« 「次にすること」 という ToDo 管理アプリ | トップページ | 洛南を廻る »

2011/02/15

「方便」 を巡る冒険

前首相は余計なことばかり言い、現首相は初めの大風呂敷をだんだん小さく折りたたんでいく姿しか見せられない。民主党支持というわけでもないのに、前の総選挙で民主党に投票した私が馬鹿だった。こればかりは懺悔するしかない。本当に申し訳ないことである。

鳩山さんの 「辺野古基地・方便発言」 (参照) が、あちこちから大顰蹙をかっている。

そもそも、自民党政権時代に成立していた日米合意を勝手にご破算にするようなことを言い出した舌の根も乾かないうちに、「よく勉強したら、やっぱり辺野古しかなかった」 なんて、恥ずかしげもなく言い放ち、沖縄県民をいたずらに持ち上げたり落っことしたりしたのは、ご自身である。今回の発言は、恥の上塗りだ。

とはいいながら、私はこの 「辺野古基地・方便発言」 に関しては、別の思いを抱いている。それは 「方便」 という言葉が、零落し尽くしてしまっていることへの哀しみのような思いだ。

今回の鳩山発言で、「方便」 というのは 「相手を言いくるめるための、作り話」 というような意味に受け止められている。いわゆる 「嘘も方便」 というような場合のうちでも最悪の意味合いである。それで社民党の福島さんなんか、「私は方便でクビになったのか」 と激怒しているという。

ところが、「方便」 という言葉の本来の意味合いは、それほど悪いものじゃない。それどころか、かなりありがたいものであったりする。Wikipedia には、次のようにある。(参照

方便(ほうべん)には、次の意味がある。

  1. 仏教で、悟りへ近づく方法、あるいは悟りに近づかせる方法のことである。
  2. 仏教以外の物事について導く・説明するための手法のこと。真実でないが有益な説明等を意味する場合もある。「嘘も方便」という慣用句ではこちらの意味で使用されている。

元々は仏教用語であって、upaya (ウパーヤ) というサンスクリット語の漢訳が 「方便」 という言葉になった。

法華経には 「方便品 (ほうべんぼん)」 という章があり、釈尊が法華経以前に説いた教えは、衆生を悟りに導くための仮の教えであったと説かれる。それまでは修行し、悟って仏になると説いたが、人間は本来仏なのだというのが、真実の教えだというのである。

初めから究極的な教えを説いてしまうと、衆生はちんぷんかんぷんでわからないから、当初は入門的な見地から、修行することの重要性を説いたのだというのである。これが、悟りに導くための 「方便」 である。直接的に山の頂上に導くロッククライミング的な最短ルートではないが、登りやすい初心者ルートを、釈尊はとりあえず用意したことになる。

つまり、「方便」 とは本来、真実そのものではないにしろ、それはそれなりにありがたいものなのだ。決して 「でたらめ」 ではないのである。

この見地から鳩山さんの発言を無理矢理に解釈するならば、「辺野古しか選択肢がないとわかったが、自分の前の発言もあるので、何とか県民を納得させる理屈が必要になり、在沖縄海兵隊の抑止力という 『方便』 を使った。つまり、真実そのものではないにしろ、まんざらでたらめというわけでもない論理だったのだ」 ということになるだろう。

それを野党や多くのマスコミは、「でたらめで沖縄県民を欺いた」 とする論調で、「万死に値する」 などと批判している。まあ、確かに鳩山さんの発言は政治家としてあまりにも軽はずみすぎるとは思うが、私は 「方便」 という言葉を一方的に 「嘘っぱち」 呼ばわりする論調には、なんとなくもの悲しさを感じてしまうのだよね。

|

« 「次にすること」 という ToDo 管理アプリ | トップページ | 洛南を廻る »

言葉」カテゴリの記事

コメント

ご指摘の通り、ここでも言葉尻を取ったような論調にメディアまでが傾いているようですね。いつものことですが、政治家自信も核抑止力までの世界感を持たずに、「友愛」なだとまともな大人が標榜しないような政治姿勢しか示せなかったのですから、どちらもどちらです。

上の「方便」に見られるように、一体誰が誰に方便を施す必要があるのか、説教する方が悟りを開いていないのではこれはどうしようもありません。方便は、衆生のためにあるのか釈迦のためにあるのか、とても文化的な考察です。

投稿: pfaelzerwein | 2011/02/15 20:26

あの loopy が、本来の,仏教的な意味合いでしゃべったわけはないでしょう?
私も,そんな高尚な意味合いなんて知りませんでした
だから、今回は、メディアが非難するのが,正しい
それで、それだけでいいと思いますけれど

投稿: alex99 | 2011/02/16 00:49

pfaelzerwein さん:

>ご指摘の通り、ここでも言葉尻を取ったような論調にメディアまでが傾いているようですね。いつものことですが、政治家自信も核抑止力までの世界感を持たずに、「友愛」なだとまともな大人が標榜しないような政治姿勢しか示せなかったのですから、どちらもどちらです。

alex さんのコメントにあるように、鳩山さんの今回の発言は、言葉尻を捉えられても仕方ないと思います。

8:2 で、鳩山さんに分がないでしょうね。

>方便は、衆生のためにあるのか釈迦のためにあるのか、とても文化的な考察です。

究極的に言えば、方便は誰のためにあるというようなものではないのです。

投稿: tak | 2011/02/16 10:30

alex さん:

>あの loopy が、本来の,仏教的な意味合いでしゃべったわけはないでしょう?

う~ん、どうでしょうね。
3% ぐらいはあったりして。
残りの 97%は、ただボンヤリと雰囲気だけだったとしても。

>だから、今回は、メディアが非難するのが,正しい
>それで、それだけでいいと思いますけれど

鳩山さんの loopy 発言に関しては、今回はメディアの非難が 97% 正しいです。

本文に書いたとおり、政治家としてあまりにも軽はずみな発言であります。

ただ、私が悲しんでいるのは、「方便」の本来の意味合いが世の中で軽視されすぎているという、そのことなのであります。

仏教に置いては、方便を使って説くというのは、かなり重要なことなんですが、alex さんでさえ知らなかったということは、かなりショッキングな事実であります。

投稿: tak | 2011/02/16 10:36

鳩山さんの釈明を聞いていると、記者が「方便だったのか?」と聞いたから「方便と言えば方便かなぁ」と答えたという感じですね。
こうなるとマスコミはネガティヴな意味で聞いて、鳩山さんはポジティヴな意味で答えたという気がします。
彼が本来の仏教的な意味まで意識していたのかは分かりませんが。

投稿: タニー | 2011/02/16 15:00

私が方便の仏教的な原義を知らなかったのがショックとおっしゃいますが(笑)
私は,私だけじゃなく、知ってる人は,普通、ほとんどいないでしょう
そう言えば、私も,tak shonaiさんが【白砂青松】って言葉を知らなかったのは、世代の違いなのかな?と、ショックでしたよ(笑)

投稿: alex99 | 2011/02/16 17:23

タニー さん:

>鳩山さんの釈明を聞いていると、記者が「方便だったのか?」と聞いたから「方便と言えば方便かなぁ」と答えたという感じですね。

誘導尋問ですね。
それに簡単に乗る方も乗る方だけど。

投稿: tak | 2011/02/16 20:37

alex さん:

>そう言えば、私も,tak shonaiさんが【白砂青松】って言葉を知らなかったのは、世代の違いなのかな?と、ショックでしたよ(笑)

その節は、大変失礼いたしました ^^;)

投稿: tak | 2011/02/16 20:39

「嘘も方便」という使い方が最も一般的ですね。「嘘」が明らかに否定的な意味合いを持っていて、それも使いようで「方便」だいう意味合いです。つまり、「方便」自体はその本来の意味如何によらず肯定的な意味合いで前首相にのみならず一般的に使われていることは間違いありません。「嘘は方便」ではなく、「方便は嘘」も論理的に否定された定義ですから当然でしょう。

言葉尻の問題ではなく、本質的なことは、鳩山・小沢が本気で対中・対米同距離世界戦略を構築していたかどうかです。一時話題となっていた抑止・戦略核武装論も含めて、十分に練れていたようには思えないのです。そこで、前首相自身も日米同盟堅持へと納得するための「方便」が必要だったのでしょう。非常に危うい外交姿勢であったことが伺えます。

投稿: pfaelzerwein | 2011/02/17 08:00

pfaelzerwein さん:

>つまり、「方便」自体はその本来の意味如何によらず肯定的な意味合いで前首相にのみならず一般的に使われていることは間違いありません。

鳩山発言に関する限り、マスコミの報道は 「方便というのは、ウソに決まってる」 という論調ですね。

「方便」という言葉の意味からして、明らかに間違った論調ですが、政治家たるもの、こんなこと言ったらそう解釈されるに決まってるということぐらい、わかっていなければならないでしょうね。

投稿: tak | 2011/02/17 16:09

>それまでは修行し、悟って仏になると説いたが、
>人間は本来仏なのだというのが、真実の教えだというのである。

>初めから究極的な教えを説いてしまうと、衆生はちんぷんかんぷんでわからないから、
>当初は入門的な見地から、修行することの重要性を説いたのだというのである。
>これが、悟りに導くための 「方便」 である。

すごい~
すばらしい~
おもしろいですね~
初めて知りました。

投稿: tokiko68 | 2011/02/20 20:08

tokiko68

法華経って、すごいんですよ。

投稿: tak | 2011/02/21 22:22

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/42004/50879302

この記事へのトラックバック一覧です: 「方便」 を巡る冒険:

« 「次にすること」 という ToDo 管理アプリ | トップページ | 洛南を廻る »