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2014/06/24

情報の欠落部分を埋めずに放っておきたい傾向

本日は、とあるセミナーで講師を務めた。プレゼンが終わってから質疑応答の時間が設けられたが、期待以上の質問が出て、それに答えるのが楽しかった。プレゼンが終わってからの質問が多いのは、やはりいいものである。

しかしながら、毎回のように活発な質疑応答が行なわれるわけではない。せっかく時間をとっても、まったく質問の出ないこともある。当方が敢えて質問をしやすいような 「隙」 を作っておいてあげても、それに対する反応がないこともあり、そんな時はかなり拍子抜けする。

「発声練習」 というブログに、「どうやったら質問を思いつけるの?」 という記事がある。「人の話を聞いた際の疑問・質問の抱き方のコツがあれば教えて欲しいという依頼に対しての私なりの回答」 という書き出しだ。私は 「疑問・質問の抱き方のコツ」 なんてものがあるとは思いもよらなかった。だって、普通、疑問なんて自然に生じるものだと思っていたのである。

ところが、あながちそうでもないらしい。疑問というのは、意識して抱かなければ浮かんでこないものでもあるようなのだ。この記事の中では、疑問・質問を抱くコツとして、冒頭に次のことが挙げられている。

  • 質問を発するためには、以下の2つのステップを踏む
    • 「情報の欠落に気づく」
    • 「欠落している情報を明確化する」
  • 情報の欠落に気づくためには、話題になっている事柄の知識 (一般常識、専門知識) と話題の伝え方に関する知識 (プレゼンテーション技術、批判的読み方、論理的思考法) が必要

なるほど。確かに、コツというのは必要なもののようなのである。しかし、深く考えると

これはコツというより、「感性」 という方が近いのではないかという気もする。「情報の欠落」 に気付き、それを 「明確化する」 のは、感性である。

多くの日本人は、「情報の欠落」 に気付かない。それは、プレゼンされた内容を 「丸ごと一つの塊」 であるかのように捉え、そこに 「情報の欠落による非連続」 があっても、明確に 「非連続」 として認識できないのだ。無意識のうちに 「空気を読む」 というのと同じ作業をしてしまって、不明確なままで解決したようなつもりになってしまう。

で、せっかく解決したようなつもりになっているのに、改めて 「情報の欠落」 を言い立てて、「事を荒立てる」 ようなことはしたくないと思ってしまうのである。「いいじゃないか、何となくわかっちゃったから」 ということなのだ。ただ、その理解は 「何となく」 というレベルのものにすぎず、明確にわかったというわけじゃないのだが。

日本人の意識の中には、明確にわかるまで追求して事を荒立てるよりも、なんとなく納得したようなつもりになって、なあなあで収める方が望ましいと感じてしまうような傾向がある。だから、あんまり鋭い質問はしなくない。

「情報の欠落部分」 を、なんとなく好意で埋めてしまうのが、日本人の考える 「スムーズな意思決定」 につながるプロセスなのかもしれない。「そうだよね、そうだよね、うまくきっちりと説明できないけど、でも、そんな感じで行きたいよね」 というのが、日本人は好きなのである。

情報は欠落部分があって、後になってから、その場その場でなんとでも都合良く埋めることができるようになっているのが、望ましいみたいなのである。そんな中に、「いや、そんなんじゃ曖昧すぎるから、きちんと細部までつめようぜ」 なんて言い出したら、とたんに嫌われてしまったりする。

ああ、日本社会って、なんとなく面倒なのである。

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コメント

質問が出ないという結果につながるものの一つに、発表者や講師の側が質問させない空気を醸し出すというのもあると思います。私は質問を思いつきやすい体質なのですが、発表者が威圧的だったり、または逆に「お手柔らかに」と懇願するような態度を見せている場合には質問を引っ込めます。

その意味でもやはり活発な質疑応答ができる場を作ることができる講師や発表者は、腕があるということでしょうね。

投稿: emi | 2014/06/25 06:51

emi さん:

>質問が出ないという結果につながるものの一つに、発表者や講師の側が質問させない空気を醸し出すというのもあると思います。

なるほど。
それとともに主催者の運営姿勢みたいなのもありますね。

司会者が出てきて、いかにも尊大なというか、面倒くさそうなというか、「この場で余計なことを言われると、予定が狂っちゃうんだよね」と態度で表しているというか、そんな感じで、ものすごく四角四面に「ご質問はございますでしょうか?」なんて言っても、実際には 「ないよね」 オーラを発散させているし、「別会費の懇談会に出れば、先生と名刺交換の栄誉にあずかれて、ちょっとは直接お話し (というか、ご挨拶程度かな) できるよ」 みたいな空気だったりすると、私のような者は 「さ、帰ろ、帰ろ」 となります。

投稿: tak | 2014/06/25 10:00

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