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2011/01/12

よく学びよく遊べ

これは私の意見ではなく、ある高名な学者さんと話をしていたときに出てきた話題である。その人はなかなかフランクな方で、「よく学び、よく遊べ」 をモットーにしていらっしゃる。学ぶだけではだめだとおっしゃるのである。それについては、私も双手を上げて賛成だ。

彼は 「一流の学者は遊ばない、二流の学者は遊んでばかり」 だとおっしゃる。はて、遊ばなくても一流にはなれるのかと疑問に思ったら、彼はダメ押し的に主張する。「よく学んでよく遊ぶ学者が、"超一流" になるんです」

なるほど。彼は言外に 「私は超一流」 とおっしゃっているわけだが、まあ、言外ではなく直接言われても、彼が超一流であることは衆目の一致するところなので、別に傲慢というわけでもなんでもない。妙に謙遜されるよりずっと気持ちはいい。

彼の指摘はなんとなくそうなんだろうなあという気がして、正面切って 「いいや、それは違うでしょう」 という反論もしにくい話だ。それに、学者の世界ばかりでなく、ビジネスやエンタテインメントの世界でも当てはまりそうな話である。

しかし、すべてがそうだというわけでもないということは言っておかなければならないと思う。謹厳実直、遊びが嫌いな超一流だっていてもいいし、遊んでばかりで一流になる人がいてもいい。多少の例外を認めておく条件でなら、「その通り!」 と思うお話であった。

ちなみに私の場合は、遊んでばかりだからいけないんだろうなあ。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

"超一流" に「なる」

…とのことですから、まだご自身を「超一流」と評しているわけではない、
ということにもなるでしょうね。
いずれにせよ、遊びも学びも抑圧することなくできる、
たとえばどちらかのためにどちらかを犠牲にするようなことがない人物は、
そのキャパシティゆえに「超一流」たる資格があると言えるのではないでしょうか。

以前、心のエネルギーのようなものは、使ってなくなるようなものではない、
という話を聞いたことがあります。
使えば使うほど新たに湧いてくる、使わずにいるとどんどんよどんで駄目になる、
そういう性質のものだと。

くすぶっててはいけないなあ、と思った次第です。

投稿: キセ | 2011/01/12 15:13

この場合の「遊び」って、どんなものでしょうね?
歌舞伎役者の女遊びみたいなもの?(笑)
何が遊びかは、人によると思います
私には、勉強が遊びです(笑)

投稿: alex99 | 2011/01/12 17:33

キセ さん:

>たとえばどちらかのためにどちらかを犠牲にするようなことがない人物は、
>そのキャパシティゆえに「超一流」たる資格があると言えるのではないでしょうか。

なるほど。

>くすぶっててはいけないなあ、と思った次第です。

同感です。

投稿: tak | 2011/01/12 18:19

alex さん:

>この場合の「遊び」って、どんなものでしょうね?
>歌舞伎役者の女遊びみたいなもの?(笑)
>何が遊びかは、人によると思います

この先生にとっての遊びとは、本業とは全然関係のない、一見ムダに思える道楽をさすようです。

彼は山登りとか、料理とか、テニスとか、ずいぶんいろいろ遊んでいるようですね。

>私には、勉強が遊びです(笑)

それもまたいいですね。

投稿: tak | 2011/01/12 18:23

alex さん:

>この場合の「遊び」って、どんなものでしょうね?
ハンドルの遊び、遊軍、遊撃、漫遊なんて意味の「遊び」ではないかしら。

投稿: McC | 2011/01/13 09:44

McCさん
>ハンドルの遊び、遊軍、遊撃、漫遊なんて意味の「遊び」ではないかしら。

なるほど~
漢字でたどると、いろいろな解がありますね

「私の遊びは勉強です」というのも、一種の遊び発言なんですが、tak shonaiさんがまともに答えるので、困りました(笑)


投稿: alex99 | 2011/01/13 10:34

alex さん:

>「私の遊びは勉強です」というのも、一種の遊び発言なんですが、tak shonaiさんがまともに答えるので、困りました(笑)

失礼しました。

私は 「遊びで学んでます」 と言いたかったんですが、それだと、「純粋な遊び」 にならないみたいです。

功利的でないのが遊びとすれば。

投稿: tak | 2011/01/13 13:05

tak shonaiさん
おっしゃる「功利的でないのが遊び」という定義が、一番ピッタリでしょうか?
「遊び」については「ホモ・ルーデンス」や、ロジェ・カイヨーで語られていますね
人間にとって、大切な要素です

ブログでも書いたことがありますが
『梁塵秘抄』の中の歌がいいですね

遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ。

舞え舞え蝸牛、舞はぬものならば、馬の子や牛の子に蹴させてん、踏破せてん、真に美しく舞うたらば、華の園まで遊ばせん。

投稿: alex99 | 2011/01/13 17:20

tak shonaiさん

本エントリー、私のブログに引用させていただきます
ご了承、お願いいたします

投稿: alex99 | 2011/01/13 17:25

alex さん:

>おっしゃる「功利的でないのが遊び」という定義が、一番ピッタリでしょうか?

発端としては功利的ではないのですが、思わぬところで役に立ったりしますけどね (^o^)

『梁塵秘抄』を編纂された後白河法皇というお方は、よほど洒落たお方だったのでしょうね。

>本エントリー、私のブログに引用させていただきます
>ご了承、お願いいたします

どうぞどうぞ。
如何様にも。

投稿: tak | 2011/01/13 23:35

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