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2011年11月に作成された投稿

2011/11/30

原発廃炉を求める福島県知事発言を支持する

福島県の佐藤雄平知事が、「国と東電に対して、県内の原発 10基すべての廃炉を求める」 と表明した。東日本大震災とそれに伴う原発事故を受けて年内にまとめる県の復興計画に、そのように明記し、計画策定後に具体的に国と東電に廃炉を要請するという方針のようだ。

佐藤知事は記者会見で、「原発を立地して財政的に恩恵を受けてきた以上に、事故は自然、社会、教育に大きな影響を及ぼしている。原子力に依存しない新生福島を創造するとの決断に至った」 と述べた。これは多くの福島県民の率直な考えだろうと思う。

私は震災直後の 3月 30日の記事で自分が反原発の立場であることを明らかにした上で、「ただ、すぐに原発をすべて止めろと言っているわけではない。それをしてしまっては、現実の生活が維持できない」 と書いた。それは、電力会社の原発がなければ十分な電力供給は不可能というそれまでの主張を信じたからである。

ところが、東電管内に間して言えば、東電自身が 「来年の夏、原発無しでも電力を確保できる」 と発表したのである。だったら、即刻原発を停止すべきだ。まあ、これは既存の火力発電所などの設備を整備した上での発表だから、完全にウソを言ってきたわけではないのだろうが、これまでは 「原発ありき」 が前提だったことだけは確かだろう。

原発推進論者の中には、「福島原発の事故においても、死者は一人も出ていないのだから、原発は安全」 などと言う人もいる。しかし昨日の記事でも書いたように、死者は一人も出ていないかもしれないが、死ぬほど苦労している人は山ほどいるのである。死ななきゃ安全とは、乱暴すぎる言い方である。

確かに、原発がなければ発電における CO2 の排出は増加するだろう。ただ、火力発電などで補っている間に、再生可能エネルギーの開発を促進していくべきだと、私は考えている。

これに関する細かいことに関しては、過去にさんざん述べているので、今さら太陽光発電なんてあてにならないとかどうとかいうコメントがあっても、よほど新しい論点のものでない限り削除させていただくことを、お断りしておく。

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2011/11/29

「自転車の車道通行」 ということの、理屈と実感

今月初め、"「自転車は車道」 の原則は、地方都市ではまったくの愚策" という記事を書いたところ、思いがけず逆の視点からのコメントをいただいて、世の中にはいろいろな見方があるものだと、目を開かされた思いがした。

山辺響さんからいただいたのは、「自転車が歩道を走ると、自転車と自動車が衝突する事故が増える」 という指摘である。一見するとかなり意外なことだが、『自転車の安全鉄則』 (疋田智、朝日新書) という本に書いてあるのだそうだ。

具体的に言うと、歩道を走る自転車は、車の運転者からは 「見えない」、あるいは少なくとも 「自車と今にもぶつかる可能性が高い危険な存在」 としては認識されないが、その 「見えていない」 あるいは 「危険ではない」 存在が、交差点でいきなり 「ぶつかる相手」 として、歩行者よりも相当に速いスピードで出現する。だから自転車の歩道走行は危険だというのである。

なるほど、理屈としてはわかるような気がする。しかし、私はこのコメントに以下のようなレスをつけた。これは実感からきたものである。

うーん、地方都市のほとんどの道路では、(歩道を走る自転車が) よく見えるんですがね。洒落た並木も植え込みもないし、歩道も狭いし。それに、歩道から突然車道に飛び出してきたりするので、油断ならないし ^^;)

自転車と猫は、とにかく予測できない動きをするので、よくよく気をつけています。

本当に、前述の記事本文でも書いているように、経験則として地方都市の自転車は本当にやっかいな存在なのである。車を運転していてドキッとするほど、無茶苦茶な自転車が多い。街灯もない真っ暗な車道を、無灯火で右側通行してくるなんてざらなのである。そんなやつには、「頼むから歩道を走っておくれ」 と言いたくなる。

「自転車は車道を」 という主張を好意的に理解すれば、自転車は車道を走ることによって、自分が 「車両」 に乗って走行しているのだと自覚し、相応のマナーを身につけることに通じる可能性が高まるということなのだろう。とにかく現状のままでは、自転車に乗っている者のかなりの部分が 「よくよく死にたくてしょうじゃないんじゃないか」 と思うほどだから。

とまあ、そんなことを考えていたところ、読売新聞に "自転車、徐行なら歩道 OK … 警察庁局長の見解" "「自転車は車道」 迷走 … 真意は 「歩道暴走ダメ」" という記事が同日付で載っているのを見つけた。警察庁としても、あまりの反響の多さにあわてて軌道修正したもののようなのである。

警察庁の言い分をみると、「高齢者や子供を乗せた保護者、前かごに荷物を積んだ人などは歩道で良い。ただ、いずれも徐行が原則で、スピードを楽しむ人は車道に降りてもらう」 「ゆっくりと走る自転車や子供を乗せた主婦などは、これまで通り取り締まらない」 ということのようなのだ。なんだ、これまでと変わらないじゃないか。

だったら、「自転車は車両」 というのは元からある原則とはいえ、どうして今頃になって 「ルール徹底」 なんて言い出したのか、よくわからない。さらに、一度は 「ルール徹底」 を言い出しておいて、後になって徹底しないことを言い出すご都合主義は、ますますよくわからない。

この記事に載っていた警察庁のデータからすると、自転車の歩道走行を認めていなかった時代には、走行中の事故死者は増える一方で、1970年には年間 1940人に達していた。それを受けて、同年に車道の交通量が多い一部の歩道で自転車走行を可能とするように道交法を改正すると、 5年後には約 35%減の 1254人にまで減少したという。

さらに 2007年に自転車の歩道走行を 「13歳未満と 70歳以上、身体障害者」 に限定する一方で、駐車車両や工事などのやむを得ない場合には歩道走行が出来ると改正したところ、昨年の死者は 658人にまで減った。自転車の歩道走行を認めることの効果があったというのは、実はデータが如実に語っているのである。

しかし一方で、自転車と歩行者との衝突事故は増加し、昨年は 10年前の約 1.5倍の 2760件に上った。まあ、自転車との衝突だから、ほとんどの場合は自転車と車との衝突ほどの大事にはならないが、中には死亡事故もあるという。ここでも、自転車に乗る者のマナー向上が望まれる。

そんなこともあって、警察庁は 「自転車は車道」 という原則を打ち出したんだろうが、私が前に書いた記事でも述べているように、地方都市と都会とでは、歩道の様相が全然違っているのだ。

歩道での自転車と歩行者の衝突は、歩行者の多い都会では大きな問題になるのだろうが、地方都市の繁華街から少しはずれたら、歩道なんて誰も歩いていないことの方が多い。どうせガラ空きなのだから、実質的には自転車専用道として利用してもらう方がずっといいのである。

自転車が車道を走る方が、車の運転者に意識してもらえるという指摘にしても、確かにそれで致命的な事故は減るかもしれないが、車の運転者側のストレスはかなりなものになるし、余計な渋滞の原因ともなる。自転車が車道をフラフラ、ゾロゾロ走る道で、車を運転したいとは決して思わない。

「自転車が車道を走る方が事故は減る」 という主張を聞いた時は、こう言っては申し訳ないが、正直なところ、「福島の事故でも一人も死者は出ていないのだから、原発は安全」 という主張を聞いた時と同じようなストレスを感じてしまった。

原発事故で死者は一人も出ていないかもしれないが、死ぬほど苦労している人は大勢いるのである。そして、「自転車が車道を走行することで、常に危険を意識している方がいい」 というのは確かに理屈だが、「車を運転している間、ずっとそんなストレスにさらされ続けたら、身がもたない」 というのが、多くの運転者の実感だと思うのである。

それに何よりも、車がびゅんびゅん走る車道を走れと言われたら、自転車に乗る者にしても、普通はコワイと感じるだろうし。

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2011/11/28

橋下不支持宣言

大阪市長・府知事選は大阪維新の会の圧勝 (という報じられ方) で終わった。しかし私としては、大阪維新の会というのをどう受け止めていいのか、実はわからなかったのである。何しろ大阪のことなので、あまり身につまされていなかったし、離れた所のお話のような気がして、情報もあまり熱心に追っていない。要するに情報不足だったのである。

通り一遍に入ってくる情報だけをみると、橋下氏の主張は私が日頃言っていることとあまり遠くないような気がする。とくに行政の無駄を切りつめるという主張には、両手を挙げて賛成したいところである。

大昔に作ってしまった制度で、もう必要がなくなっているにも関わらず、役人の天下り先確保のためというだけの理由で山ほど残っている特殊法人の解体や、わけのわからない補助金のカットなんぞは、即刻やるべきである。そんなことに議会が抵抗するようなら、それについてどんどん攻撃していい。

また維新の会の選挙手法も、私が常々主張している 「ものをはっきり言い切って、わかりやすい選挙にすれば、絶対に勝てる」 ということを、あっさりと実行している。小泉さんの時から、「はっきり主張しさえすればいい」 というのが明確に実証されているのに、あれ以後、橋下氏がやるまで誰も実行しなかった。馬鹿みたいな話である。

要するに、度胸なしの政治家ばかりの中でちょっと度胸を据えれば、選挙には 「圧勝」 できるのである。橋下氏は、それをやった。これは評価していい。

しかし、それ以外のこととなると、私もちょっとわけがわからないのである。「大阪都構想」 なんて、そもそも、「都」 というのは国の首都だからこそ付けられる名称なんだと私は理解していたから、「そりゃ、一体何じゃ?」 という感じだ。

大阪市と堺市を解体していくつかの 「区」 にして大きな裁量権を持たすということなら、別に語感もカクカクしてよくない 「大阪都」 なんて言わなくていいじゃないか。無意味な大風呂敷に思える。

教育問題にしても、ちょっと強引な印象だ。私は個人的には 「君が代・日の丸」 支持だが、大分前にも書いたように、それをぎくしゃくした法律とか条例で縛ることには反対なのである。国歌や国旗というのは法律以前の問題で、運用は慣習法であるべきだというのが、私の主張だ。(参照

それから、私がこんな記事を書く気になった一番大きな理由が、橋下氏が府知事時代の 「文楽には歌舞伎の海老蔵のような人がいないから、二度と行く気がしない」 といったような発言を、今日初めて知ったからだ。大阪府知事として、これはないだろうよ。

橋下氏がたとえ他にどんな善政を敷いたとしても、この発言一つだけで、私は彼を信用しないことに決めたのである。文楽は大阪の宝だろうよ。橋下氏が伝統芸能オンチで、文楽の良さがわからないというなら、それはそれで仕方がない。しかしだからといって、文楽を貶めるような発言をするというのは、府知事として完全に失格だ。

そんなやつに大阪を任せたら、大阪の、上方の、ひいては日本の文化がおかしくなってしまう。今日の記事は、橋下不支持宣言である。これからは、はっきりと批判的に見ていこうと思う。

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2011/11/27

ギャンブル依存症というビミョーな病気

ギャンブル依存症という病気があるらしい。Wikipedia にも 「この症状は、疾病及び関連保健問題の国際統計分類 ICD10 コード:F63.0 に示されている通り、世界保健機関 (WHO) が歴然と病気に認定しているものであり、正式な診断名は 『病的賭博』 である」 と書いてある。

つまり、ギャンブルに極度に依存 (ちなみに、正式な読みは 「いぞん」 ではなく 「いそん」) してのめり込み、自分の意志では抜け出られなくなるような状態を、今の世の中では病気であると言っているのである。で、病気であるか否かというのは、病気であると認定されているかどうかによるのであって、認定されているのだから病気なのである。

ということは、WHO が病気と認定する前までは、病気ではなかったのである。単に 「博打狂い」 という 「困ったモンだね」 的なことに過ぎなかった。病気というのはおしなべて、病名が付いてしまってから病気になるのであって、病名が付くまでは 「困ったモンだね」 ということに過ぎなかったのである。

これは素人の勝手な言い草ではなく、岩田健太郎という立派なお医者さん (神戸大学医学研究科教授) がおっしゃっていることである。それについては昨年の春に、「病気は 「実在しない」 んだって」 という記事で書いたから、参照していただきたい。

大王製紙という会社の何とかいう会長が、この 「ギャンブル依存症」 という病気であると言われていて、病気である証拠に、常識では考えられない百何十億円という金をカジノに注ぎ込んだんだそうだ。

この人が大会社の会長ではなく、その辺の貧乏なおっさんで、使いたくても使う金がなく、しかも借金するほどの甲斐性もなかったりしたら、病気というほどのことにはならなかったかもしれない。そのかわり、安酒をあおってアル中になっていたかもしれないが。

大王製紙の会長は、なまじ自由にできる (と思いこんでいた) 金がふんだんにあったために、「ギャンブル依存症」 になれたのであって、ある意味、幸せな病人なのである。人間は大抵、ビョーキみたいな要素を持っていて、それが明確に現れてしまう正直な人が病気になるのだと、私は思っている。

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2011/11/26

日本のマスコミとナベツネ

「もはや、マスコミは最後まで本当のことを言わないメディアの集合体」 と言われ始めて久しい。中国漁船の体当たり問題でも、YouTube での内部告発でようやく動き始めたし、福島原発問題にしても、最後まで事実に迫ることを躊躇していた。いまや、インターネットの方がずっと頼りになる。もちろん使い方によるけれど。

で、マスコミってすごいなあと思わされてしまうのが、例の巨人軍の内紛問題である。私は巨人の中身なんてどうでもいいのだが、あのナベツネの老害が消えてくれるなら歓迎だと思っていた。清武さん、どんどんやってくれってなもんである。

ところが、当初はセンセーショナルな取り上げ方していたマスコミの論調が、どんどん変わっていく。問題が発覚した翌日か翌々日頃にはもう、「どっちもどっち」 とか 「コップの中の嵐」 とか、問題を意識的に矮小化する論調になってしまった。

それどころか、「清武独裁」 とか (ナベツネと清武のどっちが独裁だか、ちょっと見りゃわかるだろうに)、「読売内部には清武に付いて行く者はいない」 とか 「清武劣勢」 とか、どんどん恣意的な論調が目立つようになる。さらに、「日本シリーズの真っ最中に騒ぎを起こした清武は空気を読めない馬鹿者」 なんてことまで言う。

TBS ラジオのファンの私が唯一大嫌いなのが 『荒川強啓 デイ・キャッチ! 』 という番組である。この番組でいつもは時の権力に楯突くもの言いをするのが大好きな荒川強啓というキャスターが、昨日は 「巨人軍は個人商店なんだから、『鶴の一声』 に従うのは当然」 なんてことを、はしたないほどの大声でわめいているのを聞いて、私はあきれ果てた。

個人商店でもないものを個人商店のように扱うのを、「私物化」 というのである。

日本のマスコミってすごいなあと思うのである。彼らは今や、とても保守的な存在と化しつつあり、既得権益確保のためなら、びっくりするようなお恥ずかしいことでも、どんどん言っちゃうような集団になりつつあるようなのだ。

つまりナベツネとは運命共同体みたいなもんだから、どんなにお恥ずかしい存在でも、つい守ってしまうのだね。その点、利害関係がほとんどない外国のマスコミは、「外国人記者は凄い!渡辺会長 "読売のがん"、桃井社長"タマなし"」 というように、かなり率直なことが言える。

本当は日本のマスコミ業界でもほとんどの人が、内心では 「ナベツネが威張っているうちは、まともな話が通らない」 と思っているんだろうが、それを表立って言えない空気が支配しているんだから、あまり上等な業界とも言えないのだろうね。

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2011/11/25

中西龍さんの、素晴らしいフォロー

ちょっと前に、妻が聞いていたラジオで、元 NHK アナウンサーの山川静夫さんがおもしろいことを言っていたのだそうだ。山川静夫さんといえば、NHK を辞めてからは、いや、辞める前からかな、歌舞伎などの芸能評論的な仕事で目立っておいでだけど、やっぱり根っこにはアナウンサーというのがある。なにしろ紅白の司会もやった人だし。

で、山川さんが NHK の札幌支局にいた時のこと。ローカル番組の中でお役所からのお知らせみたいなことを読み上げる告知コーナーがあった。駆け出しの頃は原稿の下読みをしっかりしていたのだが、だんだん慣れてくると、ぶっつけ本番でやっちゃうようになる。

その日も、なんだかくわしくは知らないけど、お役所からのお知らせみたいなのがあって、それを番組内で告知したんだそうだ。ところが原稿を読み進めていくうちに、「申し込み締め切り」 というのがあって、なんとそれがとっくに過ぎていたんだそうだ。つまり、もうとっくに申し込み締め切りの過ぎた旧聞の告知を、まじめくさってやってしまったのである。

あせって頭の中が白くなりかかった山川さんは、つい 「もしかしたら、今からでも間に合うかもしれませんので、お急ぎください」 なんて余計なことまで言ってしまい、それもあって、お役所から大変なクレームを受けてしまったのだそうである。

ずっと後になって、あの 『にっぽんのメロディー』 の名ナレーションで有名な、NHK の大先輩、中西龍さんと対談をするという企画があり、その中で 「実はこんな失敗をしたことがありまして」 と打ち明けると、中西さんはあの穏やかな調子で、「実は私もあります」 とおっしゃったのだそうである。

同じように、申し込み締め切りがとっくに過ぎた告知のアナウンスをしてしまった中西さんは、フォローとして、「念のため申し上げました」 と、たった一言だけ付け加え、何事もなかったように次のニュースに移ったのだそうである。すると、とくにクレームはなかったそうだ。

さすがに中西さんである。また聞きのまた聞きみたいなものではあるが、私は 「うーん」 と感心してしまったのであった。

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2011/11/24

「スマート・アイドリングストップ」 という機能は、なかなかいい

近頃の車の燃費はずいぶん良くなっているようだ。10年以上前に乗っていたトヨタのエスティマ・ルシーダという車の 4WD バージョンは、リッターあたり 6.5km ぐらいしか走らなかった。その次に乗った、同じくトヨタのイプサムは、8.5km ぐらいだった。

この頃は家族で移動することが多かったので、座席が 3列並びの RV が必要だったのである。ところが、RV は燃費が悪い。当時はガソリンがリッターあたり 100円ぐらいだったからよかったが、今の時代にこんな燃費ではしんどい。

子どもたちが育って、それぞれが自分の車を持つようになると、今度は狭い駐車場に複数の車を入れなければならないので、小型車でなければならなくなった。それで、マツダのデミオ (先代) という車を買ったのだが、これが案外燃費がよくなかった。排気量が 1300cc なのに、リッターあたり 12km 弱しか走らない。

ところが今度買い換えたスズキのスウィフトという車は、リッター 15km 近く走る。郷里の酒田に帰るのに、これまでは途中で必ず 1度給油しなければならなかったが、スウィフトだと最初に満タンにしておけば、そのまま余裕で酒田に着く。ありがたいことである。

ところが先日北海道に出張して、レンタカーで借りたマーチには驚いた。合計 500km 走ったのに、ガソリンのメーターをみると、ほぼ 6割ぐらいしか消費していない。多分満タンで 40リットルぐらいだろうから、500km で 25リットルぐらい使ったということになる。燃費はほぼ 20km ぐらいだ。いくら道東の道路は信号が少なく、渋滞しないといっても、これは素晴らしい。

この燃費の良さの秘密は、どうやら 「スマート・アイドリングストップ」 という機能らしい。赤信号などで停止すると、自動的にエンジンも止まるのである。

初めは運転していて、この機能に気付かなかった。ところがしばらくして、信号が青に変わってブレーキ・ペダルから足を離すと、「ブルン」 と音がしてエンジンがかかるような様子なのに気付いたのである。なるほど、止まっている間はエンジンも止まっているのだから、燃費がいいはずである。

私は普段、自分の車を運転している時でも、信号が黄色から赤に変わったばかりの時などは、意識的にエンジンをストップさせている。そして赤から青に変わる直前に手動でエンジンを再始動させる。これだけでも、かなり燃費が違ってくる。

ところが、渋滞に巻き込まれて頻繁に動いたり止まったりする時などは、手動でアイドリングストップをするのは、なかなかおっくうだ。どうしてもエンジンをかけっぱなしになる。そんな時、スマート・アイドリングストップはかなりの威力を発揮するだろう。

ハイブリッド・カーとか電気自動車とかでなくても、最近の車の燃費はどんどん向上しているようなのである。人々は車にステイタスよりも経済性を求めるようになっている。

イオン・グループが電気自動車事業に参入したというニュース (参照) を読んだが、将来、コミューターとしての自動車は量販店で気軽に買うものになってしまうのかもしれない。

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2011/11/23

寒暖の感じ方

寒暖の感覚というのは、よくわからないところがあって、同じ気温でも暖かく感じたり寒く感じたりする。もちろん湿度という要因も絡んでくるのだろうが、それ以上に人間の心とからだの方の都合というのが大きいようだ。

先週の木曜日に北海道に行った。女満別空港に降り立ったときは、気温 3度とはいえ、日射しがあり、思ったよりも寒く感じなかった。ところが空港でレンタカーを借り、摩周湖を見ようとして山の中に向かうと、天気は一点して雪になった。見る間に道路が真っ白になり、北の日は 3時前にだいぶ低くなってきたので、命からがら下界に引き返した。

結局その日は何も見ることもないまま、斜里の街に向かう。腹は減る。食い物屋なんて見当たらない。やっと道の駅を見つけても、レストランは 4時前に終わってしまっている。雪はしんしんと降る。道路はアイスバーンに近くなる。カーナビは付いているが、地名にさっぱり馴染みがないので心細い。

こんな状況では、かなり寒く感じる。ホテルの前でようやく見つけたコンビニで、焼きそばを買い、ホテルの部屋でもぐもぐと食べる。エアコンの効きも悪くて、なかなか暖まらない。ホテルに引いてある天然温泉に入っても、なかなか暖まったような気がしない。

翌朝はアイスバーンである。防寒着を着て帽子をかぶらないと、寒くて凍えそうだ。しかし天気が回復しているので、心細さがない。寒いことは寒いが、心細さがないだけ意気軒昂になる。知床や摩周湖を見物していると、寒さは気にならなくなる。

翌日は最高気温が 13度ぐらいになった。北海道の人たちは 「暖かい、妙に暖かい」 と言う。私にとってはちょうどいい気温だが、体が北海道になってしまっていると、かなり暖かく感じるらしい。

そしてその日のうちに関東に戻ると、東京は雨模様で、気温は 24度になったという。ヒートテックの防寒下着を着た北海道仕様のままで帰ってきたので、体感的には梅雨時の蒸し暑さだ。体がおかしくなってしまいそうだった。

そしてその翌日、20日に九州に飛ぶ。玄界灘に面した北九州地方の気温は 13度。なんだ、前日の網走と同じじゃないか。しかし、網走ではちょうどよく感じたこの気温が、九州の地では寒く感じる。不思議なものである。

そしてつくばの地に戻ってみると、今日は真冬の寒さだ。風を引いて熱でもあるのかと思ったが、みんな寒い寒いと震えている。寒暖計を見ると 13度。この 13度という気温はかなりの曲者で、暖かく感じたり、ちょうどよく感じたり、めちゃくちゃ寒く感じたりする。よくわからない気温である。

先週から今秋にかけて、北に行ったり南に行ったりしたので、体の感じ方がおかしくなってしまったようで、ただでさえ季節の変わり目なのに、なかなかしんどいことになっている。

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2011/11/22

「自由」 と 「機能」

Today's Crack というコラムがココログに移行する前、水泳の 「自由形」 というものについて書いたことがある。せっかくだから、 ちょっと抄録してみよう。

それは、我が家にテレビというものが導入されて間もなくの頃だったから、東京オリンピックの1~2年前の夏休みだったろうか。たまたま、山形県の水泳大会 (多分、高校の大会だったろう) がテレビで実況されるのを見た。画面はもちろん白黒である。

おりしも、種目は女子 100メートル自由形。私はそれまで、「自由形」 というのは 「クロール」 の別称だと思っていた。どんな水泳競技会でも、「自由形」 でクロール以外の泳ぎをする選手を見たことがない。

号砲一発、きれいにそろったスタート。しかし、浮き上がって泳ぎ始めると、どこかおかしい。よく見ると、両端のコースの 2選手だけが、明らかに 「異様な動き」 をしているのである。

一人は 「横泳ぎ」。田舎では 「ノシ」 といった。水泳大会に出て 「ノシ」 で泳ぐ選手を、私は生まれて初めて見た。

もう一人は、明らかに 「背泳ぎ」 である。そういえば、この選手だけ飛び込み台からではなく、水中でスタートしたような気がする。ならばどうして 「背泳」 の種目に出ないのかと思っていたら、50メートルのターンをしたところで 「平泳ぎ」 になってしまった。どうも、「背泳ぎ」 では50メートルが限界で、後半は 「平泳ぎ」 に転換しないと、100メートルもたないらしい。とんでもない水泳選手だ。

アナウンサーが 「自由形というのは、本来、このように自由な形で泳いでいいんです」 と、真っ当だがかなり苦しい説明を入れる。そうかと思うと、解説者は、「そうですね。いろいろな泳ぎ方で記録を伸ばしてくれる選手が、もっともっと出てくるといいですね」 などと、無責任なことを言う。そんなことを言っている間に、両端の 2選手は見る見る大差をつけられる。全然フォローにならない。

水泳の自由形 (英語では free style) という種目では、選手は 100% クロールというスタイルで泳ぐが、それは本来、クロール限定というわけではなく、自由な泳ぎ方をしていいのだそうである。しかし、各自が自由にもっとも速い泳ぎ方を追求すると、必然的に 「クロール」 に集約されるのだ。で、結果的に 「自由形」 とは名ばかりになってしまっている。

「自由」 というのは、なかなか微妙なものなのである。「自由」 と言いながら、「機能」 とか 「効率」 とかを追い求めると、結果はワンパターンな方向に収束していく。見方によってはどんどん 「不自由」 になる。

だから、「機能」 や 「効率」 というのは、自由の敵である。まったく必要ないとは言わないが、オリンピックとか決まり切ったものの生産とかいうような、それが至上命令でない場合は、機能や効率をあまり追いすぎると、人生がつまらないものになる。

かといって、「とことん好き放題に、自由にやっていいよ」 なんて言われても、人間というものは、何をどうして良いかわからなくなるものだ。小学校の作文で 「自由に書きなさい」 なんて言われても途方に暮れるのと同じである。

結局、不自由な窮屈さを感じさせない程度の枠組みがあるというのが、一番 「自由」 を感じさせてくれる。ただ、「不自由な窮屈さ」 を感じる度合いが、個々人でずいぶん違うという問題もある。よほど明確な枠組みをしてくれないと何もできない人もいれば、ちょっとしたルールが窮屈に思われてしょうがないという人もいる。

日本は自由な国であると言われる。そりゃまあ、共産圏やイスラム主義の強い国々に比べたら、ずっと自由だが、制度としての自由とは別に、「枠組み」 という視点で見ると、かなり不自由さを感じるところがある。

私は日本という国が基本的には好きだが、たまにアメリカに行くと、そのすかっとした自由な雰囲気がものすごく気持ちよく感じる。まあ、アメリカという国はその自由と引き替えにリスクも引き受けなければならないのだが、これだけ自由なら多少のリスクは全然構わないという気になる。

で、この国もあまり枝葉末節にこだわらずに、もうちょっとだけでいいから好き勝手にやらせてくれるといいなあと思うのである。好き勝手にやれる土壌の上で、茶道だの日本舞踊だの武道だの、きっちりと決まったフォームを重視する分野では、それをとことん追求する自由を保障してくれさえすればいいのだ。

他の選択肢も保証されているのに、あえて 「一見不自由な形」 を追求する自由を行使するのであるからこそ、「伝統的な型」 というものは意味を持つ。そうでなければ、単なる 「がんじがらめ」 でしかない。

「そうではない、年月をかけて練り上げられた伝統的な型こそが、実は最も機能的なのだ」 なんていう人も中には (とくに茶道の世界なんかに) いて、それはかなりもっともらしく聞こえるが、その主張にはやはり無理がある。

それはその様式が完成された時代の常識と技術的限界と美意識の合わせ技による制約の下において 「最も機能的」 ということに過ぎないので、現代に通用するお話ではない。伝統的な型においてはやはり、 「あえて好んで非効率をする」、あるいは 「好んで制約の多い昔のスタンダードに身を置く」 というところに意味がある。

もっとも、昔の技術を未だ超えられない分野というのもあって、宮大工の世界なんかはそうらしい。とはいえ、それだって宇宙開発に匹敵するぐらいの、べらぼうな国家的予算をつければ超えられないこともないのだろうが、そんなことをするよりも、今の技術を伝承する方がずっと効率的だ。ということは、あれって、すごい技術なんだなあ。

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2011/11/21

食べ物の好き嫌いを巡る冒険

好き嫌いがなく、何でも食べるという人は、概して 「早食い」 である。一方、ゆっくりとよく味わって食べるという人は、案外好き嫌いを言う。好き嫌いをいう中でも、好きなものしか食べない (嫌いなものは食べない) というタイプを 「偏食」 という。

私の場合、食べ物に関しては 「好き嫌い」 はない。「好き」 と 「普通」 しかなく、「嫌い」 は存在しない。いちいち嫌っている暇があったら、さっさと食っちまった方が話が早いじゃないかと思っている。それだから、例に漏れず 「早食い」 である。

好き嫌いを言うのは、それによって何らかの心の安定を得るためである。これは無意識の働きだから、「とんでもない、私は好き嫌いがありすぎて困ってます」 という人がいるかもしれないが、無意識的にはそれによって何らかの満足を確保している。医者好きで、いつも何か病気してないと気が済まない人みたいなものである。

意識的には 「私って、どうしてこんなに好き嫌いが激しいのかしら」 なんて言いながら困ったような素振りをしてみせても、無意識的にはその好き嫌いのおかげで、ちょっとした心の満足 (「私って、こんなにも感覚が繊細」 と思えるとか) を確保しているのである。

また、以前に食べ物の好き嫌いを論じたときには、次のような極端なこともあり得ると書いている。(参照

深層意識におけるなんらかのコンプレックスを静めるために、代償行為として、本当は大好きなある食べ物を食することを、無意識的に禁じているというケースもあるだろう。こんな場合は、その食べ物を我慢して食べたことによって、精神的バランスが崩壊することだってあり得なくもない。

一方、好き嫌いを言わない人というのは、そんなことで得られる心のバランスよりも、「食わないこと」 による不満の方がずっと上回る。つまり、ずっと単純なのである。それで、何だかんだ言わずに食ってしまうのである。

前述の通り、私は原則的には早食いで何でも食べるが、それは好き嫌いを言ってもしょうがないフツーの食事の場合である。ちょっと豪華な 「勝負食事」 になると、急にやたらとゆっくり味わって食べるようになる。そして、うまいだの評判ほどじゃないだの言い出す。何しろ、食の王国、庄内育ちだから、元々は味覚には鈍感であるはずがないのだ。

ただ、よほどのできそこないでないと 「不味い (まずい)」 とは言わない。いや、よほどのできそこないなら、改めて言う必要もないから、多分、「不味い」 という言葉は 1年に 1度も言っていないはずだ。「これについては以前に庄内弁との関わりで書いたことがある (参照)。

というわけで私は、昔の写真フィルムの宣伝みたいだが、「おいしいものはおいしく、そうでないのはそれなりに」 感謝して食べることを信条としているのである。

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2011/11/20

「おいしい生活」 の質的変化

2000年ぐらいまで日本のライフスタイル産業をリードしてきた知人が、「もう魅力を感じる広告はない」 と言いだした。「広告は 『おいしい生活。』 で終わっちゃった」 と言うのである。「おいしい生活。」 というのは、糸井重里氏が西武百貨店のためにつくった伝説のコピーで、 1982年から翌年まで 2年間使用された。

この 「おいしい生活。」 に先立ち、糸井重里氏は 「じぶん、新発見。」 (1980年)、「不思議、大好き。」 (1981年) という魅力的なコピーを発表している。そしてそれ以後の西武百貨店向けには、「おいしい生活。」 を超えるようなコピーは、はっきり言ってない。これは、私だけの独断ではなく、誰が見たってそう思うだろう。

「うれしいね、サッちゃん。」 「狩人か。旅人か。」 (1984年)、「情熱発電所」 (1985年)、「元禄ルネッサンス」 (1986年)、「じゃない。」 (1987年)、「ほしいものが、ほしいわ。」 (1988年)、「より道主義だ。」 (1989年)……。

そして 「いいにおいがします。」 (1990年) を最後に彼は西武百貨店の仕事から離れ、そして今は、コピーライターという仕事からさえ離れているように見える。

1987年の 「じゃない。」 というコピーには、かろうじて何か感じるものがあったが、最後に近い頃の西武百貨店の広告は、「商品の包み方が一番上手な百貨店になります」 なんていう言葉が続いていた。「なんじゃ、そりゃ !?」 である。「ああ、完全に終わったな」 という感じがしたものである。その頃、あの 「バブル」 も完全に終わっていた。

日本の広告が 「終わってしまった」 のは、「おいしい生活」 というものが 「モノ = 商品」 を購入することで簡単に実現するものではなくなってしまったからである。今やどちらかといえば、「モノ」 より 「心持ち」 とか 「雰囲気」 とか、そういったもので 「おいしい生活」 は実現される。

もちろん、「モノ」 が全然要らないとは言わない。しかし、余計なモノは持ちたくないという時代になってしまったのである。それにはもちろん、1980年代後半に比べて、国民の可処分所得がむしろ減少傾向にあるということも関係しているが、「買えないから我慢する」 というわけではない。

私の父などは、「誕生日や父の日でプレゼントをもらうのはうれしいが、同じくれるなら、できれば 『食ってしまえば後に残らないモノ』 にしてもらいたい」 なんて言っていた。後に残ってしまうモノは、うっとうしくてしょうがないのである。

それでも、日本のビジネスはまだ、「モノ」 を売ろうとしているように見える。そのいい例が自動車業界だ。「若者のクルマ離れ」 を何とかしたいなどと言っているが、きちんと分析すれば、若者向けのクルマが売れないのは、若者がクルマ離れしているというよりは、若者の人口が劇的に減っているという要因の方が圧倒的に大きいと気付くはずだ。

人間の数が減って、しかも可処分所得が減り、さらにクルマ自体が昔よりずっと長持ちするようになっているのだから、売れる台数が減るのは当たり前のことだ。売れる台数が減っているからといって 「クルマ離れ」 しているというわけではない。大都市以外ではクルマは 「必需品」 だから、所有率は高い。ただ、頻繁に買い換えなくなっただけだ。

自動車業界は、若者の人口が激減しても  「魅力的なクルマ作り」 をすれば若者向けの自動車販売台数は維持、あるいは増加させることができるなどと思っているかのような振舞をしている。しかし、そんなことができるはずないじゃないか。

糸井重里氏は 1988年に 「ほしいものが、ほしいわ。」 というコピーを発表したが、今は 「ちょっとほしい気もするけど、やっぱりいらない」 と言える世の中なのである。むしろ、「モノ」 でないものなら欲しいのである。

例えば 「笑い」 である。それも、テレビの 「お笑い番組」 などで見られる即物的で底の浅い笑いではない。心の底から笑える 「幸せな笑い」 である。ところが今、「心の底から笑ったことなんて、何年もない」 という人が増えている。認知症とまでは行かなくても、生気を失った老人というのは 「無表情」 になってしまっている人が多い。

筑波大学名誉教授の村上和雄氏は、「普通の状態ではほんの 3%程度しか働いていない人間の遺伝子情報をトータルに活性化させるのは、笑い、喜び、感動などの 『ポジティブな想念』 (良いストレス) であるという仮説を主張し、そしてそれを実験によって立証してこられた。

「笑い」 「喜び」 「感動」 などの 「ポジティブな想念」 (良いストレス) は、なぜかあまり商品化、サービス化されていない。商品化されているのは、「使い捨て」 でどんどんリピートされる 「モノ」 か 「サービス」 である。21世紀に入って既に 10年以上経った現在、オルタナティブな 「商品」 が開発されてもいい。

それは、これまでの 「モノ」 に還元しなければ商売にならないという思い込みを捨てることでもある。あるいは、「金銭」 にならなければ、仕事にならないという都市伝説を捨てて、新たな道を探ることでもある。

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2011/11/19

北海道から帰ったら、梅雨時なみの蒸し暑さ

北海道、しかも道東での仕事を終えて、日がとっぷりと暮れた羽田空港に戻ってくると、結構な雨降りなのだった。道理で着陸態勢に入ってからずいぶん揺れるなあと思っていたが、分厚い雨雲の中を通っていたのか。

モノレールのプラットホームに降りると、「なんだこれは?」 というほどの蒸し暑さである。こっちは北海道仕様でヒートテックのズボン下にダウンのインナーの付いたパーカを着込んでいるのだから、たまったものではない。まるで梅雨時のような蒸し暑さに感じる。

それもそのはず、東京は今日、24度ぐらいまで気温が上がったようだ。道東とは 10度ぐらいの差がある。暑く感じるはずだ。日本は狭いと狭いと言われるが、そんなことは絶対にない。広いものである。

これで明日は九州に発つのである。こんな暑さのままで九州にいったら大変なことになると思ってネットで調べたら、明日の九州は平年並の気温だという。やれやれ。

いずれにしても、この 1週間で海外旅行並みの距離を移動するのだから、今日の所は早めに寝るとしよう。おやすみなさい。

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2011/11/18

知床にエゾシカを見る

今日は一日自由時間を取っていたので、知床半島から摩周湖、美幌峠を廻り、最後には北方民族博物館と網走監獄を見学して、網走のホテルに落ち着いている。目一杯の一日だった。

知床半島では、本来なら半島を横断して羅臼側に出て、国後島を望んでみたかったが、道路が冬季閉鎖中で叶わなかった。その代わり知床五湖を見物して、大きなエゾシカとお見合いをした。

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ついでに、キタキツネともお見合いをした。摩周湖ではオジロワシとも遭遇したが、それはカメラで撮りそびれた。とにかく、知床半島を筆頭に道東は自然の宝庫だ。

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オジロワシと遭遇した摩周湖には、何しろ晴れ男なもので、ちっとも霧が出ていなかった。聞けば、夏に来るといい具合の霧に迎えられるらしい。具合が良すぎて、摩周湖の湖面がまったく見えないことも多いという。

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摩周湖を見た後は、美幌峠経由で網走に来た。美幌峠は素晴らしい景観である。眼下に見下ろす屈斜路湖は見事で、360度見回しても、がっかりする角度が一つもない。

最後は、網走湖の彼方に沈む夕日。

Cr111118e
今日は疲れたので、画像メインで失礼。

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2011/11/17

北の国から

出張で、北海道の斜里という町に来ている。オホーツク海に面し、知床半島の付け根に近い町である。女満別空港でレンタカーを借り、とりあえずこの町に来た。明日は一日自由時間を取っているので、知床に行ってみるつもりである。

地方都市に出張して一番困るのは、夕食である。日が暮れてしまうと、メシを食うところがほとんど閉まってしまう。開いているのはスナックとか飲み屋ばかりになる。私は近頃ほとんど酒を呑まない人になってしまったので、そういう類の店が開いていても困るのだ。

今日なんか、ホテルに着いたのが夕方の 4時半頃だったのだが、北の地の冬の日は短い。もうすっかり暗くなって、あられが降ってきた。歩いても歩いても、それらしき店はない。蕎麦屋らしき店があり、のれんも掛かっているが、店内は真っ暗だ。のれんをしまい忘れているのだろうか。

しょうがないから、たった 1軒開いていたコンビニで弁当を買ってきて、ホテルの部屋で食べた。ホテルには天然温泉が引いてあり、それだけが楽しみというものである。

さあ、明日は晴れるらしいから、あちこち廻ってみようと思う。アイスバーンに気を付けて。

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2011/11/16

菊人形という見世物

菊人形というものを、この年になって初めて見た。笠間稲荷神社で開催されている 「笠間の菊まつり」 の中で、入場料 800円也を払って見たのである。以前の私だったら、決して興味を示さない事項だったろうが、なぜか 「今のこの時期に笠間に来て、見ずに帰るのももったいない」 と思ったのである。

今の時期の笠間稲荷神社は、とにかく菊に埋もれている。大小様々の菊が飾られていて、すごいものだ。菊というのは、時間と金がなければ作れないものだと思う。何しろ相手は生き物だから、毎日毎日せっせと手をかけて丹精しなければ、あんなにすごいものは育てられない。驚くべきは、世の中にそれほどの手間を惜しまぬ人があんなにもたくさんいるということである。

そうした雰囲気の中だからこそ、800円を払って見てみようという気にもなったのだろう。とにかくすごいものだった。どこの菊人形も、その年の NHK 大河ドラマをテーマにすると聞いたことがあるが、確かに笠間の菊人形も 「江」 をテーマに全 11景を構成していた。人形に菊の着物を着せて、見物に見せるのである。

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それぞれ、見事に着物のように見えるのは、確かに圧巻だ。さらに、根っこから切り離されているので花が枯れやすく、しょっちゅう着替えをしてあげなければならないようなのである。その手間は大変だ。もしかしたら、各地の祭の山車よりも大変かもしれない。

とはいえ、素晴らしく芸術的というわけでもなく、恐縮ながら 「大変だなあ」 と思うのみで、アートを見た時の感動があるというわけでもない。ただひたすら 「見世物」 である。祭の山車よりもなぜか 「キワモノ」 的な雰囲気すらあり、そのための 「びっくり感」 があるのみである。

ただ、見世物としての存在感はかなり圧倒的なものがあって、先にも述べたように、これほどの手間を惜しまぬ人がたくさんいるということにも驚く。町内に何人か、菊に夢中のおじいさんがいなければ、こんなことは維持できるものではない。

どう反応していいかわからず、とにかく 「すごいなあ!」 というしかないものなのであった。

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2011/11/15

TPP 交渉のごたごた

日米首脳会談での野田首相の TPP に関する発言について、日米での解釈の違いが問題になっている。のっけからこうでは、これから先が思いやられる。

Asahi.com の記事によると、"野田首相は、重要品目に配慮しつつ、全品目を自由化交渉の対象にする、とした昨年の政府方針に言及。「この基本方針に基づき、ハイレベルな経済連携を目指す」 という内容の発言をした" ということになっている。

同記事では、ホワイトハウス側は "野田首相が、全品目を自由化交渉の対象にするとした 「基本方針」 に直接言及していることから、発表文の趣旨は正確と判断しているとみられる" としている。

これだけみると、残念ながらホワイトハウス側の解釈の方がより論理的に自然で、野田首相の発言はかなり言葉足らずだったと言われても仕方がないように思う。野田首相の、自らは多くを語らず、調整型の手法に徹するという手法が、外交の場では無力であるどころか、誤解を生じ、国益を損なうということを物語るものだ。

米国の発表にある野田総理のコメントの "put all goods, as well as services, on the negotiating table" (すべての商品とサービスを交渉のテーブルに載せる) というのは、別に特別なことではない。それどころか、むしろ TPP の当然の前提である。

この当然の前提を認めたくなかったならば、野田総理は非常に慎重に言葉を選んで、我が国の要求する特殊な条件を強調しておかなければならなかった。それをしたら角が立つと思ったのか (というより、まだ明確に言えるような段階じゃなかったからだろうが)、曖昧に 「ハイレベルな経済連携を目指す」 などと言ってしまったのなら、米国にあのような発表の仕方をされても仕方がない。

言うまでもないことだが、米国の解釈は論理的に自然とはいえ、あえてそうしたブリーフィングにして発表してしまったという点では、やはり恣意的で、強引ということもできる。ただ、そうした恣意的で強引な発表をされてしまうような言い方をしてしまったというのは、やはり野田総理のチョンボだ。

TPP は、交渉のテーブルに着く前の段階で、既にボコボコにパンチを食らい始めている。

だが、だからといって TPP に参加するのが間違いだとは言えない。一種のプチ鎖国状態を維持して、そのツケを払うことを延々と先延ばしにするのは、得策ではないだろうと、私は思っている。何しろ将来的にサービスが完全自由化されても、我が国には 「日本語」 という最強の非関税障壁だってある。

TPP 交渉の席に着くことは、我が国のとても稚拙な外交をレベルアップするための、実践的トレーニングになるのではないかとすら思うほどだ。

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2011/11/14

家紋のトリビア ―― 丸が付いたり取れたり

ウチの本家は清和源氏の血筋らしく、私はそれを見たことがないのだが、蔵の中にはちゃんと源氏の白旗も保存されているという話である。それで、ウチの家紋は源氏ゆかりの 「笹竜胆 (ささりんどう)」 なのだと、先祖代々教わってきたし、私より二つ年下の本家の総領息子も、何の疑いもなくそう信じていた。

ところが先日の父の葬儀の時に、打ち合わせに来た葬儀屋の担当者が 「それは単なる 『笹竜胆』 ですか? それとも、『丸に笹竜胆』 ですか?」 と聞くのである。そこにはたまたま本家の総領息子も居合わせて、私と二人で 「何ですか? その 『丸に笹竜胆』 ってのは」 と、目が点になってしまった。

「いえ、今家紋のカタログを見たら、単なる 『笹竜胆』 と、『丸に笹竜胆』 というのがありますので、確認までと思いまして」 と、彼女は言う。「そこに飾ってある家紋の額には、丸がついていますので」

Cr111114

「なぬっ !?」 とばかりに振り返ると、知り合いの刺繍好きのおばさんが作ってくれた大きな家紋の刺繍が、額に入れられて飾ってある。改めてそれを見ると、確かに笹竜胆の図案が丸で囲まれているのである。それまで、そんなのは意識したことすらなかった。

「へえ、この丸って、単に飾りのための付け足しじゃなかったのか!」
「単なる 『笹竜胆』 の他に 『丸に笹竜胆』 ってものがあって、ビミョーに別物だったのかよ!」

びっくりした本家の総領息子は、その場でさっそく自宅に電話して、家中の家紋を調べてもらった。すると、ことごとく丸で囲まれているというのである。改めて愕然である。

「俺は半世紀以上も 『ウチの家紋は笹竜胆』 と言ってきたのに、実はそうじゃなくて、『丸に笹竜胆』 という家紋だったのか!」

人間誰しも、事実とは微妙に違うことを、単なる思い込みで信じ続けてきたというのは、いくらでもあるかもしれない。大雑把とは、普段はさしたる実害もなく、それどころかほとんどの場合は便利でさえあるが、いざとなると危なかったりする。

落ち着いてから調べてみると、家紋に丸が付いたり付かなかったりするのは、かなりテキトーな運用ルールに沿っていて、地方によっていろいろな慣習があるらしい。

男の紋付きでは丸を入れ、女の紋付きでは取る (これを 「女紋」 ということもあるらしい) なんてこともあり、さらにその逆の地方もあるという。丸を点けるといかめしい感じになるので女の場合は取るとか、逆に丸の中の図案が控えめで小振りになるので女用には丸を付けるとか、いろいろな運用がある。ということは、元々は大した問題じゃなかったのだろう。

多分、長い間にいろんな気まぐれで丸が付いたり取れたりするうちに、定着したり変わったり、登録商標でもないので、ごく曖昧に扱われてきたのだろう。近頃では自分の家紋を知らない若い人も増えていて、それどころか、親に聞いてもわからないなんてことが珍しくなくなっているようなので、今後はますます混乱するに違いない。

ちなみに、我が家の墓を確認したら、墓石にちゃんと 『丸に笹竜胆』 が刻まれていた。「ウチの家紋は 『笹竜胆』 だよ」 と言い伝えながら、運用上ではちゃんと 「丸に笹竜胆」 の図案で統一されてきたようなのである。

つまり我が一族のローカルルールで、「笹竜胆には丸が付くもの」 という暗黙の了解があったのだが、私と本家の総領息子の代になって、「笹竜胆」 という名称だけが一人歩きし、「丸が付く」 という暗黙の了解はどこかに吹っ飛んでしまっていたもののようだ。

そうなると、家中どこをみても 「丸付き」 の家紋があるのに、その 「丸」 は見えていなかったのである。「見ようとしなければ、見えていても見えない」 というのは、まさに真理だ。フォークロアというのはこうして、意識されぬうちにビミョーに変化していくのものなのである。

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2011/11/13

私の中の漱石シンドローム

夏目漱石の 『三四郎』 を、久しぶりに青空文庫で読んだ。しかも i文庫HD というアプリを使い、iPad の画面で読んだのである。ありがたいことに、著者が亡くなって 50年以上経ち、著作権フリーになった文献の多くを、青空文庫で無料で読むことができる。

これでは、文庫本を買うものなどいなくなるだろうと思ったが、どうやらそうでもないらしい。「ファウスト」 編集長の太田克史氏は、日本では既に文庫本という利便性と経済性を兼ね備えた市場があるので、電書書籍市場が拡大しないと言っている (参照)。

うぅん、そうかなあ。私は少なくとも、青空文庫で無料で読むことのできる 「スタンダード」 に関しては、文庫本の出る幕がなくなりつつあると思う。とはいえ、電子デバイスで本を読むのは、紙の本で読むよりもずっと小難しいノウハウが必要と思いこんでいる層がまだ多いというのも、驚くべき事実だけれど。

『三四郎』 を初めて読んだのは、中学 1年の時だったと思う。私の文学開眼は、小学校 5年生の時に読んだ 『坊っちゃん』 で、以後、漱石の小説は立て続けに読んだ。

当時は今以上に世間知らずだったから、日本人が 100人寄れば 100人とも 『坊っちゃん』 ぐらい読んでいると思っていた。しかし実際にはそんなことはなく、読んでいる者は 20人もいないだろうと、後々になって薄々勘付いた。

小学校 5年から 6年になる春休み頃に、『吾輩は猫である』 を通しで読んだが、これを読んだ者なぞ、大人だけをとってみても、100人に 1人もいないだろうということも、後々になって気付いた。

それを覚るまでは、日本人なら誰にでも 「トチメンボー」 とか 「ダーターファブラ」 とかいうジョークが通じると思っていたが、そんなのが通じるのは、せいぜい 500人に 1人ぐらいのものと知った時にはショックだった。漱石は 「国民作家」 などと言われているが、それが本当なら、日本の往来を歩く者は非国民ばかりである。

まあ、私は年端も行かないうちから漱石なんぞに親しんでしまったおかげで、『草枕』 の那美さんとか、『三四郎』 の里見美禰子とかみたいなタイプの女性に弱いという深刻な副作用まで起こしてしまったのである。それを克服するまでちょっと時間がかかったのだが、それは、まあいい。

とにかく、今回久しぶりで 『三四郎』 を読んで、私の中には 「漱石シンドローム」 みたいなのが確実にあるなと、改めて確認してしまったのである。

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2011/11/12

巨人の内紛は、大震災みたいなもの

読売巨人軍の内紛が、インターネット上のニュースを賑わせている。私にとってはどうでもいいお話で、私の友人・知人たちも全然興味を示さず、話題にも上らないが、ニュースをみれば大ニュースであるようなのが不思議だ。

今回の騒動でわかったことは、ナベツネに対して公然とモノを言うには、これくらい大袈裟にコトを構えないといけないという事実だ。フツーに言ったんでは通じないんだろう。普段から人の言うことを聞く人だったら、こんなことにはならない。

しかし、普段から人の言うことを聞く人だったら、今のようなカリスマ的 (この言葉が適切かどうか知らないが) 存在にもならなかったろう。だから、今の状況はこれまで蓄積した矛盾が一気に噴出したようなものである。いわば、地殻に貯まったエネルギーが一挙に弾けた大地震みたいなものだ。

一般の反応をみても、今回の騒動については清滝氏への支持と不支持がはっきりと別れているようだ。ざっと見れば、巨人ファンの中には清滝氏について 「こんなに恥ずかしい成績しか残せない無能 GM のくせに、よく言うよ」 という反応が多く、アンチ巨人には 「この際、徹底的にやって、ナベツネがモノを言えないようにしろ」 みたいな意見が多い。

いやはや、これで巨人ファンという人たちの体質まであぶり出されたような気がするのは、気の毒ですらある。さらに、アンチ巨人の多くが、とりもなおさず 「アンチ・ナベツネ」 であったということまで判明した。もっとも、巨人ファンの中にも 「ナベツネだけはなんとかしてもらいたい」 と思っている人も少なくないことを知ってはいるのだが。

私としては、ナベツネのやりたい放題が、結局巨人のためにならないどころか、プロ野球全体のイメージすら確実に悪くしてきたと思っている。

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2011/11/11

遺産争いってのは、本当にあるらしいのだね

父が死んで、少々残った遺産を妹と分割相続することになったのだが、父が死ぬ直前に残した遺言に従うことに、私も妹もまったく異存がなく、後は所定の手続きを踏むだけで、何の問題もなくあっさりと処理できそうである。

何しろあの父の子供なので、私も妹も物欲に関してはかなり淡白で、「くれるというなら、ありがたく頂きます」 程度の考えだから、譲り合いこそすれ、自分が少しでも多く取りたいなんて考えは毛頭ない。お互いに 「そっちの方が満足する程度には取ってもらわないと」 なんて言い出すので、初めから揉めようがない。

まあ、これも父の教育が良かったんだろう。私は父に 「勉強しろ」 と言われたことは一度もないが、身内で争うことなどないような心構えだけは、しっかりと植え付けられたように思う。父は死ぬ前にも 「兄妹で争うなよ」 と念を押したが、「貴方の子供だから、争いなんてあり得ません」 と応えると、「よかった、これで何の心残りもない」 と、満足した様子だった。

ところが、今回の処理を依頼した行政書士によると、最近は遺産相続に関するトラブルがとても多いのだそうだ。兄妹同士の争いが頻発して、なかなかハンコがもらえず、その調整に大いに苦労するそうである。

片親が生きているうちは、まだ 「親の抑え」 というものが効いているので、あまり問題は顕在化しないが、両親が死んでしまうと、突然兄妹同士で権利の主張がぶつかり合うのだそうだ。

田舎では今でも 「長男が家を継ぐ」 という意識が強く、それだけに総領息子が多く取りたがる。まあ、「家」 というものを継いだら、それなりにいろいろな物要りが多い (親戚同士の付き合いや、お寺のお布施、神社への奉納なども含め) から、それなりの取り分を主張する気持ちもわかる。ところが法律では兄妹は平等なので、そこに問題が生じる。

最近では、「しょうがないから、法律通りに平等に」 というところに収まるケースが増えてきているそうだ。総領息子はおとなしいのが多いから、弟や妹たちにわいのわいの言われれば、「俺に多く寄こせ」 とは言えなくなるのだろう。総領息子自身はそれでいいかもしれないが、後々、嫁にいろいろ言われ続けるとしたら気の毒である。

私の感覚では、どうせそんなに莫大というわけでもない遺産の取り合いなんかで禍根を残すよりも、お互いに納得できるように譲り合った方が、後々になって楽しい親戚づきあいができるだけ、人生の損得勘定はプラスになると思うのだが、どうもそんな考えでは済まない人もいるようなのだね。

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2011/11/10

鳥海山の万年雪が見えない

先月の父の葬儀の時も、酒田の天気は快晴が続いた。私の心の山、鳥海山がきれいに見えた。しかし、どこか違和感があった。その違和感が何だったか、今回初めてわかった。雪が全然見えないのだ。

鳥海山には万年雪がある。今でも山頂付近にはあるのかもしれないが、それは見えない。しかし、南側には夏でも解け残る万年雪が、いつも見えていたはずなのだ。それが見えないのである。

あの万年雪はいつ消えてしまったんだろう。これもまた、地球温暖化の仕業なのだろうか。何だか、とてつもなく大切なものを失ってしまったような気がする。

酒田から帰ってきて、かなり疲れてしまったので、今日のところはこれにて。

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2011/11/09

父を亡くした長男というのは、忙しいもの

いやはや、実の父親をなくした長男というのは、かなり忙しいものである。先月に葬儀と合わせて初七日、四十九日の法要を前倒しで済ませてから、つくばの里に戻り、一昨日の夜にまた酒田に来て、昨日の昼に納骨式を済ませた。その後、集まってくれた親戚 (ほとんどが父の兄妹) と、会食をしたら、後はぐったり疲れてしまった。

そして今日は銀行関係の手続き (今、父の預金口座は凍結されているので) の打ち合わせをし、市役所で謄本と除籍謄本を出してもらい、さらに通夜と葬儀の参列者と香典の最終まとめ、喪中葉書の郵送をし、行政書士とのアポイントを取った。これでまた、ぐったりである。

今週末からまた大忙しになるので、できれば明日の夜には帰宅したいのだが、もしかしたら、明後日の朝に出発して夕方前に帰宅ということになるかもしれない。それだと、その後のスケジュールが一杯一杯になる。

いずれにしても、今回で全て終了というわけではないので、来月初めの本当の四十九日にはまた来なければならない。スタッドレスタイヤを早めにはいておくことになるだろう。

一区切りつくのは、きっと年明けになるに違いない。それでやっとほっとする間もなく、母の祥月命日 (七回忌は来年というのが、まだ救いだ)、新盆、そして一周忌になる。一周忌の会場を、早めに考えておかなければならない。

さらに、実家をどうするかというのも問題になる。しばらくは売ったりせず、父の聖地として取っておきたいものである。

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2011/11/08

納骨式を済ませた

今日は父の納骨式を済ませた。

お寺の和尚さんのおっしゃるには、「納骨はいつでもいいよ。気の済むまで骨壺を家に置いといて、墓に納めるのは 1ヶ月後でも 3ヶ月後でも、半年後でも」 なんてことだったが、3ヶ月後なんて言ったら酒田は雪になってしまうので、死んでから約 3週間後の今日にした。

6月頃から、「夏の暑いうちに葬式になったら、集まってくれる人たちに気の毒だから、10月頃に逝くことにする」 と言っていて、その通りに逝った父である。だったら、納骨だって冬になってからでは、夢に出てきて怒られそうだ。

というわけで、あとは喪中欠礼の葉書を出すということになる。今日、納骨を済ませてそのまま郵便局に行き、「50円切手を 150枚ください」 と言ったら、「喪中欠礼葉書ようの専用切手にしますか?」 と聞かれた。今日初めて知ったのだが、派手な赤などが使われていない、いかにも喪中というイメージの切手があるのである。

「どうして喪中欠礼だとわかりましたか?」 と聞いたら、「そのネクタイを見れば、わかります」 と、指さされた。なるほど。納骨を済ませてそのままの姿だったから、別にシャーロック・ホームズでなくてもわかる。

妻は納骨式が終わってからすぐにつくばに戻ったが、私はもう少し残って、いろいろな手続きをしなければならない。いやはや、そういうお役所関係のお話は苦手だから、気が重いなあ。

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2011/11/07

明日は父の納骨式

父の納骨式が明日なので、今日、つくばの地を発って酒田に着いた。途中の道は今月初めよりずっと紅葉が進んでいる。

納骨式を控えているのに、実は今になっても父が死んだような気がしない。実家に帰ればいつものように、茶の間でお茶を飲んでいるような気がしている。そして実際に実家に着いてみると、そこにいないのが不思議だ。

四十九日が済むまでは、こんなようなものなのだろうか。

今日のところはこれにて。

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2011/11/06

「自転車は車道」 の原則は、地方都市ではまったくの愚策

道交法の原則に従って自転車を車両として扱うことを徹底し、歩道ではなく車道を走行するように求めた 「自転車交通総合対策」 が 10月 25日付で全国の警察本部に通達されたのだそうだ。自転車と歩行者の事故が急増しているので、それを防ぐ狙いなのだという。

しかしこれを全国一律に適用することに、私は大いに疑問を感じる。いや、疑問というより、実感としてヒヤヒヤしている。危なくてしょうがない。

歩道上で歩行者と自転車がぶつかりやすいのは、歩行者がぞろぞろ歩く中をぬって自転車が走る都会に限ったお話で、地方都市では限られた繁華街以外では、歩道なんて誰も歩いておらず、ガラガラなのである。どうせガラガラなら、それを無駄にせず、自転車に使わせてやる方がいいというのは、誰が考えてもわかる。

ガラガラの歩道から車がびゅんびゅん走る車道に自転車を下ろしてしまったら、かえって事故が増えるに決まっている。しかも、自転車と歩行者の事故なら、命に関わることはめったにないだろうが、車と自転車の事故は、そんなものでは済まない。

私の住んでいるつくば周辺なんて、自動車に限らず自転車の運転マナーだってひどいもので、「自転車は左側通行」 という原則なんて、誰も知らないんじゃないかと思うほどだ。しかも、暗い夜道を無灯火で走っている。私の印象では、夜道を走る自転車の 8割以上は無灯火で、点灯している方が圧倒的少数派だ。

考えてもみるがいい。茨城の田舎道は、日が暮れたら真っ暗になる。そんな中を、死にたくてしょうがない連中が、無灯火の自転車で右側通行してくるのである。これまでは、そいつらの半分は歩道を走っていたので、なんとかなった。しかしこれからは、車道を走らされるのである。危なくてしょうがない。

願わくは、茨城の自転車はどうせ交通ルールなんて誰も知らないんだから、今後もちゃっかりと、歩道を走ってもらいたいものなのである。とにかく 「自転車は車道」 という原則は、ほとんどの地方都市の交通事情にそぐわないのだ。

読売新聞の群馬版に 「歩道ガラガラでも自転車は車道…困惑の車王国」 という記事が出ていた。群馬では 「自転車は車道」 という原則徹底に、県警幹部ですら困惑しているという。

全国統計では、歩行者と自転車の事故は、昨年 2760件で、2000年(1827件)の1.5倍に増加したが、県内は昨年 30件で、00年(35件)と同水準。一方、自転車と車の事故は昨年、県内で 3136件と対歩行者事故の 100倍以上で、県警幹部の一人は 「大都市部と群馬では、事情が違う。人のいない歩道から、車だらけの車道に自転車を下ろして、むしろ事故が増えるのではないか」 と、頭を悩ませている。

車社会なのは群馬県ばかりではない。ほとんどの地方都市が車社会なのである。だったら、自転車を危ない車道から安全な歩道に逃がしてやる方がいい。何度も言うように、歩道はガラガラなんだから。

今回の通達は早急に見直してもらいたいと思うのだが、どうせお役人のことだから、自転車と自動車の事故が急増してから、初めて重たい腰を上げるだろう。それまで事故に遭ってしまう者が不憫である。

私としても自転車にぶつからないように、最大限に気を付けなければ。

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2011/11/05

「ゴールド」 と 「ゴールデン」 の違い

やや旧聞になってしまうが、今シーズンはイチローがゴールド・グラブ賞を取れなかったのだそうだ。このニュース、初めはやや混乱していて、「ゴールデン・グラブ賞を取れなかった」 などと報道されたりもしていたが、アメリカのメイジャー・リーグで授与されるのは、正式名称が "Rawlings Gold Glove Award" で、日本での通称は 「ゴールド・グラブ賞」 である。

"Rawling" というのはグローブのメーカーで、この賞のスポンサー企業の名前である。この会社が 1957年に、ゴールド・グラブ賞を創設したのだという。

一方、日本のプロ野球にも同様の賞があるが、名称は 「ゴールデン・グラブ賞」 である。この違いのせいで、当初の報道がちょっと混乱してしまったのだろう。日本の野球界に慣れている記者ほど、つい 「ゴールデン・グラブ賞」 なんて原稿を作っちゃったのかもしれない。

「ゴールデン・グラブ賞」 にもまたスポンサーがいて、正式名称は 「三井ゴールデン・グラブ賞」 というらしい。 「ゴールド・グラブ」 と 「ゴールデン・グラブ」 の違いはあるが、賞品はどちらも同じ、金色に輝くグローブだ。デザインからして、日本のはもろに米国のコピーである。

Wikipedia の Rawlings Gold Glove Award の項の説明によると、この賞品はこんなふうなものだ。

The award was created from a glove made from gold lamé-tanned leather and affixed to a walnut base.

(日本語訳) この賞は金ラメでなめしたレザーで作ったグローブがクルミの木の台に取り付けられている。

日本のゴールデン・グラブ賞も、見たところ同じようなつくりなのだろうと思われる。

ここで、「ゴールド」 と 「ゴールデン」 はどう違うんだという疑問を抱いてしまうというのが、私の哀しき性である。どうしても言葉の上での些細な違いが気になって仕方がないのだ。我ながら面倒な性分である。

Goo 辞書で調べると次のようになる。

Gold

━━[名]
1 [U]
(1) 金(記号:Au);黄金, 金塊
(2) ((集合的))金製品, (特に)金貨, (多量の)金銭, 富
2 [U]金本位(制)
3 [U]貴重なもの, すぐれた[すばらしい]もの, 美しいもの
4 [C][U]金色, こがね色.
5 [U]金めっき, 金箔(きんぱく), 金糸, 金モール, 金粉, 金絵の具.
6 [C](的の)金的.
7 ((略式))金メダル(gold medal)
━━[形]
1 金製の
2 金の(ような).
3 金色の
4 金貨の;金本位(制)の
5 〈レコードなどが〉100万枚売れた, ゴールドディスクの

Golden

[形]
1 金色の, 黄金色の, 金のように輝く, やまぶき色の
2 金(製)の(▼この意味では通例 gold を用いる);金を含む[産する];金貨[金銭]の.
3 ((限定))貴重な;すぐれた, すばらしい;絶好の〈機会など〉;重要な.
4 活力に満ちた;〈時・時代などが〉幸福な, 繁栄している
5 才能と運に恵まれた;成功疑いなしの
6 〈声などが〉豊かで柔らかい.
7 富を生み出す;((俗))裕福な.

こうして比較してみても両者の違いは微妙だが、わずかに "gold" は即物的に 「金そのもの」 というニュアンスが強く、"golden"はやや比喩的な意味合い (「金のような」 「金色の」 「金のように価値がある」  といったニュアンス) が強いと思われる。例えば 「黄金時代」 などは 「金でできた時代」 じゃないから "golden age" であって、"gold age" ではない。

これはグローブという、金で作るにはちょっと特殊なアイテムではなく、時計で考えるとよりしっくりくるだろう。金時計は普通、"gold watch" といい、"Golden watch" とはあまり聞かない。

Answers.com というサイトに、"What is the difference between a gold watch and a golden watch?" (ゴールド・ウォッチとゴールデン・ウォッチの違いは?) というページがあり、そこには以下のように明確に書かれている。

A gold watch is made of gold ,on the other hand golden watch is gold in color.

(ゴールド・ウォッチは金でできていて、一方、ゴールデン・ウォッチは色が金色ということ)

ということは、「金でなめした皮のグローブ」 が贈られるのだから、やはり本家米国の 「ゴールド・グラブ賞」 の方が、正しい言葉の使い方ということになる。"Golden" の語義の 「2 金(製)の(▼この意味では通例 gold を用いる)」 という説明をみても明らかだ。「ゴールデン・グラブ」 だと、なんだかまがい物というイメージになってしまうのが切ない。

ただこれは、賞品そのものに焦点を当てた場合の話である。米国の 「ゴールド・グラブ賞」 は、スポンサーがグローブメーカーだけに、賞品そのものが大きな意味をもつが、翻って日本の場合は、「守備の名人」 という事実を 「黄金のグローブという比喩的なイメージ」 に昇華させたものと受け取ればいいかもしれない。

ただ、日本の賞は守備技術そのものを称賛するのだと考えるとしても、その賞品が米国のコピーではなあと、やはりちょっと切ない気がする。

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2011/11/04

「オンブバッタ」 というバッタ

オンブバッタという虫をご存じだろうか。読んで字の如しで、おんぶが大好きなバッタである。私は今日、生まれて初めて我が家の庭に面するベランダに張った板の上で見た。見かけはショウリョウバッタを小さくしたような感じである。

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(クリックで拡大表示)

これを見つけたときは交尾の最中かと思ったが、よく見るとそうではない。小さい方が大きい方の背中にのんびりとおんぶされているだけである。近くを手でトントンと叩くと、多少はあわてて逃げようとするが、どうやら飛ぶことはできないようだ。呑気に逃げようとするが、こちらがトントンを止めるとすぐに安心して、またまったりしてしまう。

下になっている方としては、こんなうっとうしいヤツをおんぶしているのだから、なるべく余計な体力を消耗したくないといわんばかりの、かなりなのんびり加減である。

オンブバッタは上にいるのが小さいので親子だと思う人もいるが、インターネットで調べてみると、実はつがいなのだそうである。そりゃそうだ。親子だとしたら、子供が卵からかえるまでに、親は越冬して生き延びなければならない。

上にいる小さいのがオスで、下にいる大きいのがメス。色が違っているのは、大きなメスの方が板の色に合わせて擬態しているのである。オンブバッタのオスとしては、せっかく見つけたメスを交尾の時期が来る前から独占的に確保するため、常におんぶされちゃっているのだそうだ。濡れ落ち葉みたいなヤツである。

オンブバッタのオスというのは徹底的に呑気なようで、メスの方がせっかくベランダの板の色とテクスチャーに合わせて見事に擬態しているのに、オスの方はそんな苦労はまったく眼中になく、ひたすらのほほんと緑色のままである。

もっとも 2匹とも見事に擬態していたら、こっちは気付かずにきっと踏んづけてしまっていただろうから、今回に限ってはオスの呑気さのおかげで命を長らえ、あまつさえ人間界のブログにまで、写真入りで登場してしまったのである。

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2011/11/03

プーマはやっぱり、チーターじゃなく、ピューマのようだ

プーマがチーターだったとは」 と書いた昨日の今日で大変恐縮だが、プーマはやっぱりピューマだったようなのである。あれがチーターだというのは、どうやら一種の都市伝説のようなのだ。

昨日の記事でも触れたように、プーマのロゴがチーターであるという Wikipedia 情報の裏付けをとるべく、英語のサイトにあたろうと思ったのだが、せっかく英語で "Puma logo mark cheetah" と入力してググっても、日本語のページばかりひっかかってらちがあかず、途中でいやになって放り出していたのだった。

ところが、アメリカ在住の emi さん が、余計な日本語ページが後回しにされる仕様で調べてくれたところ、プーマはやっぱりピューマであると書かれたページを見つけてくれたのである。ありがたい。持つべきものはインターナショナルなネットワークである。

逆にいえば、プーマのロゴがチーターであるなんていう都市伝説は日本語圏でしか流布されていないので、英語の "Puma logo mark cheetah" で検索しても、そんなような英語のページは見つからなかったということなのかもしれない。うん、きっとそうだ。

emi さんが見つけてくれたのは LOGOBLOG という、ロゴマークについて専門的に論じるブログのようだが、フレームワークのせいなのか、私の Firefox は、紹介された URL では表示してくれなかった。

だが、emi さんが引用してくれている "The Puma logo has an image of a leaping Puma, an animal otherwise called a cougar, a panther or a mountain lion." というテキストをまんまキーワードにしてググったら、Famous Logos というサイトが見つかり、共通した内容のテキストが書かれていた (参照)。

こんなテキストである。

As discussed earlier, the Puma logo comprises of a courageous representation. A leaping Puma, an animal known as cougar, panther or a mountain lion, is highlighted in the Puma logo. This Puma summarizes the power beast-like nature of the firm and its products.

似たような内容のページが複数あるというのは、かえって信憑性が増すというものだ。上記のテキストを適当に訳すと、こんな感じになる。

以前にも論じたように、プーマのロゴは勇敢な表現で構成される。クーガ、パンサー、マウンテンライオン、という名でも知られるピューマの飛び跳ねる様が、プーマのロゴとして強調されている。このピューマは、同社とその製品の、力強い野獣のような特性を表している。

ほうら、やっぱり。おかしいと思ったんだよ。プーマ社がロゴマークにチーターを起用するお笑いじみた必然性なんて、全然ないじゃないか。

どなたか気が向いたら、日本語の Wikipedia のプーマのページを訂正してあげるか、少なくとも疑問を呈しておいてください。私はそこまでマメじゃないので。

【10月 4日 追記】

Google で画像検索して、ピューマとチーターの写真を見比べると、プーマのロゴの尻尾の先の膨らみ具合は、なるほど、確かにピューマよりはチーターに近いような気がする。もしかしたら、このプーマのロゴはチーターという都市伝説は、この辺から出たのかもしれない。

とはいえ、その程度のことはデザイン上の 「アヤ」 に過ぎないので、これをもって 「チーターである」 というのはナンセンスだろう。だって、「プーマ」 のロゴなんだもの。

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2011/11/02

プーマがチーターだったとは

「プーマ」 という、スポーツの世界ではかなり知られたブランドがある。ブランド名の言われは、別に説明されなくてもわかる。"Puma" と書けば、日本語ではフツー 「ピューマ」 と言って、別名 「アメリカライオン」 のことである。

あのロゴマークだって、どう見てもピューマがジャンプしている姿である。フツーは 「ピューマ」 と言うが、そこはそれ、ドイツのブランドだから、ペダンチックな日本人としては、ドイツ語読みで 「プーマ」 と言い習わしているのだろう。

もっとも、英語で 「ピューマ」 と発音するのかといえば、それはまた別の問題で、米国人の多くも 「プーマ」 と聞こえるような発音をしていると思う。"News" だって 「ヌース」 と聞こえるし。

...... と、余計なことはいいが、あのロゴマークはピューマなのだと、今日の今日まで当然のごとくに信じていた。電車内での女子高生同士のおばかな会話を聞くまでは。

どんな会話かというと、こんなのである。

「ねえねえ、プーマのマークって、あれ、トラ?」
「違うでしょ。チーターっぽくない?」
「何言ってんのよ、あれって、ピューマから来てるんじゃないの?」
「ピューマって何?」
「あれ? 違うのかなあ。よくわかんない」

この会話を聞いて、私は心の中でこけまくっていたのである。

「アホか、こいつら。ピューマに決まってるだろうよ。それに、いい年して、ピューマを知らんやつがいるのか?!」

私は電車の降り際に、Wikipedia で 「プーマ」 を検索した。それがドイツ発祥のブランドであることを一応確認しておくためである。そして、ドイツ発祥であることは問題なく確認できたが、同時にとんでもない事実まで確認できてしまったのである。そこには、こんなことが書いてあったのだ。(参照

このプーマとはアメリカライオンのピューマから命名された。ロゴはチーター。

何だと? ずいぶん軽く触れられているが、「ロゴはチーター」 だと?! どうしてまた、プーマのロゴがチーターなんだ?

いや、そういえばよく見ると、ピューマにしてはシルエットがほっそりしすぎているようにも見える。やっぱりチーターなのか? そうだとしたら、一体どうして?

結論的に言えば、インターネットでは、あのマークが本当にチーターなのかどうかは調べきれなかった。そして、それが調べきれないのだから、チーターである理由もまたわからなかった。

それに、Google って近頃余計なお世話が過ぎるようで、せっかく英語で "Puma logo mark cheetah" と入力して検索しても、日本語のページばかりひっかかるんだもの。途中でいやになってしまった。

【11月 3日 追記】

プーマのロゴがチーターであるというのは、かなりそんな気もしていたが、やぱりガセのようである。詳しくは、翌日の記事を参照のこと。

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2011/11/01

車体右側面の 「進行方向書き」 が減ってきたようだ

そういえば先日、父の葬儀で妻と一緒に車で酒田まで往復した時、妻がコンビニで買い物している間に、運転席で待ちながら国道を通り過ぎる車を見ていて気付いたことがある。それは、車体の側面に書かれた社名 (言うまでもなく、ほとんどが横書き) が、右側 (運転席側) でも左から右に向かって読ませるというスタイルが増えているということだ。

ちょっと前までは、左側 (助手席側) に書かれた社名は、左から右に向かって読むというごくフツーのメソッドに従っていたが、右側に書かれた社名は、右から左に (つまり、車の前から後ろに) 読ませるというスタイルが圧倒的に多かったのだ。

例えば佐川急便のトラックでは、右側の社名は 「便急川佐」 という風に書かれている。かなり有名になってしまったのは、社名ではなく商品名なのだが 「スジャータ」 を運ぶトラックのボディ右側には 「ターャジス」 と書かれてある。

このスタイルはその道では 「進行方向書き」 といわれるらしいのだが、一般には 「読みにくい」 「なんでそんな書き方をするのか、理解できない」 と、あまり評判がよろしくない。どうしてそうするのかという疑問に答えるページが、Q&A サイトの OK Wave にあり、そこでは次のように説明されている。(参照

歩行者や対向車が前からやってくる車や通り過ぎる車を見た場合に、(車が進んでいるために)車体に書いてある文字は車体の前のほうのものから目に入ってきます。
助手席側は普通に左書きのままで問題ないのですが、運転士側は左書きだと(社名等の)言葉の後ろ側から先に目に入ってくるため、言葉の意味が分からなくなるだろうということで目に入る順(つまり前のほうから右書き)で書いているのですね。

これが 「質問者の選んだベストアンサー」 になっているのだが、走行中の車に書かれた社名を読む必要性なんて、そんなに高くない。電光掲示板に流れる文字じゃあるまいし、大抵の場合は社名なんて一目で読み取れるのだから、余計な考えすぎに思える。この解答をした人もそれについては十分意識しているようで、次のように補足している。

これが本当に効果を表すのは20トン積みとかの長い車体を持つ場合であって、2トンから4トンショートクラスの短い荷台や乗用車では文字が一気に目に入ってくるのでかえって読み辛かったりして…。

もっともらしいが、走行中の長い車体のトラックに書かれた文字を、動体視力を駆使して必死になって読み取ったところで、それで一体どうなるというのだ。これも考えすぎという気がする。

この問題に関する解答は、案外 「九州男児のにくばなれ」 というブログに書かれてあるのが一番核心に触れているかもしれない。このように説明されている。(参照

「人間は、身の回りに自分の似姿を見つけださずにはいられない習性をも」 つため、乗り物にも進行方向から頭と尾を見て取り、「乗り物の頭に文字の列の末尾がくれば、落ち着きの悪さを感じないわけにはいかない」 からだということです。

現在、「左横書き」 が主流となっているが故の 「左→右書字方向」 の自然さと、人間の習性に基づいた 「左←右書字方向」 の自然さが拮抗することにより、右横書きには一種独特の混沌状態が生まれ、そこに思わず目を惹く力が宿っていると考えることができるでしょう。

なるほど、かなり説得力がある。読みやすいか読みにくいかという論理的、合理的な理由からではなく、「乗り物の頭に文字の末尾が来るのは落ち着きが悪い」 という、はなはだ身体感覚的な理由から生じたスタイルと考えると、確かに 「落ち着き」 がいい。感覚的な落ち着きの良さと、自然な読みやすさとは、必ずしも一致しないのだ。

この感覚の背景には、日本の伝統的な書においては、掛け軸などでよく見られるように、横書きでも右側から読ませるスタイルが一般的だったという事実がある。しかしあれって、本当は 「横書き」 なのではなく、「1行が 1文字の縦書き」 なのである。日本の文字表記に横書きが導入されたのは、明治以後のお話なのだ。

最近になって、車体の右側でもごく普通の左から読ませるスタイルが増えてきたのは、旧来の 「感覚的な落ち着きの良さ」 が、「左から読むのが当然」 という意識が優勢になるに従って、感覚的にも必ずしも落ち着きがいいとは感じられなくなったという理由によるものかもしれない。それから、英文字の増加も関係しているだろう。

ちなみに 「九州男児のにくばなれ」 の記事は、なかなかおもしろい。いろいろな 「進行方向書き」 の例が写真で紹介されているのだが、圧巻なのを以下に少し紹介しておこう。

「ンコマナ」

「卸具寝印とぶか」

「!ラア
 んはごくゃにんこ
 けだく炊にょしっいと米お」

「の内国材食入輸の界世
すましけどとおを品食鮮生」

実物の写真は、リンク先でご覧いただきたい。

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