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2011/03/13

こんな時こそ、笑わなければ

昨日の記事で 「普段はラジオ人間の私だが、今回ばかりは目と耳からの情報を得たくて、テレビを見ている」 と書いたが、またラジオに戻っている。PC で仕事をしながら、radiko でラジオ放送を聞いている。やっぱりラジオの方がいい。心と体にいい。ずっといい。

一昨日は津波の押し寄せるシーンに目を見張った。「さすがにテレビの情報力!」 と思った。ところが、そのシーンを繰り返し繰り返し見せつけられると、精神衛生に悪い。ただでさえ暗くなるのに、あんなテリブルなシーンを繰り返されたら、下手したら PTSD (心的外傷後ストレス障害) になりかねない。

私は前に 「エンパシー (empathy)」 について書いた (参照)。この言葉、辞書的には 「感情移入、人などへの共感」 と出てくる。

「シンパシー (sympathy)」 は、「同情や支援する自分」 という主体があるが、"empathy" は、自分という主体をベースにするというより、「相手の身になる」 ということだと、私は解釈している。相手の視点でものを見つつ、相手の立場に立って行動を起こすというニュアンスが大きいと思う。

問題は、とても誠実で優しくて、相手の立場に立ってものを考え、行動を起こすタイプの人が、今回の被災地の悲惨な映像を見過ぎると、「彼らのために何もしてあげられない自分」 を無意識に責めてしまい、それだけで罪の意識をため込んでしまいやすいということだ。時にはそれが PTSD につながることもある。

そこまでいかなくても、神戸の震災の後、しばらくしてからテレビでお笑いバラエティを流したところ、視聴者から 「不謹慎だ」 という抗議電話が相次いだという。私自身は、普段はテレビのお笑いバラエティにはくだらなさを感じてしまって、あまり見ないのだが、人々が落ち込んでしまって笑いを忘れてしまった時には、必要なことだと思う。

こんな時には、人々は 「モノ」 の部分でちょっとずつ我慢して譲り合いつつ、時々は明るく笑わなければならないのだと思う。笑っている人を見ても、「こんな時に楽しそうに笑うのは不謹慎」 なんてことは言わないでもらいたい。本当はこんな時こそ、笑いが必要なのだ。

高天原が真っ暗になった時に、光を取り戻すきっかけとなったのは、天の岩屋戸の前のアメノウズメノミコトの踊りを見た八百万の神の笑いだった。古事記では 「八百萬の神共に咲ひき (やほよろづのかみともにわらひき)」 とある。この時代は 「笑」 ではなく 「咲」 の字を当てていたようだ。この字、なかなかいい雰囲気である。

こんな時こそ、花が咲くような笑いを表情に現したいものだ。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

私もそう思います。不謹慎でない笑が必要です!

投稿: Keicoco | 2011/03/13 18:04

本当にそうだなあ~と思いました。
せっかく被害を受けず、安穏としていられる立場の人まで暗い顔を強いらちゃお先真っ暗ですよね。
配慮は勿論必要ですが、こんな時だからこそ明るい気持ちを大切にしなくては!

ただ九州人なので、新幹線開業の間の悪さにはちょっと泣きましたけどね。
はやぶさの復旧と一緒に式典とお祝いの仕切り直しがしたいなあ、なんて結構本気で祈っています。

投稿: 抹茶 | 2011/03/13 20:15

Keicoco さん:

>私もそう思います。不謹慎でない笑が必要です!

問題は、どんな笑いも不謹慎と責めたがる人がいることです。

こういう 「強引な善意」 が、「ちょっとした悪意」 よりずっとコワイことがあります。

投稿: tak | 2011/03/13 21:16

抹茶 さん:

>配慮は勿論必要ですが、こんな時だからこそ明るい気持ちを大切にしなくては!

まさに。

だから、どっかの町で寄席をやったり、コンサートをやったりしても、「不謹慎」とか言って責めないでもらいたい。

日本中が暗く、「不謹慎狩り」 に走る方がコワイです。

>はやぶさの復旧と一緒に式典とお祝いの仕切り直しがしたいなあ、なんて結構本気で祈っています。

式典とまではいかなくても、気持ちでお祝いしてくれればありがたいですね。

投稿: tak | 2011/03/13 21:19

まあ、コンサートやスポーツは、そろそろ、いいでしょうが、どうも心がついて行きません
難しいところですね
テレビでニュースを見るにつけ鎮魂の思いです
不謹慎とは、本来は、思いやりの心だと思います
昭和天皇の崩御の時の強制された「不謹慎」とは次元が違います

投稿: alex99 | 2011/03/13 22:26

alex さん:

>まあ、コンサートやスポーツは、そろそろ、いいでしょうが、どうも心がついて行きません
>難しいところですね

確かに、心が付いていきませんが、誰かがやったとしても、ことさらに責めたくはありません。

イベントの中で思いやりの心は示せるでしょうし。

投稿: tak | 2011/03/14 01:13

まったく同感です。
被災地から遠く、とりあえず安全で健康な人々は、いつもの生産活動を普通に全力で行うこと自体が支援になると思います。もちろん笑いや娯楽も含めて。ともしれば暗澹たる気持ちになりますが、日々を明るく生きる事は本当に大切ですよね。長い戦いになりますから。

投稿: S太郎 | 2011/03/14 15:10

S太郎 さん:

本当に、長期戦ですからね。

「あはは」 と笑えなかったら、「ふふふ」でいいから、ちょっとだけでも笑うと、力が湧きます。

投稿: tak | 2011/03/14 16:16

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