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2017/07/22

「引用」 ということについて

ちょっと古い話で恐縮だが、京都大学の山極壽一総長が今年の入学式の式辞でボブ・ディランの 『風に吹かれて』 (Blowin' In The Wind) の歌詞を引用し、その式辞をそのままサイトに掲載したところ、JASRAC から「著作権料請求」 を匂わせる連絡があったらしい。結局は 「引用」 と判断され、請求はされなかったが、JASRAC としてはあわよくば金を取ろうと思ったんだろうね(参照)。

170722

明確に決められているわけじゃないが、慣習として全体の分量の 1割程度なら正当な 「引用」 と判断され、著作権侵害にはあたらない。今回の式辞も、結局は沙汰止みになったが、放っておいたら JASRAC は取れるものなら (あるいは 「取れないもの」 まで) どんどん取ってしまおうとするだろう。

さすが京都大学。よくぞ 「毅然たる無視」 を貫いてくれた。

ところで最近 「無断引用」 という言葉を目にすることがある。最近では 「陸奥新報嘱託記者が無断引用=作家の随想、懲戒処分-青森」 というニュースがあった。これ、なんとかならんもんかなあ。

「引用」 というのはたいてい 「無断」 でするもので、出典を明らかにしてさえいれば問題ない。逆にいちいち許可なんて求められたら、うっとうしくてしょうがないだろう。上記の記事に関しては、「無断引用」 ではなく 「盗作」 とか 「剽窃」 とか言うべき行為である。

「盗作」 というとどぎつすぎると思うためか、「無断引用」 なんてボカした言い方が増えているようなのだが、これは明らかな誤用というほかない。こんな程度の曖昧な意識だから、JASRAC がのさばるのである。

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