« 「私の iPad のパスワード、教えて下さい」 と言い出す人 | トップページ | 某焼き肉店の残念な張り紙 »

2017/07/30

「疑う (うたがう)」 と 「疑る (うたぐる)」

『鬢のほつれ』 という端唄がある。通称 「びんほつ」 と言われ、江戸末期から明治にかけて大流行したものという。今でも 『梅は咲いたか』 や 『木遣りくずし』 などとともに、端唄のスタンダードの地位を保っている。

歌詞はこんな感じ。

鬢のほつれは 枕のとがよ
それをお前に疑られ
つとめじゃえ 苦界じゃ 許しゃんせ

木村菊太郎氏の解説によれば、「深川かどこかの岡場所の女となり、情夫に鬢の毛が乱れているよ、大方俺のほかにいいのができたんだろうと皮肉られ、始めは枕のせいにするするが、身に覚えのある身の、努めの身じゃ、苦界じゃ、許しゃんせと男の膝にふす所を唄ったもの」 という。なかなかの風情である。

ただ、今回問題にしたいのはこの歌そのものではなく、例によって 「言葉」 にこだわった話である。上の歌詞の 2行目、「疑られ」 (読みは 「うたぐられ」) という部分だ。「疑われ」 ではなく 「疑られ」 なのである。

今どきは 「疑る (うたぐる)」 なんて言い方をする人は滅多にいなくなったが、昭和 30年代ぐらいまでは案外ポピュラーな言い方だったと記憶している。とくに東京下町あたりではよく使われたんじゃあるまいか。

『大辞林』 によれば 「疑る」 は [「うたがう」 よりも俗な言い方] となっていて 「疑るような目つきをする」 「疑りなんすならなんでもしいせう」 (洒落本 『傾城買二筋道』) という用例が紹介され、可能を表す場合には 「うたぐれる」 になるとされている。受け身の 「うたぐら (れ) る」 とは別の形になるのだね。

『大辞林』 は 「俗な言い方」 としているが、実は文豪・夏目漱石だって堂々とこの言い方を繰り返している。

私は過去の因果で、人を疑りつけている。だから実はあなたも疑っている。しかしどうもあなただけは疑りたくない。あなたは疑るにはあまりに単純すぎるようだ。 (『こころ』 より)

してみると、漱石の頃は 「疑る」 という言い方はかなり一般的だったようで、むしろ粋な言い方のようにも感じられる。「疑う」 と 「疑る」 の間には意味の違いはほとんどなくて、あるのはニュアンスの違いのみのようだ。強いて言えば、「疑う」 の方が即物的なニュアンスがやや強いのかもしれない。

『鬢のほつれ』 の歌詞も、「それをお前に疑われ」 と歌ってしまっては、ちょっと風情がなくなってしまうだろう。言葉というのは、本当に生き物のようなところがある。

|

« 「私の iPad のパスワード、教えて下さい」 と言い出す人 | トップページ | 某焼き肉店の残念な張り紙 »

言葉」カテゴリの記事

コメント

聴いてみると、何と粋な唄かと感じた。
そして聴いてみてこれは「疑られ」でなければならないなと直感しました。なぜかと言われてもうまく説明できませんが。

投稿: ハマッコー | 2017/07/31 02:17

ハマッコー さん:

端唄って、なかなかいいものですよ。

よろしければ 『さのさ』 もどうぞ。

https://www.youtube.com/watch?v=C8pKBD97e-M

投稿: tak | 2017/07/31 06:01

そういえば、動詞として「疑る」はほとんど使わないような気がしますが、「疑り深い」という形容詞はときどき見るような。

投稿: 山辺響 | 2017/07/31 10:10

山辺響 さん:

>「疑り深い」という形容詞はときどき見るような。

まさにその通りですね。原型は滅びたけど、複合語として生き延びていると。

投稿: tak | 2017/07/31 18:05

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/42004/65595179

この記事へのトラックバック一覧です: 「疑う (うたがう)」 と 「疑る (うたぐる)」:

« 「私の iPad のパスワード、教えて下さい」 と言い出す人 | トップページ | 某焼き肉店の残念な張り紙 »