« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »

2012年8月に作成された投稿

2012/08/31

高麗屋はどうして 「松本」 と 「市川」 を名乗る?

染五郎が舞台から転落事故を起こしたと聞き驚いた。父の幸四郎が転落の音を聞いて駆けつけた時には、奈落は血の海で、最悪の事態も想定して 「覚悟を決めました」 と語ったという。いやはや、そんな 「最悪の事態」 にならずに済みそうで、よかったよ。

ところで、歌舞伎ファンになったばかりの時に感じた疑問、「どうして高麗屋は、親子で名字が違うんだ?」 というのを、ふと思い出した。高麗屋の跡取りは、「松本金太郎 → 市川染五郎 → 松本幸四郎」 という順で名を継いでいく。途中、染五郎の時だけ、「松本」 ではなく 「市川」 になるのだ。

この当初の疑問は、そのうちに自分の中ではあまりにも当たり前のことになってしまって、きちんと理由を調べることもないままに、今まできてしまった。理由はことさら調べていないが、まあ 「市川団十郎家と松本幸四郎家の、特殊なほど強い関係から、そんな風になっているんだろうなあ」 と、薄々思ってはいた。

市川団十郎家 (成田屋) で跡取り息子に恵まれなかった場合、弟子筋に当たる松本幸四郎家 (高麗屋) から養子を迎え入れて団十郎を継がせるということが、度々あった。最近では、こないだくだらない喧嘩でボコボコにされた海老蔵のお祖父さん、十一代目団十郎が、七代目幸四郎の息子である。

だから、当代の団十郎と幸四郎は従兄弟同士で、その息子の代の海老蔵と染五郎は、はとこ同士ということになる。まあ、梨園の御曹司は従兄弟同士や、はとこ同士がやたらと多いから、珍しいことではないが、成田屋と高麗屋はとくに縁が深い。

遠くは四代目と五代目の団十郎が、それぞれ一度、二代目と三代目の松本幸四郎になってから市川団十郎を襲名し、その後また幸四郎に戻ったりしている。二代目幸四郎は、実は二代目団十郎の種だったという説もあるが、それは今となっては検証のしようがない。

とまあ、それほど成田屋と高麗屋は深い縁にあるので、四代目の幸四郎あたりから、市川染五郎とか市川高麗蔵を名乗ってから幸四郎を襲名するというのがパターンになったようだ。

改めてググってみると、模範解答としてそんなような理由が述べられていて (参照)、私の推測は間違いじゃなかったようだと、少しホッとした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/08/30

まだまだ続く旅の空

小樽への出張から帰ってきた。涼しい北海道で少しは生き返れるかもしれないという期待は、淡くも裏切られ、内地と変わらない暑さで驚いてしまった。北海道に行ってあんなに暑かったのは初めての経験だ。

つくばの地に帰ってきて、明日は一日原稿を書き、明後日は朝から会議に出席して、夕方に羽田空港に行き、最終便で熊本への出張となる。北海道であんなに暑かったのだから、熊本はどんなに暑いだろう。考えるだけで汗が噴き出しそうだ。

熊本に一泊して翌日は、父の一周忌で酒田まで車を運転する。やれやれ、先月半ばから旅から旅の旅烏で、家でゆっくり寝られる日が少ない。体力温存を心がけておこう。今日の所はこのくらいで失礼。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012/08/29

小樽が暑い

仕事で小樽に来ている。近頃暑くてたまらないので、涼しい北海道で少しは生き返ろうなんて目論んでいたのだが、小樽の駅で新千歳空港からの快速電車を降りると、そこは関東並みに暑い世界なのだった。

聞けば今日の小樽の気温は 32度を超えて、道内での最高気温となったというのである。地元の人も 「9月も近いというのに、こんなに暑いのは記憶にない」 と、ふうふう言っていた。

さすがに日が暮れてからは、少しは涼しい風が吹き始めたが、いつもの北海道なら 8月とはいえ、日が落ちたら何か羽織るものが欲しくなるはずだ。それが、今回はポロシャツ 1枚で十分なのである。

まったくもって、近頃は天気がおかしい。このくらいの異変は過去にもいくらでもあったという人もあるが、そのいくらでもあった異変が、こんなにも連続して起こることがあっただろうかと考えると、そうはなかっただろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/08/28

Apple 対 Samsung の争いを巡る冒険

Apple が米国の法廷で Samsung に圧勝したことで、世界のスマホとタブレット・デバイスの動向が大きな影響を被るだろうと、嫌になるほどかまびすしく伝えられている。近頃 Apple 贔屓の度を増している私まで、「へぇ、Apple、叩けるうちに本気でとことん Samsung を叩いちゃうつもりなんだ」 と、やや呆気にとられて見つめている。

特許権の問題で圧勝した Apple は、今度は Samsung のスマホの販売差し止めを求めて動き出している。対象製品は旧モデルなので、Samsung にとって実質的な損害はないと見る向きもあるが、運用的に、似たデザインの製品にも影響は及ぶという指摘もあって、どうなるかわからない。

Apple としては、実際にコンペチターの製品が販売差し止めになるかならないかは別としても、今回の訴訟の動向が、アンドロイド陣営に対する大きなプレッシャーとなって、製品開発のスピードが大幅に鈍り、結果として市場性において大きく差を付けられるという効果を狙っているのだろう。

いずれにしても、アンドロイド陣営としては、角が丸っこくて、前面には下の方にボタンが 1個しかないというデザインは、恐くて採用しにくくなる。結果として、角張った無骨な形で、余計なボタンがゴテゴテ付いたデザインの製品しか展開できなくなる。そうなると、デザインでも使いやすさでも、iPhone と iPad の優位は不動のものになる。

先月には、タブレット端末のデザイン特許侵害に関する英国の裁判で、高等法院が 「Samsung の商品は Apple ほどクールじゃない」 という理由で、Apple の提訴を退けたということがあったばかりだ。Samsung としてはこの合わせ技で、「ダサいコピー製品」 という烙印を押されてしまったようなもので、ダメージは大きい。

私の個人的な印象としては、Apple も情け容赦なさすぎという気もするが、元々は Samsung の製品が 「もろにコピー」 し過ぎてるのが問題だと思う。あれじゃあまりにも厚かましいと言われても仕方ない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012/08/27

米の消費が急減しているらしいが

「私は白い御飯が大好きで……」 と言う若い女性が増えた気がする。昔はそんなことはあまり言わなかった。好むと好まざるとに関わらず、米の飯以外の選択肢は少なかった。それ以前の、米の飯すら贅沢だと思われていた時代と比べれば幸せということだが、ことさらに 「白い御飯が大好き」 なんていう人は、それほど多くなかった。

ただ、それにしては米の消費は減り続けているらしい。農林水産省によると、2011年度の国民 1人当りの米の年間消費量は 57.8kg で、最高だった 1962年度の 118.3kg の半分以下になっている。

総務省の家系調査では、2人以上の世帯の米の購入金額が、初めてパンに抜かれてしまったという。パンの購入が急増したというわけでは決してなく、米の購入額が勝手に急減してしまった結果だ。

ただ、素材である米と製品であるパンを、金額で比較するというのはちょっとおかしいんじゃないかという気もするが、まあ、それはあまり追求しないでおこう。追求しすぎても、あまり意味のあることとも思えないし。

どうやら、本当に米の飯がたくさん食われていた時代は、好きも嫌いもなかったが、前ほど食われなくなった今の世の中になって、「好き」 と言われ出したようなのだ。米の飯にしてみれば、ちょっとしたアイロニーである。

若い娘ッこが 「白い御飯が大好きで……」 というのは、どうも主食としてワシワシ食うというイメージじゃなく、むしろ嗜好品みたいな感じで言ってるんじゃなかろうか。米の飯に関するイメージは、確実に変わってきていると思う。

ちなみに、米と言うのは基本的には偉大なる食物で、栄養的にみるとかなりバランスがいいらしい。一日に必要な栄養は、一升飯を食えばほとんど摂取できるという。玄米にしてしまえば、さらにいい。ただしパンを一升食っても、それは無理だ。

また、米を生産する田んぼというのもかなりすごいもので、弥生 (あるいは縄文?) の昔以来、同じ地面でずっと単一作物を栽培し続けてきて、なお土壌がイカれてしまわないというのは、稲以外の作物では不可能という説がある。麦などは同じ畑で収穫し続けたら、土壌が痩せてしまう。

なんだかんだ言っても、米というのは、最後の最後には強いのである。それだけはしっかりと覚えておこう。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012/08/26

あまりの暑さで屋根職人が落下

ふと気付いたら、Today's Crack のアクセスがとっくに 300万を超えていた。近頃旅から旅で忙しかったので、カウンターをあまり気にしていなかったが、多分 1週間前ぐらいには越えていたんだろうと思う。アクセスしてくれた方々に感謝。

ところで、屋根の塗装をしていた職人が、あまりの暑さで道路に転落してしまうという事故が起きた。他でもない、我が家の向かいの家のことだ。

私が運転免許の更新に行っていた、今日の午後のことだそうである。我が家の次女が家でテレビを見ていた時、どさっと音がしたので外を見ると、若い職人が倒れて、ペンキまみれになっていたというのである。あわてて飛び出すと、彼はぴくりとも動かない。出血も少しあった。次女は茫然としながらも、すぐに 119番に連絡した。

その上で恐る恐る声をかけると、彼は意識を取り戻したが、「何も覚えていない」 「暑い」 「腕が痛い」 と呟くだけだったそうだ。彼の腕は変な方に曲がって、確実に骨折していたようだ。次女は泣きながら彼に水を飲ませ、冷たいタオルで顔を冷やして上げながら、救急車の到着を待っていたという。

彼の相棒の先輩は、屋根の反対側で作業をしていたので、後輩が落ちたことにまったく気付いていなかったらしい。ということは、我が家の次女が対応しなかったら、この若い職人は熱中症でエラいことになっていたかもしれない。彼女は救いの女神を演じたわけだ。

「もう、びっくりどころじゃないよ。トラウマになって、夢に出てきそう」 と、次女は私に告げる。「後で警察が来て、『誰かに突き落とされたというような様子はありませんでしたか?』 なんて、一応聞くんだろうけど、変なことまで言われるし」

「あんまりあわてたんで、テレビのリモコンがどこかに行っちゃって、探してもなかなか見つからなくて、警察の人に 『リモコンがなくなっちゃいました』 と言ったら、シカトされちゃった」 なんていうオマケまでついた。ちなみに、リモコンは後でちゃんと見つかった。

私は 「大活躍だ、よくやった」 と褒めてやったが、次女としては、さぞかしパニくったことだろう。

いずれにしても、炎天下の屋根に上って塗装の仕事をするのは、結構危険なことだ。ただでさえ頭がクラクラするのに、塗装というのはシンナーを使う。多分、瞬間的に意識が飛んでしまったのだろう。

とまあ、それほどまでに暑い今日この頃で、本当に一雨欲しいところだが、まだまだ晴天は続きそうである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012/08/25

ヴィトンの価値が変容した今

6~6年前は、電車に乗ればそんなに混雑していなくても、1両に 4人や 5人以上のヴィトンのバッグをぶら下げた女性が必ずいた。しかし今、このブランドのモノグラムを目にすることがめっきり減ってしまった。

私が「ヴィトンの価値が変容する日」 という記事を書いたのは、日本におけるヴィトン最盛期をちょっと過ぎたあたりの、4年半前のことである。この記事の中で、私は次のように書いている。

ヴィトンの最重要市場は、日本から中国に移る。中国から大挙して押し寄せるツアー客が皆、あの特徴的なモノグラムのバッグをぶら下げて、辺り構わぬ大声で会話しながら街を歩き、電車に乗り込んでくるだろう。

その時、ヴィトンの価値の二面性は変容するかもしれない。それは日本の消費者にとって、「最も大衆的な高級品」 というより、「あまりにも大衆的過ぎる高級品」 になってしまう可能性がある。既に今でもその萌芽は見え隠れしているが。

この予言は見事に当たった。今、ヴィトンは確実に、日本よりも中国でのマーケティングに力を入れている。中国からの観光客がヴィトンのバッグをぶら下げている割合は、確実に増えている。

日本経済のバブルの最盛期、本国のフランス人は、日本人観光客の多くがヴィトンをぶら下げているのをみてうんざりしたであろうことが想像される。そして今、日本人がそれと似た感慨を追体験しようとしている。

ルイ・ヴィトンを展開する LVMH グループの売上げは今、日本での低調さをよそに順調に拡大している。2011年の売上げは、前年比 16%増の 23,659百万ユ-ロ (約2兆6,271億円) で、この売上げ拡大の最大の要因は、アジア・マーケットの拡大だ。

同グループのウェブページによると、日本を含むアジア・マーケットでの販売比率は、全体の 35%を占め、世界でも最大市場になっている。さらに詳しく見ると、日本の比率は 8%で、日本を除くアジアは 27%になっている。

日本での売上げの比率は、2006年の 13%から徐々に下降している。日本国内での売上高も、最盛期の 1500億円から半減しているという説もある。もっとも、これも無理もない。日本の家庭には、既に 2兆円以上分のヴィトンのバッグが眠っていると見られる。これ以上買ってもしょうがないではないか。

ましてやヴィトンは、前述のように 「大衆的すぎる高級品」 になってきている。5~6年前、私はつくばの田舎道の光景を見て、「若いねーちゃんたち、ジャージ着てヴィトンぶら下げて、どうすんの?」 と思っていた。そして今、はっきり言ってその段階も越え、「なんとも扱いに困る高級品」 になってしまっている。

それはもう、昔からヴィトンの方としては 「高級品として大切に売っていく」 という、京都の老舗的なマーケティングというよりは、「売れるところでどんどん売って、儲かりさえすればいい」 という姿勢だったしね。塩化ビニールにプリントしただけのバッグを、あんなに法外な値段で売るという戦略からして、それはミエミエだ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012/08/24

バカバカしいが魅力的な iPad 用キーボード

私は iPad だけもって、(もちろん着替えなどはもつので、PC を持たずにという意味だが) 出張する時は、6月 19日の記事で紹介した 「キーボードケース」 というのを付けてバッグに彫り込んでいる。もちろん、外付けキーボードの方がディスプレイに表示された仮想キーボードを打つより、ずっと速く確実に入力できるからだ。

ところが、ある意味ではこれよりずっと魅力的なデバイスを見つけた。是非欲しいと思うのだが、製品化の予定はないという。まったく残念である。

それは "世界でもっともバカバカしいコンセプトを持つ iPad 用キーボード 「iTypewriter」" という代物だ。昔懐かしいタイプライターの形をしたセットに iPad をセットすると、打鍵した通りに iPad のディスプレイに表示された仮相キーボードをタップしてくれるというのである。ビデオを見る限り、タッチも懐かしのタイプライターっぽい感じがする。

前にも書いた気がするが、そもそも私が最初にキーボードで文字を打つという文化に触れたのは、英文タイプライターからだった。20代の頃に外国向けに日本の繊維産業をレポートするという雑誌の記者をしていて、その頃に英語で記事を書いていたのである。もちろん、最終的にはネイティブ・スピーカーに校正してもらってはいたが。

私が最初に使ったのは、その頃でも中古品も中古品扱いだった、やたらと重いブラザーの電動式タイプライターだった。打鍵するたびにガチャガチャとやたらうるさい音がしていた。だから私は、中古品とはいいながら、電動式でないものは使ったことがない。

昔のアメリカ映画を見ると、新聞記者がハンディなタイプライターを人差し指だけで打っていて、それにあこがれることがある。それで、この 「バカバカしいコンセプト」 の、いかにも昔っぽいタッチのデバイスにぐっときてしまったのである。

ただ、私はアメリカ人新聞記者みたいに、人差し指だけでタイプするという芸当はできない。五本指を使うことに慣れすぎてしまった。それで、このビデオを見ると、あまりの入力の遅さにかなりいらっときて、「貸せ、そのくらい、俺が 10秒足らずで打ってやる!」 と言いたくなってしまったのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/08/23

やればできる 「エアコンなしの生活」

今さらのようでナンだが、昨年 3月の震災以来の 「エアコンなしの生活」 を、まだ続けている。

震災直後、原発事故による電力不足が伝えられたので、「それじゃ、使わなきゃいいんだろ!」 とばかりに、エアコンの電源をコンセントから引っこ抜いた。私の頭の構造はかなりシンプルだから、一度原則を決めてしまうと、「とはいえ……」 はないのである。なにしろ、アスペルガー一歩手前なので。

それっきり、我が家では一度もエアコンを使っていない。私の妻は元々エアコン嫌いで、リビングルームのエアコンも年に 2~3度ぐらいしか使わなかったのだが、震災以来、一度も使っていない。それに加えて、私の仕事部屋のエアコンも使わないことにしてしまったのだ。さらに家中の照明を LED にしたので、電気代が安い。

仕事部屋は我が家の 2階にあって、風通しはいい。とはいいながら、PC に向かって仕事をしていると、ディスプレイから発せられる熱がまともに顔に当たる。それで一昨年の夏までは、すっかりエアコンのお世話になっていたのである。いや、昨年の 3月までは暖房でもエアコンのお世話になっていたのだが、それもすっぱり止めた。

夏の日中は汗をだらだら流しながらの仕事となるが、体が暑さに慣れてしまっているので、日が暮れてしまえば案外快適だ。もうエアコンを使うという発想自体がなくなってしまっている。

PC から発する熱対策としては、デスクの横の本棚にクリップ式の小型扇風機を付けて熱気を飛ばすようにすると、これが案外いい感じで、のぼせるほどの暑さがしのげる。というわけで、この夏も一度もエアコンを点けずに済みそうだ。

こうして夏の暑さに慣れて、今度は秋から冬にかけて徐々に寒さに慣れていくと、冬もエアコンを使わずに済む。人間の体の順応性というのは、結構大したものなのだと思う。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012/08/22

「菌を洗う」 という気持ち悪い言い方

近所のホームセンターの壁に貼ってあるでっかいポスターが、昨年から気にかかっている。そのうちに他のポスターに貼り替えられるだろうから、極力気にしないでおこうと思ってきたのだが、今日になってもまだ同じポスターのままだ。それでついに我慢できなくなって、ここに書くことにした。

Cr120822

「菌を洗う」 というキャッチ・コピーなのである。もう本当に、昨年からずっと、「菌なんか洗ってどうするんだ?」 と思ってきた。何しろ私は自ら認める 「アスペルガー症候群 一歩手前」 の人間である。

アスペルガーの特徴の一つに、「言葉で言われたことは額面どおり真に受けることが多い」 というのがある。私がまさにそれである。てにをはを間違えた程度のことを言われても、「えっ、何ですと?」 と、びっくりしてしまうのだ。

だから、今ではほぼ定番になってしまった 「野菜が売っている」 なんて言い回しをされただけでも、キャベツや大根がどっかの店員になってしまったイメージを思い浮かべて、ぎょっとしてしまう。

「菌を洗う」 というのも、菌をごしごし洗って、「ピッカピカの菌のできあがり!」 みたいなことを思い浮かべてしまう。しかしこれは、聞けば花王の「アタック Neo 抗菌 EX パワー」 という商品なんだそうで、洗濯物の臭いの元になる菌を退治してしまう作用をもつというのである。

うん、わかった。その洗剤の機能はよくわかった。しかし、それがどうして 「菌を洗う」 ということになるのだ? このキャッチコピーを作った人としては、「ちょっとインパクトのある言い方」 ってやつをしてみただけということなのかもしれないが、インパクトはあっても、「それ何?」 ということになってはしょうがないではないか。

洗うのは洗濯物であって菌じゃないだろうと、私ってやつは、そんなところにどうしてもこだわって、気持ち悪くなってしまうのである。

ちょっとググってみたところ、私同様に気持ち悪くなっている人が 2人見つかった。「注釈CM大国ニッポン⑤ [勝手な言い草編]」 というブログ記事と、X線が出とるよ さんの tweet である。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2012/08/21

残暑がすごい

今月の 10日からほぼ 10日間、我が家に戻ったのは 2度だけで、それもとっぷりと日が暮れてから戻って、一晩寝たら翌朝にはすぐに次の目的地に向かって出発という強行軍を続けていたので、いささか疲れてしまった。

そして今日、近所の農家の人の話を聞いたところ、つくば周辺というか、関東平野の大部分はずっと雨が降っておらず、地面がカラカラに乾いてしまっているのだという。下手に散水しても、地面の上っ面を湿らすだけで、それもすぐに乾いてしまい、作物を傷めてしまいかねないのだそうだ。

関西は大雨で死者まで出たというのに、関東は正反対の乾きようである。関西の豪雨はお盆の移動の真っ最中でニュースを知らず、行って初めて  「へぇ、そんなすごい豪雨だったんですか」 と驚き、帰ってきてまた、「へぇ、そんなに雨降ってないんですか」 と驚いている。

これから先 1週間も、関東ではまともな雨は降りそうにない。地球温暖化というのはまんべんなく暖まるのではなく、天気が極端になることだというが、まったくもってその通りの現象となっている。

関東から東の太平洋にずいぶん大きな高気圧が居座っていて、これがなかなか動きそうにない。関東はその高気圧の圏内にあって、「安定した晴天」 が続いている。「安定した」 というと聞こえがいいが、どうも安定しすぎているようなのである。

まともな雨が降ってくれれば、地面が冷やされて暑さも和らぐのだが、それも期待できない。しばらくは残暑に耐えて過ごす覚悟を決めなければならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/08/20

お伊勢さんの 「内宮」 「外宮」 の読み方

関西方面出張の帰り道、寄り道してお伊勢参りをしてきた。駆け足のお参りだったが、外宮、内宮、猿田彦神社、月讀宮を参拝できた。で、今日の話題は例によって、とても細かい話である。お伊勢様の 「内宮」 「外宮」 の読み方である。

お伊勢参りは、まず外宮を参拝し、その後に内宮にお参りするのが順序だとされている。外宮の正式名称は 「豊受大神宮」 で、衣食住の守り神とされる豊受大御神を祀り、内宮は 「皇大神宮」 で、天照大御神を祀る。

そして、それぞれ 「げくう」 「ないくう」 と読むとされているが、東国に住まいする者としては、そんな読み方は知らず、「げぐう」 「ないぐう」 と読んでしまいがちだ。「外宮」 を 「がいぐう」 なんて読む人もたまにいるが、それは論外としておこう。

かなり昔のこと、社員旅行で伊勢神宮を訪れた時、土地の人は 「げくう」 「ないくう」 と呼び習わしているようだと気付きはしたが、それはいわば、伊勢の土地独特の方言とか符丁とかいった類のことで、他の土地の人間が真似るのは、すし屋で客の方が 「お愛想」 なんて言うみたいなもので、気恥ずかしいような気がしていたのである。

ところが、今日改めて伊勢参りをしてわかったのだが、「げくう」 とか 「ないくう」 とかいうのは決して方言とか符丁とかではなく、正式な呼び方だったのだ。バス停にもちゃんと "Naiku Bus Stop" と書いてあった。

Cr120820
いやはや、こんなにはっきりと明示してある限りは、やっぱり 「げくう」 「ないくう」 なのだと思うしかない。調べてみれば Wikipedia にもそのように書いてあるし (参照)、ATOK では、「外宮」 は 「げくう」 と入力しないと変換されない。 「内宮」 は 「ないぐう」 でも変換されるのがちょっと痛いが。

というわけで、これからは堂々と 「げくう」 「ないくう」 と呼ぼうと思った次第なのである。

ちなみに、この読み方について、おもしろいブログ記事を見つけたので、こちら を参照していただきたい。確かに東国の人間としては、「げくう」 「ないくう」 は生理的に言いにくい。ちょっとした気恥ずかしさは、この言いにくさにもよるのかもしれない。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2012/08/19

関西が熱帯化してしまったのだろうか

京都に出張したら、ひどい大雨被害だったと聞いて驚いた。何しろ先週は、新潟、長野に出張し、その後すぐに父の新盆で帰省、Uターンラッシュの間隙を縫って帰って来てすぐに京都に向かったので、14日の京都の洪水被害なんて、全然知らなかった。

宇治では死者まで出たという。まるでバケツをひっくり返したような雨だったと言っていた。私の滞在中も、夕方から夜にかけてものすごい雨が降った。仕事は一段落ついていたので影響がなかったが、まるで熱帯雨林のような雨だった。

温暖化で関西が熱帯化してしまったのだろうか。恐ろしい。

今日はぐったり疲れたので、この辺で失礼。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012/08/18

「らくらくスマートフォン」 のパラドックス

先日、近くの家電量販店を覗いたら、「らくらくスマートフォン」 なるものが売り出されていたので驚いた。ちょっと触ってみると、多分ベースはアンドロイドなのだろうが、ユーザーインターフェイスは独自の 「らくらくっぽい」 イメージになっていて、タッチするとビビッと 「プッシュ感」 がある。

多分、年寄りはあのくらいの確かなプッシュ感がないと、安心してあちこち触りまくれないのかもしれない。ただ、かといって、UI をらくらくっぽく作り替えてプッシュ感さえあれば年寄りにも使いやすいのかといえば、ちょっと疑問だ。

帰宅してネットで調べてみたら、"「パソコン教室わかるとできる」、全国 239教室で 「らくらくスマートフォン F-12D 講座」 を開講" という記事が出てきたので、思わず笑ってしまった。パソコン教室に通わないと使いこなせないようでは、ちっとも 「らくらく」 じゃないじゃないか。

私の周囲には、パソコン教室に通って PC の使い方を習ったという人が何人かいる。そして彼らに共通しているのは、いくらパソコン教室なんかに通っても、ちっともまともに使いこなせていないということだ。パソコン教室に通って PC が得意になったという人に、私は一度も出会ったことがない。

こう言っちゃなんだが、彼らはウェブ・ブラウジングや Google を使った検索、メールの受発信、デジカメで撮った画像の保存なんていう 「基本の基本」 ですら、あまりよく理解していない。ましてや Skype とかになると、自分でもできるものとハナから思っていない。

「パソコン教室で、一体何を習ったんですか?」 と聞くと、電源の入れ方・切り方、マウス操作の仕方、キーボード操作、お絵かきの仕方等々だそうだ。ああ、その程度のことを授業料払って習おうなんていう発想だから、せっかく PC を買ったのに、いつまで経っても年賀状の宛名すら印刷できないのである。

「この先の人生、どうせそんなに長くないんだから、もう死ぬ前に PC を使いこなすなんて絶望的に無理です。気軽にインターネットをやりたかったら、PC なんてさっさと諦めて iPad にしなさい」 と言うと、そのうちの一人がようやく観念して iPad を買ったので、初期設定から連絡先の入力まで、一通りしてあげた。

1ヶ月ぐらいしてから 「どうです? iPad、使いこなしてますか?」 と聞くと、「いや、せっかく買ったんだけど、慣れたパソコンの方がまだわかるから、全然触ってない」 という信じられない答えが返ってきた。ちなみに彼の PC は、Windows XP モデルで、起動するまで 5分以上かかり、さらに IE が起動するまで 1分以上かかるという時代物である。

その時代物をトロいと感じないで済むというレベルで、「慣れたパソコン」 なんてよく言えるものだと、ある意味感心した。かくまでに 「パソコン教室」 で習ったもの以外には、自分で進んで触ってみようという気がないから、ちょこっと触りさえすればおもしろいほどサクサク動く iPad に、手をこまねいているのである。

今度、ちゃんと教えてあげなきゃと思うが、この分野というのは、人に 10教わったら 8つ忘れるのである。ちゃんと自分で調べてトライすれば、1つ調べるうちに 10以上覚えるのだが、教えてあげなければ触ることもできないというのだから、仕方がない。

話は 「らくらくスマートフォン」 に戻るが、ぶっちゃけて言えば、この手の分野で 「らくらく」 でなければ使いこなせないという人は、そもそもスマホなんて要らないのである。せいぜい 「らくらくホン」 で、通話と短いメールさえできればいい。それ以上の機能はあっても宝の持ち腐れにになるだけで、本来はガラケーですら過剰装備だ。

通話とメールがとりあえず苦もなくこなせる人なら、そもそも 「らくらくスマートフォン」 なんてものより iPhone を持つ方がずっと楽しいだろう。楽しければ自分から進んで触ろうとする。そして触っていさえすれば自然に覚えてしまうというのは、PC でもケータイでもスマホでも同じなのだ。

通話とメールだけで苦労しているという人は、そもそもそれだけじゃあまり楽しいはずがないから、自分で進んで触ろうとはしない。触らないから覚えないというのは、これもまた、PC でもケータイでもスマホでも同じことである。

問題は、インターネットをこなしたいと思っているくせに、機器に触るのに気後れするタイプの人である。「車の運転よりずっと簡単だし、操作に失敗しても絶対に死なないから」 と言っても、やっぱり自分から触ろうとはしない。

営業実績は、顧客への訪問頻度に比例するという説がある。同様に、デジタル機器の扱いに慣れるかどうかは、自分から進んで触りまくれるかどうかにかかっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/08/17

「自閉症スペクトラム指数自己診断」 というのをやってみた

去年の夏、自分がアスペルガー症候群の一歩手前なんじゃないかということを書いた (参照)。Wikipedia で調べたアスペルガーの特徴を、私は次のようにまとめて紹介したが、実を言うと、「ああ、全ての人がそんなような傾向を持っていてくれたら、とても生きやすい世界だろうに」 なんて、本気で思ってしまうタイプの人間である。

同時平行で彼等が苦手なものは、「他人の情緒を理解すること」 であり、自分の感情の状態をボディランゲージや表情のニュアンス等で他人に伝えることである。多くのアスペルガーの人は、彼等の周りの世界から、期せずして乖離した感覚を持っていると報告されている。

(中略)

アスペルガーの子供は、言葉で言われたことは額面どおり真に受けることが多い。

(中略)

通常であれば日常生活で周囲の人の会話などから小耳に挟んで得ているはずの雑多な情報を、アスペルガーの人は (アスペルガー特有の “興味の集中” のため) “聞こえてはいる” ものの適切に処理することができないことが考えられる。

私は今、案外問題なく人生を送っているが、それは 「ものにこだわらない大雑把さ」 によるもので、これはもう、庄内弁思考で補完されたものとしか考えられない。私が共通語一辺倒で細かいことにこだわりだしたら、完全に 「周囲から浮いた存在」 になっていたという自信がたっぷりとある。

最近になって、「自閉症スペクトラム指数 (Autism-Spectrum Quotient: AQ) 自己診断」 というウェブページを見つけた。ここにある設問に回答していくと、自動計算された点数が示される。この点数が多ければ多いほど自閉症的傾向が強いらしく、33点以上だとしかるべき病院で相談する方がいいなんてことになっているらしい。

で、私がやってみた結果は、28点だった。詳細は以下の通り。

あなたの得点は28点です。

社会的スキル
8点

注意の切り替え
5点

細部への注意
4点

コミュニケーション
6点

想像力
5点

閾値内に収まっています。

これで見ても、私があまり問題なく人生を送っていられるのは、「細部への注意」 に無頓着で、「注意の切り替え」 が早く、「想像力」 が割と豊かだからというほかない。「社会的スキル」 なんて、もうかなり危ういレベルなのである。

ただ、このブログをずっと読んでくれている人には、私が細かいことにこだわり出したら、かなりのものだということがおわかりだと思う。先月の "「黙秘します」 と供述してる?" という記事なんて、その最たるものだ。まさに 「言葉で言われたことは額面どおり真に受ける」 という傾向の面目躍如である。

こんなふうに、私が元来強すぎるほどもっている 「細かい点へのこだわり」 は、このブログで昇華してしまっているのかもしれない。それで、社会生活で障碍をきたすほどには発揮されないのだ。きっと。

ああ、もつべきものはブログのアカウントである。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2012/08/16

PC メガネの効果

先月末に 「PC メガネって、効果があるのかなあ」 という記事を書いたら、osamu さんが次のようなコメントを寄せてくれた。

JINS PCの度なしを使っていますがなかなか良いです。
長時間画面を見てても目が疲れにくくなった気がします。
以前は目薬が欠かせませんでしたが、最近は使わなくなりました。

これはなかなか心強いコメントである。なにしろ長時間 PC のディスプレイと向かい合って仕事をしなければならない身の上なので、目の疲れにはほとほと困っていたのである。それが軽減されるというのはうれしい。

このコメントに促されて、さっそく Amazon のサイトで買おうと思ったのだけれど、自慢じゃないが、なにしろ私は老眼である。度なしのメガネでは困るのだ。それでちょっと調べたら、クリップ式のグラスというのもあるとわかった。

クリップ式というのは、手持ちのメガネにクリップでひょいとくっつけるタイプのグラスである。私は運転用に 1個 (というか、1ペアというのかな?) 持っている。太陽に向かって走っている時に、サングラスが欲しいところだが、度なしのサングラスでは道路標識を見るにも苦労するので、このクリップ式のグラスをひょいと取り付けるのだ。

このクリップ式のグラスも Amazon で買えるというのがわかったが、どうしてもきちんと試してみてから買いたくなった。そこで近所のメガネ量販店に行って、「クリップ式のパソコン・メガネってのは、ありますか?」 と聞いてみた。聞いたら、すぐに出てきた。

ブルーライトを 10%カットするタイプと、25%カットするタイプの 2種類あるという。10%カットするという、比較的安い方のグラスを装着して試してみたら、おぉ、何となくいい感じである。目の筋肉の緊張感が取れてリラックスし、ちょっと目の真ん中が涼しくなったような気さえする。

「これ、いいかも!」 と思ったが、1ランク上の 25%カットの方も試してみた。すると、目の真ん中の涼しさが一段といい気持ちなのである。税込み 4,980円。

「ただ、こちらの 25%カットのタイプは、やや茶色が入っているので、オフィスで使うにはそぐわないかもしれません」 と言われたが、「いいの、いいの、どうせ自営だから」 と、即買いだ。

あれから 2週間以上使い続けている。クリップ・タイプは重くなるのではないかという心配もあったが、プラスチック製でとても軽いので、全然気にならない。あまり楽なのでほとんど 1日中付けているが、思ったほど目立たず、気付く人は少ないようだ。下の画像の右側は、手持ちのメガネに取り付けた状態。

Img_123
効果としては、本当に目が楽になった。使っていなかった頃は、夕方になると目がしょぼしょぼになっていたが、今はそんなことはない。目薬をささないと目を開いているのも辛いなんてこともない。これは 「当り!」 である。

長時間 PC に向かう仕事で、眼精疲労に悩んでおられる方には、オススメの品である。そのうち老眼が進んでしまったら、度付きを誂えることになるかもしれない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012/08/15

渋滞回避の必殺技

今朝、酒田を発ってつくばの里に戻ってきた。お盆の U ターンラッシュが既に本格化していたが、こう見えても裏道を熟知しているので、渋滞には一度もはまらず、すいすいと帰ってくることができた。

U ターンラッシュといっても、ひどい渋滞になるところは初めから予測がついている。私の場合で言えば、山形道と磐越道~常磐道の水戸以北は、それほどの渋滞にはならない。しかし東北道の福島県内と常磐道の水戸以南は、断続的にかなりの渋滞になる。

高速道路が渋滞するのは、初めから終わりまですべて高速道路で移動しようとうする人が多いから、要所要所で混雑してしまうのである。であれば、渋滞しないとわかっている区間は高速道路ですいすいと距離をかせぎ、渋滞確実の区間は一般道の裏道を通ればいいということになる。

私の場合、朝の 9時に実家を出発し、まずは山形道を通ってどんどん距離をかせいだ。山形から混んできたら、東北中央自動車道に迂回し、終点の上山から金山峠を越えて国道 113号線に入り、小坂峠を越えて国見峠に降りてくれば、まず渋滞しない。景色も綺麗だし、なかなか快適な道である。

ただ、今回は行きは 113号線を利用したが、帰りは山形道から東北道の国見まで、渋滞せずに距離を稼げた。

ここから先は、できれば秘密にしておきたいところだが、気前よくノウハウを公開してしまおう。国見以南は、東北道も国道 4号線も通らず、その東側をほぼ平行しながら走る国道 349号線をひたすら南下するのである。国道 113号線も 349号線もあまり知られておらず、カーナビも推薦してくれないので、ほとんど混むことがない。

そして磐越道の三春で再び高速道に乗れば、あとは水戸までほとんど渋滞せずに飛ばせる。水戸以南が混んだら、岩間で一般道に降りて、つくばの中心部を目指してひたすら一般道を辿る。この道もほとんど混まない。

一般道でも田舎道は信号が少ないので、時速 60km/h 平均でコンスタントに距離をかせげる。高速道で渋滞にはまってしまうと、ひどいときは動いたり止まったりで、平均速度が 自転車程度の 20~30km/h 程度に落ちるから、空いている一般道を通る方がストレスが少ないし、実際に速く移動できる。

交通が集中する高速道と主要国道を避けると、かなりすいすいと移動することができるのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/08/14

再生可能エネルギーの普及は、予測をかなり超えているらしい

Wired Japanese Edition の 「専門家の目は節穴? 驚異的な勢いで普及する再生可能エネルギー」 という記事は、世界のクリーンなエネルギー普及は、分野によっては 12年前の予測の約 10倍の速さで進んでいるとして、「頭でっかちな専門家たちによって定められた目標は、完全に的外れだった」 とこきおろしている。

国際エネルギー機関の 2000年の時点の予測では、2020年までの再生可能エネルギーは、水力発電を除くと、全体の 3%にも達しないとのことだった。しかし実際には、想定の 12年も前の 08年に、その目標はあっさりと超えられてしまっていた。

太陽光発電においては、20年までに7.6ギガワットの発電量が予測されていたが、既に昨年の時点で 69.7ギガワットと、予測の 10倍近い発電量が記録されている。風力発電では、2010年までに世界中で 30ギガワットという予測に対して、実際には 200ギガワット以上が発電されていた。

Ren 21(21世紀再生可能エネルギー政策ネットワーク) の広報担当、モハメッド・エル=アシュレイ氏は、「2011年は、再生可能エネルギーによる発電施設が最も多く設置された年となった」 と述べている。それらは新規設置の 20%に達し、それらの施設では 500万もの雇用が生まれているという。

ちなみに 2011年といえば、東日本大震災の発生した年である。この震災を機に再生可能エネルギー開発の動きはさらに高まり、投資が拡大したとみられる。ということは、継続的にこれまで以上のペースで発電量が増加していくとの期待につながるだろう。

脱原発のコンセプトには、「そんなことが可能になるのは、遠い将来の話」 という批判がつきまとってきたが、実はそんなに遠い将来というわけでもなさそうなのである。同じ投資をするならどっちに投資すればいいのか、そんなに迷わなくても済む時代に、既になっている。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2012/08/13

父の新盆

父の新盆である。親戚がぼちぼちとやってきて、線香を上げてくれる。昔話や思い出話になる。何度も聞いた話がほとんどだが、中には初めて聞く話もある。「へぇ、そんなこともあったのか」 ということになる。

今年の酒田は、蒸し暑い。気温自体はそれほど高いわけではないが、妙に湿度が高い。風通しの悪いところにいると、汗がにじむ。雨が降ったり止んだりして、時折吹く涼しい風も、あまり長続きしてくれない。

明日は坊さんが来て、お経を上げてくれる。それが終わったら、明後日の朝に発って、つくばの地に戻る。こうして、今年の夏もだんだん終わっていく。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/08/12

酒田に帰った

父の新盆なので、まともに盆の時期に帰省することになった。いつも少しだけずらして帰省していたので、今回は久しぶりで渋滞のピークに移動するわけだ。

今日は朝の 9時半につくばの里を出発して、6時半に酒田の実家に着いた。途中で 1時間ほど食事に費やしたので、大体 8時間ぐらい運転したことになる。高速道路が空いていれば、5時間ぐらいかかるので、今日は 1.5倍ぐらいの時間がかかったわけだ。

福島県内の東北道は断続的にずっと渋滞しているということなので、磐越道を三春で降り、あとは一般道の裏道を通って山形県に入った。山形蔵王から再び高速道に乗り、あとは楽々酒田に着いた。結局、渋滞には一度もはまらなかった。

時間はかかっても、渋滞で動いたり止まったりということさえなければ、それほど疲れずに運転することができるものである。とはいえ、週末からずっと動きっぱなしなので、さすがに疲れた。今日はしっかり眠ろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/08/11

お盆の高速道路渋滞

さっき、妙高方面への出張から帰還した。帰りの高速道路は上り方面だからよかったが、下り方面は大変な渋滞だった。

明日は酒田に帰る。新盆だから、きちんとお盆の時期に合わせて帰らなければならない。帰ったら車がないと動きが取れないから、やっぱり車で帰る。ということはやっぱり、渋滞覚悟だ。

というわけで、今日は早めに眠らせてもらうことにする。お休みなさい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/08/10

この国で政治について語るのは虚しい

これまでこのブログで何度政治を論じたか、試しに 「経済・政治・国際」 というカテゴリーで検索してみたら、306件あった。このブログが始まってから 2,700件以上の記事を書いているので、その比率は約 11%ということになる。10回に 1回以上の割で書いていることになるとは、自分でも驚きだ。

政治について論じるのは、あまりにも益がない。虚しいばかりである。それでも私がこのブログで政治について論じることがあるのは、それなりに腹に据えかねたり、書かなければ気が済まなかったりしたときだけである。そして、10日に 1回以上の割でそんなことがあるというのは、これは悲しむべきことなのである。多分。

今日、消費増税法案が可決された。これがいいことなのか、悪いことなのか、実際のところ、私には判断できない。今のままでは福祉財源が払底するというのは確かなことだ。それを増税で補うというコンセプトは、それほど理不尽なものではない。ただ、増税しかないのかといえば、そんなこともなかろうということになる。

しかし、増税なしに財政を健全化するというのは、かなりの荒療治が必要になる。その荒療治は、私個人にとっては痛くも痒くもないのだが、既得権益をもつ層にとっては、どうしても避けて通りたいことだ。彼らに引いてもらうのは、100年経っても無理だろう。100年経っても無理なことに期待するよりは、増税は現実的なアイデアに違いない。

増税を行うのは確かに、マニフェストにも民意に反することである。しかし、単純に増税に反対するのは、安っぽいポピュリズムであるというのも確かなことである。安っぽいポピュリズムに堕することなく増税を回避するには、政治がかなりのダイナミズムを発揮しなければならない。

しかし悲しいことに、この国には政治がダイナミズムを発揮するだけの土壌がない。だから、政治について語るのは虚しい。虚しい政治に参加するのがばからしくなる気持ちもよくわかる。

投票率が若年層においてとくに低いのも、当然と言えば当然である。そして、その当然さ故に、若年層はいつでも割を食う。気の毒なものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/08/09

「メビウス」 を巡る冒険

タバコの 「マイルドセブン」 が名称を変更して 「メビウス」 になると聞き、「へぇ、シャープの登録商標とは、商品分野が違うからかぶらないんだろうなあ」 なんて思っていたが、実はスペルも違うんだそうだよ。

マイルドセブンの新しい名称は、メビウスはメビウスでも、スペルが "MEVIUS" なんだそうだ。「何だそれ? そんな単語は見たことも聞いたこともないぞ」 と思ったが、それもそのはず、JT の造語で、ロイターの記事によると、こんなことなんだそうだ (参照)。

「メビウス(MEVIUS)」 は造語。マイルドセブンの M と S を付け、真ん中に EVOLUTION の EV、I & YOU (U) の IU を入れた。

なんだかもってまわった風な説明だが、要するにカタカナの 「メビウス」 が先にあって、後から屁理屈を付けただけというのが見え見えである。元々登録してあった複数の商標の中から、良さそうなのをみつくろったんだろう。

タバコの商品名に "mild" や "light" などの言葉を入れてはならないとすることの多い海外での販売強化が、名称変更の目的の一つであるはずなのに、もろにカタカナ発想のネーミングというのは笑える。

ちなみに、「メビウスの環」 でおなじみのドイツの数学者は、"August Ferdinand Möbius" で、英語でメビウスの環は"Mobius strip" と表記して、発音は 「マビアス・ストリップ」 に近く聞こえる。シャープの 「メビウス」 は "Mebius" で、これもカタカナ発想。

"MEVIUS" は、音楽グループの "Glay" や、トヨタの箱っぽい形の車 "Voxy" と同じような、カタカナ発想によるテキトーな造語というわけだ。「夜露死苦」 の横文字版みたいで、こう言っちゃなんだが、私だったら恥ずかしくてできない。

この関連で、JT の小泉光臣社長が会見で 「現在は、ウィンストンというサブプレミアム価格帯が好調だが、今後のさらなる利益成長を実現するためには、プレミアム価格帯の強化が重要になってくる」 と述べたと伝えられている。

これを聞いて、「あれ、ウィンストンって、アメリカのタバコじゃなかったの?」 と思った人もいるだろうが、実はこれ、米国の R.J.レイノルズから商標権を買取った JT が、今は米国以外での販売権をもってるんだそうだ。ウィンストンだけじゃなく、キャメルとかラッキーストライクとか、諸々のブランドがそうなっている。

つまり米国のタバコ会社は、タバコという商品は衰退するものであると、とっくに見切りを付け、ブランドを売り払ってしまったのである。それを喜んで買い取った JT としては、日本のタバコ市場も縮小してきたので、東南アジアなどの海外市場で販売強化しようとしているわけだ。

その昔、「アメリカのタバコ会社は、国内で売れなくなったタバコを日本で売りまくって、健康被害を輸出している」 なんて言われたものだが、今や同じことを JT がやっているという構図である。これもかなり恥ずかしい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2012/08/08

せっかちは呑気にならなければならない

昨日の記事で 「メンタルな機敏さ」 というコンセプトにずいぶん共感する心情を吐露してしまったが、これって案外、「ドンくさい状況」 に付き合うストレスの裏返しだったかもしれないと、ふと気付いた。

私は案外 「せっかち」 である。ものごとがサクサク運ばないとイライラする。世の中で一番の悪徳は 「面倒くさいこと」 だと思っている。面倒くささをできるだけ排して、さっさとやっちまうと、えも言えぬ快感を覚える。

ところが最近、やんごとなきドンくささに付き合うことが多いのである。中小・零細企業、個人事業主を対象にした仕事をすると、圧倒的に年配の人のお守りをするケースが増え、これがなかなか、サクサクとは運ばないのだ。

「ちょっとアレさ、こないだやってみたんだけどね」 なんて話し始められても、何のことだかわからず、いろいろ問いただしてみて、5分も経ってからようやく何の話なのか判別がついたりする。

そうかと思うと、単純な話を、そもそものコトの発端となる 30年以上も前のどうでもいい話から始められることもある。いずれにしても、話がなかなかサクサクとは運ばない。おかげで私も少しずつ順応し始め、せっかちも少しは解消して呑気になり始めている。

そういえば近頃、スーパーやコンビニのレジで年寄りが代金を精算するのにいくら手間がかかっても、イライラすることがなくなった。年寄りは 「1,428円です」 なんて言われると、財布からゆっくりと千円札を取り出し、次いで 100円玉を一つずつ 4回取り出し、さらに考え考えしながら、5円玉と 1円玉を一つずつ取り出す。

前はそんなことをされると、ぶち切れる寸前までイライラしていたが、近頃は 「しょうがないわな」 と許せるようになった。だって、我が家の近くのスーパーで買い物すると、こんなような年寄りばかりなのだもの。この高齢化社会において、いちいちイラついていたらこちらの寿命がすり減ってしまう。

まさに 「数は力なり」 である。年寄りの比率が増えてしまえば、ドンくささの方が世の中の標準になる。つまり、せっかちは呑気にならなければならないのである。効率の悪さに笑って付き合う度量をもたなければならないのだ。

ということは効率優先で突き進んできた現代文明も、方向転換をしなければならなくなってきたということである。だっていくら効率を高めても、その成果をまともには受けきれない年寄りばかり増えて、効率を追う意味がなくなりつつあるのだから。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012/08/07

バイリンガルは、「メンタルな機敏さ」 がある?

Slashdot に "バイリンガルな子供は「頭がいい」?" という記事を見つけた。バイリンガルな子供はそうでない子供と比べ、問題解決スキルや創造的思考が長けていると示唆する研究成果があるんだそうだ。

ちなみに、このことを発表した英国のストラスクライド大学のニュースリリースは "Bilingualism 'can increase mental agility'" (バイリンガルであることはメンタルな機敏さを増大できる) というタイトルになっている。「メンタルな機敏さ」 というのは、なんとなく惹かれるコンセプトである。

バイリンガルの子は、言語分野のみならず、算数や問題解決能力、創造的思考をも発達させるほか、単語の意味をより細部まで豊かに把握する力がつくという。これって、ニュアンスに至るまでの理解力があるってことだろうか。さらに、重要な情報に集中することができる 「選択的注意」 と呼ばれる能力も高いことがわかったという。なかなかいいじゃないか。

研究では、「二つの言語を切り替えるのには 『頭の回転』 とも言える精神的な敏捷性が必要であり、これが訓練されることにより他の思考型の発達も促されるのではないか」 と分析されている。うぅむ、私はこういうのにぐっときてしまうなあ。

記事によれば、この研究はスコットランドおよびサルディーニャの 9歳前後の子供 121人を対象に行われたという、このうちほぼ半数の 62人が、英語とゲール語 (ケルト語に属する言語)、もしくはイタリア語とサルディーニャ語のバイリンガルであったという。

サルディーニャというのは、地中海に浮かぶイタリア領の島だと、今回調べてみて初めて知った。イタリア語とサルディーニャ語が話されているという。スコットランドでゲール語が話されているようなものだ。

しかし、ゲール語は文学作品が豊富にあり、教育も確立されているのに比べ、サルディーニャ語は口頭言語であり、言語自体の標準形式が確立されておらず教える学校も少ないとのことで、その影響によるものなのか、英語とゲール語のバイリンガルの子供の方が、実験結果が良かったというのである。

実は私はこの記事を読み始めた時、「俺だって、日本語と庄内弁のバイリンガルだし……」 と、多少気分がよかったである。「方言にすぎない庄内弁がペラペラだからといって、バイリンガルというのはどうか?」 なんて言われそうだが、共通語と庄内弁の違いは、確実にスペイン語とフランス語以上である。これはもう、実質バイリンガルと言っていい。

だが、口頭言語でしかない庄内弁は、どうもサルディーニャ語のポジションの方に近いようで、ましてや庄内弁教育なんて全然確立されていない。とすると、期待される「メンタルな機敏さ」 は、それほどじゃないかもしれない。

というわけで、私のメンタルは、「やや機敏」 程度ということにしておこう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/08/06

火星探査機は、Curio City ?

またしても、些細なことにこだわってしまっているが、どうかお許し頂きたい。

それは米国の火星探査機 「キュリオシティ」 に関するニュースを報じるテレビやラジオのアナウンサーの、アクセントの位置である。ほとんどのアナウンサーのアクセントだと、「キュリオ・シティ」 に聞こえてしまう。「キュリオ」 という名の街みたいな感じだ。

言うまでもなく、あの探査機は、"Curiosity" である。「好奇心」 というか、「知りたくてうずうず」 という感じを表現する名刺だ。火星の未知の分野を探るのだから、なるほどうまい命名である。

ところがこれを "Curio City" と聞こえる感じで言われると、ちょっとガクっときてしまう。ちょっと前に活躍していたスペース・シャトル 「エンデバー」 も、「努力」 という意味の "Endeavor" だが、最初の 「エ」 にアクセントを置かれてしまうと、私の田舎の言葉で 「いいんだってば」 と言っているように聞こえて、やっぱりガクッときてしまっていた。

ちなみに、「エンデバー」 に関しては、NHK だけがきちんと 「デ」 にアクセントを置いて発音していた。

もう、本当にどうでもいいようなことなのだが、気になってしょうがないので、つい書いてしまった。あしからず。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/08/05

Google Chorome でスクロールできない不具合

ここ数年、ずっと愛用し続けてきた Firefox がバージョンアップの度に肥大化し、ついに重すぎて使い物にならなくなったので、多くの人が 「サクサク動いて使いやすい」 と勧める Google Chrome に鞍替えして、ほぼ 2ヶ月半経った。取り立てて問題もなく満足していたのだが、最近になって妙な不具合が時々発生するようになった。

新しく開いたウェブページが表示されるまでに、やたらと待たされることがある。あるいは、ページの途中で表示がストップしてしまう。そしてそのページが縦スクロールできない (スクロールバーが表示されない)。さらに、横スクロールができないこともある。

スクロール関連の不具合は、新たに開いたウェブページが、案外あっさりと表示された場合でも起きることがある。縦スクロールができない場合の対処法は、偶然に発見した。Chrome のウィンドウの下端にマウスを合わせ、ちょっとだけ上下させてやる。すると、途端に縦スクロールができるようになる。ただし、全画面表示ではこれができないので注意。

ただ、横スクロールができないケースでは手の下しようがない。

ググってみたら、マウスホィールでのスクロールができないという不具合が何件か報告されているが、スクロールバーが表示されないというのは見当たらない。もしかして、私の PC 上での特有の現象なんだろうか。

この現象について心当たりのある方は、コメント欄に書き込んで頂ければ幸いだ。

【8月 7日 追記】

山辺響さんがコメントで、アドオンを無効にしてみたらというヒントをくださったので、一つ一つ調べたところ、Norton Identity Protection  が邪魔をしていたと判明。以後しばらく無効にすることにした。

その後、不具合は解消。山辺響さんに、感謝!

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2012/08/04

オリンピックで失望しないために

万博とか何とか博覧会とかの誘致に先だって、主催する国や自治体はそのイベントへの来場者数をものすごく楽観的に見積もって、それを信じて出展した業者は、終わってみて失望を露わにする。鉄道の新線や、新しい空港などを作る時も、当事者はものすごく希望的な利用者数の予測を発表するが、完成してみると、ほとんど閑古鳥が鳴いている。

オリンピックでも、ものすごく楽観的なメダル獲得数予測が報じられ、結果的には大抵失望の嵐となる。不思議なことに、超楽観的な予測を報じるのは、主催者でもなんでもないマスコミだ。いや、マスコミは主催者ではないけれど、盛り上がってくれないと儲からないという都合にかけては主催者以上なのだから、しょうがないのかもしれない。

当初は 7個ぐらいの金メダルと予測されていた柔道は、たった 1個しか取れなかった。水泳も銀と銅ばかりで、金は取れていない。体操男子も団体で取れると言われていた金メダルが取れなかった。

事前のマスコミ的 「煽り」 に乗せられないためには、彼らの大袈裟な論調をきちんと翻訳して解釈しなければならないだろう。ざっと、こんなふうに。

「金メダル確実」 は、「うまくいけば金メダルが取れるかもしれない」
「金メダル有力」 は、「銀か銅が取れれば上出来」
「メダル有力」 は、「入賞できれば上出来」
「メダルを目指す」 は、「予選通過ぐらいならできそう」
「入賞を目指す」 は、「予選通過できたら、上出来」
「決勝進出を目指す」 は、「参加することに意義がある」

とまあこんなような具合で、要するに大風呂敷を広げられているのである。このくらい大風呂敷を広げないと、選手の励みにならないという見方もあれば、プレッシャーになるだけでいいことは何もないという見方もある。前者は巨人ファン的で、後者はヤクルト・ファン的な視点だ。

「負けても当然だけど、勝てばうれしい」 というヤクルト・ファン的な楽しみ方の方が、精神衛生にいいような気がする。男子サッカーなんかは、まさにそんな感じで、楽しみが増えているではないか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012/08/03

オリンピックとパラリンピックを同時開催せよという美しい議論

オリンピックが真っ最中だというのに、それが終わってからのパラリンピックの話になってしまって恐縮だが、世の中には、オリンピックとパラリンピックを同時開催すべきだという議論があると知って、ちょっと驚いた。パラリンピックを特別視せずに、オリンピックと同じ土俵上で開催する方がいいというのである。

まあ、気持ちはわかる。単純に情緒的に考えるならば、同時開催のコンセプトはとても美しいし、それでこそ人類愛の精神が真の意味で発揮されるだろう。くさすつもりは毛頭ないのである。

ただ、運営する側の身になって考えると、同時開催はかなり重荷だろう。私が運営側だったら、「人の身にもなっておくれよ。オリンピックをつつがなく運営するだけでも大変なんだから」 と、泣きを入れると思う。

単純に考えるだけでも、限られた期間内に同時開催をこなすには、会場が足りなくなるだろう。会場が確保できたとしても、今度は運営側の人員確保が大変なことになる。それならば会期を延長すればいいというかもしれないが、そんなことをしたらダレるだろうし、途中で選手が続々と帰ってしまって、閉会式が淋しくてたまらなくなる。

部外者が理想論で美しいことを考えるのはいいが、それをあまりにも気軽に口に出して要求するのは考えものだ。当事者にしてみれば、無茶なプレッシャーになることがあるからだ。「そんなの無理」 と、あっさり拒否すると、不人情な言い草に思われかねないというのも、気の毒なことである。

私としては、両方をきちんと運営するには、やはり現状通りに、オリンピックが終了して 1ヶ月ぐらい経ってからパラリンピックを開催する方がいいだろうと思うんだがなあ。どうして連続開催じゃダメなのかというと、やはり、運営する側にも一息つかせてあげたいしね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012/08/02

NTT 東日本の 「雷防護アダプター」

先日、近くの某オフィスを訪問してそこの所長と話をしていると、事務担当の女性が来て、「あのう、NTT 東日本の人が来て、何だか、避雷針のようなものを無料で立ててくれると言ってるんですが……」 と言う。

避雷針を無料で立ててくれるなんてわけがなく、怪しいセールスかと思って私が対応してみたら、避雷針ではなく、「雷防護アダプター」 というのを無料で配っているので、設置させてもらいたいというのである。よく電気屋で 「雷ガード」 などの商品名で売られているタップに毛の生えたようなものだ。

無料で設置までしてくれるというので、やってもらった。別に隠しマイクとか爆弾とかを仕掛けた様子でもない。ウェブで調べたら、どうやら本当に NTT 東日本が、フレッツ光回線を導入しているところに無料で設置して廻っているもののようだ。(参照

NTT としては、落雷があるとあちこちから 「インターネットも電話も通じなくなった」 と苦情が来てどうしようもなくなるので、転ばぬ先の杖ということで、こんなものを設置して廻っているのだろう。無料で配っても、雷で軒並みやられてしまってから対応するよりはコスト的にも人員配備的にも有利とみているのかもしれない。

そう思っていたら、今日、NTT が我が家にも同じものを配りにやってきた。無料で設置までしてくれるというので、「いやいや、そのくらいは自分でやれるから」 と、受け取るだけ受け取って、帰ってもらった。

我が家は市販の雷ガードを既に導入済みである。6年前に 「落雷でパソコンが死んだ」 という記事に書いたようなことが起きて、それ以来、しっかりと二重にかませている。本当にすごい雷が至近距離に落ちたら、そんなものでは防ぎきれないというので、ほんの気休めとして、二重にしているのだ。

それで、今回もらったのもせっかくだからかませてみたので、これで三重になった。もしかしたら、結構な雷でも大丈夫かもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/08/01

「照らす」 という日本語を巡る冒険

どういうわけか、急に 「照らす」 という日本語が気になって仕方なくなった。というのは、「照らす」 の訳語として、しっくりくる英語が見当たらないからである。Goo 辞書で引いてみると、次のようになる。(参照)

〔光を当てる〕 shine

太陽は富める者も貧しい者も等しく照らす
The sun shines on the rich and the poor alike.

通りはネオンの光に照らされていた
The street was lit up with neon lights.

探照灯が海上を照らした
The searchlight flashed over the sea.

"Shine on" (あるいは shine upon) というのが最も一般的な訳語だと思うが、これだと 「照らす」 という他動詞というより、「~の上で輝く」 というニュアンスなんじゃないかという気がするのである。"Shine" にはもちろん他動詞としての語義もあるが、単独で他動詞として機能させることは案外難しい。

元々のニュアンスとしては、勝手に輝いていて、その結果としてその明かりを受けるものもあるということでしかないと思う。

日本語で 「満月が海を照らす」 と言った場合の、月が輝いていてそれがごく自然に、意図したわけでもないのに、海をも光らせているという、何となく叙情的な雰囲気が、英語の "The full moon shines on the sea." では表現しきれないと思うのである。どうしても、「満月が海の上で輝いている」 ということになる。

"Shine" という言葉ですらこんな具合なのだから、"light up" や "flash" と言ってしまっては、これはもう、ぶちこわしになってしまう。

「照らす」 という言葉は元々は、「照る」 の使役形から出たものと思われる。しかし何らかの操作をして対象物から光を発するようにしてしまうというわけではなく、あくまでも、自分がのほほんと光って、その余光によって他のものも光るという、なかなか曰く言い難いものなのだ。

こんな具合に、意志を持たない月がごく自然に他を照らすというニュアンスというのは、どうも英語では表現できないようなのである。それはもう、西欧人には雑音として聞こえる虫の音が、日本人にはあたかも意味を持つ音色として聞こえるのと重なるような気がするのである。

ネイティブ・スピーカーとして日本語を話す我々の感性というのは、なかなか捨て難いところがある。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »