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2015/05/05

新幹線特集の番組を見て思ったこと

今朝、NHK の BS アーカイブで新幹線の特集番組が再放送されていた。平成 23年に最初に放映されたというので、4年前のものだが、それでも画面に映る最新型の車両は N700 系で、九州新幹線もスタートしていた。

番組では東海道新幹線の開業を実現させた人たちの当時の回想もあり、なかなかジンとくるものがあったが、それよりも個人的に感慨深かったのは、私が昭和 42年、中学校 3年の修学旅行で東京に来た時には、蒸気機関車に乗っていたという記憶である。山形県酒田から新潟に向かう羽越線は、当時電化すらされていなかったのだ。新幹線が走った 3年後だというのに。

多分、途中の上越線のどこかで電気機関車に交代したはずだが、途中まではトンネルに入る度に慌てて窓を閉めていた。当時の客車は冷房がなかったので、乗客が自分で窓を開閉できたのだが、トンネルで窓を開けっ放しにしていると、蒸気機関車の煙が客車内に充満して大変なことになったのである。

私が初めて新幹線に乗ったのは、高校 3年の時だった。新幹線が開業して 6年後である。それまでは自分には関係のないものだと思っていた。ところが、夏休みに大学進学の下見という名目で東京の親戚を訪ね、ちょっと予算が余ったので、ふと予定になかった京都まで行ってみようという気になったのである。

新幹線ひかりの自由席に乗ると、それまでは 「夢の超特急」 だと思っていたものが、既に日常の特急列車だった。東京〜大阪間というのは、日本の中でも別世界だという気がしているうちに、あっという間に京都に着いた。まさにその時、目と鼻の先の大阪で開かれていた万博に背を向けていたのは、私がその頃からへそ曲がりだったことの証明である。

京都ではまともなホテルや旅館に泊まるほどの金がなかったので、一泊目はドヤ街の簡易宿泊所 (一泊 700円だったかなあ) に泊まった。汗と酒の臭いが充満する中で相部屋になったオッサンに、「万博の施設でも道路でも、あれはみんなワシが造ったんや」 と自慢話を聞かされた。当時はやっていた岡林信康の 『山谷ブルース』 の世界に、こんなに簡単に飛び込むとは、その日の昼まで思っていなかった。

京都ではふとしたきっかけで、チリとドイツから来たというねえちゃんと友だちになり、二泊目は同志社大学だったかの学生寮に (250円ぐらい払ったような気がする) 泊まり、三泊目は京都駅の通路にごろ寝した記憶がある。だんだんお金がなくなってきたので、そうするしかなかったのだ。ちなみに最初に泊まったドヤ街は、今では跡形もない。

三日目の朝は在来線の急行と鈍行を乗り継いで東京まで戻り、上野から酒田まではボックス席の夜行急行列車で、9時間かけて帰った。この頃はさすがに、羽越線も電化されていたような記憶がある。酒田の街に戻ると、タイムマシンで 10年以上時代を遡ったようなのどかさだった。

私はいわゆる 「団塊の世代」 には属していない。戦後のベビーブームが一段落した直後に生まれたので、自分では 「団塊の世代の尻尾」 だと思っている。しかしどうも、都会生まれの団塊の世代より、ずいぶん古い時代の日本を知っている気がしているのは、この 「タイムマシン」 のせいだと思うのである。

前にも書いたことがあるが、私の生まれた家は水道もガスもなく、裏の井戸で水くみをして、薪で炊事をしていた。そしてトイレが汲み取り式なのは当然として、それが庭の離れたところにぽつんとあった。だから冬の吹雪の夜にトイレに行くなんていうのは、子どもにとってはほとんど命がけだった。

さらに小学校の 4年生頃まで、今では使用禁止になっている殺虫剤の DDT を月に 2回ぐらい振りかけられていた。保健所の職員が学校に来て、有無を言わさず生徒を DDT まみれにするのである。髪の毛だけでなく、首筋から噴霧器を入れられて背中まで真っ白にされていた。私自身は体にシラミがわいたことなんて一度もないのに、お目こぼしというわけにはいかなかった。

今から思えばずいぶん乱暴な話である。都会生まれの知人は私より 5歳以上年上でも、「いくらなんでもそんなことをされた覚えはない」 と言う。私は体験的には、団塊の世代なんかよりずっと古い時代の日本を知っている。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

最初に住んでた家は汲み取り式でした。
ど田舎でしたからね…。
DDTはさすがに経験ないです。
新幹線といえば、やっぱり0系ですよね!
o(*^▽^*)o

投稿: ひろゆき王子 | 2015/05/05 23:47

家の畳の縁にDDTを撒いた記憶はありますが、有無を言わせずに体に噴霧されたことは記憶にないですね。
地域によって随分と差があるもんですね。
貴重な語り部になってしまいましたね。

投稿: ハマッコー | 2015/05/06 00:52

う~ん、これは相当に面白いでげす(失礼!)!

昭和から平成へと移り変わる時代を俯瞰する記録としても大変興味深いでげす!

T少年の心象風景と時代の移り変わりを二本の柱とした、一大長編ロマン映画ができるのではないでげしょうか!

タイトルは、そうでげすね、「汽笛は遠くなりにけり(「遠くで鳴っている」と「遠くなった」の二つの意味)」などどうでげしょうか!(重ね重ね失礼!)

投稿: 萩原下衆兵衛 | 2015/05/06 08:46

ひろゆき王子 さん:

0系というのは、初代の車両ですね。
あれは東京タワーと同じ波長を感じます (^o^)

投稿: tak | 2015/05/08 06:41

ハマッコー さん:

>貴重な語り部になってしまいましたね。

「ワシの若い頃はのう……」 とやっちゃいましょうか (^o^)

投稿: tak | 2015/05/08 06:42

萩原下衆兵衛 さん:

>T少年の心象風景と時代の移り変わりを二本の柱とした、一大長編ロマン映画ができるのではないでげしょうか!

井戸で水を汲んで、薪でメシを焚いていた時代から、インターネットの時代の変化なんて、あのままのテンポだったら、100年分ぐらいのスパンかもしれませんね ^^;)

投稿: tak | 2015/05/08 06:45

いつも楽しく読んでます。ほぼROMの私ですが皆さんコメントしなかったので…

>ふとしたきっかけで、チリとドイツから来たというねえちゃんと友だちに

良ければもう少し詳しく、お願いします。
艶っぽい話?なのでしょうか(^o^;)

投稿: koji | 2015/05/11 21:14

koji さん:

いやいや、それほどには艶っぽくはないです。
健全な国際交流でありましたよ。

なにしろ、大学の寮とかに泊まったんですから (^o^)

投稿: tak | 2015/05/12 01:03

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