« 東北がやっと梅雨入り | トップページ | ならば私は「¥記号をつけた数字で表示:¥1,200」 の店を選ぶ »

2015/06/29

労働時間と生産性に関する身近な実感

「ニュースの教科書」 サイトに 「米国人は仕事中毒? 休暇中もノートパソコンを叩く人が増加中」 という記事があった。仕事中毒なのは日本人だけと思っている人には意外だろうが、米国人は本当に朝から、というか、夜明けから晩まで仕事をしている。

日本のオフィス街で、夜明け前からビルの窓に明かりが灯っているなんてことはほとんどないが、ニューヨーク、マンハッタンのホテルに泊まって、どうせ時差ボケだから夜明け間に起き出してゴソゴソやっていると、隣のオフィス・ビルの窓のいくつかには既に皓々と明かりが点いて、誰かが当然のようにデスクに向かっているのが見えたりする。

もっとも、そんな人はプロフェッショナルなキャリアの人に限られていて、フツーの労働者は決まった勤務時間だけである。例えばオフィスのおねえちゃんなんかは、夕方にコピーを頼まれると、作業している間に退社時刻になりそうな場合は、それがたった 10分ぐらいの作業でも翌朝に延ばすのが当たり前だったりする。

しかし米国の会社役員とか、プロフェッショナルな人たちは、フツーの労働者とは仕事の意欲が違う。そもそもかなり強烈な競争社会を勝ち抜こうとしているし、成果を上げれば挙げるだけ報酬としての見返りがあるということもある。そうこうしているうちに、確かに 「仕事中毒」 みたいなことになる。

一方、日本の労働者の労働時間の長さは、ちょっと異質な気がする。一般的に労働時間のみが長くて、生産性は少なくとも米国、英国、ドイツなどに比べてかなり劣る。要するに、だらだらと長時間労働をしているということになる。

メンタリティとしては、一つには、いくら成果を上げても報酬としての見返りは大した違いはないから、だったらせめて、残業手当で稼ごうかという妙な心得違いをする傾向がある。これって、結果的には成果は大して違わないのに残業手当だけがかさむということだから、企業としてもムダだと思うがなあ。

もう一つ、顧客のわがままを聞きすぎて、納期寸前のスペック変更などをしなければならなくなり、大慌てでサービス残業をしてでも帳尻あわせをするなんてこともある。「お客様は神様」 と思いすぎている結果である。

ビジネス契約というのは本来、発注者も受注者も平等の立場で約束しているのだから、発注者が後になってイレギュラーな注文を加えたら、その分納期をずらすか、エクストラ料金を支払うかしなければならないはずなのに、日本では受注者に 「泣いてもらう」 ことが平気でまかり通っている。これが事前の計画がいい加減なままで走り出して、生産性を落とす原因となる。

要するに 「なあなあの契約」 が多いから、労働時間だけ延びて、成果はあまり上がらないということになるわけね。まあ、その分 「顧客満足度」 は高かったりするが、本来発注者側の責任とされる分も、受注者が 「発注者の身になって」 考えて引き受けてくれてるんだから、そりゃ発注者側の満足度が高いのは当然だ。高い満足度は、受注者に 「泣いてもらう」 ことで実現されている。フェアじゃないよね。

ビジネスというのは、同じ企業がある場合は発注者でも、別の場合は受注者になるのだから、結局それは 「負の連鎖」 になって、日本全体の生産性を落とす結果になる。だから日本人は、勤勉に長時間仕事をするのに、実は好きでやってるわけじゃない。酒飲みながら仕事の愚痴ばかり言っている。

|

« 東北がやっと梅雨入り | トップページ | ならば私は「¥記号をつけた数字で表示:¥1,200」 の店を選ぶ »

マーケティング・仕事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/42004/61810270

この記事へのトラックバック一覧です: 労働時間と生産性に関する身近な実感:

« 東北がやっと梅雨入り | トップページ | ならば私は「¥記号をつけた数字で表示:¥1,200」 の店を選ぶ »