« 4ドア・セダンはお好き? | トップページ | 左脳と右脳の両刀遣い »

2012/11/06

脳は共感と分析的思考を同時に行えない

Slashdot の 「脳は他者への共感と分析的思考を両立できない」 という記事は、とても注目すべきものだ。なにしろ 「脳に構造的な制約があり、共感することと分析的思考を同時に行えないことを示す初めての研究」 というのだから。

「そんなこと、改めて言われなくても昔から十分に勘付いてたよ」 と言いたくなるとはいえ、それに関する実証的な報告というのは、確かに初めて見た。ちょっと引用してみよう。

脳には社会的/道徳的/感情的に他者と繋がるときに使われるネットワークと、論理的/数学的/科学的思考に使われるネットワークがあるという。脳が休息状態にあるときはこれらのネットワークが交互に使われるが、どちらかの機能を要するタスクを行う場合、もう片方のネットワークが抑圧されることが示されたという。

ここでしっかり注目すべきは、「脳が休息状態にあるときはこれらのネットワークが交互に使われるが、どちらかの機能を要するタスクを行う場合、もう片方のネットワークが抑圧される」 という記述だ。

「脳が休息状態にある」 時、つまり、どちらかに集中しているわけではないという時には、「社会的/道徳的/感情的ネットワーク」 と 「論理的/数学的/科学的ネットワーク」 が交互に働く。ということは、ものごとを割と 「トータルに見る」 ということが可能になるということだろう。

しかし、「どちらかの機能を要するタスクを行う場合」 は、「もう片方のネットワークが抑圧される」 というのである。つまり、高度に論理的/数学的/科学的なタスクに集中していると、社会的/道徳的/感情的な脳の働きができなくなり、その逆もまた真だというのだ。

これはゆゆしき問題である。専門的なタスクを行うと、それ以外の心的働きが抑制されてしまうと言うのだから。

この記事の英語の元記事をみると、問題はよりストレートに伝わる。タイトルは "Empathy Represses Analytic Thought, and Vice Versa" となっていて、日本語では 「エンパシーは分析的思考を抑圧し、逆もまた真」 ということだ。

「エンパシー」 という言葉は日本ではまだあまり一般的ではなく、和英辞書的には 「感情移入、人などへの共感」 などということになっているが、今イチ訳しきれていない気がするので、私としてはそのまま 「エンパシー」 という外来語として使う方がいいと思っている。このことについて私は過去に何度か言及しているので、以下を参照していただきたい。

"Empathy" の時代
「葉っぱはなぜ緑色なのか」 への、稲本正氏の回答
ネズミもすなる 「思いやり」 というもの

私はここに示した過去記事の中で、エンパシーのコンセプトは人類の次に進むべきステージのテーマを暗示しており、これによって 「現代の危機的状況を脱することができるのではないか」 とまで言っているのだが、問題は、この エンパシーというのは、あまり論理的なものではないということだ。

論理こそが万能だと考えている人には、「エンパシー」 なんて戯言か夢物語ということになるだろう。しかし私は、競争原理に傾きすぎた人類史のコンセプトを、「エンパシー」 という情動的な働きで修正していくことが必要だと考えている。当然ながら、エンパシーだけで生きろと言っているわけではない。それは不可能だ。

論理に傾きすぎると、人間は冷徹になる。しかし情感に傾きすぎれば、理屈の通じない困った人になってしまう。重要なのはバランスだ。これらの 2つの働きを、脳は同時にはこなせないというのだから、片方に集中したら、常にもう片方を思い出すというように、トータルな思考を取り戻す必要がある。

瞑想が心の平安を取り戻すのに役立つというのは、そういうことなのだろう。

|

« 4ドア・セダンはお好き? | トップページ | 左脳と右脳の両刀遣い »

哲学・精神世界」カテゴリの記事

コメント

「バランスが大事」ですねぇ。
今に始まったことではないでしょうが、empathyに訴える口先だけの世論操作がどうも社会を危うくしてるんじゃないかと危惧している今日この頃で。
とか言いながら、自分も論理思考の訓練不足で、その部分はしかるべきネット情報に外注すること屡屡。
いつもお世話になっております。

投稿: 亀之助 | 2012/11/06 20:26

難しいですね…

投稿: hiroyuki | 2012/11/06 21:35

亀之助 さん:

>「バランスが大事」ですねぇ。

まさに。

前に書いた 「人間の脳はデュアルタスクが限界――仏研究者が発表」 という記事とも関係していると思いますが、ものごとをトータルに捉えるには、時には分析的思考から離れることが重要だと思っています。

http://tak-shonai.cocolog-nifty.com/crack/2010/06/post-bfe8.html

分析思考だけだと、どうしても 「重箱の隅をつつく」 ことになりがちで、全体が見えません。

投稿: tak | 2012/11/07 01:22

hiroyuki さん:

難しいと思わずに、「何でかはわからないけど、そういうものなんだな」 と、体験的に納得できれば、人生の役に立ちます (^o^)

投稿: tak | 2012/11/07 01:24

神様、 神様 どうかみんなが幸せにになりますように。満足しますように・・(><)

と(←共感)みんなが願うとより良い方向にむかうのは確かだと信じています。が、それだけでは物足りず補酵素として、よく観察してどうしたら良い方向に向かうようかを常に考えて(=分析)働きかけが必要ですね。

添付されていた記事に共感しました(lovelovelove)

投稿: BEKAO | 2012/11/07 13:02

BEKAO さん:

素敵なご指摘、ありがとうございます。

「補酵素」ですか。

投稿: tak | 2012/11/07 20:16

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/42004/56055764

この記事へのトラックバック一覧です: 脳は共感と分析的思考を同時に行えない:

« 4ドア・セダンはお好き? | トップページ | 左脳と右脳の両刀遣い »