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2011/04/24

「原発リスクの不条理性」 を巡る冒険

「原発は自動車よりずっと安全」 というテーゼがある。自動車事故による死者というのは、実は統計の取り方によってずいぶん違うみたいなのだが、日本国内では事故後 24時間以内の死亡が年間で 4,000人台で、1年以内の死亡となると 1万人ぐらいなのだそうだ。

自動車事故が原因で 1年以内に 1万人ぐらいが死ぬということからみれば、原発は確かに安全である。1999年の東海村臨界事故で、死者は 2人。今回の原発事故では、少なくとも死者は出ていない。死亡数では比較にならないほど、「原発は安全」 だ。

自動車のリスクはあまりにも日常的であるが故に過小に認識され、原発はその逆にあまりにも非日常的であるが故に過大評価されている。「原発のリスクは自動車よりずっと小さい」 と認識するのが、確かに 「論理的で科学的な態度」 である。

しかし問題は、人間の心理というのは決して 「論理的で科学的」 であるばかりではないということなのだ。人間が 「論理的で科学的」 な存在であったら、世の中はこんなにもうっとうしいことばかりであるはずがない。もっとすっきりと割り切れて清々したものになっていただろう。

ところが人間というのは、いかに教育をほどこし、「論理的で科学的」 な啓蒙を行っても、いっかな 「論理的で科学的」 な存在にならないのである。疫病が流行れば加持祈祷するしかなかったという時代から、医学によってある程度は解決されると認識されるまで、1000年以上かかっている。

疫病という、ある程度は 「日常」 に近いものでもそんなに長い時間がかかるのである。「原発事故による放射性物質漏洩」 なんていう非日常的な問題で、「論理的で科学的」 な納得を得るのに、「自動車よりもリスクは小さいんです」 という理屈は全然有効に作用しないどころか、反発すら呼んでしまうというのは、ご覧の通りの事実が証明している。

原発事故が超非日常的なもので、人々がことさら恐れてしまうような状況であることは、ある意味、幸せなことで、「必要以上に恐れる必要はないんですよ」 と説かなければならない現状は、やはり非日常的に不幸な状況と言えるのである。この非日常的に不幸な状況において、日常の論理で人を納得させようとしても、それはなかなか難しい。

人間は不条理な存在なのである。その不条理性をことさらに擁護するつもりはないが、現実に不条理な存在であるとの認識の上に立ってものごとを進めることは必要である。「理屈で納得しないのは、しない方が悪い」 というのは簡単だが、そもそもの話で言えば、「人間は、元々理屈だけでは納得しない存在なのだ」 と認識しない方が悪いのである。

別の言い方で言えば、「理屈で納得しないのはおかしい」 と思う方が、理屈に合わないのである。人間というものの理解の仕方を間違えているのだ。論理的で頭のいい人が常に陥る罠である。十分に論理的で十分に頭のいい人というのは、人類の 10%もいない。

放射能というもののリスクは、そうした 「不条理性」 を含んだものとして認識されなければならない。目に見えず、臭いもせず、触覚にも感じられない、つまり、わけのわからないうちに被曝してしまう (原爆のようにわけがわかるほどの被曝だったら、そりゃ、ほとんど即死だ) ということによる心理的影響は、単なる物理的なリスクを超えている。

それは五感で認識できないが故に、心理的な影響を過度に被ってしまうのである。もっと言えば、精神的な病理性まで呼んでしまうのだ。こうした心理的、精神的なリスクは、ある意味物理的なリスク以上に手に負えない。つまり、原発のリスクは合理的な数値で認識される以上に大きく、不条理なものなのだ。あまりにも非日常的であるが故に。

もし原発事故が日常化して慣れっこになってしまい、「結構な被曝をしても、人間ってなかなか死なないものだね」 と、日常的感覚で理解されるような世の中になったら話は別だが、そんな世の中に住みたいとは、私は決して思わない。

つまり原発問題というのは、「リスクが日常化すれば不条理性は消える/リスクが非日常的なままだと不条理性も消えない」 という、表裏一体というか二律背反というか、微妙なテーゼに還元されてしまいやすい性質の問題なのだ。私としては、不条理性がいつまでも消えなくていいから、リスクが非日常であってもらいたいと願う。

そして今は、その危うい分水嶺なのだ。

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