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2012/12/02

もう一度、「反原発」 の主張を繰り返しておこう

私は昔から 「反原発」 という立場で、昨年の震災直後は何度もその旨を書いていたが、近頃はあまりそれを言わないできた。私ごときが言わなくても、世の中でそのコンセプトが力を得てきたと思っていたからだ。

今度の総選挙では、表面上では、自民党以外はおしなべて 「脱原発」 だの 「卒原発」 だの 「原発依存を減らす」 だの 「○○年までに原発ゼロ」 などと言っていて、まあ、これだけで自民党は私の選択肢から消えた。しかし他の党だって、どう転ぶかわかったもんじゃない。

維新の会なんぞは、石原さんが 「原発は 2030年までにフェイドアウト」 というかなりぼかした言い方まで否定してしまって、原発を止める気はないという立場を前面に押し出してきそうだ。これだから、じいさんは困る。私は前にも書いたとおり、石原さんと橋下さんは支持しないと決めているからいいけど。

ただ、「反原発」 と言い続けている私だって、そんなに現実離れした夢物語を言っているわけじゃない。昨年の 4月 18日の記事では、次のように書いている。(参照

私自身の立場も 「反原発」 ではあるが、自分としては 「現実的反原発派」 というポジションに立っていると思っていて、「ただちにすべての原発の運転を停止しろ」 などと言っているわけではない。

原発はゆくゆくはすべて止めなければならないが、現時点でそんなことをしたら、社会が壊れてしまう。原発を運転し続けるリスクと即時運転停止によってもたらされる社会混乱のリスクを比べたら、後者の方がずっと大きいので、ここは仕方がないから、ある程度長い時間をかけて原発依存から脱却していくべきだというのが、私の主張である。

さらに、老朽化した原発を再稼働させるぐらいなら、安全性がよりマシな原発を新規に建設して、しばらくの間は稼働させてもいいと思っているぐらい、自分では柔軟な考えをしているつもりである。建設コストの問題はあるだろうが、お古を無理矢理使うなんていうリスク満点なことをするよりはずっとマシだ。

それに、今になってからこれを言うのは 「後出しじゃんけん」 みたいで恐縮だが、「原発をこんなに停止してしまっても、日本の電力って賄えてるじゃん!」 と実証されてしまった以上、あまり 「原発稼働させろ」 と言い続けるのは、もはやカッコ悪い。

産経新聞なんて、この度の吹雪による北海道の停電事故にかこつけて、"暗闇の登別 「泊原発なければ冬乗り切れぬ」" なんて記事を書いているが、「送電線が切れたことによる停電と、原発とは別の問題だろうが!」 と、あちこちで叩かれている。反原発派の主張は情緒的すぎるなんていう人がいるが、情緒的なのはどっちだと言いたくなるではないか。

問題は発電コストだが、「原発が低コスト」 という神話は、今回の原発事故で吹っ飛んでしまって、「何かあったら計測不能なほど高コストになる」 ということが実証されてしまった。こうなった上は、多少のことは我慢しなければなるまい。

「もう事故は起きない」 なんて言う人もいるが、どうしてそんなことが言えるのだ。これだけいけしゃあしゃあと活断層の上にばっかり原発を建ててしまった (活断層の上にないと言い切れるのは、玄海原発だけらしい) 電力会社の言うことを信じろという方が説得力がない。

「活断層の上を避けろというなら、日本には原発を建てる場所がない」 という人までいるが、それならばいっそ、「地震国日本には原発は向かない」 と諦めるしかないのである。本来は、それが正しい選択だろう。

でもまあ、私は 「絶対に原発を稼働させるな」 とは言っていない。CO2 の問題もあるし、将来的に再生可能エネルギーの比率が十分に高まるまでは、少しは恐る恐る稼働させるのも仕方ないと思っている。さらに火力発電は CO2 排出を泣く泣く認めた上でのトレードオフであり、将来的には原発とともに停止させなければならない。

ただ、CO2 はまだコントロール可能だが、核廃棄物は、プルサーマルだって使い物になっていないし、安全に処分する目途すら立たない。だから、行く行くは (2030年頃までには)、本当に原発ゼロにすべきだろうと、ぎりぎり現実的なことを言っているつもりなのだが、それさえも認めないのは、それこそ無責任というものだ。

最近はメガ・ソーラーへの投資がものすごく有望ということになって、建設ラッシュである。このことは、今年の 10月 2日に 「太陽光発電は公共投資としてかなりおいしいらしい」 という記事にしている。このまま行けば、再生可能エネルギーでの発電比率が現実的なところまで高まるだろう。

それに根本的なことを言えば、太陽光発電というのはメガ・ソーラーよりも、個々の家庭や事業所で行ってこそ最も効率的であるというのが私の立場である。開発余地はいくらでもあるのだ。太陽光パネルの寿命も相当長くて、南極では 30年前に設置したパネルが今でも現役で活躍している。ちょっとやそっとでは壊れそうにないのだ。

太陽光発電の買取料金は高額であり、それは回り回って国民全体で負担しているので、太陽光パネルを設置していない者にとって不公平だという指摘もあるが、それは社会全体での将来に向けての必要な投資であり、私としては 「そんなケチなことを言ってどうする」 と言いたいぐらいのものである。

「私の代わりに、先駆けて太陽光パネルを設置してくれてありがとう」 ぐらいの気持ちをもってもいいじゃないかと思うがなあ。

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自然・環境」カテゴリの記事

コメント

確かに現実的かもですね(v^ー゜)ヤッタネ!!

投稿: hiroyuki | 2012/12/02 22:05

hiroyuki さん

問題は CO2 排出との兼ね合いで、火力も抑え、原発もなくすために、再生可能エネルギーの利用をいかに促進するかです。

技術的には十分確立されているのですから、はっきり言ってこれをやるしかないのに、いつまでも原発にこだわって再生可能エネルギーを「夢物語」の領域に閉じ込めておきたい勢力の多いのが問題です。

投稿: tak | 2012/12/03 16:05

今回の解散って何が起こりでしたっけ
いつの間にやら原発一色になっていますが、争点とすべきなのは本当にそれだけですか?

投稿: hata | 2012/12/04 01:09

hataさんがご指摘のとおり、この選挙がシングルイシューであるように考えるのは(郵政選挙の結末から見ても)間違っていると思います。同じ意味で、解散のきっかけとなった問題が何であったかに囚われる必要もなかろうと思います。せっかくの参政権行使なのだから、メディアに流されず、有権者一人一人が、自分にとっての投票基準の優先順位を持つべきでしょうね(って、大半の有権者は流されるんでしょうが…)。

私にとっての優先順位は、原発の是非(ここでtakさん同様、自民党・維新は消し)→在沖米軍基地問題(ここで大半の政党は消し)→対近隣諸国外交→財政(消費税増税を含む)→TPP、かなぁ。

投稿: 山辺響 | 2012/12/04 10:57

hata さん:

>今回の解散って何が起こりでしたっけ

民主党政権が、当初のマニフェストをごちゃごちゃにしてしまった以上、解散して民意を問えとは、ずう~~~っと前から言われていたので、「何が起こり」とも言えない状態ですね。

>いつの間にやら原発一色になっていますが、争点とすべきなのは本当にそれだけですか?

決して原発一色になっているわけじゃないのは、ちょっとニュースを見ればおわかりになるはずです。

ただ、私としては原発問題を第一に考えたいと思っています。

投稿: tak | 2012/12/04 15:36

山辺響 さん:

>hataさんがご指摘のとおり、この選挙がシングルイシューであるように考えるのは(郵政選挙の結末から見ても)間違っていると思います。

確かにその通りです。

私としても、原発やら TPP やら、税制やら、総合的に考えようとすると、いろいろ入り乱れすぎていて、頭の中がごちゃごちゃになります ^^;)

投稿: tak | 2012/12/04 15:40

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