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2012/03/05

人間の脳をロボットに移植させるというプロジェクト

ロボットに人間の脳を移植し不死化する人造人間プロジェクトが発足、10年以内に実現化を目指す(ロシア)」 という記事を見つけて、びっくりこいた。日本では不老長寿などというおとぎ話にあこがれる人はほとんど姿を消して、「しかるべき時がきたらコロリと死にたい」 と願う人が多いというのに、ロシアという国はその点ではまだまだ野蛮である。

考えてもみるがいい。もしも自分の脳がロボットに移植されて、いつまでも機械的に生きるとしたら、つまらないことこの上ないだろう。人間の遺伝子は、年相応の肉体変化を経験しつつ生きて、最終的に死ぬことに最適化されているのだから、その条件が破壊されたら、精神的にもつはずがない。

人間は人生経験を経て肉体的にも老い、その過程でそれなりの智恵が熟成され、そしてそろそろ人生を十分堪能し終えたと思った頃に死ぬからいいのである。いつまでも機械に閉じ込められて生きるというのは、拷問に近い。

不老不死の願いというのは、人間の平均寿命が 50年にも達しておらず、たまに 70歳とか 80歳とかまで生きる人がいると、周囲からえらく尊敬された時代だからこそ発生したんじゃあるまいか。

生まれた赤ん坊が 3歳まで生き延びるというのさえ幸運の産物で、生き延びたとしても 50歳前後で死んでしまうのがフツーだった時代に、80歳の爺さんがいたら、それはもうほとんど 「不死身」 みたいなもので、あこがれの的になっただろう。しかし、今は違う。

現代日本では、平均寿命が 80歳を越えて、90歳や 100歳の人もそれほど珍しくない。100歳でピンピンしている人もいるが、だからといって、「あんたの命を、今の肉体からロボットに引っ越しさせたら、さらにずっと生きられるよ」 なんて言われても、ほとんどの人は 「そこまでして生きたいとは思わんよ」 と断るだろう。

私はなんと、今年で還暦を迎えるのだが、体さえしっかりしていれば、あと 10年や 20年は生きていてもいいなと思う。しかしどんなに元気でも、あと 50年生きたいかと聞かれたら、「もう結構」 と答えるしかない。ましてや 「不死身」 になるなんて、勘弁してもらいたい。

人生は時間が区切れているから意義がある。いつまでもだらだらと生きていてもしかたがない。もし自分の命がロボットに引っ越して、ハードウェアが古びてもさらに新しいハードウェアに移植されて生き続けなければならないとしたら、きっと自分の手でこの世におさらばすることになるだろう。

「来年の誕生日に CPU がクラッシュして、その瞬間にすべてのデータが消え去る」 とかいうプログラムを組み込むなんてことになるのかもしれない。バックアップなんか取られていたら、最悪だが。

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コメント

はじめまして。いつも楽しく拝見しております。

私、青年期はとうに過ぎておりますが、未だに「死ぬのがこわい」のです。
理屈抜きで、ただただ恐怖感がこみ上げて来るのです。
自分が消滅することへの恐れ、と言いましょうか…

死ぬか、ロボットか、と迫られたら、ロボットを選んでしまいそうです。

投稿: かおる | 2012/03/05 19:22

かおる さん:

まだまだ死ぬ時期じゃないからですよ、きっと。
余計な心配しないで、楽しく生きてください。

私も死ぬ時期に達するにはもう少しあるんでしょうけど、「もうたくさん」 と思う人の気持ちが理解できるという程度の年になったんでしょうね (^o^)

投稿: tak | 2012/03/05 20:42

・脳の寿命は120年がMax、どう考えても不老不死は原理的に無理でしょう。

・ターミネーターに入って120歳まで無病息災、美姫を侍らし酒池肉林。
 これならできるかも。
・ロボット三等兵やロボコップならノーサンキュー。
・ロボットをつくるより、ゴリラに脳移植するほうが早いかな?
・ゴリラで成功したら、どこかのイケメンを拉致してきて・・・・


こういうマッドサイエンティストものはSFの定番ですね。
マジだとしたら、かなりコワイ。

投稿: McC | 2012/03/05 23:05

McC さん:

>・脳の寿命は120年がMax、どう考えても不老不死は原理的に無理でしょう。

とりあえず、外科手術で脳を移植し、その後の段階として、脳の情報のみ(ハードウェアとしての脳ではなく、ソフトウェアとしての脳内データのみということか?) を移植するというのですから、脳の寿命に縛られるということはないでしょう。
(彼らの主張を真に受けるとすれば)

投稿: tak | 2012/03/05 23:43

脳だけをロボットに移植し、データを取ったら脳も排除。「自分」が生きていることになるのでしょうか、それは。
人間の細胞なんてどんどん入れ替わっているとは言いますが、それにしたって何か次元の違う違和感が。

また倫理・感情面とは別の課題として。「人間の記憶を移植したロボット」に、人権は認められるのでしょうかね。
認めても認めなくても、社会的な大混乱が発生しそうに思えてなりません。

投稿: kanata | 2012/03/06 13:42

申し訳ありません。いささか早トチリでした。


>脳の情報のみを移植する
もし“脳の情報”を直接利用できるなら便利でしょうけどねぇ。
拷問も自白剤も必要がなくなる。
渡り鳥の脳が手に入れば、スパイ衛星は不要となる。
(渡り鳥に記憶力があればだが。)


残念ながら“脳の情報”は、
移植はもちろん、直接利用が不可能のようです。
“脳の情報”は、
脳の持ち主が話すか書くかなりをしないと他人に伝わらないし、
保存もできない・・・多分。

投稿: McC | 2012/03/06 17:33

kanata さん:

確かに違和感ありありですよね。

>また倫理・感情面とは別の課題として。「人間の記憶を移植したロボット」に、人権は認められるのでしょうかね。
>認めても認めなくても、社会的な大混乱が発生しそうに思えてなりません。

まさに。
もし、そのロボットの「脳内データ」を削除したら、それは「殺人」なのか。
(まさに「脳死」そのものかも)

いろいろな見解が乱立するでしょうね。

投稿: tak | 2012/03/06 17:45

McC さん:

>“脳の情報”は、
>脳の持ち主が話すか書くかなりをしないと他人に伝わらないし、
>保存もできない・・・多分。

「脳内情報」とはいかなるものであるのかということすら、まだわかっていないですよね。

脳の持ち主が話すか書くかしたものが、脳内情報のすべてであるはずもないし。

たとえその情報を保存できたとしても、超大型記憶装置が必要で、気軽に移動できるような代物じゃないでしょうから、かなり不自由なことになりそう。

投稿: tak | 2012/03/06 19:10

おっしゃるとおり、余計な心配はしばし棚上げして、生きることを充実させてみます。
ありがとうございました。

投稿: かおる | 2012/03/06 19:29

かおる さん:

意識上では誰も覚えてないですが、胎児の時代にしてみれば、生まれることの方がずっと怖かったんじゃないかと思います。でも、大抵の人はのほほんと生まれて、のほほんと生きています。

で、死の方は、大抵の人どころか、すべての人が死ぬんですから、きちんと準備していれば大丈夫と、近頃では思っています。

生きることは、きちんと死ぬことの準備とも言えそうです。

きちんと準備すれば、きっとのほほんと死んで、ちょっとした何かを、周囲の人の心に残してあげることができるんじゃないかと、そんな感じです。

投稿: tak | 2012/03/07 22:03

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