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2011/03/30

原発事故に思う その2

一昨日に 「原発事故に思う」 という記事で、自分がずっと昔から基本的には 「反原発」 の立場であることを明らかにして、次のように書いた。

私は原発関係の友人がいるとはいえ、個人的にはずっと昔から 「反原発」 である。今ある他の原発も、できるだけ早く運転を停止してもらいたいと思っている。

ただ、すぐに原発をすべて止めろと言っているわけではない。それをしてしまっては、現実の生活が維持できない。できるだけ早く脱原発の道を用意してもらいたいと思っているのである。

(中略)

コスト効率が悪いと言われる太陽光発電だが、重大事故が起こらないだけ最終的な効率はいいはずだ。太陽光パネルが四国の面積だけあれば、日本中の電力需要はまかなえるという試算もある。

こうしたエコ・エネルギーへの転換をできるだけ急ぎつつ、原発は最終的にはすべて止めるという方向に行ってもらいたいと思う。

私は 「反原発」 ではあるが、「現実的な反原発派」 である。だから上述の主張はごく慎ましいもので、そんなにエキセントリックなものではないと思っている。ところが、「狭い日本のどこに太陽光パネルを敷き詰める土地があるのだ?」 といった反論が寄せられて驚いてしまった。

原子力や火力、水力の発電所に替わる大規模な太陽光発電所を日本のどこかにつくり、そこで広域的な電力をまかなおうという発想は現実的ではない。まともな 太陽光発電推進論者の中でなら、そんな考えの人はおそらく皆無だと思う。

太陽光発電推進の基本的コンセプトは、「日本全国に極々小規模な発電所 (つまり家の屋根に載せたものなど) を分散させ、各家庭や事業所で自家需要電力の一定部分をまかない、少し余れば売電し、足りなければこれまで通り電力会社から電力を買う」 ということにある。私としては、それは言わずもがなのことと考えていた。

最近は屋根や外壁、あるいは窓ガラス自体に太陽光パネルを使える技術が実用化されている。つまり、新築の家は屋根を造った上に太陽光パネルを設置する必要はない。太陽光パネル自体を屋根にできるので、その下は屋根瓦やスレートで葺く必要がなく、コスト削減できる。

「太陽光発電なんかで、実際の電力消費をまかなえるはずがない」 という主張をよく聞く。もちろん、ピーク時や夜間の電力まではまかなえない。しかし既に太陽光パネルを設置した知人たちに聞くと、売電と買電を比較すれば 「単年では黒字」 という証言がかなり多い。「エコキュート」 と併用すれば、黒字額はさらに増えるらしい。まんざら捨てたものではないのである。

エコ・エネルギーへの転換は、電力会社が集中的に電力を生産し、広域的に面倒見るという従来型の発想からの転換を意味する。それは、ごく小型で安全でかつ持続可能な発電所を津々浦々に分散させるという発想への転換である。

もちろん、各家庭・事業所にある太陽光発電設備だけでは、ピーク時や夜間の電力までまかなえないのは前述の通りである。また、電力需要は家庭需要よりも事業所、とくに生産工場などでの需要が多いが、工場での自家発電促進は当面限定的にならざるを得ない。

足りない電力は買わなければならないのだから、電力会社の大規模発電所は、かなり長期的にみても不要とはならないだろう。

しかし、分散的な小規模システムによるエコ・エネルギーへの転換が進めば進むほど、電力会社の負荷が減ることは明らかだ。最終的には、自力でまかないきれない分と、季節的要因や夜間、ピーク時の不足電力を保証できればいいということになる。さらに将来的には、スマートグリッド化でその負担さえも軽減できそうだ。

電力会社の負荷が減るということは、彼らの収入が激減するということである。激減した収入で原発が維持できなくなるなら、そのときこそ、脱原発の仕上げのタイミングである。電力会社側でも、より小規模で安全な、多様化した発電システムへの分散を図ることになるのだろう。

その頃にはオイルピークは既に過ぎているだろうから、多分、石油や石炭などの化石燃料による火力発電は高コストになるはずだ。天然ガスならなんとかなるかもしれないが、先行きは不透明だ。まさに、「多様な発電システムの開発」 が必要になるが、それは容易なことではないというのは、いくら私でも理解できる。

これを既存の電力会社側の視点からみれば、発電の分散化というのは許し難い暴論になる。「電力会社に死ねというのか」 と言いたくもなるだろう。彼らの政治力はかなり強いから、そんなこともあって、原発の安全神話は普及しても、エコ・エネルギーへの転換はなかなか進まない。

私は 「健康のためなら死んでもいい」 という健康オタク (実際にはそんなのはいないだろうが) の喩えをよく使うのだが、これこそまさにその喩えで語られるべき議論ではなかろうか。現在の電力システムを延命させるために日本を殺したいとは、私は決して思わない。

もしかしたら、太陽光発電などのエコ・エネルギー普及の本格化にともない、電力会社から買う電気はものすごく高く付くことになるかもしれない。だが、それならそれでいいではないか。エコ・エネルギーへの転換をますます促進する材料になる。

現実に電気代が高くなってしまうほどの状況になったら、逆に言えば太陽光パネルの値段ががかなり下がっているということだから、手軽に導入しやすいということだ。安くなった太陽光パネルに投資するか、高い電気代を払い続けるかといえば、選択の結果は明らかだろう。多くを自家発電でまかなえば、電力会社に払う料金はそれほど変わらない。

私は 「原発は最終的にはすべて止めるという方向に行ってもらいたい」 と書いた。しかし何度も言うが、「すぐに止めろ」 とは一言も言っていない。すぐに止めてもらいたいのはやまやまだが、それをされては生活ができないことぐらいわかっている。夢物語を言っているわけではない。

しかし、いつまでも原発に頼っていいとは決して思わない。これも何度も繰り返すが、「できるだけ早く脱原発の道を用意してもらいたい」 と考えている。子ども手当なんか出すより、太陽光パネル設置補助を大幅に拡大する方が、ずっと意味があるだろう。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

読み方によるかもしれませんが、私は貴兄の主張になんら相違はありません。(わかりにくい方のために噛み砕いて書いていらっしゃいますね)以下の話は別の観点から…

さて、改正省エネ法の二酸化炭素削減テクニックの手品のような手法はみなさまご存じでしょうか。

このたびの事故(人災)でこの手法、原子力発電による係数低減は無理がでます。

鳩山さまの口走った主張は危ういというか不可能でしょう。原子力発電による二酸化炭素削減が柱であったと思われますので。

投稿: jersey | 2011/03/31 00:35

エコキュートもアリかもしれませんが、ガスでお湯を沸かす&発電をするエネファームという方法もありますね。

他にも照明器具を可能な限りLEDに置換する、常夜灯やエスカレータなどに人感センサーを組み込むなど、思いつく限りの節電施策を講じていく事で今からでも節電に取り組んでいけるかなと思っています。
住んでいる団地の自治会でも今、節電に関して話しあっています。

投稿: ululun | 2011/03/31 01:20

 すみません。物分かりの悪い私です。
 問題は各家の屋根につけた太陽光発電装置が作動しない夜間や雨天時の為に用意しなければいけない設備が変わらないのではないかということです。雨天時だけ運転する火力発電所を構えるのは電力会社にとって大きな負担です。各家庭での発電量はたいしたことが無いけれど、現在、全量を高価格で電力会社が買い取ってくれているので、経済的に成り立っていますが、これも10年間という限られた期間です。誰もいない昼間の発電を電力会社が高く買い取らなくなったら、各家庭の採算は合わなくなります。電力会社は雨天時だけ稼働する発電所の経費を賄うために電気料金を上げざる得ないじゃないでしょうか。
 殆んど雨の降らない砂漠がある国には良いでしょうが、降水量がかなりある日本には向かない方式だと思います。梅雨時、台風シーズン、雪の多い冬場、今年のように雪の多い時は毎日雪下ろしをしないと作動しません。メーカーのいう最大時発電量が可能な日は1年のうち一体どれだけあるのか疑問です。
 前のひとの意見のようにエネファームが家庭で発電する方式としては、一番現実的と思います。勿論、LED,節電、日ノ出と共に起き日の暮れと共に寝る夏時間、夏場はバカンスです。
 最後の夏場はバカンスは政府も考えている様ですが、馬鹿にならないと思いますよ。企業が交代で20日間バカンスをすれば、工場、オフィスの電力の削減になりますし、みんなが行楽に行けば景気浮揚にもなります。わたしも、少し落ち着いたら東北旅行に行こうと思います。きっと行楽客が減ってるんで、大歓迎してくれるんじゃないでしょうか。

投稿: basara | 2011/03/31 05:06

太陽光でも潮力でも地熱でも、利用できるエネルギーは利用すればよいとわたしも思います。郷里にあったある村は川を利用した小さな水力発電で村の電力需要を補っていました。今では廃村になってしまいましたが。

小型の発電所を全国に分散させるというのは中枢のないインターネットと発想が似ていますね。

投稿: たんご屋 | 2011/03/31 05:23

tak_shonaiさんのおっしゃる意見に賛成です。
関連機関がコストの計算をしっかりなさって
日本が生きるすべに、着手していただきたいですね~


投稿: tokiko68 | 2011/03/31 06:42

可能な技術を開発する
そんなのはあたりまえの話で、
問題は、そうゆう原発に変わる有望な代替技術が、当分、見当たらないし、実用化する見込みがない
その状況下で、原発をとるか、それとも、大きな犠牲を払っても拒否するか?という事です


投稿: alex99 | 2011/03/31 10:38

basaraさん
通常、電力会社にとって一番の負担は、ピーク需要にあわせなければならない設備投資です。それ以外の時期には余剰となる設備を、有利子負債を負って作るのですから。そして、そのピークとは真夏の昼間です。

なので、ピーク需要への対応という観点からは、太陽光発電はそれなりに理にかなった信頼できる電力供給源です。

夜間は、ベースロード(出力調整をしにくい原子力等)やミドルロードの供給力が余るので、システムから見ると太陽光発電は働かなくても大丈夫です。
雨の日は太陽光エネルギーは激減するし、しかも梅雨時であれば湿気対策でエアコンの需要が増大という状況も生じるでしょう。しかし、雨が降る状況というのは、低気圧によ、前線にせよ、風力発電に必要な風がそれなりに吹くし、水力発電も出力が上げられます。それぞれの発電方式には必ず短所がありますが、どれがダメとかいうことではなくて、エネルギー・ミックスをどうするかということが問題でしょう。ミスマッチを緩衝するNAS電池のような蓄電装置やスマートグリッドの導入も重要です。

また、以前も書きましたが、太陽光発電への補助金は家計の支出を促すので、全額公的部門が負担する公共事業などよりもずっと乗数効果が高く、景気刺激策としても有効です。家計の支出も、単に需要を先取りするだけのエコカー減税や家電エコポイントなどと異なり、売電による所得効果があるため、長期的な購買力へのマイナスも少ないはずです。

alexさん
いつも示唆に富んだご意見楽しみにしてますが、本件に関してはちょっと極端な書きぶりじゃないですかね。
「受け入れるしかない」対「断固拒否」の両極しかないと、不幸なことになります。http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20110328/219175/

原発推進に関するコンセンサスをただちに得ることは、今では原発を全部無くすのと同じくらい非現実的です。ただ、一方で原発の安全神話が崩壊し、他方で原発なし(というか原発不足)生活の痛みが現実にシェアされることになるわけで、ようやく両陣営のリーズナブルな合意形成に向けて議論が進む環境が整いつつあると私は受け止めています。時間がかかることは仕方がないでしょう。

投稿: きっしー | 2011/03/31 13:36

私は、こういう特別に厳しい現実の中では、不確かであいまいな話では無く、もう少し現実を見据えた話しをしたいと思っただけです
失礼いたしました

投稿: alex99 | 2011/03/31 15:52

jersey さん:

>鳩山さまの口走った主張は危ういというか不可能でしょう。原子力発電による二酸化炭素削減が柱であったと思われますので。

ものすごく努力すれば可能でしょうが、社会にその気がないようなので、やはり無理でしょうね。

投稿: tak | 2011/03/31 21:05

ululun さん:

>エコキュートもアリかもしれませんが、ガスでお湯を沸かす&発電をするエネファームという方法もありますね。

あれって、ガスで発電する時の廃熱でお湯を沸かすという方が正確という気がしますが、それもありでしょうね。

ただ、エネルギー源は太陽光のように無料じゃありませんが。

>他にも照明器具を可能な限りLEDに置換する、常夜灯やエスカレータなどに人感センサーを組み込むなど、思いつく限りの節電施策を講じていく事で今からでも節電に取り組んでいけるかなと思っています。

家中の照明器具を LED にすると、計算上はかなりの節電効果になりますね。我が家でも徐々に LED への置換を進めています。

(高いので徐々に ^^;)

投稿: tak | 2011/03/31 21:12

たんご屋 さん:

>太陽光でも潮力でも地熱でも、利用できるエネルギーは利用すればよいとわたしも思います。

コストが逆ざやにならなければ、利用すべきでしょうね。

>小型の発電所を全国に分散させるというのは中枢のないインターネットと発想が似ていますね。

少なくとも、太陽光の場合は集中化の意味はまったくありませんからね。

もしかしたら、民主的発電かも。

投稿: tak | 2011/03/31 21:15

alex さん:

>可能な技術を開発する
>そんなのはあたりまえの話で、

だから、その当たり前をやりましょうということです。

>問題は、そうゆう原発に変わる有望な代替技術が、当分、見当たらないし、実用化する見込みがない

いえ、太陽光発電は有望な代替技術であると思いますし (本文で触れたように、発想の転換が伴いますが)、しかも既に実用化されています。

さらに私は、「ゆくゆくは原発全廃」 と、長期的な視野で語っています。

何度も繰り返しますが、今すぐ全ての原発を止めろと言っているわけではありません。

さらに、「反原発」 の立場ではありますが、旧式な原発を安全なうちに廃炉にするために、より安全性の高い原発を建設することにまで反対と言うわけではありません。
その辺りのトレードオフに応じないほどの頑固者ではありません。

投稿: tak | 2011/03/31 21:18

basara さん:

>問題は各家の屋根につけた太陽光発電装置が作動しない夜間や雨天時の為に用意しなければいけない設備が変わらないのではないかということです。雨天時だけ運転する火力発電所を構えるのは電力会社にとって大きな負担です。

きっしーさんも答えられていますが、電力ピーク時の電力会社への負荷が減ることで、大規模発電設備を削減することができるはずです。

太陽光発電が作動しない時だけに、大規模発電設備が稼働するという状況が、もしあるとしたら、ものすごく先の話でしょう。

>殆んど雨の降らない砂漠がある国には良いでしょうが、降水量がかなりある日本には向かない方式だと思います。梅雨時、台風シーズン、雪の多い冬場、今年のように雪の多い時は毎日雪下ろしをしないと作動しません。

常に最大効率で発電しなければならないというシバリは、誰ももうけていません。

それに、日本の降水量が多いとはいえ、常に雨が降っているわけではありません。

>今年のように雪の多い時は毎日雪下ろしをしないと作動しません。

雪の多い季節は、毎日雪下ろしをしてもそれほどの発電量は期待できませんから、その必要はないでしょう。

あるいは、雪の季節には電力会社から買った電力を使って屋根に積もる雪を溶かし、買った分ぐらいは自分のところで発電して「行ってこい」にすれば、無料で雪下ろしできるということになります。
これも発想の転換です。

>誰もいない昼間の発電を電力会社が高く買い取らなくなったら、各家庭の採算は合わなくなります。電力会社は雨天時だけ稼働する発電所の経費を賄うために電気料金を上げざる得ないじゃないでしょうか。

先に述べたように、雨天時だけ電力会社の発電所が稼働する必要はありません。

それに、もし電気料金が上がったら、ますます自家発電をするインセンティブになりますね。

>前のひとの意見のようにエネファームが家庭で発電する方式としては、一番現実的と思います。勿論、LED,節電、日ノ出と共に起き日の暮れと共に寝る夏時間、夏場はバカンスです。

それに関しては賛成です。
(エネファームが 「一番現実的」 かどうかは別として、有力な選択肢ですね)

投稿: tak | 2011/03/31 21:33

tokiko68 さん:

できることなら何でもやるべきですが、やはりフィージビリティの検討やコスト計算などをしっかりやって、優先順位の高いところから集中すべきでしょうね。

投稿: tak | 2011/03/31 21:37

きっしー さん:

いつもながら、私の言い足りなかったことを補完していただき、感謝です。

投稿: tak | 2011/03/31 21:43

だめだこりゃ

投稿: alex99 | 2011/03/31 22:38

火山の多い日本では地熱が有望株です。
変動が少ないのも良いですが、温泉産業とぶつかります。

潮力や海上風力、海流等の海を利用するものは漁業とぶつかります。

風力はあまり役に立ちません。
風は風向きも風力も変動が大きいので使いづらい。

太陽光は抵抗勢力がないので広がりやすいです。

日本は年間停電が数分くらいの大変質の良い電力網ですが、どれだけ諦められるか。本当に必要な電力需要量を電力会社は発表してません。使ってる側もリアルタイムでの使用量を把握してません。工場は別かもしれませんが。

議論するためにも情報が欲しいですね。

投稿: vagari | 2011/04/01 00:18

alex さん:

だめな後輩ですみません

これに懲りずに、今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: tak | 2011/04/01 08:18

vagari さん:

地熱に関しては、技術的困難が十分に克服されていないという古い情報しか持ち合わせていませんでしたが、改めて調べてみるとずいぶん進展しているようですね。

>議論するためにも情報が欲しいですね。

まさにその通りで、これまでは原発に関しては「安全神話」をベースにした情報が主流だったように思います。

それが崩れてしまった現在、本当にまともな情報をベースにしたいですね。

投稿: tak | 2011/04/01 08:23

誰とは言いませんが、落ちつきましょうよ。
日本中、「モラルパニック」に近い状態ですよ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF
http://blog.livedoor.jp/ussyassya/archives/51796634.html

投稿: なす | 2011/04/01 09:34

alex99 さん>
では「現実」を見据えた上で。

東京電力管内の電力は原発一機あたり100万キロワットです。
福島第一発電所の1~4号炉は廃炉が決定するものと思われます。
福島第一発電所の5、6号機も暫くは稼働出来ないでしょうし、福島第二発電所にある1~4号機も福島第一発電所の避難範囲エリア内にありますので、福島第一発電所の避難勧告が解除されない限り稼働は困難でしょう。
すなわち福島第一、第二発電所で創りだされている@1000万キロワットの発電は、喩え原子力発電所を「やむなく」合意した場合に於いても新しい発電インフラを作らない限り入手出来ない、という事実があります。
つまり、今後数年は、原発を選択しようが、他の発電を選択しようが電源が足りないという状況が続くだろう、というのが私の見方です。
そして、此処で舵取りを間違えると、日本は世界から見捨てられるのではないだろうか、と私は思っているんですね。

ヨーロッパや、中国では、日本からの貨物船がスクリーニングを受けています。場合によっては寄稿を拒否されているそうです。
http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011033100113
http://www.asahi.com/international/update/0325/TKY201103250465.html

日本が「核による発電」を運用していくという事は、このようなリスクを今後も背負い続けていく、という事だと私は思います。

電力エネルギーを輸入に頼らざるをえなかったり地球温暖化の観点から原子力発電を選ばざるをえなかった背景は十分理解しえます。
ですが、放射能汚染は国内外に多大な影響をもたらす危険がある事を十分理解・承知した上で、原子力に変わる安定的な電力確保を研究開発出来なかった場合はバングラデシュ以下の国力しか持つ事は許されないのだ、という不退転の覚悟でこの国難に立ち向かうべきではないか、と思っています。

また、原子力発電所と共に生きていく、という事は、以下のような話とも向きあっていかなければならない、という事でもあります。
私は、仮に日本という国が経済的に貧窮したとしても、これ以上、日本に原子力発電を拵えてはならない、と思っています。

●「原発銀座 育たぬ産業」
http://astand.asahi.com/webshinsho/asahi/asahishimbun/free/2011031600004.html
今回問題となっている福島県の原子力発電所のある行政が抱えている問題を取り上げている。
ただしソースは朝日w

●「隠された被爆労働~日本の原発労働者」
http://www.youtube.com/watch?v=92fP58sMYus
原子力発電所には清掃に携わる人が必須なのですが、清掃作業に携わる人が日雇労働者であったというドキュメンタリ。但し情報は古く、現在もこの体制であるかは不明。

●地下深く永遠(とわ)に ~核廃棄物 10万年の危険~
http://www.youtube.com/watch?v=9BZCW8bWwf4
フィンランドで行われている核廃棄物の最終処分地建設に纏わるドキュメンタリ。
核を取り扱うという事は核廃棄物とどう向きあうのか、という事と向きあう事でもある。

投稿: ululun | 2011/04/01 09:40

肝心な事を書き忘れました。
原子力発電に使う燃料も地下資源である以上、永久に使い続ける事は出来ません。
大体100年くらい、長くても200年は持たないでしょうね。
原子力発電に依存していくという事は「問題を先送り」にしているに過ぎません。
個人的には太陽発電を今以上に効率化させる事が解決の道だと思います。赤外線を使った太陽発電も開発されているとの話も聞きました。現在は費用対効果は悪いと思いますが、日本の優秀な技術力を集結すれば全ての家屋やビルの屋上に太陽発電を設置すれば日本の電力総需要を賄えるだけの電力が「安定的に」確保する事も可能だ、と私は期待しています。
確かに「今」の技術では不安定ですが、原子力発電を選択するのは「安定的な電力供給は核エネルギー以外にない」という目の背け方を40年近くし続けてきたからに他なりません。
この儘では、日本は世界から目を背けられる存在になりかねません。
今こそ不退転の決意を持って、これ以上原子力発電所を建設させるべきではない、と言うべきなのです。

投稿: ululun | 2011/04/01 10:05

なす さん:

>誰とは言いませんが、落ちつきましょうよ。
>日本中、「モラルパニック」に近い状態ですよ。

う、私のことかな?
どうかな??

投稿: tak | 2011/04/01 21:56

ululun さん:

>すなわち福島第一、第二発電所で創りだされている@1000万キロワットの発電は、喩え原子力発電所を「やむなく」合意した場合に於いても新しい発電インフラを作らない限り入手出来ない、という事実があります。
>つまり、今後数年は、原発を選択しようが、他の発電を選択しようが電源が足りないという状況が続くだろう、というのが私の見方です。

これは重要なポイントですね。

「原発以外にないじゃないか」 と言おうが言うまいが、現実に電力は不足すると。

その不足している間に、またぞろ原発を作るのか、代替技術を促進するのか。

ここが問題ですね。

今の状況では後者を選択する方が賢明ではないかと、私も思います。

投稿: tak | 2011/04/01 22:00

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