さまにして台所に貼っておくと、火伏せに効くといわれている。庄内の家庭を訪問することがあったら、台所をのぞかせてもらうといい。このお札が貼ってあるのを実際に目にすることができるだろう。

だいぶ前の話だが、妻を連れて酒田の実家に帰っていたときのことだ。玄関の戸がガラガラっと開き (酒田では留守にするときでもなければ鍵なんかかけない)、誰かが訪問してきた気配がしたので、妻が 「はーい」 と返事をして玄関に出た。

そして、すぐに真っ青な顔で這うようにして戻ってきた。何か言いたそうなのだが、「あわあわ」 としか口に出ない。よほどとんでもないものを見てしまったようだ。

何かと思って玄関に出ると、羽黒山の山伏さんである。「あいやぁ、びっくりさしぇでしまたよだのぅ」 (いやぁ、びっくりさせてしまったようだねぇ) なんて、呑気なことを言って笑っている。

何事もないようにお金を寄付し、お札をいただくのを、妻は物陰から信じられないものでも見るような目つきで眺めていた。仙台生まれの妻は、今の世の中で本当の山伏が玄関先に現れるなんて想像もしなかったから、腰が抜けてしまったようなのである。

庄内という土地は、なかなか壮絶な非日常体験が何気なくできるところなのだ。

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2010/12/01

ちょっとしたことをおもしろがれる人とそうでない人

ネットの世界ではなんとなく周期的に、「備え付けの紙以外の物は流さない様にお願い致します」 というトイレの注意書きが話題になるような気がする (参照)。つい先日も仲間内でこの話題が出たのだが、そこにいた 6人のうち、即座に笑ったのが半分、残り半分は 「一体、何がおかしいの?」 という顔をしていた。

世の中には、この手のどうでもいいことでおもしろがれる人間と、ちっともおもしろがれない人間がいる。個人的には、こんなことでもおもしろがれる方が、人生が少しは楽しくなると思っているのだが、そうした人間ばかりでもないようだ。

「おもしろがれない派」 の中にも 2種類あって、一方は 「そんな馬鹿馬鹿しいことをいちいち詮索して、何の足しになるんだ」 と思っている極めて実利的な人、もう一方は、文言を文字通り忠実に受け取ったらウンコも流せないということに気付かない、ある意味、常識の虜になっているタイプの人である。

この類の張り紙は私も時々目にすることがあって、 「す、すみません。ついうっかり、ウンコも一緒に流しちゃいました!」 なんていう落書きをしたい誘惑に無性にかられるのだが、掃除の人に迷惑がかかるので、辛うじてこらえている。

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