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2011/05/07

「上」 という漢字の意外な筆順

「上」 という字の 「正しい筆順」 をご存じだろうか? 先日の TBS ラジオ 『キラキラ』 で、井上さんという方からの投書が読まれた。井上さんは 30年以上書き慣れた自分の名前の書き順が 「間違っている」 と他人から指摘されて、愕然としたのだそうだ。

なんと、「上」 という字の 「正しい筆順」 は、最初に縦棒を書いて、その後に横棒を上と下に書くのだそうだ。こちら に動画でそれが示されている。 私はそれを知って愕然とした。これは書きにくいだろう。フツーは、「横・縦・横」 の順だろうよ。

だって行書や草書で書く場合は、上の方の短い横棒から書くのが自然というものではないか。手持ちの 『くずし字解読辞典』 (近藤護出版社・刊) からちょっとコピーしてみよう。(なにしろ古い本なので、紙がずいぶん変色しているのはお許しいただきたい)

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ご覧の通り、いずれも 「上」 という字のくずし方を示したものだが、真ん中の下のくずし方を除けば、いずれも縦棒と下の横棒が続けて書かれている。ということは、上の短い横棒から書き始めているのである。縦棒から先に書かれているのは、真ん中の下の例だけだ。つまり、伝統的には 「横・縦・横」 の筆順の方が一般的といっていいだろう。

私個人としても、手書きで 「上」 という字を書くときは、下のように書いている。上の例で言えば、左と右の下のくずし方に近いだろうし、こんな感じで書いている人はかなり多いだろうと思う。とにかく縦棒と下の横棒を一挙に続けて書かないと、縦棒が下にはみ出さないようにするのが結構たいへんだ。

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そこで、意地になって調べてみたところ、「正しい筆順」 の根拠となっているのは、1958年に文部省が示した「筆順指導の手びき」 というものなのだそうだ。そこには次のように書かれている。

漢字の筆順の現状についてみると、書家の間に行われているものについても、通俗的に一般杜会に行われているものについても、同一文字に2種あるいは3種の筆順が行われている。特に楷書体の筆順について問題が多い。

このような現状から見て、学校教育における漢字指導の能率を高め、児童生徒が混乱なく漢字を習得するのに便ならしめるために、教育漢字についての筆順を、できるだけ統一する目的を以て本書を作成した。本書においてはとりあえず楷書体の筆順のみを掲げたが、楷書体の筆順がわかれば、行書体についても、おのずとそれが応用され得ると思われる。

もちろん、本書に示される筆順は、学習指導上に混乱を来たさないようにとの配慮から定められたものであって、そのことは、ここに取りあげなかった筆順についても、これを誤りとするものでもなく、また否定しようとするものでもない。

ここで注意すべきなのは、書家の間でも、通俗的にでも、同じ文字に複数の筆順が存在すると認められていることだ。そして、「ここに取りあげなかった筆順についても、これを誤りとするものでもなく、また否定しようとするものでもない」 とはっきり書かれている。

それにしても、「漢字指導の能率を高め、児童生徒が混乱なく漢字を習得するのに便らなしめるために、教育漢字についての筆順を、できるだけ統一する目的」 で策定したにしては、「上」 という漢字を 「縦・横・横」 の筆順で書くというのは、ちょっとおかしいんじゃあるまいか。

「楷書体の筆順がわかれば、行書体についても、おのずとそれが応用され得ると思われる」 と謳っているにもかかわらず、少なくとも 「上」 という漢字に関しては、それがうまく当てはまらないではないか。「縦・横・横」 の筆順で書きやすくなるのは、上記の草書体の、真ん中の下の例だけだ。

これは未確認情報だが、漢字圏といわれる東アジア全体の傾向を見ても、「上」 という字は 「横・縦・横」 が主流であるらしい。さらに、筆順の誤りということでいつも引き合いに出される 「左」 と 「右」 という字がある。「右」 の字は、最初に斜めの線を書いてから横棒を書くのが正しいとされている。

これは、行書体で書く場合にその方が自然で書きやすいことからも納得されているが、東アジアの主流は、これも未確認情報だが、「左」 という字と同様に、横棒から書き始めるらしいのである。また 「本」 という字も、いろいろな字体や筆順がある。一般的なくずし字は こちら の通りだが、「大」 の下に 「十」 を書くみたいなのまである。

筆順というのは字体のバリエーションに伴って、かなり自由自在なのだ。「これが正しくて、あれは間違い」 というのは、あまり意味がないようだ。言葉に関して国家が余計なことまで決めすぎるのは、中国の科挙以来の伝統なのだろうか。

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コメント

文字は、もともとは「板(板状のもの)に刻む」という形で書かれていたそうです。
そして、書く時には「板そのものを回転させる」という方法をとっていたようです。
(ミシンみたいですね)

筆順というのは、仰る通り、後の時代の人が勝手に決めたものが多いのです。

ただ、学校教育という都合上、あるいは、漢字の権威を主張する人の都合上、
筆順は定めねばならなかったのでしょうね。
ですから、もしも学校などで「筆順」をテストするようなことがあれば、
非常にナンセンスだと言えるでしょう。
「凹」にも「凸」にも「卍」にも筆順はありますが、
これらはあまりに規格外すぎて意味が感じられません。

投稿: キセ | 2011/05/08 23:36

キセ さん:

>ただ、学校教育という都合上、あるいは、漢字の権威を主張する人の都合上、
>筆順は定めねばならなかったのでしょうね。
>ですから、もしも学校などで「筆順」をテストするようなことがあれば、
>非常にナンセンスだと言えるでしょう。

なるほど。

投稿: tak | 2011/05/09 11:11

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