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2011/06/25

『虹色の湖』 で思い出したことなど

今朝、いつものように朝食を食べながら NHK ラジオを聞いていると、『虹色の湖』 という曲が流れた。中村晃子という歌手が歌っていたものである。妻と2人で 「そう言えばそんな歌があったねえ」 と言いながら聞いたのだが、調べてみると、昭和 42年のヒット曲だったようだ。私がまだ中学生だった頃である。

「幸せが住むという / 虹色の湖」 という、妙に甘ったるくロマンチックな、当時のステロタイプそのものの歌い出しで始まる曲だ。ググって見たら YouTube に、大分お年を召してふっくらした中村晃子が、ちょっと高音域を苦しそうに歌っているビデオが見つかった (参照)。アレンジは多分当時のままだと思う。

昭和 42年といえば、グループサウンズの全盛時代である。で、思い出してみると、あの頃の曲の歌詞は、今から思えば、妙に甘ったるいロマンチックなものばっかりだった。レコード大賞を受賞したブルーコメッツの 『ブルーシャトー』 なんて、「森と泉に囲まれて……」 とくる。今どきそんな歌をオリジナルで作ったら笑われる。

テンプターズの最大ヒット曲なんて、タイトルからして 『エメラルドの伝説』 ときたもんだ。タイガースの 『花の首飾り』 なんて、大甘の極地で、白鳥の湖のお子様版焼き直しみたいなもんである。おぉ、恥ずかし。

思えばあの頃のグループサウンズに代表される若向けの歌というのは、今みたいにちょっとリアルな感覚を盛り込んで歌うなんて発想は、全然なかった。砂糖菓子みたいにロマンチックで幻想的なイメージをこねくりあげるしか方法論がなかったようなのである。

その意味では、いわゆる 「歌謡曲」 の歌詞の方がずっとリアルだった。要するに、あの頃の若い連中は歌にするための自分の言葉を、まだ獲得していなかったのだ。おとぎ話の言葉に酔うしかなかったのだ。なんて甘く悲しい時代。

あの頃、ロマンチックじゃない不良が、作詞家先生と作曲家先生の作り上げた妙にロマンチックな歌を歌って、あっという間にアイドルになってしまうという、わけのわからない現象が、無茶苦茶に盛り上がっていた。「自分で作って自分で歌う」 のが当たり前の時代からみると、隔世の感がある。

ああいう時代の手法が巧妙に姿を変えて生き残っているのが、AKB 48 とかなのかもしれないと、ちょっと思ったりする。

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芸能・アイドル」カテゴリの記事

コメント

モーニング娘。とかAKB48とかは、日本人男性のロリコン趣味の極地ですね
外国では、見てくれが可愛い(しかもロリコン風)だけで歌唱力などの実力が無いアイドルが人気を博するという事は、通常無いようです
要するに、歌は特にうまくなくてもいい、幼児的に顔が可愛い女の子が短いスカートで動き回ってくれれば熱狂するという総ロリコンの日本人男性が世界的に見て異常(笑)なんじゃないでしょうか
別に悪いとは言いませんが
それに、少なくとも、総選挙がつつがなく、スッキリと行われたという点で、政治の世界より進んでいるのかも知れません(笑)

投稿: alex99 | 2011/06/26 13:28

こんばんは~
そうそうそうそう!!!!
貴方のおっしゃるとおりです!!!
すごくわかっておられるのね!!
私は納得しました~~~~~~
言葉にすればそういうことでした。
私には、何となく思うけど、
どういう風に言ったらよいかがわからないから
taku-shonaiさんのこういう文を読むとすっきりします~~
ありがとうございました。


投稿: tokiko68 | 2011/06/26 18:29

alex さん:

>要するに、歌は特にうまくなくてもいい、幼児的に顔が可愛い女の子が短いスカートで動き回ってくれれば熱狂するという総ロリコンの日本人男性が世界的に見て異常(笑)なんじゃないでしょうか

うぅむ、もうちょっと別の視点から解釈してみたいんですが、なかなか難しいです。

なんというかなあ。あの手の存在に乗っかってみることの安心感というか、そんなのがあるんじゃないかという気がしているんです。

「自分、ちょっといい具合にバカだから、安心してね」 って感じ。

妙にインテリするより、リスクが小さいというか。

あるいは、ちょっとしたインテリでも、そこに逃げ道があるというか。

投稿: tak | 2011/06/26 22:40

tokiko68 さん:

あの頃の不良って、あんなにもロマンチックだったのか。

あるいは、あんなにもロマンチックすぎることに違和感を抱けないほど、自分の言葉を持っていなかったのか。

あるいは、あんなようなことが免罪符だったのか。

そんな驚きがあります。

投稿: tak | 2011/06/26 22:42

初めまして。
いつも目からをうろこを落としながら拝見しております。

昔と今の流行歌の違い(なぜCDが売れなくなったのかなど)
には深い興味を持っているのでコメントいたしました。


かつての若者の歌はロマンチックなものばかりだったというのは気づきませんでした。
その甘さは確かに今では笑いの的になると思いますが、
私は、今の若者の歌はロマンチックさ(ファンタジーや気の利いた比喩)が無さすぎだとも思っています。

思うことをそのまま言っているだけで、ひねりがないのです。
「会いたい」「ふたりが出会えたのは奇跡」「夢はかなうから走り続けよう」
など。

「○○な女の子の気持ちをストレートに歌い上げた」
といった謳い文句がつくことがありますが、
私は「また同じような歌だ」「『~のように』くらい言ってほしい」と
寂しさに似たものを感じてしまいます。

投稿: まってぃん | 2011/06/26 23:09

情報量の違いですよね。
 森と泉を自分勝手に想像できた時代と、千差万別あれ固定的な画像、映像がインプット(強制)されている時代の違いと思います。

 有楽町で会うのも、銀座で恋するのも、別のアウトプットからの情報によって、基本情報がある状態で聞く訳ですから、当時よりもワクワクドキドキ感は、薄らいでいるものと推察します。(言葉足らずですみません)


 ロマンチックと、現代的訥々歌の中間世代です。
 70年代後半~80年代半ば、小~中学生のアタクシでした。
 ピンクレディーやたのきんトリオ、伊代はまだ16でした。

 まってぃんさんも書かれておいでですが、最近の歌は「出会えた奇跡」が乱発されすぎてるんじゃないかとおもいますし、この通りならもっとハッピーな世の中(男女)になれよ!とも思います。

 考える必要が少なくってすむ歌詞がニーズというのなら、類推や行間を読まなくていいから、想像(妄想?)を膨らませる部分が、もうその後の方しかないのか…。少子化対策もできそうだな。

 …「瞳を閉じて~」。何されるかたまったものじゃない!

投稿: 乙痴庵 | 2011/06/27 13:35

まってぃん さん:

>かつての若者の歌はロマンチックなものばかりだったというのは気づきませんでした。

ろまんちっくなもの 「ばかり」 というわけではありませんが、今よりはずっとその傾向が強かったと思います。

多分、歌というのはきれいに気取って歌うものという無意識があったんじゃないでしょうかね。

その意味では、今の歌が 「ぶっちゃけすぎ」 というところはあるかもしれません。

ぶっちゃけすぎないようにすると、今度はすぐに 「自分に正直に」 とか 「感謝して」 とかいう方向に走る。

若者が歌の文句でこんなにも感謝してる時代は、これまでなかったんじゃないでしょうか。

まあ、いつの時代にもステロタイプはあるものですね。

投稿: tak | 2011/06/28 15:19

乙痴庵 さん:

>情報量の違いですよね。
>森と泉を自分勝手に想像できた時代と、千差万別あれ固定的な画像、映像がインプット(強制)されている時代の違いと思います。

なるほど、「森と泉」 の固定的なイメージが強くなりすぎて、ステロタイプ以外のなにものとも感じられなくなったと。

>考える必要が少なくってすむ歌詞がニーズというのなら、類推や行間を読まなくていいから、想像(妄想?)を膨らませる部分が、もうその後の方しかないのか…。

確かに、膨らみのある歌詞は少なくなりましたね。

投稿: tak | 2011/06/28 15:22

こんばんは~
一仕事片付けたら
ちょっと書き込みの時間ができました~~

昔、
フォークが流行りだしたときに
一番感じたのが
(ただごと歌だなぁ)
でした。何でもないことをだらだら
ふつうの話ことばで、言いすぎじゃないかな?
でした。
まあ、それが面白かったんですが・・・

投稿: tokiko68 | 2011/06/28 20:37

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