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2016年10月に作成された投稿

2016/10/31

まだまだ多い "Hallo Ween" という誤記

昨年の 10月中頃、「日本語ウェブページの 5件に 1件以上が "Hallo Ween" と誤記」 という記事を書いた。日本でもハロウィーンがかなり盛んになってきてはいるものの、"Halloween" を "Hallo Ween" と 2語に分かち書きしちゃう人が大勢いて、まだまだしっかりと確立したような気がしないのである。

Halloween1

上の画像はあれから 1年おいて再び "Hallo Ween" で検索してみた結果の表示だが、件数は昨年の 230,000件から 249,000件に増えちゃっている。渋谷のカフェなんかが "Hallo Ween Party 受付中」 なんてやっているのが、なんというか微笑ましくもある。

まあ、ハロウィーンに触れたページ自体が圧倒的に増加しているので、比率からいえば昨年のように 2割以上というわけではなくなったが、それでもなんだかなあという気がするわけなのだよね。

Halloween2

昨年の記事にアップした写真 (上を参照) みたいな、いかにもこっ恥ずかしくなるような看板は、さすがに減ったような気がするが、それでも誤記の総数はさりげなく増加傾向にある。元々はきちんとしたキリスト教の行事ってわけではなく、民俗行事から発展したイベントなので、多少の混乱はいかにもそれらしいという気もするが、でもねえ。

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2016/10/30

ファンシーケースはどこに消えた?

そういえばその昔 「ファンシーケース」 というものがあったなあと思い、気紛れに画像検索してみたら、『みつこのジャバライフ』 というブログの 2013年 3月 28日の記事に、ぐっとくる写真を発見した。これ、私が大学入学し、18歳 (つまり 46年前) で上京した時に持っていたのと同じ懐かしいものだ。

Fancy

上の写真は、みつこさんのブログから拝借したものである。このファンシーケースは私の持っていたのと、多分品番まで同じだろう。アコーディオン奏者であるらしいみつこさんに、妙な親近感を覚えてしまったよ。

あの頃、せまいアパート暮らしをしている学生は、ほとんど全員がファンシーケースというものを持っていた。もしかしたら今の若い人は知らないかもしれないので、念のために説明しておくと、細いスチール製を直方体に組んだフレームを塩ビのカバーで覆ったワードローブ入れである。大抵は前面のファスナーで開閉する方式で、中にはハンガーにかけた服を吊しておくことができた。

今どきのアパート (というか、いわゆるワンルーム・マンション) は、大抵造り付けのワードローブがあるから、こんなものは要らないのだろう。しかし昔のアパートは 4畳半に押し入れなんていうのがほとんどだったから、ファンシーケースが必需品だったのである。

ところで私のファンシーケースは、どうしちゃったんだろう。いつ、どんな風に処分したのか、全然記憶にない。購入当時は真っ白に黒いプリントだったのだが、ずっと持ち続けていたらみつこさんちにあるみたいに、いい具合にセピア色風に近付いていたかもしれない。なんだかもったいないことをしてしまったような気がしてきた。

ちなみにファンシーケースは決して絶滅してしまったわけではないらしい。Amazon のサイトで検索すると、ちゃんと現役の商品としてリストアップされている (参照)。ただ、昔はほとんどがプリント柄だったのだが、今はすっきりとした無地が多い。時代を感じる変化である。

ここでちょっとした警告だが、上の 「(参照)」 という部分をクリックしてしまうと、以後、アクセスするページの多くに、要りもしないファンシーケースの広告が表示されてしまう可能性がある。別に実害はないのだけどね。

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2016/10/29

「アスリートは短命」 説の逆利用

ラグビー元日本代表監督の平尾誠二氏の、53歳という若さでの死は、ちょっとショックだった。彼が同志社大学で活躍した頃から、ワセダのラグビーは常勝軍団じゃなくなったような印象まであって、憎いけどカッコいい存在ではあった。

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ところで、「アスリートは短命」 という説がある。確かに相撲取りなんかは、若死にするような気がする。上の図は昔話題になった 『脳内革命』 (春山茂雄・著) という本に載っていたグラフだが、なるほど、確かに体育会系は若死にするような印象を受ける。一方で文化系は生き残るように見て取れる。

アスリートが長生きしないのは、体内に活性酸素が大量に生成されてしまうからだと言う人もいる。ただ活性酸素というのは、別に激しい運動なんかしなくても体内に発生しちゃうのだから、程度問題であって、「スポーツは体に悪い」 なんていうのも考えものだ。

私なんかは 「自分で自分の面倒が見きれなくなる年になってもだらだらと生きるより、さっさとあの世に行ってしまう方が幸せ」 と思っているから、単なる 「数字上の長生き」 には否定的だ。さんざん元気で生きて、ある日ポックリ死んでしまうのが、私だけでなく多くの人の理想なんじゃないかとも思う。

私は還暦を過ぎても、「雨さえ降らなければ、往復 50km 以内なら自転車で出かける」 なんて言って、時には往復 100km 以上でもそうする。結構汗をかきながら生きているのは、意識としては 「単なる数字上の長寿を放棄するのと引き替えに、元気なうちはバリバリ動ける体を維持する」 ことに積極的な意義を見出しているからだ。

これは別の言い方をすると、「必要以上に動いておくことで、数字だけの長生きなんてしなくて済むように保険をかけておく」 ということでもある。「アスリートは短命」 という説は、ある意味逆利用のし甲斐があるだろう。

今のところ、すぐに死んでしまうような兆候も見られないから、多分 70歳までは元気で生きていけると思う。そこから先は、元気なままなら敢えて死のうとは思わないが、床に伏せるようになってまでだらだら生きようとも思わない。だって、それじゃつまらないし、苦痛でもあるだろうから。

そうならないように、今のうちに体を酷使して、あっさり死ねる素地を作っておこうと思っている。

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2016/10/28

津波の時は、勝手に高いところに逃げろ

宮城県石巻市の大川小学校での津波被害を巡る訴訟で、仙台地裁段階では遺族側が勝訴し、これを受けて石巻市は控訴する旨が伝えられている。いずれにしても 84人の犠牲者の命は帰らないのだが。(写真は 2011年 5月に私が仙台市の被災地で撮影したもの)

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裁判では、大川小学校まで津波が襲うことを予見できたのかどうかが焦点となり、仙台地裁では 「市の広報車が巡回して避難を呼びかけたのだから、予見できた」 との判断で、原告勝訴となった。ただ、大川小学校のあったところまでは、過去に一度も津波が届いたことがなかったこともあり、判断が遅れたもののようだ。

大変痛ましい事件ではあったが、このニュースが伝えられた当初から私は、「自分だったら勝手に逃げ出して助かったかもしれない」 という思いを抱いていた。

私は小学校時代、「いつも勝手な行動をとる問題児童」 だった。何しろ団体行動に縛られるのが嫌いだったのである。だからもし自分があの時、大川小学校にいたら、勝手に逃げ出して裏山に登り、助かっていたかもしれない。

そもそも私は小学校時代、教師を信用していなかった。いつも適当なことしか言わないし、ちょっと難しいことを聞けば誤った答えをするし、子どもでも知っていることを知らないし、「この人たちを全面的に信用していたら、ろくなことにならない」 と思っていた。

その上、私は自然災害に関しては臆病なところがある。大地震や台風などにはかなり弱い。だから、大地震があって、市の広報車が 「津波が来る」 と警戒を呼びかけているような状況で、校庭にいつまでも待機させられるなんていう状況には耐えきれなかったと思う。きっと勝手に逃げ出していただろう。

そうでなくても、三陸辺りでは 「津波てんでんこ」 と言って、津波が来るという情報があったら、とにかく我先に高いところに逃げろと言われている。津波が来たら、親を見捨てて逃げても責められることはないというぐらいだ。

大川小学校の児童たちは、いい子すぎたのかもしれない。てんでに裏山に逃げていてくれたら、助かったのに。

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2016/10/27

自民党総裁の任期延長を巡る冒険

自民党の政治制度改革実行本部全体会議で、総裁の任期が、「連則 2期 6年」 から 「連続 3期 9年」 に延長することに決まったんだそうだ。正式には総務会で年内に了承され、来年 3月の党大会で党則改正して確定するのだが、まあ、ここまでくれば決定したとみていいんだろう。

Abeishi

自民党の総裁任期に関しては、これまでもちょくちょく改正され、長くなったり短くなったりしている。1955年の結党時から 1972年までは 2年、1972年から 1978年までは 3年、1978年から 2003年まで 2年、2003年以降は 3年となっている。日本の総理大臣は自民党総裁が務めるということが圧倒的に多いので、2年やそこらでちょこちょこ顔ぶれが変わり、国際的には軽く見られがちということになっている。

自民党内に 「俺も総理大臣やりたいんだもんね」 というじいさんが大勢いる時は、国際的に名前すら覚えてもらえなくても、2年任期でどんどん交代できるようにしていた。まあ、誰がやっても同じようなものだからそれでよかった。

ただし 1974年に連続 3選が禁止されるまでは、何期でも務めることが出来た。連続再選の上限なんて決めなくても、どうせ順番だと思われていたのだが、佐藤栄作が 1964年の東京オリンピックが終わってから、70年安保を挟んで 1974まで、ほぼ 9年にわたって総理大臣をやるなんて事態が生じてしまった。

「あのおっさんを担いでいる方が、自分たちの選挙が楽になる」 ということになると、とたんに 「俺が俺が」 と言い出さなくなる。ただし佐藤栄作時代の末期になると、さすがに 「三角大福」 (三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫) と言われた 4人がひしめき始めたので、「いくらなんでも、頭がつっかえすぎちゃ、いつまでも順番が廻ってこない」 ということになり、以後連続 3選が禁止された。

ところがそのほとぼりが冷めると中曽根康弘時代に、1986年の衆参同日選挙で大勝したため、特例として 2期目の任期が 1年延長されている。基本的に、「俺も俺も」 という声がさんざん上がっている時期は任期を制限し、強烈なキャラの神輿に乗る方が得策と判断すれば、任期を延長してでもヨイショする。その繰り返しで、案外ご都合主義なのである。

というわけで、今は安倍一強時代になってしまったので、「3期 9年」 があっさり通ってしまったんだろう。「俺も」 と言ってるのが石破茂 1人しかいないんだから、しょうがない。あの佐藤栄作時代を彷彿とさせるが、彼がノーベル平和賞を受賞しちゃった時は、「悪い冗談だろ」 と思ったものだよ。

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2016/10/26

これがかの有名な、内職詐欺のスパム・メールか

ハローワークから宛先を間違えたメールが来たのかと思ったら、さにあらず。スパム・メールだった。差出人をよく見れば 「ハローワーク」ならぬ 「ハロワーク.com」 という怪しさかと思ったが、さらによく見れば 「八口ワーク.com」 (漢数字の 「八」 に 「口 (くち)」 ) という、怪しすぎ加減である。

Yatukuti

これがかの有名な 「内職詐欺」 のメールなのか。それがついに、私のところまでやってきたか。むかつくような、嬉しいような、複雑な気持ちである。メールの内容は在宅ワークの問い合わせに対する返信という体裁をとっていて、次のように書かれている。

この度は、在宅ワークにご応募いただきありがとうございました。

http://ow.ly/dIwe30***44N (※ 当方の判断で、一部伏せ字)

在宅ワークの副業になります。

ノルマ、納期などの縛り一切なし!
自分のライフスタイルに合わせた副業はここだけ☆

■場所 自宅でOK
■時間 一日のみ短期アルバイトでも可 一日30分でもOK
■給料 内職で時給2500円以上!

プライバシー保護完全完備 本当に簡単で誰でもできるお仕事です。
これを機に在宅ワーク始めてみませんか?

当然ながら、メール中の "http://ow.ly/dIwe30***44N" というサイトにはアクセスなんかしていないが、どんなものなのかはおおよそ想像が付く。在宅ワークを募集しているが、それに応募するにあたっては、登録料やら研修費やら教材費やら、さらにまた専用ソフト購入費やらで、まず金を払えと言ってくるらしいのである。そして金だけ取って、肝心の仕事の紹介なんかまったくなしということになるのだ。(参照

一時話題になった詐欺商法だが、まだ生き残っていたのか。大方はこんなメールをもらっても、その怪しさに気付いて、すぐに削除してしまうだろうが、下手すると 「時給 2500円以上」 という謳い文句につられて、応募してしまう人もいるかもしれない。

しかし、ちょっと待て! 何しろ相手はハローワークなんかじゃなくて、 「ヤツクチワーク」 なんだからね。それに 「納期の縛り一切なし」 なんていう仕事が、世の中にあるわけないじゃないか。

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2016/10/25

Apple Pay が SUICA などに対応

Apple Pay が日本でもようやくスタートして、iPhone でも SUICA などのカードが使えるようになった (参照)。対応するのは iPhone 7 と 7 Plus のようで、私の持っている iPhone 6 はウェイブサイト上の決済になら使えるが、改札口で 「ピッ」 というわけにはいかないようなので、既に 2年縛りが解けていることだし、早く買い換えなければいけないなあ。

Suica

私は財布や定期入れがパンパンに膨らむ状態に、ずいぶん長い間うんざりしていた。長財布にゴールドカードをずらりと並べるような趣味はないので、二つ折りの財布をなるべく薄くして持ちたいのだが、カードというものは、なんだかんだで増え続けるのである。

とくに店舗のメンバーズカードは厳選しても増え続けるので、最近は"Stocard" というアプリ (下の写真参照) にバーコード画像を登録しているのだが、それに対応してくれない店もある。とくに T-Point Card は、店によっては物理的なカード以外は受け付けないところもあるので (同じバーコード画像を読むだけなのにね)、しかたなくカードも持ち歩いている。

Stocard

一番唖然としてしまうのは、ヨドバシカメラのヨドバシカードが、店によって、あるいは同じ店でも売り場によって Stocard に登録したデータをを受け付けたり拒否したりすることである。だから私は、昔からヨドバシカメラは嫌いで、できるだけ他の店で買うことにしている。当然、ヨドバシカードは持ち歩かないことにした。

ちょっと話がずれかかってしまったが、iPhone 7 を持つようになったら、財布や定期入れはかなり薄くできるだろうと思う。あとは運転免許証や健康保険証、歯医者の診察券とかが iPhone に登録できるようになったら、かなりありがたい。最近の人間は、運転免許証を家に置き忘れてもスマホを忘れることは滅多にないから、免許不携帯なんてことも減るだろうに。

私は念のため、Stocard に運転免許証のデータは登録してある。ただ健康保険証をデータ化しても、町医者なんかではなかなか対応してくれないだろうなあ。

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2016/10/24

鍋の最後に炭水化物を摂る 「しめの文化」 に馴染めない私

私は鍋の最後に 「しめ」 というものを食う文化に、かなりの違和感を覚えている。さんざん飲み食いした挙げ句にさらにメシだの、うどんだの。ラーメンだのと炭水化物を食い足すというのが、自分自身の 「食のスタイル」 に全然馴染まない。

2015081910

私は夕飯はさっさと食って、さっさと腹一杯になりたい人である。ところが日本の、とくにオヤジたちの食文化は、「とりあえずビール」 から始まり、大して腹の足しにもならないものをちびちびつまみながら、だらだらと酒を飲む。しかしそれでは寝る前に腹が減るので、最後に鍋に炭水化物をぶち込んでそれを食うのである。

私はといえば、酒なんて飲むよりもとにかくメシを食いたい。だから酒飲みの家に招かれて夕食に付き合わされると、いつまでもメシが出てこないので、腹が減ってどうしようもなくなる。それで 「あのう、ちょっとご飯をいただきたいんですが」 なんて言うと、「えっ、もうご飯ですか?」 なんて驚かれる。

そんなことを言われて驚くのはむしろこっちの方で、よくまあ、夜も更けてからメシも食わずに空きっ腹を我慢できるものだと思う。それで、さっさとメシを食ってしまうと、最後の 「しめのラーメン」 なんて、「そんなもの、いらんわ!」 ということになる。

これは、私が下戸の家に生まれて育ったからだと思う。私の父は、「酒はお猪口一杯ならおいしいと思うが、二杯飲んだら心臓バクバクになって死ぬ」 という人だった。だから夕食の前にとりあえず酒を飲むという発想がない。飲みたかったら、まず腹を満たしてからゆっくりと飲む。

本来なら、この方が体のためにもいいはずである。空きっ腹のうちに酒を飲んで、寝る前に炭水化物をがっつり食うなんていうのが、健康的なはずがないではないか。それで 「しめの文化」 には、自分自身がオッサンになってからも全然馴染めない。

仲間内で飲み屋に行って、「それぞれ好きなつまみを頼んで」 なんて言われても、私は 「おにぎり 2皿」 なんて注文して、不興を買ったりしているのである。

(写真は 「日清 妖怪ウォッチ 鍋用ラーメン」 というものを借用した)

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2016/10/23

「みと肛門クリニック」 という病院が実在する

先日、水戸の市街をクルマで走っていたら、「みと肛門クリニック」 という冗談みたいな看板を見つけた。確かに実在するお医者さんで、いやはや、びっくりした。

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こんな冗談みたいな名前だが、ネットで調べてみるとちゃんとした病院のようなのである。「川崎胃腸科肛門科病院」 という病院の分院と書かれていて、これは神奈川県の川崎市にあるのかと思ったら、同じ茨城県の日立市にあるという。

この病院、結構評判がいいようで、決して 「冗談ポイよ」 というような存在ではないようなのだ。強烈な印象度の病院名で誰でも一度で覚えてしまうだろうから、案外よくよく考えた上でのネーミングなのかもしれない。

口コミサイトでは 「すべて番号で呼ばれるので、他人に名前を知られることがなくプライバシーに配慮されています」 とある。ただ病院内ではそんな風でも、病院の外に出てしまったら 「みと肛門クリニック」 とは二重の意味でこっ恥ずかしいだろうから、そこは 「ご老公クリニック」 とでも言い換えるといいかもしれない。

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2016/10/22

ギリギリのタイミングで 「お笑い Big 3」 を語る

既に遅すぎるかもしれないが、今のうちに書いておかないと、あっという間に 「それ、何のこと?」 なんて聞き返されるようになりそうなので、アリバイ作りみたいな意味でもここらで書くことにする。何かというと、「お笑い Big 3」 についてである。

Big3

「お笑い Big 3」 の顔ぶれについては、もう時期的に異論が出ても不思議じゃないが、まあ、ちょっと前までは、「さんま、たけし、タモリ」 の 3人と相場が決まっていた。いくらあまりテレビを見ない私でも、彼らの番組は嫌でも目に飛び込んできていた。

で、この 3人の芸風を私なりに一言で言ってしまうと、こんな感じになる。

さんま: 小さなことを膨らませて笑いを取る。

たけし: 小さなことを異化させて笑いを取る。

タモリ: 大きなことを小さくして笑いを取る。

この 3つのうちでは、さんまの芸風が一番わかりやすいわけだが、はっきいり言って私の好みではない。ストレートすぎて、ひねりを感じないのである。だから聞いているうちに面倒くさくて付き合いきれなくなる。

そこへ行くと、たけしの芸風はかなりひねりが効いている。だが、異化の方向性が決まりきってくると、それはマンネリに陥りやすい。だからいわゆる 「お笑い」 よりも映画などを作る方が、「作風」 という一段上のレベルに昇華されたものとして、世間に認められやすくなる。とはいえ、はっきり言って私の好みではないのだけれどね。

タモリの芸風は、さらにひねりが効いている。せっかくの大きなことも敢えて小さくして、身も蓋もなくしてしまうのだ。その小さくする手法が、決して矮小にしてしまうというのでもなく、ちょっと見過ごしていたようなエアポケットに放り込んでしまうというスタイルなので、意表をついたおかしみになる。

さんまは相変わらず賑やかなお笑い芸人のままのようだが、たけしとタモリは、近頃ではお笑い枠からのはみ出し方をより強めているように見える。たけしは映画作家としての方が評価される方向にあり、タモリは 『ブラタモリ』 で見せる 「ペダンティスト芸人」 としてのスタンスを既に築いてしまった。

ただ、たけしとタモリにしても 「お笑いは男子一生の仕事にあらず」 みたいなスノッブな感じとは一線を画していて、いつでも一瞬にしてお笑いの土台に戻れる中身を維持しているので、気障にならないでいられるのはさすがである。

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2016/10/21

女性のバッグについての考察

電車に乗っていつも少々気になるのは、多くの女性の持ち物がごちゃごちゃしていることである。大抵小さなハンドバッグとは別に大きめのトートバッグみたいなものを持っていて、それ以外にもどっかの店のロゴが入った紙製かプラスチック製のショッピングバッグなんかまでぶら下げていることが多い。

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それで、電車に乗ると複数のバッグの置き場所に困って、座席の隣に置いて 2人分の席を占領したりする。小柄な女性は網棚に乗っけるにも苦労してしまうようで、かといって床に直接置くのも憚られるみたいなのである。

そして電車を降りる段になると、ハンドバッグを抱え、大きなトートバッグを肩にかけ、その上、ロゴ入りショッピングバッグまでぶら下げて、よたよたと降りていく。そりゃ、小さめのハンドバッグは女性の必需品らしいから、大きな荷物とは別に持つというのはわかる。だが、ほかにバッグを 2つも持って、好んで両手を塞ぐという発想が、私にはちょっと気の毒なことに思えてしまう。

よく観察すると、持ち物が 2つも 3つものバッグになっているのは、大抵スカートをはいた女性である。そしてパンツスタイルでもヒラヒラしたファッション・パンツの女性はこれに準ずる。一方、カジュアル・パンツやジーンズの女性は、私同様にリュック 1つにすっきりまとめて背負っていたりすることが多い。

私ならハンドバッグに入れるようなものは小さめのバッグ・イン・バッグに入れて、ちょっと大きめのバッグ 1つにまとめて持ちたいと思うのだが、そこはそれ、フェミニン・スタイルの女性にとってはハンドバッグというのもファッション・アイテムの一つだから、別個に持って周囲に見せるともなく見せるのでなくては意味がないのだろうね。

とはいいながら、本当に 2つも 3つも荷物を抱えて街を歩くというのは、女性にとっても実はうんざりすることのようで、最近はスカートをはいていてもお洒落なリュックを背負ってさっそうと歩く女性が出現し始めた。時代は確実にカジュアル化の方向に進展している。

そのうちにハンドバッグなどというアイテムは、送迎車やタクシーで移動するマダム (つまり、電車になんか乗らない階層) みたいな人種のシンボルになるかもしれない。

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2016/10/20

この時期の山形の、タイトな宿泊事情の裏側

昨日は山形県の山懐深くまで分け入ったところまで出張し、天気にも恵まれて無事に仕事を終えた。宿泊は山形市内でと思っていたのだが、2週間以上も前に予約しようとしたところ、どういうわけかホテル事情がやたらタイトで、山形市の隣町、天童市の、しかも温泉街からはかなり離れたビジネスホテルに、ようやくもぐりこめた。

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チェックインの際に、ホテルのフロントマンにどうしてまた、こんなにもホテルがタイトになっているのかと訪ねたところ、山形で技能五輪全国大会 (アビリンピック) というのが開催されるためらしい。開催は今月 21日から 24日までだが、既に参加者が続々と山形入りしているのだという。

道理で紅葉シーズンにはまだ早いというのに、妙に混んでいるはずだ。

ところがよく聞いてみると、今回ギリギリでホテルの予約ができたのは、関係者のミスのおかげらしいのである。もしミスがなかったら、2週間前の予約では全然間に合わなかったらしい。

というのは、山形県から参加者の宿泊ホテル手配の依頼を受けた 「東武トップツアーズ」 という代理店のミスで、約 2,300人分の宿泊ホテルの予約ができていなかったことが判明していたというのである。代理店は大慌てで 16日までに全員の宿泊先を確保したというのだが、一部の参加者は連泊ができずに移動の必要が生じたりしているらしい。(参照

さらにホテルのフロントマンに聞いたところでは、山形県内だけでは足りずに、隣の宮城県での宿泊を余儀なくされている参加者もあるという。とんだ災難で、遠くのホテルでの宿泊やホテルの移動を強いられた参加者は、ちょっとしたハンデを負うことになるんじゃなかろうか。もの作りの微妙なテクニックを競うのだろうからね。

ともあれ、まともな宿泊が叶わなかった技能五輪参加者にはまことに恐縮だが、旅行代理店のミスのおかげで、私は辛うじてホテルに潜り込めたということになるようなのである。世の中、何が幸いするか知れたものではないが、これはあまり気持ちのいい幸いではないよね。

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2016/10/19

トランプの 「下ネタ・トーク」 を実際に聞いてみると

ドナルド・トランプが決定的に窮地に追い詰められる材料となった、例の 「バス内での下ネタ・トーク」 に付き合っていたニュース・パーソナリティが、「弁解の余地がない」 として番組を無期限で降板させられていたと、ロイターが報じている。(参照

試しに YouTube に流出した 「下ネタ・トーク」 というのがどんなのか、ちょっとググってみたらすぐに見つかった。上の画像をクリックすれば、動画がスタートする。聞いてみれば人妻をどうこうしようとしたが、どうこうしそこなったとかいう (「どうこう」 という部分、動画では結構具体的に述べられている) 話に始まり、思っていた以上のお下劣さだ。

トランプは 「ロッカー・ルーム・トーク」 だと釈明したらしいが、若い連中ならいざ知らず、いい年こいて、功成り名遂げたオッサンの言うこととしては、付き合いきれないレベルである。なるほど、トランプのキャラがよくわかる。あんまりものを考えない人である。

なにしろ、この動画のタイトルが "Grab 'em by the P*ssy" というもので、思い切って翻訳しちゃえば 「お○んこをわしづかみ」 となる。これ、トランプがそう言った (確かに 「有名人ならやりたい放題で、"Grab 'em by the P*ssy" もできる」 と言ってる) と、あのワシントンポストが報じてるんだから、私にどうこう言われても知らない。

なるほど、これじゃあ、少なくとも女性の支持はがた落ちになる。彼の妻は 「ボーイズ・トーク」 だと擁護しているらしい (参照) が、彼は 「ボーイ」 というにはどうみてもオッサン過ぎて笑える。どうでもいいが、このニュースの写真を見ると、トランプはこんなにもセクシーな女性を妻にしながら、まだ他に手を出したいみたいなのである。

ちなみに降板させられたニュース・パーソナリティはビリー・ブッシュという名で、なんと前の大統領、ジョージ・ブッシュ (息子の方) の従兄弟なんだそうだ。米国も広いようで、この手の人脈は案外狭いのだね。

彼はトランプの下品なトークに付き合わされて 「恥ずかしい思いをさせられた」 と公に釈明したというのだが、YouTube で実際の会話を聞く限り、むしろノリノリでトランプをヨイショしまくっているようにしか聞こえないがなあ。

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2016/10/18

寡黙のディラン

スウェーデン・アカデミーが、ボブ・ディランへの直接のノーベル賞授賞連絡を断念したらしい。「アカデミーは授賞を発表して以来、彼を探そうと試みたが、今は連絡を取ることをやめた」 と、ダニウス事務局長が語ったというのだから、まあ、ディランらしい。(参照

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13日の 「ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞に、しっかり納得」 という記事中で 「多分、当人はニコリともしないだろうが」 と書いた。これは半世紀以上もディランを聞いている者にはわかりきったことで、最近のライブで受賞について一言も触れなかったというのも、「そりゃ、そうだろうね」 ということになる。しかし連絡さえ取れないとまでは、さすがに思わなかった。

ディランもデビュー後の数年は、ステージ上でトークをしていたらしいが、ある時期からまったくしゃべらずに演奏するだけのステージになった。初来日コンサート "Far East Tour 1978" でも全然トークがなく、無愛想そのものだったが、パフォーマンスは素晴らしく、私は十分興奮して聞いていたよ。彼は多分、40年以上このスタイルを続けているのだろうから、「雄弁な寡黙」 がすっかり独自のスタイルになっている。

コンサートでやたらとトークの長いシンガーもいる。それはそれでいいが、自分の歌を長々と説明されると、私はかなりシラける。「説明なしでしっかりと通じる歌を作ってくれよ」 と思う。そしてもう一つ言えば、「歌の解釈は聞き手に委ねるべき」 だと思う。自分で 「これはこういう歌だ」 なんて説明するのは無粋だ。

「トークなしのパフォーマンス」 というのは、実は聞き手を信頼しているからできることなのかもしれない。そりゃあディランの聞き手は筋金入りだからね。

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2016/10/17

日本も広く、世界はもっと広い

仕事であちこち旅することが多いので、「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」 という昔の交通標語が観念的すぎるように思われることがある。日本も結構広いのだ。そりゃあ、米国とかブラジルから来た友人に聞くと、「日本は島国」 ぐらいに思っているようだが、島は島でも、そんなに小さな島じゃない。しかも 1つの島じゃなくて、ざっとみても北海道、本州、四国、九州が並んでいて、その先に沖縄がある。

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先日は久しぶりで長崎に行って来たのだが、本州の東にあって夜明けが早い茨城県に比べると、九州の西の端の長崎はいつまでも暗い。気象庁のサイトで調べると、私が長崎にいた 10月 12日の茨城県水戸市の日の出は 5時 42分だったが、長崎市では 6時 22分だった。40分も差があるのだ。

私は出張先のビジネスホテルでは、遮光カーテンなんかがあってもそれを閉めないで、レースのカーテンだけで寝ることが多い。磨りガラスだったら、カーテンなしだ。こうすると朝の光が入って、自然に目覚めることができる。

ところが先日の長崎では、窓の外がまだ暗いので 5時前頃だと思いながらうとうとしていると、6時にセットしておいた目覚ましが突然鳴り出し、驚いて飛び起きた。「そうか、ここは長崎だった!」 と改めて気付いたのである。

逆に九州から関東に出張してきた人なんかは、ふと気付くと世の中が明るくなっているので、「しまった、寝過ごした!」 と慌てて飛び起きることが多いらしい。そして時計を見て 「なんだ、まだ 6時かよ!」 と安心する。

日本の中でこれだけ体内時計がずれているのだから、欧米なんかに旅すると時差ボケに悩まされるのもしょうがない。昔の船旅では徐々に慣れていくことができたのだろうが、今はジェット機で半日かからずに (「半日」 と言っても、時差のせいで実感的にはわけがわからなくなるのだが) 着いてしまうので、体が戸惑う。

日本も広いが、世界はもっと広い。

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2016/10/16

蓮舫代表の俳句

もう 3日前になってしまったが、民進党の蓮舫代表が米国大使館を訪問し、キャロライン・ケネディ大使に自作の俳句をプレゼントしたというニュースが流れた。その俳句というのは、「太平洋 蓮の架け橋、紡ぐ女性(ヒト)」 というのだそうだ。(参照

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写真は民進党のサイトに出ていた記念撮影写真の部分拡大だが、ケネディ大使の持った俳句の書かれた紙 (色紙ってわけでもなさそうで、よくわからないスタイル) が、きちんと開かれていない。そのため句の一部しか見えないというのは痛恨だ。

この写真を撮ったのは、きっとアマチュアだ。ちゃんとしたカメラマンなら、俳句の書かれた紙をきちんと開いてくれるように頼まないはずがない。こんなことからもわかるように、民進党というのは何をやらせても素人っぽくて、詰めが甘い。

素人っぽいということでいえば、蓮舫代表のこの俳句も、お世辞にも上手いとはいえない。というか、素人丸出しで、お恥ずかしいほどのまずいレベルである。キャロライン・ケネディは 「俳句好き」 という報道がある (参照) ぐらいだから、こんなレベルのプレゼントでは、ますますいかがなものかということだ。

まず 「蓮の架け橋」 って何だよ? と思ってしまう。どんな橋なんだか全然イメージできない。「浮き橋」 ならまだありそうな気もしたが、よく考えると太平洋ということだから、塩分でやられてすぐにおシャカになってしまうよね。

ネットで検索してみたら、こんなのが見つかったが、これが元になっているというのは無理がありすぎだ。要するに自らの名前の一文字を取っただけなんだろうが、そもそも 「蓮」 というのは歳時記では晩夏の季語なので、10月に入ってからなんかじゃなくてせめて秋分前にしておけばよかった。

さらに言えば、「架け橋」 という名詞と 「紡ぐ」 という動詞は、どう考えてもリンクしようがなくて違和感がありすぎる。「女性」 の読みを 「ヒト」 とカタカナにしてしまっているのは、単に生物学的なお話にしたいのだろうか。とまあ、ツッコミどころがありすぎで、この 「俳句」 は、女子中学生の 「自己陶酔ポエム」 にも及ばないレベルということだ。

結局のところ蓮舫代表の文芸音痴と厚かましさだけが印象として残り、プロモーションとしてもあまり上手じゃない。もしかしたら俳句好きのキャロライン・ケネディは、この句のまずさがわかったので、記念撮影ではあえて一部しか見えないように隠したと想像するのは、うがち過ぎなんだろうな、やっぱり。

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2016/10/15

黒パン礼賛

3日前に長崎まで行った際に乗った ANA の機内誌で、黒パンの特集をしていた。ドイツの黒パンのお話である。タイトルの 「今日も黒パン 明日も黒パン」 というのが気に入った。もちろん 「今日もコロッケ 明日もコロッケ、これじゃ年がら年中コロッケコロッケ」 という昔の歌にちなんだもので、「年がら年中黒パン」 というココロなのだろう。

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私が初めて行った外国はドイツである。25歳の時に、出張で行ったのだ。フランクフルトでは年に 2回インターストッフという布地の国際見本市が開かれていて、繊維業界紙の記者をしていた私は、以後何度も訪問した。

そして初めて訪問した時から、ドイツの黒パン文化に馴染んだ。ドイツの普通のレストランで供されるパンは、黒パンしかないみたいなものだったが、そのみっちりとして、やや酸っぱさのある食感が気に入ったのである。「パンというのは、こんなにおいしいものだったのか」 と思ったほどだ。

ドイツを訪れた日本人の、ドイツ独特の黒パンに対する反応は、きれいに 2通りの分かれる。「ドイツのパンには馴染めない」 という反応と、「黒パンも、なかなかいいものですな」 という反応だ。そして 「馴染めない」 派の方がずっと多い。さらに私のようにみっちりとした黒パンの方が気に入ってしまい、「白くてふかふかのパン」 に物足りなさを感じてしまう日本人はごく少数派だ。

日本でパンの定番と言えば、山崎の食パンだろう。まさに 「白くてふかふかのパン」 そのものだが、我が家では 「つまらないものの代表」 みたいに思われている。とくに私なんかは、「何が悲しくて、あんな味気ないパンを食うのだ」 と思っている。「まずい」 とか 「嫌い」 とかいうわけでは決してないが、金を出してまで買って食う理由がまったく思い当たらない。

日本は物が豊富にあって、いろいろなもののが選べると思われているが、ことパンに関しては、やっぱりその奥行きがない。おいしい黒パンを食べたいと思っても、なかなか手に入らないのだ。我が家では手作りの天然酵母パンを食すのだが、ライ麦がフツーに入手できる環境にないので、黒パンはまだ作ったことがない。

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2016/10/14

ビジネスホテルのバスタブなんて窮屈なもの決まってるが

私は最低でも月に 2度は仕事でいろいろな街に出張する。各地のいわゆるビジネスホテルに泊まることが多いが、夕方過ぎにチェックインして、ちょっと外出して飯を食い、部屋に戻ってちょこちょこっと仕事のまとめをして、2つのブログを書き、後は風呂に入って寝るだけだから、ホテルに関しての贅沢はほとんどいわない。

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宿泊施設に関する切実な要望事項は、ただ 1つ。禁煙ルームということだけである。ちょっと前に禁煙ルームが満室で喫煙ルームに泊まらされたことがあったが、ものすごくたばこ臭くて閉口した。ファブリーズをもってきてもらって、ほとんど 1本使っても、まだたばこ臭い。あんな部屋で平気で一晩過ごせるというのは、よほど感覚がマヒしているのである。

それ以外ではバスルームのバスタブも、できれば窮屈でない方がありがたいが、そんなにこだわるというわけでもない。私は図体がデカいので、大抵のバスタブは体を海老のように曲げても、肩まで湯に浸かろうとすれば膝が収まらず、膝を収めれば肩が冷える。まあ、日本のホテルのバスタブなんてそんなものだと諦めている。

ところが 一昨日の夜から一泊した長崎のホテルのバスタブは、その程度のレベルにも達しなかった。3年に 1度ぐらいこのタイプのバスルームに当たってしまうことがあるが、とにかく、一目見て 「あ、こりゃダメだ。シャワーだけにしとこう」 と思ってしまうほどの窮屈さである。

バスタブの深さは私の膝ぐらいまでしかなく、必死に体を縮込めて体育座りしても、胸から上と膝頭がはみ出す。このバスタブで不満なく入浴できるのは、小学校低学年ぐらいまでだろう。上の写真なんか、角度のせいだろうが、バスタブが洗面ボウルよりほんの一回り大きいだけみたいに見えている。

こんな小さなバスルームのホテルというのは、大抵大浴場がついていて、そっちに行けばゆったり脚を伸ばして入ることができることが多いのだが、このホテルはそれもなかったのである。一昨日の長崎は夏日だったので、体が冷えることはなかったが、寒い冬の日なんか、全身をお湯に浸して暖まりたいなんていう要望には、到底応えられない。

最近は中国からの旅行客もちょっと減少しているのか、どこに行くにも去年の今頃ほどホテルが取りにくいなんてことはなくなったように思う。この冬は、大浴場付き (それもできれば温泉が望ましい) のホテルを重点的に狙うことにしよう。

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2016/10/13

ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞に、しっかり納得

一昨日から長崎に出張し、今日の夕方に乱気流の中を羽田に降り立ち、日が暮れた道を自転車をぶっ飛ばして帰って来たら、ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したというニュースが飛び込んできた。ひえ〜! その手があったか!! ウッディ・ガスリーズ・グランドチルドレンと思っている私としては、戸惑いながらも嬉しい。

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巷では 「今年こそ村上春樹」 なんて言われていたが、私は密かに 「それは絶対にない」 と思っていた。なぜかと言われても答えに窮するが、直感として彼はノーベル文学賞っぽくないのである。彼は自分でもそう思っているらしいから、それは確かなことなんだろう。

だって、あるじゃん。芥川賞っぽくない作家とか、三島由紀夫文学賞っぽくない作家とか。スコット・フィッツジェラルドもレイモンド・カーバ—も、ノーベル文学賞をもらってないし、どうしたってそんな感じじゃないのである。その辺のところ、村上春樹自身は見極めてるのかもしれない。審査員ががらっと変わらなきゃ無理なのだ。

一方、ボブ・ディランなら完全に納得だ。多分、当人はニコリともしないだろうが。

ネットを見ると、「音楽もありなのか」 「それなら長渕剛もありか」 なんて反応があったりするが、おいおい、そんなことを言ってたら、世界で馬鹿にされるぞ。ディランの詩が文学であることは既にしっかりと認められたことなのだ。

今じゃあまり言われなくなったが、米国のビートニクからの系譜を知らないと、今回の彼の受賞は理解できないかもしれない。私の勝手な思いとしては、アレン・ギンズバーグやジャック・ケルアックの分まで一緒にもらったんだという気がしてしまうのだ。

何しろ 「音楽」 であるとともに、いや、それ以上に 「詩」 (現代詩) なのだよ。だからノーベル文学賞なのである。彼のアルバムは 6枚がグラミーの殿堂入りしているが、彼の作品はグラミー賞よりもノーベル文学賞の方がずっとふさわしいと思う。

上の写真は、私が LP で持っているディランのアルバムである。”SAVED” 以後は ダウンロードして iPhone の中にあるだけなので、形としてのジャケットは、写真にある 12枚だけだ。ああ、ジャケットを眺めるだけでも、ハイティーン時代からの思い出が体の中を駆け巡るよ。

ここでこれ以上ディランを語り始めたら眠れなくなってしまうから、今日のところはここまで。

【日付が変わって追記】

「ギョエテとはわしがことかとゲーテ言い」 というジョークがあるが、放送の世界でもネットの世界でも 「ボブ・デュラン」 と誤記したり、間違って発音したりするケースが多いのに驚いている。夜中の TBS ラジオの女子アナも 「ボブ・デュラン」 と連発していた。これって、女子アナだけじゃなく、原稿を書いた記者も知らなかったってことなんだろうね。

近頃は 「デュランとは俺がことかとディラン言い」 である。"Dylan" をどうやったら 「デュラン」 と読めちゃうのさ? と聞いても、当然ながら元のスペルも知らないんだろう。Duran とか Durand とかじゃないのだよ。その辺の所、よろしく。

そんなこんなで、リアルタイムで Bob Dylan を聴くことができた自分の幸せを思ってしまっている。

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2016/10/12

ドナルド・トランプ陣営と民進党の 「どっちもどっち」

ドナルド・トランプの外交アドバイザーが来日し、民進党の長島昭久元防衛副大臣らにトランプの過激発言について、「選挙を勝ち抜くには刺激の強い発言が必要だ。大統領になればあんな調子でやっていくわけではない」 と語ったというニュースに驚いた。(参照 下の画像クリックでは、日テレのニュースに飛ぶ)

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これって、ひどいよね。大統領選がまだ終わらないうちに、トランプの側近が日本に来て、あの一連の過激発言は、単に選挙対策だと語ったということになる。つまり 「大統領になるまでのリップサービスで、実際には言った通りのことなんてやらない」 と認めたというのだから。

さらにもう一つ言ってしまうと、政治家同士の会談で、「トランプは防衛費を日本に全額負担させるなんて言ってるけど、それはないから、安心してね」 と、内密に耳打ちしたことを、長島氏は 「トランプの言ってるのはウソばっかと、身内の口からバラしてもらっちゃったもんね」 とばかりに、大っぴらに吹聴したのだから、これはこれで問題だろう。本来は政治家同士のオフレコ発言のつもりだったんじゃないのかなあ。

というわけで、このニュースが米国にフィードバックされてしまったら、「トランプは二枚舌と身内が認めた」というネガティブ・ニュースになるだろう。そしてそれとは別に、米国側は 「民進党の連中には、うっかり本音を語れない」 と思っているに違いない。

まったくどっちもどっちで、「知ーらないよ、知らないよ」 とはやし立てたくなってしまうようなニュースではある。

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2016/10/11

わかりやすいアイコンでないと、選挙に勝てない

昨日の記事では、米国大統領選は 「トランプのオウン・ゴールでヒラリーの勝ちがほぼ決まり」 みたいなことを書いた。そしてもっと興味深い結論として 「『怖いもの見たさ』 でトランプに乗っかりかけた米国人の気紛れが、ここまで持続してきたことの方が、私にとっては驚き」 と書いている。

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昨年初め頃までは、大統領選に向けた共和党候補の顔ぶれの中で、トランプは泡沫候補と見られていた。「怖いもの見たさ」 で支持する人たちもいるという程度の人物と、多くの人は思っていたのである。ところがあれよあれよという間に共和党の予備選を勝ち抜き、「まさか」 が現実になってしまった。

そんなことを言ったら、一方のヒラリーだって案外 「まさか」 の現実化である。夫のビル・クリントンとともにホワイトハウスにいた頃、「本当に優秀なのは、妻のヒラリーの方」 なんて言われていて、まあ、確かにあの頃のヒラリーは才色兼備で、ベビーブーマーズには一定の人気があった。それが今みたいなメタボリックおばあちゃんになってしまってから、大統領になろうとは、誰も思わなかったはずなのである。

今回の大統領選は当初から 「嫌われ者同士の戦い」 と言われていた。最近のテレビ討論も 「史上最も醜い討論会」 なんて評されたほどで、ケインとペンスの副大統領候補の討論会の方が、ずっと中身のあるものだった。

じゃあ、なんでまたケインとペンスが大統領候補になれなかったのかといえば、2人とも能力も人望もあるのに、「地味すぎる」 パーソナリティのせいだったとしか考えられない。米国の大統領選は、キャラが立ってないと勝てないもののようなのである。

端的に言えば、ハチャメチャなキャラのトランプでも、メタボおばあちゃんになってしまったヒラリーでも、「わかりやすいアイコン」 として機能するキャラだったら、予備選挙を勝ち抜けるのである。いくら能力があっても、地味だと予備選段階で刎ねられてしまうのだ。

だからこそ、ヒラリーは恥ずかしげもなく膨張色の真っ赤なスーツでテレビ討論会に臨んだ。黒とか紺とかなら、少しはスリムに見えるかも知れないが、それだと地味な印象になる。彼の国の大統領選では、たとえメタボが目立っても派手な色の方がいいと計算したに違いない。

昨日、半分冗談でリンクを張った 「セレブリティ・デスマッチ」 の動画ではあるが、今や米国では、トランプもヒラリーも 「セレブ」、つまり芸能人と同列みたいな意識で捉えられているというのは、ちょっと象徴的である。

米国の民主主義というのも、実はここまで底が浅いものになってしまっているようなのだ。そして米国であったことは大抵一定のタイムラグの後に日本でも出てくるから、日本の選挙もどんどん 「わかりやすいアイコンが勝つ」 ということになる。そんな気配は今でも十分にあるのだが。

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2016/10/10

トランプのオウンゴールで……

8月 11日に 「米国って人がいないのか」 という記事を書いた。今回の米国大統領選挙が、「嫌われ者同士の戦い」 になってしまっていて、「どっちが少しはマシか」 という判断での投票になりそうだという内容である。

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で、選挙戦終盤になって、ようやくトランプの嫌われ度の方がずっと高いようだということになり、ヒラリーの勝利が見えてきた。トランプは失言という名のオウンゴールのせいで、共和党内部ですら嫌われてしまったのだから、しょうがない。共和党議員にしても、このままトランプを支持し続けたら次の自分の選挙が危ないと悟り、さっさとずらかり始めたようなのだ。

私は 13年前、まだこのココログを始める前に 「ヒラリーの 『あざとい』 自伝」 という記事で、「多分、彼女は米国で初の女性大統領になれるだろう。しかし、それは米国社会の底の浅さを物語るものでもあるような気がする」 なんて書いている。我ながらうがったことを書いたものだ。ちなみにその記事を書いた日、私は米国のシカゴにいた。書店に行ったら、彼女の自伝が山ほど平積みにされていた。

その後、10年前には 「ヒラリーは、ただスマートなだけかも」 なんて散々なことを書き、さらに 8年前の 「賞味期限切れのヒラリー」 という記事では、前言を撤回して 「米国初の女性大統領になるのは、ヒラリー以外の誰かだろう」 とまで書いている。まあ、確かにこの時は予備選段階でオバマに負けた。

ところが私ってば、去年の夏に 「生き返ったヒラリー・クリントン」 という記事で、さらなる前言撤回で前々言に立ち返り、「今回ばかりはヒラリーも過去 2回でかなり学んでいるはずだから、期待していいかもしれない」 と書いている。で、まあ、本当に今回ばかりは大統領になれそうというところまで来たわけだ。

私としては今になっても、「ヒラリーが大統領なんてことになったら、つまらんなあ」 という思いなのだが、いずれにしてもトランプよりはマシだろう。何しろ 「怖いもの見たさ」 でトランプに乗っかりかけた米国人の気紛れが、ここまで持続してきたことの方が、私にとっては驚きである。

ところで、この記事の上の方にある写真をクリックすると、トランプの言動に負けないほど悪趣味だが、アメリカン・プロレス好きなら苦笑いしながら楽しめちゃいそうな YouTube 動画に飛べる。

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2016/10/09

切干大根は美味い!

実は切干大根の煮付けなんていう料理が得意である。ニンジン、ネギ、油揚をたっぷり炒め、水で戻した切り干し大根を加えてじっくりと煮込む。味付けは鰹だしが理想だが、市販の出汁でも OK。最後に七味とうがらしをさっとふりかける。

Pppp

インターネット上に紹介されている切干大根のレシピをみると、たいていは砂糖を使うことになっているが、私は使わない。切干大根だけでなく、大抵の料理に砂糖は使わないのである。それは 「日本人と砂糖」 という記事に書いた通りだ。

砂糖なんか入れなくても、私の作る切り干し大根はうまい。前夜にたっぷりと作ったのを、夕食に食べようと思って楽しみに帰宅すると、娘たちがすっかり食べ尽くしてしまっていて、まったく残っていないなんていうのが、ザラだった。それほどまでに自慢のおいしさである。

とはいえ私は、切干大根なんて誰が作ってもおいしくできると思っていたのだが、実はそういうわけでもないらしい。それにはコツというものがあるようなのだ。私は昔から前世代の見様見真似で当たり前にやってきたことが、実は一般にはあまり知られていないようで、わざわざインターネットで 「コツ」 として紹介しなければならない世の中になったようなのである。

そのコツというのは、たっぷりの水でさっと洗い、少量の水で短時間のうちに戻すということだ。戻す時に水の量が多すぎると、煮込む時にせっかくおいしさの解け出た水を捨ててしまうことになり、もったいない。さらに水に長時間浸しすぎると、やっぱりおいしさが溶け出してしまう。

だから切干大根の煮込みなんて、案外短時間でささっと作れてしまう。あまり構えないで、たっぷり造っておけばいい。どんなに大量に作っても、おいしいからどうせ次の日には食べきってしまうことになる。

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2016/10/08

視察報告書なんて、元々コピーばかり

毎日新聞が、千葉県議会の海外視察団メンバーの報告書で、全員が同じ文面のコピーで済ませていたと報じている (参照)。台湾視察した県議は、「報告をまとめるのが得意な議員に手を挙げて書いてもらう。下手な文章で提出してもしょうがない。自分で書きたがる議員はアピールしたいだけだ」 と話したという。

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実を言えば、こうした団体での視察旅行の報告書なんて、千葉県議会に限らずコピーばっかりである。今さらのように問題にするのが気恥ずかしいぐらいだ。私の文章なんか、何十回コピーされたか数え切れないぐらいであある。

私は若い頃、いろいろな公的会議に参加させられたり、業界のビジネス視察旅行なんかに同行させられていた。それで当然のごとく報告書を書くのだが、その報告書がいつの間にかそこに参加していた他のメンバーの報告書にバンバンコピーされているのである。業界紙記者時代には、自分の書いた記事がそのまま他人の報告書になっていたことも全然珍しくなかった。

「俺の書いた記事を自分の報告書にしちゃったんなら、少しはお礼の気持ちをもってこい」 なんて思っていたものだが、そんなことは一度もなかった。ライターという商売をしていると、大昔に書いてとっくに忘れていたようなものでも、自分で書いた文章というのはすぐにわかる。

新聞に載った文章ではない報告書がコピーされていた件に関しては、受理した事務局が私に無断で他人にコピーさせているのかと思っていた。しかし千葉県議会の場合は、事務局が勝手にコピーして、皆の 「報告書」 を作ってあげるという 「余計なお世話」 を、10年以上 (実際は多分 30年以上) 続けていたという。もしかしたら、こっちのケースの方が多いのかも知れない。

ちなみにコピーがいけないからといって、県議や市議が自分で書いたら書いたで、とてつもなくド下手な文章ばかりになる。どうでもいい前提ばかり政治家言葉でくどくどと繰り返し、肝心なことは 「こいつ、自分でもよく理解してないな」 というのがバレバレの、「ダメな文章の見本」 ばかりだ。よくまあ、こんなに下手な文章がかけるものだと感心してしまうレベルのものも珍しくない。

で、「餅は餅屋」 とばかり、上手なやつの書いたのをコピーすることになるのだが、どうせまともには誰も読まないから、同じ文章がいくつもあることには滅多に気付かれない。

要するに、税金を使って海外視察なんかしても、あまり役に立っていないようなのだ。そもそも役に立つ情報なんて、視察旅行のずっと前に、現地の担当者から提供済みなのである。だったら、何のために政治家が視察旅行なんかに行くのかということになるが、それはそれ、初めから付いていた道筋に、もっともらしいお墨付きを与えるという 「お役目」 があるらしいのである。

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2016/10/07

ネットでみかける広告の奥にあるらしいシステム

凄いなあと思う。昨日辺りからネットでいろいろなページを開くと、やたらと Amazon の 「TOMBO トンボ 10ホールズハーモニカ C調 メジャーボーイ 1710」 の広告が表示される。これって、一昨日の 「ホーナ—のブルースハープが値上がりしていて驚いた」 という記事中でちょっとリンクを張ったことを受けてのこととしか考えられない。

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ハーモニカの上に表示されている 「エクスジェル」 というシート・クッションの広告も、こんな座椅子みたいなタイプじゃないが、身に覚えがある。だいぶ前に、ネット・ショッピングでまずクルマのシート用を買い、かなり具合がいいので、書斎の椅子用も買った (結構なお値段なのだがね)。つまり私は、リピーターなのである。

エクスジェルに関しては、誰がネット・サーフィンしても同じ広告が表示されるのだろうと思っていたが、急にハーモニカが出てきたので、「これって、個別のユーザーに合わせてカスタマイズされた広告表示になってるんだな」 と、今さらのように気付いた。

そういえばだいぶ前に、私がちょっとだけ編集に関わった単行本の広告がやたら頻繁に表示されたことがあり、「ほほう、もしかして売れ行きがいいのかな?」 なんて思ったことがあったが、あれもまた、私自身が Amazon のページを 2〜3度確認してみたことを受けてのことだったんだろう。誰がやってもあの本の広告が表示されたなんてわけじゃなさそうだ。出版社に聞いてみたところ、そんなに売れ行きがいいってわけでもなかったし。

「インターネットではその人の趣味嗜好、ニーズに合った広告が表示される仕組みがある」 ということは知っていたが、こんなにも日常的に使われているとは知らなかったよ。

ただ、こうした仕組みが効果的かどうかはよくわからないところで、例えば 「エクスジェル」 みたいな商品は、2つ買ってしまったらもういらないから、その後にいくらしつこく広告が表示されても、「ああ、やってるな」 ぐらいに思うだけで、別に売り上げに結びつくとは思えない。ハーモニカだって、そんなにしょっちゅう買うもんじゃないしね。

右側に表示されてる Surface Book なんてのも、私は PC やタブレットに興味があるというパーソナル・データに基づいてこういうことになっているのかもしれないが、まず買わない商品である。

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2016/10/06

自転車で都内まで行き、往復 70km を走った

最近、自転車に乗る時にスピードを時速 27〜30km/h に維持したり、往復 50km 以上を乗り込んだり、ちょっと体に負荷をかけて鍛え直している。今日も都内に住む娘のところに行って、往復 70km を走った。

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きつめのトレーニングを続けたおかげで、15km までの距離なら、クロスバイクで、時速 25km/h の速さをキープできるようになった。ところが、片道 35km (往復 70km) ともなると、やはりそうはいかない。とくに今日は台風一過の晴天となったものの、吹き戻しの風が強く、それが向かい風だったので、片道 2時間半もかかってしまった。平均時速にすると、たったの 14km/h にしかならない。

がっかりするほどの遅さだが、これは水戸街道を辿る際に信号が多いので、赤信号で停まっている時間が結構長く、そして青信号に変わってもスピードに乗るまでに時間がかかることによる。スピードに乗り切れないうちに、次の赤信号で停まってしまうなんてことも結構あり、そうなると延々と低速度で走りつつ、体力だけは削られる。

その上、行きが向かい風だと、帰りも向かい風というケースが多く、今日もまさにそれだった。一日中風向きが同じなんて日は、そんなに多くない。昼前に向かい風を突いて走ると、夕方頃の帰り道もまた向かい風になっているものなのである。

私は結構な晴れ男なのだが、風に関してはいつも向かい風に悩まされる傾向がある。ただ、そのおかげでヒルクライムの練習ができるということもあり、一昨年の 12月に自転車を買った頃と比べると、自分でも驚くほど体力が戻ってきている。ありがたいことである。

上の写真は、松戸市と葛飾区を区切る江戸川を渡った際の画像。青空に恵まれてなかなかいい景色だった。

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2016/10/05

ホーナ—のブルースハープが値上がりしていて驚いた

最近、久しぶりでホーナ—のブルースハープを 1本買った。ホーナ— (Hohner) というのはハーモニカやアコーディオンの分野で名を知られたドイツの楽器メーカー。そしてブルースハープというのは、10穴で 3オクターブを出せる。

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どうしてたった 10穴で 3オクターブも出せるのかというと、例えば 1番左側の穴は吹けば 「ド」」、吸えば 「レ」  の音が出る。それで 10の 2倍で 20の音が出せるのだが、ここまで書いて、「ありゃ、2つ足りないじゃん!」 と気付いた。「ド」 から 「シ」 まで 7音だから、3オクターブなら 21 プラス 1 で、22の音がなければならない。

ブルースハープを吹いて半世紀近くになるのに、初めて気付いたというのもおかしいが、改めてトライしてみると、高い方の 「シ」、つまり一番高い 「ド」 の 1つ下の音がない。そしてこれはよく知られたことだが、低い方の 「ファ」 と 「ラ」 がなく、そのかわりに吹いても吸っても 「ソ」 の音が出る。図にしてみるとこんな感じだ。

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この配列のおかげで、低い方の 3つの穴を同時に吹くと 「ド、ミ、ソ」 のトニック・コード (C) になり、2番目から 4つの穴を同時に吸うと 「ソ、シ、レ、ファ」 のドミナント・セブンス・コード (G7) の音が出る。で、ブルース・ハープの奏法における 「セカンド・ポジション」 (C のハーモニカを使って G の曲を演奏する) では、ブルース特有のセブンス・コードの音が出るというわけだ。

さらに、低い方の音では、吸う時にちょっと息を加減すると半音や全音は下げられるので、「シ」 の音を半音下げてブルース特有の音階にしたり、さらに全音下げて 「ラ」 の音を出したりすることもできる。テクニックで、音を作っちゃうのだ。

それで、いわゆる 「ファースト・ポジション」 (C のハーモニカで、素直に C の曲を演奏するポジション) では、文部省唱歌なんかをきれいに演奏し、「セカンド・ポジション」 ではブルースを吹く (というより、この場合は 「吸う」 んだけどね) ことができる。同じ楽器と思われないほど、まったくムードの違った演奏ができるのだ。

ああ、いやいや、今日はこんなブルースハープ講座なんかを書こうと思ったわけじゃない。言いたかったのは、ホーナ—のブルースハープが知らないうちにやたら値上がりしていて、1本 4,600円もしちゃってたということなのだ。

私がブルースハープを演奏し始めた 45年前頃は、1本 1,000円もしなかったように記憶している。それが徐々に値上がりして、15年前ぐらいは 2,500円ぐらいしちゃってたかもしれない。それが近頃は、いきなり 4,600円である。

同じ商品の値段がバブル期の 2倍になっちゃったなんて、他には思い当たらない。一体どうなってるんだ? 手軽に買える 「簡易楽器」 だからこそ、ブルースにもよく用いられると思っていたのだが、そんな意識が吹っ飛んでしまった。

ブルースにハーモニカを使おうとすると、なにしろキーが決まった楽器だから、キーの数だけ揃えなければならない。普通、ブルースマンは A, C, D, E, G の 5つのキーを使うから、ハーモニカは D, F, G, A, C の 5本揃える必要がある。ということは、今の値段で 5本揃えたら、23,000円もかかってしまう。昔は 1万円しなかったのに。

私は写真で示したように 5本持っていて、そのうちの 1本 (F キー) がおシャカになって最近買ったので驚いてしまったというわけだ。いきなり 5本揃えようと思ったら、ちょっとした出費である。高校生なんか、大変だろうなあ。徐々に揃えていくしかないだろう。

日本のトンボ楽器の "Major Boy" というシリーズは、Amazon で 1本 2,400円で買えるようだ (参照) が、やっぱりホーナーの方が音に深みがあるんだよなあ。でもまあ、口の中の形を調節することで、そのあたりはなんとかなるから、次に買うのはトンボかもしれない。

ちなみに、写真で一番上に置いてある 「クロマチック・ハーモニカ」 というのは、右のレバーで半音上の音が出せる仕組みで、ジャズ・ハーモニカなどに使う。これだって、40年前ぐらいに買った時は、3,000円しなかったと思う。これをジャズっぽくフェイクも効かせて演奏しようと思ったら結構難しくて、未だにまともにこなせない。

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2016/10/04

「勉強お断り」 のサイン

公共図書館で勉強している高校生の姿を見るにつけ、「なんでこんなところで勉強してるんだろう」 と思っていたが、最近はショッピングセンターのフードコートやコーヒーショップで勉強する姿が目立つようになった。それで 「勉強禁止」 のサインがあちこちに張り出されるようになっている。

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「はまにゅうす」 というサイトに "「高校生 なんでスタバで勉強をしちゃダメなの?」 ←論破不可能" という、とても不毛なページがある。「誰にも迷惑かけてない」 という主張と、それに対して 「いや、迷惑だろ」 と指摘する主張が、まったくかみ合わないのである。

「店の回転が悪くなる」 との指摘には 「混んでなければ回転は変わらない」 とか 「お前らって店の売り上げ考えながら生きてるの?」 とかで開き直る。ああ言えばこう言う連鎖が、まさに 「不毛」 以外の何物でもない。

いよいよ煮詰まってしまったあたりで、「むしろなんでスタバで勉強したいの? そんなにドヤ顔したいの?」 とか 「図書館いけ  勉強してますよアピールいらねーから」 なんていう書き込みが出てくる。それに対しても 「仮に見栄で勉強してるとしても、それが勉強してはいけない理由にはならないよね (笑)」 なんてのまで出てくる。

私はこうした不毛なやりとりを読みながら、「へえ、最近は人前で勉強するのが 『見栄』 だったりすることがあるのか」 と驚いた。このやり取りの中で一番大きな驚きだったかもしれない。スタバで勉強することが 「ドヤ顔」 をする要素たり得るとは、想像もしなかった。

私ってば、「ウチ、エアコンなくて暑いから、涼しい図書館やフードコートで、恥を忍んで勉強させてもらうしかないんだもんね。ああ、エアコン付きの家がうらやましい」 なんていうような、モロに昭和の意識で勉強してるんだと思っていた。ところがよく考えてみれば、今どきフツーにエアコンぐらいあるよね。

「自分の部屋にはないから」 なんていっても、フードコートでやるぐらいなら、リビングルームでやる方が手っ取り早い。もしかしたら、自宅の省エネのために公共施設やフードコートまで出張してるんだろうか。そうだとしたら、見上げた心がけなのかもしれないけど。

私が中学や高校に通っていた時代は、人前で勉強するのはとてもカッコ悪いことだった。そんなことをしたら 「ガリ勉」 (これって、平成の御代では死語かもしれないけど) と後ろ指を指されたものだ。

私なんか家に帰ったら勉強なんかほっぽって自分の好きなことだけしていたいという理由で、ちょっとした休み時間に課題をこなしただけで、「ガリ勉」 なんて言われたものだ。とんでもない。家で勉強したくないから、ほんの 10分で片付けようとしただけなのに。それで私は、授業中の 「内職」 で課題をこなすことを覚えた。結果的にこの方が効率的だった。

私の中学時代の成績はものすごく良かったから、周囲の連中には 「あいつは影でこっそり勉強してるに違いない」 なんて陰口まで叩かれた。しかし、正真正銘、勉強なんてしなくても成績は良かったのである。「授業中に全部わかっちゃうんだもの、この上、何を勉強しろっていうの?」 と思っていた。そんなこんなで個人的にも 「勉強ってカッコ悪い」 という意識が必要以上に高まってしまったのである。

だが高校に入ってしまうと、さすがに少しは勉強しないと成績が落ちる。で、私の成績もガタ落ちしたので、ようやく 「あいつは本当に勉強していないらしい」 と認められるようになった。それでせいせいしたのを覚えている。

ところがその頃になって、周囲の連中は手の平を返したように人前で勉強することを恥じないようになった。ズルいなあ。人が勉強すると陰口を叩くくせに、自分は抜け駆けしてでも勉強するのである。私はといえば相変わらず勉強しないまま、高校 3年の冬になってしまっていたのに。

結論から言うと、私は高校 3年の秋まで受験勉強というものをまったくせず、12月と 1月の 2ヶ月だけちょちょっとやったら、ワセダに受かってしまった。それについては、「入試シーズンになると思い出すこと」  「偏差値 39の受験生が、2か月で一流大学に合格した話」という記事に書いた通りである。

とにかくまあ、時代は変わったものである。私は人前で勉強するのさえカッコ悪いと思っていたのに、スタバやフードコートで勉強するのが 「見栄」 と思われるというのだから、これが驚きでなくてなんだろう。私の時代に 「勉強お断り」 というサインがあったら、さぞかし嬉しかっただろうと思う。

それにしてもそんなにまでして勉強する姿を人前にさらして、受験に失敗したら、めちゃくちゃカッコ悪いだろうに。今、ノーベル賞をもらってる人たちって、「勉強するのはカッコ悪い」 と思われていた時代の人たちなんじゃないかと思うよ。

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2016/10/03

百貨店は付き合いきれない業界

日経ビジネスに 「誰がアパレルを殺すのか」 というシリーズがあり、その中に 「百貨店 3社トップ激白、“衣料崩壊” 後の針路」 という記事がある。「百貨店の大閉鎖時代を乗り切る次の一手は?」 という副題付きだ。

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私はずいぶん前から 「オリンピックと百貨店は歴史的使命を終えかけている」 と言っている (参照)。だから、百貨店があちこちで閉鎖に追い込まれようと、ちっとも驚かない。むしろ遅すぎるぐらいだ。昨年辺りまで続いていた中国人観光客の 「爆買い」 がカンフル剤になって、寿命をちょっとだけ長引かせていただけだ。

そもそも私の周囲の人間に 「最近、百貨店で服を買った?」 と聞いても、大抵は 「う〜ん、20年前ぐらいに 1度買ったぐらいかも」 なんて返事が返ってくる。今でも服は百貨店で買うなんていう人種もいることはいるが、それは同じような服を他のチャネルで探せば、半分以下の値段で買えることを知らない人たちである。

確かに昔は百貨店や名の知れた専門店以外で買った服は、品質的に問題があったりした。しかし今のアパレル製品なんて、どこで買っても 90%は中国製である。ある程度の値段を出しさえすれば、品質的には大した違いはない。むしろユニクロなんて過剰品質じゃないかというぐらいのものだ。

私が百貨店業界に違和感を覚えるのは、自らの顧客を第三者に対して 「お客様」 という名で語ることだ。冒頭で紹介された記事を読めば、それはわかる。高島屋の社長のコメントをちょっと引用してみよう。こんな感じである。

「売上高に占める婦人服のシェアは2割を切っている状態。拡大はもはや望めず、下振れをいかに食い止めるかという状況になってきている。お客様が求める方向へシフトし、身の丈に合った削り方をしていく」

顧客に直接呼びかけるならば 「お客様」 というのもまだわかる。しかし自らの顧客のことを第三者に向かってまで 「お客様」 なんていうのは、私の知る限り百貨店業界ぐらいのものである。フツーの業界ならば新聞記者の取材に対しては、客観的に 「顧客の求める方向へ……」 といったような言い方をする。

私は 「別にどうでもいいお前の客のことを、第三者の俺に対して 『お客様』 なんて言うのは、単に気持ち悪いわ」 と思う。これは繊維業界紙の記者やアパレル業界団体の職員として働いた経験からの、率直な印象である。

百貨店が自らの顧客を誰に対しても 「お客様」 なんて言い方をするのは、自分たちの業界を 「特権的なな存在」 と思っている妙なエリート意識の反映なのだ。そしてその言い方をビジネス新聞までその通り踏襲して書く。新聞記者は 「読者様の求める方向へ」 なんて決して言わないのに。

そのあたりが 「古すぎる奇妙な感覚」 だと、私は言うのである。周辺まで含めて、ちょっと付き合いきれない業界である。

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2016/10/02

SA (サービスエリア) と PA (パーキングエリア) の違い

高速道路を走っていて、そこはかとなく気になるのが "PA" と "SA" という表示である。どちらも駐車スペースがあって、トイレなどの設備があるのは共通だが、どうやら "SA" (サービスエリア) の設備の方が "PA" (バーキングエリア) よりも充実しているということになっているようだ。(下の写真は、夜の常磐道の友部 SA)

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ところが、E-NEXCO の 「ドラぷら」 というページによると、「提供しているサービスの内容で、SA と PA を区別することは難しい」 のだそうだ。結構曖昧なところがあるみたいなのである。「利用状況に応じて、レストランが無い SA やガソリンスタンドが無い SA も」 あり、「売店が充実していたり、ガソリンスタンドが設置されている PA もある」 という。(参照

とりあえず、「PA はだいたい 15km 間隔に一つ、SA は 50km 間隔に一つ」 設置するのが目安になっているようではある。しかし必ずしもこの距離ごとにあるわけでもないというので、こっちもまたかなり曖昧である。

というわけで結局のところは、"SA" と表示されているのが 「サービスエリア」 で、"PA" と表示されているのが 「パーキングエリア」 と思うしかないみたいなのだ。こういうことに関しては、私もそれほど厳密さを求める性分じゃないので、この程度で十分である。

とはいえ感覚的には、ちょっと走れば見つかって、あまりサービス充実ってわけじゃないのが PA で、かなり走ってやっと見つかるぐらいの、少しは設備の充実したところが SA と思っていれば、そんなに間違いはないだろう。そしてさらに最近の傾向として、SA の方はどんどんリニューアルされて、シャレオツになる傾向があると思う。

その結果、SA のレストランは無駄にリッチ化して、移動の途中で手早くサクサクっと腹を満たしてしまいたいというニーズには面倒くさすぎるものになりつつある。一方、PA の方は簡易食堂というか、フツーの街中だったらきっと潰れるだろうと思われる、テキトーすぎる立ち食い蕎麦みたいなところが多く、「こんなノビノビのゆで麺に生卵を落としただけのものに 580円も出せるか!」 と言いたくなったりする。

要するにメニュー的には二極化してしまってるくせに、値段はそれほど二極化してないのだ。独占ビジネスの嫌なところである。だったら、シャレオツな SA のレストランの方がずっとお得ということになるので、休日の食事時なんかはやたらと混み合う。それでサクサクっと食べたい時は、仕方なくマズくて高い PA の簡易食堂で食うことになってしまう。

これって、どうも割り切れないなあ。

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2016/10/01

@nifty の web mail が、ちょっとひどすぎ

@nifty の web mail がとても不安定のようだ。私のメルアドは @nifty のものを使用しており、PC ではメーラー・ソフト (Thuderbird) を使って管理しているが、iPhone では他のアドレスとごっちゃになるのを防ぐために 「メール」 というデフォルトのアプリを使わず、Safari 上の web mail で管理している。

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ところが今日の午前 11時頃、Safari 上で自分の @nifty web mail にアクセスしようとしても、「サービスが混雑しています。時間を置いて再度接続して下さい」 という表示が現れ、自分のアカウントにアクセスできない。こんなことは初めだが、まあ、30分もすれば混雑が解消されるだろうと軽く考えていた。

ところが、30分過ぎても、1時間過ぎても、そしてさらに 3時間が過ぎても、同じ表示が出てきて自分のメール・アカウントに行き着けないのである。これはいくら何でもおかしいとネットで検索してみると、@nifty では珍しくない現象なのだとわかった。

「Nifty ウェブメール 混雑」 という 3つのキーワードでググってみると、なんと 48万件以上のページが検索されるのである。古くは 2008年頃から、同じような症状で困り果てていると訴えている。私は私は iPhone で web mail にアクセスすることはそれほど頻繁じゃないので、そんなことになっているとはちっとも知らなかったよ。

これでは埒があかないと、急遽 iPhone の 「メール」 アプリに自分の @nifty アカウントを設定して開いてみると、受信メールのフォルダが何のことなくサクサクっと表示され、メールの作成・送信もフツーにできる。Web mail でなく、メーラーを使えば、不具合には気付きもしないだろう。

たまたま夕方に訪問したところでは @nifty メールがデフォルトになっていて、しかもほとんどが web mail でメールを管理している。そこで 「@nifty のメール、おかしくない?」 と聞いてみると、全員が 「もう、今朝からメールの受発信ができなくて、困ってるんだよ」 と言う。

「だったら、メーラーをインストールすればいいよ」 と言うと、「メーラーって、何?」 と言うのである。ありゃりゃ、今どきそんなことも知らんと、仕事してたんか。

というわけで、居合わせた全員に Thunderbird のダウンロードとインストールの仕方、及びアカウント設定の仕方を教えてあげることになってしまった。それにしても、近頃はココログのサーバはかなり安定しているようなのだが、@nifty のメール・サーバとブラウザー管理の具合は、ちょっとひどすぎるようなのである。

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