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2015/08/08

PC が、ようやく 「ありきたりの道具」 になった

Nikkei Trendy の「Windows 10は使いたいですか?アンケート結果発表」 という記事が興味深い。とくにおもしろいのは、「Windows 10 に限らず、OS のアップグレードに関するご意見がございましたらご記入ください」 として設けた自由記入欄に記載されたコメントの抜粋だ。

ざっと目を通した印象では、Windows 10 にアップグレードするという回答者でも、喜んでというのは極めて少数派で、「Windows 8、8.1 が、あまりにも使いにくいから」 とか 「サポート期間を延長したいから」 とかいう、「しょうがないから」 的な回答が多い。

本音的なものでは、「OS をアップグレードするたびに大仕事になるので、面倒でたまらない」 とか 「OS を使いたいのではなく、アプリケーション・ソフトを使いたいのだから、互換性の問題が発生するアップグレードは、大迷惑」 など、かなり否定的なコメントが目立つ。そもそも、「それまで慣れ親しんだユーザー・インターフェイスから、どうして離れなければならないのか」 という疑問が勝っているようだ。

こうしたコメントを見ると、「PC はようやく、『ありきたりの道具』 になったのだな」 と思う。ちょっと前までの PC は、「ありきたり」 というよりは、「ちょっと特別のモノ」 という側面が強すぎたのだ。

私は 2006年 11月 29日に、「PC の時代は 2015年で終わり?」 という記事を書いている。これは当時の 『月間アスキー』 の電車内吊り広告に載っていたキャッチ・コピーだ。私はこの時は、どんな形で PC が終わるのか明確にはわからなかったが、まさに 2015年となった今、 「なるほどね」 と納得する。PC は輝かしい地位から降りて、「ありきたりの道具」 になってしまったのだ。

この記事で私は、次のように書いている。

よく人から 「tak さんは パソコンが好きだからね」 なんて言われるが、「別に好きでも嫌いでもないんだけど」 と思ってしまう。パソコンを使わないと仕事にならないから、別段抵抗なく使っているだけだ。

毎日毎日、電気洗濯機で洗濯をしている家庭の主婦に、「電気洗濯機がお好きですねぇ」 なんて言ったら、全くの的はずれなのと同じだ。

あれから 9年近く経ち、日常の仕事として PC を使い倒している私に向かって、「パソコンがお好きですね」なんて言う人は、ようやくいなくなった。家庭の主婦に、「洗濯機がお好きですね」 なんて言う人がいないのと同じレベルに、やっとなったのだ。

いち早く OS をアップグレードして、人より早く新しい操作法に習熟し、得意になってビギナーに操作法を教えてあげることに喜びを感じるなんていうのは、今やカッコよくもなんともない。単なる 「オタク」 でしかなくなってしまったのだ。

洗濯機を買い換える度に操作法が一変してしまい、スイッチの切り方一つで悩んでしまうなんていうのでは、家事のストレスが溜まりすぎるだろう。デスクワークだって、それと同じことである。

で、「ありきたりの道具」 になって、私は始めて 「PC を使えない」 という人がいるのも仕方がないと、抵抗なく認めることができるようになった。それは 「洗濯機が使えない」 というオヤジがいるのと同じことである。要するに、「やりたくない」 んだから、しょうがない。

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