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2014/08/17

田舎の親戚との付き合い

旧盆の時期である。東北生まれの私にとっては、お盆といえば旧盆のことで、7月にやる新暦のお盆なんて、まるで実感がない。で、毎年この時期の前後に帰省するため、自然の成り行きで田舎の親戚や先祖のことを考えるようになっている。

ただ田舎に行っても、私の父母の兄姉というレベルの親戚は年々亡くなって少なくなり、生き残っている叔父、叔母も、私がたまに顔を出すと喜んでくれるが、見事なまでに年寄りの風貌になってしまった。いとこは関東や仙台で暮らす者が多く、帰郷してもなかなか全員には会えない。

いとこたちにたまに会うと、やはりそれなりの年齢の風貌になっている。その子供たちとなると、顔と名前を一致させるのも大変だ。一族郎党が近場で寄り添って暮らしているのでない限り、21世紀の世の中で親しい親戚付き合いを継続させるのはなかなか難しい。

ところで、6年前の 「祖父母が 3人ずついる私」 という記事で書いたように、私の母は私が子供の頃に一緒に暮らしていた祖父母の養女であり、父はそこに婿養子に来た人である。だから私には、一緒に暮らしていた血のつながりのない祖父母の他に、父方と母方にそれぞれ祖父母がいる。

で、子供の頃は 「ウチはやたらと親戚が一杯いるなあ」 と思っていた。普通は親戚といえば父方、父の母方、母方、母の母方という 4方向に広がるが、私の場合は、祖父方、祖母方、そして父方、父の母方、母の実父方、母の実母方と、6方向に親戚がいたのである。

幼い子供には、こんな複雑な関係の理解は難しい。その上、それぞれの家風というか、雰囲気がやたらとバラエティに富んでいて、自分のアイデンティティがどこから引き継がれたものか、さっぱりわからなかった。自然と分裂気質的になるのも仕方がない。

父と母の家系は田舎としては知的なところがあったが、祖母は 「浜の衆」 の漁師の家の出で、無学だった。私は小学校に入る頃まで、祖母は読み書きができないのだと思っていた。実際に字の読み書きをするのを見たことがなかったからである。

で、当時付き合いのあった親戚関係でも、祖母の関係だけは、私の父と母でさえも、どんな親戚かよく理解していなかった。祖母に 「あの親戚とは、具体的にはどんな関係なのか」 と聞いても 「オヤグよ」 (庄内弁で 「親戚よ」) としか説明してくれなかったからである。

まあ、無学な祖母としては、自分でも親戚関係を詳細には把握していなかったのか、あるいは把握していたとしても、人に説明することができなかったのか、そのどちらかだったのである。

だから私は、「彼女は、祖父の妹の旦那の先妻の娘」 とか、「彼は母の実母の本家の総領息子の長女の旦那」 とか、「あの人は父の母方の従兄弟」 とかはわかっていても、祖母の系統だけは、祖母の妹の家の者以外は、「よくわからんが、ばあちゃんの親戚らしい」 としか言えないのである。いわばブラックボックスなのだ。

というわけで、祖母の関係の親戚付き合いはだんだんと希薄になっているのも無理からぬところかもしれない。祖母の親戚は筆無精が多いようで、年賀状のやり取りすら思うに任せないし。

そんなわけで、お盆に帰省しても、忙しい時間を縫ってまでこちらから顔を出そうという気にも、なかなかなれないのである。まことにこの世は不常である。

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コメント

今年は、母を見送った関係で、野辺送りやら初盆やらで様々な親戚の方と会う機会がありましたが、どうしても家系図のどの位置にいらっしゃるのか不明のかたがいました。祖母の嫁入りり前の姓と同じだから、親戚なんでしょうが、年配の親戚に“あの方は家系図のどの位置にいるのか”と尋ねても“全く分からない”とのこと。

なにか、もやもやした気分です。素人でもノウハウを持ってれば調べられるのでしょうが、私にはお手上げです。

投稿: ハマッコー | 2014/08/18 02:14

ハマッコー さん:

やっぱり、お祖母さんの親戚ですか ^^;)

投稿: tak | 2014/08/19 23:17

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