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2015/04/10

文体で 「イラッとくる」 ことについて再考

実は今日の記事は、一昨日の 「イラッとくる感覚の翻訳」 の中で書いていたのだが、あまりにも冗長になったので、一度アップロードしてから考え直し、急遽カットしていろいろ付け加え、本日の独立した記事にしている。

一昨日は 「自分の文体が英文翻訳調に近い」 と自覚していると書いたのだが、実は私にはもう一つ秘密兵器があって、それは古典的な日本語というものだ。それは私のもう一つのブログ 「和歌ログ」 で駆使しているが、そっちの方はマイナーなブログという位置付けにとどめてあるので、一応 「秘密兵器」 と言ってもいいだろう。

私は一時、歌舞伎なんてものにどっぷりとハマっていた時期があって、年間 30回以上劇場に通っていた。修士論文が、七代目団十郎から九代目への歌舞伎の変遷というテーマだったほどである。今は時間がなくてなかなか劇場には行けないが、しょちゅうテレビの BS で観劇している。そんなわけで、英文翻訳調の日本語だけでなく、古典的な日本語も意外にイケるのである。

自分の文体が英文翻訳調に近いとはいいながら、あまりにもステロタイプな翻訳調だと、つい 「イラッと」 きてしまうのは、このバックグラウンドのせいかもしれない。どこかに伝統的、あるいは土着的な、ちょっと言い方を変えると日本の身体性を感じさせるような要素がないと、どうもしっくりこないのだ。

その意味で、私の文体は 「ハイブリッド」 (混血) ではなく 「エクレクティシズム」 (折衷) という方が当たっているのだろう。その意味では、どこか妙にエクレクティックな私の文章に 「イラッとくる」 人もきっといるだろうと思う。悪しからず。

古典的な日本語を書くという点では、ジャストシステムの ATOK はかなりありがたい。この日本語入力システムには 「文語モード」 というモードがある。このモードにすると、「てふてふ」 と入力すればするっと 「蝶々」 と変換してくれるし、「言ふに及ばず」 なんてのも、一度 「言うに及ばず」 と入力してから 「言う」 を 「言ふ」 に修正するなんて手間が要らない。

古典日本文学を専攻する学生が論文を書いていて、原文を引用する時なんか、とてもありがたい機能だろう。私が修士論文を書いていた頃にこんなのがあったら、どんなに楽だったろうと思う。

7年前に ATOK にそんな機能があると気付いたのをきっかけにして、「ATOK の文語モード試しみむとて」 という記事を皮切りに 3日連続で擬古文調の記事を書いたことがある。和歌を古語で詠むのはずっとしてきたことだが、実は散文を書くのは初めての経験だった。しかし案外サクサクと書けるものである。日頃馴染んでいるというのは、ちょっとした強みになるようだ。

とはいえ、この 3日連続の擬古文体は、本当の格調高い古文に馴染んでいる人にとっては、相当に 「イラッとくる」 ものだったろうと思う。実はあれは、エクレクティシズムの極み的な一種のパロディでもあるので、その辺はどうかご容赦戴きたいのである。

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