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2016/11/07

茨城の言葉に、まだ馴染めない私

40年近く茨城県に住んでいるのだが、生まれて育ったというわけじゃないので、この辺りの言葉にはまだ馴染めていない。たまに行く関西の上方言葉の方が、まだずっと親しめる気がするというぐらいだ。

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よく言われることだが、私の生まれた山形県酒田市というところは、江戸時代から西回り航路の海運で栄えたところなので、上方言葉との親和性が育まれているのかもしれない。一方、茨城の典型的な北関東訛りは、どうも私の身体性にしっくりこない。

上の写真は、日本各地で 「ありがとう」 をどんな風に言うかというのを日本地図上に表したものだ。去年の今頃の読売新聞に出ていたものである。これによると、山形県では 「おしょーしな」 と言うことになっているが、これは県内でもかなり内陸方面の言葉で、米沢辺りで聞かれるという印象がある。私はそんな言い方をしたことは、生まれて一度もない。

私の生まれた酒田では、11年前の今頃の当ブログで触れたように、「もっけだ」 と言う (参照)。これは人に何かしてもらって 「儲けた」 なんていうような言い方ではなく、「もっけの幸い」 というような場合の 「もっけ」 であり、「滅多にない」 ということだ。つまり 「有り難い」 と同じ意味合いである。

「おしょーしな」 というのは、漢字で書けば 「お笑止な」 ということのようで、まず 「笑止千万」 というような意味から 「お恥ずかしい」 というニュアンスが生じ、そこから 「ありがたい」 という意味に転じたもののようだ。「御賞詞名」 であるとの説もあるが、それは後からもっともらしい漢字を当てただけに決まっている。

で、酒田では 「恥ずかしい」 という意味が残っていて、「しょしのぅ」 と言ったら 「恥ずかしいなあ」 という意味である。同じ山形県内で、「笑止」 から生まれた言葉がまったく違ったシチュエーションで使われるのだ。

で、「ありがとう」 の方言だが、上に掲げた画像には、茨城の言葉はとくには載っていない。じゃあ、フツーに 「ありがとう」 と言うのかと思われそうだが、どうもそうじゃない。この辺りの人は、「どーもねぇ」 なんて言うことが多いようだ。「どうもありがとう」 を略して 「どうも」 なんて言うのは、関西弁の 「おおきにありがとう」 を略して 「おおきに」 で済ませるのと共通している。

ただ、茨城では 「どうも」 だけで済ませてはあまりに愛想なしに感じられるようで、多くの人が 「どうもねぇ」 と言うようなのである。「ねぇ」 をつけて柔らかくしているのだろう。

ところが、この 「どうもねぇ」 というのは、酒田ではあまり使われないが、山形県の内陸では 「なんでもない」 みたいなニュアンスで使われることが多いように思う。「どうもありがとう」 からきたのではなく 「どうということもない」 の省略形だ。

まあ、そんなこんなで、何年住んでも茨城の言葉には馴染めないのである。酒田に帰れば、一瞬にして完全な庄内弁の人になってしまうというのに

ところで NHK の次期朝ドラが、茨城県を舞台としたものになるようで、ヒロインの有村架純という関西出身のタレント (私は名前すら知らなかった) が、茨城弁に苦労しているらしい (参照)。関西出身では、どうせ自然な茨城弁なんかにはならないだろう。

NHK 朝ドラは、どうしてネイティブのタレントを使わないんだろうと、いつも不思議に思うが、そこはそれ、芸能事務所は出身地なんか関係なく、ただ特定のタレントを押したがるのだろうね。それで、朝ドラはいつも学芸会レベルになってしまうわけだ。

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