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2013/08/21

「話せばわかる」 の幻想

さっき、リモート・キーロックの不具合で修理に出していた車を引き取りに行く途中、代車のラジオで FM の音楽番組を聞いていたら、槇原敬之という歌手の 「もう恋なんてしない」 という曲のリクエストがあった。

この曲をリクエストした人のメールには、「この歌詞は、一体何回否定形を繰り返してるんでしょうね」 とコメントされているという。「へえ、そんなにややこしい歌詞なのか」 と思っていたら、流れてきたのは、前にも聞いたことのある曲だった。

歌詞の問題の箇所は、これである。

もう恋なんてしないなんて 言わないよ 絶対

否定形は 2度出てくるが、最初の 「もう恋なんてしない」 は初出であって 「繰り返し」 ではないから、「言わないよ」 で、たった 1度だけ否定を繰り返しているだけである。噛み砕いて言えば、「もう恋はしないとは言わない」 になり、単純な二重否定に近い。

ところが、曲が終わってから番組のパーソナリティをつとめる女子アナ (?) は、「確かに、否定形を繰り返してますねぇ。えぇと、『もう恋なんてしないなんて言わない』 ですから、えぇと、3回ですね」 と言うので、たまげた。本当にたまげた。どこから 「3回」 なんて出てくるんだ。

これはもう、「なんて」 という単語に惑わされているとしか思われない。しかし 「なんて」 は、ニュアンスとしては否定につながりやすいとはいえ、「○○なんて××ない」 というセットで否定形になるのであり、それだけが独立して否定形というわけでは決してない。重ねて言うが、この歌詞の否定の繰り返しはあくまでたったの 1回である。

いやはやそれにしても、フツーの人の言語感覚って、この程度のものなのである。言葉を商売の種としている番組パーソナリティにしてからが、こんなものなのだ。道理で、10人に同じ単純なことを話しても、まともに通じていない 3〜4人が必ず存在したりするわけである。

自分が受け入れられる以外のスタイルで語られると、内容をまともに捉えられない人って、結構いる。当たり前のことに 「いいや、そうじゃない」 と言うから、そいつの考えはどれほどユニークなのかと思って聞いてみると、全然違ってなかったりする。

「だから、初めからそう言ってるじゃん」 と言いたくなってしまうが、彼は自分の中の素朴な文脈と別の言い方をされると、内容まで別物になって聞こえてしまうのである。

最近 「伝え方が 9割」 という本が売れているらしいが、それはストレートに言っても、相手はまともに判断してくれないことの裏返しである。もっと言えば、ストレートに言っても伝わらない人に対しては、ちょっとした言葉の 「ごまかし」 を交えると、結果オーライにもっていけることもあるということだ。

アカデミックな教育では、論点を単純明快に言うことを学ぶが、それよりも 「脅したりすかしたり、おだて上げたり、ちょっとごまかしたりして、腑に落ちたつもりにさせる」 ための技術の方が、ずっと役に立ったりする。

大切なのは、話の本質的内容より表面的な雰囲気なのである。「話せばわかる」 は、幻想と思うしかない。

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