« 「まっとうな問いかけ」 への、的外れな反撃 | トップページ | 寒波襲来 »

2016/01/23

変わる必要なんてない世界に住めばいい

昨日付の 「和歌ログ」 で、こんな歌を詠んだ。

変はるべきものは変はらず変はらざることも善しとぞ思ふこの頃

我ながらまことにもってふざけた歌である。15年前の米国の、小売業における  IT システム関連の見本市に行った際にもらった公式トートバッグを、今でも重宝して使っていることから、ちょっと思いを馳せてしまったことで、こんな歌になってしまった。

そもそも 「変はるべきものは変はらず」 というのがふざけすぎである。「変わるべきものは変わる」 というならいざしらず、「変わらず」 として、それも 「善し」 とは、一体どういう了見なのかと言われそうだ。

どういうことなのか、ちょっとだけ種明かしをすると、15年前は SCM (サプライ・チェーン・マネジメント) の変革期と言われていた。商品の生産から流通にいたるまで、すべての情報がデジタル化し、最も効率のいいマネジメントが展開されると思われていた。

商品という商品は、屋台の夜店で売られるようなものは別として、すべて JAN コード化され、原材料メーカーから小売店頭に至るまで流通情報が共有されると考えられていた。それによって、原材料や部品、製品の供給が最適化され、在庫や欠品は最小限となり、利益は最大限となる。

さらに商品流通は下げ札ではなく RFID 化される。RFID というのは、最も身近な例でいえば、鉄道を利用する時の SUICA や PASMO みたいなもので、一瞬の間に無線でデータを読み取り、書き換えることによって、印刷されたバーコードをリーダーで読み取る手間さえいらなくなる。

段ボール箱に入った商品の一つ一つに RFID を付ければ、受信装置を備えたゲートをくぐらせる瞬間に、箱の中身のデータが読み取れる。納品時にいちいち段ボール箱を開いてチェックする必要すらなくなり、スーパーの買い物でも、バスケットを潜らせるだけで瞬間的に精算できる。

そんな便利な世の中が、数年後には来るような期待を抱かされた。だから私はこの頃、米国のシカゴで開かれた "Retail System" という専門見本市に 2014年から 16年まで、3年続けて通った。この分野に関しては結構勉強していたのである。

Ground0 当時はまだブログが普及していなかったから、このことは本宅サイト内に記録してある。例えば平成 16年の 5月 16日から 1週間は、米国滞在の話だ (参照)。同じ時期の和歌ログは、写真入りだが、当時のデジカメの解像度の悪さが如実にわかる (参照)。左の写真は当時の 「グラウンド。ゼロ」 の様子だが、ぼんやりしていてよくわからない。

あれ以来カメラの解像度は飛躍的に進化したが、SCM システムの進化はそれと比べればうんざりするほどトロい。RFID なんて今でも別世界のお話みたいだし、私の専門領域のアパレル商品なんて、JAN コード化の進展は遅々たるものだ。

メーカーによってバーコードの仕様や意味が違うから、それぞれ別の読み取り方をしなければならない。流通はそんな馬鹿馬鹿しい投資をしたくないから、SCM は亀よりトロい歩みである。全国どこでも SUICA や PASO が使えるようになった交通カード・システムは、その点では立派なものだ。

IT の世界は日進月歩であると思われている。しかし進むところでは追いつくのが大変なほどのスピードで進化するが、進まないところでは 10年経っても 20年経っても、悲しくなるほどの手間のかかる非効率な作業を昔から今に至るまで続けている。

私としては今では、「それならそれでいい」 と思っている。要するに、そんなに次から次へと商品を買っては捨てるみたいなライフスタイルから離れればいいのだ。そうすれば、SCM にうつつを抜かす必要もなくなる。

無農薬の大根を売り買いするのに、JAN コードなんか必要ない。JAN コードなんていらないようなライフスタイにすればいいだけの話だ。

|

« 「まっとうな問いかけ」 への、的外れな反撃 | トップページ | 寒波襲来 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

スーパーでは RFID は普及し得ないでしょうね。少なくとも食品売り場ではだめでしょうね。ICタグが最安で一個10円だったと思います。一枚88円のチョコレートに付けたら利益が吹き飛びます。
アパレル業界では有効活用している例があるようです。

私のような消費生活をすれば、 RFID なんて不要になりますね。冷蔵庫は43年使いました(去年やっと買い替え、ああ電気代もったいない)、和室用照明器具は34年、ステレオセットは修理しながら40年使いました。(私のような者は景気回復を望んじゃいけませんね)

話は変わりますが、映像(物理量)の読み取り精度は「分解能」という言葉で表現され、「解像度」はディスプレイなどのどこまで精細に表示できるかを表現する言葉のようです。失礼しました。

投稿: ハマッコー | 2016/01/25 22:09

ハマッコー さん:

スーパーのキャラメルなんかでは、バーコードで十分で、RFID を付ける対象にはならないでしょうね。
15年前は、せめてアパレル製品も早く JAN コード化しなければと思っていましたが、もう諦めました。一部だけで RFID 化しているようですが、「標準化」なしの突っ走りは、逆に受け入れ側に複数の対応を強制するので、本末転倒です。

「長持ちさせて使う」ライフスタイルは、「経済成長」とは別の価値を生み出しますよね。

「解像度」に関するご指摘、もっともです。ありがとうございます。ただ Photoshop あたりでも 「画像解像度」という表現を使っているので、「通称」的に使わせてもらいました。

投稿: tak | 2016/01/27 01:12

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/42004/63110392

この記事へのトラックバック一覧です: 変わる必要なんてない世界に住めばいい:

« 「まっとうな問いかけ」 への、的外れな反撃 | トップページ | 寒波襲来 »