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2011/09/07

「台風」 と "typhoon" と 「将軍」 の関係を巡る冒険

昨日の 「台風の語源は英語の "typhoon" というけど……」 という記事に、きっしーさんから貴重なコメントをいただいた。西洋で初めて "typhoon" に類する言葉が出てきた文献について、ニューヨークのコロンビア大学で中国文学を研究する Frederick Hirth 博士がまとめた情報だ。

英語書籍のページ画像なので、テキストでの引用なんていう面倒なことはしたくないが、読むだけなら こちら のリンク先で読める。きっしーさんのコメントに対するレスはちゃんと書いたのだが、改めて独立した新記事にする価値があると思うので、こうして書いている。

上記のリンク先の Frederick Hirth 博士による英語文献で紹介されている内容の重要ポイントは、次の 3つである。

  1. ヨーロッパの文献で最初に "typhoon" に類する言葉が現れたのは、フェルナン・メンデス・ピント の "Pinto's Journey" という 1560年の著述で、その中にポルトガル語で "tufaõ" とある。
  2. この言葉は極東を航海する船乗りの間では、警戒すべき自然現象として広く知られていたと思われる。
  3. 語源となった中国語は "tung fung" で、意味は "easterly wind" (東風) である。

フェルナン・メンデス・ピントはフランシスコ・ザビエルの同時代人で、日本にも何度か上陸しているので、この名前に憶えのある人もいるだろう。しかし彼の冒険譚には作り話が多く、ポルトガル語の駄洒落に "Fernão, Mentes? Minto!"、(「フェルナン、嘘ついたか? ついたよ!」) というのがあるほどだという。

しかしはったりが多いとはいえ、一定の資料的価値は認められている。南シナ海に発生する強烈な嵐のことを "tufaõ" と言うという紹介自体は客観的な事実であり、疑う必要はないだろう。当時極東に進出していたポルトガルの船乗りにとって命の危険につながる  "tufaõ" は広く知られていただろうから、それではったりをかます必要は全然ない。

問題は語源となる中国語だ。「台風」 の語源説として頻出する中国語の 「大風」 や 「颱風」 ではない。「東風」 だというのである。意外だが、考えてみれば 「大風」  「颱風」 では、発音的に "tufaõ" というポルトガル語になりにくい。それは、後の英語の "typhoon" から引きずられたバイアスの可能性がある。

あるいは別の語源説である 「ギリシャ神話に登場する巨大な怪物テュポン (Typhon)」 からというのもあるだろう。ちなみに語源説には 「嵐を意味するアラビア語の "tufan" から来た」 というのもあり、これは  "tufaõ" によく似ているので、西欧では有力のようだ。

しかし "typhoon" の 「南シナ海で発生するサイクロン」 という地域限定の語義からすれば、他の語源との影響し合いは多少あったとしても、基本的に中国語由来という視点は外すことができないだろう。これは自然現象の命名ルールによくみられ、日本語の 「津波」 が "tsunami" という国際語になったようなもので、ごく自然なことある。

昨日の記事で紹介したように、Wikipedia には "英語の 「typhoon」 は、古くは 「touffon」 と綴り、(中略) 中国語の 「大風」 が由来とする説は不自然" とある (参照)。なるほど、「大風」 が語源なら "touffon" とつづるのは不自然だが、しかし語源が 「東風」 であるならば、むしろ自然なことではないか。

日本語では 「東風」 というと 「こち吹かば…」 など、そよそよした春風というイメージが連想されるが、中国の台湾海峡付近では様相が違うのかもしれない。今回の台風 12号にしても、大きな被害をもたらしたのは、南東からの湿った風ということだったから、南方では 「東風」 が強烈な嵐だったとしても不思議ではない。

ヨーロッパで最初に紹介されたのが "tufaõ" という言葉 (多分 「トゥファオン」 と発音するのだろう) であり、英語でも古くは "touffon" (「トゥフォン」 だろう) と表記されていたというのだから、元の中国語は発音的に 「大風」 や 「颱風」 よりは 「東風」 の方が近い。中国文学の権威 Frederick Hirth 博士が言うのだから、信用しておこう。

じゃあ、英語ではどうして "touffon" が "typhoon" に変わってしまったのかという謎が残るが、Frederick Hirth 博士の著述に、17世紀末の著述には "Tiffone" というスペルも見られるとあるから、表記は少しずつ変化していたのだろう。

そしてこれはもう、私の勝手な想像でしかないのだが、 "touffon" という英語は、前述のギリシャ神話の "Typhon" というエキゾチックな言葉の影響に加え、日本語から入ったさらにエキゾチックな言葉、"tycoon" (大君) から引きずられて "typhoon" になるという決定的な変化をしたのではないかという気がする。

"Tycoon" は徳川将軍のことで、スコット・フィッツジェラルドの小説を原作として 「ラスト・タイクーン」 というハリウッド映画が作られたぐらいだから、米国では案外知られた言葉だったろう。

"Touffon" が "tycoon" と "Typhon" に引きずられて、"typhoon" に変化してしまったとしても、あながち不思議ではない。とくに "tycoon" は韻やアクセントの位置も同じだし、「極東の大物」 というイメージだって重なる。

「トゥフォン」 なんて言葉では日本語になりにくいが、いつの頃からか 「タイフーン」 になってしまっていたので、ここから先の話は単純だ。外来語として日本語化しやすく、「颱風」 という表記がぴったり馴染んだ。東アジアという大きな視点でみれば、ある種の逆輸入と言えなくもない。そして戦後になって、当用漢字の制限から 「台風」 になったというわけだ。

以上、まとめてみると、「台風」 という言葉は、次のような変化をたどったと見るのが自然という気がする。

(ギリシャ神話に登場する "Typhon"、アラビア語の "tufan"
ないまぜになった、ヨーロッパでのバックグラウンド)

大航海時代のポルトガル人が、
「南シナ海の嵐」 を指す中国語
"tung fung" (東風)
という言葉を知る
(「大風」 や 「颱風」 より、後のヨーロッパでの発音変化が自然)

ポルトガル語に定着して "tufaõ"

そして古英語の  "touffon"

(元々のバックグラウンドのギリシャ語 "Typhon" と、
日本語から入った "tycoon" (大君) の影響があって)

現代英語の  "typhoon"

日本語に輸入されて 「颱風」
(東アジア的視点からすれば、ある種の 「逆輸入」)

当用漢字のからみで 「台風」

こうしてみると、言葉というのは本当に生き物だと、しみじみ思う。

ところで余計な話だが、この記事を書くための資料収集の過程で、アメリカには現金つかみ取りのアトラクション遊具、"Tycoon Typhoon" というのがあると知った。どんなものなのかは、下のビデオを見れば 30秒以内でわかる。(説明は英語だが、映像が十分に説明してくれるので、まったく問題ないと思う)

"Tycoon Typhoon" という Money Machine

お札が舞い飛ぶ 「嵐」 に関連して、"Tycoon" と "Typhoon" という 2つの言葉がかくも結びつきやすいということで、私は上述の自分の想像に自信を得たのだが、このビデオにみられる悪趣味さが日本の将軍のイメージにつながるのだとしたら、ちょっと残念だなあというのが、今回のオチである。

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コメント

o(*^▽^*)oおもしろ~~~~~~い!!!!o(*^▽^*)o

投稿: tokiko68 | 2011/09/09 18:43

tokiko68 さん:

かなり労力と時間をかけた記事ですので、ようやく反応があってうれしいです (^o^)

投稿: tak | 2011/09/10 08:23

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