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2014/08/12

ブラック企業が頓挫する原理

日経ビジネスのサイトに、「ゼンショー会見のデジャブ 調査報告書から見えてきたワタミとの共通点」 という記事がある。この記事で記者は、ワタミの桑原社長の次の言葉を引用している。

「ワタミが小さかった時代は、無理してでも働くという文化があった。ベンチャー企業ってそういうのも必要で、それがエネルギーになった面もある。でも、もうワタミは大きくなってそれじゃあ許されない。規模に合わせて会社の体制を変えていかないといけないということです」

「何を今さら」 という気もするが、まあ、ようやくそこに気付いただけ救われている。そしてゼンショーの場合もこれとよく似ている。記事中の小川社長のコメントについての部分も引用しておこう。

「私が何もかも見られるのは300店まで」。小川社長は会見でこう限界を認めた。

こちらも、「ようやくそこに気付いたか」 といようなお話だ。ただ小川社長が 「何もかも」 見ていたかどうかは、多いに疑問が残る。本当に見ていたら、すき家の店舗の壁に "Sukiya is delicious" なんてむちゃくちゃな Engrish が書いてあるのを、東大に学んだ小川社長が見逃すはずはないだろう (参照)。

日経の記事は一般論として、カリスマ的な創業社長が、それまでの 「イケイケドンドン」 的な姿勢でやっていけるのは、300〜400店舗の規模までだとしている。この数字に具体的な根拠があるとも思われないが、まあ、とりあえずそういうことにしておこう。

そして 「ブラック企業」 と呼ばれることに関しては、ワタミの桑原社長も (そして創業者の渡辺会長も)、ゼンショーの小川社長も、今でも甚だ不本意に思っていることが、コメントの端々からうかがわれる。

「会社が小さな頃は、社員が心を一つにして頑張ってきて、それでこんなにうまくやってこれたのに、会社が大きくなって人材雇用の面でも社会貢献ができるようになった途端に、馬鹿な世間の無責任な 『ブラック企業』 呼ばわりで営業妨害されるんだから、こっちの方が被害者だ」 と言わんばかりの本音が感じられるのである。

そして従業員の悲鳴には耳を傾けず、権威ある第三者機関の調査報告書の勧告には、初めて案外素直に従う姿勢をみせている。これなんか、「2人とも、相手によってずいぶん態度を変える (つまり、弱い者の声には耳を傾けず、強い者には仕方なく従う) 人だなあ」 という印象を与えるお話である。

これについて、昨日の自分の記事との関連で考えてみる。私は次のように書いている。

専門紙誌記者としてのキャリアを積んできた私の知る限り、「いい会社」 の特徴というのは、意外に聞こえるかもしれないが、経営者が顧客のことよりも、従業員の幸せを第一に考えているということだ。(念のために断っておくが、「従業員さえ幸せならいい」 と、排他的に考えているわけではない)

私のいう 「いい会社」 と、ワタミやゼンショーの社長の考える 「いい会社」 というのは、どうやら基本的に違うようなのである。私の考える 「いい会社」 とは、規模の大小にかかわらず、経営者と従業員との関係が良好で、状況変化に柔軟に対応しながら、きちんと利益を出し、社会貢献もできている会社である。

しかしワタミやゼンショーの社長は基本的に、「規模」 を追い求めた。そして、社員は会社のためなら大きな自己犠牲を払って当然と思っているようなのだ。だって、その見返りとして 「自分の属する会社の規模的発展」 という見返りがもたらされるのだから。

しかし 「規模的発展」 という見返りがあったとしても、それがどれほどのものだというのだろうか。それは大きな自己犠牲の見返りに値するものなのだろうか。私にはどうしても、そうは思われない。

ましてや、ある程度の規模になってから入社してきた新しい従業員にとっては、そんなことはどうでもいいことだ。創業当初からの役員たちにとっては十分に 「見返り」 ととらえられてきた幻想が、ある時期からまったくのナンセンスになってしまったのだ。

これはワタミやゼンショーみたいな、「従業員全員に過度の自己犠牲を求める」 体質の企業にとっては避けられない問題である。つまり創業当初の理念には、会社の運営が一時的にうまく行けば行くほど、やがて顕在化する問題が内在していたである。

彼らは、「自分たちは正しく、従業員としてそれに付いて来れないやつは間違っているのだから、使い捨てにして当然」 と思っていた。おおっぴらに公言しなくても、確実にそう思っていたとしか考えられない。しかし人を使い捨てにした経営者は、やがて社会から使い捨てにされる。晩節を汚すのである。

そして言うまでもないが、昨日の記事で触れたような、規模がそんなに大きくないくせに従業員の不満が爆発するような会社は、論外である。

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コメント

私は非会員なので前半しか読めませんでしたが、この話はCS・ESを説いているのだと思います。

takさんには釈迦に説法ですが、ESはEmployee Satisfaction です。
私の記憶では10年以上前から言われているように思うので今さら感が強いです。

投稿: ちいくま | 2014/08/13 08:00

ちいくま さん:

釈迦に説法とはとんでもない買いかぶりで、CS はお馴染みでしたが、ES というのは、初めて知りました。

ただ、言葉としては知りませんでしたが、その中身の重要部分は、経験から知っていたようで、それが裏付けられた気がします。

ありがとうございました。

投稿: tak | 2014/08/13 11:53

こういう企業を成功したベンチャー・ビジネスと考えれば、シリコンバレーのハイテク企業のように、ある程度の規模になったところで経営の専門家に経営を任せれば良かったのかもしれません。

しかし、どちらかというと単なるデフレ経済のあだ花みたいなビジネスモデルだったという説明の方がしっくりきます。競争力の源泉はほぼ労働コストの安さ(労働市場の一時的な弱さにshamelessにつけこむチカラ)だったわけで。

ただ、後者であったとしても、その幸運(?)に早めに気づいて前者のような形で持続可能なモデルに切り替えられれば、「お見事」と言えるわけですが。

ちなみに、マクロ経済でも「中進国の罠」という概念があって、労働力の安さによって発展した国が、賃金が上昇してもそれ以外の要素をバランスよく拡充することで生産性を高め先進国になれるかどうかというような話です。

投稿: きっしー | 2014/08/13 13:58

近所に、某焼き肉チェーンの牛■が開店しました。更地に建物を建てての開店ですから、億近い資金を使ったはずです。

しかし、開店当初から店員の態度が悪すぎるとの悪評が絶えず、一年ほどで閉店してしまいました。

想像するに、“こんな店潰してやる”という、店員の悪意が働いていたとおもいます。

従業員をひと扱いしない企業は高い代償を払うことになります。

“有給休暇は死んでから好きなだけ取れる”なんてことを言う自動車メーカーの社長もいますね。(会社の名前=社長の名前)

社長が創業者の場合、ブラック企業になりやすいですね。
自分の事業にかける情熱を従業員も持つべきだと勝手に思い込むからです。

投稿: ハマッコー | 2014/08/13 14:38

きっしー さん:

「デフレ経済のあだ花」と気付かなかったのは、経営トップが妙に 「高い理想」 をもってしまっていたというのも理由に挙げられると思います。

ワタミの渡辺会長も、なんだかやたらと人類愛に燃えているようなことを叫びたがっているし、ゼンショーも 「世界から飢えをなくす」みたいなことを掲げています。

ですから、自らの 「高い理想」 の実現のためには、単なるプロの経営者なんかに任せるわけにいかなかったんでしょうね。

美しすぎる理想は時々、遮眼帯のような働きをしてしまい、当然気付くべきことに目を向けなくさせてしまいあす。

「正しいのは自分だけ」 になっちゃうんですよね ^^;)

投稿: tak | 2014/08/13 14:39

ハマッコー さん:

>想像するに、“こんな店潰してやる”という、店員の悪意が働いていたとおもいます。

ほほう。
コンペチターを潰したかったら、潰し屋のバイトを送り込めってことですね。

>社長が創業者の場合、ブラック企業になりやすいですね。

そしてどら息子が会社を潰すという例もよくあります (^o^)

>自分の事業にかける情熱を従業員も持つべきだと勝手に思い込むからです。

従業員にそれを要求して、息子には伝わらないので、二代目が潰すのでしょうね (^o^)

投稿: tak | 2014/08/13 16:58

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