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2016/10/18

寡黙のディラン

スウェーデン・アカデミーが、ボブ・ディランへの直接のノーベル賞授賞連絡を断念したらしい。「アカデミーは授賞を発表して以来、彼を探そうと試みたが、今は連絡を取ることをやめた」 と、ダニウス事務局長が語ったというのだから、まあ、ディランらしい。(参照

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13日の 「ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞に、しっかり納得」 という記事中で 「多分、当人はニコリともしないだろうが」 と書いた。これは半世紀以上もディランを聞いている者にはわかりきったことで、最近のライブで受賞について一言も触れなかったというのも、「そりゃ、そうだろうね」 ということになる。しかし連絡さえ取れないとまでは、さすがに思わなかった。

ディランもデビュー後の数年は、ステージ上でトークをしていたらしいが、ある時期からまったくしゃべらずに演奏するだけのステージになった。初来日コンサート "Far East Tour 1978" でも全然トークがなく、無愛想そのものだったが、パフォーマンスは素晴らしく、私は十分興奮して聞いていたよ。彼は多分、40年以上このスタイルを続けているのだろうから、「雄弁な寡黙」 がすっかり独自のスタイルになっている。

コンサートでやたらとトークの長いシンガーもいる。それはそれでいいが、自分の歌を長々と説明されると、私はかなりシラける。「説明なしでしっかりと通じる歌を作ってくれよ」 と思う。そしてもう一つ言えば、「歌の解釈は聞き手に委ねるべき」 だと思う。自分で 「これはこういう歌だ」 なんて説明するのは無粋だ。

「トークなしのパフォーマンス」 というのは、実は聞き手を信頼しているからできることなのかもしれない。そりゃあディランの聞き手は筋金入りだからね。

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コメント

受賞後(まだ受けてないのにこの言葉は不適切かもしれませんが)初のライブでも、ノーベル文学賞について何も語ることなく舞台を去ったそうですね(笑)

投稿: 山辺響 | 2016/10/21 15:54

「ノオベル賞受賞」となれば普通のニッポンヂンなら、どゑらいことと思つてしまふでせうが、所詮ノオベル賞といふのは、ダイナマイトを発明したおつちやんの遺言に基づいて創設された賞ですから、デイラン氏にとつては「そんなもん欲しくねーよ、あつちいけ、しつしつ」みたいな感じだつたりして(想像で書いてます)。
芸術院の会員に推薦されて断つた内田百間(くそぢぢい)にも似た反骨精神を感じます。かつこゐゐ。

投稿: はぎ原みづ音 | 2016/10/21 21:36

山辺響 さん:

「こっちから『くれ』と頼んだわけでもなし、勝手にくれると言われても知らん。金ならあるし」ってことなんでしょうね。

投稿: tak | 2016/10/23 22:17

はぎ原みづ音 さん:

「気に入ったわけでもない服をくれると言われても、着ないし」ってなことでもあるかなと。

投稿: tak | 2016/10/23 22:18

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