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2015/05/16

論理と感覚の狭間と、直観への飛躍

Kamiya English Coaching (KEC) を主催する emi さんが、「初めて見る単語を覚えるとき、私たちは文字を一つひとつ認識するのではなく、スペルのまとまりを画像として認識している」 らしいという、脳の働きを調べた研究の成果を紹介している。(参照

彼女は 「複雑な漢字が読めるけど書けなかったり、似たような文字列を見て「空目(そらめ)」が起きたりするのも、これに関係していそうですね」 とコメントしている。確かに、英語に限らず、我々は文字情報の多くを、アナログな画像として認識しているのではないかという気がする。

一時ネット界隈で話題になった、次のテキストもそんなところから了解できるかもしれない。

こんちには みさなん おんげき ですか? わしたは げんき です。
この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか
にんんげ は もじ を にしんき する とき その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば
じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる というけゅきんう に もづいとて
わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。
どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ?
ちんゃと よためら はのんう よしろく

引用したテキストは、単語ごとに (時々は文節ごとに) 分かち書きしてあり、そこがミソなのだと思う。いくらなんでもスペースなしにずらずらっと続けて書かれたら、どこからどこまでが独立した単語なのか判別しにくくて、まともには読めないだろう。

しかし、単語としてのまとまりさえはっきりとわかる書き方ならば、文字の順序は少々でたらめでも、最初と最後の文字さえ合っていれば、確かに案外すらすらと読めてしまうのである。これは我々が文字情報としての単語を 1文字ごとに読み込んでいるのではなく、一まとまりのアナログ画像として認識していることを示しているのだろう。

あるいはこれは、単語だけではなくて一繋がりの論理のプロセスも、そんな風に認識しているのではないかという気がする。数学の証明問題なども、同じプロセスを辿るようなものは、ざっと見ただけで解けてしまったりする。私は数学が得意な人の多くは、論理的というより感覚的な人なのだと思っているが、それは案外こんなところからきているのかもしれない。

さらに、「直観」 というのは 「感覚」 をさらに飛躍させたところにあるのかもしれないと思う。ノーベル物理学賞を受賞したりする学者の中には、新発見の多くは論理というより直観から出発していると指摘する人が多い。つまり、天啓のような 「思いつき」 が大発見につながることがあるのである。

仕事でいろいろな人間と接していると、過度に論理的な人というのは、付き合うのがかなり面倒なことがある。彼が自分の考えを説明し始めると、半分ぐらい聞いてしまえばその全貌は大体つかめてしまう。だって極めて論理的なのだから、途中まで聞けば結論は簡単にわかってしまう。シンプルな三段論法は、二段目まで聞けば十分なのだ。

それで、「ああ、そういうことね。それだと、ああなって、こうなって、要するにこうしちゃえばいいよね」 と引き取ってしまうと、彼は 「人の話を最後まで聞け!」 と怒り出したりする。仕方がないから最後まで付き合ってあげても、やっぱり思った通りの当たり前の結論でしかない。

当たり前すぎる論理を、きちんとプロセスを追ってあまりにも懇切丁寧に説明されると、聞いている方としては、いらいらしてしまう。聞く方は特急列車に乗ったごとく、既に終点まで行ってしまっているのに、話す方が各駅停車でゆっくり追いついてくるのだから、じれない方がおかしい。

プレゼンをしていて、聴衆をイライラさせてしまっては失敗である。だから相手を説得するには、どこかで意外性を盛り込む方がいい。「いつもの理解のしかた」 というのを、一度裏切ってしまうと、人間は新鮮さを感じるものなのだ。

私が自分のサイトを 14年前に立ち上げた時、"知的情報の受発信に必要なのは見識ある解釈と 編集、そして最後の 「一ひねり」" というキャッチフレーズにしたのは、その意味でかなり正解だったかも知れないと、今になって気をよくしている。

ただ注意しなければならないのは、聞く方の理解力が不足していると、「チンプンカンプンだった」 と言われかねないことだ。その場合は、こちらも各駅停車で辿らなければならなかったりする。

上述のごとく、三段論法は二段目まで聞けば十分なのだが、実際には三段目まで聞いて初めてびっくりする人が多いのも事実なのである。

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