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2016/05/25

飲み会、とっくにやめている

私は基本的に 「おごられる」 のが苦手である。自分の飲み食い分ぐらいは、自分で払いたいと思っている。さらに、接待でもなんでもない部署内の人間だけのいわゆる 「飲み会」 を、会社の 「経費」 で落とすのも苦手である。割り勘なら、まだ安心するのだが。

しかし会社勤めをしていた時代には、「当然ながら、自分では払わない」 というケースがあった。それは上司が 「どうだ? たまには 1杯やらんか?」 などと、「飲み」 を誘ってきた場合である。こうしたことはできるだけ断っていたというか、誘われないように立ち振る舞っていたのだが、仕事の延長というムードがありありで、「今回は断りにくいな」 というケースがたまにある。そんな場合は、仕方なく付き合っていた。

そんな時には、私は決して払わない。なにしろ 「仕事の延長みたいな雰囲気満々」 のくせに残業代もつかないことに、渋々付き合うのである。ただで飲み食いしても嬉しくもなんともなくて、単に苦痛なだけなのだから、その 「苦痛の代償」 を相手に支払わせることに、何のてらいもなかった。

ところが上司は決して自分の金でおごっているわけではない。領収書をもらって、経費で落としているのである。「だったら、勤務時間中にミーティングとしてやってもらいたいなあ」 と思うのだが、彼らは会社の金で飲み食いしながら、「仕事の話」 をするのが大好きなようなのである。そして、昼にやってくれれば 30分で済む話を、夜に 3時間ぐらいかけるのだ。

「酒が入ると、相手の人間性が理解できていい」 という人もいる。しかし、なまじ人間性を理解してしまったせいで、ますますその人とは付き合いたくなくなることが多い。ところが 「この人とは距離をおいて接したいなあ」 と思う人ほど、やたらと飲みに誘ってくるというパラドックスには、本当に悩まされる。

最近は昔ほど 「飲み会」 が頻繁ではないようで、なかなかいい傾向である。同僚や部下の 「限られた時間」 を尊重しようと思ったら、やたらと飲み会なんかに誘えないはずなのだ。「飲み食いしながらのフランクなコミュニケーションの場」 なんて、年に 1度の忘年会で十分じゃないか。

私は会社勤めから離れ、飲み会といううっとうしい慣習から解放されて本当にせいせいしている。今は出張先で合流するスタッフとも、晩飯を一緒に食べたら、あとは基本的にフリーというのがお約束だ。年に 1度ぐらいはじっくり飲みながら話すこともあるが、しょっちゅう誘ったりなんかしたら確実に敬遠されてしまうと、お互いに思っているから気が楽だ。一匹狼同士の方がずっと付き合いやすい。

ハフィントンポスト日本版編集長の竹下隆一郎氏が 「#飲み会やめる そしたら、人生変わる気がする」 という記事を書かれている。そして 「#飲み会やめる を考える」 というハフポスト日本版イベントが、6月 10日(金) の 18:30 開場、19:00 開始で開かれるらしいが、私の仕事環境では、飲み会なんてとっくにその使命を終了してしまっている。

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コメント

”飲み会止めるをかんがえる”なんて今更何を言ってるのって思いますね。

人の醜い面が噴出するのが飲み会と宴会ですよ。
飲み会で人間関係が良くなったなんて言う経験もないし。
逆に同じ酒を酌み交わした仲と勘違いされて、その後甘えてこられて不快な経験をした。

飲み会も、年一の忘年会も拒否してきた私にようやく社会が近づいてきた。結構なことです。

投稿: ハマッコー | 2016/05/26 14:38

ハマッコー さん:

>人の醜い面が噴出するのが飲み会と宴会ですよ。

その傾向はかなりありますね。

ただ、酒を飲み交わすことで、その人の魅力がますます冴え渡ってくるという人も、稀に存在しまして、そうした人とならじっくりと飲みたいと思います。
ただ、そのタイプの人は、そうやたらに飲み会したがりません。やっぱり年に 1度になりますね。

投稿: tak | 2016/05/30 00:00

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