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2011/05/05

質素の楽しみ

私が酒田の高校を出て東京で学生生活を始めたのは 1971年だった。大阪万博の翌年で、70年安保は過ぎ去っていた。学生の力で日本を変えられるという幻想は、急速に色褪せていた。私にとって衝撃的だったのは、72年 2月の浅間山荘事件よりも、同年 11月に早稲田大学で起きた革マル派リンチ殺人事件だった。

浅間山荘事件はテレビによって衝撃的映像が日本全国に流れたことによって、エポックメイキングな事件となった。しかし当時、貧乏学生だった私はテレビを持っていなかったので、他の多くの日本人ほどの大きな印象がない。それよりも、自分の大学で起きたリンチ殺人事件の方がずっと身近だった。

あの事件を境に、キャンパス内を牛耳っていた革マル派の幹部が一斉に姿を消して地下に潜り、大学は妙に静かになった。あれだけ燃え上がった学生の政治運動が急速に冷え込み、冷たい石けんを持って銭湯から帰るだけの 『神田川』 の世界になった。

全共闘運動に酔いしれた団塊の世代よりわずかに遅れて生まれてきたために、私は 「挫折」 することすら知らずに、ただ無力感だけを抱えて生きてきたような気がする。社会というのは意識的には変えられないのだと、ずっと思ってきた。世の中はなるようにしかならないのだ。

しかし今、「なるようにしかならない世の中」 ではあるが、それならば、「なるようにさせちまおうじゃないか」 と、私は思い始めている。

一足先に生まれた団塊の世代の尻ぬぐいをするのが、我々の世代の仕事だと思っていた。損な役回りの世代だと思っていたのである。だが世界の動きは近頃、やけに速い。尻ぬぐいをしていればいいと思っていた我々も、実はそれだけでは済まないのだという気がし始めた。

ブレーキしか効かせたことのない我々が、生まれて初めてアクセルを踏んでもいいのではないかという気がしてきたのである。生まれて初めて実感する 「パラダイム・シフト」 である。

それは、昨日書いたような意識変革 (参照) にも通じる。ルモンド紙に紹介された日本の大学教授は 「1989年のバブル崩壊以降に生まれた日本の若者達は花咲く成長経済を誇っていた頃の日本を知らない。質素であることに慣れているのである」 と語った。しかし、「質素慣れ」 ということに関しては、私だって引けを取らない。

高度成長時代には貧乏学生生活をし、卒業する頃には二度のオイルショックに見舞われ、バブル時代は外資系にいたために、円高によるダメージを被るばかりで恩恵は少しも受けず、後はバブル崩壊の世の中で生きてきた。生まれてから一度も贅沢な暮らしをしたことがない。たまに経費で豪勢なホテルや旅館に泊まると、かえって居心地が悪い。

物質的な贅沢なんかしなくても、人生は十分に楽しいということを私は知っている。地球という資源が限界に近づきつつある今、世の中はまさに 「なるようにしかならない」 のである。ここまで来てしまったら、「物質的な豊かさ」 ではなく 「精神的な豊かさ」 に向かうしかないではないか。そしてそういうことなら、任せてくれってなものである。

我慢なんかするから、質素はつまらないのだ。逆に、贅沢こそ実は居心地が悪いのだとさえ知ってしまえば、質素は我慢とは無縁に楽しい。これまでの価値観こそが不自然なのだ。だからこそ、生きていくだけでこんなにストレスまみれで疲れてしまうのだ。

「質素の楽しみ」 というのは言い換えれば、この世のエントロピーの増大を抑える楽しみである。人間は生きているだけでエントロピーを増大させるという業を背負っているのだが、背負う荷物はできるだけ軽くしておきたいし、孫の世代にもエントロピーの瓦礫の山を残したくない。

森の中に行くと、気持ちがいい。森の手入れや植林を手伝ったりすると、なお気持ちがいい。本当に根元的に気持ちがいい。それは、エントロピーを増やさないだけでなく、多少なりとも減らしたことを実感するからだ。この世の中をほんの少しだけきれいにした実感というのは、実に心地良い。

人間って、うまくやればエントロピーを減らすこともできるみたいなのである。こういうの、ネゲントロピーというのだろうか。「自分は損な役回りの世代」 だとばかり思っていたのだが、ついにおもしろい世の中になってきたのだと思っている。

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コメント

楽天的だな~(笑)
質素な生活ぐらいで人類がソフトランディング出来ればいいんですが

以前のテーマに戻って申し訳ありませんが、たとえばの話ですが、原発をみな止めてしまったら、現代生活の基盤である電力35%減となって、そのあとは複雑系に、インフラが止まり、産業が崩壊し、都会が荒廃し、人口が激減します

農耕を覚えた人類は定住生活をはじめ、その結果、土地財産の取り合いと成って、戦争が常態の世界と成りました
人間の所有欲と闘争本能は、前頭葉を手術するか、遺伝子変換で変えない限り、闘争もやめないし、欲望のストップも出来ません
人間には深く高貴な側面もあるが、基本は欲望と闘争です
20種以上もいた人類の中で現世人類だけが生存競争に勝ったのも、現生人類のそういう本能を持つ脳があったからです
脳の今までの進化を考えれば、前頭葉が欲望と闘争本能をコントロールできるまでに、数十万年かかるそうです

私は、悲観主義者です(笑)
すみません

投稿: alex99 | 2011/05/05 21:46

alex さん:

私のこの考えの基盤には、昨年の今頃に書いた 「Empathy の時代」 というものがあります。

http://tak-shonai.cocolog-nifty.com/crack/2010/04/empathy-a700.html

これを書いた時には、alex さんも一定の理解を示してくださったように思っていたのですが。

投稿: tak | 2011/05/06 06:22

tak shonaiさん

該当記事をもう一度読ませていただきましたが

tak shonaiさんの立場は一貫しています
ただ、私が、どう書いたか?
肯定・賛成の基調では書いたと記憶しているんですが、それが世界と人類を救う・・・というほどの全面的な肯定では無かったはずです
それに、あの内容は、一つの考え方、基調として、何ら否定するべきものでは無いのですから

ただ、私は、リアリストで悲観論者なので(残念ですが)、tak shonaiさんの人間肯定的な姿勢には好感を持ってはいますが、それだけで容易に物事が解決するものでも無いとも思っています
また、ここしばらくのtak shonaiさんのお書きになった記事もほぼ一貫して楽観論なので、反動として(笑)こういうことを書きたくなりました
申し訳ありません
ただ、私の書いている事も、現実だと思います

日本文化の底流に脈々と流れる「質素な生活」への帰巣本能は、千利休の茶道という世界で結晶化しました
私は、西欧の権力の「豪華絢爛」、日本の「わびさび」というテーマでブログ記事を書いたこともあります
関心は大いにあるのです
いわゆる「清貧」という言葉も流行りましたが、今のところ、正直なところ、私がめざしている境地ではありません
私も、ロボトミーの手術が必要な人間かも知れません(笑)


投稿: alex99 | 2011/05/06 09:03

記事に対して否定的なことは書くなとおっしゃるのであれば、そのようにします
ただ、tak shonaiさんのこのブログは、tak shonaiさんのお人柄と力量のせいで当然でしょうが、どんな意見にも、ご意見に賛同者ばかりのような気がします
それに、いつもは私も、tak shonaiさんのご意見に賛成ばかりなんですが、この頃の、禅の境地?の記事にはちょっと異論があるだけです


投稿: alex99 | 2011/05/06 11:50

alex さん:

>ただ、私は、リアリストで悲観論者なので(残念ですが)、tak shonaiさんの人間肯定的な姿勢には好感を持ってはいますが、それだけで容易に物事が解決するものでも無いとも思っています

実は私もどっちかというと 「リアリストで悲観論者」 なのです。
普段はかなり悲観的な見通しで動く人です。

ですから、私の言っていることがうまく運ぶなんて考えていないのです。
かなり難しいだろうとは思っているのです。

ただ、最後の最後はやはり楽観論なのかもしれません。

>記事に対して否定的なことは書くなとおっしゃるのであれば、そのようにします

そんなことは口が裂けても言いませんので、よろしくお願いいたします。

投稿: tak | 2011/05/06 12:04

こんばんは~
私もいつも笑ってしまうのは、
私達のそばにいる若者のことですが・・
彼は20代。
「貴方は、プレスリー、クイーンズ、マイケルジャクソン、ボンジョビの全盛時代に、まだこの世に生まれてなかったんだね?なんと悲しい時代に生まれたんだい?君達は!!」ということにしてます。あははは・・

投稿: tokiko68 | 2011/05/06 17:50

tokiko68 さん:

>「貴方は、プレスリー、クイーンズ、マイケルジャクソン、ボンジョビの全盛時代に、まだこの世に生まれてなかったんだね?なんと悲しい時代に生まれたんだい?君達は!!」

そうか、20代前半の連中は、マイケル・ジャクソンの全盛期 (1980年代前半の Thriller とか We Are The World までだと、私は思ってます) すらリアルタイムで経験してないんですね。
かわいそうに。

とはいえ、エルヴィスの全盛期、私は生まれてはいましたが、幼なすぎました。
「ハートブレイクホテル」 や 「ハンドドッグ」 がギンギンにヒットした年、私はまだ 4歳でした。
ものごころついた時には、エルヴィスは既に、「不健康そうに太ったおっさん」 でした。
(晩年の石原裕次郎がそうだったように)

20代前半の若者たちには、マイケルも 「いかにも不健康なおっさん」 だったのかもしれませんね。

それにしても朱鷺子さんは、ビートルズにはあまり思い入れないみたいですね。
alex さんも、そうみたいですけど。

投稿: tak | 2011/05/06 22:08

おはようございます~
そうね、
不思議にビートルズには、あまりってゆうか、
もう、2人の子育てで大忙しだったからか・・

ええ、言い訳になりませぬ・・


投稿: tokiko68 | 2011/05/07 07:20

tokiko68 さん:

>不思議にビートルズには、あまりってゆうか、
>もう、2人の子育てで大忙しだったからか・・

私からすると、それはあまりにもお気の毒です!!!

私は、世界の音楽で最も偉大なのは、モーツァルトとビートルズだと思っているほどです。

投稿: tak | 2011/05/07 10:10

>>私は、世界の音楽で最も偉大なのは、モーツァルトとビートルズだと思っているほどです。

横ですが。大昔に買った、ビートルズ全集のカセットテープ八巻、これがあるからカセットデッキも整備を重ねて現役なんです。LPレコードプレーヤー(死語?)も同じく同じ理由で現役です。
ビートルズ聴くと元気がでます。後はショパン。

投稿: ハマッコー | 2011/05/08 01:05

ハマッコー さん:

>横ですが。大昔に買った、ビートルズ全集のカセットテープ八巻、これがあるからカセットデッキも整備を重ねて現役なんです。LPレコードプレーヤー(死語?)も同じく同じ理由で現役です。

すごいですね。

私は、ほとんど死蔵している大量の LP をデジタル化するために、MP4 でバックアップする機能付きのレコードプレイヤーが欲しいんですが、それを買ったところで、実際にバックアップする作業を考えると、なかなか踏み出せないでいます。

投稿: tak | 2011/05/08 20:21

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