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2010/12/30

「さえぎり芸」 と 「拝聴芸」

「朝まで生テレビ」 (略称: 「朝生」) なんていう番組があって、私もかなり前にどんなもんだか一度だけ見てみたことがあるが、品性卑しすぎて見るに堪えず、10分足らずでスイッチを切ったことがある。出演者が相手の話を聞くこともなく、それぞれてんでに言いたいことだけわめき散らしているのを眺めるのに、耐えきれなかったからである。

私は業界記者としてのキャリアが結構長くて、仕事といえば相手の話をよく聞いて、それを記事にするということだったから、善きにつけ悪しきにつけ、それが習性みたいになり、人の話をまともに聞かないという態度は、暴力的にすら見えてしまう体質になってしまったのだ。

とまあ、そんな風に思ったことすら忘れていた昨日、池田信夫氏が Twitter で "いや、あの田原さんの 「さえぎり」 はすごい芸" と、ある種褒め殺し的な tweet をしていて、それに対して 田原氏本人が、「ありがとうございます。今、娘から怒られてます」 というコメント付きの Retweet をしているのを発見した。(参照

それにしても、人の話をどんどんさえぎることを仕事にしていられるというのは、実にうらやましい限りである。私なんか普段、かなりいろいろな会議に出席して 「こいつの話、今すぐさえぎりたい」 と思うことが度々あるが、それをしちゃおしまいだから、必死に耐えている。

会議というのは、業務報告と検討、そして方針決定という実務的な機能をもっているわけだが、それとともに、「出席者に言いたいことを言わせてガス抜きする」 という重要な機能もある。とくに昔はそれなりの活躍をしたが、実質的な影響力は失って久しいみたいなじいさんにとっては、大いばりで昔話をする重要な晴れ舞台なのだ。

彼らは、「近頃の風潮は嘆かわしい云々……」 みたいな話をして、ちょっとした鬱憤晴らしをしたいのである。だから、存分に鬱憤を晴らしていい気持ちになってもらう必要がある。いい気持ちになって、溜まったガスをしっかり抜いてもらわないと、妙なところで妙な口出しをされて、話がややこしくなってしまう。

だから、内心では 「また始まった」 なんて思っても、そして時間の無駄とは感じつつも、「さえぎる」 なんてもってのほかなのである。感服しながら拝聴しているフリをする必要がある。これは会議に限らず、直接面談するときにも必要で、そんな場合、下手にさえぎるより、大いに感服して見せる方が短時間で済むものである。

ただ、「拝聴芸」 はストレスが溜まる。「さえぎり芸」 を発揮する方が、当人の精神衛生にはずっといい。まあ、こんな 「拝聴芸」 が要求されるということ自体、日本社会の最大の問題点だと感じてしまうこともあるしね。

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コメント

ご無沙汰しております。
わが社の社長も話が長く、こちらの話は一切聴きません。どうせ話してもこちらの話は覚えていないので、口を挟んで意見を言うだけ時間の無駄です。
内容は主に昔話と自慢話。「○○さん、ちょっと良いが?△△についで聞ぎであんども(庄内弁)」で呼び出し、一時間でも二時間でも平気で拘束…聞きたいと言ったことはロクに聞かず、ひたすら喋る。
私もお陰様で、見事な拝聴芸を身につけました。
これからの高齢化社会で、きっと役に立つものと信じております。(笑)

投稿: shun | 2010/12/30 16:41

shun さん:

>私もお陰様で、見事な拝聴芸を身につけました。
>これからの高齢化社会で、きっと役に立つものと信じております。(笑)

きっと引っ張りだこになりますよ。(それも困るか ^^;)

投稿: tak | 2010/12/30 16:48

「朝生」も数十年経っています
初期は、大島渚や野坂などの討論の経験さえ無い、野蛮で品性卑しき者ども達(笑)が跋扈して、ただただ、怒鳴り合いだけのハイエナの死闘のごときおぞましいものでしたが、近年は、それなりに多少は形になってきましたよ
でも、討論・ディベイトは英国人が一番ですね
野蛮な遮り芸が必要のない世界ですから

このごろ、元ロッキード事件やルクリート事件担当などの特捜辞め検達がテレビ番組出演していますが、ホリエモン達に論破されっぱなしで墓穴を掘る彼らのロジックのプアさには笑ってしまいます
これまで彼らが立証・ロジック不要の、ストーリーさえ作れば、証拠ねつ造さえすればよかった、冤罪乱造の特捜世界で生きてきたことが如実にわかりますね

投稿: alex99 | 2010/12/30 21:40

alex さん:

私が見たのは、「ただただ、怒鳴り合いだけのハイエナの死闘のごときおぞましい」 時代の朝生だったような気がします。

あれに懲りて、一生遠離っていようと思っていたのですが、最近は少しはマシになっているんですか。

「特捜辞め検」 については、ずいぶんエラソーな、「モノのわかってるのは俺たちだけだ」 的なモノの言い方がちょっと癪に障ってましたが、少しは化けの皮がはがされつつあるのですか。

その辺、縁遠い世界になっていて、全然知りませんでした。

いずれにしても、私には 「日本人の議論は不毛でしかない」 という固定観念ができてしまっていて、なかなかそうした番組を好んで見ようという気になれません ^^;)

投稿: tak | 2010/12/30 22:58

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