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2016/06/12

『笑点』 について

Nifty News に 「たけし"笑点"の番組作り批判」 という記事があった。あの番組のレギュラーになるとギャラが大幅アップするらしいし、答えのほとんどは番組の裏側にいる作家が作っているというのは、前々から知る人ぞ知る話だったから、まあ、たけしの批判は何も目新しいものではない。

私の知り合いにも 『笑点』 のファンは何人もいて、あの番組をみて無邪気に笑っているらしいが、ほとんど 65歳以上の高齢者である。若い世代では、せいぜい 「たまに見て、大喜利のことも知ってはいる」 程度のものだ。

で、不思議なのは 『笑点』 のファンだから、落語も好きなのかというと、どうもそういうわけではないらしい。信じられないことに、70歳を過ぎて、「大喜利は笑えるけど、古典落語は難しくてわからない」 なんていう人がいくらでもいるのである。彼らの子どもの頃のラジオ番組なんて、落語と浪曲がやたら多かったはずなのに、一体何をして育っていたのだろう。

子どもの頃はむずかしくてわからず、年頃になって以後は落語や寄席芸なんて遠い世界のことになって、辛うじて 『笑点』 の大喜利で何十年も笑いながら、じいさん、ばあさんになってしまったというのだろうか。なるほど、この番組の視聴者の年齢層がものすごく高いというのも頷ける。

視聴者の年齢層が高いから、出演者も年寄りが多い。出演者の新陳代謝が進まないのも当たり前だ。見る人が年寄りばかりなのだから、出演者が頻繁に変わったら付いていけない。そしてたまに若い出演者に変わっても、新しめのギャグは通じないから、年寄り連中におもねる。そして暇な年寄りが毎週見るから、視聴率は高いまま維持されている。

若い作家が考えたギャグを、年寄りの出演者がしゃべって、それを聞いた年寄りたちが無邪気に笑っているという構造なのだ。この番組のファンの年寄りたちが、実は古典落語をわかっていないというのも、こう考えれば道理である。つまり 「寄席芸入門」 的な役割すらほとんど果たしていない。

そのくせ出演者の営業ギャラはやたら高くなっていて、「利権の巣窟」 と化しているというのだから、たけしの批判も当然だ。繰り返すが、何も目新しいことじゃないけど。

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コメント

電映箱を処分しちまつたので最近は見ていなゐのですが、日曜日の夕方、平均的お年寄り(?)が「今週も何事もなかつた。よしよし。来週も何事もありませんやうに。アハハと笑つてボケ防止」と平穏無事を願ひながら眺める、「日曜日夕方の儀式」的な物なのでせうね。あれは変わつては困るものなのでせう。
多分あたくしももつとぢぢゐになつたら毎週見るような希ガス。(おいおい)

投稿: はぎ腹みづ禰 | 2016/06/13 17:09

古典落語はある程度、わかる人しかわからない部分がありますからね…
僕も大学生の時に落語研究会に入っていなければ、果たして理解できたかどうか…
(つд⊂)エーン

投稿: ひろゆき王子 | 2016/06/13 20:51

はぎ腹みづ禰 さん:

平和の象徴みたいなものですね。「NHK のど自慢」 もそんなようなところがありますが。
(あれ、誰が見てるんだろう ^^;)

投稿: tak | 2016/06/13 21:13

ひろゆき王子 さん:

へえ、お前さん、落研の出かい? こりゃまた、びっくり下谷の広徳寺ってなもんだ!

投稿: tak | 2016/06/13 21:16

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